誓い
 
 
-前編-






 堂上がその連絡を受けたのは、十日ほどの予定で九州地区の図書隊に出向している時のことだった。
 勤務日は残すところ1日となったところで、小牧から携帯に着信が入る。
 勤務中基本的に着信してもサイレントモードにしているため、すぐに気がつくことはない。だが、隊からの回線のみは着信音を出すように設定していた。
 そのことは隊の人間ならば誰でも知っている。だからこそ、緊急時の場合は確実に隊から携帯に連絡が入り、携帯が音を鳴らした時は何があっても出るようにしていた。
 会議中だったため堂上の携帯の着信音は必要以上に目立ち、その場にいた全員の視線が堂上に注がれる。
 だが、堂上は外野の視線になど全くと言って良いほど気にすることはなく、険しい表情になる。
 自分は今出張中で勤務に当たっている。
 その状況で携帯が着信音を鳴らすということは、よほどのことだ。
「済みません、隊から緊急連絡なので席を外させて頂きます」
 堂上の言葉に九州図書特殊部隊の隊長は承諾の合図を送ると、堂上は足早に会議室を後にする。
 廊下に出てから携帯の表示を見れば、特殊部隊事務室と表示されている。
「ど、」
『勤務中にごめん』
 名を名乗り切る前に聞き慣れた声がスピーカーから聞こえてくる。
「小牧か、構わん。何があった?」
 会議室の前から離れながら問いかける。
 第一声の小牧の声がいつになく固い。
 何かあったのは、たったそれだけで判った。
 そもそも、何か無ければわざわざ電話を勤務時間内にかけて来るはずがない。
『堂上、落ち着いて聞いて』
「だから、なにをだ」
 小牧の固い声、用件を言いだすまえに告げられた言葉に、心臓がどくりと強く脈打ったような気がする。
 何かあった。
 それは小牧の声を聞く前にすでに判っていた。
 だが、この声は隊や図書館に何かあったのではない。
 隊や図書館に何か問題が起きたとしても、小牧の声はここまで固くならない。
 プライベート・・・郁絡みでだ。
 本能的にそこにたどりつく。
「笠原に、何かあったか?」
 意識的にプライベートで呼ぶ名ではなく、『笠原』という文字に置き換える。
 昨夜に電話でやりとりをした時は、寂しいと言ってはいたが元気だった。
 捕り物も検閲もなく平和な日々が過ぎているといっていた。
 体調の方も特に崩している気配はなく、柴崎と食べに行ったお店で魚が美味しかったから今度一緒に行こうと誘われた。
 少なくとも昨夜までの時点で問題はない。
 だが、今日なにかがあった。
 電話終了後に検閲でも起きて怪我でも負ったか・・・なら、もっと早く連絡が来るはずだ。
 比率は少ないが午前中に検閲でもあったか。
 それとも、捕り物で怪我を負ったか・・・
 堂上の頭の中でめまぐるしく可能性が浮かんでは消える。
 だが、小牧が告げた言葉はそのどれもが当てはまらなかった。
『野生のカン? さすがというべきかな・・・笠原さんが怪我を負った』
 少しだけ苦笑を浮かべた小牧は、溜息を一度つくいた。そして、淡々とした声音を意識的に作っているのだろう。逆に不自然なほど平坦な声音で告げられる。
『哨戒中に暴走車から子供を庇って怪我を負ったようだ』
 スピーカーから音声が漏れ、漏れた音が耳道を通って鼓膜に響き、脳がそれを理解するまで意識できるほどの時間を必要としない。
 だが、なぜかそれを理解するのに時間がかかった。
 いや、認識していたかどうか正直に言えば判らない。
 不必要に携帯を握りしめる手に力が入っているような気がした。
 ギリっと奥歯をかみしめ、こみ上げる物を強引に押し込む。
「容態は?」
『詳細は検査をしないとわからないけれど、頭部裂傷をしていると手塚から報告はあった。もしかしたら内臓もやっているかもしれない。病院に搬送されたら連絡が来るはずだけれど、まだ連絡がないところを見ると受け入れ先が決まってないか、搬送中だと思う』
 よくニュースで聞くたらい回しか。
 そのニュースを見聞きするたびに、行政はなぜもっと手を打たないのかと思うが、身の回りでその状況になることがあるとは思っていなかった。
 良化隊との検閲で怪我を負っても、指定病院にすぐさま搬送されるからだろうか。だが、それが図書館という自分達にとって絶対の領域から一歩でも出れば話は変わる。
『連絡が来たら俺もすぐに病院へ向かう。お前もすぐに戻って来い。隊長が出張は取りやめて  』
「いや、予定通り明日の便で帰る」
 小牧が皆まで言い切らないうちに、堂上はその言葉を塞ぐように口を開いた。
 最後まで聞けば、決心が揺らぐことが判っていた。
 そうならないためにも、その言葉を塞ぐ。
『堂上! いくら、お前がオンオフを切り分けて考えても今はそんなことを言っている場合じゃないだろう。今こんな状況でとやかく五月蠅く言うヤツなんて誰もいない』
 今はそんな事を気にするような人間はどこにもいない。
 隊長の玄田ですら直ぐに堂上を呼び戻すように、小牧に指示を出した程だ。
 もし、誰かが堂上に公私混同するなとこの状況で言うような人間がいれば、それは小牧が許さない。
「本音を言えば今すぐ全て放り投げて東京へ戻りたい。だが、笠原はそれを望まない  何があってもだ」
 携帯が嫌なきしみ音を出す。
 だが、声は努めて平静に・・・いや、小牧には堂上が全ての感情を無理矢理凍結させて、抑え込んでいることぐらいお見通しだろう。
 小牧はため息を一つつくと、ただ一言堂上に重ねて尋ねた。
『本当にそれでいいのか?』
 堂上にはその言葉が『本当に後悔しないのか?』といっているように聞こえ、ぐっと息を飲む。
 容態がわからない以上、大丈夫だ。心配はないと小牧は慰めでも言えないだろう。いや、確信がない以上けして小牧は言わない。
 これが、さほど問題なるような怪我でないと判っていれば、小牧の声はここまで堅くならない。
 何も判らないから。
 そして、楽観視するのはまずいと判断したから、小牧は・・・いや、玄田は堂上にすぐに一報を入れて呼び戻すように指示を出したのだろう。
 頭部裂傷と言うことは、頭を打っているという事だ。
 それだけではない。内臓も損傷している可能性を示唆したと言うことは、吐血もしていたのか。
 その二つの状態からみると、かなり酷い怪我を負っていることは想像に難くはない。ともなれば、いつ容態がどうなるかわからない。
 堂上とてそのぐらいのこと誰に言われなくても判っている。
 例え軽傷であろうとも、個人的感情を言えば、なりふりかまわずすぐにでも駆け出したい。
 だが、堂上が仕事を放り投げて駆け付けた事を、郁が知れば必ず自分を責める。
 状況がどうだからではない。
 堂上の個人的感情や上役が判断したからではない。
 ただ、自分が怪我を負ったがために、堂上の足を引っ張ってしまったとそればかりを気にして、何も悪いことはないのに、自分の不甲斐なさに自己嫌悪に陥り、傷つかなくて言い事なのに傷つく。
 郁という女はそういう女だ。
 だからこそ、堂上は腹に力を入れてただ一言小牧に言った。
 揺るぎない声で。
 はっきりと。
 

  笠原は、自分が駆け付けることなど望まない。と、


 小牧も、郁が入隊してから堂上と同じ年月、部下として見てきた。
 彼女の考え方というものも、堂上ほどではないが判っている。
 そして、確かに郁ならば堂上が言ったとおりだろう。
 怪我を負った自分を放置して仕事をし続ける恋人を冷たい、酷いとなじるよりも、足手まといになってしまった事を気にする。
 上官である堂上と付き合うようになって・・・そして、婚約をしてからというもの、周りの目がよりいっそう色眼鏡で自分達を視ている事を彼女ははっきりと認識している。
 堂上の手を取る事によって、生じるデメリット・・・それは、周囲の人間が言うよりも彼女ははっきりと判っていただろう。
 改めて釘を刺す必要が無いほどに。
 だからこそ、彼女は自分が堂上の足を引っ張ることを何よりも怖れている。
 堂上にわざわざ話した事は無いが、その手の相談を受けたことは一度や二度ではない。
 だから、もし堂上が仕事を放り投げて駆け付けたとならば、確実に自分の不甲斐なさを悔やむ。
 堂上が言うとおり彼女は、堂上の足をひっぱる事は望まない。
 だが、それは彼女の心だけを鑑みた場合だ。
 小牧は郁の上官ではあるが、堂上の同僚であり友人でもある。
 恋人が・・・婚約者が事故に遭ったと聞いて、平然としていられるはずがない。
 最初は自分の感情を殺して突き放すことを選びながらも、殺すどころか育てて育てて・・・どうしようもないほど大きな存在になり、周囲がじれるほど長い年月を掛けて手に入れた宝であることを小牧は知っているから。
 だから、堂上の事を思えば後悔しない道を選んで欲しいと思う。
 だが、堂上は絶対に自分の気持ちを優先しない事もまた判っていた。
 そういう男だと言う事を。
 
 
  お前達は本当によく似ているよ。
 
 
 小牧は仕方ない・・・と言わんばかりにため息を一つつく。
『判った。だけど、意地を張って明日まで予定通り九州にいる必要はないだろう? もともと明日の午前中にはそっちを発つんだ。今夜の最終便で帰って来い。博多空港21時30分発がある。チケットはこっちで抑えておく。それまでは、お前の変わりに笠原さんの様子は見ている』
「・・・・・・・すまない」
『本当はすぐに駆けつけたいくせに・・・お前らしい意地の張り方だよ』
 自分の感情よりも、大切な・・・なによりも大切な彼女の心を慮って行動する堂上に、小牧は本当にお前には負けるよ・・・そう、苦笑を漏らして電話を切った。
 堂上はしばらく通話の切れた電話を握りしめていたが、何も持っていない方の手を思いっきり壁に打ち付ける。
 ガン!!と音が誰もいない廊下に響き渡ったが、堂上はその姿勢のまま暫く微動だにせず、やがて何もなかったかのように自分が出てきた会議室へと足を運んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
                          続く








☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
 またもや、前後編になってしまいました。
 一話当たりの長さはGHより短いので、一話読みきりという形でUPするつもりだったのだけれど、場面が丁度変わるので二分割にてUPいたしまする。
 後編は今しばらくお待ちくださいませ。
 サブタイトル。堂上教官のやせ我慢。シリアスが大いに転ける副題をここで呟いてみる(笑)
 堂上は意地っ張りだろうとやせ我慢だろうと、自分の感情よりも郁の事を慮って動くと思うの。基本的には(笑)
 そーゆーぶれないキャラが好きだ(笑)


                       Sincerely yours,Tenca

                       2012/10/11