恋愛談義





 その日は大学は午後からだったために、午前中はのんびりと掃除や洗濯などを過ごしていた麻衣だった。お布団を干し終えて一息を付こうかと思ったとき、電話が静かに鳴り響く。三コール目の途中で出ると相手は真砂子からだった。
 珍しいと思う。
 だいたいあまり真砂子はアパートの方には電話をしてこない。用事がある場合は直にオフィスに来るかもしくは、携帯の方に電話をかけてくるのだ。というのも週の半分ほどは自分のアパートではなくナルのマンションにいる可能性が高いからである。
「どうしたの?」
 それも午前中にかけてくるとは珍しい。今日はたまたま授業が休講になっていたからいたが、だいたい午前中から大学に行っていたこの時間居ることは少ないのだ。
『麻衣、お話がありますの。今夜遊びに行ってもよろしいかしら?』
 ためらい勝ちの真砂子の声に麻衣は首を傾げつつも承諾する。今日辺りはナルのマンションへと行こうかなっと思っていたが、まぁべつに急ぎの用事はないのだし、約束もしているわけではない。
「いいよ」
 変に気を使わせるのも悪いから、明るい声で承諾する。それに、友達が遊びに来てくれると言うのは嬉しいものだ。
『六時頃オフィス前でお待ちしておりますわ』
 オフィス前でなくて中で待っていてもいいというのに、だがどうやら真砂子は麻衣にだけ会いたいようだ。麻衣はその事には触れず了解すると電話を切る。
 いったい何の話があるというのだろう?
 一応泊まるかもしれないと言うことを考えて、客用のお布団も干しておく。冷蔵庫に何があるか確認するが、今日はナルのところに行くつもりだったため、昨日殆ど使ってしまって空っぽにかなり近く、夕飯は外食か買い出しをするかどちらかをしなければ何もない。まぁ、その辺は真砂子と話して決めればいいか。
 時計をチラリと見るとそろそろ大学へ行くための支度をした方がいい頃だ。お布団は出るぎりぎりで入れる。洗濯物は…天気がよいから出しっぱなしでも良いか。部屋着から着替え軽く化粧をし、お布団を入れると麻衣は教材が入ったバックを手にアパートを飛び出していく。





 その日も依頼はまったくなく、いつも通りの雑務をこなした頃ナルとリンに一言声をかけて、先に上がらせて貰う。「定時に上がる」ナルにはそれがアパートへと帰るという合図になる。いつもなら「ああ」で視線を上げることもなくすむのだが、この日はめずらしく顔を上げてきた。今週は毎日アパートの方へ帰っているから珍しいとでも思ったのだろうか。
「真砂子と約束してるんだ。ナルちゃんとご飯食べてよ。おにぎり一つでも良いから」
 時々自分は小姑か、ナルの母親かってつっこみを入れたくなるような台詞を、とりあえず言って所長室のドアを閉める。返事は最初から期待してない。たとえ、返ってきたとしても生返事ぐらいだ。給湯室のガスを確認して事務室の電気を消すと、荷物を手にとってオフィスを出て、人でごった返している道玄坂を見下ろす。パッと見には真砂子は居ないように見えるが、エスカレータの脇に立っている姿が見えた。
「真砂子!!」
 声をかけてエスカレータを小走りで駆け下りる。今日はめずらしく和装ではなく、キャミソールにサマーカーディガン、タイトスカートと言った出で立ちだからだろう。通りを行く人たちは誰も目の前の彼女を「霊能者」の原真砂子ということに気がつかず、足早に通り過ぎていくのが上からだとよくわかる。
「夕ご飯どうする?食べていく?うちで食べる? 食べるなら、パスタかなぁオムレツもいいよなぁ〜。あ、飲み屋で良かったら和食系の居酒屋と、串焼きやでいいところあるよん」
 渋谷駅へ向かって坂を下りていきながら、真砂子に問いかけると真砂子は遠慮がちな声で、アパートが良いと応えた。どうも今一つ元気のない真砂子に麻衣は首を傾げるが、今は深く問わず、とりあえずは電車に乗って帰ることにした。外食ではなくアパートの方がいいと言うことは、人がいないところで話がしたいことなんだろう。
 いったい真砂子に何があったのか気にかかり、そわそわと落ち着かなかったが、途中で安くて良い物を扱っているスーパーによって、本日の食材を購入する。
「おっ、鳥の胸肉が安い。お夕飯バンバンジーでよい?」
 胸肉を見てとっさに思いついたメニューを口にする。あとは、唐揚げとかもあるがこの暑い季節に揚げ物は遠慮したい。
「いいですわね」
 精肉売場での目玉商品、鳥の胸肉をワンパックゲットし、野菜売り場に行ってキュウリを一本購入。ここのスーパーはキュウリが一本単位で買えるのが良い。さらに、卵のパックが安いのを見つけ、これもカゴに入れる。卵焼きにでもして甘酢あんかけにするのも良い。確か、ネギはまだ残っていた…と思うので買わない。あとは、卵スープ。明日の朝も卵を使えば卵も使い切るだろう。
「他に何か食べたいもんある?」
「いえ、お任せいたしますわ」
「そっ? んじゃこのぐらいでいいかなぁ〜〜〜」
 あと、スナック菓子とかも入れて会計を済ませるとアパートを目指す。






 下処理をした胸肉を耐熱皿に入れて料理酒に浸すと、ラップをかけて電子レンジへ投入。その間に真砂子にキュウリを千切りにして貰い、麻衣は卵スープをと卵焼きの方に手を伸ばす。狭い台所をクルクルと行ったり来たりと手早く動いて、料理を上げていく麻衣を見て真砂子は知らず内に溜息をつく。
「なに? 真砂子どうしたの?溜息なんてついちゃって」
 電子レンジから耐熱皿を取り出して、火傷しないようにラップを外すと菜箸で鶏肉を取り出し、包丁で斜めに切っていく。
「いえ、麻衣も手慣れていますのね」
 自分は麻衣が色々としている間に、漸くキュウリ一本の千切りが終わって、お皿に綺麗に並べられたぐらいだ。
「そう? やっぱり自炊生活長いからねぇ〜。綾子みたいに手の込んだ物はできないけどね」
 確かに麻衣が作る物はあまり手の込んだ物はないようだ。だが、それでもそれなりにレパートリーはあるし、手際が良いことは真砂子も知っている。部屋に置いてあるカラーボックスに視線を向けると、古いが数冊料理の雑誌がある。友人の母親から貰ったものや母親が残した物だと以前言っていたものだ。毎日頑張って働く母親の手助けがしたくて、小学校の高学年ぐらいから見よう見まねで料理をし始めたと言っていたのを思い出す。
 冷蔵庫で冷やした胸肉に、麻衣お手製のバンバンジーのタレをかける。なんでもお味噌をお酒とみりんと醤油で溶いて、細かく刻んだネギとラー油を垂らしただけで充分らしい。味見してみると美味しかった。
「わざわざ、これだけのために買うのは無駄だから、作れる物は作った方が経済的でしょ?」
 驚いている真砂子に麻衣はペロッと舌を出して、貧乏根性でごめんねぇ〜〜と明るい声音で言うのだったが真砂子はそれが貧乏根性だなんて思わない。綾子も手で作れるものはわざわざ買ったりしない。ホワイトソースやカレーといったものもすべて手で作る。二つと同じ味はできないが、市販で売っているものを使うより手作りの方がおいしいと真砂子は思ったし、麻衣の作った垂れも特別手の込んだものではなかったが、売っているものよりも遙かにおいしいと真砂子は思えた。
 そのあと卵焼きに、これまた麻衣が作った甘酢あんをかけ、長ネギを細く切ったのを載せ、卵スープと炊き立てのご飯を盛りつけて、夕飯だ。この間およそ一時間。思いの外早く支度できた事に真砂子は驚く。
「で、真砂子。話って何なのさ」
 真砂子が泊まってく気なのかどうか判らないから、麻衣はさっそくとばかりに箸を伸ばしながらも問いかけるが、いっこうに真砂子の口は開かれない。
「真砂子?」
 朽ちろ開くどころか、真砂子はお椀を持ったまま固まってしまったようだ。見る見るうちに真っ赤になって、俯いてしまっている。
 いったい真砂子の相談内容とは何なのだろうか?
 今にも湯気が出そうなほど真っ赤になっている真砂子を見て麻衣は溜息をつくと、とりあえずお夕飯を食べてからにしてから、話にしようと切り出した。でないと真砂子は真っ赤になって俯いたまま食べずに冷めてしまう。真砂子もその提案に異論はないのか、同様に真っ赤なままだがもそもそと口を動かし始めた。
 もちろん、だからといって通夜のように何も話さず、シーンとした食事を済ませたわけではない。とりとめない話をしながら、ゆっくりと夕食を胃袋に納めていったのだ。
 およそ、一時間もかからないうちに食卓はからになり、食器を台所に片づけると、代わりにお茶とお菓子を持って麻衣が戻ってくる。それを見ていた真砂子は、どこか落ち着き投げにそわそわと視線をさまよわせている。
「さて、話って何?」
 そんな真砂子の様子に首をかしげながら、麻衣はお茶を勧めると話を切り出してもらおうと思い問いかけるのだが、真砂子は先ほどと同様に俯いてしまってしまう。
 いったい真砂子が相談したい事って何なのだろうか?午前中に電話を貰ってから気になって気になってしょうがないことだ。仕事のことだろうか。それとも、家族関係?う〜〜〜〜ん。判らない。というより想像がつかない。今までに真砂子から何かを相談受けると言ったら、ナルに仕事の依頼をしたいと言うときぐらいだ。個人的な相談を受けた記憶は・・・・・・・・・・・・・・・・海馬が馬鹿になっていなければ、ないと言い切れるぐらい・・・・記憶に残っていない。麻衣が真砂子や綾子に相談というか、愚痴めいたことは年中言うが真砂子からその手の事を聞いたことは無いといえるだろう。そこそこに付き合いは長くなるのだが、真砂子はそう言うことを人にいうような性格ではないことは知っていたから特に今まで気に求めなかった。今回も違うのだろうけれど………だけど、この様子を見る限りだとやはりなにか相談事があるようにしか思えない。では、いったい何なのだろうか?悶々と一人悩んで、ひたすら真砂子の反応を伺う。
 真っ赤になって俯いている様子から見る限りでは、深刻な切羽詰まった悩みとも思えない…精神的に落ち着いているかどうかと言うと・・・・・照れている?という表現がぴったしようなきがする・・・・湯気がでないのが不思議なほど真っ赤だ。そんなことを考えて待っていると、真砂子が意を決して口を開いたのは、淹れた紅茶がすっかりと冷めた頃になってからだ。
「麻衣は、どうやってナルとつきあい始めたんですの?」
 思いにもよらない第一声に麻衣はぱちくりと瞬きを繰り返す。
「どうやって―――て何が? って・・・・はぁ?」
 どういう意味の質問だろうか。あまりにも曖昧すぎて今一つ麻衣には判らない。
「ですから…どういう風な流れで、つきあい始めたんですの?」
 恥ずかしいのか真砂子は、今にも卒倒しかねないほど真っ赤で、ボソボソと小声で言う。真砂子がそんなに恥ずかしがるとこっちまで恥ずかしくなってしまう。
 脈絡のない質問のように思えるのだろうが・・・・・真砂子の相談事ってソウイウことなのだろうか?
「どんな風な流れって――――――」
 思い出すのも恥ずかしい。
 イヤ、恥ずかしいと思えるだけ成長したのだろうか。以前のようにあの時のことを考えても、苦しくはならない。
「私が、好きだって…言ったからかな」
 言いたくなかったのに言わされたような気もしなくはないが、確かに言ったのは自分からで……そのあとのことは言えないが。
「どういう付き合い方していますの?」
「ど、どういうって―――」
 何だか先から応えにくいことばかり聞かれている気がする。果たしてこれは相談なのだろうか?質問責めにあっているのはこっちなのだが……しかし、真砂子はこれ以上ないぐらい真剣な目で聞いてくる。身を半ば乗り出すほどの勢いだ。興味本位で聞いているわけではない・・・・ようだ。
「ナルとデートされたりしますの?それから、その…えっと……ですから………あの・・・・・・・」
 顔と言わず首と言わず、耳と言わず手まで真っ赤である。麻衣は真砂子のその反応を見て曖昧に濁している言葉に漸くたどりつき、溜息をもらすと真砂子以外いないというのに声を潜めて聞き返す。
「エッチしているかどうかって事?」
 麻衣から言われてボンッと音がしそうな程、更に真っ赤になってしまう。が、どうやら間違いなさそうである。しかし―――今更そんなことを確認してくるのかね? 自分達が既にそう言う間柄だって言うことは、高校生の時にばれているはずだというのに。そもそも、なぜ今更そんなことを面と向かって聞いてくるのだろうか?
 聞くならつきあい始めた頃だろうし、そんなのはもう何年も前のことだ。今では頻繁にナルのマンションに泊まっていることも知っているはずだし、綾子や安原にからかわれたりするときもあるというのに・・・・なんで、いきなりそんなことを気になりだしたのか。
 思い浮かぶ答えは一つしかなかった。
「真砂子――今、お付き合いしている人いるの?」
 ひくっと引きつった真砂子の顔を見て正解だと言うことが判る。だから、聞いてくるのだろう。そんなことを。真砂子とてもう22才になるのだから、彼氏ぐらいいてもおかしくはないのだが…いつの間にできたのだろう?
「誰?」
「サラリーマンの方ですわ。以前、撮影時の依頼者でしたの。
 今年二十五ですわ」
 と言うことは三つ上か。で?とさらに先を促す。
「まだ、お付き合いしていると言うほどのお付き合いではないんですの。仲の良いお友達として、お付き合いさせていただいているんですけれど―――」
「好きです。付き合って下さい。とでも言われた?」
 コクリ――。なんでも、一週間ほど前山下公園に呼ばれて行ってみると、真っ赤なバラの花束を持って告白されたらしい。真砂子はただ唖然としてしまって、返事を返せなかったという。
「返事は急がなくて良いとはおっしゃって下さったんですけれど、いつまでもお待たせするのは悪いと思いまして」
 真っ赤なバラである。
 まるでプロポーズみたいだ・・・・・いや、どーやらそういう意味合いも多々に含まれた告白らしい。
 今時そんなコトする人がいるんだ。一度は女の子が憧れる物なのだが……山下公園で?人目がばっちりとある上に、そんな恥ずかしいコトされたくない。
 女の子の夢とよく言われるが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 思わずナルで想像してしまったが、何だかあまりにも怖くなったので途中で想像を破棄した。でないと夢に魘されそうである。うなされるだけならまだいい。なんだか祟られそうな気がしてうすら寒いものがある。身震いを一回すると気を取り直して麻衣は真砂子に問いかける。
「真砂子は嫌いなの?好きなの?」
 ハッキリ言ってそれが一番の重要なところだ。
「嫌いか、好きかと聞かれたら好きですけれど…アタクシ、今まで男性とお付き合いしたことがないので、どうしたらいいかわかりませんの。昔ナルとはデートもどきをしたこともありましたけれど、お茶を飲んだり映画をご一緒して貰ったりしましたが、ナルは殆どしゃべりませんでしたし…アタクシ、嫌われておりましたから」
 そんなこともあったなぁ〜〜〜と昔のことを思い出す。唯一ナルのことをオリヴァー・デイビスと知っていたとき、真砂子は黙っているから代わりにデートをしてほしいと、迫ったりしたのだ。もう、ずいぶん前の話で麻衣もすっかり忘れていたが、真砂子はきっと一生忘れられないだろう。恥ずかしいことをしましたわ。と自己嫌悪気味に苦笑を浮かべながら呟く。
「こんな話を聞けるとしたら麻衣ぐらいですし」
 だが、しかし。真砂子には悪いが自分の話では役に立たないだろう。
 誰にもわざわざ言ってはいないが、そもそも自分がナルと関係を持ったのは、告白をしてすぐである。直後と言っても良いぐらいにタイムラグがほとんどない。さすがにそれはナルの方からの誘いだったが……一応、確認もされたが………今考えるとかなり恥ずかしい物があるというか、情緒の欠片もないというか………真砂子みたいな、接近してもいい距離の計り方の戸惑いというのも、少し味わってみたかったかもしれない。しかし、思い返してみなくても、ナルから告白されたことは今だかつて無いのだ。それともあの時の誘いが告白になるのだろうか?しかし「好きだ」とか「愛している」とは言われたことがない。
 何だか、悔しいぞ。
 まぁ、言葉にされなくても行動が物語っているって皆言うけど。
 特に不満はないけれど、やっぱり言ってもらいたいなぁ〜〜〜何て思ってしまうのは、我が儘なのだろうか?をっと、今はそれどころではない。
「付き合う気あるんでしょ? だって真砂子なら好きでもない人なら、迷うはずないし」
 真砂子ほど美人なら、うざったいほど告白されているはずである。まして、色々と派手な芸能界にいるのだ。その手の返し方には慣れていてもおかしくない。だが、今の真砂子は真剣に悩んでいる。と言うことは無碍な扱い方はしたくないと言うことだ。
「今まで、デートのようなことはしておりますの。
 映画を見に行ったり、ドライブに連れていって下さったり、お食事にお誘いしていただけたりと」
 話を聞いている限り、付きあっているというのではないだろうか?いや、そのぐらいなら付き合ってなくてもあるか……
「先週、赤いバラを手渡されて付き合って欲しいと言われたんですけれど」
「ですけれど?」
「大人の…付き合いを、して欲しいと言われましたの――将来のことも一応考えてほしいって・・・・・」
 真砂子は今にも泣き出しそうな顔で、漸くそれを吐露した。
 というか、ただの告白ではなくてすでにそれはプロポーズでもあると思うのは、自分の思い過ごしだろうか・・・・?だが、真砂子はそこまでは真剣にとらえていないようだ。どちらかというと「大人のつきあい云々〜」に意識が奪われて、将来のこと〜云々にまで頭が回っていないようにも思える。
「あたくし、少し前に…キスされそうになったとき、思いっきり顔を背けてしまったので―――わざわざ言って下さったんだと、思うんです。あたくし、驚いてしまって・・・・気がついたら顔を背けていたんですの。すごく、失礼なことをしてしまったとすぐに思ったんですけれど、頭の中が真っ白で何も考えられなくなって、あたくし反射的に逃げ出してしまったんですわ・・・・・・・・そうしたら、この前会ったとき告白されて・・・・・・・・」
「――――――――――――――」
 思わず言葉が続けられなくなる麻衣。しかし、話を聞く分だと相手側もけっこうまじめそうだ。わざわざ相手に了承を取るというか、一つ一つハッキリと口にしてから次のステップを踏もうとするのだから…イヤ、もしかしてそれの方が普通なのか?
 話を聞けば聞くほど、自分達は世間ずれしているような気がして来る麻衣。だが、そんなことを知らない真砂子は麻衣に泣きつく。
「あたくし、どうすればいいのか判りませんの。
 麻衣はどうしてナルに身を任せることができたんですの!?」
 イヤ…どうしてって聞かれても、困るのだが。というかキスの話からどうしてそっちへと話が進むのだろうか。
 『大人の付き合い』=『肉体関係』と思ってしまってもしょうがないのかもしれないけれど、たぶん真砂子が引っかかっているところはそこなのだろうが。確かに、その人の言葉にはそう言う意味合いも多々に含んでいるんだろうし、普通に考えてもつきあい始めたらいずれそうなるだろうし…早いか遅いかの違いはあれど・・・ましてプロポーズまでされているのならば、いずれ通る路なのではあるのだが・・・・・・・なぜ。ときかれてもはっきり言えば非常に困るのだった。
「ナルならいいやって思ったからだけど…」
「いいやで出来ることなんですの?」
 あうぅ〜〜〜これは、絶対に自分にではなく綾子に相談するべき事じゃないか?自分の経験では、真砂子を卒倒させることはできても、相談相手にはむかないぞぉ〜〜〜〜そもそも、これは絶対に恋愛経験豊富な人間向きの相談内容だ。自分のようにまともな恋愛経験もなく、まして続いている恋愛が変則的な物なればなおさらだ。
「もちろん、ナルが好きで、ナルだからって思ったからでぇ〜〜〜」
 そもそも、あの時の自分はナルに受け入れられたことが嬉しくて、嬉しくて、他のこと考えられなかったもんなぁ〜〜〜夢でも良いなんて思ったぐらいだし。
「アタクシ、どこまで好きなのかが判らないですわ。
 麻衣やナルみたいにハッキリと互いが互いを思い合っているというのが、理想的な付き合い方だとは思うんですの。でも、自分がそこまで相手のことが思えるのか、また相手が思って貰えるのか、判らないのが怖いんですの。
 遊びだったりしたら――」
 項垂れてしまっている真砂子に、温かい紅茶を入れ直してとりあえず一口飲ませて落ち着かせる。
 真砂子のとまどいも判ることだった。
 はじめは同情でも、ただの優しさでも慰めでもいいと思ったが、そこにナルの感情がなかったとしたら?と思ったときは怖かったのを思い出す。別に後悔はしなかったが、ナルとの関係が変わってからの距離感がつかめるまで、しょっちゅう不安がわき起こった。
 なぜ、ナルは自分を選んだのか。
 なぜ、自分を抱いたのか。
 なぜ、ナルはそばにいてくれるのか・・・・・
 正直言えば、今でも答えはわからない。おそらく一生判らないのだ。なぜならば、他人だから。だけど、手を伸ばして近づくことはできる。
 今の自分たちが自然だと思えるぐらいに、近づくことはできたと思えるようになったように。
 真砂子だってきっと判るはずだ。時間さえたてば。
「あのね真砂子。誰だって判らないよ。
 私だってナルのことそんなには判ってないよ?ナルもきっと私が判って貰えていると思っているほどには、判ってないかもしれない。まぁ、あのナルだから私よりも案外判っているかもしれないけれど。
 絶対に分かり合えるわけないよ。だって、ナルも私も別の人間だもん。あ、サイコメトリーとかの能力は問題外ね。あれって、やっぱり普通に考えると反則技でしょ? 一個人として他人を完璧に理解することなんて、絶対にありえないと思う。
 判り会えたって錯覚するんでもない。ただね、一緒にいる時間が長くなれば、自然と判るもんだと私は思うよ?
 お互いの距離感って言うの? 家族とか友達とかだってそうでしょ? はじめは何も判らなくても一緒にいる時間が長くなると判るところがいっぱいあるじゃない。恋人とのつきあい方だって同じだよ。何も難しく考えることないと私は思うんだけどな。
 そもそも、真砂子みたいに「好きだ」だの「愛している」だの何て言われたことないもん。真砂子に教えられるようなことなんてな〜んにもございません」
 真砂子は思いにもよらないことを聞いたのだろうか。驚いた顔で麻衣のことをまじまじと見ている。
「それで付き合っているんですの?」
 呆れ返った口調だ。幾らナルでも一回ぐらいは言っているとは思っていたのだろう。
 少なくともつきあい始めたときぐらいは、一言ぐらい言っているはずである。言われてもいないのに、麻衣はナルとつきあい始めたというのだろうか?
「一応ね。そう言う言葉は言われてなくてもまぁ、世間で言う恋人同士みたいな関係ではいるかな。元々ナルとはまともにデートらしいこともしてないし、殆どがオフィスか調査か、マンションにいるわけでしょ?知らない人が見たりしたら、恋人同士って言うよりただの肉体関係のある男女で、その関係に恋愛感情のない大人な付き合いをしている二人って思う人もいるかもしれない・・・それも、職場が同じ上司と部下でしょ? 昼ドラの世界を連想されちゃうかもね」
 何だか自分で言っておきながら寂しいモノがあるぞ。真砂子なんて思いにもよらなかったことなのだろう。ただ、目を大きく見開いて話を聞いている。
「でもね、私は一応って付けちゃうけれど恋人同士って言えるよ。
 私はナルが好きだし、ナルも好きだと思ってくれているから私と一緒にいるんだと思う。
 ナルといると居心地がいいの。すっごくおちつける。どんなに不安でもどんなに怖いことがあっても、温もりがそばにあるだけですっごく落ち着く・・・・そういう時って、相手はしてくれなくても傍にいてくれるからさ、それだけで嬉しくなっちゃうなぁ〜。あ、安上がりな人間って思わないでよ。相手があのナルなんだからね!
 それに、同じ部屋にいなくても同じ空間を共有しているって言うことだけで、何だかすごく安心する。言葉なんてないし、下手したらマンションにいたってナルは書斎で仕事しているか、本読んでいるかで会話らしい会話なんてないけれどね、ナルのプライベートな空間にいても違和感ないことが、すっごく嬉しいんだ。
 もちろん、おしゃべりだってしたいしデートだってしたいよ。どうしてもしたくなったときは我が儘言って付き合って貰うの。それが、お夕飯の買い出しでも、備品の補充でもなんでもいいんだけどね。一緒に出かけることができれば満足。だって、逆にナルが山下公園とか、葛西臨海公園とか、お台場に一緒に行く方がホラーだよ。そういうところは一緒に楽しんでもらえるぼーさんなんかと言った方が、百倍楽しいし。まぁ、もちろんナルがいたらさらに楽しいとは思うけど、私無い物ねだりは・・・・時々しかするつもりないし。
 それでね、一番嬉しいのが、朝とかに私が先に目が覚めてもナルが目を覚まさないって事が一番嬉しいかな。ナルが眠り浅いの知っているでしょ?」
 調査で何度かナルの寝顔を見ようと皆で企んだことがあるが、部屋のドアを開けるなりナルはすぐに目を覚ましてしまうので、誰もナルの寝顔という物を拝んだことはない。リンでさえナルはもの凄く眠りが浅いと言っている。そのナルが麻衣の側では眠れるというのだ。確かに、それだけ気を許してくれているという証拠には充分になるだろう。 
 カップを両手で抱えるようにして口元に運ぶ麻衣は、本当に幸せそうな微笑みを浮かべている。話を聞いた限りでは恋人にするには最低の男のようなきがする。デートはしなければ、好きとも愛しているとも言ってくれないのだ。それでも、麻衣は幸せな顔で笑っている。
 そこに、無理をしている様子はどこにもない。意地を張っている訳でもなければ、強がっているわけでもない。本当に自然とそう思えているのだろう。なんと欲がないのだろうかとも思うが、だからこそあのナルと付き合って行けているのだろう。
 真砂子とてナルが簡単な気持ちで麻衣と付き合っているとは思えない。ある意味言葉で語るのが陳腐なほどの、行動力を発揮しているせいもあるかもしれないが・・・・確かに、二人の関係を表すなら恋人同士が一応いちばん的確だと思える・・・・上司と部下の次ぐらいには?
「考えすぎちゃ駄目だよ。考えすぎるとね、身動きが取れなくなるだけだよ?
 少し肩の力を抜いてみたら? 
 私はその人にあったことないから、よく判らないけれど……だけれど、悪い人じゃないと思う。きっと真砂子の気持ちを無視してコトを進めるような人じゃないよ。真砂子がその気になるまで待っていてくれるんじゃないかな」
 一つ一つ、気持ちを確かめ合って育てていくのもいいんじゃないのかな?
 麻衣の言葉に真砂子は漸く息が付けたのか、深くゆっくりと内に貯めていた物を吐き出すかのように息を吐く。
「そうですわね…たまには麻衣のように、何も考えないで本能で動くのも良いかもしれませんわね。恋愛は知性でする物ではなく、本能でしろっと言うことなのかしら?」
 むむむ〜〜〜〜〜っと麻衣は頬を膨らませる。何だか今非常にバカにされたようなきがするのだ。
 だが、真砂子は漸く吹っ切れたのかいつもの真砂子らしさを取り戻している。
 姿勢をぴんと伸ばして、決心がついたような瞳をしている。
「結果報告よろしくね」
「麻衣達にはさんざん当てられてきましたから、今度はあたくしの番ですわね」
 ニンマリと冷やかすように笑いながら言うと、コロコロと鈴が鳴るような声で真砂子は婉然と笑いながら答えた。
「頑張って惚気て下さいな」
 そう思えるなら大丈夫だろう。真砂子もきっと失敗しないで素敵な恋を捕まえられるはずだ。











「ねぇ……ナル、なんで好きとか言ってくれないの?」
 キスの合間に麻衣は至近距離にある美貌を見上げて、問いかけてみる。いきなりの質問にも関わらずナルは無表情で自分を見下ろしている。いったいこの質問に彼は何と応えてくれるか。
「聞きたいのか?」
 質問し返すのはずるいと思う。
 重なり合う寸前の距離での囁きに、麻衣は粟立つようなものを覚えつつ「聞きたいよ」と応える。やっぱり聞きたいことには変わらない。
「なら、言わせるようにするんだな」
 憎たらしいほど綺麗な笑みを刻むと、それ以上麻衣の口を開かせないようにするかのように深く重ね合わせる。
 ずるい…言うつもりなんてサラサラないくせに。
 いつか、絶対に言わせてやる。
 ナルから持たされる、言葉ではない愛情に麻衣は意識を浚われそうになりながらも、堅く決心した。果たしてそれが叶う日が来るのか…まだ、誰にも判らない。









 後日真砂子は頬を赤らめながら、付き合うことになったと言って麻衣に件の青年を紹介したのだった。












☆ ☆☆ 作者の戯言 ☆☆☆
真砂子と麻衣のピンスポットでの話はお初。綾子交えてならあるけれど。シリアスと言うほどシリアスでもないし、コメディーと言うほどコメディーのつもりもないし…何だか、微妙な位置に着いてしまいました。
ちょっと弱気な真砂子という物を書きたくなってしまったので……これでご容赦をv
でも、山下公園で赤いバラでの告白…目立ちまくり(爆)


ちなみに、これを書いたのぬぁんと一年以上前でした・・・・・・ストックがないかしら?と探していたところ忘れられていたかのように過去の残物の中に埋もれておりました・・・・・なので、少し書き足したりしましたが・・・・微妙にちぐはぐなのは、過去の遺物に手を加えたからと思ってくださいませ〜〜〜〜〜〜〜