ナルと麻衣には今年小学生になったばかりの一人息子がおりました。
 少年の名は真生(まお)といい、艶やかな黒髪に活発そうな焦げ茶の双眸をした、父親によく似た顔立ちの麗しい少年でありました。
 性格はというと至って普通・・・・というか、素直ですが、やんちゃでもあり、頭の回転が良く機転が利くのですが、子供の領域を突出することもなく、母や祖父母を大変安堵させております。


「子供の時からかわいげがないのもつまんないしー」


 というのが、のほほんとした母の言でございましたが、その言葉を否定する人間はおりませんでした。
 ただ、ナル一人が少々憮然とした表情をしたとかしなかったとか・・・まぁ、きっと意に介すことなく聞き流していたことでしょう。


 さてさて、本日のお題は真生少年のことでございます。
 小学校にもあがれば一年を通して色々な行事がございます。
 その中には、子供だけにとどまらず親や親戚縁者も交えてお祭り騒ぎになりかねない行事もございまして、まぁそれは学校の特性にもよるので、どこまで盛り上がるかの差はあるかと存じますが・・・真生少年が入学した小学校は、お祭りごと大好き!!という学校でございました。
 お祭りごと大好き!な特性は、子供達にとっては大変喜ばしいことでございます。
 また、祭り好きなご両親にとっても、率先して参加できるのでとても喜ばしいことでございましょう。
 だがしかしだがしかし。
 必ずしもお祭りごとが大好きな親御様ばかりではございません。
 ええ、わたくしが言いたいことはもうご理解していただけますわね?


 あの、ナルがお祭りごとに好んで参加するはずがありませんものね。


 ですが、学校行事・・・・まして、運動会ともなると父親不参加で許されるはずがございません。







「なぜ、僕が真生の運動会に参加しなければならないんだ?」
「ダメダよ! 真生の初めての運動会なんだから、父親が参加しないでどうするの!!」







 ナルは妻である麻衣の言い分に対し、眉間に皺をいつもより3割り増し深く刻みながら、麻衣を見下ろします。
 トレーニングウェアーを着込み、頭には日差しよけのキャップを被って、準備万端に整えた姿。その手にはナル用にと用意した黒のトレーニングウェアー。
 いつもより二時間早く起きてこさえられたお弁当はお重三段。
 大きな水筒二本をスポーツバックにしまって、準備万端整え、後は夫と共に小学校へ向かうだけでした。
 んが、ここからが麻衣にとっては大仕事でございます。
 まず、普通に考えたらナルが運動会に参加するはずがない。ことは火を見るより明らかですから。
 太陽が西から昇ってもナルが参加するはずがない!!
 とは、幼いながらもすでに息子自身悟りきっておりますので、朝学校へ行くときすでに「ぼーさんのおじさんが来てくれるから、無理にお父さん連れてこなくていいからね」と笑顔で母親に言いのこして登校していったのでした。
 ああ、なんて出来た息子!!と感激はしましたが、麻衣は「それもそうね〜」で納得できるわけありません。
 なんとしても・・・なんとしても、ナルを連れて行きたかったのです!!!


「真生は別に無理して来なくてもいいと言っていたが?」


 息子がそう言ったからと言って、本当に来ない父親がいるか!!
 というのが周りの意見ですが、ナルは本人が来なくていいというなら、行く必要を感じません。
「真生が来なくていいと言っても、私が困るの!!」
「ぼーさんが来てくれているなら困る事はないだろう」
「だけど、周りが変に思うでしょう! ナルの姿は入学式の時に皆見ていて知って居るんだから!!」
 ナルが小学校に真生と共に行ったのは一度きり。
 入学式の時のみでしたが、そんじょそこらにはいない容貌を持ったナルを見て忘れられるわけがございません。
 周囲の奥様方は色めき、麻衣は学校へ幾たびに「ご主人はいらっしゃいませんの?」攻撃を受ける羽目になったのですから・・・・
 まぁ、それはどうでも良いことなのですが、父親が参加するところを別の男が参加していれば、噂好きの奥様方の格好の餌になるのが目に見えています。
 別に何を噂されようと構わないのですが、それによって真生がいじめの対象にでもなったら!!と気が気ではないのです。


「お前、本当に真生がいじめられるとでも思っているのか?」


 麻衣が切々と訴えているのにもかかわらず、ナルの目はうろんな物になります。
 一ミクロンたりとも、麻衣の訴えを信じていないと言わんばかりの眼差しに、麻衣の声はだんだん力が無くなってきます。


「あれが、本当に大人しくいじめられたままでいるとでも?」
「あ・・・・あははは・・・・いや、心配するのが親かな?って・・・思うんですけどー
 いやだって、真生だってまだ七歳なったばっかりだし、ほら、子供の心は硝子のようにもろいっていうしー」
「アレが、硝子のような繊細な心を持っていると?」
「いや、親としては持っていてほしいかなぁーとか思っていたり?」


 すでに、願望が入っていることに麻衣は気がついているのか。
 ナルは目を細めて麻衣を凝視します。
 麻衣は耐えきれなくなったようにナルから視線をそらします。
 乳児の頃からオトナに囲まれ、特殊な人間関係及び環境にさらされて育ってきたせいなのか、それとも生来の物なのか、周りに居たのがあれでこれでそれだからなのか、なんと言うべきか、あえて簡単に申せば「鈍感」としか言えない少年になりつつあるのでございます。
 いえ、天然なのか、それとも計算してそうなのかはまだ判断できません。
 ありていに申せば柳に風。糠に釘。と言えば良いのでしょうか・・・・


「でもでも、悟らせないだけで傷ついているかもしれないじゃん!!」


 麻衣を始め周りの人間は、そう言いますが、ナルはあのノリが天然でもただ鈍いだけとも思っておりません。
 非常にタチの悪いことに・・・・亡き双子の兄を彷彿とさせるのでございます。
 笑顔で周囲を煙に巻く。
 気がついているのに気がつかぬ振りをして流してしまう。
 かとおもえば、相手が二の句を続けられなくなることをさりげなく、かつぐっさりと致命的にとどめを刺す所など・・・まさに、天使の顔をして実は悪魔でした。てきな数々・・・いや、まだ己の息子はその領域まで達しておりませんが、将来間違いなく達するであろうことは、ナルには容易く想像できることでした。
 が、自分達と息子は育ってきた環境は違うため、そこまでにはならないだろうと予想しているのですが。
「仲良く親子で、運動会に参加できるのなんて、何度もないんだよ!?
 可愛い盛りの今しかないようなもんなんだからね!!
 ってか、親子で仲良く競技なんて小学校1年生と2年生しかないんだから!!
 もう二度と無いんだから、行こうよ!
 他のコ達はお父さんと参加しているのに、真生だけ違うなんてかわいそうでしょう。
 寂しいよ・・・それってさ」
 小学校入った時はすでに、父親がなく、母親が変わりに父親の分も参加してくれましたが、周囲との違いが浮き立ち、麻衣は寂しいと思ってしまったことがありました。
 母親がせっかくのお休みの日に、頑張って参加してくれたというのに・・・
 疲れてて、休みたかっただろうに・・・・・
 それなのに、父親じゃない。という事だけで、寂しかったのです。
 そう思うこと自体がとても母親に悪いことだと思ったのですが、どうしても周りと違うことにもやもや感を捨てきれなかった幼少期を腑と思いだし、しょぼーんとし始めた麻衣をしばしの間無言で見下ろしていたが、ナルは諦めたようにため息を一つ零しました。























「ねぇ、お母さん」
「なぁにぃ?」


 うきうきと、写真の整理を始める母親の脇で、真生はプリントアウトされた写真を眺めながら尋ねます。


「お父さんを運動会に引っ張り出して、やっぱりさすがお母さん。すごいなーと思ったんだけどさ」
「うん、頑張って説得したよ」
「それってさ、僕の為って言うよりさ」


 真生は、山のようにプリントアウトされた写真の一枚を手にとってひらひらと振ります。


「お父さんのこういう写真撮りたかったから・・・・とか言わない?」


 不機嫌そうな顔をしつつも、低姿勢でロープを引っ張る姿がそこに映し出されておりました。


「えー、見てみたいと思わなかった?
 あの、ナルがだよ?
 綱引きしたり、親子騎馬戦したり、親子玉入れしたりするなんてさ!
 こんな機会でもないとみれないじゃーん」


 麻衣の言うとおり、山のようにプリントアウトされた写真の8割方がナルでございました。
 どの写真も、これ以上ないほどの仏頂面でございますが、綱引きをしていたり、真生を肩に担いでいたり、赤い玉を手にとって籠に投げ入れる姿が映し出されております。


「僕が主役のはずだよね?」
「そーだよー。当たり前じゃん」
「なのに、なんでお父さんばかりの写真なの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えへ?」




 麻衣は誤魔化すようにえへらと笑いますが、そんな母親を息子は呆れたような顔で見上げて、あからさまなため息を一つ零します。
 母親の父親至上主義なのは、生まれて七年共にいるのだから重々承知しておりましたが、いつまで経っても恋人気分が抜けない両親に時々、付き合いきれなくなる時があるのでした。


「で、お父さんは?」
「ん〜? 寝室で呻いているよ」
「うめいている?」
「ほら、綱引きとかってさ普段使わない筋肉つかうでしょー、だから筋肉痛になちゃったみたい。
 すんごい不機嫌でお籠もり中?」




 我が儘で困ったものだ。




 と続ける母親は、そんな父親など構うことなく、せっせとイギリスにどの写真送ろうとか、どの写真を引き伸ばそうとか楽しげに写真を広げてみているのでした。


 たぶんお母さんに一番言われたくない言葉。


 と、息子は心の中でつっこみを入れ、微かに父親に同情しつつも口にすることはいたしませんでした。
 イギリスのおばあちゃんにどの写真送りたい?と尋ねてきたので・・・その中には、一応息子の写真も混ざっており、・・・・真生は意識を切り替えて、写真の物色を始めたのでした。











☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆

先日、会社で主任が「運動会で筋肉痛」と言っていたので、ナルに筋肉痛になってもらいたくて書いた話・・・でした(笑)
お父さん方、ムキになるそうです(笑)
特に、お子タチが負けた後の綱引きは、敵討ちをしてやるぜ!!的にボルテージが上がるらしく・・・ムキに綱引きをして、翌日筋肉痛でのたうつんだとか!!


あ、お子ネタでおもしろ話題がありましたら、是非ご提供を(笑)




再UP2010/02/17