桜舞い、風戯れる。













 ふわり、ふわり。

 小さな欠片が緩やかに舞い、はらりと翻る。

 手を伸ばせば簡単に掴まえることが出来そうなほど緩やかな動きなのに、実際に手を伸ばせばまるで気まぐれなネコのように向きを変えて離れてゆく。
 幾度も翻りながら気がむくままに舞うその様子は、まるで大気にじゃれて戯れているようだ。
 身軽になり自由に動き回れるその一瞬を楽しむかのように。

 ふわり、はらり、ひらひらと。

 優しい風に抱かれて、小さな欠片はわずかな時間の自由を満喫する。
 蒼い空を淡く染めて。

「掴まえるのは諦めたの?」

 クスクスと笑みをこぼしながら楽しげな声が背後から聞こえて来る。
 その声だけで誰なのか直ぐに判るからわざわざ振り返ることはしない。
 視線も欠片から反らすことなかったが、意識は少しだけ背後に向けながら口を開く。

「諦めた訳ではないですけど」
「ふーん」

 その納得してないような反応は何でだろう。
 実際に欠片を掴まえることを諦めた訳ではない。

 ただ…

「ただ?」

 小さな呟きを聴き逃すことは無かったのだろう。
 興味深げな声で問い返される。

「せっかく自由を満喫しているのに掴まえてしまうのは、なんだか可哀想な気がして…」

 だから、伸ばした指先を引っ込めたのだ。
 小さな欠片が優雅に大気に戯れる時間はほんの僅かしかない。
 それを無作為に摘み取ってしまうことに躊躇いを感じ、その結果手を伸ばすことを止めただけだ。
 欠片に弄ばれているような気がしたからではない。
 断じて。

「ふーん」

 先程と同じく含みを感じる声音に、自然と眉がよりむっとした顔になるが、それは長く続かない。
 次第に近づいてきた気配が真後ろで立ち止まると、笑みを深めたのが判った。
 なぜ、いきなり笑みを深めるのか理由がわからず、空を舞う欠片から目を放して背後を振り返ろうとするが、その前に背後から伸びてきた腕がそっと髪に触れたのが気配でわかった。

「総司さん?」

 いきなり彼が触れて来ることは珍しい事ではない。
 まだ、思いを通わす前から・・・いや、何かと物騒な事を彼から言われ続けて居る頃から、何だかんだとちょっかいを掛けられたり、からかわれたりするたびに、触れる事はままあった。
 あきらかに嫌がらせ行為だったり、小さな子供に触れるような仕草だったり。
 それが、恋し合うようになり、今では夫婦として生活をするようになってからは、日常的に彼は触れて来る。
 穏やかだったり、甘えるようにだったり、時には優しく、時には激しく。
 ただ、指先でそっと触れるか触れないか・・・髪にそんな風に触れる事は無いから、なぜ髪一本を摘むように触れてきたのか判らなくて背後に立つ沖田を見上げると、彼はクスクスと笑みを零しながら、指先で摘んでいた小さな欠片を口許に寄せて口づける。

「でも、コレは君に掴まりたかったみたいだよ?」

 大気を優雅に舞っていた小さな欠片は、まるで囚われることを望むかのように、艶やかな髪の上に落ちていた。
 沖田はそれを指先で摘んだのだった。

「許せないな」
「何をですか?」

 沖田は小さな欠片・・・桜の花びらを指先で摘みながら呟く。
 いったい沖田は何を許せないんだろう?
 千鶴は沖田を仰ぎ見ながら首を傾げる。
 不平不満を持っているというようには見えない。沖田は桜の花びらに口づけをしながら実に楽しげな様子だ。
 どちらかと言えば何かを企んでいるような非常に楽しげな笑みを口許に浮かべているほどだ。これは迂闊に問い返さない方が良かったかな?と思わず思ってしまったほどだが、もう遅い。沖田は言葉を続ける。

「君に触れるこの花びらが。君に触れて良いのは僕だけだから」

 沖田の思いにもよらない言葉に、千鶴は面食らったように目をまん丸にするが、その言葉に呆れるよりも頬に・・・いや、頬と言わず耳や首までも赤く染まっていく。
 瞬間的に熱を持ったのが判った。
 何を言うんですか!とか、花びらにまで妬かないで下さい。と言うべきだったのだろう。
 だが、熱を帯びた脳が咄嗟に口に出したのは別の言葉。

「そ、それを言うんでしたら私も許せませんよ」
「何を?」

 顔を真っ赤に染めて上目遣いで睨み付けるような視線に、沖田はますます笑みを深くしていく。
 千鶴はなんて答えてくれるのだろう。
 そんな挑むようでありながら、人の心を煽る双眸で。
 沖田は次の言葉を待つが、千鶴は何と言うつもりだったのか、なかなか先を口にしない。
 言いにくい言葉なのだろうか。
 それとも、今になって我に返ったのだろうか。

「ねぇ、君は何を許せないの?」

 蠱惑的な笑みを浮かべながら、声に甘さを含ませて囁くように問いかければ、千鶴は観念したように口を開く。

「そ、総司さんに、く、口づけて貰えるのは私だけですから  っ!」

 一気に叫ぶように告げられた言葉に、今度は総司の方が目を丸くする。
 まさか、千鶴がそんな事を言うなんて予想だにしなかった。
 自分が今千鶴に言った言葉をそのまま返すのかと思っていたのだ。

 千鶴は自分で言っておきながらこれ以上ないほど真っ赤になって、くるりと身を翻し総司に背中を向ける。
 おそらく今頃馬鹿な事を口走ったとでも思っているのだろう。

「千鶴」

 名を呼んでも千鶴は返事をしない。
 まるで、何も聞こえてません。と言わんばかりに背中を丸めて縮こまっているが、髪の隙間から見える首筋はこれ以上無いほど真っ赤に染まっていた。
 その様子に沖田は喉の奥で笑い声をかみ殺しながら、腕を伸ばして千鶴の身体を後ろから抱きしめる。

「僕だって君以外に口づけなんてしたくないよ?」

 そもそもそんなおぞましい真似するつもりすらない。

「嘘つかないでください」
「着いてなんかいないけど?」
「今、花びらにしたじゃないですか」

 腕の中の華奢な身体が熱を帯びているのが伝わってくる。
 今頃おそらく心臓は全力疾走をしたかのように早鐘を打っているのだろう。
 
「別に口づけしたつもりなんて無いけれど」

 指先で摘んだ花びらをただ弄んだだけだ。
 千鶴の髪に触れた花びらだから。
 でなければ、桜の花びらなどに興味など抱かない。
 満開の花を見れば綺麗だと思うけれど、ただ思うだけで心は惹かれない。

 惹かれるのは、腕の中にあるこの世でたった一つの自分だけの華。

「ねぇ、千鶴  

 髪を左右に分けて露わになった首筋に口づけながら吐息に声を乗せて囁く。
 首筋にそっと触れれば、それだけで腕の中の存在が微かに身を震わせたことを沖田が見逃す訳がない。

「そろそろ、僕も構って貰いたいんだけど? 君、先からずっと花びらとじゃれ合っていて僕のこと綺麗さっぱり忘れていたよね? それってさ酷くない?」

 僕って君のなんなのさ。
 そう続けながら、首筋を舌先で擽るように触れ囁く。
 なんて、器用な事をするのだろう。
 そう思いながらも千鶴は、首筋に感じる吐息や熱い感触に、ただ「あ」とか「う」とか言葉にならない言葉・・・以前の単語しか口に出せないでいた。

「喘ぎ声としてはちょっと色気がたりないかなぁ」

 そんな千鶴の反応に沖田は律儀に答える。
 もちろん間違った方向で。

「そ、そんなんじゃありません!! っていうか、総司さんここ外です!!」
「だから?」
「だ、だからって・・・・!!!!」

 沖田の平然とした振る舞いに千鶴は、酸欠状態の金魚の如く口をパクパクと忙しなく開閉させる。

「だって別に誰もいないじゃない。ここには僕と君。二人しかいないんだよ?」

 ここは雪村の隠れ里。
 知る者も訪れる者も誰もいない。
 だから、遠慮などする必要はない。

 沖田はそう言うが、千鶴がそれで納得出来るわけがない。

「ふ、二人しかいなくても!!」

 外でこんな親密に触れ合うものではない。
 こういうことは、陽が暮れて・・・・いや、夜が訪れてから室内でするべきであって・・・・


「ここに居るのは、僕と君と  桜の古木だけだよ。だから、君は僕だけを見て?」


 沖田は千鶴の耳朶を口に含みながら囁きながら、唖然とし続ける千鶴の身体をくるりと反転させて正面に向き合う。
 耳朶を口に含んでいたほど至近距離にいたのだから、その状態で振り返れば鼻先が互いに触れ合うほど、顔が間近に迫っている状態になるのは当然のことだが、いきなり焦点が合わなくなるほどの距離に沖田の顔があり、千鶴は反射的に身を逸らしかけるが、沖田がそれを許すはずがない。

 逃げようとする後頭部に片手を回して固定すると、僅かな隙間を近づく事によってゼロにする。

 柔らかな唇が優しく触れた。と思った次の瞬間には、意識を根こそぎ奪われそうなほど深く交じり合う。
 呼吸さえままならないほどに。

 千鶴は抗議をするように沖田の背を叩くけれど、その程度の事で沖田が止めるはずがない。
 沖田に火を灯したのは千鶴自身なのだから。

「口づけって言うのはこういうのを言うんだよ  千鶴」

 そう、囁いた言葉は千鶴の耳に届いたのか。
 いや届いて無いだろう。
 気がつけば沖田の背に回った腕はしがみつくように衣に皺を刻み、沖田の口づけに答えるのに必死になっていた。
 まるで川で溺れる寸前のような有様で、人がみたら色気とはほど遠いかもしれないが、沖田には必死になって答えてくれようとするその姿だけで、十分に煽られるようなものがあった。

「こんな君を・・・やっぱり、桜にだって見せたくないな」
「そう、じ・・・さん  ?」

 案の上、沖田の呟きは千鶴には届かなかったのだろう。
 潤んだ双眸が何かを問いかけるように沖田を見上げるが、沖田はふわりと笑みを浮かべて赤く腫れた唇に啄むような口づけを落とす。

「今度は僕の番て言っただけ」

 なんの事を言っているのかさっぱりと判らないが、沖田はそれ以上言うつもりはないのだろう。
 もう一度音を立てて口づけをすると、しがみついていないと立っていられない千鶴を軽々と抱き上げる。

「そ、総司さん!?」

 いきなり抱き上げられて、さらにずんずんと家の方に進んでいく沖田の行動に、千鶴は本当について行けない。
 いつも突拍子の無い行動に出るが、今度は一体何を考えて居るのだろうか。

「外はいやなんでしょう?」

 だったら家に戻るしかないよね。

 当たり前のように続けられた言葉の後に、千鶴の声にならない悲鳴が響き渡る。
 が、それを聞く者は誰もいない。

 ただ、静かに、一族が滅び消え去ってもそこにあり続けた、桜の古木が変わらず有り続けるだけ。

 優しい春の匂いを宿した風が吹き抜ける度に、枝を揺らし小さな欠片を解き放つ。
 ほんの僅かな時を自由に過ごさせるために。

 全てのしがらみから自由になった二人のように、小さな欠片は大気にじゃれつくように空を舞う。


 ふわり、ふわり。


 ひるがえり、風に身を委ね散ってゆく。


 二人の幸せな時間を壊さないように。
 いつまでもこの穏やかな時間が続くことを祈るかのように。


 いにしえの桜は花をさかせ、静かに散ってゆく。
 また、次の年もこの二人と会う為に  
 

















☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
RINKOさんの原稿に触発された・・・のか?(笑)
唐突に、仕事中に思いついたので冒頭を帰りの電車の中で携帯でぽちぽち。
まぁ、数行で力つきて寝オチしたのだけれど。
残りはPCで仕上げました。っていうか、携帯で打ったのは冒頭のみだけれど。

最初は来年もまた桜を見ようね。と約束をして終わりにするつもりだったのに、沖田さんが花見を楽しむとは思えません(笑)花より華(笑)

薄桜鬼書き下ろしSSは沖田×千鶴になりました(笑)
斎藤さん版でも桜ネタは一つ考えているのだけれど、なかなか上手くまとまらない。
先々月からネタは考えて居るのに(爆)

桜の季節が終わるまでにUPできたらいいな。

東北や北海道は5月だから有効期限は5月冒頭!?



お楽しみ頂けたらさいわいでっす。





※10周年企画にてUPした話になります。



Sincerely yours,Tenca
初出:2011/03/28
再UP:2012/05/29