forever and ever









 熱気から逃れるように扉を開けてバルコニーに出ると、少し肌寒く感じる風が吹き抜けてゆく。その冷たさが火照った身体に心地良く、かっちりと締めていた首元を思わず緩めて、手すりに寄りかかりながら空を仰ぐ。
 深夜になろうとも消えない都会のネオンにかき消され、星の瞬きはほとんど見えないが、そこには真円を描く月があった。
 今日一日が怒濤のように流れてゆき、実感がないまま迎えようとしていたが、今までに感じたことのない疲労感と共に、それを凌駕する安堵感にもにた心地よさを感じながら、月を眺めていると「こちらに居たんですか?」と、耳に心地よく馴染んだ声が響く。
 視線を空から声の聞こえた方へ・・・正面へと向けると、今日から生涯のパートナーとなった郁がひょっこりと扉から顔を覗かせていた。
 自然と笑みが浮かんで来るのが判る。
 今はウェディングドレスを脱いで、二次会用のドレスに着替えているが、昼間の郁はこれ以上無いほど幸せな花嫁を体現しており、惚れこんでいる男の欲目を抜きにしても三国一の花嫁と形容できただろう。いや、さすがに欲目が入っているかもしれないが、堂上にとってはまさに文字通りだった。
 それに、三国一と言わずとも皆が皆、郁の化けっぷりに驚いていたのは事実なのだからあながち欲目とも言えまい。
 その変化を堂上が一番間近でみてきたのだから。
 まさか、五年前は山猿と称された郁が、自分の花嫁になるとは当時の自分には思いにもよらないことだった。
  

 絶対に好意を抱かれるはずがなかった。
 なぜならば、あの時の自分は郁をただ潰そうとしていたのだから。
 彼女を結果的に、戦闘職種という危険な道へと進ませてしまった自分の行動に責任を感じて。
 
 見計らいを行った事に関しては、悔いた事は一度もない。
 二度と同じ事は繰り返さないと誓い、己で己を変えて今に至ったとしても、それでも、あの時取った己の行動に悔いは一度もない。
 だが、同時に一人の少女の人生に戦闘職種という道を選ばせる事になってしまったことに関しては、責任を感じた。
 もしかしたら、その件に関しては後悔したかも知れない。
 己が取った行動によって、危険な道を歩ませてしまったことを。
 矛盾しているが、それがあの当時の自分の本音だ。
 だが、同時に嬉しくもあった。
 
 あの時と変わらない、その真っ直ぐで強い瞳が真っ直ぐなその姿勢に。 
 まぁ、見事に誰がその憧れの人間であったか忘れていたのは、予想外であったが。
 いや、忘れていたからこそ堂上は思いっきり郁を追いつめるかの如く、しごく事ができたのかもしれない。
 フィルターをかけてみていたのは自分で、何も判っていない郁は自分に向けられる敵意のようなしごきを正面から受け止めて、駆け抜けて来たのだ。
 そして、その全てを超えて彼女はこの手を取ってくれた。
 もし、最初から堂上が憧れの王子様だと知っていたら、郁はどうだったのだろう?
 憧れてた人が、すっかりと変わり果てた姿を見て失望し、この道を歩むことを諦めたのだろうか?
 五年前にクソ教官と呼ばれてた頃へ、意識を飛ばしていると、現在へ引き戻すように郁の声が名を・・・名ではない呼称を口にする。
「教官・・・・あ、篤さん どうかしましたか? さすがの篤さんも酔っちゃいましたか?」
 教官と呼ばれた瞬間、片眉を器用に上げた堂上の変化に気がついたのだろう。郁は慌てて名前を呼び直す。
 だいぶ堂上のことを名前で呼ぶようにはなっていたが、隊の皆が居ると反射的に【教官】と呼ぶ癖が出てしまうようだった。
 それも、そう遠くないうちに名を呼ぶ頻度の方が増えるのだから、逆になっていくだろう。
「いや、どうもしない。どうした?」
 堂上は過去から今へと意識を取り戻す。
 例え、どんな出会いを経たとしても、郁はこの道を進むことを諦めなかっただろう。
 自分との関係がどうなってたかは、判らない。
 だが、また違った出会いだったとしても、たどり着くところは同じであって欲しいと願いにも似た気持ちを抱くのは、今がこの上なく幸せだからだろう。
 触れる事を拒み、逃げてくれる方へ追いやりながら、彼女はそれを撥ね伸ばし自ら手を伸ばしてきた。
 そして、その手を撥ね抜けることなく取ったのは紛れもなく自分だ。
 蓋をして見て見ぬ振りをして、己を誤魔化した時はもう過去のことだ。
 一度でもその手を取り、触れて、掻き抱いてしまった今はもう手放す事はできない。
「皆、篤さんはどこへ行ったって探してますよ?」
 自分など関係無く好き勝手にやっているはずだというのに、少し席を外したらこれか・・・郁の言葉に堂上は思いっきりため息をつく。
「奴らになんぞ付き合いきれん。放っておけ」
 短く言い捨てる堂上に、郁は、あはははは・・・と苦笑を漏らしながら、自分の背後へとちらりと視線を向けると、そこには、図書隊の仲間達が酒池肉林と言わんばかりの酒宴を繰り広げている。
 堂上はどこへ行った!王子はどこだー!っと酔っぱらいの叫び声が聞こえてくるが、外にいるとは思っていないのだろう。喧噪はこちらまで影響する気配はない。
 確かに付き合いきれない・・・というよりおもちゃにされに行く気にはなれない。
 自分達の結婚式の二次会は、気がつけばただの飲み会だ。
 酒に強いはずの手塚もかなり良い感じに出来上がって、オモチャにされている。
 楽しんで貰えれていればそれに越した事はないのだが、あれでは何人かは二日酔いならぬ三日酔いとかいうものになるのではないだろうか?
 少なくとも、スポーツドリンクを勧めることだけはすまい。といつぞやの失敗を思いだし、改めて自分に同じ過ちを繰り返さないように言い聞かせる。
 タスクフォースの隊員をことごとく沈めた女として、名を残したくはない。
「お前も少し風にあたれ。足取りが乱れてるぞ。酒でも呑んだのか?」
 少し上気した頬は、熱気に当てられたのか、それとも飲酒したからなのか判らないが、めざとく郁の足がふらついていることに気がついた堂上は、郁も風に当たるように進める。
「乾杯の時に一口だけで、それ以降は全部ノンアルコールカクテルにしてたんですけど。でも、ちょっとお酒の臭いに当てられちゃったかもしれません」
 中、凄いんで。
 郁の一言に堂上は腹の底から溜息を吐き出す。
 誰が持ち込んだのか知らないが、一斗樽が二つ用意され、さらにビールだウィスキーだ焼酎だ・・・おいおいおい。お前ら何しに来たんだ。と叫びたくなったのは一度や二度ではない。
 幹事がタスクフォースの隊員だったので、ある程度覚悟はしていたが、室内は食べ物や酒の臭いが充満しているため、酒に弱い人間ならそれだけでも酔いかねない程と化していた。
 酒の弱さでは右にでる者がいない郁ならば、十分にそれだけで酔えるかもしれない。
 まして、今朝は早くから準備に明け暮れ、1日緊張していたのだから、疲労もピークに達しているはずだ。
 常日頃から身体を鍛えているため、ちょっとやそっとでは疲労を感じないだけの体力はあるが、今日はそれらが全く役に立たない類の疲労感だ。だが、それが今は心地良くさえも感じるのは、充実した1日だからでもあるからだろう。
 郁は堂上の言葉に少しだけ迷ったように背後へと視線を向けたが、皆もう好き勝手にどんちゃん騒ぎを起こしているのだから、自分達が抜けたところで誰も気にしない。
 それに、さすがに少し熱気と酒気に当てられて頭の中がフワフワする。
 うっかりその辺で寝ないためにも、少し外の風で頭を冷やしたかった。
 花嫁が酔いつぶれて、隅っこで丸くなって寝るという図は・・・避けたい。
 できればだだ漏れな寝言も避けたい。
 末代までネタにされかねない。
 郁は誘われるままに外に足を踏み出す。
「柴崎と毬江ちゃんのみたてか?」
 ウェディングドレスは一緒に見てはいるが、二次会用のドレスは柴崎と毬江の二人だけで見に行き、堂上も今日までどんなドレスを選んだのか知らなかった。一つぐらいサプライズがあってもいいでしょう。と言って柴崎が譲らなかったのだ。
 ウェディングドレスはマーメイドラインだったが、二次会用のドレスはウェディングドレスとは対照的なまでに、脚線美を露わにしたショートドレスだった。
 ストラップショルダーのため、綺麗に浮き出た鎖骨が露わになり、ほっそりとした首と肩までのラインが綺麗に出ている。淡い藤色のオーガンジーの生地が幾重にも重なり、裾の方に下がるにつれその色合いを濃いものへと変えていっている。
 右側がやや短めで膝上十五センチほどあがり、左側が逆に膝下まで裾が伸びているアンシンメトリーのデザインで、歩くたびに生地がサラサラと音を立て、幾重にも重なったドレープが波打っていた。
 郁の脚線美は誰もが認めるところだが、堂上としては自分以外の男の目には触れさせたく無いと言うのが正直な気持ちだ。
 それを判っていながら、柴崎はわざと足がでるものを選んでいるに違いない。
「そーです。二人に太鼓判押されたんですが、どーですか?少しは似合ってますか?」
 郁は裾をちょろんと摘んで、左右に振ってみる。
「ここまでドレッシィなのって着たことないから、落ち着かないんですけれど・・・やっぱり、大女がこんな華奢なドレス似合わないですよねぇ・・・すみません。答えにくいこと聞いちゃって」
 しょぼーんと肩を小さくして項垂れる郁の頭をコツリと叩く。
 あいかわらず一人で勝手に答えを出して、勝手に自己完結して落ち込むこの癖はどうにかならないものか。
「なに、しょぼくれている。似合わないなんて一言も言ってないだろうが」
 どあほう。と続けられた言葉に、だって・・・何もいってくれない。と、自信なさそうに郁は口の中で呟く。
 ウエディングドレスは試着した時や、式の前の時に似合っている。綺麗だと言われているが、二次会のドレスに関しては全くの無反応で、郁としては選び間違えたか?と少しどころではなく、かなり不安だった。
「似合っている!どうみても戦闘職種に就いている女のようには見えん!安心しろ!」
 これで文句あるか!と言わんばかりの勢いで言われて、郁は音が聞こえてきそうな勢いで何度も瞬く。
 端から聞いている限りでは、手放しで褒めているとは言い難い。
 もう少し言い様というものがあるだろう。気の効いたことが言えないのかっと、突っ込みが周りから聞こえてきそうな事しか言えていないが、郁にはそれで十分だったのだろう。エヘヘヘと嬉しそうに相好を崩す。
「お世辞でも嬉しいです」
「誰が世辞なんぞいうか。本当に似合っている・・・」
 声を潜めて、人に見せるのが惜しいぐらいだ。と低く囁けば、一気に顔が真っ赤になってゆく。
 気の利いた事を言えない自分が、お世辞なんぞ言えるはずが無いと言うことがまだ判らないのだろうか?
 郁は確かに背が高いが身体の厚みがあるわけではないので、ぱっと見だけでその職業を戦闘職種だなんて言い当てられる人間はいないだろう。
 学生時代、実業団から声がかかっていたほどのアスリートにも見えない。
 細みの身体には綺麗に筋肉がつき、プロの下着販売員が白旗をあげるほど、無駄なお肉がない体型は確かに普通の生活をしていてもてるものではない。だが、かなり専門的な運動をしていた人間のように、筋肉ががっつりついているわけでもないため、ぱっと見は背がすらりと高い華奢な女性といった程度にしか見えない。
 実際によく表されるのがスレンダーなモデル体型で、格闘技をマスターし大の男も放り投げることが出来るようには見えない。
 格闘技を専門にやれば、それなりに硬い筋肉がつき、肩や太ももの厚みが増し、脹ら脛だって筋肉のかたまりが強調されるだろう。
 だが、郁は筋肉が必要以上にはつかないタイプらしく、さらにその質も硬いものではなく、かなり柔軟に富んだ柔らかい質のため、しなやかで優美な付き方で止まっているため、ごつい印象を他者に与えることはまずない。
 体重が標準体重にも満たないと言うところが、堂上からしてみれば逆に恐ろしい程だ。
 筋肉は脂肪より重いのだから、見た目は細くても数字では重いという事が普通になるはずだというのに。
 正直にいえば体脂肪の低さも気にはなる。
 女性という性別を考えると、あまり低い数字は歓迎できないはずだ。
 だが、だからこそ郁は隊の中でもトップレベルの足を持っていられるのだろうが。
 その足には手塚すら白旗を揚げるほどだ。
 それは、性能だけではなく脚線美もずば抜けており、柴崎ですら足では郁に負けるとお墨付きを押している。
 その柴崎のみたてなのだから外すはずはないのだが、よりにもよってこんなに華奢に見えるドレスをチョイスするんだ・・・と正直にいえば恨めしくも思う。
 堂上としては郁の足を自分以外の男の目には晒したくないというのが本音だ。
 特殊隊の連中は何だかんだ言って郁の事をムスメのようにしか見てないが、この中には堂上や郁の学生時代の友人達や、同期も混ざっているため、人妻になったというのに露骨な目で見る者もいる。
 手を出そうとかそう言った下心を持っているとは思ってはいないが、露骨に男としての目で見られて面白いはずがない。
 そういえば、いつだったか任務でパーティーの護衛中ずぶ濡れになった郁が、ホテル側の行為でドレスに着替えて警護をしたときの事を思い出す。
 あの時は今のような関係ではなかったが、周囲の男どもの視線がおもしろくなかったが、あの時とは違い今はどうどうと周囲の視線を牽制出来る立場を得たのだから、遠慮無く周囲に対して威嚇をさせて貰っているが・・・やはり面白くないことには変わりない。
「だが、変われば変わるもんだな」
 本来なら音に出すつもりの無かった言葉だったが、アルコールが入っていたせいか、思わずぽつりと漏れ出る。
 聞き流してくれれば良かったのだが、その言葉に郁は少しばかりふて腐れた顔をして堂上を見下ろす。
「なにがですか? 教官・・・じゃなくて、篤さんも女は化粧と着ている服で化けるなんて言うんじゃないですよね?」
「バカ、んなこと言うか。だいたい、お前がめかし込んでいるのを見るのは昨日今日が初めてじゃない。いつも、俺と出かける時はめかし込んでくれているじゃないか」
 本人は何も深く考えて言ってないのかも知れないが、素でそう言う事をさらりと言われると、郁はどう切り返していいのか判らず、真っ赤になって俯いてしまう。
 俯いてしまった郁の襟足懸かる髪を弄りながら、堂上はそう言う事を言いそうな人間の顔を浮かべる。
「手塚か?」
 真っ先に浮かんだのは、郁が女らしい身なりをするたびに愕然とした顔をする部下の顔。
「と、にーちゃん達もです」
 というより、篤さんと小牧教官以外全員と言った方が早いです。と郁は不満げに続ける。
 特殊隊の仲間達に至っては、猿も狐や狸みたいに化ける動物だったか?とまで言う始末だ。
 んなわけあるか!!と何度叫んだことか。
 本当に人をなんだと思っているんだと、いつもいつもいつも思うのだが、あの連中の態度は一向に変わらない。
「他の連中の評価など放っておけ。俺が判っていれば良いだろう。小牧はまぁマメなやつだからな」
「でも、変われば変わるもんだって篤さんだって言ったじゃないですか」
 身なりの事じゃなければ何だって言うんですか。と唇を尖らせてぼやく郁に堂上は苦笑を浮かべる。
「別に化粧や着ている服でって意味じゃない。ふと、お前が隊に入ってからの事を色々思い出してたんだ」
「入隊したときの事ですか?」
 郁は小首を傾げる。
 それがどう今と繋がるのかが判らないと言わんばかりだ。
 堂上は「早とちりするなよ」と言い置いて、郁の手を握り締めると、昔を懐かしむように空を見上げながら口を開いた。
「今だから言うが、俺はあの時お前を潰す気でしごいていたからな、お前を嫁さんに貰う日が来るなんて夢にも見なかった」
 郁が入隊してから、もう5年も経ったと言うべきか、まだ5年しか経っていないと言うべきか。
 短いようで長く、長いようで短い。
 5年前に郁が目の前に現れた時は、素で驚いた。
 それも、まさか自分を追いかけて来たとも・・・顔を覚えてないのも衝撃的だったが。
 だが、名前も知らなければ、顔すら覚えて居ない相手のために、社会人第一歩となる職に図書隊を・・・それも自ら防衛部を志望すると誰が思うだろうか。 
 自分の人生と郁の人生が混ざり合ったのはほんの一瞬の出来事にしか過ぎなかったというのに。
 互いの記憶にその時の事が残ったとしても、それは、過去にあった出来事の一つとして終わるはずだった。
 それが、郁の思慕ただ一つによって、一瞬の交じり合いで終わるはずだったものが、永遠に重なるものへと変わったのだ。
 だが、すんなりとその関係をを受け入れられた訳ではない。
 郁がこの仕事を・・・それも業務部ではなく防衛部を志望したという事をしたとき、自分が郁の人生を狂わせたと思わなかったわけではない。
 あの時、郁を助けなければこんな危険な職業を選択させる事はなかったのだから。
 あのときの出会いがなければ、郁はその足を武器に実業団入りしていたのだろう。実際にそれで大学に進み、実業団から声がかかっていたと聞く。
 だから、根をあげてしっぽを巻いて逃げればいいと思い、徹底してしごいた。
 ただ、憧れだけを追い求めて続けられる仕事ではない。
 なにより、郁が憧れたあの頃の【堂上三生】は堂上自身がその手で、消していた。
 それを、未だに追い求める郁が憎らしくさえ感じたこともある。
 捨て去った物を再び見せつけられて、突きつけられて、平然としていられるほど大人ではなかったということだろう。
 だから、他の誰よりも厳しくしごいた。
 だが、もし・・・もし、根をあげず岩に齧り付いてでもしがみつき、この仕事を選ぶというのならば、何があっても折れないように育てた。
 出来る事ならば、憎まれても言い。怨んでくれて構わないから、過去の亡霊(王子様)の事は忘れて、平和な道を選んで欲しいと思いながら。
 だが、郁はけして自分を曲げなかった。
 泣いても、怒っても、悔しがっても、けして折れる事もなく、歪むこともなく、自分が捨てた物をそのまま抱えてこの五年走り続けてきた。
 それが、どれだけ希有なことなのかは堂上は身をもって知っている。
 正義感だけでやりぬいて来れる部署ではない。
 血を被り、理不尽を飲み込み、清濁合わせもてなければ、潰れる。
 そう言う部所だ。
 それなのに、郁は変わらない・・・いや、理不尽な思いもたくさんし、血を被って、全てを見せつけられてもなお、ぶれないままただひたすら走り続けてきた。
 自分の後を。
 そして、今は横を共に走ろうとしてくれている。
「あたしだって、あの時は教官と結婚する事になるなんて夢にも思いませんでしたよ。あの時は、マジ殺す。とか思ってったんですから」
 堂上の言葉を聞きながら、郁も同じように顔を少しだけ上げて空を見上げながら楽しげに口にする。
「知ってる。さんざんぼろくそ言ってくれてたからな。だいたい、女からドロップキックなんぞ喰らったのはあの時が初めてだ」
「それ言うなら、腕ひしぎなんて喰らったのもあの時が始めてですよ。普通あんな関節技を女子に決めます? 腕が本気でもげるかと思いましたよ」
 今では笑って話せるが、なんで、こんなに自分だけが親の敵のように絞られるのだろうと何度も思った。
 嫌がらせをされているとしか思えなかった。
 なんで自分だけがあんなにしごかれたのか、さっぱり判らなかったから。
 あの時はいつか、ぎゃふんと言わせてやる! そうとしか思っていなかったから、まさかこうして共に歩くことになろうとは、五年前の自分は欠片も想像していなかった。
 憎くて大嫌いで・・・なのに、気がついたら目がその背を追っていた。
 追いたくなかったのに、離すに離せなくて、引き寄せられて・・・・
「でも、だから今のあたしがあるんですよね。あの時は判りませんでしたけれど、だんだん判ってきました。あの時、教官が潰す勢いで、だけど身体張って教えてしごいてくれたから、今のあたしがあるんです。じゃなかったら、あたし絶対にどこかでへまして、特殊隊続けられていなかったと思うんです」
 半端な気持ちで特殊隊で動いていたら怪我をしただろ。
 いや、自分の怪我で済めばいい。
 隊の皆に迷惑をかけ、大きな損失をだしたかもしれない。
 下手をすれば、上官である堂上に大けがを・・・下手をすれば命に関わる怪我を負わせていたかもしれない。
 実際に、何度も・・・何度も身を挺して庇ってくれた。
 始めて犯人を捕縛して・・・だけど、反撃を喰らったときや、珈琲を掛けられそうになった時。初めての抗戦で図書を奪い返したとき、茨城での抗戦・・・思い返せばきりがない。
「こんちくしょう。いつかみていろって、何度も思って」
 悔しくて悔しくて。
 いつか目に物を見せてやりたかったのに。
 なのに、気がつけばひたすらその背を追っていた。
 反抗心が尊敬に変わって、尊敬がいつの間にか失いたくない人になって・・・親友の柴崎にすら嫉妬するほど、醜い悪意が自分の中にもあることに気がついて、それでも無くしたくないほど大きな存在になって・・・・
「王子様に憧れていましたし、王子様がいたから今のあたしがあるんですけれど」
 未だに「王子」と言うと堂上の眉間には思いっきり皺が刻まれる。
 それを見ながら郁はくすくすと楽しげに笑い、無骨だけれど優しい手の平を取って、自分の頭の上に載せる。
「きがついたら、この掌が大好きになって、誰よりも尊敬する人が今の教官になってました」
 載せられるがままに、ぽんぽんと何度かセットされているヘアスタイルを崩さないように叩くと、もう片方の手を郁の背中に回して抱き寄せる。
 郁も抱き寄せられるままそっと身を預けてきた。
「あたし達の出会いが、出来事が、何か一つでも抜けてたら今がなかったってことですよね?」
 傷つけた事があった。
 知らなかったから。という言葉では許されないことを、本人に言ったこともある。
 なんであんな事を言ってしまったのだろうと悔いた事も何度もあった。
 だが、それらの全てが積み重なって今があるのだと思うと、何一つ後悔はしない。
「あたし、ずっと篤さんの背中を目指してきました。これからも、目指していっていいですか?」
 改めてそう聞くと、堂上はアホウと笑いながら言う。
 何がアホウなのかと文句を言おうとしたら、その前に堂上が口を開く。
「後ろじゃなくて横を走れるようになれ」
 いつまでも後ろを走っているのではなく、共に走り抜けるために。
「簡単においつかせないがな」
 だが、上官としては簡単に追いつかれたくはないプライドが出る。
 挑戦的な笑みを浮かべて言うと、郁も負けず嫌いを発っして強気に言い放つ。
「あたしの足なめないで下さいよ。すぐに追いついてみせます。中距離までは教官より早いんですから」
「知っている。その足でここまでお前は来たんだ」
 二人は額と額をくっつきあわせ、囁きながら次第に唇を寄せてゆく。
 触れるか触れないか、戯れるように。
 少しずつ重なる時間が長くなり、唇をついばむように口づける。
 このまま、もっと絡みを深めたくなる衝動に駆られるが、場所が場所だけに触れるだけにとどめる。
 理性をフル稼働させて唇を離すと、笑みを浮かべて郁を見る。
  
「これからよろしく。奥さん」
 
 堂上の言葉に頬を上気させた郁は、とろけるような笑みを浮かべて同じ言葉を口にする。
 
「これからよろしくお願いします。旦那様」
 
 
  いつまでも、共に。
 
 それは、言葉にされなかった共通の約束。






                       終わり


                   2012/10/01
                  Sincerely yours,Tenca







☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
 Upするのは三話目ですが、書いたのはこれが一番最初でした。
 時候ネタを先にUpしたかったから、後回しになっておりました。(笑)

 初めて書いた図書館〜だったので、四苦八苦しなが書いておりました。いや、今もまだ四苦八苦しているのだけれど。郁の右斜め上思考ががまだ今ひとつ把握できておらんですよ(笑)
 堂上の方が書きやすいと思うのだ。
 最後のやりとりが書きたくて書いた話だったんですが、無駄にながくなっちゃいました。
 もう半分ぐらいにどうしてまとめられなかったのか・・・と思いつつ、ダイエットさせるつもりがなぜか書き足していたり・・・・そして、Upする段階でさらにまた書き足し書き足し・・・・カットしてダイエットするどころか肥えてしまいました。
 ラストシーンはのぞき魔達の気配により、寸止めにしようかどうしようか迷いつつ。とりあえず初っぱななので綺麗にまとめる方向で(だらだらにまとめているとも言うが)
 ってか、原作読んでいて思ったのだけれど、図書隊は自衛隊を参考にしているのなら、式の時って式典服着用なんじゃないのか・・・?と思ったんだけれど、普通にモーニングなんだよねぇ。
 モーニングもいいけれど、式典服の方が絶対にカッコイイとおもうんだけどなー
 コミックで式典服な堂上さん見れているけれど。
 主任が自衛隊の披露宴に参加したときは、過去最高に豪快な(新婦側どん引き)な結婚式だったらしいけれど・・・・きっと、タスクフォースもそうなるに違いないと思っておりまする(笑)
 始まった直後は、みなびしっとしてかっこよかったらしいんだけれど、酒が進むにつれて酒池肉林なぱーちーになってゆくらしいざます。
 GH、薄桜鬼に続いて珍しくはまって二次に手を出して見た図書館戦争でしたん。
 しばし、続く・・・といいなぁ←根性無し子さんなので三日坊主にならなきゃいいなvなんて書いて居た頃はおもってましたが、とりあえず三日坊主にはならずに済んだ模様!(笑)