月の夜に・・・











今回の話は風間×千鶴前提の。つもりです。


















 
 

 
 


 あの夜も、とても月が綺麗な夜だった・・・・・・


 千鶴は今も、昔も変わらない月を見つめて、今はもう戻る事の出来ないあの頃を思い出す。































 真円を描いた月は艶やな乳白色の輝きを放ち、闇に包まれた世界を柔らかく地上を照らしだす。
 障子越しに染み渡るように広がる月の明るさに気を引かれ、そっと障子を開けて月を見上げる。
 中秋は過ぎてしまったが、晩秋の凜とした空気の中見上げる今宵の月も、月見をするのに最適な夜だった。秋には響き渡る虫の音もすっかりと消え、肌に痛い程空気はキンと冷え込んでいたが、このまま寝てしまうのはなんだかもったいなく感じ、丹前を浴衣の上に羽織るとそっと広縁へと足を運ぶ。
 以前のように部屋へ軟禁されているわけでもなく、昼間は屯所内の掃除や洗濯、食事の準備などで出歩ける範囲は増えているが、夜間は万が一に備えて部屋から出るなと今も厳命されていた。
 千鶴が脱走するとか、見ては行けない者を見てしまう。という可能性を避ける為にというよりも、純粋に男所帯にただ一人だけいる女の身を案じての厳命。
 新選組に世話になってはや数年が過ぎている。
 その間男装をずっとし続け、極力平隊士達とは関わりを持たないようにしてきたが、見回り等で共にする時間が増えれば、自ずと千鶴の性別に疑問を持つ者は出てくる。
 実際に問われたことはないが、不審そうな目で今までに幾度も見られており、そんな視線を感じたときに幹部の人達がいると、さりげなく彼らの前に立つ。
 何をするわけでも言うわけでもない。
 だが、それが牽制になるのだろう。
 屯所に来た当初から幹部達に妙に可愛がられ、幹部級の待遇を処されているのだ、平隊士達から見れば含むところは今までにも多々あっただろうが、それが表面上問題になったことはない。
 ただ、今までないからと言ってこれからもないという保証はなく、いつ何があるか判らない。
 まして、周りに人目がなくなる夜間に遭遇した場合、暴走する輩が出ないとも限らない。
  八木邸や前川邸に居た頃ならともかく、西本願寺に屯所を移してから、居住スペースは広くなり、人目の漬かない所などいくらでもある。そこへ口を押さえられて引きずられてしまえば、千鶴には逃げ出す方法はなくなるのだから。
 大人しく部屋に居るべきだと言う事は、無用な騒動を避ける上で一番確かな方法だと判ってはいるが、部屋の前ぐらいなら怒られはしないだろう。ここは自分の事をしる幹部達の部屋しかない。ましてこの奥は土方と近藤の部屋しかないのだから、平隊士ではめったに足を踏み入れることはない。
 今までも夜間まったく部屋からでなかったわけではない。この場から離れなければ、人目にはつかない。そう思い立ち、部屋の前の縁側で飽きることなく見上げていたのだが、風がそよりと吹き抜け草花がさわりと音を立てて揺れる音に、月から何気なく庭へと視線を落とす。
 寺だけあって華美な庭ではないが、広い境内にはそれなりに花もうえられている。
 そんな中で一際紫の色が鮮やかなあざみが目を引いた。
 珍しい花ではない。だがあざみは秋に咲く花だ。
 今はもう冬も間近にせまり、若干季節が遅いような気もするが、冷え込みが増していく中、凜とした佇まいを崩さない花に誘われるように、庭に降りて花に近づくと無意識に花に手を伸ばす。
 が、その瞬間指先に鋭い痛みが走る。
「っ」
 反射的に手を引いて指先を見れば、赤い液体がぷっくりと小さく浮き上がってくる。
 あざみの棘が刺さったのだろう。
 棘があることをわすれて無造作に指を伸ばしたのが失敗の原因だ。
 浮き上がった血を懐紙で拭うと、そこにあるはずの小さな傷は既にない。
 元々小さな棘だ。ただの人でも傷はあるかないか判らない程度のものだが、千鶴は己の指を見てため息をつく。
 あるかないかの傷は瞬く間もないほど直ぐに塞がってしまった。
 まだ、棘は抜いてないと言うのに。
 傷はもうないがずくずくと痛むのは棘のせいだろう。
 塞がった傷を開いて、棘を出さなければ化膿してしまう。
 激痛ではないが、神経に触れる痛みにため息を漏らし、千鶴は腰に差している小太刀に手をかけて、鞘から抜こうとした瞬間、誰もいなかったはずの背後…真後ろから呆れたような声が響く。
「愚かな。棘を抜くごときにその小太刀を使うと言うのか」
 この場にいないはずの人の声に驚いて振り替えると思いにもよらない人がいた。
「か、風間さんっ」
 なぜこんなところに居るのか尋ねるのは愚かなのだろうか。
 千鶴は顔を強ばらせて反射的に足を一歩引く。
 逃げなければ。
 いや、それよりも大声を出すべきか。
 驚きの余り逡巡したのはほんの一瞬。
 反射的に逃げなければと身を翻してかけだそうとしたが、千鶴の動きよりも当然風間の方が早かった。
 千鶴の手首を掴み強引なまでに千鶴の腕を引き寄せると、風間は無造作に千鶴の指先に唇を当てる。
 一体何をするの!と叫ぶ暇も無かった。
 指先に風間の唇が触れた。と、感じたとたん鋭い痛みが指先に走る。
 反射的に腕を引こうと力を入れるが、手首をしっかりと風間に握られているため、自分の腕なのに思うとおりに動かすことが出来ない。
「は、はな・・・・!」
 いったい、彼が何をするつもりなのか判らなかったが、千鶴の目はますます大きく見開かれる。
 いきなり指先に歯を当てて、皮膚を歯で切ったかと思ったらいきなり、皮膚を吸い始めたのだ。
 いったい風間は何をするつもりなのか訳がわからない。
 だが、訳がわからずとも今この場で彼にいいようにされるつもりはない。
 逃げなければ。
 逃げることが出来ないなら、助けを呼ばなければ。
 そう思うのに、千鶴はぴくりとも動かず、息を呑んで風間をただ凝視し続ける。
 喉がからからに渇いて声が出ない。
 だけれど・・・この時、初めて少しだけ風間が怖いと感じる事が無かった。
 赤い瞳を隠すように瞼が軽く伏せられているせいか、いつものような上から押さえつけるような、圧力がこの時の風間から感じる事が出来ず、千鶴は思わず腕を引こうとすることも、声を張り上げることもできず、ただされるがままに立ちつくしていた。
 ただ、ずくずくと痛みを訴えていた指先が熱い。
 いや、指先だけではなく全身が心臓になってしまったかのように熱い。
 こんな夜更けに、見知らぬと言っても同然の異性と共に居て、指先に口づけをされているなど、未婚の婦女としてあるまじき状況だ。
 まして、相手は新選組の敵。
 父親の事を知るための現在の唯一の手がかりとなる人物とは言え、共に居るべき人では無い。
「は、離してくださいっ」
 千鶴は思うとおりに動かない喉を叱咤して、腕に力を入れるが、風間の力に叶うはずがない。
 だが、不意に指先に触れていた唇が離れると、風間は顔を横に向けぷっと口に含んだ血を吐き出す。
「あ・・・・・・・・・・」
 その動作により、風間の今までの行動に合点がゆく。
「あ・・・ありがとう、ございました」
 傷の手当てを・・・というよりも、皮膚の下に隠されてしまったアザミの棘を吐き出してくれたのだ。
 棘を取るために新たに付けた傷はもう癒えている。
 千鶴は礼を言って手を引こうとするが、風間はその手を離してはくれなかった。
「か、風間さん・・・・っっ」
 棘は取れたもう用は無いはずだ。
 非難の意を込めて千鶴は風間を睨み付けるが、風間は千鶴を見下ろし悠然と微笑を浮かべ、必死で手を引こうとする千鶴の手をあっけなく引き寄せ、傷一つ無い白魚のような指先に口づけながら言う。
「我と共に来い。このようなむさ苦しい身なりから解放され、端女のような事をせず済むぞ」
「私は好きでしているんです!」
 繕い物も、掃除も、料理をすることも。そのほか雑用を手伝うことも嫌いではない。
 皆が喜んでくれれば、自分も嬉しい。
 まして、何も出来ない自分の面倒を見てくれているのだ。
 出来る事はささやかな事ばかりだけれど、お世話になっている分だけ少しでも恩返しをしたいと思うのが当たり前だ。
 例え恩義がなくても、家事は好きだ。
 それをまるで卑しい者がやるような事だと言わんばかりの目で見下ろされて、聞き流せる程千鶴は大人ではなかった。
「風間さんにとやかく言われる謂われはありません!」
 先まで風間の何かに呑まれて、思うとおり言葉を口にすることの無かった千鶴は、すっかりと勢いを取り戻す。
 その様子を風間は喉の奥で笑みを零しながら楽しげに見下ろす。
 端から見れば、まるでネコがネズミを嬲るのを楽しもうと言わんばかりの目。
 だが、風間を知る者が見れば、千鶴の反応を純粋に風間が愉しんでいると判っただろう。
「謂われはある。お前は貴重な女鬼ゆえこのまま見逃すわけにはゆかん」
「私はそんな事知りません! 勝手に好きな事言わないでください!」
 顔を真っ赤にして身を捩りながら藻掻くが、風間の方はびくともしない。それどころかそな千鶴の反応をますます愉しげに見ている。
 このままでは確実に連れて行かれる。


『連れて行くのにお前の意思など関係ない』


 以前、そう言っていた風間の言葉が脳裏に蘇る。
 ここは新選組の屯所で、風間にとっては邪魔な存在にはなっても手を取りあうような関係になるところではない。
 その彼がわざわざここへ足を踏み入れるとすれば、敵情視察か、でなければ・・・・文字通り千鶴の意思など関係なく、拉致るつもりで姿を現したか。
 皆を呼べば、迷惑をかける事になってしまう。
 彼は【鬼】でその力は人の物を凌駕する。
 だが、千鶴は、きっと睨み付けると息を大きく吸って大声で叫ぼうとするが、その前にまるで今までずっと手首を掴んで離さなかったのが嘘のように、風間は手を離すとふわり・・・と数間離れた塀の上へ飛び引くと同時に、月の光が空を薙いだ。
「こそこそ忍び込んできたと思ったら、すばしっこく塀に飛び乗るざまなんざ、まさしく泥棒ネコそのものだな」
 刀を抜き放ち、紫の双眸を厳しく吊り上げた土方が、刀を構え直して風間に向かい直る。
 その瞬間月光が、滑るように刃の上を煌めき目を射抜くような強い光を生む。
 その光の強さに千鶴は思わず目を細めてしまうが、風間は不適な笑みを浮かべたまま、己を睨み付ける土方を見下ろす。
「本当に良く吠える犬だ」
「はん。闇に乗じてでしかうごけねえような輩に、んなこと言われる筋合いはねえな」
 紫水晶と赤水晶の強い眼差しが交差し、月の光が闇の中、ぶつかりあう。
 澄んだ高い音を響かせ     







































「そのような薄着で何をしている。宿の中で待って居ろと言ったはずだ」


 不意に聞こえて来た声音に、千鶴ははっと我に返り振り返ると、洋装に身を包んだ風間が不機嫌な様子を隠すことなくその場に立っていた。
 千鶴は、思わず瞬いて彼を見てしまう。
 なぜ、和装でないのだろうか?
 そう疑問に思ったのは一瞬で、瞬いた次の瞬間に思い出す。
 今が、あの時ではないと言う事を。


「月を、見ていました。あまりにも綺麗で・・・」


 風間から視線をそらし、夜空にぽっかりと浮かぶ月を見ながら呟くと、つられるように風間も視線を月へと向けるが、風間は月を見ても何も感慨など浮かばない。
「月などいつみても姿形が変わるだけで何もかわらん」
「季節によって印象がまったく違いますよ」
 クスクスと喉の奥で笑みを零しながら千鶴は呟くと、月から再び視線を風間へと戻す。
「いつだったか、風間さんがあざみの棘を取ってくれたあの夜も、とても綺麗な月だったのでつい庭に出てしまったんです」
 一瞬風間はなんの事を言っているのか合点がいかなかったのだろう。
 怪訝そうな顔をするが、瞬きを一つする前に思い出す。
「棘如きをその小太刀で取ろうとした夜の事か」
「はい・・・あの夜はどうして棘を取ってくださったんですか?」
 そういった些細な事など気にするような人には思えなくて、千鶴は疑問を素直に口にする。
「棘如きに小太刀を使おうとするバカが目の前にいたからだ。他にどんな理由がある」
 怪訝そうな顔を向けられ、逆に千鶴の方が返答に困る。
 どんな理由も何も、こちらの方が聞きたいのだから。
「宝刀をそのような下らぬ事で血に穢す事を看過できようもない」
 確かに、刃に血が付けば例えそれが微量であろうとも、手入れをしなければ刃がダメになってしまう。後々の事を考えれば、何もわざわざ手入れをしなければならなくなるものを使う必要はない。
「小太刀で薄皮を切ろうとしても、指事斬り落とすのがおちだったのではないか?」
 いや、いくら何でもそんなに力をいれないし。
 そこまでドジではない。
「でも、あの夜は何をしに来たんですか?偶然通りかかったなんて事はありませんよね」
「それこそ愚問」
 あえて答える必要があるのか?と言わんばかりの視線を向けられ、千鶴は溜息を一つつく。
 悪い人ではないと思うのだが、この俺様的な発言と目線はどうにかならないだろうか。
 確かに理由は一つしかないだろう。
 風間は別に新選組とあえて戦おうとしていたわけではないのだから。
 薩摩から受けた恩を返すために、必要な時だけ必要なだけ力を貸していた。
 それ以外で動いていた理由は、ただ一つしかない。
「あの夜は    
 互いに相容れず・・・今も相容れている訳ではないが・・・彼と距離を縮めようと思えるような状況ではなく、訳のわからない事を言っているとしか思えない風間の存在がただ恐ろしかった。
 だが、そんな千鶴の状況など風間が考慮するはずもなく、自然と千鶴を守ろうとする新選組と風間は幾度も刃を重ねる事になった。
 あの夜もおなじだ。
 異変を感じ取った土方が庭に出てきてくれなければ、一体どうなっていたのだろうか。
 千鶴はそれ以上言葉を口にすることなく息を呑み、そっと唇を噛みしめる。
 あの夜、いやあの頃、まさかこうして風間と共に新選組を追いかけるために旅をすることになるとは思わなかった。
 当時は風間達【鬼】と自らを呼ぶ彼らの存在が、不気味で、自分が彼らとどう関わるのかまったく判らず、不安なだけだったが・・・・・・・・
 千鶴は唇をぎゅっと噛みしめ、中途半端に言葉を飲むが、風間はその続きを催促することはなかった。
 その代わりに、別の言葉を口にする。
「新選組が今どこにいるか判った」
 その言葉に千鶴の顔からは表情が抜ける。
 朗報と言った様子はない。
 伏見で生き別れてから、彼らはどうなっているのか。
 皆無事なのか・・・
 聞こえて来るうわさ話は、耳を塞ぎたい物ばかりで、不安だけが積もってゆく。
 それを、打ち払うように千鶴は勢いよく己の両頬をいきなり叩いて気合いを入れると、真っ直ぐに風間を見つめ返し、言葉を待つ。







 それが、胸に痛い言葉であろうとも。
 希望とはほど遠い言葉だろうとも。




 月より近くに彼はいるのだから。
 きっと、追いつき再会できることを祈って。

 
 
 




 
 




 
 




☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆


凄い半端な感じの二部構成ですが、1200文字程オーバーて、調整がつかなかったので二部構成にしました。
後書きを削除しても、本文もちょっとダイエットさせたけれど500文字しか減らせられなかった(爆)
普通にサイトをUPしようとおもったりもしたのだけれど。
風間の二作目があるとは思えないので、拍手でUP!
次の話を掲載するときには、web拍手のログコンテンツに放りこみまーす。

さてさてそんなこんなで

久しぶりに薄桜鬼で拍手更新とあいなりました。
今回のネタは先日GACKTの舞台を見て萌えたシーンをネタにしてみました!
風間をGACKTに。千鶴を女優さんに当てはめるとそのシーンになるのでございます。
初めて見た時、もうひたすら心の中で「うわうわうわうわ、書きたいぃぃぃぃ」と久しぶりに猛烈に思ったのです(笑)
で、GACKTのポジションを誰にするか迷いました。
斎藤さんでも良し、沖田さんでも良し。
それぞれどんな台詞を言うかも瞬く間に脳裏に浮かんだのですが、ここはあれです。なんだか風間でしょう!と思ったのは、女優さんの役柄がGACKTを親の敵と思っているというシュチュエーションだからでしょうか(笑)
イヤ別に、風間は親の敵じゃないですけれど。
敵同士って立場にあたるので、シュチュエーション的に近いかなぁという理由で。
前回の原田さんに引き続き、初の風間。
そんな風間のルートは私はシナリオ集でしか読んでないという状態ですが、書いて見ました(笑)
コンプには拘らないのです。話が判れば。随想録ではやったけれど。
でも、口調とか言葉はこんな感じでいいのか、首を傾げながら書いた次第なのですが。
でも、書き出すまで沖田さんと本当に迷いました。
とりあえず、書きたいシーンは書けたので満足です(笑)
あくまでも風間ルート前提ですが、別にノーマルEDでも問題無いと思いつつ。
少しでも楽しんで頂けたら幸いですv











                   2010/05/27
            Sincerely yours,Tenca