図書館戦争 堂郁 恋人期
『なんで、あんなに堂上二正のこと毛嫌いしてたのに、つきあうことになったのよ』
同期からそんな質問を受けたことを不意に思い出す。
なんでつきあうようになったか。
そんなこと聞かれたら答えは一つしかない。
『好きだから』
それ以外の理由で付き合うはずがない。
もし、違う言葉で表現するとすれば『愛しているから』だろうか。
だが、その言葉は少しまだこそばゆく感じる。
尊敬している・・・だけでは、さすがに付き合えない。
尊敬している人は他にもたくさん居るのだから。
他に付き合ううえで理由があるというのならば、こっちの方が聞きたいぐらいだ。
そう逆に問い返せば、気分でそういう流れになることもあるじゃない。と言われたが、そんな気分だけで交際にまで発展するはずがない。
他人の事にとやかくいうつもりはないが、少なくとも自分にはそういった芸当はできない。
だから、やはり【好きだから】という言葉にたどり着く。
特別に。
誰よりも。
『じゃぁ、いつ好きになったのよ。あんた、二正のことクソちびだの言いたい放題だったじゃん』
『跳び蹴りまで食らわせるし』
『拳骨なんてしょっちゅう喰らっているし』
新人訓練期からしばらくの間、端から見れば犬猿の仲にしかあ見えなかった二人だ。
それが、どういった心境の変化で恋人同士と言われる関係まで様変わりするのか、さっぱり理解出来ない同期達は口々に問いかけてくる。
なぜ、どうして。と。
郁は自分を組み敷く男を見上げて、この人を好きになり始めたのはいつだっただろうとぼんやりと思う。
最初は確かに嫌いだった。
なぜ、親の敵でも相手にするかのように自分だけがしごかれているのか判らなかった。
それが理不尽にしか感じず、ストレートに反発心を抱いてむやみやたらと噛みついていた。
王子様にお礼が言いたい。
憧れて図書隊に入りましたと伝えたい。
目的は揺らぐことは無かったけれど、意地もかなりあっただろう。
いつか、見返してやる。
絶対に負けるもんか。
はじめはそんな気持ちしか無かったはずだ。
なのに、気がついたらその背を追っていた。
拳骨ばかり振り下ろされる手に潜む優しさに気がついたのも、その背を本気で追いかけるようになってからだ。
困った時にはいつも助けてくれて・・・まだ、王子様だって知る前から、何度も王子様みたい。と思った。
見返したかっただけだったはずなのに、いつの頃からか、認めて貰いたいと思うようになって・・・少しでも役に立つと思ってもらいたいという想いから、追いつきたいと思うようになって・・・・
気がついたら、大切な友人にさえも嫉妬するほど好きになっていた。
好きで、好きで、どうしていいのか判らなくなるほど好きで。
誰にも渡したくないと思うほど好きで・・・
前は柴崎が本気で告白してもいいわけ?と聞かれたとき、どきりとした。
その時はたとえごまかしでも、自分には関係ないことだといえたけれど、好きだと認識してからはたとえ柴崎にでも取られたくないと思った。
自分の中にこんな浅ましい想いがあるのかと、思い知らされるほど好きで。
その時初めて「ただ、綺麗なだけではない恋」を知った気がする。
だけれど、見ないふりはできなかった。
あの時は、この想いが届くとは思わなかったけれど。
せめて、部下として傍にいられればいいと思ったけれど。
自分という存在を認めてくれて、誇りに思えるような部下になれれば良いと思ったこともあったけれど・・・・
だけれど、今はもう・・・
「郁?」
隠し切れない・・・隠すつもりもないだろうが・・・熱を帯びた声に名を呼ばれ、自分を見下ろす堂上の双眸を見上げる。
仕事中に見せる強い眼差しとは、別の光を強く浮かべた漆黒の双眸の中には、今は自分しか映っていない。
自分の身体の一部とは思えないほど重く感じる腕を上げて、精悍な頬に触れる。
汗が滲みしっとりと肌に吸い付くような頬をなでるように指先で触れると、堂上は何かをこらえるように目を細める。
たどたどしいしぐさで頬の輪郭をなぞり、そのままゆっくりと後頭部に手を回して引き寄せるように力を入れると、堂上は促されるまま上体を倒してきた。
郁は逆に上体を起すとそのまま目の前にある堂上の唇に自分のをそっと重ねる。
軽く触れる程度に。
触れては離れ離れてはついばむように触れ。
瞼を閉ざさずに、堂上を見つめながら繰り返せば、堂上も瞼を閉ざすことなく郁を見つめながらされるがままになっていた。
至近距離過ぎて焦点等合わない。
それでも、その双眸をまっすぐ見つめながらささやく。
唇越しに言葉を伝えるように、重ねたまま。
「好き」
この想いがゆがみなく伝わるように。
ただ一言に全ての想いを込めてささやくと、堂上は答えを返すように強く抱きしめてくれた。
だけれど、今はもう・・・
この人から離れることなどできない。
なぜ、どうして。
そんな理由など関係無い。
「この人の全てに掴まった」
それが、全てだ。
2012/10/19
Sincerely yours,Tenca