秘密の St. Valentine's Day





 ビター、スイート、ミルク、ブラック、フルーツ、生クリーム、ナッツ、ブランデー‥‥一つにチョコレートといっても世の中にはたくさんの種類がある。
 お菓子屋さん、ケーキ屋さんの数だけチョコレート。
 甘くてとろけるような香りが辺りに充満し、目を輝かせてショーウィンドウをのぞき込む老若問わない女達。
 お菓子屋さんの戦略? そんなの最初のきっかけ。
 聖なる告白の日?
 クリスチャンでも何でもない日本人には関係がない。
 ただ、この日をきっかけに思いを告白する人も‥‥たぶん、まだいるんだろう。なんとなくそんな存在前世紀の遺物というか今時こういうイベントでもない限り告白できないという、恥ずかしがり屋さんなんて貴重なような気もするけれど。
 どちらかというと、今の世の中自分へのご褒美的チョコレートを一番奮発して、次に仲の良いお友達に自分もちょっと食べてみたいなーと思うようなチョコレートを。これはね、物物交換。目の前で開封して貰って互いにチョコレートを交換して味見のしあいっこ。
 気に入った物を今度買おうかなぁとか思いながら、みんなでイロイロと試食会。そうするといっぺんに色々な味を食べれるからね。そして、もしかしたら一番本命で一番奮発しなきゃいけない相手が、一番安くてありがちなチョコレートになっちゃうかもしれない。
 だってねぇ? ちょっとデパートの地下を歩くと、これ自分用に♪とかいう声とか、交換こしよーねvとかそんなちょっとヴァレンタインとは趣旨がずれたような会話ばかりが聞こえるし。 
 彼氏?ああ、一応手作り。安いしね!
 そんな会話も聞こえるし・・・ってか、なんで彼氏って尻上がりでみんな言うんだろう?変な発音。ってそんなこと今時気にするような人いないか。
 ああ・・・でも、自分があの中の一人・・・になれないのがちょっとこういう時は悲しいかもしれない。
 と、今更ながら思うわけ。
 もちろん、仲間になろうと思えばいっくらでもなれるんだけどね。
 仲間の皆にはもちろん、チョコレート買っているから、まるっきし蚊帳の外って訳じゃないんだけど。一応日頃色々とお世話になっているから、こういう時ぐらいはね・・・でも、やっぱり貧乏学生奮発なんて出来ません。だから、材料を買ってみんなにちょっとずつ味見して貰う程度。なにより、受験生にチョコレート作っている時間なんてないし、皆に釘指されているぐらいだし・・・だから、板チョコ溶かして、型に入れて固めて、コーティングして、ちょっと可愛くラッピングして終了。
 何より、自分チョコにそんな贅沢・・・何千円もするような物、買ってられないし。そんな高いチョコレート買うぐらいなら、服の一枚ぐらい新しいの欲しいしね。なにより、ヴァレンタインは2月。もうじき高校を卒業するし、春が来たらいよいよ大学生。授業料や入学金・・・は奨学生の場合なしなのが助かるけれど。教科書とかも買わないといけないし、大学の教科書は何かと高くつくって安原さん言っていたしね。今は節約期間。貧乏学生は奨学金を貰っていても、やっぱりきついんだなぁ。大学生になったら制服じゃなくなるから、服もないとこまっちゃうしー。またユニクロでもいって見繕ってこようかなぁ。それともニッセンあたりでよさげなのあったかなぁ・・・そういえば、恵子がたまーにオークションで安く服が売っているよーとか言っていたけれど、本当にあるのかなぁ‥‥う〜〜〜ん。やっぱり、チョコレート如きにお金なんて早々使ってられないね。
 まぁ、本当は一番あげたい本命が甘い物嫌いって言うタイプの上に、こういったイベントをまったく興味持ってない辺り助かるって言ってしまえば助かるけれど・・・いや、なんだかんだいって、パーティーはいやがるけれど、プレゼントはくれたしなぁ・・・びっくりしたけどー。
 ナルがクリスマスプレゼント用意してくれていたとは、驚いたもんなぁ。
 プレゼントちゃんと私も用意しておいて良かった。
 って、そういう問題じゃなくて、やっぱり楽しそうだな。
 誰かのために何か選ぶのって。
 自分用でも、友達用でも、彼氏のためでも、職場のためでも・・・本気の度合いがまったく違うだろうけれど、そこに込められた思いとか意味とかも全く違うけれど、誰かのために何かを選ぶのってやっぱりいいよね。
 あげて受け取って貰った時の表情。
 楽しそうな顔。嬉しそうな顔、困ったような顔、色々浮かんでは消えていく。
 そして、最後に浮かぶのは無表情だけどちょっと呆れ混じりの顔。
 ため息がその端正な唇から漏れるのが今にも聞こえてきそうな程、リアルに想像できてしまう自分を褒めてやりたいぐらいだ。
「麻衣?こんなところで何をしている」
 そんな事をつらつら考えていると、急に背後から聞こえてきた声に、思わず足を止めてしまう。
 振り返ってみれば、予想に違わずナルが立っていた。
「ナルの方こそこんな時間に珍しいね」
 今は、午後の四時を少し回ったところ。
 月曜日のこの時間ナルが、地下鉄からはい上がってくるなんて非常に珍しい。
 学校帰りの女子高生達が目の色を変えて、振り返っていく。
 あ、携帯でとっている子もいる。
 当然だよねー。どうみても普通の人じゃなくてモデルか何かと思っているんだろうな。
 知っている?見たことある??とかそんな会話まで聞こえてくるよ。
 そんな会話、いつものこと過ぎて聞き慣れてはいるけどさ。
「あ、神保町の帰り?」
 小脇に抱えられている茶色の紙袋に気が付いて問いかけると、ナルは軽くそうとだけ返す。
「だよねぇ。じゃなかったらこんな時間に地下鉄利用するわけないよね。
 じゃぁ、一緒にオフィスいこ?行くんでしょう?」
 表参道ではなく渋谷で下車したと言うことは、マンションではなくオフィスに行くって事なのだろう。
 麻衣はするり。とナルの腕に自分の腕を絡める。
 ナルはそんな麻衣をちらりと見るが、特になんの反応も返すことなく歩き出す。
「買い物があるんじゃないのか?」
「別に。特にないよ。今年も不況なんて関係なさそうだなーと思っただけだったしね」
 女の子のたまり場と化しているこの場を、ナルと一緒に歩くともうハリセンボンになっちゃいそうなほど、視線を感じるんだけど、ここぞとばかりに腕にしがみついてみる。
 ふふん♪いいだろー。
 バレンタインなんて関係ないけれど、これだけとびっきりイイ男が(外見だけだけど)私の彼氏なんだぞ〜♪ちょっと、自慢したくなたっていいよね。
「今日はなんなんだ?」
 いつも、こんなべったりとひっついて歩いたりなんてしないから、ナルが眉を寄せて問いかけてくる。
「たまにはいいでしょ?」
「歩きにくい」
「身も蓋もない言い方」
「何を今更?」
 どんなにべったりひっついて歩いても、ちっても甘いムードなんて漂ったりしない。
 そこら辺歩いているカップル達は皆良い感じで盛り上がっているのになー。まぁ、ああいう人たちは今日がバレンタインだから盛り上がっているんじゃなくて、年がら年中だろうけれど。
「たまにはさ、こうやって一緒に歩きたいなーとか思うの」
 周りは羨ましそうな目で見ていく。それがちょっと気持ちいけれど、やっぱりちょっと虚しく感じてしまうのは、うわべだけだからかなぁ‥‥いや、別に恋人同士ってのがうわべだけって訳じゃないけどさ・・・そういえば、こういう関係になってバレンタイン迎えるのは初めてであって・・・ナルちょっとは、気にかけてたりする‥‥‥‥‥‥・・・わけないよねぇ。
「麻衣‥‥」
「なに?」
「空腹ならそういえ」
「う‥‥‥‥‥‥き、聞こえた?」
 車のエンジン音、街の喧噪にかき消されて絶対に聞こえなかったと思ったのに、ひっついていたのが敗因か!
 今日はちょっと、タイミングを逃してお昼を食べそびれてしまったのだ。
 だから、お腹が空いていたところへチョコレートの甘い匂い。これは、ボディーブローを食らって、足下がふらついている時にカウンターパンチを食らった感じ?ってどんな感じだよ。と自分で思わずつっこみつつ、えへへへへと笑ってごまかそうとすると、ナルは呆れたようなため息を一つ頭の上に落としてくれた。
 別にお腹の音一つでそんなあからさまに呆れなくてもいいのにさー。
 頬をふくらませていると、腕をくいっと引っ張られる。
「空腹で仕事をしてもはかどらない」
「いや・・・でも、寄り道していたら遅くなっちゃうよ?」
 時間はすでに4時半。ちょっと軽く食べていたらあっという間に5時を回ってしまう。
「オフィスを閉めるのは8時過ぎだ。それまで我慢できるのか?」
「う‥‥‥‥‥‥・・・」
 確かに正直言えば、今食べれる物なら食べたい。
 そろそろお腹が空きすぎて気持ち悪くさえ感じてきたし。
 あのチョコレートの匂いがやっぱり、いけないんだー。おちついてたのにさ。
 ブツブツ心の中で呟いている私の手をナルは何も言わずに引いて、バレンタイン色と化した店内へ。
 うわー。外から見た時にはあまい気が付かなかったけれど、カップルばっかり。
 店員さんに案内されて、二階の窓際に腰を下ろす。
 手渡されたメニューに視線を落として、納得。
 なるほど。バレンタインデーにちなんで特別メニューなんかあるんだ。
 お好きなチョコレートケーキ二つと、コーヒーor紅茶セットで2000円。確かここのお店のケーキセットって1500円だったから。幾分安くなっているんだ。
 でもなぁ。ナルはケーキ食べないし。
 私もお腹は空いているけど二つもいらないしなぁ。
 どちらかというと、ケーキよりホットサンドの方が食べたいかも。
 しばらくメニューを見て迷った私は、チーズホットサンドとアッサムティーを。ナルは普通にダージリンを注文したんだけど、「あと、これを最後に」と言うんだから、もう目が点よ。
 ナルが指さしたのはなんとチョコレートケーキ。
 クラッシク・ショコラだから確かにちょっと苦みがきいていているけれど、チョコレートケーキには違いなくて‥‥‥‥
 まじまじと見てしまう私の視線に気が付いているだろうにナルは知らん顔。さっきまで脇に抱えていた茶封筒を開けて中から立派な装丁の本を取り出して読み出す。
 周りがどんなに良いムード醸し出していても、やっぱり変わらない。
 まぁ、こうやって喫茶店でお茶出来るだけでもいいんだけどさー。
 オーダーした品はすぐに運ばれてきて、熱々でとろとろのホットサンドを一口ぱくりとかみつく。
 野菜のみずみずしさと、チーズのとろとろとハムの歯触りが、空腹に染み渡る。
 アッサムにはお砂糖を入れずにミルクを垂らして、一口。
 冷えた体がジワジワと暖まっていくのは、暖かい飲み物と食べ物のおかげなのか。それとも‥‥‥‥
 一通り食べ終わると、運ばれてきたのはクラッシク・ショコラ。
 それは、当たり前のようにナルの前に置かれるんだけど、ナルは無言でフォークに手を伸ばす。
 やっぱり食べるんだ。
 なーんだ。食べるならちゃんとチョコレート用意しておけば良かったなー。
 ブラックチョコとかビターチョコ使った物用意したのに。
 綾子が知ったらリサーチ不足って笑うんだろうな。
 いいもーん。来年リベンジしてやるんだから!
 心で固く決意していると、ケーキをフォークで掬うとそれがなぜか目の前へ。
「‥‥‥‥‥‥・・・」
 差し出されたそれを反射的にぱくつく。
 ほろ苦いけれど、甘みがじんわりと広がって美味しい。
 って、なんで私が食べているんだろう??????????
 疑問を口にする前にナルの前に置かれていたケーキは目の前に移動されていた。
「ナル?」
 訳がわからなくて首をかしげると、ナルは軽くため息を一つ。
「ヴァレンタインなんだろう」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥そうだけど‥‥‥‥‥‥」
 そうだけど、そうだけど、そうだけど!!!!!!
 もう頭の中びっくりマークだらけよ!
 って、これヴァレンタインのチョコレート代わりって事!?
 うわーうわーうわー!!!
 嘘!?いや本当!?ってか、これって夢じゃないよね!現実だよね!?
 私ってばチョコレート売り場の前で、ドリームに浸ってないよね!?
 誰かいたらほっぺたつねって貰ったのに!!!っていうか、これ、喫茶店じゃなかったら絶対にじたばたともがいていたよ、私!!!!!!
 だって、ナルから貰えるなんて・・・っていうか、今日は女の子が男の子にあげる日なんじゃ!?
 ああ、そうか。外国はそういうの関係ないんだっけ・・・元々はチョコレートをあげるとかじゃなくて、カードを送り合う日だもんね。初めてナルにチョコレートをあげた時、そう説明されたっけなぁ。
 その時逆に、日本のヴァレンタインの説明をしたんだけど、あからさまに呆れていたのに‥‥‥‥
 くふふふふふふふふ。
 笑みがとまらな〜い。
 なんだか、今日はこのままオフィスに行くのがすっごくもったいないきがしてきた。
「ねーナルー」
 私にしては、ものすごーく猫撫で声だったと思う。
 ナルが思いっきり不振そうな顔をしたから。
 でも、そんなん気にならないもんね。
「今日、このままどっかいかない?」
「雇い主を前にしてさぼりの算段か?」
「雇い主を巻き込めば、問題ナッシング♪」
「ケーキ一口で、酔っぱらったか?」
 アルコールなんて入ってないですよー。
 と舌を出して言いつつ、身を乗り出す。
「ナルに酔わされたんだよ?」
 だって、ナルがこんな事してくれるなんて夢にも思わなかったから、期待すらまったくしなかったから、運が良かったらチョコレート貰ってくれるかもしれないよなーって程度しか思ってもいなかったから、予想外のこの事態にたかがはずれてもおかしくないもんねーだ。
「僕は何もしてないが?」
 今まで呆れしか浮かんでなかった唇が、蠱惑的な笑みを刻む。
 漆黒の瞳が細められ、まっすぐに私を見つめたかと思うと、すっと手が伸びてきて顎を掴むと、指先が唇をすっとかすめて離れてゆく。
 ナルは指先に付いたチョコレートを軽く舐めると、微かに眉をひそめた。
「甘いな」
 その、さりげないしぐさに、私はもうこれ以上言葉を紡げる事は出来なかった。
 今まで、それなりににぎやかだった空間が、なんだか‥‥‥‥‥‥非常に静かで‥‥‥‥ってうか、静かすぎて‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥・・・頭に一気に血が上って行くのが判る。
 なんだか、怖くて周りに視線を向けることが出来なくて‥‥‥‥‥‥‥‥
「食べないなら、もう行くぞ」
 ナルはまったくお構いなし。
 優雅に足を組み直すと、何事もなかったように手に持っていた本へと視線を落とす。
「食べる‥‥」
 フォークを手にとって、ケーキを口に運ぶ。
 甘い甘い味が、なんだかだんだんわからなくなってきて‥‥・・・機械的に口に運んで、店を出るとなぜか、進行方向は来た道。ようは渋谷駅へ。
「ナル?」
「今日は、さぼるんだろう?」
 そんな身も蓋もない単語使ってないやい。
 と、唇をとがらせながら呟くが、同じ速度で歩いてくれるナルの腕に腕を絡めて、頭一つ分高いナルを見上げる。
「ありがとう」
 背伸びをして、その白い頬に軽い口づけ。
 人前でこんな事自分からしたことないから、すっごく恥ずかしいけれど、なんとなくしたい気分だったんだ♪
 ナルはちらりと視線を落としたかと思うと、すっと顔を傾ける。
「お前は何をくれるんだ?」
 それは、蠱惑的な‥‥魅惑的な笑みに、射すくめられて言葉がとっさに出なかったのは言うまでもあるまい。
 








 誰にも言えないけれど、
 ナルと初めてのヴァレンタインは、言葉に出来ないほど、甘い甘いチョコレートの味でした。

 











☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
 ある日とうとうつに、天華はおかしくなったのであった。○





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に、何もわいてはおりません。まだ、夏ではないから!冬にはなにもわいてはなくってよ〜〜〜〜ほっほっほっほっほ。
 ふいにね。うん。不意に思い浮かんだ単語を書き連ねたら、こんなありえねーって言う感じの話になりました(笑)
 はっはっはー
 久し振りにUPした話が、久し振りの時候ネタで、ばかっぷると来ました。
 って、この前UPしたのもバカップルでしたね。
 短いお話だとシリアスよりも、こういう話の方が書きやすいのかも・・・ネタがあればだけど(笑)
 なんで、こんな話になったのかまぁナゾです。まぁ、いつもの事なんだけどね。
 とりあえず、一ヶ月半ぶりの更新となりました。
 あと30分でバレンタインデー終わるけど。とりあえず、14日にUPできたので!!(笑)




                                 


2005年 2月 14日 Mon
Sincerely yours,Tenca