恋人の役目 |
||
「むかつくむかつくむかつくっっっっっっっ!!」 ドアを勢いよく開けるなり開口一番で郁はうがぁっと叫ぶ。 そのあまりのトーンの高さに事務室で業務をしていた小牧は、左耳から右耳に一本の横棒が突き抜けた気がした。 女の子の声はどうしてこう突き抜ける音になるんだろう?とどこか的はずれな事を思わず考えてしまったのは、常日頃から思うことだからだろうか。 とりあえず、鼻息荒く事務室にのしのしと入ってきた郁に、冷たい麦茶を用意しながらはてと首をかしげる。 今日は有楽町にある東京国際フォーラムで開催されている絵本の示展に、柴崎と共に見学しにいっていたはずだ。 通常ならば検閲を考慮し図書館などで開催されるが、今回の出し物には海外出版がからんでおり、海外のマスコミも大勢来ているため良化隊はなりを潜めざる得ない状況だった。 ようやく当麻事件で集中した批判が沈静化したのだ、変に刺激をして再び検閲に対して圧力を加えられたらたまったものではないと政治家達は思っているのだろう。 柴崎はあいかわらず外圧に弱いわよねぇとせせら笑っていたが、おかげで今回の展示は良化隊や賛同隊対策を考慮しなくてすむことになり、図書館外で開催されるイベントとなった。 その展示は絵本の世界をホール全体に投影されており、まるでアミューズメントパークのような趣になっていた。 ただ、飾られている展示品をみるのではない。 視覚、聴覚、嗅覚、味覚。ありとあらゆる感覚が反映されていた、新しいタイプの展示だったため、今後図書館で開催するイベントになんらかのヒントにならないかと思い、柴崎と有給を合わせて郁は個人的に・・・趣味と実益を兼ねて・・・見学しに行っていたはずで、ガッテムするようなものはなかったはずだ。 だが、怒髪天をつくと言わんばかりの怒りように、残業をしていた小牧はあっけにとられながら、淹れてきた麦茶を差し出す。 「どうかしたの?」 いつもならすぐに礼を口にするはずの郁だが、怒り心頭のせいか目の前に出された麦茶をむんずとわしづかみにすると一気に煽る。 その飲みっぷりはあっぱれと言いたくなるほどだった。 ぷはぁっと一気飲みすると手の甲でぐいっと口元をぬぐう。 男前だなぁ・・・と思いながらとりあえず、怒り心頭になっている原因を問うと、郁はガンっとコップを机の上に置いて、勢いよく聞いて下さいよ!と叫ぶ。 「はいはい、聞くから、少し声のトーンをおさ・・・」 「痴漢にあったんですけど!」 えてね。という言葉は郁の爆弾発言にかき消される。 「痴漢?」 だが、さすがに「痴漢」という一言で、苦笑を浮かべていた小牧だったが眉をひそめる。 今日は痴漢対策のため囮捜査をしていたわけではないのだから、業務で痴漢にあったということだけはない。 柴崎と共に有楽町まで出ていたということを考えると、おそらく行きか帰り・・・この様子では帰りの電車で痴漢に遭ったのだろう。 時間的に見れば聞いていた話より戻りは遅いため、見事にラッシュ時と それなら怒り心頭なのは無理もない。 というより、この場に堂上がいなくて良かった。 と、小牧は若干フリーズしたままの表情で考える。 長い年月をかけて手に入れた彼女が大切すぎて、目の中に入れてもしかたないほど溺愛している恋人が、会議でいなくてよかった・・・としみじみと思う。 でなければ、血の雨が降る。 自分の恋人が痴漢に遭ったときのことを思い出せば、むしろ当然の報いだとは思うのだが。 犯人が目の前に居ない以上、怒りの持って行きどころがないのは精神的によろしくない。 できれば、彼の耳にいれずにすませたいところだが、ヒートアップしてますます大きくなっていく郁の声に無理かな?とあきらめる。 「帰りの電車が人身事故の影響で遅延してたからものすごいぎゅうぎゅうで、身動きが取れない状態だったんですよ。柴崎なんか人の壁でつぶれちゃうからあたしが、壁になってたんで被害に遭わずにすみましたけれど。そのぐらい混んでたから最初は気のせいかなって思ったんですけど、妙に掌がおしりにあたるんですよね。でも、携帯もいじれないぐらいに混んでいるし、妙な格好の人もいるから偶然かなって思って気にしないようにしていたんです。ただ当たってただけなのに痴漢ってきめつけちゃったら気の毒ですし、あたしも自意識過剰な痛い人になっちゃうじゃないですか。でも、そのうちアヤシイ動きになって、触る場所も変わってきたし、勘違いって言うには手の動きが怪しいし、痴漢だって思ったんですよ」 触る場所が変わってきたって・・・ってい動きがアヤシイって、どこをどんな風に触られたの?と聞くのはセクハラなんだろうか?それとも聞くべき何だろうか。堂上がこの場にいたのならば確実にどこをどんな風に触られたんだと詰め寄るところだろうが、上司でしか過ぎない自分にはどこまで問うていいのかと迷っていると、郁は小牧が思っても居なかった爆弾宣言を一つ落とす。 「いい加減にしやがれっと思って、声を出そうとしたら一言そいついいやがるんですよ「ちっ、女かよ」って!!」 「は・・・・・?」 さすがの小牧も郁の一言に一瞬脳がついて行かない。 むしろ本能的に理解を拒んだような気がするが、小牧はそれでも比較的ましな答えを導き出す。 「え・・・と、痴漢というより痴女だったの?」 それならば判るのだが・・・ 痴漢にくらべて痴女の発生率は低いが・・・いや、電車に乗る率が低い小牧などはまだ遭遇したこともないが、言葉が存在するのだからけしてゼロではないのだろう。 世の中のどこかで男を痴漢する女がいても不思議はないと思う。 それに運悪く遭遇してしまったのだろうか。 郁の今日のみなりはパンツスーツだ。 ラインは女性のそれだが、髪をいつもより後ろに流してセットしているため、中性的にみえなくもない。 女性的な男性・・・と見ようと思えば見えただろう。 背もすらりと高く、柴崎をかばって立っていればなおさらそう見えたのかもしれない。 世の中には男臭い男が苦手で、中性的なタイプに気が惹かれる女性もいるであろうから。 だが、小牧の想像は見事に否定される。 「違います。男でしたよ!むさいおっさんです! アル中なのか酒焼けした赤黒い顔で酒臭い汚い感じの! むかつくことにあたしのこと男だと思ってお尻まさぐってきたんですよ!さらにブツがついてないだの玉がないだのって、ぶつぶつ文句いいやがりやがって、女のあたしにんなもんついているかって!」 女の子がまさぐるなんて表現するんじゃありません。と注意するべきか。 いやいやそのまえに、ブツがないだの玉がないだの大声で言うような言葉じゃない。 確かにタスクフォース関連の飲みの席にいればその手の単語が耳に入り、ついつい聞き慣れてしまい抵抗がないのかもしれないが、妙齢の女性が口にする言葉ではない。 たしなめるべきだろう。 が、むさいおっさんが男と思って痴漢行為を働いたという事実の前に、小牧は笑顔のまま固まる。 その場にいたのが自分や堂上だったらどうなったんだろうか。 中性的な雰囲気の男が好みだというのならば、該当しないだろうが、間違っても男に尻や股間をまさぐられたくはない。 想像だけで鳥肌が立つ。 んなめにあわされたら確実に絞める。 むしろ、シグザウエルでその脳みそを吹き飛ばしたい衝動に駆られる。 「はぁ!?って感じじゃないですか!もう、頭来て性別間違えて痴漢するなぼけぇ!って叫んじゃいましたよ。いやもう、周囲のリアクションで溜飲さがりはしましたけれど、その後とっつかまえたから調書取らされて、説明しなきゃならないじゃないですか!駅員さんやおまわりさんの前で、そいつ素直に認めたんですけどね。男だと思ってたのに女だからさわり損だっていいやがるんですよ!? さらににやにや笑いながらブツや玉がついていたら、かわいがってやったのによぉとか、顔は好みだったのになぁもったいねぇとか、お前の物を踏みつぶしてやろうかって思いましたよ! おまわりさん達があたしをみる微妙な視線を思い出すと、本当にあの痴漢に腹が立って腹がたって柴崎は大爆笑しているし・・・・って小牧教官、聞いてますか!? 何フリーズしているんですか!」 「ああ、しっかりと聞いた」 笑顔のままかたまってリアクションのない小牧に、郁はくってかかるが、なぜか背後から聞こえてきた声にぎくりと郁の肩が震える。 「で? どこをまさぐられたって?」 おそるおそる振り返ると、班長会議に出ているはずの堂上がそこに立っており、その背後には声もなく笑い転げている他班の班長たちが廊下で笑い死にかけていた。 「きょ、きょうかん・・・え・・・・えっと、何の話でしたっけ?」 てへっと笑ってごまかそうとする郁に、堂上は凶悪な笑みを向ける。 「ブツだの玉だのあるまじき言葉を聞いた気がするが俺の気のせいか?」 「き、きのせいです」 思わず反射的に口から出た言葉は思いっきり嘘だ。 だが、さすがに痴漢に遭いました。など堂上には言えずごまかそうと思うのだが、堂上が簡単に郁にごまかされるはずがない。 「ほぉ。俺の耳にはブツだの玉だの尻だのまさぐるだの聞こえたんだがな」 にじり寄る堂上に郁は反射的に後ずさる。 怖い。 無言の圧迫感というか、威圧感というか、蛇ににらまれた蛙の気持ちが今はいたいほどわかる気がする。 後ろめたいことはなにもないというのに。 そもそも、被害者たる自分がなぜこんな恐怖を覚えなければいけないのだろうか。 理不尽だ。 怒られるのは自分ではないはずだ。 ぐっと腹に力を入れて堂上にくってかかる。 「って、ブツだの玉だの連呼しないでください! セクハラですよ!!」 「アホか貴様!最初にでかい声でんなこと叫んだのはおまえだろうが! 廊下の端まで響いていたぞ!」 堂上の一言に郁は大きな目をさらに大きく見開く。 思わずこぼれ落ちるのではないかと心配になるほどだ。 郁はフリーズしたまま堂上を見、小牧を見ると小牧はその無言の問いかけを理解したのだろう。 こくりとうなずき返す。 「盛大に叫んでたね。フロア中に響いたんじゃないかな?あまり女の子が口にしない方がいいと俺も思うよ?」 「さすが鍛えられた腹筋、見事に叫んでたよなぁ」 「ああ、会議中に響き渡るから何事かと思って、堂上が飛び出していったぞ」 「いや、さすがの隊長もいきなり響いた単語にたまげてたぜ」 「お偉い連中は何事かと騒然としてたなぁ」 「セクハラ騒動に発展するから使う言葉は、ちときーつけてくれよー」 「ああ、おまえいくら痴漢にあったとはいえ踏みつぶすのはやめておけ。過剰防衛にとられかねん」 「せいぜい膝蹴りにしておけ。それなら正当防衛だ」 にっこりと小牧にとどめをさされ、さらに笑い死んでいた班長たちが口々にする言葉に、郁はいきなり膝から崩れ落ちる。 フロアの端には会議室があり、堂上たち班長と防衛部部長達数人で会議を行っていたはずだ。 堂上が聞こえたと言うことはすなわち、全員にまる聞こえということになり、廊下で笑い死にしているメンバーを生み出したということになる。 それも隊の仲間達だけではなく・・・ あたし、何を叫んだ!? 女子としてあるまじきこと叫んでなかったか!? 「郁!?」 いきなりその場にへたり込んでしまったため、堂上も慌ててしゃがみ込むと、ぼたりぼたりとリノリウムの床に透明のしずくがおちる。 「いく!?」 「お」 「お?」 肩に手を伸ばし支えるように抱き込もうとするが、それを拒絶するように郁は手を伸ばして堂上の胸を押しのけると、うつむいたまま呟く。 「お、およめにいけないぃぃぃぃぃぃ」 その瞬間、郁以外の全員が「その心配だけは無用だ」と突っ込みをいれたが、郁の耳には当然だが届いておらず、その場に打ちひしがれた郁は、うってかわってめそめそとし始める。 男前モードから乙女モードにチェンジしたのだろう。 小牧が堂上の肩をぽんと叩いて事務室を出て行くと、班長達も先にもどってるぞーと声をかけて出て行く。 ぱたん、と静かにドアが閉まるがぶつぶつと呟いている郁はそれら何一つ認識しない。 そもそも戦闘職種の大女。お嫁に行けると思っていたのがそもそもの間違いだとはわかっている。だけれど、女子たるもの憧れはあるのだ。 それが、女子としてあるまじき行動。 嫁にもらってもらえるとか行けるとかそれ以前の話だ。 女としてみてもらえないようなことをしでかしている。 まさぐるってなにさ。 玉だのブツだの普通叫ぶか!? 制服マジックもないのに痴漢遭うから変だと思ったんだけれど。 そうだよね。 こんながさつな女普通いないもんね。 男に男と間違えられたって仕方ないよね。 というか、どうせそういう変態しかあたしはつれませんよーだ。 これじゃ、堂上教官だってあきれ果てて当然じゃん。 ただでさえ女らしくないのに、こんなことフロア中に叫ぶような彼女なんて嫌だよね。 まして、防衛部の幹部までもいるようなところで叫ぶだなんて、恥の上塗りってやつか!? 「郁、俺が悪かった」 堂上の腕が伸びて郁の肩を包み込むように抱き寄せる。 今度は郁は抵抗せずに堂上の胸の中に収まったが、うつむいたままだ。 「別に俺はあきれ果ててなんかいない」 「な、なんで・・・?」 「ばか、ダダ漏れだ」 「おこってた・・・」 「そりゃ、怒るだろう。自分の大事な女を変態に触られて平然としていられるか」 「あたしに怒ったんじゃないの・・・?」 あの迫力はどうみても自分が責められているように感じた。 あんなこと平然と叫ぶ自分に対し、嫌気がさしたのではないのだろうか。 「まぁ、あんな言葉が惚れた女から出たからな、頭に血が上ってお前に当たってしまった。悪かった。おまえはなにも非はないのに」 堂上の言葉に郁は無言で首を振る。 あんな言葉を普通女が吐いたらどん引きだ。 堂上が悪いわけではない。 男に間違えられるような、女らしくない自分が悪いのだ。 今回の件にかんしてはもっと女らしかったら、被害に遭うことさえなかったのだから。 「だから、ひいてはいないし、おまえは十分女らしい」 「でも・・・」 「悪いのはその変態野郎であっておまえじゃないだろう? つい怒鳴ったのはその・・・どこ触られたかって考えたらはらわたが煮えくりかえったからだ」 「どこってそりゃ・・・・・・こ」 惚れ込んでいる女の口から、いくら衣服の上とはいえほかの男に股間を触られたなど聞きたくはない。 いまからでも犯人を殴り倒しに行きたい衝動を必死に耐えているというのに、そんなことを聞いたら何かが確実にぶち切れる予感があった。 それらを押さえ混むためにも、郁が言いかけた言葉を堂上は唇をそっと重ねたことで止める。 堂上のいきなりな行動に郁は瞬きの音が聞こえそうなほどの勢いで瞬いた後に、思いっきり後ずさろうとするが、背中に回っていた堂上の腕が止める。 「きょ・・・こ・・・み・・・・」 あまりのことに言葉が出てこないようだ。 耳はおろか首まで真っ赤にして、口を金魚のようにぱくぱくさせて、手を無意味にわたわたと振り回す。 「皆、出て行った」 郁の言いたいことを察し、堂上はぶっきらぼうに言う。 その言葉に周囲を見れば、残業をしていたはずの小牧の姿もなければ、笑い死んでいた各班長達の姿もなく、事務室の扉はしっかりと閉まっており、今では自分たち二人しか残っていなかった。 「なんで・・・」 「なんでって、彼女が痴漢に遭ったのなら慰めるのが恋人の役目といったところだろう?」 堂上は両手の平で郁のほほを包み込むと、まだ涙がにじんでいる目尻にそっと口づける。 「腹は立ちましたけど、平気ですよ? 男と間違われただけですし」 「平気なわけないだろう。俺の前で強がらなくていい」 「だから、あたしは大丈夫ですって。戦闘職種の大女ですよー変態なんてへっちゃらです」 郁はそれでも、強がりを口にする。 「電車に乗っている人達は大変ですよね。いつ痴漢に遭うかわからないんですから。それに、痴漢にあったのが柴崎じゃなくて自分で良かったです。自分ならどんな男でもたいていのせるし、おびえて萎縮なんてしませんから。それにパンツスーツだから中に手をいれられて、直に触られたわけじゃないですし」 「いーく」 堂上はそんな郁の強がりを一通り聞いた後、いさめるように名を呼び強がる郁の両ほほを両手で覆う。 「強がるなと言ったはずだ。俺はおまえのなんなんだ? 弱音を吐けない存在か? おまえを支えられないのか? 守ってやることはできないのか? 慰めることはできないのか?」 目をそらすことを許さないと言わんばかりに顔を固定され、郁は正面から堂上の力強い双眸を見つめる。 その場にいて守ってやることもできなかったことを悔いるように、傷ついた目をしていた。堂上になんの責などないというのに。 そしてなによりも自分を守ろうとするその優しい双眸に、郁は素直になりたいと思いつつも出始めた言葉は、それでも強がり。 「へ・・い・・・・・」 平気ですってば。とそれでも重ねようとした言葉だったが、郁は自分の両ほほを包む両手に力が入ったのを察し言葉を飲む。 もし逆の立場なら、自分を頼ってもらえないのはつらい。 だが、本当に自分が素直に吐露していいのか、逡巡する。 「いーく」 その逡巡さえ見越したように、名を呼ばれる。 宥めるように。 甘やかすように。 自分だけは何があっても味方だと言うように。 「き、きもち・・・わるかった、です」 かすかに漏れた言葉に堂上はため息を漏らすと、郁を強く抱きしめてその耳元でささやく。 「側にいてやれなくてごめん」 堂上の言葉に郁は首をふるふると振りながら、その背に腕を回してぎゅっと抱きつき、堂上の首の根元に鼻を近づけて、堂上のにおいを肺いっぱいに吸い込む。 ずっと鼻の奥にアルコールのにおいが籠もっている気がして気持ち悪かったのだ。 「これで、上書きできました。ずっとお酒のにおいがつきまとっている気がして気持ち悪かったです」 えへへへと照れながら告げる郁に、堂上は何かを堪えるように息を吐き出すと、その耳元で囁く。 その声に熱が籠もったのは仕方ない。 「いやじゃなかったら外泊だしておけ」 「きょ・・・・」 「においだけじゃない。すべて上書きしたい」 だが、男に間違われたとはいえ痴漢の被害にあったあとだ。 堂上とはいえ触れられることに抵抗を感じるかもしれない。 だから、無理にとは言わない。 郁の気持ちが落ち着くのが先決なのだから。 「・・・・いやじゃないです」 堂上のそんな葛藤など郁は思いもせず、頬をうっすらと染めて堂上を上目遣いで見つめる。 「えっと、教官の方が・・・そのいやじゃなければ」 「あほう、なんで俺が嫌だって思うんだ。むしろ、逆だ」 他の男が触れた後などわすれさせたい。 本当ならば今すぐにと言いたいところだが、まだ会議が終わってないため、堂上は20時にロビーで。 そう耳元出ささやくと郁をぎゅっと強く抱きしめる。 「とりあえず、仮消毒」 ちゅっと軽いリップ音を立てて、口づけを一つ唇に落とすと堂上は立ち上がり、座り込んでしまっている郁の頭を軽くぽんと叩いて、何事もなかったかのように事務室を出て行く。 郁は呆然とその背を見上げていたが、じわじわと身体の芯から熱を帯びていくのをとめられず、真っ赤になたまま小牧が戻ってくるまで口元を押さえた体勢で、フリーズしていた。 その結果、後に堂上がからかわれたのは言うまでもない。 Fin pixiv up 2014/3/26 サイトUP:2015/4/3 |
||