Xmas Morning
「すっごぉぉぉ〜〜〜い綺麗」
麻衣は指にはめて貰った指輪をうっとりと見つめている。
シンプルすぎると言っても過言ではないデザインだ。プラチナの平打ちリングに小さなルビーが一つポツンと埋め込まれているだけである。だが、プラチナの輝きとルビーの煌めきのコントラストが際だち、シンプルながらも目が離せられなかった。
綾子が見たら面白くも何ともないとぼやいたかもしれないが、自分には一生の宝物だ。
もちろん、なんだかんだ言いつつもナルから誕生日やクリスマスにプレゼントは貰っている。買うのが無難なのか楽なのか判らないが、大抵がこうして宝飾品・・・・むろん、華美なものではなく麻衣が好む系統のものを選ばれているが・・・をもらっている。
今回が初めてというわけでもないが、今までの中で最も最高だと思うのは、アルコールに浮かれているだけではないだろう。
だが、しかし・・・・だからといって、それに付き合わされる方はたまったものではない。
漸く、家に戻るべく歩き出したのはその場に着いてから30分近く経過してからだ。たかが30分だが真冬のイギリス・・・それも、雪が降っていないとはいえ深夜である。それでなくても家からここまで20分近くかけて歩いてきているのだ。身体はとうに芯から冷え切っている。
酔っぱらっている麻衣には自覚はないだろうが、身体は充分なほど冷えているはずだ。
にもかかわらず、麻衣はさっさと歩こうとはしない。
「麻衣、いい加減にはなれろ。歩きにくい」
イルミネーションも充分に堪能し、さらに思いにもよらないことにナルからもらったクリスマスプレゼントに麻衣は、有頂天と言っても良い状態だった。
その腕になつくと言うよりも、しがみつく状態にさすがのナルも離れろと声を荒げるが、麻衣にはまるで異国の言葉で話しかけられているかのように意を介さない。
そればかりか、腕ではなくナル自身・・・背中にしがみつく。
「ナルの背中あったかーいねー」
ぎゅっと抱きつかれた状態で歩けば、ずるずると地面をする音が聞こえる。
「麻衣・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
例えナルでなくても、いい加減にしてくれと誰もが思うだろう。
いくら恋人であろうとも、ジャマである。
まして、ナルは例え相手が恋人であろうと親であろうとジャマと思ったらジャマなのだ。
その事に関しては、容赦という文字は彼の辞書にはないと言っても過言ではない。
自分の胴に絡みつく腕を無理矢理引きはがすことに、何の躊躇もなく力任せに引きはがす・・・・が、思いの外その腕は自分の胴から離れた。それどころか、逆に妙な力が腕に掛かる。腕だけではない背中にもだ。力というか重いというか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
振り返って背後を振り向けば麻衣がすやすやと寝息を立てて居るではないか。
アルコールが充分に回りほぼ泥酔に近く、さらに興奮したせいでアルコールが完全に回ったのだろう。麻衣はナルにしがみついたまま心地よさげに寝息を立てていた。
あまりにも無邪気な寝顔に一瞬毒気を抜かれたナルだが、こうも自分勝手に好き放題やられて気持ちが良いわけがない。この寒空の下外に連れ出したかと思えば、本人はやりたいことだけやってさっさと夢の住人である。ナルでなくても青筋の一つや二つ立てたくなるというもの。
いっそのこと、このまま置き去りにしてやろうかと思ったぐらいだが、だからといって今にも雪が降りかねないほど冷え込んでいる場所に置き去りにするわけもいかないため、仕方ないとばかりに盛大なため息を漏らすと、すっかりと眠り込んでいる麻衣を背負って歩き出したのである。
翌朝、案の定麻衣はぼんやりと目を覚ました。
なんだか、とってもイイ夢を見たものだ。出来る物なら、あのままずっと夢を見続けたかったが所詮は夢である。そういつまでも見続けられるわけもなく、時間がくればこうして眼が覚めてしまうものだ。
だが、思い出すだけでうっとりと浸れてしまう。ナルはあくまでもナルらしかったがそれでも、夢ならではの素敵な時間だったのだ。浸れずに済むわけがないが、その時間は長くは続かなかった。
案の定二日酔いに襲われる羽目になる。
目を覚ました時はすでに陽も高く登り、眩しいばかりに日差しが室内を照らしている頃だ。
「うぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜ぎぼぢばるいよぉぉぉ〜〜〜〜〜」
ベッドの上で目覚め早々うなり声を上げてしまうほどだ。
まるで、頭の中で除夜の鐘が鳴り響いているかのようにガンガンと痛み、口の中は酸っぱく、胃がむかむかとしてたまらない。身体全体も非常にだるく顔もむくんでいるような気がする。いや、気だけではなく実際にむくんでいるだろう。
ふらふらになりながらベッドから起き出して這うようにバスルームへと向かって鏡を覗き込む。
案の定なんとも不細工な自分の顔が鏡に映し出される。
「ちょ・・・・調子に乗りすぎて、飲み過ぎた・・・・・・・・・・・・・・かな?」
夕べのパーティーでどれほど飲んだのか麻衣は実際の所判らない。途中から、とにかく飲んで食べて飲んで食しゃべってはまた飲んで・・・・・・・・・・・途中から記憶が非常にあやふやである。
眼が覚めたら陽が高くまで上っており、ベッドの中だったのだ。
隣には当然の如くナルの姿はない。当たり前だ、彼がこんな遅くまで寝過ごしているわけがないのだ。
歯ブラシにむにゅっと歯磨き粉をのけて、しゃこしゃこと磨いているとふっと鏡が気になった。
なにか、鏡に映り混んだ物に違和感を覚えたのだ。
だが、いったい何に違和感を覚えたのかがわからず首を傾げる。
顔色が悪い自分の顔だろうか?
いや、それはすでに鏡を見た瞬間自覚をしているのだから、今更違和感を覚える必要はない。むくんではれぼったくなっていようとも、目が若干血走っていようとも、不細工なことには変わりなく・・・・元々いいわけではないのに、さらに不細工になっていることにアルコールは、今後控えようとか考えながら歯磨きを続けていると、ピタリとその動きが唐突に止まる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
歯磨きを持っていた手をじっと見る。
右手は別に何の変哲もない。むくんでいる感覚はあるが、時間が経てば収まる物である。
そして、未だに歯磨き粉を握りしめている左手に視線を落とす。
左手も当然浮腫んでいる。右手が浮腫んで左手が浮腫まないわけがない。
だが、しかし、左手にはないはずの物があった。
歯磨きを持ったまましばし固まる麻衣。
どのぐらい経過しただろうか。麻衣は口を急いですすぐと脱兎の如くリビングに駆け込む。
そこにはやはり二日酔いで頭を抱えている、滝川や綾子の姿はあったものの、肝心要のナルの姿がない。
「ナル何処!?」
リビングのドアを勢いよく開けたと思ったら、大音響の声に綾子と滝川は同時に撃沈する。
どうやら、二日酔い度は麻衣よりも酷いようである。
ざるの二人がこうなっているのだから、いったいどれほどの量を開けたのか計り知れないというものだ。
「麻衣や、ちょっと静かにしてくれんか?
俺らもー頭の中で和太鼓と除夜の鐘がジョイントしていて大変なんだよ」
訳のわからないことをテーブルに突っ伏しながら、呟く滝川だが麻衣の耳には届いてはいない。
リビングにナルがいないと判ると、麻衣は再びバタン!と勢いよくドアを閉めて、ドタドタと勇まし音を立てて階段を上っていく。当然滝川は「しぃぬぅぅぅぅぅ〜〜〜〜」と呻いていたが、綾子はちろりと視線を上げるとため息を一つ着く。
「なんで、麻衣はあんなに元気なんだ・・・・・・・・・・・・・?」
麻衣も許容量以上飲んでいることを知っている滝川は、ぽつりと漏らす。
調子に乗って飲んでいたのだ。麻衣も当然自分達の仲間入りは決定と思っていたのだが、今の麻衣を視る限りでは二日酔いなんて物は訪れなかったようである。
「頭に血がのぼっているんでしょぉ〜」
「なんで? ナル坊とやりあったか? あいつ、もういねーぞ」
滝川も綾子も麻衣よりも少し前に起きてきたばかりだった。その時ちょうどナルはどこかへと出かける所だったのだ。いつものように黒で統一された服を纏い、コートを羽織って出て行くところに居合わせたのである。
当然麻衣は未だに夢の中の住人であり、ナルと一悶着起きるわけがない。
たとえ、出かける前にやり合ったとしてもあの二人のやりとり・・・・といっても、麻衣の喚く声は何処にいても聞こえるはずである。そのやりとりさえ聞こえなかったのだから、一悶着あったとはとうてい思えなかった。
「指輪」
「指輪?」
ぽつりと億劫そうに呟いた綾子は、左手の薬指を指し示す。
「あの子、指輪なんてしてなかったのに、はめてたの。
その事、ナルに聞きたいんじゃないの・・・・・・?」
「お前、よく気が付いたな・・・・・」
めざとすぎる。と舌を巻く滝川である。
「・・・・・・・・・・・・・・・んで、ただのクリスマス・プレゼントかね?」
左手の薬指という場所が場所であるだけに、むくむくとわき上がる好奇心。
だが、綾子は指輪には気が付いた物のそこまでは興味はないようである。
「さーねー。そんなところまで判らないわよ。
気になるなら、あとで麻衣にでも聞いてみたら?」
聞かなくても麻衣の方からしゃべり出すような気もするが。
「あたしは、とにかくこのムカツキをどうにかしたいわよ・・・・・」
ぐったりと漏れた言葉に滝川も同感と頷き返す。
さて、二日酔いも何のその。
麻衣は二階に勢いよく駆け上ると、かつてジーンの部屋だった場所の扉を開ける。
今はその部屋はナルの書斎・・・書庫に変わっていた。
膨大な蔵書をしまう場所がないためだ。もともとのナルの部屋は今は大きなベッドに占領され、本棚が置けなくなってしまったからだ。というのもセミダブルだったベッドをルエラが、勝手にクイーンサイズに買い換えていたためである。それ以外にはクローゼットが置かれてはいるものの、それ以外何もない部屋になっていたのだ。
変わりに、ジーンの部屋を整理しそこをナルの書斎にしたのである。
できれば、ジーンの部屋をそのまま残しておきたかっただろうが、生きている人間を優先しなければならず、さらにこうして形を残していくことは、ジーンも喜ばないだろう・・・と、ルエラとマーティンが話し合った結果だ。
ナルとしてみれば書斎が別に出来たことは非常に喜ばしく・・・もともと、死んだ人間のために部屋を残しておいても、スペースの無駄だと思っていたが両親の事を考え、あえて今までその事に関しては触れないでいたにすぎない。書斎が別の部屋になった以上、寝室が勝手にいじくられようとも一切気にしなかったのだが、麻衣は案内された部屋を見て絶句してしまった。
『ジーンの部屋を麻衣の部屋にしようと思ったんだけど、寝室は一緒の方がイイでしょ?
なら、寝室とナルの仕事部屋は別にした方が、いいと思ったの。
ベッド気に入ってくれると良いわv」
上機嫌なルエラに始終押されっぱなしの麻衣だったのだが、この日ばかりはルエラが声をかけても、気が付かず家中の扉を開けては締め、閉めては開けてナルの姿を探したのだが、家の中には居ない時が着いたのはさらに時間が少しばかり経過した頃である。
『マイ? どうしたの?』
ルエラがトボトボと階段を下りてきた麻衣に改めて問いかける。
『ナル、何処にいるか知ってますか?』
『ナルなら、ラボに行ったわ。
お昼過ぎにはもどっ・・・・・マイ!?』
麻衣は最後まで聞き終わる前に、慌てて飛び出していく。
さすがのルエラもやや呆然としながらその姿を見送ると、リビングで相変わらずぐったりとしている滝川と綾子に問いかける。
『マイとナル喧嘩でもしたのかしら?』
二人のやりとりはけして珍しい物ではないが、家にいないナルを追いかけていくと言うことはよほどのことなのだろうか?
ルエラは心配そうに問いかけるが、綾子と滝川は二人して首を振る。
『プレゼントの意味を聞きに行っただけですよ』
『あら、あの子ちゃんと用意していたのね。良かったわ♪』
母に掛かればナルも『あの子』呼ばわりである。さすが、ナルとジーンを引き取った夫人であると妙なところで滝川と綾子は感心してしまったのだった。
『ナルは何をあげたのかしら?』
こればかりは、滝川も綾子も本当のところでは判らないため、軽く首を傾げる程度に止める。
さて、勢いよくディビス家を飛び出した麻衣は、脇目もふらずにSPRに向かう。
住宅街の一角にあるSPRのオフィスは一見したところ、普通の家のようにも見えた。麻衣達が想像していたかのように、いかにも研究所と言った雰囲気は一切ない。街の景色に自然ととけ込んでいるため、人に案内されなければついつい見落としてしまいそうだ。
といっても普通の家にしては規模がやや大きすぎ、家と言うよりも屋敷に近いかもしれないが。
麻衣は門の前で呼吸をそろえると、今度は幾分ゆっくりとした足取りで玄関の扉を開ける。
ひっそりと静まりかえってはいる物の受付には、三十代半ばの女性が座っている。
ドアが開いたことで視線を上げるが、麻衣を見てもにっこりともしない。
『あの、ナル・・・・じゃなくてドクター・ディビスいますか?』
出入りが自由に見えて、実際には出入りがきっちりと管理されているため、本部に所属していない麻衣はアポイントメントがない限り、中に入れないのだ。
むろん、受付で呼び出して貰えばいいのだが、いかんせんナルの場合は勝手が違う。
本人が居るかどうか問い合わせても、受付は対応をしないことになっている。
それも、ナルの知人だという風に装って、やってくる人間が多すぎるためである。むろん、ナルのサイコメトリー能力を目当てにだ。中にはその道の通という名のオタクやパパラッチにまで至るのだから、その辺の管理はいい加減に見えてきっちりとしている。
だが、麻衣は過日ナルから受付に紹介されていた。彼女が来た時は自分に連絡を寄越すようにと。そのことを覚えていた受付は、何も言わないまま受話器を取ると内線でナルに声をかける。
短いやりとりを繰り返した後、受付は行って構わないとぶっきらぼうに告げた。
『ありがとうございました』
麻衣はそれでもにっこりと笑顔を向けると、再び走り出したのである。
ドタバタと足音を立てて歩くような人間はここの研究所にはいない。そもそも、滅多なことでは緊急事態など起きないのだから、鼻息も荒く走り抜ける必要などないのである。よって、麻衣は自然と研究所内に居る人間の視線を集めてしまっていた。
それでなくても、あのオリヴァー・デイビスが日本から招き寄せた娘である。元から視線を集めていたのだから、よりいっそう彼女が血相を変えて廊下を走り抜けていけば視線を集めるというもの。
だが、この時ばかりは麻衣は彼らの視線に気が付かず、一身にナルのオフィスに向かって廊下を走り抜けていった。
廊下を曲がり階段を上り、また廊下を走り抜け・・・・古い館を移築したとだけあって、建物の作りが非常に厄介である。何度か通った物の案内なしでたどりつけないと泣き言を漏らした麻衣だったが、いざとなると野生の感が働くのか迷っているそぶりは見えず、目的地へ無事にたどり着く。
「ナル!!」
ノックもせずドアを勢いよく開けた時には、息はすっかりと上がり白い頬は紅潮し、直ぐには言葉も紡ぎ出せない様子だった。
「五月蠅い」
モニターに視線を向けていたナルは、勢いよくいきなり開いたドアと自分を呼ぶ高らかな声に眉を潜める。
「お前は、ドアを静かに開けることも出来ないのか」
不機嫌も顕わな声。
だが、麻衣はそんなことにはかまいもせず、ズカズカと室内まで歩みを進めると、ぐいとナルの目の前に左手を突き出して薬指を右手で指し示す。
「この指輪、ナルだよね!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何を言っているか自覚はあるか?」
不機嫌を漂わせていたナルはよりいっそう、不機嫌さを顕わにする。
くっきりと浮かんだ眉間の皺だが、麻衣は気が付かない。
「だって、だって!」
意味の判らないことを口走る麻衣にナルは僅かに眉を潜める。
「何を聞きたいのか落ち着いて説明しろ。僕には何のことを言っているのかが判らない」
気ばかりが急いて、言いたいことをまともに言えない麻衣に、ナルは立ち上がると紅茶を入れて手渡す。給湯室というものが室内にあるわけではない。あくまでも電気ポットで沸いたお湯で入れているのだから、普段麻衣が入れているお茶に比べれば味が劣る物の、贅沢は言っていられない。
麻衣はそれを受け取ると、久しぶりにナルに入れて貰ったお茶をゆっくりと飲み始める。
時間にしてそれほど立ったわけではないが、こうして少し時間をおき考える時間が出来たため落ち着いたのだろう。麻衣は、カップをテーブルの上に置くと再び左手の薬指を、ナルに示す。
「左手にはまってる指輪・・・・・ナルがくれた物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
えっとね、昨日はなかったの。だけど、朝起きたら指にはまってたからナルかなーって思ったんだけど・・・・もしかして、ナルじゃなかった・・・・?」
てっきりナルからの無言のプレゼントと思ったのだが、送り主はナルじゃなかったのだろうか?
むっちりと黙り込んで深く眉間に皺を寄せているナルを見ていると、自分の早とちりだったかと思い始めると同時に、いっきに嬉しさが沈み込んでくる。
むろん、これがナルでなくルエラやマーティン・・・はたまた、滝川や安原の悪戯だったとしても、こうしてプレゼントを貰えるのは嬉しいのだが、ナルからのプレゼントと思っていたが為に反動は大きい。
声がだんだんと小さくなり、しゅん・・・・と項垂れていく麻衣を視ながら、ナルはため息を一つ漏らす。
「お前、夕べの記憶はどの程度ある」
「・・・・う・・・・・・」
思わず詰まってしまう麻衣。
実はかなり記憶はあやふやで、つじつまが合わないのだ。
ディビス家のリビングで楽しいクリスマス・パーティーを過ごしたのは覚えている。欧米諸国はクリスマスは家族だけで過ごし、日本のように友人同士や恋人同士で過ごす事は滅多にないのだが、ディビス夫妻は麻衣だけではなくいつも、ナルがお世話になっているからといって滝川達を初めとするいつものメンバーも招待したのだ。(当然、旅費は各自個人持ちだったが)
いつもとは、ひと味も二味も違うクリスマスを過ごしたのは覚えている。
あまりにも浮かれすぎて飲み過ぎてしまったほどに・・・・・
詰まったまま、「あ・・・」とか「えっと・・・・」とか呟く麻衣に対し、ナルは薄ら笑いを口元に浮かべ始めた。
その笑みに麻衣はますます肩身の狭い思いをする。
彼がこんな笑みを浮かべると言うことは、絶対に寄った勢いで何かをやらかしているのだ。
冷や汗をダラダラさせながらも記憶を回想するのだが、どうしても一本道にならない。
「8時頃皆でパーティー始めたよね? いつもの飲み会みたいなノリだけど、ルエラ特性のチキンでしょ? 綾子が腕によりとをかけて作ったたくさんのオードブルに、ぼーさんが用意したシャンパン・・・日本酒とかワインもあったけど、それらを食べながらおしゃべりして・・・・一杯飲んで・・・・・・・・・・・で、なんかどっかで夜景を見た? いや、だって室内でパーティーしていてなんで夜景・・・・・あれって、この前夢でジーンに教えてもらった所かな? その夢とごっちゃに? あれ・・・えっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
麻衣がしどろもどろに答えだしたそれらにナルは深々とため息をつく。
最初の一言でもしやと思ったのだが、案の定麻衣は夕べの記憶が途中からなくなっている。
それも、家でどんちゃん騒ぎが興じている頃からだ。ということは、夜中に自分を連れ出したこともあのやりとりも、すべて覚えていないと言うことになる。
別にたいしたやりとりはやっていない。
だが、それでもどっと疲れが押し寄せてくる。
「えっと・・・・何か、やった?」
恐る恐る上目遣いで問いかけてくる麻衣に対し怒る気さえ起きない。
音を立ててイスの背もたれに寄りかかると、ビクッと麻衣の肩が竦む。
「たいしたことはない。ただ、真夜中にどこかの酔っぱらいが墓地まで引きずり回してくれたぐらいだ」
ナルが呆れも隠さず告げると麻衣は、返す言葉もありませんと項垂れるが、トボトボとさらに傍まで歩み寄り、どっかりと座っているナルを見下ろす。
「私、墓地までナルを連れ出した?」
「ジーンに教えて貰ったとか言って、墓地の高台まで引きずられていったな」
「綺麗・・・・だったでしょ?」
夕べも綺麗綺麗と言って騒いでいた麻衣は、改めて問いかけてくる。
「綺麗と言おうがただの光の点滅だろう」
「だけど! 街全体が光り輝いているように見えなかった?
普段とはちょっと違った町の様子だったでしょ?」
麻衣の言葉にナルは昨夜の光景を思い出す。
確かに街全体が煌めいてるようであったが、だからと言ってナルに何かを強く訴えて来るという事はなかった。所詮は人工的な明かりであり、意図的に点滅するように仕掛けられた電球であり、意識的に街に住む人間達が己の家をデコレーションしているために、街全体が煌めいているにしか過ぎないのだ。
「夢がないな〜〜〜」
「あいにくと僕は電球に夢を持つつもりはない」
身も蓋もない言動にまいはがっくしと項垂れる。
「でね・・・・これ、やっぱりナル?」
指輪をそっとなぞる。
愛しげに。
「僕だとしたら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・めちゃくちゃ、嬉しい」
「初めてプレゼントをあげるならともかく、別に何度もあげているが?」
「そう・・・なんだけど・・・・なんだろう。今までも貰った時すっごく嬉しかったよ。
全部私の宝物なんだけど、なんでか判らないけどこれだけは別格って感じ・・・・もう、二度と外したくないなーって。
何でだろ?」
夕べのやりとりは覚えてないというのに、どこかで覚えているのだろうか?
呆れとは別に苦笑が浮かぶ。
「ナル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
なぜ、ナルが突然苦笑を浮かべたのかわからず、麻衣は首を傾げる。
「あのね・・・・覚えてなくてゴメンね」
「何が?」
「貰った時のこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「別に放り投げてやったものだ。覚えていようと忘れていようと構わない」
ナルのどうでもよさげな言葉に麻衣は、思いっきりふくれっ面をするが、腕を組んで再び渋面になる。
「なんでだろ・・・・・・・・・すっごく、気になる」
「何が?」
「珍しく会話に付き合ってくれるね。なんだろ・・・よく覚えてないけどサー。これ貰った時すっごく嬉しかったような気がするの。
何でだろ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
プレゼントを貰うのは確かに初めてじゃないというのに。
指輪に視線を落として眉を寄せる。
プラチナの平打ちリングに埋め込まれた小さなルビー。赤く輝く光に意識が吸い込まれていくような気がするのは気のせいだろうか。
夜の闇に煌めきながら弧を描いて自分の掌にポトリと落ちてきた小さな宝石。
不意打ちに近い・・・・いや、不意打ちそのもの言葉に振り返った・・・・・ような気がする。
「ねぇ、ナル。何か言わなかった?」
「別に」
「嘘だ!」
「その根拠は?」
「カン!」
「お前の感は当てにならないな」
「絶対に、絶対に何か言っているはず!」
「覚えてないんだからたいしたことじゃないんだろう」
「そんなことない! 絶対に絶対に重要な事を言っているはずだもん」
「重要なことを言われた割には、覚えてないようだが?」
むっとする麻衣の額をナルは指で軽く弾くとパソコンの電源を落として立ち上がる。
「別にたいしたことじゃない」
「ナルにとってはたいしたことじゃ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
麻衣はコートを着て帰り支度をし始めたナルに食ってかかるが、続けられた言葉にポカンと口を開いたまま言葉をとぎらせる。
「うわぁぁぁぁぁ!!ま、ま、ま、待ってぇぇぇぇ!」
呆然と立ちつくしている麻衣を放ったらかしにして、先に歩き始めたナルの後を慌てて追うと、背後からナルに抱きつく。
「本当に、本当に、本当にゴメンナサイ!」
いったいトコの世界にあんな大事な言葉を忘れる人間が居るというのだろうか。
恥ずかしいやら申し訳ないやらで顔を上げられない。
「別に今すぐという話にはならない」
だから、今は忘れていても構わないというのだろうか?
いや、そんなことはけしてない。
「気まぐれで言ってみただけだ」
そんなわけない。
ナルが気まぐれでどうでも良いことを言うわけがないことを麻衣は知っている。
言った言葉にはどんなことでも責任を持つと言うことを。
ぎゅっとしがみつく腕を強くする。
「ありがとう・・・・・・・・・・・・・」
「もう、何度も聞いた」
「それでも! ありがとう・・・・・」
コートが皺になるほどきつく握りしめている麻衣が、静かに声もかけずに泣いていることに気が付きナルはため息を漏らすと、腕を背後に回し引き寄せる。
「別に泣くことか?」
「うれし泣きだもーん」
顔を上げてにっこりと微笑むはじからあふれ出す涙が頬を濡らす。
ナルはそれを指先で軽く拭うと、頭を軽く叩いて歩くよう促す。
「ルエラ達には?」
「まだ、しばらくは日本にいる。伝える必要はないだろう」
「そーいうもんなの?」
「別に・・・・今から伝えたりしたら先が思いやられる」
すでに疲れ果てているナルの言葉にさすがの麻衣も苦笑を漏らす。
「んじゃ、しばらくは二人っきりの秘密?」
「好きにすれば?」
「そーする」
麻衣は嬉しそうにナルの腕になつきながら家路に進む。
SPRにいた人々の奇怪な視線を背中に受けていたのだが、二人とも気にしたそぶりはなかった。
☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
クリスマス・ナイトのその後でございます(笑)
酔っぱらって潰れた翌日、夕べの記憶がすっぽりと飛んでいるという何とも間抜けなオチ編(笑)