ice cream headache






 ガリガリガリガリガリ・・・・・・・・・・
 シンと静まりかえった部屋に響く音。
 ガリガリガリガリガリガリ・・・・・・・
 ゆっくりと、何かが削られるような音。
 いつもは聞こえない音に、リビングにいたナルは珍しく書面から顔を上げ、麻衣のいるキッチンへと視線を向ける。
 カウンターの上になにやらペンギンの顔をした物体をのせて、レバーをゆっくりと回す姿が視界に映る。
 シャワーを浴びていると思っていたのだが、いつの間に出てきたのだろうか?
 ナルにはタオルや着替えを持ってバスルームに行く麻衣の姿は見たものの、彼女が出てきた事には全く気が付かなかった。だが、気が付けば時計の針が幾ばくか進んでおり、彼女がシャワーを浴びに行く前に入れたお茶が、半分ほど減ったまますっかりと冷め切っている事に漸く気が付く。
 そもそも、この部屋にあんな変な物体があっただろうか?
 高さ30センチに満たない四角い物体は、微妙にペンギンの形をしていた。その頭部にはギンのレバーが付いており、麻衣はそれをグルグルと回している。そして、くちばしに当たる部分から白い何かが出てくる。
 そんな物をナルは買った記憶はない。麻衣の私物だろうか?
  一心不乱に右手を動かしてレバーを回すたびに、ガリガリガリガリガリガリ・・・・・と音が響き渡り、白いガラスの欠片のような物が器へと落ちていく。それは小さな山から徐々に大きな山になり、器一杯に白いガラスの欠片のような物が溜まってゆく。
 しばらく見ていたものの、何をやっているのかナルには検討も付かなかったが、すぐに意識はそれから興味をなくし、再び書面へと視線を戻す。















 ガリガリガリガリガリガリ・・・・・
 麻衣は一心不乱にレバーを回して氷を削る。
 ナルがしばらくの間自分を視ていた事にも気が付かず、一心不乱にガリガリガリガリガリガリ・・・・・と削っていく。
 白い細かな結晶は直ぐに器の上にいっぱいに溜まり、こんもりと溢れんばかりに白い山を築く。ナルは何をやっているのか判らなかったが、麻衣はかき氷を作っていた。製氷器で出来た氷を、所定の場所に入れて蓋を閉めてゆっくりとればを回すと、ペンギンの口からテロテロテロテロと削られた氷が落ちてき、その下に置いてある器へと溜まっていくのだ。
 なぜ、ナルのマンションにペンギンの形をしたかき氷機があるのかというと、滝川がくじ引きで当てたのである。どこかの町内会でクジをやってみたところ、5等の『氷ペンギン君』なるものが当たったのだ。あいにくと独り身である滝川には無用の長物である。さて、どうするか?と箱を受け取った時に思い浮かんだのは、愛娘の顔。
 毎日暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑いと、呟いている麻衣の顔である。
 エアコンの効いているナルのマンションにもっぱらこの夏は居着いている事は、むろん滝川も知っていたが、基本的に無駄使いの出来ない麻衣がアイス買って帰ろうかなぁ〜と呟きつつも、買わないでいることを思いだし、その日そのままオフィスへと足を運んだのである。
 氷はどこの家庭の冷蔵庫にもあるもの。後はシロップを買えばイイだけである。よって、『氷ペンギン君』は滝川から麻衣に譲られ、ナルのマンションへとたどり着いたのだ。
 しかし、これほどこの物体が似合わない家主もいないだろうが・・・・ナルにはそれがなんであるかは理解出来なかった模様である。
 さて、一通り終わるとシロップをどうしようか迷う。
 カルピス、イチゴ、ブルーハワイ。メロンにレモン・・・普通かき氷のシロップと言えばそれらが定番だろう。だがしかし、滅多に作ったりしないかき氷。シロップが常備しているのはお子様のいる家庭ぐらいではないだろうか。いかに麻衣が時々お子様のような事をしたり、喚いたりしようとも一応成人した女性であるため、さすがにかき氷のシロップまでは常備してなかった。
 さて、どうしよう?
 と思って冷蔵庫の扉を開けた時、目に付いたのは先日綾子から貰った「梅酒」である。
 きゅぽん。とコルクの蓋を開けると、梅の甘い香りが漂ってくる。作る時に氷砂糖は若干押さえていると入っていたが、それでも甘みは充分梅からしみ出ており、麻衣のお気に入りだ。
 しばらく香りを楽しんだ後で、それを氷の山に降り注ぐ。


 とぽとぽとぽ・・・・・・・・・・・・・・・とぽ


 液体がゆっくりと注がれる音はなぜ、耳に心地よく聞こえるのだろうか?
 ヒンヤリとした白い欠片が、蜜色に染まってゆく。
 梅酒がかかった事によって幾ばくか溶けた氷を補うように麻衣はもう一度氷を削って白い山を作る。
 そしてさらにもう一度氷に梅酒をかけてできあがり。
 それとスプーンを持ってリビングへと向かう。
 






 器をテーブルの上に置くと、麻衣は直にフローリングの上にぺったりと座り込んで、かき氷を口にほおばる。
 まず最初に氷のヒンヤリとした冷たさが、口の中を一瞬に冷やし、次いでじわっと氷が溶けると同時に、梅酒の香りが口腔ないいっぱいに広がる。
「やっぱ、夏はこれだよねぇ〜」
 呟きながら、スプーン一杯にすくった氷を口の中に。
 今度は仄かな甘みと僅かな酸味。アルコールの味がほどよく氷と解け合って、至福の一時にうっとりと目を細めつつ、次から次へと氷を口の中に運んでいく。
 が、不意に視線を感じた麻衣はスプーンを加えたまま首だけで背後を見る。
「にゃに?」
 行儀悪いのは判っているが、思わずスプーンを加えたままナルに問いかけると、ナルは眉間に微かに皺を寄せるが、特にクレームを付けることなく彼は口を開く。
「なんだそれは」
「かき氷」
「かき氷?」
 どうやらナルは『かき氷』を知らない模様である。
「氷を細かく削って、シロップをかけて食べる夏の風物詩の一つ!
 お祭りにはかかせらんない一品だよねぇ〜〜〜〜んvんまv」
 喋りながらスプーンで氷を掬い口に放り込む。
 このひんやり感とすっと溶ける感触が溜まらない。シロップではないから甘すぎる事もなく、アイスクリームでもないため口の中にくどさが無くならない点もいい。だが、食べ続けていると非常に口の中が冷たくなってはくるが。
「削る? あの変な物体でか?」
「変な物体って・・・かき氷作る便利な家庭用機械だよ。
 一家に一台有ると便利! 暑い夏にアイスは欠かせられないデザートだけど、毎日毎日買ってたらばかにならないけれど、かき氷機一台有れば、一日何回でも冷たい物がたべれるし! シロップも工夫すればバリエーション豊かだしv
 ぼーさんに感謝だよね!」
 なぜ、そこで滝川の名が出るのがナゾだが、おそらく滝川辺りからのもらい物なのだろう。
 あの男は時々下らない物を麻衣の腕に捨てていく事があり、あれもその一つに過ぎないのだろう。
 滝川が聞いたら憤慨しそうな事を考えつつ、実際今回はまぁ事実でもあるが、麻衣が喜んでいるのも事実であり、その点は誰の耳にも届く言葉ではなかったため、闇にひっそりと沈む。
 麻衣はぱくっとスプーンを加えては、目を細めうっとりと味を噛みしめている。
 しかし、たかが氷を細かく砕いた物を食べるだけで、そこまで幸せそうな顔が出来る麻衣は安上がりと言うべきか、単純と言うべきか。その精神構造は何年立ってもナルには理解出来ない物だった。
「綾子からもりゃった梅ひゅをね、細かくくちゃいたきょーりにかけてちゃべてるの」
 本人は普通に言っているつもりなのだが、口内が冷え切ってしまっているせいか、思うとおりに舌が回らず、麻衣はうむ?と首をひねる。
「にゃんだか、うまく、口がまわりゃない?」
 掌で口元を押さえながら喋ると、ヒンヤリとした呼気が掌に当たるが、食べるのを止めることなくスプーンを口に運ぶ。
 もごもご動かすとどうも違和感が禁じ得ない。
 冷たさで麻痺しまっているのだろうか?
 まぁ、どんぶりいっぱいの氷を食べているのだから当然かもしれないが。
「ナリュも食べる?」
 スプーンで少し溶けかかっている氷を掬ってナルの口元に持ってくるが、ナルはふいっと顔を背ける。
「おいひーよ?」
「氷の欠片に美味しいもまずいもあるのか?」
「綾子特製の梅酒かけてるもーん」
 ということは梅酒のロックといった所だろうか?
 だが、ナルは別に飲みたいとも食べたいとも思っていないため、いらないと顔を背ける。
「美味しいのにもったいないの〜」
 パクパクパク
 ナルから見れば氷の欠片。
 うまいもまずいもない。
 興味は再び麻衣からそれ書面へ。
 麻衣も特に気にせず口に氷を運ぶが、不意に呻く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くっぅぅぅぅぅぅぅ」
 スプーンをテーブルの上に置いて、こめかみで額を抑える麻衣にナルは今度こそ呆れた視線を向ける。
「バカか?」
「だって、だって!!」
 冷たい物を一気に口に放り込んだせいか、こめかみを千本通しで指したかのような痛みが走り抜け、思わず涙が浮かんできそうになる。
「なんで、冷たい物を食べると頭が痛くなるんだろう・・・・・・・・」
 こめかみを指でグリグリ押さえながら、痛みを乗り切ると再びスプーンを手に取り、氷を口に運ぶ。少しは懲りたのか、スプーンの上に乗っているのは少なめの氷。
「ice cream headache」
 ぽつり。と呟かれた言葉に「は?」と間抜けな声を返す麻衣。
「あいすくりーむ へでぃっく?」
 なにそれ。と言わんばかりの発音の悪さにナルの眉間の皺は思いっきり深くなる。
「ice cream headacheだ。日本語だとアイスクリーム頭痛。
 口腔粘膜の冷刺激により、脳に暖めるように指令が伝わる。それによって、脳内の血管が急激に膨張し血液量が増す事によって起こる。特に夏場は外気温が高いため、血管は通常より細くなっているから、それが急激に太くなるから冬場より夏場の方が頭痛が起きやすいと言われている」
「というか、冷たいモン食べて頭が痛くなるのは誰もが知っているけど、名前あるんだ・・・・・・・初耳」
 ぱく。
 と再びかき氷を掬って口にほおばった麻衣は、再び呻き声を上げる。
 良く手元を見ずに適当に救った氷は、思いのほかたくさんあったようだ。
 ふたたび、キーンッと痛みがこめかみを走り抜ける。
 うにゅぅぅぅぅぅと呻く麻衣は学習能力がないとしかナルには思えない。
「お前はバカか?」
 痛くなると判っていて、大量に冷たい物を口に放り込む麻衣ははっきり言えばバカである。
「こ・・・・これが、冷たい物を食べた時の醍醐味だい!」
 涙目で減らず口をたたく麻衣に、ナルは処置無しとばかりに軽く肩をすくめる。
 これ以上この場にいても読書はままならないと思ったのだろう。
「それが食べ終わったら、書斎に紅茶。Hotで」
 読みかけの書物を手に立ち上がると、ナルは書斎へと足を向けたのだったが・・・・ナルの元に紅茶が運ばれてくる事はなかった。
 シャワーを浴びてほどよく血の巡りが良くなった頃に、どんぶり一杯のかき氷。それに駆けられた多量の梅酒。
 いわば、ギンギンに冷やされた梅酒のロック・・・水割りである。
 血の巡りの良くなっている身体はほどよくアルコールの巡りも良くし、ナルが再び姿を現した時には、スプーンを握りしめたままテーブルに突っ伏している麻衣の姿があったという。







 それから、しばらくナルのマンションからはガリガリガリガリガリガリ・・・・・となにやら削る音と、妙な呻き声が漏れていたという。










☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
 いみなしやまなしおちなし。
 なしなしづくしの一品である(爆)
 本当は日記SSにしようとしたんだけど、日記SSにするには微妙な長さ。
 そして、更新がやはりままならない状況。
 ゆえに更新稼ぎというセコイ方法にでる私(^^ゞ
 芳野さんが19日から21日かけて我が家に泊まりに来て下さった時に、かき氷(コンビニより購入)をほおばった私が、口が回らん。と言った時に、アイスクリーム頭痛の話題になり、この話になったと。
 本当はもうちょっとギャグチックな話になるはずだったんだけどね。まぁ、かいて行く内にこんな話になってしまったと。
 まぁ、元は日記SSにしようと思ったネタなので、内容は求めないで下さると嬉しゅうございますv








 

ウィンドウは閉じて下さいなv