図書館戦争 堂郁 恋人初期の頃ぐらいで
「うわ、さむっ」
課業を終えて外に出るためのドアを開けたとたん吹き込んできた冷たい風に、思わず反射的に呟いてしまう。
ついこの前まで夏の日差しだったような気がするのに、気がつけばもう冬へと季節移り変わっていた。
課業を終えてもまだ明るかったはずの外は、すっかりと陽が沈み太陽の残滓は欠片も残っておらず、闇の帳が降りた上天にはいくつかの星が姿を現している。
冬の寒さよりも暑い夏の方が好きだが、星が綺麗に見える冬の夜空もけして嫌いではないのだが、寒いものは寒い。
「後一ヶ月もすれば年末だ、寒くもなるさ」
少し遅れて隊舎からできた堂上は、寒さなど感じてないといわんばかりに平然とした顔しながら、律儀に郁の呟きに応じる。
今まで自分と同じ暖房の効いた室内にいたというのに、寒さを感じないのだろうか。
まだ冬は始まったばかりで本格的に冷え込みが始まったわけではない。
それでも、冷たい空気に触れている肌はピリピリと痛く感じるというのに。
「きょーかんは寒いの平気ですか?」
はぁと思わず両手に息を吹きかけながら問うと、堂上は「普通だ」と応じるが、その普通というのが今一つ判らず、首をかしげてしまう。
暑いか、心地よいか、寒いか。
まぁ、感覚はそんなに単純なものではないが簡単に言えばそれしか思い浮かばない。
「寒いとは思うが、苦手と言うほどでもない。お前は苦手なのか?」
茨城より暖かいんじゃないのか?と続けられると確かにそうなのだが。
「まだ、東京は実家より寒くはないんでマシなんですけど、元々冬より夏の方が好きなんですよねー」
うーさむ。と呟きながら身を思わず縮めてしまうと、堂上に薄着すぎるんじゃないのか?と突っ込まれてしまう。
「薄着って程じゃないですけれど・・・」
だが、確かに柴崎や他の同姓の同僚達と比べると着込んでいる枚数は少ない。
「柴崎達ほどインナーは着込んでないからかもしれないですけれど。着込むと動きがもたついちゃうのがいやなんですよ。それに、訓練とか警備で身体動かしていると逆に暑くなっちゃいますし。通勤時間も10分しかないんでわざわざその間だけ、ヒートテックとか着るのも時間がもったいなくて」
その程度の距離ならば特別着込まなくても、走ればすぐだし、その間に身体も多少は温まる。オフィス内はほどよく暖房も効いており、身体が冷えることはない。
ただ、底冷えはやっぱりするので、内勤の時などは足下がかじかむのがどうにもならないが。
「でも、嫌いって訳じゃないですよ。冬の空は星が綺麗に見えるので好きなんですけれど」
それでも、やっぱり夏の方が好きだなーと、真っ赤になった指先に息を吹きかけながら呟くと、堂上の柳眉が潜められ眉間にくっきりと皺が刻まれる。
なんでそんなに不機嫌な顔になるんだろう?
と、思わず郁はほよ?と首をかしげる。
今のやりとりで地雷らしい物を踏んだ記憶はない。
普通に、寒いのが苦手な理由を言っていただけのはずだ。
「教官どうしまし・・・」
た。と言う前に堂上の方が不機嫌な表情のまま口を開いた。
「お前、手袋は?」
堂上の視線は真っ赤になっている指先へ向けられていた。
郁は自分の両手をこすりあわせながら、簡単に一言で応じる。
「しない主義です」
「寒がりなのにか?」
きっぱりと言い切った郁の答えに堂上は怪訝な表情をする。
「あたし、すぐに手袋なくしちゃうんですよ」
えへへへと頭をかきながら恥ずかしそうに呟くが、それがどうして使わないに行き着くのかが判らなかったのだろう。
ますます眉間の皺が深くなったので、さらに付け足す。
「買っても買っても、気がついたら片方なくしちゃうんで、もったいないから使うの辞めたって言う次第です」
「両方ではなくか?」
「必ず片方だけなんですよねー」
なんででしょう?いつも一緒に置いているのになぁ。とぼやくと堂上はため息を一つつく。
うわ、小言が来るかなぁ。
だらしないからだとか、決まったところにしまわないからだとか。
身だしなみや整理整頓も仕事の一つだとか言われかねない。
ちゃんと片づけてはいるのだけれど、気がつくと無くなっているのだからしかたない。
そんなことを思っていると堂上はおもむろに自分の手にはめていた手袋を片方だけ外して、郁の方に差し向ける。
意図がわからず郁はじっと手袋を凝視していると、「ほら」と押しつけるように差し向けられ、反射的にその片方だけの手袋を受け取る。
「えっと、教官?」
堂上の左手にはまっていた手袋はその温もりを宿しているため暖かい。
それを握りしめて郁はどうしよう・・・と言わんばかりの視線を堂上に向けると、堂上は軽く溜息をついて
「いいからはめろ」
その指示に意味は判らないがとりあえず左手にはめる。
身長は自分の方が5センチほど高いが、手のひらは性差のせいか堂上のほうが大きいらしく、ぶかぶかだった。
「教官手、大きいですねー」
「普通だ」
ぶっきらぼうに答えながら、堂上は素手の方を郁に向けて差し出してきたが、郁はさらに意味がわからず首をかしげる。
「手」
「手?」
「空いているほう」
なんでそこまで言わなきゃ判らないんだ。
そう言わんばかりの口調に、郁はじっと手を見つめてしまう。
自分よりも大きな手。
時には・・・いや高確率で拳骨が下りてくる確率の方が高いが、時には優しく頭を撫でてくれる手。
自分の手を強く引いてくれる手。
優しく、力強く、時には荒々しいまでに差し伸べられる手を凝視していると、ため息が一つ堂上から漏れ、おもむろに伸びてきた。
と、思ったときには手を握られ、引き寄せられていた。
「きょ・・・・」
きょうかん!?
という、言葉はいきなりの事に出てこない。
引っ張られた手はそのまま堂上に握り締められて、ポケットに無造作に突っ込まれた。
「ここ基地内ですよ!?」
いきなりの事に思わず叫んでしまうと、堂上はぶっきらぼうな口調でそれがどうしたと言う。
「いや、それがどうしたって・・・だって、皆が・・・」
見てます。
と、おそらく顔だけじゃなく耳や首まで真っ赤になっているだろうと思いながらボソボソ呟いてしまう。
陽はすっかりと落ちて暗いから、傍目には顔色など周囲の人間は判らないだろう。
だが、今はちょうど一番帰寮する人間が多い時間帯のため、色々な人が横を通過ぎてゆく。
そのたびに、ちらちらと視線を感じる。
自分と堂上の上に。
そして、堂上のポケットに入っている自分の手を皆、見て行っている。と思うのは過剰反応か。
「業務は終わっているんだ別にこのぐらい構わないだろう」
「いや、確かにそうなんですけれど・・・」
だが、視線が痛いと思うのは気のせいか。
「それともなんだ、お前は俺と手を繋ぎたくないのか?」
むっつりと不機嫌そうな口調で問われると、反射的にそんな事は無いと大声で返してしまう。
その瞬間、周囲を歩いていた人達が皆足を止めて何事かと言わんばかりに振り返ってきた。
しまった、と思った時には、「こんな所でんな大声出すな!」と堂上に言われる。
手が空いていたらゴツンと拳が落ちていたかもしれない。
が、運良く片手は堂上に繋がれていたため、拳骨が落ちてくることはなかったが、代わりにその場からさっさと離れるぞと言わんばかりに歩みが早くなる。
歩く速度は変わらないが、急に早まった速度に思わず引きずられるように歩いて行く。
それは、寮へ向かう方向ではなく・・・・
「きょ、教官、どこへ行くんですか?」
「外だ」
「外?」
なにゆえ外にいくのか?
「飯」
「飯?」
「夕飯、食いに行くか?」
ぴた。と立ち止まって問いかけられる。
時間的にはまだ食堂も余裕で間に合う。
だが、ここのところ忙しくて一緒に過ごせる時間が少なかった。
これから、年末に向けてますます忙しくなる。
そうなれば、必然的に堂上は残業が続きこうして夕食を共に出来るきかいもぐっと減る。それどころかプライベートの時間すらほとんどないかもしれない。
「いいんですか?」
「たまにはいいだろう。これから忙しくなるからな。デートどころじゃなくなる。クリスマスも悪いが仕事だ」
付き合い初めて初めてのクリスマス。
世間一般では重要な恋人達のイベントだろう。
だが、図書隊に属していてそんな世間一般的な行事が普通に過ごせる訳がない。
20日から年末の閉館にむけて公休も一日あるかないかという、ハードスケジュールが待って居る。
それは、既に図書隊として数年勤務していることなのだから、改めて言われなくても判っていることだ。
まして、同じシフトで働いているのだから。
「あたしだって仕事なんですから、教官がそんな申し訳なさそうな顔しないでください。それに、同じ日を同じ場所で過ごせればあたしは十分です」
さらに、その日は月に1回か2回しかない夜勤の日となっていた。
仕事で甘い雰囲気にはなりようがないことは判っているが、クリスマスの夜を仕事とは言え一緒に過ごせるのだから、郁にはそれで十分だった。
「そう、可愛いことを言ってくれるな」
マフラーに顔を埋めるようにして言われた言葉に、郁はぎょっとして堂上を見る。
「ばか、だだ漏れだ」
「で、でも本心ですから!あたしはこうして教官と一緒に居られればそれで十分です」
もう冬の寒さなど感じられないほど、顔が熱い。
自分で何を言っているんだろうと思わなくも無いのだが、それが紛れもない本心だ。
色々とあり得ない事をしまくって、玉砕覚悟で告白をして、それが叶っただけで夢のような話なのだから、これ以上望んだらバチがあたるものだ。
もちろん、憧れないわけではないのだが、そんなことよりもこうして隣に立つことが出来て、一緒の時間を過ごせればそれ以上に言う事はない。
「あーもういい。もうそれ以上言わなくてもお前の気持ちは判ったから」
「え、もしかして・・・・まただだ漏れですか?」
うーと呻きながら上目遣いに問うと、堂上は何も言わずに手袋をしている方の手を伸ばして頬に触れてきた。
いつものように指先の温もりが頬に触れることなく、手袋越しのそれが少し寂しく感じたが、頬に触れた手がそのまま後頭部に回ってぐいっと引き寄せられた。
と、思った瞬間唇に熱く感じる温もりが触れる。
え?と思った時には反射的に身を引いた。
だが、その行動を先に読まれていたかのようにしっかりと後頭部を押さえ込まれ、さらにポケットの中に入ったままの手を強く握り閉められ、それだけで身動きが取れない。
「きょ・・・・んっ」
こんな所でいきなり何をするのか。
そう問いたい。
いくら、基地から出たとは言え人通りがちらほらある通り誰か知り合いに見られたら、そう思うと落ち着かない。
時間にしたらたいした事は無い。
いつもするようなキスとは違って触れるだけの柔らかい口づけ。
ちゅっと微かな音を立て離れる。
「きょ、教官!?」
「なんだ?」
真っ赤な顔で叫ぶと堂上は、何事も無かったかのような顔で逆に問いかけて来る。
「なんだじゃないですよ!ここまだ道路ですよ!?」
人だってまだたくさん通っている。
かろうじて基地の人間は視界に入らないが、帰宅する人達がチラチラと自分達をみているというのになぜ、いきなりキスなんてするのか。
「煽るお前が悪い」
ぶっきらぼうな口調で告げられた言葉に、思わず二の句が続けられなくなる。
煽った覚えなどどこにもない。
どこをどう取れば煽ったと言えるのか。
「自覚のないそう言う所が可愛い所だよ」
「だから、どこがですか!?」
「いいんだ。俺が判っているから」
「一人で納得しないでくださいよ!」
時々堂上の言う事が判らない。
自分のどこをどうとれば可愛いという表現が適用されるのか。
生まれて20数年。このかたそう言った類の事を他人に言われた事がない。
自慢にもならないがそれが事実だ。
郁の頑なな主張に堂上は苦笑を浮かべながら、ポケットの中で繋いでいた手を離し、腰に手を回す。
いきなり背・・・というより腰に回された腕に郁はフリーズしてしまう。
促されるまま歩き出すが、密着度がさらに増している・・・というより、抱き寄せられるように寄り添いながら歩く形になり、寒さを感じている余裕などもう欠片も残っていない。
抱き寄せられる腕の中でかちんこちんになっていることももろに伝わっているのだろう。
堂上はさりげなく腰から手を離すと再び手を掴み、自分のポケットの中に引き入れると、何も無かったかのように郁に何を食べたいかと問いかけて来る。
「・・・・・な、なんでもいいです・・・」
そう答えるのが既に一杯一杯だった。
そんな事もバレバレだろう。
「なんか、あたしばっかり一杯一杯でずるい・・・・」
思わずぼやいてしまう。
経験の差と言ってしまえばそれまでだが、あまりにも余裕のある堂上に悔しさを感じてしまう。
「俺もかなり一杯一杯だけどな」
嘘だ。そんなはずがない。
どこをどう見ても余裕綽々って感じだ。
「見栄ぐらい張らせろ。お前より五つも年上なんだから」
「見栄張っているんですか?」
「何度も言わせるな。お前に関してはけっこう俺も一杯一杯だ」
どこが?と思う。
どう見ても一杯一杯な感じはしない。
「少しぐらい慌てふためく教官見てみたいです」
拗ねるように呟くと、堂上は苦笑を浮かべ何かを呟く。
だが、その時タイミング悪く直ぐ傍を大型のトラックが走り抜けていった為、堂上が何を呟いたのか聞く事が出来なかった。
「教官? 今何を言ったんですか?」
だから、再度聞き返してみると堂上は一度黙り込んで視線をこちらへと向けると、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべて、口を開いた。
「お前が鈍いヤツで助かっているよ。って言ったんだ」
「え!?それってどういうことですか!?」
見事にはぐらかされた。
その場に誰かいればそう突っ込みを入れただろう。
堂上の言葉に上手く誘導され郁の意識はその一言に奪われ、それからレストランにたどり着くまで、ひたすら食って懸かるのだが、見事に堂上にあしらわれる結果になったのだった。
手を繋いだまま。
2013/02/08
Sincerely yours,Tenca
書いたのは夏の日付でした。
初頭になったらupしようと思ってすっかりと忘れてました。
初冬どころかもう立春すぎているし・・・
時期はずれといえば時季外れだけれど、
まだ寒いし手袋必須の季節と言えば季節!