序章



















 給食を食べ終わると、クラスメートの大半は外で遊ぶために飛び出して行く。
 だけれど、この日は外に遊びに出ることは無く、教室内で皆で集まっておしゃべりに花を咲かせていた。
 話の内容はどれもたわいないこと。昨日見たドラマやアイドルの話。買ったばかりの漫画や日習い事・・・毎日会っているというのに不思議と話題は尽きない。
 この日も、校庭で遊ぶ生徒達の声を聞きながら、皆で集まってどんな話をしていたのか・・・定番過ぎて、思いだそうとしてもはっきりと思い出せない。
 ただ、今もはっきりと覚えて居るのは、汗ばむほどの暑い日だったということと、窓からは校庭で遊ぶ生徒達の声をかき消すほど、やかましいぐらいに蝉の声が聞こえたと言う事。
 そして、この日は皆で怖い話をしていたと言う事。

「ねぇ、知っている?」

 怪談話の好きな美代子がお行儀悪く机の上に座りながら、皆の顔を見渡す。
 知っているも何も聞いてないのだから答えようが無い。
 さぁ?と誰もが首を傾げる中、美代子はにんまりと笑みを浮かべて口を開く。
「この前、従姉妹のおねーちゃんから聞いた話なんだけれど」
 それは、ある意味ありがちな怪談話だった。
「昔、貧しい村の外れに貧しい家族が小さな家で生活していたんだって。その日食べるのも困っちゃうような生活でね、お布団も満足になくて一つのお布団を仲良く使って生活をしていたの。
 そんなある夜・・・子供だけでお留守番していたの。親は二人とも出稼ぎに行っていて一人で留守番をしていた時にね、雨が降りしきる中誰かが近づいてくる音が聞こえたんだって。ビシャビシャ歩く音ね。こんなに雨が降って寒いのに誰が近づいてくるんだろう? 不思議に思ったの。
 だって、普段からその家を訪ねるような人は誰もいなかったし、親が帰ってくるのはまだ数日さきだったはずだから、誰もこの家に近づくはずがないのに。最初は聞き間違えか勘違いか・・・そう思ったんだけれど、それは徐々に近づいてきて、扉の前でぴたりと止まったの」
 知らずうちにその場に居た人間は、皆美代子の話に意識を奪われる。
 やかましいほどの蝉の音も、額を流れ伝う汗もきにならない。
 背筋をひやりと冷たい物が流れ伝うのは、暑さ故なのか、それともまた別の物が原因なのか・・・ただ、その場に居た友人達皆が、美代子の話題に集中していた。
「扉の前でぴたりと止まったと思ったら、扉がコツン、コツン、コツンと三回叩かれたんだって」
 美代子は扉をノックするかのように、拳で机の上を軽く叩く。
 コツン、コツン、コツン。
 それは、まさに扉を叩くような音のように聞こえた。
「ノック音と一緒に声が聞こえたんだって。しわがれた年老いた声でね。あきらかにお年寄りだって判るけれど、扉を開けることにもの凄く躊躇したんだって。おそらく旅人か何かが一宿を求めてきたんだろうと思ったんだけれど、自分達の生活も大変なのに、見知らぬ人の面倒なんて見れる余裕なんてないから。だから、音に気がつかないで寝たふりをしてしまおうかとても迷ったらしいんだ」
 旅人を泊めることになったら、自分達のお布団を渡さなければならない。
 今はとても寒い冬でお布団を渡したら自分達が凍えてしまうかも知れないけれど、自分達には家があるから夜露をしのげる。
 だけれど、旅人には夜露をしのぐ家もなく、身を寄せ合う家族もいない。
 このまま見逃せばその旅人はこの寒さの中雨に打たれて、凍え死んでしまうかもしれない。
「迷いに迷ったけれど、困ったときは助け合うべきだと思って、扉を開けちゃったんだって」
 こういう話の展開は読める。
 だけれど、誰もが話の腰を折ることなどせず、美代子の次の言葉を待った。
 美代子も皆が期待して待っているのが判るのだろう、実に楽しげに笑みを浮かべて、皆の顔を一人一人見ると、ゆっくりと口を開いた。
「扉の向こうには、大雨でずぶ濡れのおばあさんが立っていたの。真っ白な髪でね、昔話に出てくるような山姥の出で立ちのようなおばあさん。おばあさんは目が合うなり、にんまりと笑ったんだって。もの凄く不気味でね、その口許からは黄色くて鋭い歯が見えたんだって。想像もしてなかった姿に驚きのあまりその子は目を見開いたままで、声が出なかったの。当たり前だよね。だって・・・・・・・・」
 美代子はわざとらしく間を置いて、一人一人をじっくりと見回す。
 この後どういった展開になることは想像することは容易い。皆が皆、どんな結末になるか判っている。
 だけれど、自然と喉が鳴り続きの言葉を待つのに、無意識のうちに息を呑む。
「だってね扉を開けた瞬間、おばあさんの手には大きな死神が持つようなカマが握られていてね、首がぽ  んと鞠のように宙を綺麗に飛んじゃったから」
 ふふふふ。
 と、美代子は笑いながら手を首の前でスライドさせて告げる。
 聞く人間を驚かして怯えさせるような話ではない。ただ、淡々と紡がれる怪談話。いや、怪談話というほど怖さはない。
 だけれど、背筋がうすら寒く感じるのはなぜだろう。
「おばあさんは死神とも、山姥とも言われてね、その大きなカマで首を刈り取った髑髏で、首飾りにするのが生き甲斐になっているんだって」
「ちょ、それって悪趣味過ぎ〜」
 ようやくそこで茶々が入り、重々しい空気が霧散する。
「髑髏の首飾りって・・・えーでも、理科室にある頭蓋骨で首飾り作ろうと思ってもすっぽ抜けない?」
「目の穴に糸を通すのかな?」
「右耳から左耳じゃない?」
「耳は軟骨だから残らないよ」
「でも、耳の穴はあるじゃん」
「頭蓋骨に穴あけてヒモ通すんじゃないの?」
「ちょっと、アタシの話まだ終わってないんだけど!」
 皆が好き勝手にあれやこれ言い始めた事に、美代子はふて腐れたように頬を大きく膨らませる。
「あー、ごめんごめん。でもあれでしょう? この手の話のラストっていったらさ、この話を聞いたらその山姥?が三日以内に訪れる  ってやつなんでしょう?」
 美代子が言う前に一人が訳知り顔でばらしてしまうと、美代子は大げさまでにショックを受けたと言わんばかりの顔をする。
「ちょっと、なんで勝手にそれ言っちゃうかな!! まだ、アタシが話している途中なのに信じらんない!」
 美代子はさらに頬を膨らませて、まるでお多福状態だが、先にしゃべってしまった当人は軽く肩を竦めて意に返さない。
「だって、私も似たような話聞いたことあるもん。私の聞いたことがある話はお坊さんだったけれどさ」
「じゃぁ、なに? この話を聞いたら皆首ちょんぎられちゃうとかいうオチになるわけ?」
「んなわけないじゃん。だったら、今頃美代子は生首だよ−」
「だよねぇ。じゃぁ、どうするの?」
「呪文だよ。呪文。扉を三回ノックされている間にお経を唱えるとかでしょう?」
 さらに先を続けられ美代子は諦めたように大きな溜息をつく。
「そーだけど。もう、もっと引っ張ろうと思ったのに。台無しじゃん。えっこの言うとおり、この話を聞いたら三日以内におばあさんが訪れるんだって。時間はまちまちだけれど、夕方か夜中に来ることが多いらしいよ」
「なんで?」
「逢魔が時と丑三つ時?」
「丑三つ時は判るけれど、逢魔が時って何?」
「この世とあの世が重なる時間帯とかっておじいちゃんに聞いたことあるよ」
「丑三つ時って呪いの時間だっけ?」
「そーそー、人形に釘打ち付けてカンコンカンコンやる時間だよね」
 皆が好き好きに言う中、今まで黙って話を聞いていた一人が口を開く。
「そんな事より、唱えるお経とか呪文とかってなんなの?」
 このままだと話が尻切れトンボのまま終わってしまいそうだから口を切ったのだ、がそれが予想外だったのか、皆がきょとんとした顔で少女を見る。
「なに? 菜穂まさかこの話本気にしてるの?」
「嘘っぱちに決まっているじゃん」
 自分が言った言葉はそんなに予想外の事だったのか。皆の反応に菜穂と呼ばれた少女の方が戸惑いを隠せない。
「え? で、でも気にならない?」
 誰も本気にこの話を取っていない事は判る。
 むろんこの手の話が山のようにあることは、菜穂も判っている。
 トイレの花子さんも、口裂け女も、血の涙を流すベートーベンも、夜中廊下を走り回る理科室の人体模型の話も、どれも学校にあるありがちな怪談で、誰も本当の話と信じて居る者などいない。
 だけれど、話を中途半端にしたままというのはどうにも落ち着かない。
「何だっけかな? ノック音が聞こえている間に三回唱えるってのは覚えて居るんだけれど・・・ココ掘れワンワンじゃないし  」
 いきなり昔話のワンフレーズを渋面で口にしたため、誰かがぷっと吹き出す。
「ちょ、笑わさないでよ! 花咲かじいさんじゃないんだからそれはあり得ないでしょう!」
「ちちんぷいぷい・・・は子供だましの痛み止めの呪いだし、ひらけごまはアラビアンナイトで・・・・」
 美代子は巫山戯ているのではなく、本当に忘れたのだろう。眉間にぐっと皺を刻んで考え出すが、どうしても思い出せないのだろう。
 出てくる言葉は、それはあり得ない・・・というものばかりだ。
 それとも、ここでそう言うあり得ない単語を出して笑わせるような話なのだろうか。
「あー、思い出せないや」
「別にいいんじゃない? どうせ作り話でしょう?」
「うん・・・まぁ、作り話だけどさ  」
「思い出したら教えてね。弟に話すのにそれ知らなきゃ話せないし。まぁわざともったいぶって忘れたふりしてびびらせるの面白いけれど。あいつ、この前怪談話したら怖くて夜トイレに行けなくておねしょしたんだよねぇ」
 ケラケラと周りの少女達はあっけらかんと言い放つが、美代子の妙な言い方に、菜穂は少しばかり引っかかりを覚える。
「ねぇ、美代ちゃん、それ聞いたこの瞬間から三日以内なの?」
「ん? たぶん? そういう細かい事は判らないよ。ただの怪談話だもん。菜穂本気にしちゃった?」
「菜穂恐がりだもんねぇ」
「大丈夫大丈夫、こんな話花子さんレベルの嘘っぱちだって! 実際に私が聞いたお坊さんの話は誰も来なかったんだし」
 あははははは。
 皆の笑い声が人気のない教室中に響く。
 もちろん、菜穂とて本気で信じていたわけではない。
 来年には中学生になるのだから、この世に山姥と呼ばれる存在も、死神と呼ばれる存在も居ないことは判っている。
 怪談話を聞いて、本気で怯える程小さな子供ではない。
 虚構と現実の区別ぐらいつく。
 なのに、美代子が少しだけ見せた微妙な顔が脳裏から消えない。
 そして、チャイムが鳴って席に着く時に、ポソリと呟かれた言葉。

「ノックが三回聞こえた気がするんだけれど  気のせいだよねぇきっと」

 それは、どういう意味だろう。
 美代子の元には本当に山姥が来たのだろうか?
「作り話だよね?」
 美代子の言葉に美穂は不安を隠しきれず、念を押すように再確認する。
 どう考えても今聞いた話は作り話のはずだ。
 本気で取る方がおかしい。
「もちろん、作り話だよ。だけどさ・・・」
 美代子は周囲をきょろきょろと周囲を伺うように見渡すと、周りに聞かれないように声を潜めて囁くように言う。
「聞き間違えだと思うんだけど、実はさノックの音聞こえたんだよねぇ」
「え? だって作り話じゃ・・・」
「だから、聞き間違えだって言っているじゃん。だけど、タイミング良く二日目の夜にドアがノックされたんだよ。気のせいだと思ったけれど、思わず反射的に呪文唱えたら、ふって消えたの。雨降ってたからドアから離れて行く音聞こえたんだけどさ、気になって外見に行っても足跡残ってなかったんだよねぇ。うちの周りって舗装されてないから、雨降ると地面ドロドロで足跡がしっかり残るのに」
「え・・・・それって・・・・」
 どういう意味?
 問いただしたかったけれど、最後まで話を聞く暇はなかった。
「こら、お前らなにやっている。チャイムは鳴っているんだぞ席につけ」
 担任が教室に入ってきたため、それ以上おしゃべりを続ける事は出来なかった。
「美代ちゃん、呪文って  」
 それでも美代子に話を聞こうとしたのだが、ぐずぐずとその場に立っている二人に、担任が少しばかり苛ついた声を上げる。
「こらお前も早く席に着け。立っていたいなら一時間ずっと立っていてかまわんぞ」
 担任に遮られても美穂は美代子に話を聞こうとしたが、美代子の方はさすがにそれ以上担任を無視してまでおしゃべりに興じようとすることはなく、さっさと席に戻ってしまう。
「呪文・・・・」
 作り話だ。判っている。
 それでも、中途半端なまま終わってしまった話は、小骨が喉に刺さっているような違和感を与える。
「んじゃ、今日は十八番から始めるぞ」
 直ぐに午後の授業が始まり、授業が終わったら聞こうと思ったけれど、その後はそのまま直ぐに掃除だのクラブ活動の時間だのになって、ゆっくり話をする暇も無く、帰宅の途につくことになってしまった。

 雨が降りしきる中、響く足音  

 ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん。

 ザーザー降りしきる雨音の中に混じって響く不規則な音。
 午後から降り出した雨は夕方には本降りになり、まだ陽が沈みきる前だというのに辺りはすっかり暗くなってしまっている。
 時折車が通り過ぎる音が聞こえる以外、音らしい音はない。
 ここは住宅街で、商店街の喧噪からは少し離れているせいもあって静かなものだ。時々車やバイクの走行音に混じって、ヒールの足音が響くぐらいだ。
 菜穂はテレビのボリュームをあげて時計に視線を向ける。
 時刻は十七時を過ぎたばかりで、母親が帰ってくるまであと二時間は時間を要するだろう。それまでは一人で留守番だ。
 父親は単身赴任で不在のため、母一人子一人の母子家庭。留守番はなれている。あと二時間もすれば静けさは振り払われる。
 だから、それまでテレビを見ていれば時間が過ぎるのはあっという間だ。
 だけれど、どうしてもこの日は落ち着かなかった。
 いつもしていることだというのに、足音が聞こえる度に、びくびくする自分が居ることは誤魔化しようがない。
 今日に限ってやけに家の前を通り過ぎていく人が多いような気がする。
 イヤ違う。いつもは気にしてないから、どれだけの人が家の前をこの時間帯通りすぎているのか判らないだけだ。
 菜穂は何かを誤魔化すように自分の両頬を軽く叩くと、リビングに置いてある電話に手を伸ばして、美代子の家に電話をかける。
 だが、虚しいコール音が鳴り響くのみで誰も出ない。
 それでも意地になって待って居ると留守電に切り替わってしまったため、静かに受話器を置く。
 美代子はちゃんと従姉妹のお姉さんに、呪文の事を聞いていてくれただろうか。
 ただの怪談話と判っているけれど、中途半端なままなのが妙に落ち着かない。
 ただ、それだけだ。
 それ以外の理由はなにもない。
 だけれど・・・

「うん・・・まぁ、作り話だけれど  」

 妙に言葉尻が曖昧だった美代子の言葉が頭から離れない。
 
「聞き間違いだと思うんだけどさ・・・ノックの音聞こえたんだよねぇ」

 ただタイミング良く隣家のノック音でも聞き間違えただけだろう。
 あの話が本物のはずがない。
 従姉妹のお姉さんと会っては怪談話を仕入れてきては、聞いた話を学校でしてくれるけれど、そのどれもがたわいない話で、今までも似たようなパターンの話は聞いたことがある。
 だけれど、そのどれも本当にあったことはない。
 当たり前だ。
 ただの怪談話なのだから・・・・
 だけれどもし、本当にノックされたらどうしよう。
 自分はノックをされてもその時に唱えなければいけない呪文を知らない。
 なんで聞いておかなかったんだろう。
 唇を噛みしめて込み上げてくる物を堪える。
 最後までちゃんと話を聞かなかったから不安になるだけだ。本気で心配する必要は無い。
 どうしても気になるから、明日学校で会ったら結末まで聞けばいいし、それに母親が帰ってきたらこんな不安すぐに消し飛んでしまうに違いない。
 さて、ご飯でも磨いで母親が帰ってきたときには炊けているようにしておかなければ。
 菜穂は少しばかり強引に踏ん切りを付けると、台所へ向かうべく立ち上がるが、まるで、そのタイミングを見計らったかのように、ピンポーン。とインターホンが鳴り響いた。
 無機質なその音に、心臓がドクリと強く音を立てたような気がする。
 咄嗟に反応できずにいると、もう一度ピンポーンと二度目の音が鳴り響く。
 間違い無く来訪を告げる音。
 一瞬、山姥が来たのだろうか?と思ってしまうが、直ぐにインターホンの音であって、ノック音ではないことを思い出す。
 明かりが付いているから家に居ることは外から見れば丸わかりだろうが、母親からは自分が不在の時は対応しなくて良いと言われていた。
 宅急便なら出直すだろうし、それ以外に尋ねて来る人はいない。
 単身赴任中の父が戻ってくるときは、インターホンなど鳴らさずに合い鍵を使って入ってくるはずだ。お土産をいっぱい手に持って陽気な声でただいまと言いながら。
 対応しなければこのまま直ぐに離れて行くだろう。
 だけれど、それは予想を裏切り三度目のインターホンが鳴る。
 なんかしつこくてやだな・・・・
 そう、思ったとき。
 コツ。
 と、足音が聞こえた気がした。
 水を弾いて階段を上る足音がゆっくりと、近づいてくる。

 コツ。

 母親の足音に似ている。
 もしかして、カギを忘れて家を出て行ってしまったのだろうか。粗忽者の母親は時々カギを忘れて、インターホンを鳴らすことがあった。
 その事を思いだし、モニターの前に立ってもそこに映る姿は何も無い。

 コツ。コツ。コツ。

 足音はゆっくりと近づいて来てドアの前で止まったのが判る。
 そして、コン。と、扉をノックする音が聞こえてきた。
 お母さんじゃない。
 その時、菜穂ははっきりと確認する。
 これが母親ならもう少し乱雑にドアを叩きながら「菜穂、お母さんよ。カギ開けて」と言うに違いない。
 やっぱり扉を開けてはダメなんだ。
 息を潜めてやり過ごせば、諦めて帰るだろう。
 だけれど、再びドアがノックされる。
 二回目のノック音。
 雨にかき消されても可笑しくないのに、やけに大きな音に聞こえる。
 山姥だったらどうしよう。
 あり得ないと判っていても、美代子から聞いた話が頭から離れない。
 もし、山姥が来たら扉を三回叩かれる前に、呪文を唱えるんだよ。
 そう言っていた。
 だけれど、その肝心の呪文が判らない。
 どうすればいいのだろう。
 変な人が家のドアを叩いているんです。と、警察に電話をすればいいのだろうか。それともお母さんの職場に変な人がいると電話をすればいいのだろうか。
 隣近所と付き合いはほとんどないけれど、助けを呼べば誰か助けてくれるのだろうか。それとも、山姥に恐怖を覚えて誰も一歩も出てこないのか・・・・
 このまま心臓が壊れてしまうのではないかと思うほど、心臓が嫌なほど音を立てて脈打つ。
 じっとりとした嫌な汗が背筋を流れ、呼吸がせわしくなるのを止められない。
 ただ、それでも声を漏らさないようにしてジッと蹲って時が過ぎるのを待つ。
 もし、呪文を唱えないまま扉を開けなかったらやり過ごせるのだろうか。
 判らない。
 美代子から聞いた話では扉を開けたから、山姥に親子は殺されたのだ。なら、開けなければ良いのではないだろうか。それとも、ドアを蹴り破って中に押し入るのだろうか?
 このままジッとしていれば、家の前を通りすぎた人が不審者と見なして警察を呼んでくれるかも知れない。
 ただ、菜穂は待つ。
 時が過ぎるのをただじっと息を潜めて・・・・
 神様どうか、早くこの人が帰ってくれますように。
 手が白くなるほど力一杯組んで、口の中で祈りを捧げる。
 どうか、どうか早く帰ってくれますように。




 どうかどうか・・・・・・・



     どうか、どう・・・・・・・







                                 ねぇ・・・・教えて?








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