「お父さん!!」

 叫び声と同時に勢いよく開いた扉は勢いよく壁にぶつかる。そのせいでさらに大きな音が響きくが、扉を上げた小さな侵入者を部屋の主は睨みつける。

「静にドアを開けられ・・・・・」

 お父さんと呼ばれたナルは、本から視線をあげたままの状態でしばしフリーズしたかのように言葉を飲む。
 フリーズしたわけではない。
 確かに言葉は途中で途切れたが、ナルの視線は侵入者の頭の上からつま先までじっくりと凝視し、再び頭へと戻って行き、母親似の色素の薄い双眸を見つめ呟く。

「息子を持った覚えはあるが、娘を持った覚えはないが?」

 年の頃は10歳前後。
 くるくるの巻き毛を白いレースのカチューシャでまとめ上げ、小さな形の良い唇には仄かにグロスでも塗られているかのように、赤く艶やかに光を反射していた。
 細い首筋を覆うのは、黒いレースの立て襟。幾重ものレースがつらなり、まだ男女の区別が付かない細身の身体を包み込み、ウエストの辺りできゅっと大きなリボンでひきしぼられると、ふわりと膝ほどの長さまでスカートの裾が広がっていた。
 白いレース調のストッキングに、ぴかぴかに磨かれた革靴・・・・
 どこからどうみても目の前に居る侵入者は「少女」だった。
 たとえ、どんなに自分の「息子」とそっくりな顔をしていても。

「真生、走っちゃ駄目だよー。せっかくセットしたのに髪ぼさぼさになっちゃうでしょ〜」

 階下から呑気な母親の声と、それに賛同する声が同時に聞こえてくる。

「・・・・・お前の人生だ、好きに生きればいい」

 他にコメントのしよはないのか!?
 この場に第三者がいれば、すぐさまつっこまれただろうが、あいにくとこの場には父親であるナルと真生と呼ばれた少女としか見えない子供しかいない。

「妙に達観しないで、お母さん達を止めてよ!!」

 まだ10才前の少年では当然声変わりをしていないため、まったく違和感をもたない。

「ボクは男の子なんだよ!? なんで、こんなレースびらびらの服を着なければならないわけ!?」

 当然の自己主張だが、ナルに判るわけがない。
 涙目で訴える息子から、階下から上がってきた妻へと視線を向ける。

「と、訴えているが?」
「似合うでしょう?」

 満面の笑顔で妻は検討外れの回答を寄こす。
 回答というカテゴリーにすらすでに入らないだろう。
 だが、麻衣はまったくナルの促しにも、息子の涙の訴えにも応じる気は無いようで、目の前の少女を上からしたまでみて、満足したようにうんうんと何度も頷き返す。

「綾子がね、持ってきてくれたんだよ〜」

 持ってくるのは自由だが、この家にはこのドレスを着れる年代の少女はいないというのに、なぜ松崎綾子はわざわざ持ってきたのだろうか。
 そんな疑問を口に出さずとも察したのか、

「絶対に真生に似合うと思ったんだって。本当によく似合うよね〜
 もう、まるでビスクドールみたい。
 やっぱ、ナルに似て美少女なだけあるよね!!」

「お母さん、ボク男の子!! 美少女じゃないからっっっ」

 少年は強く訴えるが、高く済んだ声で叫ばれてもそうは思えない。

「うんうん、大丈夫大丈夫。どっからどうみても美少女そのもの。良かったねーパパに似ていい顔に産まれてきて」

 母は息子の訴えなどさらりと流して、一人納得する。

「お父さんもなんとかいってよ!!」

 と、訴えられても。はて。とナルは珍しく返答に窮する。
 同じ男として、確かに女装をさせられるのは不本意極まりなく、息子の気持ちも察することは出来るのだが・・・はたして、今の麻衣にあれこれいって道理が通用するのだろうか?
 答えは否である。
 ナルが理論性然とうんうんかんぬんかたっとしても「でも似合うでしょう?」と全てを超絶した回答をされて終わりになるだろう。

「ちょっと、いつまでだらだらしているのよ。
 早く写真撮りましょうよ」
「そうですわ。あたくし、子供の頃にきた着物を持って参りましたの。
 是非、真生さんにも着ていただきたいですわ」

 ひょっこりと開けっ放しになっている扉から、松崎綾子と原真砂子が顔を覗かせて、満面な笑顔で急かす。
 息子はそんな彼女らを見て、憐れなほど情けない顔で自分を見る。
 ナルはしばし、どうこの場を終わらせるか・・・息子がムスメになろうとも、女装趣味を持とうとも、己の静で平和な生活が維持されれば好きにすればいいというのが正直な答えなのだが・・・・

「麻衣、一つ聞くが・・・」
「なぁに?」
「なぜ、真生に女装をさせたがる?」

 その問いに麻衣は寸分の間をおくことなく、さも当然とばかりに答える。

「なぜって、目の前に美少年がいたら、一度は女装させたいというのが女の夢に決まっているでしょう?」
 
 同意を求めるように綾子と真砂子に視線を向けると、二人とも大きく頷き返す。

「ナルもきっと傾国の美女になれるわよ。なってみる?」
「あら、素敵な意見ですわね。世界三大美人の名前が入れ替わるかもしれませんわ」
「ああ、いいねー。でも、きっと毒舌の美女になるよー」

 のほほんと続けられる会話に、今まで無表情だったナルの眉間にびしばしっと皺が刻まれてゆく。

「真生で遊ぶのは自由だが、僕を茶番に巻き込むな」
「お父さん酷い!! 自分だけ助かろうとしている!!!」

 こうなったら、自分だけではなく父も・・・と思ったが、この父が簡単に母親達三人の思惑に乗るわけがない。

「えーナルもやってみない〜?」
「そんなことよりも・・・・」

 ナルはかけていた眼鏡を外してテーブルの上にいくと、椅子の向きを変えて長い足をゆっくりと組み直して、麻衣を見上げる。
 唇にまるで誘うように笑みを浮かべて。

「娘が欲しいというのなら、協力は惜しまないが?」

 目を細めて自分を見上げるナルを、麻衣はしばし無言で凝視した後、すり足で後退してゆく。

「いや、いいよ。真生がいればじゅーぶんだから!
 真生、ナルの仕事邪魔しちゃだめだよ!!
 写真撮ったらおやつにしようね。綾子がケーキ作って持ってきてくれたから!!」

 普段ならケーキで連れるだろうが、今回ばかりはそうもいかない。
 綾子と真砂子を伴って階段を下りてゆく、母親を真生はしばし見つめると、くるりと振り返って父親を見る。
 すでに椅子の位置が元に戻り、パソコンのモニターと向き合っていた。

「お父さん、僕妹が欲しい」

 疲れたようなそのため息に、ナルは魅惑的な笑みを浮かべる。

「希望に答えられるか判らないが・・・努力はしよう」
「期待しているよ」

 階下から再度己の名を呼ばれ、真生は肩を落としてとぼとぼと部屋を出て行く。
 時間にしてわずか数分の出来事だが、まるで台風が通りすぎたような妙な疲労感だけがナルの中に残る。





「お母さん、いい加減にしてよ!!!」
「だめよ〜 イギリスに居るおばーちゃんもまどかさんも楽しみにしているんだから」
「お父さんっっっっ妹つくって!!!!!!!!!」

 息子の絶叫を遮断するかのように、ナルは開けっ放しになっていた書斎の扉を閉めたのだった。








☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
落ち無し山無し意味無し・・・・ないないづくしで申し訳ないっす。
ただたんに、通勤中に思い浮かんだので携帯でぽちぽち打って、upする前にちょこっと付け足し修正したので、さらさら〜〜〜と、何となく書きつづった内容でございまして。
基本的に、サイト内にupしている未来予想図とはまったく別系統の話で、男の子が一人という設定でございます。


ふふふふふ・・・・美少年が目の前にいたら、女装させたくなりますわよね!!


追伸)過去のWeb拍手はBlogの方に再掲載することにしました。
   データーを探して乗せて行きます〜