ふらんけんしゅたいん





※ これは、ある程度事実に基づいて書いた話・・・だったりします(笑)







「麻衣!? その指はどうした!!」
 久しぶりにバイト先のドアを潜り抜けた瞬間、すでにオフィスにいた滝川が麻衣の左手を見た瞬間大声を張り上げる。
 それにつられたかのように、その場にいたほかのメンバーも麻衣の左手を見て、それぞれが反応を返す。
 麻衣の左手の中指にはそれは見事な状態と化していた。
 華奢でほっそりとした形の良い指は姿を隠し、不恰好なほどに白い包帯がその指を覆っていたのだ。
「あ・・・これ・・・・・・」
 絶対に聞かれると判っていたのだが、実はまだ包帯ははずせないためしかたなく、この大げさにしか思えない状態で通勤してきたのだが・・・実は、できればあまりこの怪我の理由は言いたくはなかった。
「ちょっと、包丁で・・・・」
 と、苦笑を浮かべながら言うと綾子は綺麗に描かれている眉をひそめる。
「まさか、指先そぎ落としたとか言わないでしょうね?」
 その言葉にオーマイガッと騒ぐのはいわずと知れた滝川。
「いや、指はそぎ落としてないよ。ちょっと切っちゃっただけ」
 麻衣は綾子の言葉を否定する。
「谷山さん、指をそぎ落としたら指つめになっちゃいますよ?」
 ヤクザじゃないんですからと、さわやか寝顔で訂正するのはいつものごとく安原。だが、すぐに心配そうな表情に戻って麻衣の、左手を見る。
 華奢な指の面影もなくなってしまったそれは、見るからに痛々しい。
「ちょっと切ったぐらいで、そんなに包帯巻くわけないでしょ」
 確かにそのとおりなのだが。多少切ったぐらいではバンドエイドを貼り付けておけば充分だし、切り傷はどちらかというと空気にさらしていたほうが、治りは早いのである。まして、人に心配をかけることが嫌いで、大げさを何よりも嫌がる少女が、進んでたいした傷でもないのに包帯など目立つものをするわけがなかった。
「いや、本当にたいした事はないって。三針ぐらいしか縫っていないし。ただ曲げないよ・・・・」
 麻衣が慌てて言いつくろう言葉を遮るように、再び絶叫が響き渡った。
 発生源はいわずと知れた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「三針縫っただとぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」






 ヤバ・・・・と、慌てて口を閉ざしてもすでに時遅し。滝川は今にも泣き出さんばかりの悲壮さを漂わせて大声を張り上げ、綾子の肘鉄を食らったのだった。
「三針縫ったって・・・一体何やったのよ」
 やっぱりここでも聞かれるか・・・・
 あまり言いたくないんだけど・・・言わないですむわけがない。覚悟していたとはいえ・・・やっぱり言いたくない。
 しかし、このメンバーがそろってだんまりを免れるわけがなかった。
 この日ばかりはお茶くみを免除され、安原の淹れてくれた紅茶を飲みながら、しぶしぶながらも事の顛末を話し始めたのだった。














「あ・・・・やば・・・・・・・・・・・」
 その瞬間麻衣は手元を見ながら小さな声で呟いたのだった。
 指先からは白い肌を彩るかのように、赤い液体がじんわりと滲み出ていた。
 ことの始まりはいまからほんの数分前のことだ。
 高校生活最後の文化祭を目前として、今麻衣は非常に多忙な毎日を送っていた。今回最後の文化祭を彩るために、麻衣のクラスは幽霊喫茶なるものをやることになった。といってもただ単に喫茶をやるのだが、皆が皆怪談に出てくる人物に扮したコスプレを行い、教室を幽霊屋敷風にセットするだけなのだが。
 麻衣はお茶組のチーフにありがたく就任してしまい、連日のその準備に追われているのだ。
 そして、文化祭をいよいよ明日に控えたこの日は、いつもの登校時間より早く登校し、その準備に明け暮れる。そのため、麻衣は早起きを余儀なくされたのだ。食費削減のためお弁当作りに取り掛かったのは、ナルのマンションを出る予定の10分前のことだ。
 下準備はしてあるので、後はそれぞれの食材に火を通して弁当箱に詰めればいいだけなので、ぎりぎり間に合う計算だ。
 冷蔵庫や冷凍庫からごそごそと急いで食材を出す。本日のお弁当は、ほうれん草を混ぜた玉子焼きと、夕べの残り物の豆腐のハンバーグ。アスパラのベーコン巻きである。
 手順的に言えば、ハンバーグを焼いている間に残りのものにとりかかっていれば、大丈夫。すばやく計算するとハンバーグに手を伸ばしたが、ふと動きが止まる。
 冷凍庫に入れていたせいかハンバーグがお皿にしっかりと張り付いていて、取れない。なんとか引き剥がそうとするがびくともしない。お皿をひっくり返せばしっかりとさかさまになるハンバーグ。
 時間があれば電子レンジで暖めて解凍するか、水に少しさらして取りやすくすればいいのだがそんな時間の猶予はない。だからといって諦めると弁当に隙間ができてしまう。
 しばし悩んだ後麻衣は辺りをきょろきょろと見渡し、一点で視線が止まる。おもむろに取り出したのは包丁だ。
 刃をハンバーグとお皿の間に差し込んで、梃子の原理ではがしとろうと試みた。お皿が動かないように左手でしっかりとささえて、力を入れる。
 しかし、敵はなかなか手ごわい。がつんがつん・・・と音が聞こえるもののなかなか、ハンバーグははがれてくれなかった。
 どうしよう・・・今日は諦めてコンビニにするかそう思いながらもとりあえず、ガッツンガッツンガッツンガッツンガッツン繰り返しやっていると、刃はハンバーグの下にもぐりこんだ。
 これで、弁当の準備に取り掛かれる!
 そう思ったのもつかの間、包丁は真ん中ぐらいで止めるつもりだったのにそのまま勢い良くハンバーグの下を滑り込み、そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「やば・・・」


 自分の指をかすったのが感覚的に判った。
 別に特に痛くはなかった。
 すぐに指を見ると薄い線が真一文字に走っているだけで血が滲み出てくることもなかった。感触的にやったことはわかった。痛いというよりも何というか気持ち悪い感触と言った方が近いだろうか。時々爪が伸びていて間違って包丁でそいじゃった時の、あのなんともいえないゾワリとした感触に近いものだったので、切ったというよりも掠っただけか。
 とりあえず指を一度洗ってから、絆創膏でも貼り付けておけばいいかとのんきに考えながら、蛇口をひねって水を勢い良く出す。せっかく、ハンバーグを取り外したけれど、これで大幅なタイムロスには違いなく、今日は弁当を諦めるしかないなぁ・・・なんて思いながら水で傷口を洗う。
「・・・・・なんか、いっぱい出ていない?」
 蛇口をしめてティッシュで傷口を押さえた麻衣はポツリと呟く。
 白いティッシュが見る見る間に赤く染まっていくのだ。
 そして、鈍いとしか言いようがないのだがジンジンとしびれたような痛みがじんわりと伝わってくる。けして痛いと思うほどではなかったが。やはりどちらかというとしびれている感覚に近い。
 しばし、ティッシュで傷口を押さえて強く上から押さえ込み、止血を試みるが一枚目が赤く染まり、二枚目も赤く染まってゆく。
 それなのに、いまだに血が止まる様子はない。
 とりあえず、軽くティッシュを放してみて傷口をみると。
「うわぁ・・・・ぱっくりひらいている」
 中指の第一間接上に真ん中から右側にかけて真一文字にできた傷はしっかりと口を開いて、じわじわと滲み出るように血を出していた。思わず傷を見つめていると滲み出てきた血が、指を伝って掌まで流れ出てくる。
「やばっ」
 慌てて新しいティッシュを取り出し血を拭うと、傷口を押さえ込む。すでに時計を見れば家を出る時間に差し掛かっていた。だが、いくらなんでも血の止まらない指を抱えて満員電車に乗ることだけは遠慮したい・・・
「遅刻・・・決定だなぁ・・・って言うか、これって縫わないとやばいのかな?」
 いまだかつて縫うほどの怪我などしたことなどない。どのぐらいの傷口で縫う羽目になるのか判らないが、血が止まらなかったら縫うようなことになるのだろう。
「どうしよう。三週間後に温泉行くのになぁ・・・やっぱり縫ったままじゃ、温泉は入れないよねぇ。それまでには治るかな?
 っていうか、これやっぱり病院行かないとまずいかな。あまり時間ないからできればさっさと血が止まってくれれば私的には傷が開いていてもかまわないんだけど・・・さすがに、こんな状態で学校行ったら皆びっくりするだろうし、文化祭の準備だって困難じゃ手伝えないし」
 とにかく血さえ止まれば後はどうにでもなる・・・だろう。何よりも今はあまりのんびりしていられる時期ではないのだから。何かと色々と用事が立て込んでいてハードスケジュールなのだ。
 むむむむ・・・としばらく悩んでいたが、答えなど出るわけがない。
 麻衣は知恵を借りるべく、中指を握り締めたまま書斎へと足を向けた。
「ナル、あのね血が止まんないの」
 すでに学校へ言っているはずの時間だというのに、制服を着た状態の麻衣が途方にくれたような顔でドアからひょっこりと顔を出した。
「血が止まらない?」
 麻衣の言葉にナルがいぶかしげに問いかけなおす。
 コクリとうなずく麻衣の手元を見れば左手を右手で握り締めている。隙間から見えるティッシュはこれまた原色を残さない程度に・・・つまり真っ赤に染まっていた。
「これってさ、病院行かないと止まらないと思う?
 十分ぐらいとりあえず、血が止まらないんだけど」
 血をだらだらと流している割にはのんきな言葉に、ナルはあきれを込めた視線を向けるだけ。麻衣から傷口を見せられてその眉間の皺がさらに深いものに変わる。出血自体は止まってはいないものの滲み出ている程度だからそれほど深く切ったものではないのだろうが、傷口はぱっくりと開いている。
「縫わないとくっつかないんじゃないのか?」
 無責任な言葉だが、麻衣もそうだよねぇ・・・と相槌を打つ。
「なら、さっさと病院へ行って縫ってもらって来い」
「・・・・温泉行くまで治るかな?」
「・・・・・・」
 心配する点はそこだろうか?
 微妙に?ずれた点のことばかり言う麻衣にナルは深々と溜息をもらす。普通もっとこういうときは切羽詰るのでは?
 それに縫う時点で心配するのが温泉にいけるかどうか?普通は傷が残るとかそっち方面で心配するのでは?
 ある意味めずらしことにナルが常識的なことを思い浮かべるが、のほほん娘はクラスメートに連絡して遅れる事を伝えないと、といってばたばたと書斎を出て行く。あわただしいことこの上ない。怪我をしているのならばもう少し大人しくなってもいいものを。
 ナルはディスクの上から車のキーを取ると、麻衣の後に続いて書斎を出る。
「あ、恵子?麻衣だよ。
 あのね、指包丁で切っちゃって血が止まらないんだ。だから、学校遅れる。
 え・・・左手の中指だよ? 右?右はへーき。だって右手で包丁持ってたんだよ?」
 電話の内容を聞いている限りだと、どちらの手を怪我したのか聞かれているのだろう。微かに聞こえてくる電話相手は、かなり慌てているようだ。
「恵子・・・それはないんじゃない?」
 麻衣の眉が情けないぐらいに垂れ下がる。その後二言三言のやり取りの後、麻衣は携帯を切る。
「麻衣、いつまでそうしている気だ。病院まで送るから支度して来い」
 いくらなんでも血を垂れ流し状態で満員電車に乗せるわけには行かない。なによりも他の人に迷惑をかけるだけだ。
「送ってくれるの? ありがとうv」
 にこやかに例など言われたくはないが、ナルは無表情のまま麻衣を促すと、マンションを後にしたのだった。
「で、どんな芸術作品を作ろうと思ったら、指をそんな風に切れるんだ?」
 ハンドルを握りながら聞いてきたナルに、麻衣はてへvと舌を出しながら事の次第を伝えると、長い・・・長い・・・長すぎる沈黙が続く。
「何かいってよ!!」
 真っ赤になって叫ぶ麻衣にちらりと視線を向けると、ナルはしみじみとした声で呟く。
「馬鹿か」
 言ってよといったのは自分なのだが、非常にむかつく一言に麻衣は頬をぷっくりとふくらませ、つんと窓の外を見る。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿ね」
「馬鹿だな」
「ですね」
「・・・・・・・・・・・・・・」





 麻衣から話を聞いた綾子、滝川、安原は全員一致とばかりに呟く。リンばかりは無言だったが、言葉にしなかっただけで沈黙が物語っている。
「どこの世界に刃を自分に向けて使うのよ。あんた、刃の方向考えて使ったの?っていうか、包丁の先に手を置いておくほうが馬鹿だわ」
 綾子の容赦のない言葉の数々に、麻衣は肩をすくませる。
 どうせ、馬鹿にされるとわかっていたから言いたくなかったんだい。とは心の声。恵子から話を聞いていたクラスメートは、麻衣が近づくなり心配そうに声をかけてきたのだが、怪我をした理由を聴くと二通りの反応しか返してくれなかった。
 その一つが、綾子たちと同じようにあきれ果てた反応。心配して損したといわんばかりの態度に、麻衣はかえってむかつく。
 その二、爆笑。
 麻衣らしいといって涙を流して笑ってくれた。
 それはそれでまたむかつく。
 ええ、どうせ自分はどじでのろまな亀ですよ。なんて、おもわず大昔やっていたドラマの台詞を呟いてみたりしたくなる。
「で、縫うほど深かったわけ?」
 実際に縫っているのだからそうなのだろうが。
「判んない」
「は?」
 麻衣は片手でカップを抱えながら、のほほんと答えた。
「先生にね、縫わなくてもくっつかもしれないし、縫わないとくっつかないかもしれないから、どっちがいいって聞かれたの」
「なに・・・それ?」
 綾子でなくてもあっけに取られるだろう。麻衣ですら医者に聞かれた時、それは患者が決めることなのだろうか?と思ったぐらいだ。
「なんなの?それ」
 綾子も滝川も安原もリンまでもがあっけに取られている。
「病院までナルに連れて行ってもらって」
「って、あんた学校あるのにナルんところ泊まっていたの?」
 綾子のあきれた眼差しに、麻衣はえへっと笑ってごまかす。綾子はまぁいいわというが滝川は何か言いたそうに口を開くが、安原がそれを察知して麻衣を促す。
「先生にね、ぱっくりと開いているわねぇ。ってしみじみ言われたの」
 そこそこに大きな病院で待つこと約一時間。その間も血は止まることなく滲み出ていた。そんなに出血がひどいわけではないから、べつに一時間血が垂れ流し状態だったとはいっても貧血を起こすこともなく、麻衣は変わらない足取りで診察室へと向かった。
 そこにいたのは三十台半ばと思われる女医さん。
 カルテに傷口の大きさやらなにやら書きながら、作った原因を聞かれ「料理中に包丁で」というとしばらく沈黙した後、再び傷口を見る。
「ぜったいに、その女医どうやればこんなところ切れるんだろうって、今頃頭抱えているわよ」
「今頃ナースセンターや、医務局で話題に上っているかもしれないですねー」
 綾子と安原の野次をさらりと聞き流して麻衣は続ける。
「でね、結構深く切れているけれどくっつくかもしれないし、くっつかもしれないって言われて」
「で、麻衣は縫ってくれといったのか?」
「うん。だって、縫わないでしばらく様子を見て、傷がくっつかなかったら縫うことになるって言うんだもん。
 三週間後まで治るかどうか聞いたら、くっつかないであとから縫ったら無理って言うから、なら縫ってくださいって言ったの」
 ほにゃらら・・・と笑いながら言う台詞だろうか?
「三週間後ってあんたどこか行くの?」
 カレンダーをちらりと見ると、ちょうど祝日が金曜日で三連休になる。だが、麻衣はいつもバイトだ。たとえ今縫おうと後で縫うことになろうとあまり、関係ない気がするのだが。
「あるよ。縫ったままじゃ温泉は入れないじゃん」
 女医にも言われた。抜糸するまではシャワーを浴びても指はけしてぬらさないようにと。まして、大衆浴場ともなれば雑菌の宝庫。傷口をさらすなんて言語道断である。
「で、縫ってもらうことにしたんだけど、麻酔の効きは悪かったし」
 その場ですぐに縫ってもらうことにした麻衣は、局部麻酔を打ってもらったものの完全には効いていなかったらしい。女医はもう一回麻酔を打つか、後二針だから縫っちゃうかと再び聞き返してきた。
 ここは、医学の知識もない人間に選択させる病院なのかなぁ・・・と思いつつ麻衣が選択したのは・・・・
「注射を打つのも縫うのも同じ針を刺すんだからって、そのまま縫ってもらったと?」
「そうだよ。ちゃっちゃと縫ってくれた」
 やはり、あっけらかんと言う麻衣に周囲はあきれて物もいえないといわんばかりだ。
「女医さんも唖然としていた。そんなに変なことかな。
 麻酔打つのも縫うのも同じじゃない」
 麻衣はかわいらしく小首をかしげているが、周りの人間はどっと疲れたような溜息をつくだけで何もいってはくれなかった。
「んでね、糸って黒いんだねぇ。まるで、フランケンシュタインみたいだよ?指をつぎはぎしたみたい。それに、麻酔かけていても糸が通る感触ってわかるんだねぇ。なんだか、体の中通っているのがわかって、すっごく気持ち悪いの」
 どうやら、産まれて初めて『縫う』という体験をして若干興奮気味の様子の麻衣だ。
 周りのあっけに取られていることも気にせず、初めての体験談をなぜか楽しそうに話す麻衣に、安原が口を挟む。
「で、温泉には学校のお友達と行かれるんですか?」
 疲れているように聞こえるのは気のせいだろうか?
「うん?違うよ。な・・・・・・・・・・・なんでもない」
 不自然に途切れた言葉に、四人は麻衣に視線を向ける。学校の友人達と行くのではないとすれば誰と行くのだろうか?なんて、考えるのも馬鹿らしい人間が浮かぶが、彼が遊びでそういうところへ行くわけがなかった。
「ナルとだって言うんじゃないでしょうね?」
 引っ掛けるつもりなど毛頭なかったが、他に思い浮かばなかったため綾子が問いかけると麻衣の目が、これ以上ないぐらいに見開かれる。
「何で判ったの!?」
 消去法を使えば簡単なことだが、麻衣はそのことに思い至らない。
「ナルと温泉ねぇ・・・」
 綾子が楽しそうに口元をゆがめれば、安原のメガネがキラリンと光る。
「婚前旅行ですか?」
 にこやかに告げる安原に麻衣は、真っ赤になって「違います!!」と叫び、滝川は胡乱な目つきで麻衣を見る。
「麻衣や・・・お前、高校生だって自覚あるか・・・・?」
 自覚も何も平日から平気で泊まっているような人間に、いまさら言う台詞ではないと思うが、ここは父親魂がめらめらと燃え盛る場面。
 麻衣はやばっと言うような表情をするがいまさらであり、滝川はにんまりと笑顔を浮かべる。
「まぁ、いい。
 たまには骨休めも必要だわなぁ」
 いつもならここで、ぐちぐちと続くはずなのだが、いつもとはぜんぜん違う反応に麻衣は恐る恐ると言った感じに滝川を見上げる。
「どこへ行くんだ?」
「どこって・・・・」
「どうせなら、皆で骨休めとしゃれ込もうじゃないか」
 嫌とは言わないだろうな?
 といった無言の迫力の元に、麻衣にどこへ向かうのか聞き出そうとする滝川に、綾子は「久しぶりに温泉でのんびりするのもいいわねぇ」と続け、「今からならまだ間に合いますよv」と相槌をうつのは如才ない安原で・・・・三者三様の視線が麻衣に向けられる。


「で、どこなんだ?」
「どこなの?」
「どこなんです?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 せっかく、ナルと二人っきりの初めての旅行なのにぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 麻衣の願いは果たしてかなうのか?








☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
 事実です・・・9割がた事実の基に書いています(笑)
 って、誰の事実化というといわずと知れた、私の経験談(笑)
 ええ・・・麻衣と同じ理由で怪我をし、同じ理由で指を縫うことを選択しましたとも。麻酔が効かなかったことも事実です(笑)
 唯一違うといえば、すでに社会人になっており、自宅ででしたが(笑)
 弁当をつくろうとして、指を切った私。
「お母さん・・・包丁で指切って血が止まらない」
(遅刻決定だ・・・あ、皆勤手当てが!!あ・・・大丈夫、ちょうど月が変わっているから、先月分は出る・・・でも今月はぱぁ〜だなぁ〜〜〜〜さようなら・・・・二万円(皆勤手当て)・・・なんてことを思いながら、二階の母の元に行く私。)
「なにやっているのよ」(あきれている母)
「ほら。ぜんぜん止まらないんだよねぇ・・もうティッシュ三枚目なんだけど」(のんき娘)
「・・・・・・・・・・縫わないとだめじゃないの?」
「え! 縫っている時間ないよ! 会社遅刻していられるほど今日は暇じゃないの!!」
(伝票入力最終日のため、めちゃ忙しい日です。たいてい夜の10時ぐらいまで残業を余儀なくされる日・・・という状態の場所へ助っ人するために行くはずだったのに・・・・)
 でも、血は止まらず傷口はぱっくり。でも骨が見えたりするほど深くはなく、肉らしきものも見えてはなかったけど、結局病院へいくことになり、会社の上司に連絡すると。
「右!?左!?どっち!?」
「右です」
「なら、仕事はできるわね。○○ちゃん(仕事場の担当責任者)には言っておくから、早く病院へ行ってきなさい」
 当時キーパンチの仕事をしていた私ですが、主に使うのは右手で数字入力のため左手の指一本ぐらいなら多少の支障はあれど、障害はなきに等しいのにはかわりないんですが・・・・脱力したなぁ・・・
 ということが今からほんの数年前の、出来事でした。
 縫った後、一日三回自分で消毒してガーゼ取り替えて、意地でも温泉行く前に抜糸してもらいました(笑)というか、マジぎりぎり。温泉行く前日に抜糸したもんなぁ(笑)
 消毒するたびにしげしげと傷口を眺めながら、まるで「フランケンシュタインみたいだなぁ」と呟きながらべちゃべちゃと消毒薬をたらしていた私。親に何楽しげにやっているの?といわれました。
 などと、愉快極まりない体験談を基にしたお話でした。