本誌はR-18になります。
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  本文・序章より






 
ふわり・・・ふわり・・・まるで、桜の花びらのように雪が舞う。月の明かりをその身に纏って、きらりと闇夜に煌めきながら。

 ふわり・・・

 風に乗って、それは頼りなく空を舞う。
 まるで、行く当てを見失い、空へ戻ることも出来ず、地へ舞い降りる事も出来ず。
 何処へ向かおうとしているのか・・・

 男は腕を伸ばして雪へと触れる。
 行く当てがないのなら自分の所へおいでと呼びかけるように。
 優しく・・・慈しむように。
 けしてその姿を壊さないように触れた指先。だが、温もりを無くし氷のように冷たい指先であっても、触れたとたんそれは姿をなくす。
 まるで、誰かの元へ降りるぐらいなら、自ら消え去ることを選ぶかのように。
 じわり・・・と消えた雪は、小さな滴となって指先に珠を作るが、それさえも指筋を伝い落ち形をなくす。
 ただ、自由に・・・何者にも束縛されることなく、気ままに漂っていたかったと言わんばかりに。
 跡形もなく、消えてゆく・・・

 まるで  の、ように。

「晴海(はるみ)? そんな寒いところで何をしているの?」

 ぼんやり雪に濡れた指先を見つめていると、背後から女の声が聞こえてくる。
 だが、晴海と呼ばれた男は女の声に反応を返すことはなかった。
 ただ、闇を見つめ、風に舞う雪を見つめ、その先にある湖を見つめる。
 思ったよりも風が強いのか、まるで海辺にいるかのように岸に波打つ音が風に乗って聞こえて来る。
 引いては寄せ、寄せては引き、まるで何かを誘うように。

「晴海、風邪引くわよ」

 少し苛立った声が聞こえて来るが、男は反応を返さない。
 目の前の光景を見ていながら、どこか遠くを見るかのような眼差しで、光の届かない水面を見続ける。
 女の声など聞こえないと言わんばかりに。

「ずっと・・・・」

 湖の上から声が聞こえて来たような気がした。
 懐かしい声が。
 優しく、心を包み込むように。
 男は手を伸ばす。
 その声に誘われるかのように。
 何も無い・・・風に舞う雪しかない虚空に向かって。

「晴海!?」

 男の様子にぎょっとしたのは女の方だ。
 ぼんやりと外を見ていたかと思ったら、突然腕を虚空に向かって伸ばした。
 それだけなら、何をしているんだか。と呆れてみていただろう。
 だが、男はさらにその先へと身を伸ばそうとしたのだ。
 その先・・・バルコニーの彼方へ身を乗り出そうとしている男を背後から抱きついて引き留める。
「晴海! 何考えているのよ! この下は湖よ!? こんな真冬に落ちたら死んじゃうわよ!!」
 ヒステリックな女の叫び声が静寂を引き裂く。
 だが、男は女を・・・現を見ない。
 この世のものではない、何かを見るような目をその先へ向け続ける。

 切なく、悲しい眼差しを  
































 どうか忘れないで・・・
 私が愛した事を。
 貴方が愛してくれたことを。
 それ以上、私は何も望まないから・・・
 どうか、忘れないで・・・


 忘れられることはとても寂しくて
 とても悲しくて・・・・




とても、寂しい・・・・・・・・・・























 風が唸る音が窓越しに聞こえてくる。
 昼間はほとんど風などなかったはずなのに、夕方から少しずつ吹き始めていた風は、いつの間にか木々の枝を大きくしならせるまでに強くなっていた。
 ざわめきを生じ静寂を壊してゆく音を聞きながら、ナルは熱を帯びた肌の口づけを落とす。
 火がついたように身体が熱い。
 内も、外も、まるで燃えているかのように。
 ナルの唇が、指が触れたところから、火が灯されたように熱くて、心臓が壞れそうな程強く脈打つ。
 いつもは、冷たい指先。
 睦言を呟いてくれない唇。
 なのに、この時ばかりは、千の睦言を紡ぐよりも唇は甘い疼きをもたらし、普段は構ってくれることのない指先は、余すと来なく全てを愛してくれる。


 文字通り、全てを。


 そう思ったとたん、それだけで心臓が一段と強く跳ね上がる。
 今さらだ。今さら何を照れる必要がある。
 そう思っていても、どうしても羞恥は収まらない。
 人間羞恥心を忘れたらおしまいだ。例えどんな時であろうといかなる時であろうと、理性と羞恥を捨ててはいけない。
 そう幾度自分に言い聞かせただろうか。
 だが、ただ一つ、この時ばかりは理性は遠い彼方に消え去り、羞恥もどんなにしがみついていても、気がつくとやはり消えてしまう。















                  続きは本誌でお楽しみ下さいv