眠った後に



 ナルは寝室のドアを開けた瞬間呆れたように溜息をつく。
 一人で眠るには広すぎるダブルベッドのど真ん中で、麻衣はくの字に身体を曲げてすやすやと眠っていた。
 ナルが近づく気配にも目を覚ます様子はなく、相変わらず一定のリズムで寝息が僅かに開いている唇から漏れている。
 幾ら広いとはいえダブルベッドのど真ん中を占領されてしまうと、残りのスペースはたかがしれている。麻衣ぐらい小柄なら潜り込めるだろうが、幾ら細身とはいえ長身で、男であるナルから見れば狭い。
 寝れないことはないだろうが、なぜ自分のベッドで窮屈な思いをしなければならないのだろうか。
 ナルは気持ちよさげに眠っている麻衣に取りあえず声をかける。
「麻衣…」
 だが、麻衣は何の反応も示さない。
 静まり返った部屋に麻衣の寝息とナルの溜息だけが響く。
「麻衣」
 やや声を大きくしてみても、全くの無反応。
 よほど眠りが深いのだろう。
 いや、元々麻衣は一度眠ればよほどのことがない限り、そう簡単に目は覚まさない。寝穢いとは彼女のことを表す言葉だとナルは常々思っている。
「麻衣、起きろ」
 さらに名を呼んでも麻衣は全くの無反応。
 少々苛立ち始めるが、麻衣は対照的なまでに気持ちよさそうに眠っている。
「麻衣」
 声に苛立ちを滲ませながらナルは麻衣の肩を軽く揺する。
 さすがに、身体を揺さぶられれば幾ら麻衣でも起きるだろう。
 確かに何度か左右に揺さぶられた麻衣は、漸く反応を返した…と思ったがどうやら、起きては居なかったようである。うなり声のようなものを出すと、ナルの腕をうざったそうに振り払うだけで瞼を開けようとすらしない。それどころか、再び健やかな寝息が室内に響く。
 いい加減少しは起きてもいい物である。
 なぜ、ここまで爆睡しているのであろうか。
 確かに自分自身はここの所毎晩遅くまで書物を読んでいた為、睡眠時間は短かったが麻衣はそんなことはないはずである。自分がベッドへ戻る頃にはいつも寝息を立てていた。よって、睡眠不足のため爆睡中…ということはないはずだ。
 朝も早かったということはない。
 いつも通りの時間に起きて高校に行った。
 試験中ということもない。仕事もとくにハードなことはなく、疲労困憊になるような理由がナルにはすぐに思い浮かばなかったが、ふと麻衣が今朝今日は体力測定だというようなことを言っていたのを思い出す。
 日本の高校の体力測定がどんな内容なのかナルは知らないが、普段まともにスポーツをしていなかった麻衣にはきつかったのだろう。思い出してみれば、夕食のときから麻衣は半分すでに寝ぼけていたのを思い出す。
 今日は疲れたからお風呂に入って先に寝るねとも言っていたような気もする。
 麻衣も寝ぼけながら言っていたのと、本を読んでいる最中に聞いたため、ハッキリとなんと言っていたのかは覚えていないが、そんな内容だ・・・・たはずだ。
 それを証明するかのように麻衣の髪はまだ湿っており、さらにはパジャマにも着替える気力がなかったのか、バスローブ姿のまま毛布に包まっている。
 すでに初夏の季節となりかなり暖かくなってはいるものの、まだ夜はそれなりに冷える。
 いくら、毛布をかぶっているとはいえ、髪も乾かさずさらにはだけやすいバスローブでは風邪を引くのが落ちである。
「麻衣、起きろ。風邪を引くぞ」
 親切心を出して起こしてやっているというのに、麻衣は「うう〜〜〜ん」と眉をひそめるだけで起きようとはしない。
 麻衣が風邪を引いてもいいというのなら、無理をしてまで起こそうとは思わない。
 だがしかし、麻衣はいまだにベッドのど真ん中を占領している。
 せめて、寝返りでも打って左右どちらかに移動してくれれば、これ以上麻衣を起こすという無駄な時間を使わなくていいのだが、麻衣はどうも寝返りを打つ様子はない。
 さすがに少々苛立ち始めるナル。
 この調子では朝まで絶対に麻衣は目を覚まさないと言うことが火を見るよりも明らかだ。
 埒があかないと思ったのだろう。ナルは麻衣の身体の下に腕を差し入れベッドの脇へとずらそうとするのだが、寝心地の悪さを感じた麻衣はもぞもぞと動いて、ナルの腕から逃れてしまう。
 微かに身じろいだからだろうか。漸く麻衣はベッドの中央から壁際の方へとずれる。これで漸く眠れる…そう思ったのもつかの間のことだった。麻衣はさらに寝返りを打ち再びベッドのど真ん中を占領する。
 先ほどよりもさらに悪い形で。
 バスローブに毛布では暑かったのだろうか、麻衣はそれを脇にどけるとさらに寝返りをうつ。
 どさ…という音が白々しくも寝室内に響き、ナルはそのまま目を覆いたいような心境になった。
 麻衣はバスローブ姿だというのに、見事なまでにベッドのど真ん中で大の字を描いている。
 深い眠りについているため、自分の身なりを気にした寝相をするような人間はいないのはナルとて判ってはいる。
 だからこそ、寝るときに身に纏うモノは楽なものが多いのだ。
 中にはファッション性を重視し、レースをふんだんに使ったネグリジェや、パジャマか?といいたくなるような下着もどきのモノを好んで身に纏う人間がいる事も知っている。それらを着る者達の寝相がどうなのかは、ナルには問題外のことなのだが、きっとそれを着て眠ればはだけて、余り人目について良い格好ではないということが、今の麻衣を見れば簡単に想像できる。
 もしも、今が調査中なら麻衣はさぞかし目が醒めたとき恥ずかしい思いをするだろう…いや、ナルから見れば自分以外の男が見ることはとうてい許せる代物ではなかった。
 先程も述べたとおり麻衣は、バスローブ姿で大の字になって寝ているのだ。
 あえて言う必要もないかもしれないがその下に身につけているモノはない。風呂上がりに身に纏う物だから、バスローブというのだから当然かもしれないが…
 何度も寝返りを打っているせいだろう。ウエストを締めていた紐は緩み、合わせ目がかなりはだけている。はだけているというより肩など半分丸見えだ。当然胸などもかなり露わになっており、申し訳程度にまとわりついているようなものである。横になっているとはいえ、こんもりと胸の丸みがハッキリと判る程度には麻衣の胸はある。けして大きいとは言い切れないが、形の良い椀型を描いていることはナルが一番知っている。
 しっとりとした染み一つついていない滑らかな白い肌には、うっすらと消えかかっている赤紫色をした痕が点々と言っているぐらいだ。もちろん、麻衣の肌には痣何という物もない。この痕はナルが数日前につけた物に他ならない。
 裾の方など太股までまくれ上がり、かなりきわどい部分まで肌が露出されている。
 ほっそりとした白い足は、恥じらいもなく大きく左右に広げられている。綾子や真砂子が見たのならば、女の寝相ではない…といって呆れ果ててしまうだろう。
 人によっては恋人がこんな寝相で寝ているのを見て、千年の恋も一瞬で冷めてしまうかもしれない…
 では、ナルの場合どうかというと、しばらくは呆れたように麻衣を見下ろしていた。
 ある意味当然といえたかもしれない。
 だが、呆れたような眼差しは次第に不穏な物に変わっていく。
 ナルは元々気が長い方ではけしてない。特別短気というわけではないが、どちらかといえば短い方にしっかりとくくられる。
 上から順繰りにナルの視線は麻衣を眺めている。
 ナルのことには全く気が付かず気持ちよさげに眠る麻衣は、この時ばかりはナルの不機嫌さを煽る物でしかない。
 ほっそりとした首筋にまとわりつくのは、柔らかな栗毛の髪。今だ乾いていないせいかしっとりと水気を含み麻衣の首筋にまとわりついている。
 病的な細さを思わせない程度に浮かび上がっている鎖骨には、ナルがつけた赤い痕。柔らかな肩まで滑らかなラインが続き、ほっそりとした腕にもとわりつくように、バスローブはずり落ちている。柔らかな胸は麻衣の呼気に合わせてゆっくりと上下し、一人でベッドを占領するかのように、広げられた足はまるでナルを誘っているかのように見える。
 しばらくの間ナルは麻衣を何も言わずに見下ろしていたのだが、ふと動き出した。
 麻衣の頬を包むように腕を伸ばす。
 眠っているせいか若干いつもより体温が高く感じられる。
 子供のように柔らかな頬を掌に感じ、ナルは親指を伸ばして僅かに開いている唇に触れる。
 ラインをなぞるように動かしてみるが、麻衣は何も反応を返さない。親指の腹をただ暖かな息が掠めて行くだけだ。
 僅かに開いている唇の中へと潜り込ませてみると、湿った温もりが親指の先を濡らす。さすがに息苦しさを感じるのか、くぐもった呻き声のようなものが麻衣の口から漏れてくる。
 これで起きるか?
 そう思ったナルだが、次の麻衣の動きにナルはほとほと呆れ果てる。
 まるで赤ん坊がおしゃぶりをするかのように、麻衣はナルの親指を舐め始めているのだ。ナルの右手を掌で包み込み、小さな麻衣の舌がちろちろと動き、ナルの親指を舐めていく。
 ぞくっとした悪寒にも似たようなものを覚えるのは、ナルの方だった。
 これでは意味がない。
 さて、どうしようか…と思ったとき鋭い痛みが親指に走る。
「っつぅ……」
 何と麻衣は小さな白い歯をたてて、ナルの親指を囓っているではないか。
 いったい何と勘違いしているのだろうか? どうせ麻衣のことだから、何かお菓子を食べている夢でもみているのかもしれない。
 ナルは溜息をつくと麻衣から手を離した。
 麻衣はしばらく手をもぞもぞと動かして何かを捜すような動きをするが、目的の物が見つからないことを察したのか、不意にその動きが止まるのを横目で見ながら、自分の親指を見ればしっかりと麻衣の歯形が着いており、血まで滲んでいる。
「麻衣、いい加減に起きないか」
 かなり怒気を孕んだ声を出して呼んでいるというのに、麻衣はふにゃふにゃとワケの分からない声を出すのみで、相変わらず話にならない。
 こうなれば、ナルとて意地になってくる。
 相手が麻衣でなければナルとて、意地になることなどなかっただろう。
 身を乗り出すと、ほっそりとした首筋に唇を付ける。
 やはり湯冷めをしたのだろうか。暖かいはずの肌はヒンヤリとしていて冷たい。その事にナルは僅かに眉をひそめながらも、冷えてしまっている肌を暖めるように舌を這わす。
「―――ん―――――」
 漸く何かがおかしいと思い始めたのだろうか、麻衣の眉が微かに動く。だが、まだ目を醒めるほどの刺激ではないのだろう。その瞼が開く様子はない。
 首筋から鎖骨へと唇を動かし、ナルの手は滑らかな肌の上をゆっくりと彷徨い始める。
 胸の谷間を這うように触れていく熱い舌に、漸く麻衣は身じろいだ末に重そうな瞼を上げる。
 ぼんやりとした鳶色の瞳が、漸く姿を見せた。
 しばらくの間、自分の身に何が起きているのか判っていないのだろう。
 麻衣はただぼんやりと自分の上にのし掛かっているナルを見ている。
 これで漸く麻衣は目を覚ますだろう。
 ナルはそう思っていた。
 まず、始めに今ナルがしていることを認識したとたん、麻衣は真っ赤になって騒ぎ始めるはずだ。ジタバタと暴れてナルから逃れようとするはずだ。そんな様が簡単に想像できる。
 寝ているのに何をするのだとギャンギャン叫きながら抗議をするだろうが、簡単に麻衣をやりこめられるだけの状況が今回は、面白いぐらいに揃っている。どんな状況であろうとも言いくるめるぐらいできるのだが、今回のケースでは麻衣には何も言い換えせないだろう。
 言いたいことを言った後、しばらく付き合って貰って、その後寝れば充分だ…ナルは既にその時そう考えていた。
 身体はかなり疲れており、睡眠を欲していたのだが、悪戯から始めた行動により身の内にしっかりと炎が灯ってしまっていた。消火するためにも麻衣にはしっかりと付き合って貰おう。そう思っていたのだが、一向に麻衣はナルが想像していた通りの反応を返してこない。
 ただ、ぼんやりとナルを見つめている。
 時々眠そうな仕草で目を擦るが、やはり頭が起きないのだろう。その鳶色の双眸が焦点を結んでナルを認識することがとうとうなかった。
 いや、ナルを認識することはしていたのだが、ナルが何をしているかを認識することが出来なかったと言うべきだろうか。
「ナル…重い―――」
 それは当然である。全体重をかけているわけではないが、ナルは麻衣の上にのし掛かっているのだから重くて当然だ。
「邪魔」
 麻衣は寝ぼけた声で簡単に一言で言い捨てる。
 どうやら麻衣の中で優先順位は相変わらず眠ることであり、それを邪魔するナルはただの障害物としか認識されていないようだった。ナルがあれこれと身体をまさぐっているというのに、全くの無反応である。
 それで面白いはずがない。
 まして、山よりもプライドが高いナルである。このまま、はいそうですかとどくわけがなかった。
「麻衣――」
 普通の女性ならうっとりとしてしまうような声で麻衣の名を囁く。もちろん、意識的にわざとだ。その為にわざわざ麻衣の耳元で吐息を漏らすように名を呼んだというのに…麻衣は、疲れたような溜息をもらすとプイッと横を向いてしまう。
「眠いの…邪魔しないでよぉ…」
 ナルの腕の下から逃れようとするようにもがくが、ナルに押さえつけられていて逃げられるわけがない。
 まして、今だ意識は眠りの淵にあるのだから、ただ動かしているだけのような動きにしか過ぎない。
「仕事の邪魔すると起こるんだから、私の邪魔もしないでよぉ…」
 麻衣の睡眠と人の仕事を一緒にするなと言いたくナルだが、麻衣の目は既にとろとろとしており、瞼が開いているのが不思議なほど眠そうな声である。
 どこまでいけば麻衣の意識は目が醒めるのか、試してくなってくるナルは、麻衣の不平など無視してさらに動きを深めていく。
 だが、しかしナルは唐突に止める。
 自分がどうしようと無駄だということがよく判ったからだ。
 腕の中で麻衣は再び静かな寝息を漏らし始めている。
 幾らナルとて眠ってしまった女を抱く趣味は持っていない。
 疲れたような溜息をもらすと、身を起こす。
 愛しい娘だがこの時ばかりは憎らしくさえ思うのは、八つ当たりだろうか?
 中途半端に火照ってしまっている熱を冷やすために、もう一度シャワーを浴びにバスルームに向かったナルは、その日は結局リビングのソファーで眠る羽目になった。
 もちろん、麻衣が最後までベッドのど真ん中を占領していたからである。



















 さて、翌朝。
 麻衣は清々しい気持ちで目を覚ますことが出来た。
 ただ、起きた瞬間慌てて身なりを整えたことは言うに及ばずと行った所だ。
「うわぁ…すごい格好。ナルいなくて良かった…」
 幾ら、一糸纏わぬ姿を見られているとはいえ、あんな霰もない姿を見られるのは恥ずかしい。
 どうやら、麻衣には夕べのナルの闖入に関する記憶は残っていない模様である。
 はだけたバスローブを着直して麻衣はよいしょとベッドから起きあがる。隣にナルが居ないことに安堵を覚える麻衣だが、昨日も寝ないで仕事をしていたのかと思おうと、それはそれで不満である。
 不満と言うよりも不安と言うべきだろうか。
 ここの所、余り眠っていないことを知っているからだ。いい加減ちゃんと休まないと、身体に負担が掛かりすぎてしまう。今夜こそこっちでちゃんと眠るように言わないと。
 麻衣はそう固く決意して、寝室を出る。
 疲れて居るであろうナルのために、お茶の容易をして、眠れるなら今からでもいいから少しはベッドで眠って貰おうと思ったからだ。
 静まり返っているリビングを通り抜けキッチンに向かおうとした麻衣は、ふと足を止める。
 リビングにあるソファーの上で眠るナルの姿に気が付いたからだ。
 何故こんな所で眠っているのだろうか?
 書斎の仮眠用ベッドで眠ればいいのに…と思って、書斎をちょっと覗いてみたらそこは多量の本によって埋め尽くされていた。だから、寝にくいリビングのソファーで眠っているというのだろうか?
「ナル…ナル……」
 麻衣はそっと肩を揺すってナルを起こす。
 ナルは数度眉をひそめた後瞼をゆっくりとあげ、自分を覗き込む麻衣を不機嫌そうに見上げる。
 麻衣は眠っているところを起こされたせいで、機嫌が悪いと思って対してその事は気にならなかった。
「眠るならベッドで寝た方がいいよ」
 上体を起こし腕を回すたびに、関節が鳴っているのが聞こえてくる。寝返りの打てないソファーで眠っていたため、身体が固まってしまったのだろう。
 麻衣は呆れたように溜息を零す。
「寝るならベッドで眠ればいいのに、何でこんな所で眠っているの?」
 麻衣の言葉にひくりと反応するナル。
 不機嫌さがますます増していくことに、漸く気が付く麻衣。
 麻衣は知らない、夕べ合ったやりとりを。
 なぜ、ナルが寝室にあるベッドでなく、リビングのソファーで眠る羽目になったのかを。
「ベッドで寝かせてくれなかったのはどこのどなたで?」
 ナルが胡乱な気配を漂わせながら言うが、麻衣はキョトンとしていて全く意味が分かっていない。
 もちろん、ナルとて寝ぼけていた麻衣が夕べのことを覚えていなかったとしてもしょうがないとは、頭の片隅で思っている。あくまでも頭の片隅ではあるのだが。
「え?」
 妙な気配を漂わせるナルに、麻衣はひくり…と顔を引きつかせる。
 もしかして、自分は何か不味いことを言ってしまったのだろうか?だがしかし、何が地雷を踏んでしまったのかやはり判らない麻衣。
 ジリジリと後ずさる麻衣を、追いつめようとするナル。
「あの…ナル…目が笑ってないんだけどぉ……」
 いつものことなのだが、唇は笑みをかたどっているというのに目が笑っていない。
 ハッキリ言って不穏な物を漂わせている。
「気のせいだろう」
 ナルはそう言うが絶対にそんなわけはない。
 まるで、肉食獣が獲物を追いつめるときの目を彷彿とさせるような目のようにも思えてならない。
「ね、眠いんならさ。今からでもベッドで寝た方がいいよ?」
「そうだな」
 ジリジリと後退する麻衣に、追いつめるナル。
「や…だから、あっちが寝室で……」
 トン…と背中が壁にぶつかる。
 なんで、ナルが寝るだけのためにこんなに慌てないといけないんだろう…密かにそう思いつつも、なぜか身の危険を覚える麻衣。
 ナルはそれはそれは綺麗な笑みを浮かべながら、麻衣の眼前に迫っていた。
 引きつった顔で白皙の美貌を見上げる麻衣は、いまだになぜナルがこんなにも不機嫌なのか理由は判らない。
「な、なんでそんなに不機嫌なんだよ。
 ナルが睡眠不足なのは私のせいじゃないやい」
 勇気を奮って間近に迫りつつある白皙の美貌を見上げながら言うのだが、その声は若干怯えの色が交じっていたのも本当のところである。
「ほほぅ…自分のせいじゃないと言い切るか」
「ったりまえでしょ。ナルが仕事をして睡眠不足になったんだから、人のせいにしないでよね」
 自業自得だい。と続けようとした麻衣だが、その言葉は口から出ることはなかった。それはそれは、見事としか形容できない笑みをナルが刻んだからにならない。
「なるほど…あくまでも、自分のせいではないというか…人のベッドを我が物顔で占領しておきながら、自分は関係ないと」
「え?」
 ここに来て何かがおかしいと思い始める麻衣。
「あ…あのぉ……」
 夕べ何かがあったというのだろうか?
 説明を求めた麻衣だが、この後激しく後悔をする羽目になるというのは……お約束であったりする。
 果たしてこの後、ナルが睡眠時間をたっぷりととれたかどうかは、麻衣のみが知っていることであり、麻衣は今後二度とバスローブを着てベッドのど真ん中で眠るもんか…と硬く誓ったのが、結果の応えといえるかもしれない。



 


 

 

 

 

 

 



☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
 さて、今回はまたまた過去の遺物を掘り出してきました。
 というか、すっかり忘れていたのだけれど、PCの保存データ見ていたら見つけたとも言う。
 その昔・・・何年前だ?当時GHのサイトをやっていた某御方とチャットをしていて、同じテーマで話を書いてみようという事になって書いた話です。
 私が眠っている麻衣にちょっかいをかけるナルを書くということで。某御方は逆に眠っているナルに麻衣がちょっかいをかけるという展開でした。
 チャットをして出来た話って事は、サイト一年目の頃かな〜
 一年目はとにかく月に2〜3回はチャットをやったものでした。
 懐かしいなぁ、23時頃初めて九州地方の夜が明けるとお開き。ってのがパターンで・・・北は北海道南は九州まで参加者がいたので、上から順に夜明け報告を初めて・・・最後の九州地方の方が「朝日が昇りました」と言うと「んじゃ、そろそろ眠りましょうか」となったのでした。
 あのころチャットにご参加してくださった皆様は今も元気でいらっしゃいますかねぇ。
 もうかれこれ6〜7年前になりますので、ふと懐かしく感じました。