暗い夜空を彩るのは大小様々な星々。
 広大な宇宙に煌めく、悠久の存在。
 もしかしたら、今この瞬間にその光は消えているかもしれない。
 その存在はとうの昔に塵となって、消えてしまったかもしれない。
 気が遠くなるほど遠い彼方にある、きらめき達はその存在がここに届くのに、さらに遥かな時間を有する。
 もしも、この瞬間消えていたとしても、その事を知るのは遥か遠い先。
 それほどまでに広い宇宙空間を飛び交う、数多の帚星。
 そんな帚星の置きみやげに、地上を離れられない人々は夢を見る。
 どんな夢を見、どんな願いを祈るのか。

  どうか…どうか……

 暖かな温もりに囲まれながら、今宵ばかりはネオンに負けないように輝く星々を眺めながら、尾を引く星に願う。

  どうか…この温もりをなくしませんように。

 贅沢でも何でもない願いを、まるで唯一の願いのように星に祈る。
 ただ一つの、祈りを終わり行く星に願う。





星降る夜に







 その日、いつものようにオフィスでラベルや資料の整理をしていた麻衣は、毎度おなじみのメンバーの訪問によりその作業を中断する。
 騒々しい彼らの注文に応え、ご希望どおりの美味しい飲み物を用意すると、休憩とばかりに麻衣もソファーの方へと席を移動する。
「ねぇ、麻衣あんた今月の17〜19日都合付く?」
 綾子は暖かいダージリンを一口飲むと、麻衣に予定の確認をしてくる。
 17〜19日といえば今からちょうど一週間後だ。カレンダーに視線を移すと土曜日から月曜日にかけてである。バイトはあるが、特別これといった予定はない。あいかわらず御大の興味を引くような調査依頼もなく、こなす仕事といえば、お茶くみ、資料の整理やラベルの整理、書類などの整理などといった事務的な作業しかない。
 時々ある変化といえば、勘違い依頼人の対処ぐらいだ。
 よって毎度おなじみのことだが暇そのものだ。
「何もないよ?」
 麻衣の答えは綾子にとって想像通りだったのだろう。ニッコリと艶やかな笑顔を浮かべる。
「ならよかった、あんたその日休み貰って、あたしと一緒に別荘行きましょうよ」
「別荘?」
 いったいこの時期になぜ別荘へ誘うのか全く判らず、麻衣は小首を傾げる。
 だいたい綾子が持っている別荘地は避暑地ばかりで、11月のこの時期に行くにはちょっと寒すぎる。紅葉を見に行くというなら話は分かるのだが……はたして、この派手巫女がわざわざ紅葉を見に行くのだろうか?
「獅子座流星群って知らない?」
 一瞬何のことか判らなかったが、ふと思い出すのは昨夜のニュースだ。そう言えば、そこでそんなコトを言っていたような気がする。
 夕べは麻衣は一人晩御飯を食べながら、ニュースをそれとなく見ていた。いつも同じ時間同じチャンネルを見ているせいか、パターンは同じである。
 あまり興味がないため、いつもそれらは聞き流してしまうのだが、静かな中で一人夕食を食べるのが寂しくて、つい付けてしまうのであって、別にニュースをちゃんと聞いているわけではなかった。それでも、ここ連日毎日のように必ず放送されているテロの事件や、その他政治に関することなど似たようなコメントの元放送されている物に関しては、自然と覚えてしまうが。その中ふと麻衣はテレビに視線を向ける。
 週間天気予報というヤツだ。
 いつもならたいして気にしない内容なのだが、聞き慣れない単語に注意がそっちへと流れる。
「獅子座流星群…もうそんな時期だっけ?」
 三年前すごい騒ぎになった獅子座流星群。三十年に一度訪れる彗星とともに起こる現象。最も最盛期だった三年前、マスコミ達は一応に空が昼間のように明るくなるぐらいに、流星が見れるだろう。といっていた。
 それを聞いた麻衣はかなり楽しみにしていたのだが、実際にはほとんど見れなかったのだ。
 あいにく日本の位置だと最もよく見えると言われる時間帯は、昼間だったため流星群は期待していたほど見れなかったというわけである。逆にヨーロッパの方がそれこそ、降ってくるように見えたらしい。
 翌日の新聞やニュースでその映像を見たとき、一度はそう言う流星群を見たいと思った。
 三十年に一度とはいえ、その後も同じ時期になると天気予報では、今年の流星群は…といって必ず紹介している。彗星そのものは三十年に一度しか地球へ来ないが、宇宙塵は残っているため、数は少ない物の見れるらしい。いったいあと何年見れるのかは知らないが。
 めったに見れない物である。この機会に是非みたい。
 19日の二時から四時にかけて見えるようだ……いつもなら、すっかりと夢の住人である時間帯。起きていられるかな…?とちょっと思ってしまう。
 ただ、その時のニュースだと関東南部は曇りで、流星群を見るのは難しいだろうと言っていたのを思い出す。
「別荘といってもうちのじゃなくて、知り合いの何だけれどね。
 ○県の○群にあるんだけれどね、けっこう寒いところになのよ。で、もうスキーが出来るの。ついでだからちょっと早めに行って、初スキーを楽しまない?」
「初スキーって、まだ11月だよ?」
 幾ら寒くなってきたとはいえ、まだ冬とは言い切れないのが今の季節だ。それなのにもうスキーが出来るというのだろうか。
 幾ら寒いところでも北海道とかなら判るが、果たして関東で本当にスキーが出来るような場所があるのだろうか?
 にわかには信じられないが、綾子は自信ありげな笑みを浮かべている。
「出来るところもあるわよ。もう、初積雪もあったって言うし、何よりそこ人工雪が作れるところだから、冬は11月から春はゴールデンウィークまで充分にスキーが楽しめるところなのよ。
 どう? 行く気があるなら行かない?
 破戒僧も楽しみにしているわよ。ナルやリンも誘って皆で楽しみましょうよ」
 越後屋少年コト安原にも今頃滝川辺りから話がいっているらしく、真砂子も今は夏に比べて仕事が忙しくないため、行くとのこと。当然ジョンも皆さんが行くならと言うことで快諾し、あとはリンとナルと麻衣だけとなっていたらしい。
 出来れば麻衣もいきたい。
 スキーも楽しみたいし、何より東京で見るよりずっと流星群が綺麗に見えることだろう。
 ネオンまみれの中で見る流星群より、人工の明りが一切ない山の中でこそ見るべき自然のショーだ。
「行く! 連れていって!! でも、ナル行くかなぁ〜?」
 リンはいがいと誘えば都合が悪くない限り、付き合うことが多くなっているので、問題にはならないが、ナルは都合が良かろうが悪かろうが関係なく、なかなか了承しない。あくまでもなかなかであって、だいたいが麻衣がねだるか、安原の手管によって折れるのだが。
「ナルが行くか行かないかはあんたの説得の見せ所ね。頑張って口説き落としなさい。
 女になんぞ興味ありませんっていわんばかりの、ナルを口説き落とせたあんただから、簡単でしょ?」
「綾子!!」
 意地悪げな綾子の笑に麻衣は真っ赤になって叫ぶ。
 普通ならそろそろこの手の話題でからかえなくなってもおかしくないぐらいに、時間が過ぎている割には麻衣は、相変わらずこの手の話題が苦手なようだ。すぐに真っ赤になって面白いぐらいに慌てふためく。


「ねぇ。ナル」
「却下」
「―――ナル」
「パス」
「………………………………な」
「ノー」
「―――――――――――――――」


 麻衣が一言ナルの名を呼んだだけで、ナルはそれ以上聞かない内に一言ぴしゃりと言い放つ。
「ちょっと、何よそれ。私名前呼んだだけだよ?」
 というより最後なんぞ呼ぼうとしただけで「NO」だ。
 面白くないのは麻衣の方である。
 何も用件も言わないうちに、これ以上聞かないと言わんばかりに人の言葉を遮ってくれる。幾ら今が仕事をしているとはいえ、ここはマンションであり勤務中ではない。少しぐらいおしゃべりの相手をしてくれてもいいというのに、ナルはパソコンの画面を見たまま、もの凄いスピードでキーボードを打つ手を休めることもなく、麻衣が言いたかったことを先に言ってしまう。
「僕は、松崎さん達と一緒に出掛けるつもりはない」
 なぜ、彼がそれを知っているのだろうか?
 麻衣はいままさに言うつもりだったことを先制されてしまい、あとが続かなくなってしまう。
 思わず黙り込んでしまったがために、室内にはキーボードを打つ音しか聞こえないが、麻衣はその音を遮るように口を開く。
「行こうよ!
 初スキーだよ? それにめったに見れない流星群が見れるんだよ!?」
 麻衣を誘惑した素晴らしいそれらは、しかし、氷の心を持つと言われるナルの心を誘惑することはなかった。あくまでも彼の心を魅了するのは、心霊現象のみのようである。
「わざわざ寒いところへ行ってスポーツをする気にはなれない。
 それに流星群といって騒いでいるが、あれはただの宇宙塵だ。大気圏で燃え尽きる瞬間がたまたま普段より多く見えるだけであって、何の価値も珍しい物でもないごくありふれた自然現象にすぎない。
 わざわざこの寒空の中、時間を費やしてゴミが燃え尽きるのを見に行くつもりは毛頭ない」
 いかにもナルらしい言葉だが、幾ら真実とは言え情緒もムードもまるでない言葉に、麻衣は頬を思いっきり膨らませる。
 おそらく、生半可なことでは連れ出せないとは思っていたが、何もそう夢を壊すようなことを並び立てなくてもいいではないか。まだまだ、そう言うムードを大切にしたい乙女心を持つ娘である。今回の天体ショー並びに初スキーに色々なことを頭の中で描いていたのだ。
 恋人と一緒にスキーを楽しみたいし、もちろん皆で和気藹々とスキーを楽しむのもいいがそこに、恋人がいるのといないのとでは楽しみ度がさらに変わってくる。もちろんナルのことだからきっとスキー場に行ってもスキーをすることはなく、ラウンジで本を読みまくっているだろうが、それでも、同じ場所にいるというのがいいのだ。
 寒い夜には暖炉に火をくべて、静かな夜を楽しむのもいい。皆で楽しくおしゃべりしながら、お酒を飲んだり美味しい物を食べて、冬の夜を満喫したい。
 それに、今回最大の目玉獅子座流星群を眺めるなら、ナルと肩を並べて見たいのだ。
 ロマンティックなシュチュエーションではないか。
 白い雪に包み込まれ喧噪など全くない静かな世界。冷たいほどにシンと澄み切った大気。どこまでもどこまでも続く深淵の夜空には、東京では見ることが出来ないほどの満天の星空に彩られ、天を流れる星の欠片達。
 雪に覆われた雑木林を散策しながら、肩を並べてナルと見る流星群………東京ではけして味会うことの出来ない「デート」だ。
 (滝川辺りが聞いたら、しょせんチチオヤよりオトコだよな。と黄昏れるようなことをしっかりと考えていた)
 だがしかし、その淡い乙女の夢はナルの心ない言葉で木っ端みじんに砕ける。
「いいもん!! ナルが行かなくたって私は行くんだからぁ〜〜〜〜!!」
 
 私の心はずたぼろさ!!

 と、ワケの分からないことを叫びながら麻衣は、荒々しく書斎を出ていく。







 だが、しかし―――






「39度ジャスト。風邪だな」
 体温計を見ながらナルは麻衣を一瞥する。
 麻衣はダブルベッドの中で布団に埋もれるようにして、ナルを見上げている。白い頬は赤く上気している。それは、元気で血色がいいのではなく、風邪による高熱のために頬が常より赤く色づいているだけに他ならない。その証拠に麻衣の鳶色の双眸は熱に潤み、視線がちょっと怪しい。息も荒く苦しげであるが。
 だがしかし、麻衣は風邪になんか負けていられないといわんばかりに、起きあがろうとする。
「バカかお前は、大人しく寝ていろ」
「だってぇ〜〜〜〜。今日綾子達と別荘に遊びにいく日なんだよ?」
 可愛らしく訴えかけるがナルがそれで上に流されるわけがない。
「今の状況が判らないほど、熱で頭がやられたのですか?」
 不気味なほど艶やかな笑顔でナルは問いかけてくる。ハッキリ言って病気で体と心が弱っているときには見たくない笑顔である。
「スキーと流星群」
 それでも懲りないのか、麻衣は自分の主張を取り下げようとはしない。
 よりにもよって別荘へ遊びに行く当日になって、麻衣は39度の熱を出した。二〜三日前からくしゃみと咳をしていたため、悪化しないように充分気を付けていたが、悪化してしまった。
「ナルが昨日、我が儘ゆうからだ」
 ぷぅっと頬を膨らませて麻衣はナルを睨み付ける。もちろん睨まれた方はその視線に堪えた様子もなく、さらりと流してしまうが。
「別にお前は嫌がってなかっただろう」
「早く寝たいって言ったのに、寝かせてくれなかったナルが悪いんだもん。私は悪くない」
「自分の体調管理が出来なかったのを、人のせいにされるのは困るな。
 薬を飲んで早く寝ろ。松崎さんには電話しておく」
 そう言って出ていこうとするが麻衣は、上着の裾をがっちりと掴んでナルを引き留める。
「やぁ〜〜〜行くぅの〜〜〜〜〜」
 小さな子供のようにぐずる麻衣にナルは呆れ果てたのか、盛大な溜息をわざとらしくもらす。
「行きたいのならかってにすればいい。僕は知らない。お前の自由だ。
 だが、僕に迷惑はかけるなよ。呼び出しもするな。全部自分のことは自分で見れるなら、冬の山にでも流星群を見にでも行けばいい」
 切り捨てるかのような言葉の数々に項垂れる。
 もちろん麻衣とて、今の自分の状態で行けるとは思ってはいないのだ。
 これはただの我が儘で、行けないことに対する八つ当たりをナルにしているだけだ。
 判ってはいるのだ。
 ナルに言われるまでもなく、こんな状態の自分が行ったって皆楽しめない。皆の楽しみに水を差すだけだ。
 ナルは何の感情も移さない闇色の双眸で麻衣をジッと見る。自分の好きなようにすればいいとまるで見捨てているかのようにも思えてしまう。
 麻衣はぱっとナルの上着を掴んでいた手を離すと、もそもそと布団の中に入り頭から布団を被る。小さな子供のようにだだをこねていたのが判るだけに、今更だが恥ずかしい。
「――
風邪でいけないって、電話しておいて下さい
 もごもごとした声が微かに布団越しに聞こえてくると、ナルはその手を伸ばしてポフポフと布団越しにその頭を軽く叩くと、そのまま何も言わず寝室を出ていった。
 布団の中で麻衣は溜息をつく。
 楽しみにしていたのだ。
 スキーも、獅子座流星群も。
 ナルが行かないと言うことはちょっと寂しかったが、それでも皆と遊べて、天体ショーを見れることは楽しみの一つだった。
 それなのに…よりにもよって今日になって熱を出してしまった。
 例え、無理矢理行ったとしても遊べるわけがない。ある意味ナルよりも恐ろしい監視者が麻衣がベッドから抜け出さないように見張るに決まっている。
「スキーは無理だけど、流星群なら見れるかな?」
 流星群が見れるのは明日の深夜だ。それまでに熱を下げれば、夜ベランダから見ればいいだろう。
 きっと、そのぐらいならできるはず。
 麻衣はそうやって自分を宥めると、熱でもうろうとしていた意識を漸く手放す。ナルが綾子に連絡をいれて戻ってきた時には、すでに夢の住人となっていた。
 汗で張り付いている髪をそっとかきあげると、全開になった額を濡れたタオルで拭い冷やす。寝苦しそうな浅く速い呼吸に、まだ、熱が上がる予感がしたナルは明日の夜麻衣が、流星群見たさに抜け出さないように気を付けないと行けないな…と改めて思ったのは言うまでもない。
 と思っていても幾らナルでも四六時中一人の人間を見張ることは無理だ。さすがにトイレに行くことも在れば、麻衣の食事を作りに席を立つこともあるし、シャワーを浴びに行くこともある。そんなスキと偶然がたまたま鉢合わせたに過ぎない。
 すっかりと寝入っている様子だからと、シャワーを浴びに寝室を離れている間、珍しいことに麻衣は夜中だというのにふと目が覚めた。理由は最もなもので、汗をかいてベタベタしたパジャマが気持ち悪かっただけだ。
 近くにあったタオルで汗を拭い、クローゼットから新しいパジャマを取り出す。といっても自分の換えはすでにないから、ナルの物をかってに引っぱり出して着替える。ナルのパジャマはぶかぶかだから、ただ来て寝る分には支障がないため簡単に袖をまくって、ベッドに戻る。が、ふと時計に視線を向ける。
 三時少し前だった。
 辺りをキョロキョロと見渡せばナルの姿はない。
 熱はまだ若干あるのは判るが、汗もだいぶかいたからかなり下がっている。
 少しぐらいなら平気……
 そろり…と寝室を抜け出すと、バスルームからシャワーを浴びる音が聞こえる。ちょっとだけ見てすぐにベッドに戻れば平気…。麻衣は一応厚手のカーディガンをクローゼットから引っぱり出すとそれを着て、リビングからベランダへと出る。
 もう、冬と言ってもいいぐらいに夜は冷え込む。
 そのかわり、都会でもこの時期は空気が澄んでいて星が綺麗に見えるのだ。
 冷たくなっていく手をこすり合わせながら、ぼんやりと空を見上げる。見えるのは、小さなきらめきと、オリオン座ぐらい。ほとんどの星はネオンで見えない。ナルと同じ闇色の空を眺めながら、流星が流れるのをひたすら待ち続ける。
「風邪が治るまでベッドから出るなと僕は言ったつもりだったが?」
 からり…とベランダのドアが開く音がすると同時に、不機嫌そうな声が頭上から降りてくる。その声に思わず身を竦ませてしまう。この、深閑とした空気よりもさらに冷たい声に寒気がます。
「あ…たまたま、目が覚めたらちょうどいい時間だったから…」
 あははははと乾き笑いを漏らしながら麻衣は言うが、ナルはじろりと睨み付けるだけだ。
「早くベッドに戻って寝ろ。ぶり返したいのか」
「待って。せめて一個見たら。ね?いいでしょ?」
 麻衣は両手を会わせて拝むようにナルを上目遣いに見上げる。
 なぜ麻衣がそこまでして、流星群を見たがるのかがナルには判らない。たしかに、めったに見れないことを考えれば、希少性はあるかもしれないが、熱がある身体で無理をしてまで見たいものとはとてもではないが思えない。
「なぜ、そこまでして見たがる」
 ムードを介さないナルの言葉に麻衣は、苦笑を浮かべる。
「ナルは知っているかな? 流れ星に願い事を言うと叶うって」
「迷信だな」 
「っもう! 本当に夢がないんだから!
 流れ星が消える前に三回願い事を言うとね、叶うんだって。
 ほんの一瞬で消えちゃう物に、三回も言えたら叶うって気がしない?」
「馬鹿馬鹿しい」
 ここまで来ればもう腹すら立たない。ナルがこう言うと判っていて麻衣も言ったのだから。
「迷信でも、馬鹿馬鹿しくてもいいの」
 麻衣はくるりと身体の向きを変えると手すりに寄りかかりながら、空を見上げる。先から見ているのだが、まだ一つも流れたのを見ることは出来ない。
 完全に晴れているとは言い難い夜空。所々雲が出ているため、よりいっそう発見に率は低いのかもしれない。それでもせめて一個見る間で諦めたくはなかった。
「ナル、お風呂上がりでしょ?
 湯冷めしちゃうから部屋入っていた方がいいよ?」
 ナルに背中を向けたまま麻衣は言うが、ナルは部屋に戻ることはしなかった。
「星屑に願うようなことがあるのか?」
 どこか不機嫌そうだが流れ星を捜すのに躍起になっている麻衣は気が付かない。
「ん〜〜〜あるよ〜〜〜。一つだけ」
「どんな?」
 すっかりと冷え切ってしまっている華奢な身体を背後から抱きしめながら、その耳元にそっと囁きかける。その際吐息が首筋をくすぐり、麻衣はくすぐったそうに肩をすぼめながら小さな声で応えた。
「ずっと、この温もりがなくなりませんようにって、お願いするの」
 幸せそうな笑みを浮かべながらの囁きに、ナルは苦笑を漏らす。
「なら、願う相手が違うな」
「?」
 くるり、と簡単に身体の向きを変えられ麻衣はナルと向かい合う形になる。顔を上げれば吐息が触れるほど間近にある白皙の美貌が、闇の中浮かび上がっている。
「願う相手を間違っている。星に言っても叶えてはくれないと思うが?」
 すっぽりと包まれる温もりに、自然と麻衣は吐息を吐く。
 思っているよりも身体は冷えているようで、ナルの体温が心地よくてその胸にすり寄る。
 パジャマの布地越しに聞こえるのは、確かに刻み続ける命の脈動。
 願うことはただ一つ。この音が消えませんように。
 この温もりが消えませんように。
 願って、願って、漸く手に入れられたただ一つの温もりだから。
「叶えてくれる?」
「お望みなら」
 麻衣の問いにナルは綺麗な笑みを浮かべて答える。
 どこか冷たいけれど、優しい笑みに、心が救われれる。
 麻衣の顔にふわりとした笑みが浮かぶとナルは啄むような口づけをする。
 冷え切っている唇を暖めるように触れられる唇。
 深くなる重なり合いに、ゆっくりと瞼を閉ざそうとしたその瞬間麻衣は、ナルから体を反らしその背後を凝視する。
「麻衣」
 不機嫌そうな、ナルの声に気が付かない麻衣は無邪気な笑みを浮かべてナルを見上げる。
「見て!! 流星だよ!!
 すごい!! いっぱい流れている!!!!」
 先まで全然見れなかったのに、いっきに五つぐらいの流星が時間差で目の前を流れていく。
 瞬きをする間もないほどの一瞬の天体ショー。
 それでも、麻衣は嬉しそうな笑顔でナルを見上げる。
 その、無邪気すぎるほどの笑顔にさすがのナルも毒気を抜かれ、諦めたように溜息をつくと背後から愛しい少女の身体を抱き寄せながら、夜空を彩る星々を眺めていた。

 どうか、この温もりが消えませんように。

 それは、少女の願いか、それとも黒衣の青年の願いか。
 声なき願いは二人の同じ祈りか。




 後日談、麻衣の風邪がぶり返したのは追記するまでもない。



☆☆☆ 作者の戯言 ☆☆☆
 今年は11月の19日の夜11時・・・ではなく、二時から四時に獅子座流星群が見れるとのこと。
 というわけで、急遽「獅子座流星群」のSSなんぞ書いてみました。
 といっても、あまり詳細出ていないんだけどさ(笑)
 今夜は流星群見れるかなぁ・・・晴れているかしらん?その時間帯

 急いでこさえたので、誤字脱字チャックまで手が回っていません(>_<) その辺はあとで直しておきますので、無視して下しませv何せここまで二時間半!!