序章&一章より抜粋















 常にあったもの。
 傍らにあり。空気のように、水のように存在したもの。
 あまりにも傍らにあるのが当たり前すぎて、気が付かなかった。
 

 それが、どれだけ今の自分に必要だと言うことが。
 自分を構成しているものだということが。
 気が付けなかった。
 それが無ければ生きていけないということに。
 空気がなければ、呼吸をせずには生きていけないということを。
 水がなければ、乾き干からびてしまうということを。
 そんな当たり前のことを   忘れていた。


 忘れてはいけないモノなのに   


        『当たり前』   
 



 その言葉を、人は『傲り』と言うのかもしれない。






















 序 章




 約束は、果たされると信じて疑った事は一度も無かった。


 子供でもなければ大人になりきった訳でもない・・・まだ、少女の時代に交わした約束。
 大人から見たらたわいないものだろう。
 誰もが一度ならずとも、そういった約束は経験している。
 だが、だからこそ大人達は知っている。
 幼い頃の約束など真実味は乏しく、年を経る事に色あせ忘れ去られてゆくものだと。その約束を信じていられるのは、幼い故に純真で、まだ現実がどんな物かを知らない頃までだということを。
 現実を知るまでの儚い約束にしか過ぎないと言う事を。
 だから、大人になってまでも鵜呑みにし、信じている方こそどうかしていると言われても仕方ない。
 ほとんどの人間が、幼少期に交わした約束を覚えていなかったのだから。
 だが、皆が皆忘れ、果たすことなく潰えたとしても、全てがそうだとは限らないではないか。
 例え、皆が口をそろえて約束はとうの昔に無効になっていると言っても、それは周りの人間達が憶測で勝手に物を言っているだけにしか過ぎない。
 約束を交わした相手が、そう言った訳ではないのだから。
 なぜ、周りに好き勝手言われなければならないのだろうか。世間知らずのお嬢様だと笑いたいのなら、笑えばいい。
 約束は違える事なく果たされると信じている・・・いや、疑うことなど一度もなかった。


 だって、約束は今も生きているのだから。
 

 彼女はゆっくりと目を伏せて己の左の小指を見つめ、右手でそっと撫でる。
 指に絡みつくのは古びた赤い糸。
 今にも切れそうな程傷んでいたが、それでもその糸は切れることなく指に絡まり、食い込んでいた。まるで、皮膚と一体化しているかのように。
 糸にくくられた先の皮膚の色は、けして健康的と言えるようなものではなかったが、彼女は気にする事もなく何度も何度も指を撫でる。
 約束は生きている。




   この糸が切れるまでに、貴方の元へ帰って参ります。




 瞼を閉じれば今でも、色あせることなくあの時の事が蘇る。
 西洋人が結納をするとき、金属で出来た輪を指にはめて将来を誓う聞き、少年は旅立つとき指に赤い糸を巻いてくれた。
 絹糸のそれを指の付け根にクルクルと何重にも巻きながら、少年は誓いの言葉を口にする。


   そして、貴方を幸せにいたします。


 細く頼りない糸は今にも切れてしまいそうだ。
 だが、そうならないように祈りながら、願いながら少年は少女の指に糸を巻き付け、少女もまた少年の指に巻き付け、そして指と指を重ね合わせる。
「指切りげんまん、嘘着いたら  」
 細く弱々しい声が大気を震わせる。
 唇から声が漏れる度に、白い息が吐き出され棚引いてかき消える。
 まるで、約束があっけなく消えてしまうように見え、少女はぎゅっと小指に力を入れ、指を切る事が出来ない。
 途中でぎゅっと唇を噛みしめて俯いてしまった少女を見下ろしながら、少年は少しだけ困ったような笑みを零して、もう片方の手で包み込むように小指を覆い、そっと少年は少女の指に口づける。
「貴方を迎えに来ると、誓います」


 そう、誓った。
 神様に。
 誓いは神にたてた聖なるもの。
 けして、裏切りは赦されない。
 だから、誓いが破られるはずはない。
 だって、まだ糸は切れてないもの。
 まだ、誓いは破れてないもの。
 だから・・・だから・・・・・・・なのに、どうして、貴方の隣に私はいないの?
 どうして、わたくしはひとりぼっちなの・・・?



 ねぇ、どうしてアタシは一人ぼっちなの?



 女はぼんやりと己の指を見つめる。
 その指に絡むのは赤い糸。
 あの人と未来を繋げたはずの赤い糸。
 まだ、幼い恋だったかもしれない。
 だけれど、真剣だった。
 本気で一生を共にする相手だと信じて疑った事は無い。
 今も、この糸はあの人に繋がっているはずで、断ち切られるはずがない。
 だって、赤い糸は生まれる前に魂と魂を繋ぐ聖なる糸なのだから。
 断ち切れるはずがない。



「だから、今もこの糸は繋がっているのに・・・・」



 なぜ、否定するのだろう。
 なぜ、赤い糸を切り落とそうとするのだろう。
 切れるはずなどないのに。
 この糸は指と指を繋いで、魂と魂を繋いで、永劫に別つ事は出来ないのだから。
 だから、糸を切ろうとしても、糸はまた紡がれる。
 二人が共になり、果てるその時まで・・・未来永劫、断たれることなく  



「なんで!? どうしてまた指にっっっ!?」


 ぷつり、ぷつり、ぷつり。
 指に巻き付く糸を男は酷い形相で切り落としてゆく。
 糸だけではなくまるで指そのものも切り落としてしまいかねないほど、ハサミを握る手は酷く震えていた。
 細かな傷を幾つも指に作りながらも、男はまるで錯乱したように指に巻き付くそれを切り落としていく。
 だが、それは、切り落とせない。
 魂と魂を繋ぐ糸が切れるわけないでしょ・・・?
 例え死が二人を別とうとしても、魂は永遠に繋がっているのだから。
 約束は守る為にするのだから。


 女は笑みを浮かべながら男にささやく。
 

 誓ったのだから。
 

 女が・・・別れたはずの女が、迫ってくる。
 『永遠に一緒よね・・・』そう、囁きながら。
 右から、左から、前から、後ろから・・・無数の女が周りを囲む。


「来るな・・・来るな 来るなぁぁぁっっ!!」


 恐怖に顔を引きつらせながら、男は絶叫し引き金を引いた。
 悪夢を、終わらせる為に  

























 

 一 章








 あの日の事は、今でもはっきりと覚えて居る。
 いつ雪が降り出してもおかしくないほど朝から大気は冷たく凍てついていた。
 空はどんよりとした分厚い雲で覆われ、薄光りさえ地上に差し込む事はなく、雨戸を開けていても朝からどの家も明かりを灯して、朝の支度をしていた。
「麻衣、いつまで寝ているの? 遅刻するわよ」
 母の声が布団越しに聞こえて来る。
「後、五分・・・」
 寒くて、なかなか布団から抜け出せなかった。
 2DKのアパートはけして広くはない。それでも、点けられたばかりのストーブはそう直ぐには部屋を暖めてはくれなかった。
 夏生まれのせいか、冬が苦手だ。
 身体を動かせば直ぐに暖かくなると判っていても、このぬくぬくなお布団の中から這い出るのは至難の業だった。
 蓑虫その物と化している娘を見て、母は呆れたように溜息を一つ漏らす。
「後、五分ってそれで何度目? お母さん、今日は早く出勤しないといけないから、もう出るわよ」
「うん・・・・」
 布団越しの生返事に、遅刻せず起きられるのかしら? と疑問を抱くが時計を見てこれ以上娘に付き合って居られない事に気がつく。このままだと自分の方が遅刻をしてしまいかねない時間になっていた。
「戸締りと元栓はしっかりしてね。ストーブも消し忘れないようにね。じゃぁお母さん行ってくるわね」
 それにまともに答えることなく生返事を返す。
 毎日繰り返されるやりとり。
 だから、今さらあえてしっかりと返事を返す事はなかった。
 自分より先に家を出る事が多かったから、戸締まりとガス栓や火の元の確認をするのは毎日自分の役目だったから。他にもゴミ出しや、朝食の後片付け・・・全部自分の役目だ。だから、今さら母もちゃんとした返事を求めないし、自分もしっかりとした返事を返す事は無かった。
 時にはこうして、布団の中から仕事に行く母を見送る事もある。
 今日この日も、その繰り返しだった。
 けして珍しい光景ではない。
 だが、その事を、今も後悔している。
 なぜあの時すぐに起きなかったのかと。
 ちゃんと、朝ごはんを一緒にとって、お見送りをしなかったのかと。
 あのときの自分は、まさかもう二度と母親と会えなくなるなんてこの時欠片も考えたりしなかった。
 常日頃から、そんなことを考えて生きている人などほとんどいないだろう。
 考えたことはなくても、それは容赦なく唐突に訪れる。
 ちょっとした不運が重なった事故であり、そして一生後悔する事故。
 前日の夜から空を覆っていた厚い雲から、雪がふりだしたのは学校へ向かう途中でのことだった。
 いつまでも布団の中でぐずぐずしていたから、遅刻ギリギリで教室に走りこむ。アパートから学校まで全速力で走り抜けて来たため、途中で降ってきた雪で髪が濡れても寒さを感じる事はなかった。それどころか暑いぐらいだった。
「遅いよー、今日休みかと思った」
 友人の一人が麻衣に気がついて声をかけてくる。
「寒くて布団から中々でられなくてさ」
 麻衣が照れ笑いを浮かべながら言うと、友人は判る判ると相づちを打って、今朝見たばかりのニュースを教えてくれた。
「今年一番の冷え込みだって。昼ごろには雪が本降りになるって話だよ」
「ええ!? いやだなぁ。雪降ると歩きにくいし、寒いし」
 ちらり、ちらりと降り始めた外へ視線を向けてぼやく。
 まだ、その降り方は何時止んでもおかしくなさそうなものだったが、大きな綿雪は溶けることなく大地をゆっくりと白く染め上げてゆく。
「でも、体育なくなるじゃん」
「雪かきさせられるかもしれないよ」
「雪かきは一年でしょ、うちらはもうじき市内一斉テストがあるからさせられないよ〜」
 たわいない友人たちとの雑談。
 時折眠くなる授業。
 昨日と同じ今日で、平和で平凡な代わり映えのない日常。
 父は幼いころに病死をしたため、母との二人暮し。
 生活は裕福と言える訳ではなかったが、特別困窮しているわけでもなく、母と二人それなりに幸せに暮らしていた毎日。
 来年には三年生になるため、朝のホームルームの時間に進路についての調査資料が配られる。
 私立に進むのか公立に進むのか。行きたい高校はすでに決まっているのか。
 この手の調査をされるのは今に始まったことではない。
 三者面談前になると必ず配られる。
 友人達は資料が配られるたびに、迷っていた。
 公立一本に絞るか、少し上の私立を狙うか。制服で選んだり、部活動で選んだり、自宅から自転車で通えるからという理由だけで選ぼうとする人間もいるなか、麻衣は迷うことなく一つの高校名を書く。
 第一希望は私立。この学校ならば今の成績をキープしていれば、奨学金を受けられるため、母にこれ以上苦労を掛けることなく進学をする事が出来る。
 それに第一希望の高校はバイトを禁止されていない。生活を助けられるほど高校生の働きではバイト代は稼げないかも知れないが、少しでも足しになるだろう。
 そのためには頑張って勉強をして、奨学金の試験を受けねばならないが、塾に行くほどの余裕はない。
 でも、事情を判っている先生達は放課後、空き時間に質問を受け付けてくれるし、後は自分の努力次第でどうにかなる。
 いや、どうにかしなければならない。
 この私立が落ちたら後は授業料が安い公立を狙うしかないが、奨学金が無い以上どうしても第一希望へ進むより授業費がかかってしまうのだから。
 出来るだけ早く自立をして、母を助けたい。
 今すぐには無理だけれど、あと数年もすれば母も自分のやりたい事をやれるだけの余裕が出来るはずだ。
 そのためには、どんな努力だって惜しむつもりは無かった。


   高校入ってバイト代が貯まったら、色々母にしてあげたい。


 最初は美味しい物をごちそうしてあげよう。
 洋服もプレゼントしたい。
 母はいつも自分の事をそっちのけで、服を買ってくれるから。
 夏休みは遊ばないでバイトをしていれば、ちょっとした旅行に行けるだけのお金も貯まるはずだから、そうしたら、どこか交通費のさほどかからない近場なら、高校生のバイト代でも行けるだろう。


 まだ中学三年にもなっていないのに、高校生になった自分を想像し、あれもしたい。これもしたいと計画を立てていた。
 母の事だから自分の為に使いなさいと言うかも知れないけれど。
 それが、自分の楽しみなのだから、母にはしっかりと受け取ってもらわなければ。
 今はまだ子供過ぎて何も出来ないけれど、後少しすれば、少しは大人に近づける。
 まだまだ、母には迷惑を掛けるだろうけれど。それでも、母が背負っている荷物を少しは、ささえる事ができるはず。


 だった。


 その日までは・・・・・・・・


 朝から降り始めた雪は、昼前には本降りとなり、十三時頃にはすっかりと辺りを白く染め上げていた。電線や塀を見ると五センチ近く積もっていた。だが、まだ雪は止む気配はなく、どんどん大地を雪で覆ってゆく。
 中学生の自分には影響はないが、都心部の交通網は麻痺し、色々な所で支障が出ているだろう。
 ぼんやりと外を見ながら麻衣は溜息をつく。
 クラスの男子達は、久しぶりに降った大雪にはしゃいでいる。もう小学生でもないのだから雪ではしゃぐ必要はないはずだというのに、これで塾に行かなくて済むだの、雪合戦をやろうぜだの、子供じみた事で騒いでいた。
 そんな喧噪を遠くに聞きながら、何度目になるか判らない溜息をまた着く。
 雪が嫌いだった。
 雪が降ると辺りは恐ろしい程静寂に包まれる。
 教室内は喧噪に満ちているが、窓の外は車が通っても走行音がほとんど聞こえない。
 通りを歩く人の気配はまばらで、あったとしてもその気配はやはり雪にかき消されて教室内まで届くことはなかった。
 賑わっている教室内に居ても、雪の静けさをヒシヒシと感じるのだから、誰もいないアパートに帰ったらその静けさはどれほどの物になっているだろうか。
 隣人の気配も遠く、住宅街にあるアパートの前を通る車もほとんどない。まるで死した街の中一人取り残されたような気がして、昔から雪が嫌いだった。
 友達と雪で遊んでいる間はいい。
 一人母が帰ってくるのをアパートで待って居ると、どうしても寂しさが募り、心細く感じてしまうのだ。
 それは、中学生になった今も変わらない。
 はしゃぐ男子達を横目に、早く止まないかなと空を見上げながら溜息をついたその時、勢いよく扉が開かれる。
 あまりにも勢いよく開かれた扉の音に、喧噪に包まれていた教室内が水を打ったように鎮まり、皆が皆音の方へと視線を向ける。
 そこには血の気を無くした担任が、息を切らせて立っていた。
 大らかで面倒見の良い担任だが、怒らせるととてつもなく恐い。悪さをした男子達は何度も拳骨をもらったりしている。だが、話が判る先生でもあり、生徒には人気があり、三年になっても担任になってもらいたいと誰もが思っていた。
 いったい何かあったのだろうか?
 今はまだ昼休みだから男子達が騒ぎすぎて、注意をしにきたという訳でもなさそうだが、今まで騒いでいた男子達はばつが悪そうに互いに目配せをしあって、自分の席に戻り担任の様子を伺う。
 だが、担任は男子達に目もくれず教室内を何かを探すように見渡し、麻衣に視線を定めると大股に近づいてくる。
「谷山、今すぐ帰る用意をして、職員玄関前まで来なさい」
 唐突な事に麻衣は目を白黒させる。
 なぜ、急にそんな事を言うのか判らなかった。
 だが、何も判らないのに、心臓が強く鼓動を打ち、居心地の悪さを感じる。
 それは、担任の通常ならざる様子に誰もが異変を一瞬で感じ取り、クラス中が緊張したからだろうか。それとも、皆の視線が自分に集中したからだろうか。
「どうしたんですか? 急に」
 訳がわからないからとりあえず理由を尋ねるが、担任は麻衣を急かすだけで、その場で誰もが納得できる答えを教えてはくれなかった。
「いいから急げ、タクシーを呼んでいる」
 何かがあった。
 それは、判る。
 では、何があったというのか。
 タクシーを呼ばれて急いで帰らなければならないような理由は、麻衣には何もない。
 それでも急かされるまま、帰宅の支度を調えて、担任の指示通り職員玄関まで回る。
 そこには幾人かの教師が担任を囲んでなにやら話していた。
 何かがあった・・・
 それだけは判ったが、一体何があったのか・・・
 麻衣がその事を知ったのは、担任と共にタクシーに乗って目的地に着く直前の事だった。
 自宅のあるアパートではなく、初めてくる総合病院。名前だけは知っているが、ここに来るような用事は自分にはない。
 押しつぶされそうなほど重々しい空気の中、担任に質問をする事も出来ず、ただジワジワと押し寄せてくる不安を必死になってやり過ごしていると、担任はこれ以上は黙していられないと思ったのだろう。
 乾いた唇をそっと湿らせ、膝の腕固く握りしめられていた拳をさらに強く握りしめて、唇を動かす。


「お母さんが、事故に遭われて  息を引き取ったそうだ」


 思いにもよらない言葉に麻衣は瞬く。
 誰が何にあってどうなったって今、先生は言ったのだろう?
 けして長い言葉では無かったはずなのに、なぜか頭の中に入ってこなかった。
 否、理解する事が出来なかった。
 担任は今、日本語をしゃべったのだろうか?
 思わずそう思ってしまうほど、理解できなかった  いや、理解したくなかった。


「雪で車がスリップして、歩道に乗り上げた時、君のお母さんは  」


 その後、何か担任が言っていたような気もするが、記憶にはない。
 どこか遠くで色々な声が聞こえてきたようにも思うけれど、何一つ理解出来る事はなかった。
 だって、朝まで母は元気で居た。
 いつものように朝、出勤に出て、いつものように夜になったら帰宅するはずだった。
 なのに、なぜ・・・・どうして、顔に白い布をかけられて病院のベッドで睡っているのだろう。
 なぜ、その肌には温もりがなく、冷たく固くなっているのだろう・・・
 だって、今朝まで触れれば温かかった。
 呼べば、柔らかな声で返事をしてくれた。
 遅くまで働いて大変なのに、今年の冬は寒いからって新しいマフラーとセーターを編んでくれている途中で、出来上がるのを今か今かと待っていて・・・高校生になったら、バイトをして美味しい物を食べに行って、一緒に買い物をして、旅行にも行って・・・色々とやりたい事があった。してあげたい事が、いっぱいいっぱい・・・・なのに、なぜ。




 どうしてお母さんは、こんな小さな箱に収まってしまったのだろう・・・・?




 雪がこんこんと降り続ける。
 音も気配も何もかも消し去るために。
 全ての温もりを奪うために・・・・


 いやだ、行かないで。
 死なないで。
 一人にしないで。


 そう、叫んでも、お願いしても、誰も聞いてはくれない。


 お母さん。


 何度、母を呼んでももう「麻衣」と呼んではくれない。
 幾度も幾度も、声が枯れて出なくなるまで、呼んでも。


 もう、二度と呼んではくれない。


 母は闇の中、麻衣を振り返ることなくどんどん先に進んでゆく。
 何度名前を叫んでも、一度も振り返ってくれず、歩みをゆるめてくれることもない。
 まるで、娘の存在など無かったかのように、一心に進んでいく。
 追いかけたくても足は動かず、まるで泥沼の中を進むように、一歩一歩が重くて足を出せない。
 それでも、必死になって母を呼び、腕を伸ばす。
 だが、どんなに伸ばしてもそれは届かない。


 イヤだ・・・置いていかないで・・・・お願いだから・・・・・・・・








「一人にしないでっ!!」

















                  続きは本誌でお楽しみ下さいv