可愛い嘘



 12月24日月曜日であるが、今年は天皇誕生日が日曜日のため振替休日で全国的に休みである。それ以外として、注目を集めるのはキリスト教信者でもないのに、その日を盛大に楽しむ為の、名目イエス・キリストの生誕前日でもあった。
 街などもすっかりとクリスマス一色になり、イルミネーションやクリスマス飾りがあちこちに見られる。ここ、渋谷もそんな代表的な街の一つである。あちこちでイルミネーションが辺りも暗くなると点灯しだし、クリスマスムードを煽る。
 さて、そんなイベント当日、道玄坂にあるSPRのオフィスでは早々とCLOSEDの看板が掲げられていた。だからといって、明りが消え早々に暗闇が室内を覆っているのではない。
 室内は、デパートに負けないぐらいのクリスマスデコレーションされている。誰が持ち込んだのか、本物の樅の木がでーんと存在を主張していた。さすがにオフィスに飾るモノだからこじんまりとしていたがなかなかなものだ。それに、飾り付けをしているのは老若男女問わず誘拐犯になりたくなってしまうような、双子の愛らしいお嬢ちゃん達。言わずともしれた笑麻と愛衣である。愛衣は自称祖父の肩を借りて樅の木のてっぺんに、金色のお星様を飾って嬉しげだ。
 笑麻は、一生懸命にイスをつかって高いところにも雪の棉を載せていく。少女達の兄は、自分達で作った折り紙のわっかを、窓に飾る。それから、両面テープで雪を窓やら壁やらにペタペタと貼り付ける。室内には思わず鼻歌を歌ってしまいたくなるような、陽気な声で「真っ赤なお鼻のトナカイさん」など誰もが知っているクリスマス特集の曲が、エンドレスでかかっている。
 普段はお茶しか淹れられない給湯室では麻衣を初めとする、女性達が華やかな声で今夜のメインディッシュを用意しているのだ。
「おかーさん、もうじき六時になるよ?」
 作業を止めて時計を見た咲也が、給湯室にいる麻衣に声をかける。六時前になったら教えてと言われていたのだ。準備に浮かれてすっかりと忘れていた唯人と違って、咲也はしっかりと覚えていた。
「え!? もうそんな時間!?」
 麻衣達を初めとする大人達は急に慌て出す。
 はてさて、ここまで騒々しく準備をしているというのにここの責任者は一切何も言ってこない。一番このての騒ぎことを嫌うくせにである。その理由はなぜか、それは至極簡単であった。なぜならば、彼は不在だからだ。
 行きつけの本屋(飲み屋でないところが彼らしい)から、今日の5時に予約の入っていた本が入荷するという連絡を受けて、イソイソと自分のクリスマスプレゼント(本人が知ったら憤慨しそうだが、周りから見れば彼にとって充分なクリスマスプレゼントだ)を取りに行っていていないのだ。その本屋とオフィスを行き来するのに、だいたい往復で一時間程度。さらに、麻衣はナルに子供達のクリスマスプレゼントを取りにデパートへ寄るように頼んでいるのだ。
 ナルは嫌がったが、自分では子供達に気が付かれないように取り行くことは出来ない。
上の二人はサンタクロースが実は両親であることを知っているのだが、娘達の方はまだ信じているのだ。その夢は壊したくない。そう言えばナルは渋々とだが、引き受けてくれた。
それを計算にいれても6時半には戻ってくるだろう。
 もちろん、このバカ騒ぎの準備を知らないのはナルだけであって、リンは寡黙ながらもこのお祭り騒ぎの準備を手伝っていたりする。
「ぼーさんのおじーちゃん」
「何だ?」
 笑麻は滝川に肩車をして貰って、ドアにクリスマスリースを飾ると何か不思議に思ったのか、首を傾げながら滝川を見下ろしている。
「あのね、サンタさんは皆がちゃんと眠っていないと来てくれないんでしょ?」
「そうだな」
「じゃぁ、ここで皆でクリスマスパーティーしていても、来てくれないの?」
 ちょっと寂しげな表情に、グッと詰まる滝川。本当なら来るぞと言ってやりたいが来ないモノを来るとは言えない。
「サンタさんは神様の使いだからなぁ〜。眠っていないと来れないんだ。
 だけど、それじゃ寂しいから、俺がサンタさんの格好をするんだ」
「ぼーさんのおじーちゃんが?」
 笑麻は不思議そうに滝川を見下ろしている。
「お髭ないし、髪の毛白くないよ?」
「ふふふふ〜〜〜楽しみにしててくれ」
 ニンマリと滝川が笑みを零すと、笑麻はまだどうして滝川がサンタクロースに扮するのかは、判らないがそれでも嬉しそうに頷き返したのだった。
「愛衣、笑麻、唯人に咲也、お着替えしてナルお迎えしようか?」
 麻衣の声に笑麻と愛衣は元気な良い子の声で返事を返すが、唯人と咲也は顔を見合わせるとちょっと不本意そうである。
「本当に、アレ僕達も着るの?」
「そうよ。可愛いでしょ?」
 ニッコリ笑顔の母親の言葉に、二人は撃沈する。
 何が嬉しくて男が可愛いと言われるような格好をしなければならにのであろうか……きっと、この心理は女には判って貰えないのだろう。なぜならば、女は老若問わず可愛い物好きと相場が決まっているから。まぁ、個別の基準がそれぞれあるだろうから、一概にいいきれないのだが、世間一般基準で言うところそうであろう。
「おにいちゃま、愛衣達とおそろいヤ? 愛衣ね、おにいちゃまとお揃いですごく嬉しいよ?」
 ひょっこりと顔を覗き込ませて愛衣が問いかけてくる。そう言われて、兄達にいやといえるわけがない。先ほどまで浮かべていた嫌そうな表情はどこへ消えたのか、にへら・・・ではなく、ニッコリと嬉しげな笑顔を浮かべて、そんなことはないと否定する。
「なら、皆で仲良く奥でお着替えしようか?」
「は〜い」
 二人の娘達は楽しげな声で、二人の息子達は諦めた力無い声で返事をしたのだった。




「何の騒ぎだ?」
 それから、麻衣の予想通り六時半前に御大は帰ってきた。手に持っているはずの荷物が無いところを見るときっと、車のトランクにでも隠したのだろう。その手には自分の本だけを持ってドアを開けたとたん、ナルはその眉間に思いっきり深い皺を刻みながら、底冷えする声で言ったのだった。
「クリスマスパーティー」
 麻衣がほにゃんとした笑みを浮かべながら、軽く流すような声で応える。
 そんなことは言われなくても判る。この装飾を見てだれが、誕生日パーティーだの、ハロウィンだのをいうんだろうか。もしも言うやつがいたら、きっと重度の視神経障害に違いない。病院へ行くことを進めるだろう。だが、ナルの視力は悪いというほど悪くはないし、間違うほどバカでもない。
「なぜ、ここで行う」
「うちでも良かったけれど、ここの方がまだいいでしょ? うちでやったりしたら、きっと皆そのまま酔いつぶれて泊まっていくことになるだろうし。ここなら、皆そこまで飲まないでしょ。
 止めろ何て言わないでね、子供達何日も前からすっごく楽しみにしていたんだから」
 その言葉が終わると同時に奥の扉が開いて、お揃いの服に着替えた子供達が現れた。
「あ、パパだぁ〜〜〜おかえりなさ〜〜〜い」
 笑麻と愛衣はテクテクと小走りで駆け寄ると父親のの足に抱きつくと、ツンツンとその上着の裾を引っ張る。ナルは軽く溜息をつくとその場に膝を突き視線を合わせると、娘達はその両頬にぷちゅぅ〜とキスをしたのだった。
「いいなぁ〜〜〜〜お父さん…」
 涎を垂れ流さんばかりに羨ましそうな目で眺めながら、ポツリと呟く唯人と咲也。皆もちろんその呟きは聞こえたが、さらりと聞き流す。
「パパ、可愛い?」
 笑麻がくるりと回転をして父親に問いかける。
 二人とも…いや、四人ともサイズは違えど全く同じ服を身に纏っていた。真っ赤なドレープのドレスである。襟元と袖、裾には白いファーが縁取りされ、可愛らしい白いぼんぼんも付いている。笑麻と愛衣はお気に入りなのか、クルクル回ってドレープ内に風をはらませふわり、ふわりと裾を広げて楽しんでいる。
 娘達がそれを着ているのは判る。このクリスマスにあわせて買ったのだろう。
 だが、しかしなぜ息子達が全く同じ物をを着ているのだろうか?
 ナルには全く判らない。判らないが…触れないでおこうと思ったのは、父親心ではなく、同じ男だからだろうか? いや、単なるどうでもいいからかもしれないが・・・・
 唯人も咲也も居心地が割るそうで、視線を合わせようとはしない。父親にライバル心を持っている二人は、きっとこんな姿を見られるのは実に不本意だろう。もちろん、そこまでナルが考えているとも思えないのだが。
「パパ?」
 なかなか何も言ってくれないナルに不満を感じたのか、笑麻は頬をぷっくりと膨らませて返事をねだる。
「似合っている」
「ママ!パパにあっているって言ってくれた!!」
 よほど嬉しいのだろう。満面の笑みを浮かべて麻衣に報告する笑麻だが、兄達は非常に複雑な顔でそれを眺めている。自分達が幾ら可愛い可愛いと誉めて上げても、しきりと「パパ、かわいいっていってくれるかなぁ?」と自信なさげに呟いていたからだ。
「パパ、愛衣達ね飾り付け頑張ったの。綺麗でしょ?」
 可愛らしく小首を傾げての問いかけに、ナルとて無情なことは言えない。母親である麻衣を始めと大人達は一切誰もナルを説得するべく口を開かない。彼らが必死になって言葉巧みに説得しなくても、可愛らしい言葉に笑顔一つで説得できる強い味方がいるからだ。そして、案の定彼らの目論見は誤算一つ無く成功した。
 そう、ナルが騒がしいのを避けるために所長室へ引っ込むことさえも、阻止してのけたのである。何か、企み事をするときは愛らしい双子の姉妹を味方につけた者勝ちであった。ただし、仕事が絡めば話は別だが。
「笑麻に愛衣や、俺はどうかな?」
 そう言って姿を見せたのは、サンタクロースの扮装をした滝川だった。いったいどこで仕入れてきたのか、服はおろか大きなずた袋、白い髪の毛にひげまで付けている。
「わぁ〜〜〜〜!!サンタクロースさんだぁ!!」
 笑麻と愛衣は大喜びだ。きゃっきゃっと歓声を上げながら滝川にまとわりついている。その反応に滝川も満足したのか、プレゼントだぞ〜〜〜といって、大きなずたぶくろからぬいぐるみを取り出すと、二人に手渡す。唯人と咲也にはそれぞれお好みのゲームを手渡した。
「ありがと〜〜〜ぼーさんのおじーちゃまvvv」
 笑麻と愛衣は滝川の両頬にそれぞれちゅっうっと音を立ててキスをする。それを見てますます面白くない兄達。だが、しかしそんな顔は今日はにあわない。何せ盛大なお祭りなのだから。
「よし、ならさっそくやるか」
 滝川のそんな一言の元に皆席に着くと、用意したシャンパンが勢いよく開封される。
 しゅぽん、と気持ちの良い音とともに溢れ出る泡に、笑麻と愛衣は慌てるがそれらは、大人達のグラスに難なく注がれていく。子供達はもちろん子供用のシャンパンだ。「メリー・クリスマス!!」という音頭の元でちん…とグラスを重ね合わせる。淡いピンク色をしたシャンパンを笑麻も愛衣も美味しそうに飲み干す。
 そして、綾子が一日前から特性のタレにつけ込んで置いた、鶏肉のもも肉のローストである。コンガリときつね色に焼き上がっているそれは、端から見た感じにも非常に美味しそうだ。もちろん、香ばしい臭いといい食欲をえらく刺激してくれる。それ以外にも、鯛のカルパッチョ、鰹のたたき、色鮮やかなサラダに、牡蠣やエビフライ、フライドポテト、チーズの盛り合わせ、クラッカー、山盛りのパスタ三種類など、テーブルの上にこれでもかと言うほどの料理が盛りつけられていた。
 とうぜん、子供達はジュースなのだが、大人達はお酒が色々と用意されている。このメンバーが揃ってノンアルコールですむわけがない。
 そして、万能を誇る安原は先ほどからシャカシャカと銀色のモノを上下に振ってはグラスに空けて、女性陣に綺麗な色の飲み物を渡している。
「安原のおじさん、それなに?」
 片手にフライドポテトを持ちながら問いかける唯人。
「これですか?カクテルを作るシェイカーですよ。
 こうして、ジュースやリキュールや、アルコールなどを氷と一緒にこの中に入れて、勢いよく振ると美味しいお酒が出来るんです」
 安原は丁寧に実演をかねながら、興味深げに話を聞いてくる唯人と咲也に説明する。あの、ナルの息子達だけあってこの二人は実に色々なことに興味を覚えるのだ。
「それで、ジュースは作れないの?」
「作れますよ。アルコールを入れなければいいだけですから。やってみますか?」
 安原の問いに二人は、目を輝かせながらコクリと頷き返す。
 唯人も咲也もまだ子供でいくらお小遣いを溜めているとはいえ、たかがしれている。それでは、笑麻と愛衣に満足のいくクリスマスプレゼントを用意できなかったのだ。それが非常に心残りでならない。だから、変わりに美味しくて綺麗な飲み物を作って上げたいと思ったのだった。
 といっても、変なのを作るわけにはいかないから無難に濃厚なカルピスのシロップと、炭酸水を淹れてシェイクをしてみる。シェイクする事によって、少し気が抜けてしまうがまだ幼い妹たちには飲みやすいようだ。
「いいな、私にも作ってくれるかな?」
 笑麻と愛衣が美味しそうに兄達の作った特性ジュースを飲んでいるのを見て、麻衣が問いかけてくる。アルコールが少し入っていてほろ酔い加減なのだろうか。顔がほんのりと赤い。
「いいよ、笑麻達と同じでいい?」
「お願いします、ちびっ子バーテンダーさん」
「ご注文承りました♪」
 唯人は上機嫌でシェイカーの中に、濃厚な百パーセントのブドウのジュースを入れ、炭酸水の瓶に手を伸ばす。
「あれ…これ、空だ。咲也、他にない?」
 手近にあった瓶は既に空っぽだ。咲也も辺りを見渡すがすぐに見つけられない。確かけっこう多量に買ってあるはずだから、これで終わりということはないはずだ。キョロキョロと辺りを見渡すと、封が開いている瓶に漸く気が付く。
「唯人、使いかけがまだあった」
 そう言って咲也はそれに手を伸ばすと唯人に手渡す。唯人はそれを勢いよくぼとぼとと淹れる。だが、今までのようにシュワシュワと泡が立つことがない。
「あれ? これ気が抜けちゃっているのかな。まっ、いいか」
 唯人はキュッキュッと蓋を閉めると、おぼつかない手つきながらもシャカシャカと振る。それを、グラスに空けると綺麗なヴァイオレット色のジュースの出来上がりだ。飾りにサクランボをちょこんと乗っけると、本物のカクテルのようだ。
「おかーさん、できたよ」
 とんと麻衣の前に置くと、麻衣は嬉しそうに笑顔を浮かべてお礼といって唯人の頬にちゅっとキスをする。
「ありがとうv綺麗な色のジュースね」
 唯人はテヘへへへと照れたような笑みを浮かべる。
「味見してみて?」
 気が抜けた炭酸水を使っているから、ちょっと不安な唯人。麻衣がゆっくりと飲む様子を思わずジッと見てしまう。
 コクコク…緩やかに呑み込んでいるのが判る。始め一瞬飲むのを止め、グラスをまじまじ止めていたが、再びグラスに口を付ける。
「どう?」
「ん…おいひーよ」
「?」
 何か、今呂律があまりよく廻っていなかったような気がする。
 唯人は小首を傾げて麻衣を見る。
 白い頬は赤く上気している。元々お酒が入っていてほろ酔い加減だったのだから、何も可笑しいところはない。なのだが…妙に目がとろんとしているような気がする。
「なりゅ、本ばっかり読んでないで、ご飯食べなよ。おいひーのにもったいないよ」
 やっぱり、呂律がおかしい。
 ナルという発音がちゃんとされていなかった。その事に気が付いたのか、ナルが本から視線を外して麻衣を見るが、麻衣は気が付くことなく残りを一気に飲み干してしまう。
 よほど美味しかったのだろうか?
「もういっぱい作る?」
 唯人が問いかけると、麻衣は年端もいかない娘のような笑顔で頷き返すとグラスを唯人に手渡した。
 何かが、おかしい。
 だが、どこがどう可笑しいのかは判らない。
 うむむむ…とうなりつつも、もういっぱい作ろうとしたときだった。ふと、少し離れたところにいた滝川が唯人の名を呼ぶ。
「唯人、悪いその瓶取ってくれ」
 その瓶といって指さしたのは、気が抜けた炭酸水が入った瓶だ。
「これ? 滝川のおじさんが開けたの?」
 唯人は目をまん丸にして問いかける。
 滝川は、アイスコーヒーは飲むがジュースのたぐいを飲んでいるところを、唯人は見たことがないのだ。まして、こういう場なら彼らはアルコール以外飲まない。それなのに、炭酸水なんて飲むのだろうか。
「ああ、にしても何でそれがそっちに在るんだ?
 唯人に咲也、それ愛衣や笑麻に飲ませてないだろうな? それは、間違えても飲むなよ。かなりキツイ酒だからな」
「は……い―――――――」
 唯人はそれを滝川に手渡した後、恐る恐る麻衣に視線を向ける。
 一見先ほどと変わっていないように見える。
 どうやら、気のしすぎか…
 唯人と咲也は同時に胸をなで下ろすが、滝川のその酒の飲み方を見て一抹ならぬ不安を覚える。あの、大酒のみの滝川がそれを小さなグラスに空けて、リンと綾子と共にちびちび飲んでいるのだ。
「唯人…お前、アレどのぐらい淹れた?」
「え…グラスの半分ぐらいだと思う…」
「お母さん、ほとんど一気に飲んだよな…?」
「ど…どうしよう………」
 二人がボソボソと言葉を交わしているとき、それは起こったと言ってもいいかもしれない。
 頬を赤く染めとろんとした目つきの麻衣は、ふらふらとした足取りでナルに近づくと、その膝の上にちょこんと座り込む。
「何のつもりだ?」
 この場か騒ぎの中であって、本を手放していないナルはさすがだと言えるかもしれないが、麻衣はその本を無造作に手に取るとこともあろことか、ぽいっと背後へ放り投げてしまう。
「麻衣」
 ナルの怒気を孕んだ声にもひるむことなく、ほにゃらら〜〜〜んとした笑顔を浮かべている麻衣。
「先から、本ばっかり読んでいるぅ〜〜〜〜ごちそう、さめちゃうよ?」
「いらないからどけ。僕の邪魔はするな」
「や」
 滝川達は今更気にしていないのか、相変わらずどんちゃん騒ぎをしている。その中にまぎれて笑麻も愛衣も楽しげだ。だが、唯人と咲也だけは呑気に楽しんでいられない。なにせ、麻衣が酔っていることは一目瞭然であり、酔わしてしまったのは自分達なのだから。
 これが父親にばれたら、もの凄く怒られるはずだ。
 心臓が壊れるほどバックンバックンいっている。そんな、二人の心境など知らずナルは溜息をついて麻衣を見上げる。膝に乗っている分、麻衣の顔はナルより気持ち上にあった。
「酔っているな」
「酔ってないも〜〜〜〜」
 ジタバタジタと膝の上で暴れて否定するが、その行動は充分に酔っているということがよく判る。ナルは溜息を浮かべて、この酔っぱらいとどうするか考えるのだが、それよりも先に麻衣はテーブルの上に乗っている、牡蠣フライに指を伸ばすと「あ〜〜〜ん」といってナルの口元に運んだのだった。
 もしもこれが、ナル以外だったら苦笑を浮かべながらも口を開けて、麻衣に食べさせて貰うのだがナルがすんなりと口を開けるわけがない。顔を背けて手で避けるようにするが、麻衣もそれですんなりと諦めるわけがなかった。いったい、どうなるかどんちゃん騒ぎをしながらも実は視界の片隅で、ことの成り行きを見守るメンバー達。
 だが、思いの外麻衣はあっさりと引いてしまう。
「美味しいのに」
 とブツブツ呟きながら口に運ぶのを見たナルは、疲れたような溜息をもらす。
「それを食べたらど―――――――」
 言葉が途中で区切れる。
 真砂子とリンはとっさに自分達の隣に座っていた笑麻と愛衣の目を両手で覆う。
「真砂子ちゃん?」
「リンおじちゃま?」
 不思議そうな笑麻と愛衣の声と同時に、深々と付かれたような溜息が彼らの口から漏れる。
「お前達もあまり見るんじゃねーぞ」
 滝川の言葉だが、唯人達には届かない。
 年端もいかない少年達は呆然と見つめていた。
 母の奇行を…
 麻衣は、牡蠣フライを食べたと見せかけて実は食べていなかったのだ。ナルが言葉を言うために口を開いたのを幸いと、その首に腕を絡めて思いっきり引き寄せると、口に含んでいた牡蠣を無理矢理その口の中に押し込めたのである。
「お母さんが……」
 ナルから麻衣にキスをしているところは今まで何度も見ている。日本では珍しいのかもしれないが、イギリスでは別段珍しい光景ではない。だから、ハッキリ言ってしまえば今更驚く必要はないのだが、あの照れ屋の母親が公衆の面前で父親にキスをしているのだ。これを驚かずにいられるだろうか。
「麻衣…」
 少しして牡蠣を無理矢理咬んで呑み込むと、ナルが麻衣を睨み付けるが麻衣はふにゃふにゃと気が抜けたような笑みを浮かべていて、全然ナルのにらみなど効果をもたらしていない。
「美味ひいでしょ?生でも食べれる牡蠣なんらよ。もっと食べる? それちょもおしゃけ飲む? なりゅ全然飲んでないもんねぇ〜〜〜ぼーさん、それ頂戴?」
 そう言うと滝川が飲んでいたウォッカを了承も得ず、無理矢理奪うと口に含んでまたもや無理矢理ナルに口づける。
 むせるほど濃いアルコールの味が口腔内に広がり、ナルは眉をしかめる。それでも、飲まないわけにはいかないから呑み込む。
 それでもしばらくは麻衣は唇を離そうとせず、アルコール臭いキスをしばらくし続ける羽目になった。
「ふにゃぁ〜〜〜〜〜これ、きついよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 当然である。
 度数の強いことで有名なウォッカをストレートで飲むのはきつすぎる。まして、ナルにはほとんど空きっ腹だ。胃がカッと熱くなってしまい、その熱は全身に浸透していく。
 麻衣などほとんど飲んでいないと言うのに、熟れたトマトのように真っ赤になってナルの胸にもたれ掛かっていた。もう、まともに動けるような状態ではない。
「ママ、お顔真っ赤だよ?大丈夫?」
 リンと真砂子の目隠しから逃れた、笑麻と愛衣が心配してしまうほどだ。
「らいじょーぶ。ねぇ〜〜〜なりゅ〜〜〜」
 ナルは大丈夫そうだ。さすがに白い頬が赤く染まりだしているが、何げにざるのナルが幾ら空きっ腹であろうと、一口程度のウォッカでひっくり返るほど酔うはずはない。だが、麻衣はひっくり返るまで時間の問題のようだ。
「なりゅ〜〜〜わたひのプレジェントは?」
 すっかり、呂律が怪しくなってしまっている麻衣は、周囲の視線を気にすることもなくナルの首に両腕を絡め、頬をその首筋にすりつけるようにしながら上目遣いでナルを見上げている。
 ナルは、麻衣を振りほどこうかと一瞬本気で考えたのだが、下手に扱うと周りが煩い。とくに、笑麻と愛衣が余計な勘違いをして泣きだしてしまう可能性がある。そうすると、今は大人しくしている唯人や咲也も騒ぎだし、収集が付かなくなるのが目に見えている。そうなっても構わない…と思ったのも事実だが。
「プレゼントなどない」
 身動きの取れなくなってしまったナルは、不機嫌そうな声を出す。ハッキリ言ってクリスマスソングが酷く寒々しく聞こえてきそうな気にさせてくれるほど、低く冷たい声だが、麻衣は一向に気にしない。
「え〜〜〜〜〜わたひにはないろ〜〜〜? じゃぁ、今貰うも〜〜〜〜〜〜ん」
 ニッコリと笑顔を浮かべて再びキスをしようと近づいてきた麻衣を、ナルは今度は無理矢理押しやる。
「ひろ〜〜、わたひとキスしたくないろ〜〜?
 なりゃいいも〜〜〜〜ん。
 ぼーひゃん、なりゅの変わりにクリヒュマヒュフレヒェンヒョちょーらい」
 そう言ってふらふらと立ち上がって危ない足取りで、滝川に迫ろうとする麻衣の腕をナルは簡単に掴んで引き寄せる。とんと、力の入らない足ではその力に逆らえるはずもなく、ナルの膝の上に逆戻りだ。
「にゃははははは〜〜〜〜なりゅ、ら〜〜〜〜いしゅき〜〜〜〜」
 既に何を言っているのか、判らなくなりつつあるほどへべれけ状態の麻衣は、ナルの首に抱きつくとちゅっと可愛らしいキスを繰り返ししていた。ナルも既に文句を言うのを諦めたのか、それともまんざらでもないのか、麻衣が落ちないように腰をさりげなく支えて、人前では珍しい麻衣からのキスを受け取っている。すっかりと自分達の世界を築いてしまっている万年新婚バカップルだが、メンバー達はそんな二人を放っておいて、酒盛りの続きをする。
 その光景は非常に空しいモノだったが……全く気にしていないのが若干二名いた。
「いいなぁ〜〜〜ママ、愛衣にもちゅーして」
 といってラブラブモードフル発揮中の親の元へ、愛衣がとことこと近づく。もちろん笑麻もだ。
「おいれ〜〜〜」
 と手招きして娘達を呼ぶと、その頬にちゅっとしてあげる。
「笑麻も愛衣もにゃるにちゅーしてあげよ?」
 麻衣のそんな一言の元、黒衣を着た美貌の青年は両腕に花を抱きかかえる羽目になったのだった。果たしてそれが幸か不幸か…誰にも判らない。
 ただ、元凶とも言えるべき唯人と咲也は、隅っこで「お父さんばっかりずるいよ」「今日は子供のためのお祭りなのに」(それは違います(笑))とブツブツと呟いていたという。









 翌日、麻衣はしっかりと二日酔いになったあげく前日の奇行を覚えていない。ただ、何で自分が飲んだあれだけの量で記憶がなくなるぐらい酔ったのか全く判らず、頭を悩ませていた。
「自分の酒量はいい加減に把握して貰いたいな」
 ナルが嫌みたっぷりに言ってくれる。麻衣とて強い方じゃないと判っているから、気を付けていたはずだ。それなのに、途中からいきなりぷつりと記憶が途切れてしまっていてない。
「ごめん…私、何かやらかした?」
 記憶がないため恐る恐る問いかけたのだが、ナルは意味ありげな笑みを浮かべているだけで教えてはくれない。
「な、なによ…」
「別に。ただ、クリスマスプレゼントを貰っただけだ」
「?それ、さっきあげたじゃん。私夕べのことをいっているんだけど」
 酔いつぶれてしまったがために用意したクリスマスプレゼントはつい、先ほどあげたばかりだ。だが、ナルは夕べ貰ったという。
 いったい何をやらかしたのか…非常に気にはなるのだが、余計なことを聞いて藪を突っつくような真似は避けよう…そう、無理矢理言い聞かせ麻衣は痛む頭を一人抱えていた。
 その頃子供部屋では、笑麻と愛衣が不思議そうに首を傾げている。
 朝起きてみたら、自分達が欲しがっていた着せ替え人形が置いてあった。もちろん、着替えるためのお洋服もセットになってだ。
 クリスマスツリーの模様の包装紙を綺麗に剥がして、中を見たときはすっごく嬉しかった。なのに、なぜ二人は難しい顔をして首を傾げているのか。気が付いた咲也が問いかけると二人は戸惑った表情でその理由を教えてくれた。
「あのね、サンタさんからのクリスマスプレゼント、なんで東丸デパートの包み紙なの?」
 二人の問いに唯人と咲也はうっと詰まる。
 二人はまだサンタがいると純粋に信じているのだ。夢を壊したくはない。
「あ、あのね。サンタさんの住んでいる世界にもデパートは在るんだよ。
 考えてご覧? 世の中には子供がいっぱいいるんだ。サンタさんが一人一人作っていたらとてもじゃないけれど、用意できないだろ?
 だから、特別にサンタさんの注文を受け付けるお店が在るんだよ」
 苦し紛れのこの言い逃れ、果たして二人が上手く騙されてくれるだろうか? 内心冷や汗ダラダラの二人だが、純真無垢な二人はにぱっと笑顔を浮かべると「そっかぁ〜サンタさんもお仕事、パパと同じで大変なんだね」と納得してくれたようだ。
 包装紙でサンタの正体を見破るのは、自分達だけで充分である。せめて、幼い妹たちには、もう少し長い間夢を見せて上げたい…兄達のほんのささやかな願いが籠もった、可愛らしい嘘だった。





 デパートよ、何げに子供の観察力は鋭いのである。クリスマス包装紙にデパートのマークを入れるのは止めよう……





☆ ☆☆ 作者の戯言 ☆☆☆
何が言いたいんだか、相変わらず分からない話です(笑)
今回は、ほりまゆみ様のリクエストで麻衣がナルを誘惑する話と言うことだったのに…誘惑していないし…うむ。麻衣から誘惑させるのは難しいです。翻弄させられなくて申し訳在りませんでした(>_<)

ちなみに、私がサンタクロース=両親ということに気が付いたのは幼稚園の年長さんの時のようです。その方法は…とあるデパートの包装紙。ええ…これも、私の体験談ですわ(爆)
だけれど、まだ当時は親にうまく言いくるめられたらしいです。よくその辺覚えていないんだけどさ、弟(三歳か四歳ぐらいかな?)にまでバラさえないように上手く説得されたらしい。
だが、しかし再び事実に気が付くまでに想時間は掛からなかった。何歳か覚えてないけれど、まだ親と寝ていた私は寝ようと横になったとき見てはならないモノを見てしまった。親が隠したクリスマスプレゼントを…タンスの一番上に目立たないように置いてあったそれに…思わず、「あ〜〜〜〜〜あった!!」といってしまった私(笑)それ以降毎年、親がどこに隠したかを捜すのがクリスマスのイベントになっていました(笑)
ある程度年いくと、買ってきて貰うではなくて一緒に買いにいくになり、やがてクリスマスプレゼントという形ではなくて、小遣いに変わっていましたが。
懐かしい、幼児体験でした。




ごー・とぅー・ばっく