いつものごとく本文一部抜粋です。
 参考程度に試し読みしていただけたら♪
 序章+一章一部抜粋。





  序、



 平成十五年 九月 三十日


「ねぇ、タイムカプセルの話知っている?」
 ツインテールをした好奇心旺盛そうな少女が身を乗り出して、皆の顔を眺めながら問いかける。
「別に改めて聞くような事じゃないでしょう」
 背中までまっすぐ伸びた黒髪を、耳にかけながら興味なさげに一人の少女が答えると、ショートカットの少女が苦笑を浮かべ、ウェーブがかかった少女がつまらなそうに質問に答える。
「思い出の品を埋めるヤツでしょう」
「そうだけど、このうちのは違うらしいの」
「何が?」
「グループの中で一番最初に十五歳の誕生日を迎えた人の日に、願い事を一つ書いて、オルゴールの中に入れてから校庭に埋めるの。
 それを、一番最後に二十歳になった人の日に掘り返すと、願いが叶う上に、そのグループは永遠に友達なんだって。素敵じゃない?」
 少女達は顔を見合わせる。
 素敵じゃないと呼びかけているが、彼女の様子は「やろう!」と言っているようなものだったが、気乗りがしない。
 どうせそんなことは、ただのありがちなジンクスとしか思えないのだが、ふとその中の一人が自分の誕生日を思い出す。
「最後に二十歳になるのって・・・あたし達か」
「ちょうど、成人式の日だよ。私達の誕生日って」
 グループの中でたまたま同じ日に誕生日を迎える者が二人おり、さらにそれが狙ったかのように成人式の日だった。
「でっしょう! この話を聞いた時はもうやるっきゃないって思ったんだよね!」
 確かに何か、引き寄せられるものを感じるが、冷静な声が待ったをかける。
「でも、それって今日でしょう?」
「急に言われても準備なんて出来ないじゃん」
 発案者の本人が、仲良し五人組のなかで一番最初に誕生日を迎えるのだが、それが今日だった。
「じゃじゃーん」
 そう言ってツインテールをした少女はオルゴールをバックから一つ取り出す。
 蓋を開けると、白雪姫のテーマ曲「いつか王子様が」が流れる。それだけではない、メッセージカードと封筒に油性ペンまでしっかり用意していた。
「やろうよ」
 そこまで用意されていて、否とは言えず、四人は苦笑を浮かべながら、カードとペンを受け取り、各々が【願い事】を書くと、封筒に入れしっかりと封をし、それをビニール製の封筒の中にまとめてさらに入れて、オルゴールの中に入れる。
「はい、コレにフルネーム書いてね」
 短冊のシールをさらに手渡され、意味が判らないままそこに名をフルネームで書く。


 一来 理美子(いちらい りみこ)
 二十六木 京子(とどろぎ きょうこ)
 三枝 奈古(さえぐさ なこ)
 四堂 嘉穂(しどう かほ)
 五十嵐 楓(いがらし かえで)


 そのシールをオルゴールの蓋と箱の境目にしっかりと貼り付ける。もし誰かがこっそりと勝手に明けたとしても、このシールが破れたりしてばれることになる。
 オルゴールが腐ったり、中に水が入ったりしないようにビニール袋に入れてから、五人は校舎裏の古い桜の木の下に埋めたのだった。


 五年後も 共に居ることを祈って  




 だが、祈りは虚しくも散る。




「お母さん  お父さん  ごめんね  




 虚ろな眼差しで、少女は左手首に躊躇うことなく鋭い刃を当てる。
 暖色の柔らかなライトを受けていると言うのに、なぜ刃の色はこんなに冷たく見えるのだろう。
 赫く染まれば少しは暖かくは暖かく光り輝くのだろうか。
 少しずつ・・・だが、刃が腕にめり込む程に強く力を入れて引いていく。まな板の上で肉を切るように上手くはいかない。研ぎが足りなかっただろうか。
 めり込んだ刃の間からは、どっと溢れるように液体が吹きこぼれ、手首や腕を瞬く間に赫く・・・赫く染め上げていく。
 暖かい血に染まっているというのに、なぜこんなに寒いんだろう・・・・
 ジワジワと広がってゆく温もり。
 なのに、どんどん身体が冷えて寒くなってゆく。


 なぜ、こんなに寒いんだろう  


「Guilty」


 もう、聞こえないはずの声が聞こえてくる。
 幾人もの声が、次々と断罪するように言葉を発する。


「Guilty」 「Guilty」 「Guilty」 「Guilty」
「Guilty」 「Guilty」 「Guilty」 「Guilty」
「Guilty」 「Guilty」 「Guilty」 「Guilty」
「Guilty」 「Guilty」 「Guilty」 「Guilty」
「Guilty」 「Guilty」 「Guilty」 「Guilty」
「Guilty」 「Guilty」 「Guilty」 「Guilty」


 意味も良く判っていないのに、覚えたての単語をここぞとばかりに披露すかのように。
 次々と口に乗せる。


    「違う」


 どんなにそう訴えても誰も聞いてくれない。


 仕方ない。
 私は・・・有罪。
 なのだから  
















「冴子か? 久しぶりだな。理美子と誕生日は一緒に過ごすという約束だったな。それは、忘れてなかったのか・・・・・・・ああ、嫌みを言いたいわけじゃない。理美子は去年自殺をしたよ  もう、あの子は何処にもいない」




 一年ぶりに別れた夫の元へ電話を掛けたら、思いにもよらない言葉が女の鼓膜を震わせる。
 別れた夫と共に過ごす娘と会えるはずだった。
 一年ぶりの再会になるはずだった。
 明日は、娘の十六歳の誕生日で、共にお祝いをする日だった  なのに


 平成十六年 一月 十四日。
 誕生日の前日に 娘は この世を自ら去った。












 平成二十年 八月 三十一日


 始まりは偶然が全てを引き寄せた。
 いったいどこから偶然が重なったのか判らない。だが、最終的に結果を見れば、偶然から始まり、作為によって全てが巡っていったと言えただろう。
 どちらにしろ、最初の第一歩は誰の作為も及ばない偶然が招いた物だ。もし、誰かが意図したとするのならば、この世に居るのか居ないのか定かではない、神か仏か、それとも慈悲の欠片もない悪魔だったかもしれない。
 東京メトロ南北線 麻布十番駅からほど近い・・・といっても、出口は無数にあるのだが、商店街を女は疲れきった表情で背中を丸くして歩いていた。
 都営地下鉄大江戸線も走ってる現在、六本木ヒルズからも徒歩圏内で、有名なお店もいくつもあり、平日の日中と言えども人通りは多く、車も狭い商店街の中をひっきりなしに走りぬけてゆく。
 かつては陸の孤島と言われていたのが嘘のように、交通に便利になった街。
 今では昔ながらの風情を残す老舗店と、新しくオープンし続ける店がしのぎを削り合いながら、商店街をもり立てていた。
 大使館も周辺に多く存在し、大江戸線で一駅進めば赤羽橋があり、東京タワーの麓に出られるため、外国人などの観光客も多く、新・旧の顔を持つだけではなく国際色も豊かな人並みが自ずと視野に入る。
 特に二日前から商店街は夏祭りを開催しており、周囲はごった返す人に溢れていた。
 新一の橋交差点下にある公園には普段は浮浪者が数人いるぐらいだというのに、各国の屋台が軒を連ね、ハイネケンを片手にケパプやソーセージに食らいつく、老若男女、人種様々の人間模様で落ち着く場所もないほどだ。
 だが、女はそんな様子などまったく意に介すことなく、どんよりとした気配を漂わせてとぼとぼと歩いていたが、ふと喉の渇きを覚えたのか、最近出来たばかりのカフェへ足を踏み入れた。
 その後を追うように、女の子の二人連れもほぼ同時に店内に足を踏み入れる。
 ぼんやりと後から入ってきた少女達二人を視野にいれるが、灰色の気配同様にどんよりとした生気の欠けた目は、二人を見ても色を取り戻すことはなく、女は店員に案内された席へと腰を下ろす。
 その女と背中合わせになる席に、後から来た少女達二人も案内され、腰を落ち着かせた。


「一来って本当に日記盗み見したのかな」


 唐突に聞こえた言葉に、女はこの時初めて表情を変えた。
 あえて表現をすれば「ぎくり」とも「びくっ」とも言えたかもしれない。力なく落としていた肩が急に上がり、今にも勢いよく振り返らんばかりに身体に力が入っていたが、女はその衝動を堪えじっとその場に身を縮めて座り続ける。
 ウェイトレスが注文を受け取りに来たのだが、それに応えることがすぐに出来ない。喉の奥が乾いて思い通りに声が出せなかった。
 いや、そもそも自分は何時から声を出していなかっただろうか。不意にそんな気がしてしまうほど声がまともにでなかった。
 ほんの数十分前まで仕事でしゃべっていたというのに。
 再度問いかけてきたウェイトレスに珈琲とだけ告げると、じっと息を潜めて背後の会話に耳を傾ける。
 彼女たちはまさか聞き耳を立てている人間が居るとは考えてもいないのだろう。女にとっては都合よく、店内がざわめいているため気持ち大きめの声で会話をし続けており、話している内容がはっきりと聞くことができた。
「日記?」
「いやだな、忘れちゃった? 中三の時のさ」
  ああ、あれか! 急にどうしたのよ。もう五年も前の話を唐突に引っ張り出してさ」
「いや、来月さあたしの二十歳の誕生日でしょう。五年前に皆が二十歳の誕生日を迎えたら掘り出そうとか言って、タイムカプセル埋めた事を思い出してさ」
「そーいえば、そんなことしたんだよね・・・でも、タイムカプセルなんて今更でしょう。一来は五年前に自殺しちゃったし、私達は卒業後ほとんど会ってないんだしさ。他の二人も覚えてないんじゃないの? 悪いけど私は今聞くまですっかり忘れてたし」
「まぁ、三枝なら確かに見事に忘れてそうだよね」
「どういう意味よ、それ」
「深い意味はないよ。あんたって、普段からあんまり物事拘らないじゃん。だから、忘れてたって不思議じゃないってね。実際にあん時だってそんなこと言ってたじゃん」
「そういえば、四堂がしつこく言ってたねぇ。絶対に三枝は覚えて無くて連絡が来るまで忘れているって」
「四堂はムキになって否定するあんたをからかって遊んでたわ。で、二十六木も四堂に同意して、あたしも忘れているに一票いれたんだ。一来だけが忘れてないと思うなんてあんたの味方をしてたっけ」
「そうそう、きっとこの日のことを忘れずに皆覚えているよとか言っていたような? で、そんな話を急に持ち出してなんなのよ。今更本当にタイムカプセルが気になりだしたなんていわないわよね?」
 三枝と呼ばれた少女が少しだけ声を潜めて問いかける。
「まぁ、気になるけれど今更タイムカプセルもないでしょう。自分が埋めた物が何かぐらいは覚えているし、あまり他の人のにも興味ないし。そもそもどんもん埋めたのかなんて聞けばいいだけだしさ」
「五十嵐らしいよ。で、興味がないのになんでそんなこと言い出したのよ」
「だから、タイムカプセルをきっかけに思い出したのは、一来の事なんだってば。あたし達の中で一番最後に二十歳になるのは、一来と二十六木でしょう。それも成人式の日。二人とも同じ日でさって言っても今は五年前と違って第二月曜日が成人式になっちゃったから、厳密に言えばもう違うけどさ」
 以前は一月十五日が成人式の日だったが、数年前から一月の第二日曜日が成人式の日になってしまったため、かつての日とは違うのだが。
 五人の中で一番最初に誕生日を迎えた者の日に、校舎裏にある桜の大木の根元に隠すように、タイムカプセルという名目のオルゴールを埋めた。そして、それを五人の中で最後に誕生日を迎える者の日に掘り返そうと約束をしていたのだ。
 ちょうど、最後に誕生日を迎える二人が、同じ日で当時の成人式にあたるというのも何か、運命を感じた。そういうのが好きな年頃と言うこともあり、まだ何も起きる前・・・仲良し五人組が成立していたころに交わした約束。
 五人の中で一番最後に誕生日を迎えるはずだったのが、五年前に自殺をしてこの世を去った一来理美子と、友人だった一人、二十六木京子の二人。
 当時は進学して学校が変わろうとも、住居が変わり離れて行こうとも、ずっと友達であることには変わりない。と信じていたのだが・・・五年というのは人間関係が変わるには十分な時間であり、中学時代よりも高校時代、高校時代よりも大学時代の友人との方が断然付き合いが濃くなり、気がつけば名前を思い出すことも無くなっていた。
 その中でこの二人は幼なじみで今も近所に住んでいるせいか、付き合いがずっと合ったのだが、この五年間の間に「タイムカプセル」も「一来理美子」の話題も出ることは無かった。
 少なくともある日を境にして、「一来理美子」の事を口にすることはいっさい無くなり、その名を耳にするのはものすごい久しぶりのことだった。
「一来って本当にあたし達のあの日記読んだと思う?」
「先から脈絡無いね」
「だって、一来のこと思い出したらセットになるでしょう。盗み見したこと」
「まぁ、切っても切れないのは確かだね。でもそれこそ何を今更って事でしょう。あんただってあの時一来が盗み見たって信じてたじゃん」
「そりゃ、壊れた鍵があの子のバックから出てきたんだもん。疑いようがないし、動機だって一来以外持ってなかったしさ。
 でも、この前一来のことを思い出したとき、あの子の性格を考えるとそんな事出来るようなタイプじゃなかったよなーとか、不意に思ったんだよねぇ。超ビビリだったし」
「あのさ、そんなこと今更言わないでよね」
「だってさ、あん時はこそこそと泥棒のようなまねされて、頭に来てそんなこと思い浮かばなかったんだもん。裏切られたんだって思えてさ」
 あの時の事は苦い記憶として、二人の中には忘れたくても忘れきれない物として残っている。
 一来を覗く四人でやっていた交換日記がある日盗まれ、そこに書かれていた二十六木の片思いの相手が、数日後でかでかと黒板に書かれていたのだ。
 その黒板を見たとたん二十六木は泣き伏せ、クラスで二十六木に対するいじめや嫌がらせかと話題になり、クラス会の議題にもなったほどだったが、誰がそんな事とをやったのかまでは、なかなか判明しなかった。
 だが、それは思いにもよらぬ形で幕を閉じる。
 ある日偶然一来の鞄の中から、壊れた鍵が転がり落ちてきたのだ。
 それが、証拠となり、一来が鍵を壊して盗み見たことは瞬く間に、クラス中・・・いや学年中に知れ渡り、一来は学校へ来なくなった。
 一来は自分ではないと否定したが、否定すればするほど孤立化していき、ある日とうとう一来は自殺をしてしまった。
 訃報を聞いたとき、誰もがいたたまれない思いを抱き、行き過ぎた責めを行ったか・・・と後悔に苛まれたが「盗み見た方が悪い」と誰ともなく己を納得させるかのように言い続けていた。
 人一人が自ら命を絶ったのだ。自らの言葉が人一人の命を奪ったという事実に、耐えられる者などいない。何か別のせいにしなければ彼女たちは自責の念に潰されていただろう。
 特に、二十六木を始めとする四人はその傾向が強く・・・やがて、一来の名を口にすることはなくなり、四人が集まるといやでも思い出すため合わなくなった。
 日記を盗まれたというささやかな事件が、五人の仲を引き裂き、取り返しのつかない悲劇を生み出したのだ。
 三枝としてはできれば、今も思い出したくはないことなのだが、五十嵐は「仕方ないじゃん」とぼやいてから続ける。
「今更なんだけれど、約束の時がもう時期だなぁとか思ったら思い出しちゃったんだもん」
「あんたが思い出すのは良いけれど、人まで巻き込むのはやめてよね。あんな後味の悪い思いしたの、あん時だけなんだから。出来れば思い出したくないんだけど」
「あたしだってそうだよ。でも二十六木はちゃっかり上手くやったよねぇ」
「そーいえば、アレがきっかけで掛井君とつきあい始めたんだっけ?」
「そーそー、掛井君は当時一来とつきあってたから二十六木には望み薄だったけど、一来が盗み見したから掛井君愛想つかしたんでしょう?」
「二十六木もちゃっかりしているよね。今も上手くいってたりしてね」
「さすがにないんじゃない? あれから五年経っているんだしさ。そんな昔のことより、この前食べたシュークリームの新作が  」




 二人の会話の中で「一来理美子」という名が出ていたのは五分と満たない。
 気まぐれか、何かのついでのようにひょっこり名が出て、沈んでいくかのごとく消えてゆく。


 どうでも良いような話題のように忘れないで。


 そんな卑怯なまねをするはずがない
 偽りを言わないで


 わたしは うそなんて ついてない!
 たすけて 助けて タスケテ!!


 悲痛な声が蘇る。
 助けを求める声が。
 偽りだと・・・自分ではないと必死で訴える声が、きりきりと胸に突き刺さって痛い。


 でも、誰も、その声を、聞かない  


「偽りの罪で  裁くのなら」


 その声はあまりにも小さくて誰にも届かない。
 いや、呟いた言葉は声にすらならず、苦悶のうめき声にしかなっていなかった。


「お客様? いかがなされましたか?」


 通りすがりのウェイトレスが、一人の客の変化に気がつき声を掛けるが、客は呼びかけには応じず、崩れるようにテーブルの上に突っ伏す。




「お客様!? 誰か救急車を!! お客様!!」




     なら あたしは           
            真実の罪で 裁き返しましょう     
                         あたしの  の、ために