8月14日 はい*りすく発行「幽き物語(かそけきものがたり)」 
RINKOさんとのゴーストハント合同誌 4冊目になります。(R指定はつきませんからね/笑)




夏の怪談をテーマに1話ずつ収録しております。
今回は夏コミに落選してしまいましたので、依託という形で参加させていただくことが出来ました。
ご興味をお持ちいただだけましたら、会場か通販(当サイトにて行います)にてお手に取っていただけたら幸いです♪
 







 いつものごとく本文一部抜粋です。
 参考程度に試し読みしていただけたら幸いですv


 参考文章は天華が書いた「黄昏幻燈」の序章部分に当たります。

















  序、








 蝉が五月蠅いほど鳴いていた。
 お盆を過ぎ八月も末にさしかかろうとしている頃だった。
 まだ夏は盛りと言わんばかりに暑い日々が続き、秋が間近まで迫ってきているとは思えない。ただ、ツクツクホウシの鳴き声だけが晩夏の色を滲ませていたが、秋の訪れを気温として感じるのはまだまだ先の事だ。
 都内に居る限りこの暑さから逃れるには、空調の効いた建物の中や電車の中に入る以外すべはない。
 例え、生い茂る葉が作る木漏れ日の下へ避難しようとも、中指を立てたくなるような暑さからは逃れられない。大気を渡る風は涼を運ぶことはなく、熱風の如き暑さを孕み、湿度も高いままで、不快指数は連日MAXとなり、とにかく過ごしやすい秋になることを誰もが待ちこがれていた。
 こんな暑い日は無駄な動きをせず、空調の効いた部屋で過ごすに限る。そんな暑さの中にもかかわらず、青年は額に汗を浮かべて待ち合わせ場所へ急ぐべく、夕日によって赤く染まりつつある木漏れ日の中を走り抜けてゆく。
 待ち合わせに間に合わないのか、時折腕時計に視線を落としながらも、その足の速度がゆるまることはなかったが、それでも待ち合わせ場所まであと少しという所でいったん足は止まる。
 青年は、深呼吸を繰り返し息を整えると、ポケットに手を突っ込み剥き出しのままのそれを手に取る。
 彼女は受け取ってくれるだろうか。
 彼女が拒絶する理由はない。自分達は相思相愛で妨げる物は何もない。百%と言って良い。だが、ほんの少しだけ残る不安が一%の拒絶の可能性を生み、それがジワジワと断られたらどうしよう・・・という情けない方向へ思考がシフトチェンジし、足が急に重く感じる。
 迷っているような時間はもう残されていない。
 今日のこの大事な日を遅れるわけにはいかないのだから。
 判っていても、一度しぼんだ勇気はなかなか元に戻らない。
 どうして、こう肝心要な時に尻込みしてしまうのか。今はそんな事でうじうじしているような時ではもうないというのに。
 青年は気合いを入れるように両手で両頬を勢いよく叩く。
 勢いがつきすぎたのか、ジンジンして痛い・・・手形がついていたら間抜けだ。
 コントロールできない感情を、深呼吸して無理矢理落ち着ける。近くに水道があれば頭からぬるま湯な状態の水でも被って気を落ち着けたいぐらいだが、両サイドを木々に囲まれた小径にはそんな都合良く水道など存在しない。
 目を閉じて深呼吸をさらに繰り返す。
 肺いっぱいに入ってくるのは木々に囲まれているとはいえ、清々しいとはお世辞にも言えない生ぬるい空気。それでも、呼吸がゆっくりになるにつれ、早まっていた鼓動は落ち着きを取り戻す。
 誰が言ったかは知らないが、案ずるより産むが易し。と先人は言ってもいる。今更うだうだ迷う事などない。男は考えるより動いてなんぼ! そう無駄に自分を鼓舞すると、深呼吸をもう一度だけして、待ち合わせ場所へ向かって足を踏み出す。
 もう走っては行かない。
 汗まみれで彼女の前に姿を現すわけにはいかない。とはいっても暑い夏の盛りだ。後から後から汗が噴き出してくるため、持っていたハンカチで額ににじんだ汗を拭いながら、一歩一歩待ち合わせの場所へ向かう。
 この小径を使う者はさほどいないのか、自分以外の人気が皆無と言っていいほど無く、聞こえてくるのは蝉の鳴き声だけ。それでもまったく誰も通らないというわけではなかった。正面から帽子を目深に被った男が近づいてくるのに気がつくと、青年は微かに身を横にずらす。
 それで、終わるはずだった。
 肩と肩がぶつかる可能性もないほど、青年は身体をずらしたのだから、青年はうつむきがちに歩いてくる男とすれ違って二度と会うことはなく  記憶にも残らないはずだった。
 すれ違う直前も青年は男を意識することはなかった。
 ただ、うつむきがちに歩いていた男の口元が視界の端に映ったとき、微かな違和感を感じる。
 その口元になぜか笑みがくっきりと浮かんでいるように見え、薄気味悪さをふと覚えたからだ。
 なんとなく距離を置こう。
 青年は下手に絡まれるのを倦厭し、男から離れようととっさに思ったがその時には遅かった。腹部から背中に突き抜けた衝撃に、青年は目を見開く。
 男は口をゆっくり動かして何かを言ったようだが、青年はその言葉を聞き取ることなどできなかった。いや、己の身に何が起きたのかさえ判らなかった。
 ただ、暑い。
 いや熱かった。
 腹にまるで焼けた棒を押しつけられたかのように。
 喉の奥から何かが溢れてきて、咳き込む。
 とっさに手で口元を押さえると、手が赤黒い色に染まり、口の中には吐き気が込み上げるような生臭い物が広がる。
 青年は恐る恐る視線を下げた。
 そこには木漏れ日を反射し、光を放つ銀色のそれがまるで腹から生えているように見えた。 


    っっ」


 ぎらり、と何かが光った。
 生い茂る葉から漏れて照りつける日差しを受けて、それは容赦なく煌めく。
 目に痛いほど真っ赤な液体を滴らせながら。
 それは、絶望の色。
 それが赤いのは夕日を反射してなのか、それとも  
 

 待っている  急がなければ


 青年は今にも崩れ落ちそうになる膝に力を入れて、一歩一歩前へ踏み出す。
 雨でも降っていただろうか。
 ぬかるんだ地面を歩くように湿った音が足下から聞こえてくる。
 身体が鉛のように重く、足を一歩踏み出すことがこんなにも重労働だったとは思いにもよらなかった。
 だが、それでも青年は待ち合わせの場所へ向かう。
 待っているのだ。
 自分を。
 彼女は待っている。
 これを彼女は待っている  
 朱く染まった手で青年はポケットを探る。だが、そこにあるはずのものは無かった。
 先までそれは確かにあったというのに。
 無機質なそれは勝手にどこかへ行ってしまうはずがない。
 硬質で冷たいそれは、ポケットに入れてたから自分の温もりを移していた。それを確かに確認した。他の何を忘れてもそれだけは忘れてはいけない物だったから。
 つい先もポケットから出して確認した。
 なのに  どこへ行った?
 急がなければならないのに。
 もう、約束の時間に間に合わない。
 どこだ、おれの  は、何処だ。
 ダメだ。間に合わない。
 もう間に合わない。


 身体を支えきれなくなって、膝が崩れる。
 身体が重いのか冷たいのか熱いのかさえ判らない。
 それでも青年は前へ進もうとする。


 行かなければ    


 待っている。
 彼女が待っているのだから  


 遠くから、誰かが近づいてくる。
 足音を響かせて、名を、呼びながら・・・
 待ちきれなくなったのか、様子を見に来たのか。
 ああ、来ないで。
 来てはいけない。
 君は、君だけはここへ来ないで・・・・


 赤く染まった指先が何かを求めるように蠢くが、青年が探し求めていた物が指先に触れることはなかった。
 周囲に視線を巡らせるが、陽が完全に沈んでしまったのか辺りは真っ暗で何も見えない。
 先ほどまで見えていた、自分に向かって駆け寄ってくる姿も、ポケットにはいっていたはずの  も。
 何一つ見ることが出来ないほど、闇は深くなっていた。


 ああ・・・どうか、来ないで。
 お願いだから、その場で待っていて。
 自分が行くから・・・
 だから、ここへ来てはいけない。




 暗闇の中、青年はそれでも前へ進もうとする。
 身体に力はもう入らず、
 指先にも力は入らず、
 ただ、アスファルトの地面に、朱い筋を残しただけにしか過ぎずとも、青年は必死になって前へ進もうとする。何かを探すように指先は小さく蠢きながら・・・青年は、ただひたすら前へ進む。







 ああ・・・どこへ行ってしまった・・・俺の