お盆ネタ 第一弾





「ママ、何やっているの?」
 笑麻と愛衣は麻衣の後について玄関に出てきたのだが、麻衣は陶器のお皿に木の枝のようなものを山盛りにして、地面の上に置いたのを見て不思議そうに問いかける。
「お迎え火を焚くの」
「おむかえび?」
 聴きなれない言葉に二人は可愛らしく小首をかしげる。
「今日はね、日本ではお盆の始まりの日なの。その日には亡くなった人たちがお家に帰ってくる日なんだよ。そのときに迷子にならないようにね、おうちはここですよって教えてあげるの」
 手に持っていた紙に火をつけると麻衣は山盛りの木に火をつける。ゆらゆらと揺らめきながら小さな炎がお皿の上に生まれ、細い煙が風に吹かれて天へと昇っていく。
 イギリスにはない習慣に笑麻も愛衣も不思議そうに麻衣のすることを見る。
「誰が帰ってくるの?」
「笑麻と愛衣の伯父さんと、おじーちゃんとおばーちゃんたちかな」
「おじーちゃまも、おばーちゃまもお家にいるよ?」
「ママのお母さんとお父さんと、パパのお兄さんとパパを生んでくれたお母さんが帰ってくる日なんだよ」
「パパを生んでくれたお母さん?」
 笑麻も愛衣もルエラとマーティンがナルの義父と義母だということがまだわからない。いずれ大きくなれば判るだろうが、まだ理解できるほどの年ではない。
「愛衣達にはほかにもおばーちゃまとおじーちゃまがいるの?会いたいなぁ。会えるの?」
「会うのは難しいかなぁ」
「お家に帰ってくるんでしょ? おじちゃまにもあいたい」
 麻衣はその言葉にただ寂しそうに微笑み返すだけで、会えるとも会えないともいえない。ジーンは成仏できたのか、それともいまだに闇の世界でまどろんでいるのか、麻衣には判らない。
 できることなら彼岸の世界に渡り、今日久しぶりに戻ってきているのならばいい。ナルを思うのとは別の意味で、ジーンのことも麻衣は愛しているのだ。
 誰よりも大切な人のお兄さん。彼がいなければきっと、自分はこの子達に合う事はなかったはずだ。すべてのきっかけを作ってくれた、大切な人。
「そうだねぇ・・・いつか、会えるかもしれないね」
 笑麻と愛衣は揺らめく炎を見ながら呟く麻衣を不思議そうに見るだけで、小さな子特有の駄々をこねる事はなかった。 
「何をやっているんだ?」
 タイミングよくラボから帰ってきたナルは、玄関口でしゃがみこんで季節外れの焚き火をしている麻衣たちを呆れた様に見下ろしている。
 だが、麻衣はそんな視線など気にせずにっこりと微笑を浮かべると「お迎え火を焚いているの。今日はお盆だよ」と告げる。
 数年日本にいたナルは、子供達のように疑問を問いかける事はなかったが、少し考えたような顔で沈黙すると納得したようだ。
「そんな時期か」
 日本にいたときも、自分についてイギリスに来てからも麻衣は、毎年やっていたことを思い出す。亡き人たちを偲んで焚かれる火。だが、ナルは別に干渉など抱く様子もなくさっさと家の中に入っていく。
「それが済んだら、お茶」
 いつものごとく代わり映えのない台詞に麻衣は苦笑を浮かべながらも、返事を返す。
「迷子にならないでおうちに来れるのかな?」
 お皿の上にはすでに灰だけが残り、煙はもうほとんどない。ほんの数分も満たない火に笑麻と愛衣は不安そうに問いかける。
「大丈夫。きっと、みんなお家にたどり着けるよ。
 こうやってね、亡くなった人たちのことを忘れないで、ずぅっと思っている限り一緒に生きているんだよ」
「・・・よくわかんない」
「まだ、難しかったかな?」
 もう少し大きくなればきっと麻衣の言ったこともわかるだろう。やがてこの幼い子供達も死の別れの悲しさを知る日が来る。
 そんな悲しさを知る日は、自分達のように速くなければいい。遠い・・・遠い未来であって欲しい。そのためには、自分もナルも早世した彼らのように短い命を終わらせるのではなくて、しぶとく長生きをし続けなければいけないなぁ・・・と思ったのだった。














お盆ネタ第二段(笑)


「ナル、明日予定通り休むからね」
 麻衣は遠慮もなく押しかけてきたイレギュラーズたちにもお茶を配り終えると、休暇の確認を取る。いつものことだが依頼などが急に入ってきた場合は休みは返上だが、どうやら今のところその依頼も無く暇そのものである。よって休むことに支障は何も無い。
 ナルも判っているのだろう。特に何も言わず「ん」と上の空のような声で応じる。だからといってぼけっとしているのではなくて、彼の関心は相変わらず分厚い洋書にあるのだが。
「なんだ、麻衣は明日休みか? 珍しいな」
「どこか出かけはるんですか? 暑いどすから日射病に気をつけてはってくださいね」
 滝川は不思議そうに、ジョンは相変わらず優しさを滲ませた言葉をかける。
「なに?バーゲンなら付き合うわよ」
 とは、綾子の台詞。それに真砂子が「松崎さんに付き合っていたら、麻衣は破産してしまいますわよ?」と見事な突込みを入れる。
「あ、それとも海かプールですか?変な軟派には気をつけてくださいね」
 にっこりと笑いながら御大の機嫌を損ねかねない台詞を平気で言うのは、やはり越後屋たる少年だ。
「違うって。今日からお盆でしょ?だから、明日お墓参り行くの。ちょっと東京から離れているから気軽に行けないし。お盆ぐらいちゃんと行っておかないとね」
 麻衣の言葉におのおのが「あ」と声を上げる。
「そっか、今日から盆か・・・」
 坊主のクセにすっかりと忘れていた滝川に間抜けよねぇ・・・と呆れた声がかえる。
「この暑さで雑草とかも生えてお墓荒れちゃっているだろうしね。明日ちょっといってお掃除とおまいりしてくるの。だから、来てもお茶で無いからね」
 坊主の滝川よりもよほどその手のことを大事にしている節のある麻衣は、朗らかに言い放つ。
「お経は上げてもらうのか?」
「ううん。お金かかっちゃうし、お坊さんは呼んでないよ。法事がある時は頼んでいるけれど、お盆の時は頼んでないんだ。お母さん達もきっと気にしていないだろうし」
 気分的に言えばお経を上げたいだろうが、麻衣の生活環境を考えれば贅沢はいって入られないのだ。
「よし、なら俺がお経をあげよう。可愛い娘のためだ。お経だろうがなんだろうが、無料奉仕しちゃる」
 ぐりぐりと頭を撫でながら、陽気に言い放つ滝川に麻衣はやめてよぉ〜というが声はひどく楽しげだ。
「なら、あたしも一緒に行くわ。
 麻衣の事は任せてくださいって、ご報告に行かなくちゃね」
「僕も行かせてもろうてええでっしゃろうか? いつも、麻衣さんにはお世話になっているですさかい」
「あ、僕も行っていいですか? にわか家庭教師として、ご挨拶をするのが礼儀ですからね」
 などなど、口々にイレギュラーズが同行の意を上げると、その視線は自然とナルとリンのほうに向かう。
「・・・車を出しましょう」
 その視線に堪えられなかったかのように、リンがぽつりと言うと、みなの視線がナルに向かう。
「当然行くよな?」
「当たり前よね」
「皆さんで行かれたほうが、道中楽しいですよって」
「谷山さんも、墓前に恋人を紹介したいですよねv」
 否は言わせないぞといわんばかりの反応に、ナルはまったくの無反応。麻衣はこの事態に困ったなぁ・・・とこめかみをポリポリとかいてナルの反応を伺うだけ。
 皆の申し出だけでも充分に嬉しいのだが、やはりできればなるも一緒に来て欲しい・・・かもしれない。
「事務所を空けていても仕事になりませんし、ナルも同行されたらどうです? このメンバーでは夕方までに谷山さんが帰ってくる事はありえないと思いますよ?」
 リンの淡々とした言葉は、暗に夜が遅くなるはずだと行っているのだ。別にこのメンバーで出かけて夜遅くなる分には構わないのだろうが・・・・・
 ナルは溜息を一つつく。自分がなんと言おうとやるといったら、彼らはきっと引きずってでも自分を巻き込むつもりだ。その表情を見ればそれがはっきりと判る。
「判った。だが、騒々しいのはごめんだ。現地で待ち合わせることにするならば」
 それならば、リンが車を出す理由はあえてなくなるのだが、ナルを引きずり出せるのならば多少の事は目を瞑らなければならない。
 それに、結果的に目的地はどうあれ麻衣はナルと珍しく仕事抜きのドライブができることになるだろうし。(チチオヤを自負する滝川は、非常に悔しさを覚えるが)
 翌日の日曜日、お盆二日目は朝早く東京をたち、すいているうちに墓参りをする姿が、墓地苑に見られたのだが・・・当然人が皆無なわけも無く、ほどほどにはいたため、嫌ってほどこの奇妙な統一性の無い団体は人目を引いたのだった。
 特に真砂子がいたため、何かの撮影かとおもわれ、後日そこの墓地には『出る』と噂がたったとかたたなかったとか・・・・・


 帰りの車中、当然麻衣はナルのBMWの助手席に座って、一言礼を述べるのであった。
「付き合ってくれてありがとう」と。はにかみながらそれでも本当に嬉しそうに告げる麻衣に、ナルの口元も答えるように
笑みが刻まれた。










第三段(笑)・・・今回は台詞ばっかし(爆)




「麻衣、こんな話聞いたことがある?」
 本日は、SPRご一行様はオフィスでちょっと早い納涼会である。というのも、ナルはこのあまりにも蒸し暑い夏を日本で過ごす気がないらしく、八月はまるまるイギリスに帰国することがつい先日決まったのだ。そして、その一月は大学も休みになっているということで、麻衣も便乗することに決まっている。一応リンが留守を守り、調査があれば帰国・・・という形だろうが、相変わらずの閑古鳥であり9月まで事実上閉鎖といっていいだろう。
 さて、そんな事情でお祭り好きの彼らは、お盆の最終日に納涼会を行ったのだった。
 場所はもちろん、SPRのオフィスで。
 ついでに、麻衣がお迎えしたご先祖様を送るために玄関口で送り火を〆にたいているのだ。
「実は、閻魔様もこのお盆の間は実家に帰っている話」
「なにそれ」
 綾子はつい先日祖母に聞いたという話を、麻衣にする。
「お盆って言えば帰郷じゃない?で、普段は昼も番も無く忙しく働いている閻魔様も、この時ばかりは休みをもぎ取って帰郷しているって言うのよ。
 で、その閻魔様が帰ってくるのが16日。だから、それまでにご先祖の霊を送り返そうということで、15日にこうして送り火をたくんだって」
「なんで、閻魔様より先に送り返そうというの? もしかして、これって鬼のいぬまに・・・・って言うやつだったの?」
 麻衣が不思議そうに言うと、綾子が呆れたように溜息をつく。
「違うわよ。一体どこの世に偉い人より遅く帰ってくるやつがいるのよ」
「・・・・なーるほど。あの世もこの世も変わらないんだねぇ・・・」
 送り火を見つめながらしみじみと呟く麻衣に、綾子もまったくよねぇ・・・と同意する。
「あの世でもお金しだいって言うぐらいだし、やっぱり金持ちのいい男をゲットしなきゃ!」
「そういい続けて一体何年経つの?」
 相変わらずの綾子に、今度は麻衣が呆れた視線を向ける。
「煩いわね。すでにいい男をゲット済みのあんたにはわからん苦労でしょうよ」
「でも、別の苦労はあるもん」
「好き好んでしょいこんでいるんでしょ」
「まぁねぇ・・・・」
 テヘテヘと笑いながら告げる麻衣に、綾子は自分も早く好き好んで苦労を買いたいと思えるような男が見つかりますように、と思わずこれからあの世に帰ろうとするご先祖様に、祈らずはいられなかった。











☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆

2002年のお盆(新盆の七月です)に日記にてUPした小話でしたー。
我が家および、親戚は新盆をお盆として迎えるせいか、私はてっきり新盆である七月に迎え火をたく物と思いこんでいたという・・・・・
だけど、この話をUPした時皆さん七月ではなく八月に迎えると聞いて・・・・実は、カルチャーショック(笑)
考えてみなくても、八月のお休みを盆休みというぐらいなのにねぇ・・・・・別物と考えていたオオバカ者でございました(笑)
ちなみに、今年も我が家では七月に迎え火を焚いておりますです。