8月12日発行
Bloddy Dream
新書 P212 他未定
調査物書き下ろし



本文 序章



 村に伝わる伝説 血吸姫譚(ちすいひめたん)



 四方を山に囲まれただけの、どこにでもある特徴のない村。
 村人達は田畑を耕し、獣たちを狩って生活をしていた。
 昨日と同じ今日を過ごし、今日と同じ明日を過ごす日々。
 産まれた瞬間から死ぬ時まで代わり映えのない日々が過ぎていくはずだった村に、ある日、金の髪に白い肌をした異国の女が何の前触れもなく姿を現した。
 その女は人間離れした美しさを持ちあわせていた。濡れたような艶めかしい赤い唇。冷たく凍てついた氷の欠片のような蒼い双眸。
 見た者は気を呑まれ寒気を感じるほどの美貌を持った女は、村の外れに館を築き、いつしかそこに住み始めていた。
 異国の言葉を使うため村人達は彼女の名すらしらないまま、月日だけが過ぎていく。
 それでも平和で平凡な日々が続いていた。やがて村人達の中から、正体不明の女の存在など記憶から消えつつあった。
 だがある時、村の周囲で異変が起き始める。
 始めに気がついたのは猟師だった。
 常軌を逸した獣を山の中で見かけるようになったのだ。
 目は赤く血走り、口角からは常に涎を垂らし、音に対し異常なまでに過敏に反応し、気配を消すこともなく暴れる獣たち。
 その獣たちに噛まれた犬もまた、同じように狂っていく。


 祟り神  


 誰かが山の中で禁を犯したのではないか?
 知らずうちに、山の神の怒りを買ってしまったのではないだろうか。


 誰ともなく、恐怖におののき、神の怒りを静めようと村人達は総出になって、祀りを行った。
 だが、それでもそれは治まらなかった。
 それどころか、狂った獣に少しでも傷つけられれれば、人さえも狂ってしまう。
 水を怖れ、光を怖れ、正気を無くし、獣のように慣れはて人に食らいつく様は、伝説の中に息づく鬼のようでもあった。
 人の心を無くし、人の言葉を無くし、人を慈しむ心を無くした様は鬼という以外言いようがない。
 人としての全てを無くした鬼は、殺す以外止める手だてが彼らには無かった。
 かつての家族を、友を、恋人を、噎び泣きながらその手に掛ける以外、彼らが助かる方法はなかった。
 だが、次から次へと鬼は生まれてゆく。
 一人、二人、五人・・・鬼と化してった村人達の死骸が、無造作に田畑や山の中に見られる頃になると、村人達の目から生気が抜け落ち、疑心暗鬼に囚われていく。
 隣にいる者は本当に人間なのか  と。
 自分はまだ、人間でいられるのか  と。
 このまま、全滅するのを待つしかないのか・・・
 生き残った者達は、自分達を脅かす存在がこの村の中にいるに違いないと誰ともなく囁き始める。
 鬼が村に住み着いたに違いない、と。
 そして、彼らの視線は一点へと向かう。
 深い山に囲まれ、訪れる者などほとんどいないこの地に、わざわざ西洋の建物を築いてまで移り住んできた、異国の美女へと。
 幾年月をへても変わらぬ美しさを持った女。
 明け方まで明かりの消えない館。
 日中にはけして姿を現さない女。
 異国の女が『鬼』なのではないだろうか?
 自分達とは違う『色』を持った女。
 村の誰かが囁いた。
『あの女は、毎晩赤い液体を飲んでいる』と。
 赤い液体・・・『血』を飲む化け物だと。
 血の滴る肉を喰らい、血を飲む鬼姫。
 このまま放っておけば、あの女の餌になるのを待つばかりだ。確実に人口を減らしていった村は、全滅という言葉と背中合わせになっていた。
 村人達は、手に斧や鍬を持ち館を取り囲む。
 皆が皆、異様な目をしていた。
 斧を振り上げ、固い扉を叩き割って足を踏み入れたことのない、異国の館へと乱入していく。
 人気は少なかったが、皆無ではなかった。
 鬼姫同様に異国の風貌を纏った使用人達を次々と、手に持った斧や鍬で撲殺していく。
 そのどの死体も直視することができないほど、むごい有様だった。
 鍬や斧は常日頃から使われており、手入れはされている物の、肉や骨を断つための道具ではない。叩かれた箇所は醜く押しつぶされ、骨が砕け、肉が引きちぎられる音が辺りに響き渡る。その都度血が廊下や壁を塗らし、村人達を鮮血に染め上げていく。
 だが使用人達もただ、大人しく殺されるのを待っていただけではない。
 村人達がなぜ自分達を襲ってくるのか、見当などつかなかったが、館の中に装飾として飾られていた西洋の刀を使い応戦する。
中には銃を震える手で握りしめ、引き金を引く者も居た。
 瞬く間にその場は混戦状態となり、男女国籍問わず耳を塞ぎたくなるようなうめき声や悲鳴がそこかしこから響き渡り、鮮血は館の住人達だけではなく、村人達の身体からも溢れ出し、館を染め上げていく。
 だが、絶対数が違った。
 動ける村人全員と、少数しかいない館の住人達。
 刀は血脂ですぐに切れなくなり、骨に当たっては刃こぼれを起こす。優位に立てる銃はすぐに弾切れを起こし、村人達の竹槍に身体を幾箇所も貫かれ絶命する。腹部を斧でかち割られ、臓腑を引きずりながら救いを求めるように外にはいずり、力尽きる者。
 その場には、原型を留めている死骸は残ってはいなかった。
 血の海・・・というべきか、肉片の海と言うべきか。


『鬼はいたか!』


 むせ返るほどの血の臭いに、並の神経を持つ者ならば吐き気を催し、あまりの凄惨さに正気を保っていられなかっただろう。
 遙か昔行われた戦乱の世のようなありさまが、狭い空間で起こったのだ。
 戦の凄惨さを知らない村人達が、耐えられる光景とは思えない。
 だが、彼らは血の臭いに酔っていた。
 己達の手でなぶり殺しした『鬼達の血の臭い』に酔い常軌を逸していた。
 口角からは白い泡を吹いて、黄色く濁った目には幾本もの細い血管が浮かび上がり、落ちくぼんだ眼窩の中で、小さな蟻も見逃すまいとするかのように、ぎょろぎょろと彷徨っている。
 耳は足音も微かな息づかいも逃すまいとするかのようにとぎすまされ、僅かなりとも音が聞こえれば、血まみれの肉片を蹴散らして駆け出す。


『裏から逃げたぞ!』
 

 村人の一人の叫び声が館中に響き渡る。
 館にいる使用人全てを殺し尽くした村人達は、館の女主を目指して館から飛び出す。
 主は村人達から逃れるために、不慣れな山中に足を運んでいた。
 だが、室内暮らしでほとんど野山を歩き回ったことのない主は、夜明けを迎えるときには村人達に囚われ、村の広場へと引きずり出されていた。
 暗い夜空は気がつけば白み始め、東の山からゆっくりと陽が姿を現す。
 暗闇に目が慣れた村人達に、輝かしい朝日は目に痛かったが、達成感に心が高揚し一晩中かけずり回ったという疲労感を感じる事もないまま、陽に照らされた主へと視線を戻したのだが、誰ともなく息を呑む。
 登る朝日に照らされると、白い肌に小さな水ぶくれがいくつも出来、肌が赤く腫れ、山間から差し込む陽が眩しいのか、目を細め苦痛の色が濃いうめき声を漏らす。
 誰もが人の血に己自身を染め、元の人相が想像着かないほど顔を歪めていた彼らの顔に、驚きの色が浮かぶが直ぐにそれは、憎悪へと変わる。


『鬼め』
『太陽に焼かれるのは人じゃない』
『おっかあを襲ったのはお前だな』
『オラ達の村をめちゃくちゃにしたのはお前だな』
『鬼め』
『魔物め』
『山を穢した鬼だ』
『お前が山に住むから、山神様が祟り神になったんだ』
『鬼が皆を殺した』


 主は何かを叫んだ。
 だが、それは異国の言葉だった。
 異国の言葉を解すことの出来ない村人達にはそれは、呪いの言葉のようにしか聞こえなかった。


『鬼はいちゃいけないんだ』


 鬼が居るから山の神が怒って祟り神になってしまったのだ。
 鬼がいなくなれば、祟りは無くなる。
 村人達はそう信じて、日に焼けて爛れた肌を持つ主の首をはね飛ばしたのだった。


 鬼の首からは勢いよく血が噴き出し、その場に居た全ての者を赤く染め上げ、絶命した。


 これで全てが終わるはずだった。
 鬼を退治すれば、鬼に殺される者は出なくなる。
 鬼が退治されれば、山の神の怒りも治まるはずだ。
 誰もがそう思った。
 だが・・・・・・・・・終焉を迎えることはなかった。
 










 祟りは時を経て



            呪いと化す




あらすじ考えるの面倒だったので、序章全部載せちゃいました(笑)
この伝説が関わってくるお話ざます。


myテーマ 吸血鬼をいかに浦戸とは違った雰囲気で
魔物としてではなくGHらしく料理するか。
でした。
達成できているといいなv