痴話げんか












「星が見たいかもしれない・・・・・」
 ぽつりと、思いつきが思考回路を通らず垂れ流しにされたかのように出た言葉に、反応が返ることはなかった。
「普通さ、なんか言わない?」
 沈黙は答にならない。
「ねぇってば!!」
「必要を感じないが?」
 さらりとした回答に、麻衣はむっつりと頬をふくらませる。
「だって、東京じゃこんな星空みれないんだよ!?」
「みることが出来ないのは別に僕の責任ではない」
 誰が責任を問うているというのだ。
「そういう話をしているんじゃないの!!」
「見たいならば勝手に、窓から見ていればいいだろう」
 確かに窓から外は見える。街灯すらろくすっぽない山道。光と言えば山道を照らし出すヘッドライトのみ。交通量は全くと言っていいほど皆無で、星明かりを払拭させるほどの人工灯の輝きは皆無といいほどだ。
「だーかーらー、車を止めてちょーと見たいんだってば!! ほんの少しでいいの!
 調査中見る余裕なんて欠片もなかったしぃぃぃぃぃぃぃ。
 いいでしょ〜〜〜〜〜〜〜」
 二人のそんなやりとりを聞きながらリンは、ひっそりとため息をつく。
 I県での調査が終わり、現地を出たのはすでに夕方になろうとしている頃。午前中には出るつもりだったのだが、エンジンがかからず予定よりも遅れて出発したのが、尾を引いているのだろうか。山道を走っている途中でどっぷりと日が暮れてしまい、東京にはいったい何時頃付くのか皆目検討が付かないといったところが正直なところ。
 おそらく年内にはたどり着かないだろう。
 ちらちと時計に視線を向けてため息をつく。
 まさか大晦日の夜に山道を走ると誰が想像しただろうか。
 協力者達はこのままお正月が終わるまで泊まっていこうとごねていたが、下手に滞在すれば帰りにUターンラッシュに巻き込まれかねない。さすればいったい何時間車の中に閉じこめられることになるか。今ならば東京方面に向かう高速道路は空いており、それほど渋滞は巻き込まれないだろう。まして、バカ騒ぎに参加するつもりなど毛頭ない所長は、無慈悲な発言を下したのだった。
 むろん麻衣も大反対したが、ナルの意志は堅く覆ることなく、渋々と大晦日の夕方から出発したのである。
 麻衣は、車に揺られてうっつらうっつら、していたのだが不意に目を覚まして外に視線を向けるなり、小さな子供のように顔を輝かせて、ナルにちょっと星が見たいとねだりだしたのだ。
 確かに麻衣が目を輝かせるのも判る・・・気がする。
 まず、東京ではお目にかかれないほどの満点の星空。これぞまさしく星が落ちてくると形容してもよいかもしれないほど、闇という布を星という宝玉が煌めきながら飾り立てていると言っていいだろう。
 手を伸ばせば届きそうに見えるほどのそれに、麻衣が心惹かれないわけがない。
 だが、あいにくとナルはそういった手間を惜しむ方だ。
 ただでさえ予定より遅れて向こうを出ており、不機嫌さはまさに絶好調。これ以上ないと言うほど機嫌は悪かった。
 今のナルにおねだりをするなどはっきり言っては無謀なのであるが、今まで居眠りを扱いていた麻衣は機微という物が欠落しており、ナルの不機嫌はいつものことという問題で終わっていた。よって、いかに不機嫌であろうとも慣れきってしまっている麻衣は全く気にせずねだりまくる。
 リンから見ればいい加減にしやがれ。な感じだろう。
 そういうことは第三者のいない二人っきりの部屋でやって貰いたいものである。
 だがしかし、リンのそんな無言の願いを聞き届けられる物はなく、かれこれ15分ほどそんなやりとりが続けられていたのだが、リンが不意にスーツの内ポケットから携帯を取り出す。
 今年から法令で運転中の携帯使用は禁止されているのだが、こんな山奥に警察の目があるわけがなく、躊躇することなく通話を押したのだった。
「ねぇってばぁ」
「猫なで声を出すな。気持ち悪い」
「うわっ、それ仮にも恋人に言う言葉!?」
「気色悪いといった方がいいか?」
「同義語じゃ!!」
 変わらずやり合っている二人など気にすることなく会話を終えるとリンは、無表情にちたりとナルへと視線を向けた。
「滝川さんの車が立ち往生してしまったようです」
「うえ?」
 リンの言葉に麻衣は背後を振り返る。
 ふと気が付けば背後を走っているはずの滝川の車の姿が見えない。
 いったいいつから、追いついてきていないのか。全くと言っていいほど気が付かなかった。
「立ち往生?」
「ええ、雪にタイヤがとられてしまってから回っているそうです。
 すぐに追いつくからしばらく待っていてくれとおっしゃってますが、戻りますか?」
 リンの問いにナルはしばし考えるが、待っていようと短く答える。
「向こうにはぼーさんも、ジョンも安原さんもいる。
 松崎さんがハンドルを握って、三人が車を押せば問題はないだろう」
 ナルの言葉は確かに問題はないが、人道的にどうだろう?と思わなくもないのだが、リンはそれ以上何も言うことはせず車を路肩に止め、ウィンカーを点滅させる。
 すると、今まで事の成り行きを黙って聞いていた麻衣が目を輝かせて身を乗り出す。




「んじゃ、ぼーさん達が追いつくまで良い?」




 喜色満面とはこのことを言うのだろうか?
 あまりに楽しそうな顔にナルは、それ以上は何も言わずため息を一つ付くと「好きにすれば」と応えたのだった。
































「で、ウチの娘はこんな寒空の下で何をやっているのかね?」
 それから10分ほどして追いついた滝川達だが、呆れた様子で窓越しにリンに問いかける。
「星を見ています」
「そら、まぁー見れば判るわなぁ」
 車の上部に肘をつきながら、呆れた眼差しで先を見る。
 車から少し離れたところで、麻衣はのけぞるようにして空を眺めていた。
 零下の空の下で何も寒そうにふるえながら、星を見る必要はないと思うのだが・・・・飽きる様子もな白い息をたなびかせながら、空を眺めている。
「う〜〜〜わ〜〜〜〜〜〜〜すごいねぇー綺麗だねぇー」
 最初は一人で星を見ていた麻衣だが、滝川達が追いついたことで呼びに来たナルをなぜか引き留めて、今だ車に戻る様子は見せない。
「麻衣、いい加減にしないか」
「ん〜あとちょ〜と〜〜〜〜」
「何があとちょっとだ。ぼーさん達が追いついたから出発するといっているだろう」
「そーだけどー。こんな星空東京じゃ見れないんだからいいでしょー」
「車の中からいくらでも見れるだろう」
「そういうんじゃないのー。ナルも一緒に見てごらんよー」
「僕は結構だ」
「そんなこと言わないでみようよ〜〜」
「結構といっている。
 そんなにみたいならば好きなだけ見ておけ。置いていくだけだ」
 そういって身を翻そうとしたナルのコートを麻衣はがしっと掴んで放さない。
「麻衣」
 怒気を孕んだ声も何のその。
 白い頬を寒さによって赤く上気させながら、にっこりと笑顔を浮かべてナルを見上げる。
「たまには、いいでしょ?」
 何がいいというのだろうか。
 そもそもこんなところで時間をつぶして困るのは何も自分だけではない。調査を終えたばかりの皆も疲労がたまっており、早く家に帰りたいと思っていることは麻衣も判っているはずだ。だが、それでも依怙地になっている麻衣はある意味らしくない。
 確かにこういうものにたいして、非常に興味を覚えるが、だからといってPTOをわきまえないほど愚かではない。
 まるで酔っぱらいのように我が儘きわまりないその行動にナルは、眉をしかめる。
 アルコールを摂取していないのに、酔っぱらいになることが人間には出来るだろうか?
 場に酔うとは言うが、いったい何に酔うというのだろうか。すでに車に乗っている時からこの状態だったのだから。
 ナルは何気なく麻衣の額に触れ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うにゃぁぁぁぁぁぁ!?」
 いきなり麻衣の胴に腕を絡めると、ひょいと何の気概もなく担ぎ上げたのだった。
「五月蠅い」
「五月蠅いじゃないやい! いきなりなにすんの!?」
 じたばたじたばたと暴れるが、それでどうにかなるものではない。
「ちょっと!!まだ、星見〜る〜の〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 駄々っ子のように手足をじたばたさせている麻衣を見て、滝川は思わずあきれ果てる。
 滝川だけではない。その光景を見ていた、綾子や真砂子も冷ややかな眼差しを二人に向ける。
「どうでもいいけれど、あたし達まで巻き込まないで欲しいわ」
「ですわね。
 あたくしも早くゆっくりと休みたいですわ・・・・もう、車の中は疲れてしまって」
 楽さをとって着物ではなく洋装だがずっと座りっぱなしでは、体の節々が硬くなってしまい長時間乗っていれば嫌でも疲れるというもの。
 そこに来て、見ているのもあほらしい二人のやりとりに、どっとため息が出てくるものだ。
「ナル坊。どうした?」
「熱に頭がやられている」
 身も蓋もない言葉は比喩ではなく、本当の意味を兼ねているのだろう。渋面が苦々しい顔になっている。
「あらまぁ。どーりで」
 その後に続く単語は口にされなかったが、ナルには判ったのだろう。麻衣を担いでいない方の肩を器用にすくめる。
「んでどうする?」
「仕方ない。この先にある集落でホテルか旅館があるのならば、そこで一泊していく。
 なければ山を越えれば、町がある。そこでどうにかなるだろう」
「らじゃー。ちょいまてや。
 今少年に話してちょいとリサーチかけて貰うわ」
 むやみやたらと動き出すよりも、具体的に目的地を持って動いた方が無駄な動きが省けるというもの。滝川の言葉にナルは頷き返すと麻衣を抱えて、バンへと戻る。
「まだ〜〜〜見るの〜〜〜〜〜〜」
「バカか」
「バカ言うな!」
「熱があるのに自覚がないのはバカ以外何者でもないな」
 麻衣を機材の隙間に座らせると、額に再び手を伸ばす。
「むぅ?」
 全く自覚してないのだろう。麻衣は頬をふくらませたまま首をかしげる。
「熱、ですか?」
 リンの眉がしかめられ、背後に無理矢理座らされた少女を見る。
 頬が確かに赤くなっているが、熱で赤いのか、寒さで赤いのかが判断できない。だが、ナルが熱があるというのだからあるのだろう。
 調査中何度も雪の中を行き来して機材を運んだり、計測したりしたため、汗が引いて風邪を引いてしまったのかもしれない。
「熱があるのに気が付かずはしゃぐのは、子供そのものだな」
 麻衣はむっと唇をとがらせるが、言い返すことが出来ないでいた。
 熱があることに他人に言われるまで気が付かないとは、まさに子供そのものである。
「所長」
 安原とジョンが二人で滝川の車から降りてくると、ざくざくと雪を踏みしめて歩いてくる。
「町まで行かないと旅館がないですが、後一時間半ほど走らせれば付きそうです。
 電話しちゃいましたが、良かったですか?」
「それで、かまいません」
「では、僕たちが今度は先頭を走っていきますね」
 道を知っているのは安原のため、今度は先発後発が代わり、先に滝川の運転する車が走り出す。それを追う形で、バンが後をゆっくりと追う。
 機材の隙間に座布団を置き、クッションを引き詰め、毛布を羽織っていた麻衣は、不満そうにまだ唇をとがらせていた。
「たいしたことないのにぃ〜〜〜」
「我が儘を言いたければ、素面の時に言え」
「言ったって聞いてくれないくせに」
「聞き入れられないことを言うからだろう」
「だから、我が儘って言うんでしょうが!!」
 この場に綾子か安原でもいれば、宿泊先の露天風呂やらで麻衣の意識をそらせることが出来ただろう。なにせ、これから行く先の目玉は露天風呂から見る満点の星空&雪景色。十分に麻衣の意識をそらすことが出来る材料がそろっていた。
 だがしかし。その事をリンは知らない。
 むろんナルも知らない。
 知っていたとしても、風邪引き麻衣に露天風呂など入らせるとは思えないが・・・・そのため、延々と麻衣とナルの低俗な痴話げんかは続くのであった。
 哀れなのは、延々に聞かされ続けるリンだろう。













 痴話げんか。
 果てしなく迷惑きわまりない、恋人同士の口論。
 本人達は本気で喧嘩をしているのかもしれないが、外野から見れば二人っきりしかいないところでやりやがれ!!な感じである。







☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
 落ち無し、山無し、意味無し。と新年早々ないないづくしでちょっぴり切ない天華であったりします。
 不意に思い浮かんだこの話。実は先日電車に乗った時の目の前のカップルがヒントになっておりました。
 彼女「星見に行きたい」
 彼氏「寒いからいや」
 彼女「いこーよー」
 彼氏「行きたくない」
 そんなやりとりを電車の中で、だれてる彼氏にしなだれかかりながらねだっている彼女さんをぼんやりと眺めながら、色々なストーリーを考えていた私でした。
 あまりにも色々と考えすぎて、RINKOさんにそこまで考えていたの?と笑われたぐらいでした(笑)ちなみにその時の思考回路は、このネタにはなっておらず。
 ものすごーく。面倒くさそうな彼氏さんはうっとおしい彼女とはそろそろ別れ時かなぁ〜なんて考えていたりしてなどと、勝手に恋人達の行く末を作っていたのは私と小鴨でした(笑)
 ちなみに、目のまで繰り広げられていたため見たくなくても見てしまい、聞きたくなくても聞いてしまっただけである。だんぼちゃんにはなっていなくてよ?(笑)
 まぁ、そんなやりとりをナルと麻衣に当てはめて、私が書いてみたら上記のようになったというだけでした。
 お年賀代わりの、ばかっぷるな二人と言うことでお見逃しくだされv


ではでは、本年度も懲りずによろしくお願い致します<(_ _)>








                                     2005年 1月 1日
                                Sincerely yours,Tenca