久方の 光のどけき・・・













 
 
 芽吹き始めた緑の薫りが鼻先をくすぐるように、爽やかな初夏の風が吹き抜ける。

 暦は初夏になったとはいえ、東北の地・・・吹く風は心地よくもぬくもりを徐々に奪い肌寒さを感じ、千鶴は傍らにある温もりを求めるように身動ぐ。

 



 とくん・・・とくん・・・とくん・・・





 規則正しく時を刻むその音を聞くたびに、安堵のため息が知らず内に漏れ、愛しい音を慈しむようにそっと触れる。

 耳だけではなく、掌で・・・身体で感じたくて。





 目が覚めた時一人になっていたらどうしよう。と不安に思う時が不意に訪れる。

 だが、そんな不安も力強く存在を主張するこの音を確認すれば、雪が陽の光に溶けて消えゆくように、不安も瓦解していく。

 障子に遮られているとはいえ朝日は眩しく、千鶴は少し身動いで朝日から逃れると、ぴったりと温もりに身を寄せて、再び深い眠りの世界へ戻ろうとしていた・・・だが、不意に頭上から聞こえてきた声が、千鶴を現の世界へ引き戻す。





「君さ、朝っぱらから僕を誘っているの?」





 喉の奥で笑みを堪えるような声に促されるように、千鶴はまだ眠りたいと訴えるように重く感じる瞼を上げる。

 聞こえてきた言葉はまだ意味を成さず、千鶴はぼんやりと間近にある沖田の顔を見あげ瞬く。

 寝起きだというのになぜそんな気配を漂わせないんだろうと疑問をいだきながら、朝の挨拶を口にする。

 



「・・・・・・・・・おはようございます」





 自分を見つめる新緑の双眸に、千鶴はとろけるようなしまりのない顔をした自分を見つけ、思わず顔を伏せる。

 しまりのない顔を見られるのもいやだが、顔を上げたとたん目があったと言うことは、寝ぼけている顔をずっと見続けられていたのだろうか。

 そう思うと、とっさに手で口元を押さえる。

 



   涎なんてたらしてなければいいけれど





  沖田は寝ていても綺麗だ・・・口がぽかんと開いていたり、口の端から涎が垂れていたり、半目になっているなんて間抜けな顔を千鶴は見たことはない。

 昼寝をしている様子を覗いていても、本当に寝ているのか・・・怪しい。なにせ、様子が崩れないのだから、無反応でもただ目を閉じているだけのようにしか見えない。いや、そもそも寝顔を見よう・・・と思ったときにはたいてい閉じていたはずの瞼が開いてしまっているためまともに拝んだことがない。

 なぜ、すぐに目を覚ましてしまうのか聞いてみれば「君、気配が五月蠅いから」と簡単に切り捨てられてしまう始末。静かに・・・こそっと、息を殺して慎重に慎重を重ねて伺えば、

「気配を殺しているつもりなのかもしれないけれど、緊張しすぎで、空気が張りつめているよ」

 と逆効果になっていることを言われ・・・現在連戦連敗中。

 もとより、彼より早く目を自然と覚ますこともほとんどないため、自然彼の方が自分が起きるのを待つことがいつもの朝の光景となっていた。

 それにしても、自分はどんな顔で寝ていたのだろうか。

 彼のようにいつみられても良い状態で寝ている・・・とはとうてい思えない。

 絶対に間抜けなしまりのない寝顔になっているに違いない。そうとしか思えないのだが、そんな顔で寝ているところをじっと見られていたくはない。

 百年の恋も一瞬で冷めかねない・・・沖田なら、おもしろがっていそうだが、それでもオトメゴコロとしては、そんな寝顔を夫であろうと恋い慕う相手には見られたくはないというもの。

 例え夫という立場になろうとも、恋する相手には違いないのだから。

 自分の寝顔がどんなのかが判らないため、こうしてじっと見つめられていたかと思うと、たまらなく恥ずかしくて、顔が上げられない。

 今更だと判ってはいるのだが。





「で?」

「はい?」





 何が「で?」なのだろうか。

 千鶴にはその一文字が何を差すのか判らず、首を傾げる。

 それにしても、なぜ朝からこんなにご機嫌が良いのだろう?

 無駄に機嫌が良すぎるぐらいだ。

 たったいま目を覚ましたというのに・・・いったい何を企んで居るのか。

 思わずそう思ってしまったのは、短いとは言えなくなった時間の中でしょっぱい汗がでてくるような思いを幾度かしたからだろうか。思わずカンベンしてくださいと土下座をしたくなってしまう気分にさせられてしまうのも、いまとなってはまた良い思い出の一つ・・・なのかもしれない。違うかもしれないがそうしておいたほうがきっと平穏だろう。

 とにかくこの人がご機嫌なときは何かある。

 不機嫌な時も何かあったりするのだが、ご機嫌なときの方が要注意かもしれない。

 特に最近は。

 まだ夢現の時に何か言われたような気がするが、何を言っていたのか・・・・千鶴が疑問を口にする前に、沖田はおそらく寝ぼけていて聞いてなかったに違いないと核心し・・・いや、疑う余地などないのだが、もう一度同じ問いを口にする。

 何かを察し、すっかり警戒心を浮かべ始め微妙に引きつっている妻の顔を真っ正面から見つめながら、意図的に声を低くしその耳元に顔を近づけると、吐息を吹きかけるかのように囁きかける。





「僕を誘っているの? 夕べはそんなに物足りなかった?って聞いたんだけど?」

「・・・・・・・・・・・・・・・は!?」

「君、さっきから物足りなさそうに僕の身体を撫でくり回しているから」

「な・・・な、撫でく・・・・・!?」





 案の定千鶴は沖田の言葉に目を大きく見開く。

 眠気などもう感じている余韻は無かった。

 何故彼はそんなことをいきなり言い始めるのか。

 目を白黒させて、目の前の新緑そのものの双眸を見上げる。

 沖田は目を細め口元に蠱惑的な笑みを刻んで千鶴をじっと見下ろす。





「無自覚? 君、それタチ悪いよ?」

「た、タチ、タチ悪いってな、なにがですか!?」

「だって、自覚無しで僕に欲情しているってことでしょう? 思わず強請っちゃうほど」

「よ、よ、よ、よ、よ、よ、よ、よ、よ」





 沖田の言葉に、千鶴は今にも泡を吹いて卒倒しそうなほど真っ赤になり、口をパクパクさせる。

 もう、二の句が続けられないのか、同じ音をひたすら繰り返す。

 予想通りの反応に沖田は咽の奥で笑みを漏らすと、千鶴の顔を包み込むように両端に腕を付いて身を屈め、二人の距離を近づける。





「ねぇ・・・どんな風に僕を撫でくり回していたか教えてあげようか?」





 千鶴は首をぶるんぶるん振るが、沖田は構うことなく片腕を動かし千鶴の身体の輪郭をなぞるように手を這わせ、ゆっくりと動かしていく。

 それは、触れるか触れないか・・・微妙すぎる感触。

 薄い浴衣越しの接触だが、沖田の自分より高めの体温がジワジワと伝わって来るのだが、曖昧すぎる接触はもどかしさのみを孕む。





「そ・・・・そ、そうじさん!」

「ん?なぁに?」

「な、なぁにじゃありませんっ、い、いま朝ですよ!?」





 沖田の束縛から逃れようと身を捩るが、鍛え抜かれた体躯にしっかりと押さえ込まれており、千鶴が自由に動かせるのは顔と両腕となっていた。

 ぐっと腕を伸ばして沖田の厚い胸板を押しかえし、自分の上からどかそうとするが叶うわけがなく、沖田はびくともしない。

 その間も沖田の手は休むことなく動き、千鶴の胸の輪郭をなぞり、腹部を一撫でし、腰から太ももへとたどると再び、腰から身体の輪郭をなぞるように上へと上がっていき、いつの間にかはだけられた浴衣の中へ忍び込んでゆく。





「朝だからなに?」




 
 

 
 


 沖田は千鶴の言いたいことを確実に把握しているが耳殻を唇で軽く噛(は)みながら問いかける。





「な、なにじゃなくて!」

「朝だからしちゃいけないってことないよね?」

「で、でも、もうお日様も明るくて」

「君、日本語おかしくなっているよ? 太陽はいつも明るいよ?」

「おかしいのは貴方です!!」

「僕をおかしくしたのは君でしょう? 責任はきちんと取って貰わないと」

「せ、責任ってなにのですか!?」

「僕を煽った責任意外に何があるの?」

「あ、あおった覚えなんてありません!!って、そ、そうじさん近い、近いですっっっ」





 焦点を合わすのが至難なほど距離がぐっと狭くなり、唇と唇が触れそうなほど近くまで総司は顔をよせる。

 端正な顔を見るのではなく、新緑の双眸だけを、千鶴は必死の思いで睨み付ける。

 朝からこんな事褒められたことではない。

 誘惑に負けないようにきっとキツイ眼差しで、沖田を千鶴は睨んでいるつもりだった。

 だが、沖田の目から見れば、顔と言わず耳や首・・・いや全身が羞恥と煽られていく熱に赤く染まり、いきなりの事に混乱を起こしているのか、漆黒の双眸は涙で潤んでいた。そんな目で睨まれても怒っていると感じるより、煽られているとしか沖田には思えなかった。





「ねぇ、そんな顔で怒っても逆効果・・・って判ってる?」





 僅かにあった距離を零にし、唇に触れながら囁きかける。

 千鶴は反論しようと思わず唇を開くと、そのスキを逃すことなく総司は零をマイナスにする。

 淡く重なるなんてものではない。

 けして、すがすがしい朝に交わす物でもない。

 こんなものは、虫や獣たちも寝静まるような夜更けにするものだ・・・・





 千鶴は目を白黒させながら、沖田を押しのけようとするが、あっけないほど簡単に片手で両手を掴まれ、頭の上に押さえつけられれる。

 足をじたばたさせて抵抗の意を示しても、沖田は構うことない。

 どこか楽しげに目を細めて自分の様子を見ている・・・そんな表情が涙でにじんだ視界越しにぼんやりと映りこむ。

 本気で千鶴がいやがり抵抗すれば沖田も無理強いはしないだろう。

 だがこれが朝でなければ千鶴もとっくに流されていた。そのため、千鶴も本気で抵抗することができない。ただ、時間が時間故に千鶴の理性が・・・道徳観が流されることをよしとはしなかった。

 それが沖田も判っているために追求を弱める気配を見せることはせず、千鶴の理性を・・・道徳観を崩すように本気で煽り始める。

 どうすればこのなし崩しに流れて行ってしまいそうな状況から脱することができるか・・・・だんだん熱に全身が支配され、考えがまとまらなくなってきた頃、救世主のように障子越しに子供の甲高い声が響き渡る。









「そーじにいちゃん、つり行こうぜ!」

「まだ、寝てんのかよ、そーじにいちゃん、朝だぜ!!」









 元気が良すぎる少年達の声。

 幾度か里へ行く間に親しくなった少年達は、麓の里からわざわざ二刻(4時間)離れた二人の家へ、時折遊びに来るのだ。

 健脚な彼らにはなんともない道のりなんだと・・・いつだったか言っていた。

 まだ、一見平穏な京の屯所時代・・・壬生寺で子供の相手をしていた時のように、総司は遊びに来る彼らの相手をしていた。

 その声が聞こえたとたん、千鶴の顔はこれで助かる!と言わんばかりに晴れやかな顔になり、沖田は思わず舌打ちしかねないほど渋面となる。









「おきろー!!」

「つりいく約束だぜ!!」









 このまま無視し続けていたら己の欲望に忠実な子供達は間違いなく遠慮無く家の中に入り込み、寝ていると思いこんでいる総司をたたき起こそうとするだろう・・・

 むろん、等の昔に起きており、すぐに外に出て子供達の相手をすることは出来るのだが、千鶴を煽るだけではなくさらに自分も千鶴に煽られていた沖田は、このまま千鶴から離れることも至難の業だった。

 子供達を無視して続けていい?

 と目だけで問えば、千鶴は真っ赤な顔をさらに真っ赤にして、首を左右に激しく振る。

 このまま子供達を無視していけば、確実にこの場に乱入されることが容易に想像できた。

 それだけは、本気で本当にカンベンして欲しい。

 流されるような状況ではなくなり、違った意味で涙目になり始めた千鶴を見て、さすがの沖田も苦笑を浮かべ、仕方ないと言わんばかりにため息を一つ零すと身を起こす。





「この、ツケは今夜返して貰うからね」

「つ・・・・ツケ!?」

「僕を煽った責任はしっかりと取って貰わないと」

「あ、煽ってないですってば!!」

「だから、無自覚に僕に欲情していたってことでしょう? 今度はちゃんと満足させてあげるから安心して良いよ。というか僕も妻に不満を持たれているのも男として許せないし」

「ふま、ふ、ふ、ふ・・・・」





 今にも窒息しそうな千鶴に対し、沖田は楽しげに声を上げてわらいながら、着乱れた様子もない状態で立ち上がると、今にも乱入してきそうな気配を漂わせている子供達の所へ向かう。

 障子をあければすぐに子供達が近づいてくる軽い足音が聞こえるが、沖田は中の様子が見えないように、身を滑らせて縁側に出るとすぐに障子を閉める。





「そーじ兄ちゃん、おせーよ」

「もう、こんなに陽が高く登って居るんだぜ!」

「ごめんごめん。井戸の水を浴びたらすぐにいくから」

「井戸の水?」

「なんで朝からあびんの〜?」

「大人の事情ってやつだよ」

「大人の事情って何??」

「君たちも大人になったら判るよ」

「えー今教えろよ」





 賑やかな子供達の声と、陽気な沖田の声を聞きながら、千鶴の顔はますます赤くなってゆくのだった。











 いったいなぜこんな事に・・・・











 全く一切身に覚えのない千鶴からしてみれば、沖田からの言いがかりのようにしか思えないのだが・・・沖田からしてみれば、こっちの身にもなってよ。と言いたいところだった。





























☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆

 本当はここから、連載に持っていこうかと思っていたんですが・・・・これから、原稿の修羅場突入期間になるので、冒頭の部分のみを抜粋してとりあえず拍手SSでUPという方向に逃げました(笑)

 さてさて、いったいいつ連載にできることやら・・・もし、連載が書き始めることがあったら、これの続きという形になおしてUPしたいものですー(笑)





春じゃなくて初夏だけれれど、なんとなくそんな雰囲気な感じで(笑)





                             初出:2009/07/01
                             再UP:2010/11/04

                       Sincerely yours,Tenca