愛とお袋の味



ここは、ワーランドといわれる不思議な世界。そこにふいに招かれてしまった藤原芽衣は本日も元気に飛び回り、楽しい毎日を送っている。
望郷の心は消えないが、ココはココでしか味わえない生活を思いっきり楽しもう♪そう思っているせいか、はたまた、もともとも一箇所にじっとしていられない性格のせいか、この世界での保護者が出す課題がいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも・・・・・後回しになってしまうって言うのは・・・・まぁ、ご愛嬌と言っておこう。
その夜締め切りギリギリ何とか間に合った課題を提出して、小言を食らわないうちに自室に戻ろうとしたメイはふと足を止める。キールが珍しく咳き込んでいたからだ。
「キール風邪?」
「たいした事はな・・・・っげほ」
 そういいながらもキールは再び咳き込む。風邪引き男は色っぽいと言うが・・・・キールの場合祖の仏頂面がその色気とやらが半減させているような気がする。せっかく整った顔立ちをしているのにもったいない・・・・と思わずにはいられない。これが殿下なら言葉どおり色っぽいんだろうなぁ・・・とか思ったりするメイ。
「いっつも遅くまで研究なんかしているからだよ。今日は早く寝たほうがいいよ。お薬とかもらってこようか?」
 なんだかんだ小言を言いつつも、この世界での保護者である。具合が悪いなら面倒ぐらい見てやらないとね♪なぜか鼻歌交じりの陽気さで考えたのが伝わったのが、キールはまるで犬や猫を追い払うように手を払う。
「構わなくていい。どうせ明日には治っている」
「あたしは犬や猫じゃないツーの。まぁ、悪化させないように気をつけてねぇ」
 再び分厚い書物の束に視線を落として、外界を遮断してしまっているキールに無駄だと思いつつもメイは、一言だけ言い残して部屋を出て行ったのだった。

 そして翌日。
「―――――すぐに治るんじゃなかったの?」
 年寄り並みに朝の早いキールが起きてこないことを不審に思ったメイが、部屋を訪ねると見事にキールは熱を出して寝込んでいた。
 どうやら、文句を言う気力すらないようだ。ふいっとメイから視線をそらせる。
 メイも病人にあれこれ言うつもりはない。
 さて、どうするか・・・・十中八九キールの風邪は過労が原因だろう。それと、今は季節の変わり目。余計に風邪を引きやすくなって当然だ。治癒魔法では過労などと言った疲労関係まで効くほど万能ではなかった。
 まぁ、全ての病気や怪我に治癒魔法が聞くなら、この世界に病死などと言った死因はなくなってしまうが。
 さて、どうしようか・・・・
 メイはしばらくキールを見下ろして唸り声を上げる。
 自分が風邪を引いたのはかれこれ何年前だったか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと、すぐには思いつかなかった。まぁ、昔から健康優良児なのだから当然かもしれない。異世界に存在するであろう病原菌も、どうやらあまり影響はなさそうだ。自分の健康に思わず拍手喝さいを送ってやりたい。
「ご飯はどうする?」
「・・・・いらない」
 掠れた声でぼつりと一言だけ返ってくる。これはかなり重症だ。体温計などないからどのぐらいでているのか判らないが、39度は超えているんではないだろうか? ちょっとやそっとの熱でキールがダウンするとは到底思えない。といっても39度がどんなものなのかメイには判らなかったが。
「この世界のビョーニンショクってなんだろう?」
 とりあえず、看病する側のセオリーとして洗面器に冷たい水を張ってタオルをぎゅっと絞ってキールの額に落とすと、ふむ。と考え込む。
 元の世界でもろくに風邪を引いたことのないメイだったが、やはりこの世界に来ても風など引いたことがない。そのため病人食などお目にかかったことがないため、どんなものなのか今ひとつ・・・いや二つぐらいわからない。そもそも見た事がないのだから当然かもしれないが。
「やっぱり病人食っていったらおかゆは外せないわよねぇ。それと、おかかと梅干し!これはおかゆにはつきものだよね♪ 飲んだ事はないけど玉子酒もいいらしいし。よぉ〜〜し、ここはメイさんが一肌脱いで、望郷の味!お袋の味をキールに食べさせてあげよう!!」
 ガッツポーズを作って楽しげに宣言したメイの言葉をキールが聞いていたら、即座に丁重に遠慮したかもしれないが、あいにくとキールの意識は朦朧としていたので、メイがなんでガッツポーズをしていたのか、いくら優秀な頭でもわからなかった。
 だが、ココで問題がでてくる。
 キールのために病人食メニューの献立は「おかゆと玉子酒、梅干しおかか付き」を作ろうと、市場まで出てきたのだが、いかんせんここは異世界。メイの世界に似ているとはいえ、すべてがそっくりそのまんまなわけではない。
 まして、メイが作ろうとしているのはメイのいた世界でもごく一部の地域『日本』と言う国で作られた献立だ。ワーランドにあるわけがない。
「せめて、お米・・・お米に似たようなのはないかな???」
 きょろきょろと、目を皿のようにするがパンはあっても米はなかった。当然梅干しもない。手に入ったのは卵だけだ。
 どうしよう・・・・だが、途方にくれそうになったメイにポンと誰かが肩を叩いた。
「メイ、お買い物ですの?」
 この国クラインの第二王女ディアーナ姫である。
「あ、ディアーナ。あのね、お米売っているところってしらない?」
 はたして、王女であるディアーナがどこに何が売っているのか知っているのか疑問は多々残るのだが、メイはそんなことに気が付くこともなくディアーナにたずねる。
「おこめ・・・ってなんですの?」
 売っている場所云々の前に存在そのものを知らないディアーナ。
「やっぱり、こっちにはお米がないのかぁ」
「メイ?なにか足りなくてお困りですの? わたくしでよろしければお手伝いいたしますわ」
「う〜〜〜ん。お米ってあたしがいた世界の食材なんだよねぇ・・・・」
「まぁ、メイが居た世界で使われていた食材ですの?」
 メイの世界の話を聞くことが好きなディアーナは興味心身に目を輝かせる。一体それはどんな形をしていて、どんな味なのか。ぜひ一度は食してみたい。
「あたしのいた世界の主食で、小さな白い粒で、生だと硬くて食べられないんだけど、煮炊きをするとほこほこで美味しいんだ〜♪ もちろんご飯にはね味噌汁がつきものなの。味噌汁って・・・こっちの世界で言うところとのスープみたいなもんよ。漬物は・・・・保存食ね。これが、ご飯にあうんだ!
あ・・・こっち来てからご飯食べてないからなんか、すっごく恋しいかも。味噌汁とご飯とお漬物お腹いっぱい食べたい〜〜〜〜!!」
 探す趣旨が変わってしまっているが、メイは思い出して地団太を踏みながら食べたい!と大通りでわめく。通り過ぎる人間がちらほらと視線を向けるが、メイは気がつきもしないし、いつも人に見られているディアーナもまた気にしなかった。
「まぁ、美味しそうですわ。
 わたくしもメイの世界のゴハンとミソシルとオツケモノというのを頂いてみたいですわ。一体どのような味なのかしら?」
 ほう・・・・と憧憬の溜息を漏らしながらディアーナも呟く。一体彼女の頭の中ではどんなものが浮かび上がっているのか判らないが。うっとりと夢を見るかのように頬を赤く染めて、目を潤ませて溜息をつく。まるで、恋する乙女であった。
「でも、こっちの世界だと味噌もご飯もないんだよねぇ・・・・・漬物ぐらいなら作れるかなぁ?塩があるんだから塩もみぐらいならできるか。でもやっぱりお漬物にはご飯と味噌汁がないとねぇ〜しまりが悪いって言うか、つまらないって言うかー」
「わたくしもぜひ、食べてみたいですわ」
 おかゆを作るために米を探していたと言うのに、すっかりと当初の目的を忘れているようなメイ、あっちへふらふら、こっちへふらふらしながらお米を探す。が、当然あるわけがない。おそらくこの世界には存在していないのだろう。
「どこかに、代わりになるような食材はありませんの?」
「さっきから見ているんだけど、ないんだよねぇ・・・・・」
 この市場はクラインで一番大きな市場であり、ココで買えないものはまずないというぐらいの品揃え豊富だ。ここにおいてないとすれば、今の季節取れないものぐらいだ。
「残念ですわ。ワーランドにあるものでしたらクラインにはなくても、お兄様に頼んで取り寄せてもらえますけれど、メイの世界にあるものを取り寄せる事は、お兄様でも無理ですもの」
「そうなんだよねぇ。いくら殿下が優秀でもさ、あたしのいた世界のものを取り寄せられるわけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 メイはしばし瞠目したあと、ぽふ!と手を叩く。そうだ、この手があったのだ!一番手っ取り早い方法をすっかりと忘れていた。灯台のもと暗しとはよく言ったものだ。
 一人納得したようなメイに対しディアーナは分けがわからず首をかしげている。
「何か思いつきましたの?」
 メイはにんまりと笑うだけで、答えは言わない。何せ成功率が低いから。
「うまく出来たらディアーナにもおすそ分けしてあげるー」
 間違っても王女様に「おすそ分けしてあげる」なんていうような人間は、クラインにはいないがやはりここは普通の女子高校生メイ、身分も減った暮れもなく学校の友達に言うようなのりだ。そして、ディアーナも気にするようなことではなかった。
「楽しみにしていますわv
 でも、どうしていきなりメイは食材を探していたんですの? それもメイの世界の食材探しだなんて・・・・・もとの世界に戻りたいと思っているんですの?」
 望郷の念が無いとは思わないが、こちらの世界に残ると決めたメイが、自分にいた世界に帰りたいといいだしたらどうしよう・・・・と思ってしまう。兄もとても悲しがるだろうが、無二の親友ともいえるべきメイがいなくなるのは、ものすごく寂しかった。
 だが、そんなディアーナの思いとは逆にメイはあっけらかんと答える。
「ん?キールが風邪を引いているから、あたしの世界の病人食を食べさせてあげようと思ってね♪ ほら、病人にはびょーにんしょくが欠かせないでしょ? あたしこっちの世界の病人食知らないしさー。よし!こんやは猫飯だわ!」
 おかゆと玉子酒と言う案はどこに消えたのか・・・・・メイはガッツポーズをして声たからかに宣言すると、味噌汁の具を買わないといけないからと言って、ディアーナを置いてその場を後にしたのだった。
「まぁ・・・キールが風邪ですの!?
 お見舞いに行かなくちゃなりませんわ!」
 寝耳に水といわんばかりに、キールの新情報を手に入れたディアーナは、そのまま研究院に一直線に駆け出しそうになったのだがふと足を止める。
「お見舞いにはお花ですわ〜〜〜〜!!!」
 その前にいくらなんでも手ぶらではいけないと思い立ったディアーナは、急いでお城へと戻っていったのだった。

 さて、メイは味噌汁の具になりそうな野菜を購入し、いそいそと研究院の自室に戻ると、左右の確認をする。もともとココは倉庫として使われていただけあって、人の通りは少ない。それでも確認をすると。「よし」と呟いてドアをしっかりと閉める。
 そして、呪文を思い出しながら必死になって念じる。
 ――お米と、味噌、お米と味噌お米と味噌お米と味噌・・・・・・・・・・・・・・・・エンドレス
「出でよ!お米と味噌!!」
 なんだかしまりにかけるなぁ・・・と思いながらも叫ぶと、目を射ぬくような光が室内にあふれ、ほんの一瞬後ざらざらざらぁぁぁぁぁぁぁぁぁと何かが零れ落ちるような音と、メイの叫び声が響く。
「わきゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!った!」
 ざらざらざらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁのあとにゴン!!と重たげな音もおまけと言わんばかりに響いた。
「ったいよぉ〜〜〜〜〜〜」
 頭を両腕で抱えて涙目でうめくメイは自分の周囲を見てポリポリと頬をかく。
 どうやら、召還は成功したようだ。以前乾電池を取り出せたのだから、お米も味噌も取り寄せられると思ったのだが・・・・・だがしかし・・・・・・あたり一面米粒で覆われてしまっている。
 床の上に座り込んでしまった膝の上には、15センチ四方の袋に収められた味噌がちょこんと乗っていた。
「なんで、むき出しのまんまなのよぉ〜〜〜〜」
 精米されているのがせめてもの救いだろうけれど。
 メイはとりあえず床の上に散らばっているものをかき集めて・・・・これが、どこから取り寄せられたものかなんて深く考えまい・・・・布袋に詰め込むと、厨房へといそいそと向かった。時間が時間帯だからこの時間の厨房内は戦争中のように忙しなく、数人の人間が動いているが、メイはその中の一人中年のおばさんに声をかける。
「あ、おばちゃーん、おなべ二つと蒔きちょっと分けてもらえる?」
 リズムよく野菜を切っていたおばさんは顔を上げると、メイの抱えている袋に視線を落とす。
「めいちゃん、なにするんだい?」
「キールが風邪で寝込んでいるでしょ? だからね、病人食を作ってあげよーって思ってね」
 メイが異世界から召還されてしまった娘ということはしらないおばさんは、メイのことをキールの親戚筋かなんかかと勘違いしている。そのため、この院の中での保護者となっているキールを気遣うメイの優しさにほろりと涙を浮かべた。
「えらいねぇ・・・・いいよいいよ、鍋でも何でももっていきな。
 食材は足りてるんかい? 風邪はね万病のもとって言うから滋養のあるものをターンと食べさせてあげなさいよ。あの緋色の魔道士さまはちと身体が弱そうに見えるからねぇ」
 そんなことはけしてないとは思うのだが、いつもいつもいつもいつも・・・・エンドレス。部屋に閉じこもって研究をしているとはたから見れば、十分に軟弱と思われるのかもしれない。
「なにか、困ったことがあったらすぐに言ってくれよ。手伝うから」
「ありがとー、おばちゃん」
 鍋に食材とまきを入れると、メイはいそいそと裏庭へと足を運ぶ。日暮れも迫った裏庭には人影などまったくなく、秘密のキャンプファイヤーをしている気分になる。
「んふふふふ・・・・・・なんだか、キャンプで自炊しているみたい。一人で準備って言うところが寂しいけど。でもまさかディアーナにこんなことやらせるわけいかないしね」
 さすがに王女様に自炊させるのは無謀のきわみだろう。
 その辺で手ごろな石を拾って風除けを作ると、木の棒をうまく使って鍋を引っ掛け、魔法で火をおこして水で洗った米と、適当に水をじゃばじゃばと鍋に注ぐ。んでもってふたをしておしまい。あとはぐつぐつとにえればオッケイなはずである・・・・・多分。ちなみに分量など何も量っていない。全てがメイのカンであった。
 続いて、もう一つの鍋で水を沸かして味噌汁を作り始めたのだった。
 




 数十分後

 そして、出来上がったものは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「まぁ、いいか。やっぱり病人食の基本はおかゆよねぇ〜〜〜♪」
 原形をとどめないぐらいにでろでろになった鍋を見てメイは、ぐりぐりと鍋の中身をかき混ぜながらにこやかに告げる。もともと、おかゆを作ろうとしていたんだし、人間初心が大切よね。初志貫徹って言うし。と誰に言い聞かせているんだかわからないまま、それをおわんに注ぐ。
 ボトン・・・ボトン・・・・となんだがすごい音を立てておわんの中に落ちていくが、メイはあえて気にしない。原料は米と水なのだ。お腹を壊す事はない・・・・はずだ。
「やっぱり、梅干しも召還しておけばよかったかなぁ・・・・味なんてないし・・・食べにくいよねぇ・・・このままだと。よし、おかゆの猫飯にしよう」
 もし、誰かがこの場にいたら止めさせたかもしれない・・・・いや、間違いなく止めさせただろう。このままでは謎の物体Xになるだけだ。だが、このときメイの傍には誰もいなかったし、いたとしてもメイにこれが自分の世界の病人食だ!と言い切られれば誰も文句はいえない。
 でろでろの・・・まるでただの糊とかしたおかゆもどきの中にメイは、熱々の味噌汁を注いで、ぐりぐりとかき混ぜる。
「なんだか、いい具合に混じって、素敵な色だわ」
 乳白色の茶色と化した物体に視線を落として、にっこり微笑むと、メイはスプーンを携えてるんたった♪と鼻歌を歌いながらキールの部屋へと向かったのだった。





「で・・・・・?」
 一日ゆっくりと寝ていたせいか、だいぶ容態のよくなったキールは、目の前で鎮座する物体に視線を落としたあと、メイを睨みつけるように視線を上げる。
「メイさん特性の病人食v ばーい、お袋の味バージョン♪ これを食べればすぐに元気になること間違いなしさ!」
 っていうより、食中毒になるんじゃ・・・・・と再びその、乳白色をした茶色の物体に視線を落として思うキール。
 匂いからしてなんとも表現しがたいものだ。生まれてから一度も嗅いだことのないものに、ねばねばとやたらと粘着質を帯びたものが沈んでいる。はたして、これは人間が食べるものなのだろうか・・・・・
 スプーンを手に持ったまままったく食べようとしないキールに、メイは横から手を伸ばすとキールからスプーンを奪ってしまう。
「やっぱり、病人にはおかゆとこれがつきものよねぇ〜♪」
 というなり、メイはスプーンでその謎の物体を掬うと、キールの口元に運びそれは楽しげに一言「あーん」と言ったのだった。それが、どんな意味かぐらいはもちろんキールとて知っているが、だからといって素直に口をあけるわけがない。
 ぷいっと顔をそらせてしまうが、それた口元にメイは、再びスプーンを寄せる。
「あーんだってば!」
 頑なに口を閉ざすキールにメイは、大声を上げるが、キールがそれで素直に人の手から食べるわけがない。
「自分で食べれる」
「ええ! あたし一度やってみたかったんだからやらせてよ!」
 どうやら、看病をするというよりも今まで一度も経験した事のなかったことが、ただやりたくて仕方なかったようだ。つい本音がぽろりと漏れる。
「俺はお前のおもちゃじゃない」
「ひっど〜〜〜!人が心配してせっかく作ったのに!人の努力を無駄にする気!?」
「こんな得体の知れないものを食べる人間がいると思うのか。
 そもそも、この食材はどうやって手に入れたんだ?僕は見たことがない」
 ジロリとめがね越しに睨まれ、メイは思わずひるむ。むやみやたらと召還術は使うなと言われていたのだ。一体ナニがどんな形で召還されるか判らないのだ。下手をすれば大怪我を追うことさえもあるのだから、禁止令が下っていたと言うのに、メイはそれを無視して施行したのである。
 言わなくても判っているのだろうが、追求するような視線にメイは思わず言葉を濁そうとするが、ここでひるんだら負けである。
「人がせっかく苦労して、故郷の味に似せたものを、すてるっつーの!?」
 眉尻を吊り上げて喚くメイ。どうやって手に入れたかなんてあえて答えない。誤魔化そうとするメイの思惑など手に取るように判るキールは、さらに追求しようとするのだがあっけなく第三者の介入によって邪魔されてしまう。
「そーですわ! メイがせっかく作ってくださったのですわよ!今日一日食材探しに費やしていたんですのよ!ちゃんと食べてあげないと可愛そうですわ!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・それが、メイの世界の病人食ですの・・・・・?何だか、とても身体に悪そうな・・・・いいえ、いかにも効きそうな色ですわね・・・・・」
 ドアがバン!と勢いよく開くなり、この部屋には異色とも言えるような華やかな色合いの髪が部屋に広がる。ついでに王女様の付ける香水の香りも、この部屋には似合わなさ過ぎた。が、そんなこと誰も気にしない。少なくともこの場にいた三人は。
「姫・・・・なぜ、貴女がココに?」
「メイからキールが風邪で寝込んでいると聞きましたの。ですからお見舞いですわ。わたくし、シオンに頼み込んでお花を頂いてまいりましたの。病人の部屋においても匂いのきつくないものを選んでいただきましたの。鎮静効果があってとってもよい香りらしいですわ」
 ディアーナは両手で抱えきれないほどの花束をキールに見せる。
 内心、また余計なことを・・・・と思わずにはいられない。あの、おちゃらけた自分の上司は筆頭魔道氏というよりも王室お抱えの園芸士といったほうがいいぐらいに、王宮の草木植物に心血を注いでいる。その花を切ってよこせと言ったディアーナもさすがだが、その原因を作った自分が、この後どんな難題をふっかけられるかと思うと・・・・下がり始めてきた熱が急上昇するような気がしてくる。
 鎮静効果のある香り?それは貴女が来ないほうがよっぽどその作用があります・・・・といいたかった。
「まぁ、キール顔色が悪いですわよ。
 はやくメイ特性の病人食を頂いて休んだほうがいいですわ」
「そーだよ。病人はご飯を食べてあったかくして寝るのがいいんだから! 早く食べて寝る!!」
 ステレオ放送で言われ、甲高い少女達の声が風邪でヘロヘロになっている脳みそに突き刺さる。出来れば病人の耳元で騒がないで欲しい・・・・と思ってもこの二人には言うだけ無駄と言うもの。
「いらない。俺はもう寝るからお前はそれを下げてくれ。
 姫も大丈夫ですから、早く城に戻ってください」
 そういって布団をばさりとかぶってしまうキールに、メイはしばらく考え込むそぶりを見せるがキールは気が付かない。なにせこれ以上二人に付き合っていたら直るものも直らなくなる。だが、そんなことメイに伝わるわけがなかった。 
「なんなら、ディアーナに食べさせてもらう? 王女様に食べさせてもらえる機会なんて、そうめったにないよ。そーれーにー、未来の奥様に看病してもらえるんだから、キールだって幸せでしょv
 あたし、その間にディアーナにも食べさせてあげるって言ったもん作ってくるからさ♪」
 ないす・ぐっど・あいでぃあ〜♪と呟きながらぽんっと手を叩くメイに、キールが反論するよりも先にディアーナが口を開く。
「わたくし、ご覧の通りいたって健康ですもの。病人ではありませんから、その病人食だけは辞退させていただきますわ・・・・・・・・・」
 ちらり・・・とメイの抱えるおわんに視線を落として、あわてて露骨に目を逸らして、兄に勝らずとも劣らない見事なロイヤルスマイルを浮かべて、控えめに遠慮を訴えるディアーナに、メイは手を軽く振ってケラケラと笑う。
「これじゃないよ。ふだん、あたしが食べていたもの持ってくるからさ。一緒に食べよ?
 気に入ってくれるといいなー。素朴な味なんだけど、それがいいんだ♪」
 といわれても、病人食が病人食だからとても食べてみたいと言う気にはなれない・・・・・ディアーナはどうやって辞退しようと頭をめぐらせている間に、メイはさっさとおわんをディアーナに押し付けると、今からとってくるねぇ〜と鼻歌を歌いながらキールの部屋を出て行く。
 おわんから漂ってくる独特な匂いに、ディアーナは思いっきり顔をそらせてしまうが、考えてみればクスリとは舌に合わないものである。それを考えれば、このなんとも表現しがたい物体も身体にいいのかもしれない・・・・・・・・少なくともこの粘着質じみた、流動物は消化にはよさそうである。
「キール、召し上がってください。せっかくメイが作ってくださったんですのよ? この世界には無いものを作るのはとても苦労したと思うんですの。いくらなんでも捨てるのはメイが可愛そうですわ」
 確かにメイの顔がすすで汚れていたり、手に火傷の痕があったりとしたのに気が付いていたキールとて残したり捨てるのは悪いとは思うのだが・・・・やはりその「オカユ」とやらには手をつける勇気がもてない。
「きっとメイもこれを召し上がっていらっしゃるから、あんなに元気なんですわよ。効果はすでに実証済みですわ。何も心配する事はないと思うんですの」
 確かにそういわれれば、そうかもしれない・・・・・だが・・・・・・・・・・・・
「身体によく効く薬は苦いものと相場が決まっているとわたくし聞かされてきましたわ。わたくし、子供のころがんばって苦い薬を飲んだの覚えておりますもの・・・ですから、このメイが作った病人食が独特な風味をもたらすのも、そのせいですわ」
 ということは、自分の目だけではなくディアーナの目にもそれが、どう見てもおいしそうには見えないということだろう。
 キールは諦めたように溜息をつくと、ディアーナからおわんを受けとうろとしたが、それをディアーナは不意と遠ざけてしまう。
「姫?」
 不審に思って見上げるとディアーナはにっこりと微笑を浮かべて、
「せっかくなんですもの。わたくしが食べさせてあげますわ。いやだなんて、いいませんわよね?」
 にっこりと・・・それは見事と言うしかないほどの微笑を浮かべて言うディアーナにキールは、「姫にそんな事はさせられません。自分で食べます」と言い張るのだが所詮は無駄なことで・・・・・・・
 幸せそうな笑顔を浮かべてキールにスプーンを薦めるディアーナの姿と、しぶしぶとながらそれを口に入れるキールの姿を、たまたま、キールの部屋に用事があった魔道士にしっかりと見られた事はあえて言う必要がないかもしれない。



 さて、そのころメイはほこほこに炊き上がったご飯を一口味見して、おいしーと笑顔を零す。おかゆはでろでろになってしまい原型が留まらなかったが、こっちは向こうで食べていた時のようにほっこりと炊き上がった。
「これなら、ディアーナも大丈夫」
 お味噌汁もうまく出来たし♪ 塩もみもいい具合の塩気があって絶妙だわvと笑みがこぼれっぱなしだ。やっぱり何事も二度目で成功するもんよねーと呑気に言い放つ。
「それが、君の世界の主食なの?」
 なぜここに?と思ってしまうほどの絶妙なタイミングで、皇太子殿下が背後からメイの手元を覗きこんで問いかける。
「殿下!なんでここにいるの?」
「セイルと言ってくれと頼んだはずなんだけどな?」
 にっこりロイヤルスマイルを浮かべながら、メイの質問には答えず要求を突きつけてくる皇太子に、メイはうっと顔を赤らめながらもいまだ言い馴れない名を口にする。
「セ・・・・セイル、何でここにいるの?」
 真っ赤になりながらも自分の要求どおり名前を呼んでくれた事に満足げな表情を浮かべると、セイルはメイの質問に漸く答える。
「ディアーナから、君が自分の世界の食材を使って作った料理をキールに食べさせると聞いたから、ご相伴に預かろうかなぁと思ってね。話には聞いたことがあるけれど、中々君の世界の料理も興味深いし。
 なにをつくったんだい?」
 にっこり浮かべられた笑顔に、メイもつられてにっこり。
 大好きな人が自分の世界の食べ物に興味を持ってくれる事は嬉しいものだ。たとえ食べ物でなくても、思い出の中にしかない世界の事を気にかけ、一緒に楽しみながら話を聞いてくれるセイルがとても好きだった。
「んじゃ、セイルも食べる? あのね、おにぎり作ったの。これがあたしの世界の主食のお米。これをね、こうして手のひらに適量に載せて丸めて形を整えたものをオニギリって言うんだ。携帯に便利で遠足とかに持っていくの。こっちが、スープ代わりの味噌汁。でもって、これはご飯のお供のお漬物v
 これにあとはイロイロとおかずが付くんだけど、まぁ、この三点は欠かせないってこと。たいてい食卓にはご飯とお味噌汁とお漬物は毎日付くんだ」
「ふ〜〜〜ん、どれどれ?」
 キールのときとは違って殿下はさっくりとメイが持っているおにぎりにそのまま顔を寄せてぱっくりと食べる。特別変なにおいもしなければ形にも異様なものは無いため、戸惑うそぶりも見せずに口の中へと運ぶ。
「ど?」
 大きな目をきらきらと子供のように輝かせながら問いかけるメイに、殿下はとびっきりのロイヤルスマイルを浮かべて感想を述べた。
「甘みもあるけど塩味が聞いているのかな? なかなかこっちではない味付けで素朴な感じだけど、美味しいよ」
 お米をまずいと言う人間はまずいないだろう。問題は味噌汁のほうである。
「こっちは、君の世界のスープ?なんか、独特なにおいだねぇ」
「そっかな? これはね大豆って言う豆を発酵させて作った味噌をお湯で解かせたもんなんだ。出汁入り味噌で助かったよ。こっちの世界には、昆布も煮干もないんだもん。具はねイロイロあうよ。おいもでしょー、お豆腐でしょ、わかめにキャベツに、なめこ。それから、油揚げに・・・・・」
 と指折りに数えていく。メイがこんかい味噌汁に入れたのは、こちらの世界で手に入ったキャベツと玉ねぎのようなものだ。
「はい」
 にっこり手渡されたものを反射的に受け取った殿下。さすがに、ご飯の時のようにすぐに口をつけようとは思わない。なんともいえない独特なにおいに、思わず笑みが凍りそうになるのだが、期待満面な笑顔を浮かべているメイを見て殿下は、悟られないように恐る恐る口をつける。
 城の者がみたらそんな得体の知れないものを食すなんて!?と大騒ぎになったかもしれない。
「ど?」
「・・・・・・・・・・・・・・・いや、なかなか興味深い味だね。
 身体がこうあったまってくるよ。これは病人食じゃなくて、いつも君が飲んでいたものなのかい?」
「そーだよ。朝ご飯とお夕飯にはよく出たよ。
 お味噌はね、身体をあっためる効果があるんだv だから、冬はこの味噌を使って鍋とかも作るんだよ♪ あ、こんど鍋ごちそーしてあげるねv お味噌がまだいっぱいあるからイロイロ作れる♪」
 今度は何を作ろうvと想像を膨らませるメイに、殿下は「楽しみにしているよ」と当たり障りのない返事を返し、それはキールには食べさせなくていいのかと聞き返す。
「あ、キールにはおかゆもって行ったから。今頃ディアーナが食べさせているんじゃないのかな?」
 ポロリ・・・と漏れた言葉に、自他共に認めるシスコン殿下の目が妖しく輝いた・・・・ように見えた。
「これ、ディアーナにも食べさせてあげるんじゃないの? 冷めちゃうよ?」
 自分からけして押しかけようとはせず、さりげなく?メイに行くようせかす。
「あ、やっばー。せっかく作ったんだから温かいうちに食べさせてあげたいもんねー」
 おわんに、自分とディアーナの分を持ったあと、殿下へと視線を向けて「セイルもいる?」と聞く。おにぎりのほうには興味はあったのだが味噌汁は辞退したいなぁと思いつつも、そういったらメイはきっと悲しむだろう。
「もちろん」
 その言葉ににっぱりと笑顔を浮かべて、いそいそと盛り付けると殿下とメイは、緋色の魔道士の居室へと足を向けたのだった。
 
 殿下ことセイルはそれを視た瞬間、哀れとしか思えなかった。なんとも形容しがたい乳白色の物体を、いくら思い人に食べさせてもらっているとはいえ、容赦なくたっぷりと口の中に押し込まれている姿を見て、この時ばかりは同情の言葉しか思い浮かばなかった。
 食べ終わった後のキールなどすっかり憔悴しきった表情だ。
「メイ、このオニギリ美味しいですわ! すごくシンプルな味わいですけれど」
 ディアーナは塩味のオニギリがたいそうお気に召したようだ。
「この味噌汁って言うんですの?スープは変わった味わいですわね」
 一口のみ・・・・二口のみ・・・・それでも飲み出したら止まらないのか、オニギリと交互に口に運ぶ。
「そ? 今度はこの味噌を使って他の料理も作るから、ディアーナにも食べさせてあげるねv」
「まぁ、楽しみですわ〜〜〜〜♪」
 キールに一通り食べさせたディアーナは、メイが作ったご飯と味噌汁を堪能している。
 その様子を見ながら、キールは殿下にボソリと一言。
「殿下、姫の味覚は大丈夫なんですか?」
 半分ほどで限界が来たのか、すっかりとスプーンを置いてしまったキールを見下ろしながら、セイルはう〜〜〜〜んとちらりと遠くを見ながらぽつりと、
「大丈夫なはず・・・・なんだけど、アレは女性が好む味付けなのかな?」
 その答えを二人が知る由はなかった。
「キール、こちらのミソシルも美味しいですわよ!」
 さぁ、お食べになってvといわんばかりに口元に寄せられ、キールの頬が引きつる。
「あーんをなさってくださいませ」
 兄の前で臆面も無く言えるディアーナのすばらしい神経に、キールは頬をさらに引きつらせるのだが「さぁ! さぁ!」と逃げる余地など無いほどの勢いで押し付けられ、恐る恐る口を開く。
 それを見ていたメイがどことなくうらやましそうな表情をしていたため、セイルは軽く腰を曲げてメイに視線を合わせると、彼女が持っていたオニギリに口をつける。
「で・・・殿下!?」
 いきなりの事に目を見開くメイにセイルはにっこりと笑顔で、
「名前」
 どんな時もこだわるセイル。
「セイル、い・・・いきなり!それに今の、あたしの食べかけだよ?」
「構わない・・・・メイは私に食べさせてくれないのかな?」
「う・・・・・でも、セイル病人じゃないよ?」
「病人じゃないと食べさせてくれないの?」
 至近距離から囁かれるように言われ、おろおろおたおたしだすメイを楽しげに見つめるセイル。
「そんな事は・・・・無いけどぉぉぉぉ・・・・・・・」
「なら、構わないだろ?」
「もう・・・・・・・・・・・・あーん?」
 


いつもは無愛想で静まり返った緋色の魔道氏の居室。その日は天華無敵のロイヤルスマイルに押し切られる形で、メイはセイルにオニギリを食べさせ、これまた天華無敵の無邪気な笑顔に負けてミソシルを飲ませられるキールの姿があったと言う。



 ただ、その後しばらくメイの「お袋の味攻撃」と言う新しい騒動がおきたというのはまた別の話で、被害者があっちこっちに出たというのもまた、別の話・・・だったりする。









☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
2003年4月にお友達にあげた話の再UPになります〜
現在、お友達サイトではUPされてないので、自サイトに掲載。とはいえ、GHじゃないのでご存じの方はほとんどいない可能性が大ですが(笑)
ファンタスティック・フォーチュンという乙女ゲーの二次です。
とはいえ、カップリングとはほど遠い話ですが・・・(^^;ゞ


2006年 4月 3日再掲載
 

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