とある日の、麻衣嬢が出勤してくる前のとある時間。
オフィスでは綾子嬢、真砂子嬢、滝川氏の三人が、仕事にいそしむ安原に詰め寄っているという珍しい場面が繰り広げられておりました。
「少年、どうなのよ」
綾子嬢がひそひそと問いかけます。
「どうと言われましても・・・」
「お前さんが一番二人といる時間が長いだろうが」
「長いと言っても所長は奥に籠もってますから、正確には谷山さんだけなんですけど?」
「ですけれど、二人と一番接点があるのは安原ですわ」
真砂子嬢にまでずずいっと問いつめられて、安原は思わず身を反らしてしまいます。
幾ら美少女や美女とはいえものすごい形相で詰め寄られるのは嬉しくありません。
男ならなおさらでございます。
「そんなに気になりますか?」
その問いに間髪入れず、三人はそれはそれは大きく肯きます。
「安原さんは気になりませんの?」
逆に問いかけられ、否というべきか是というべきか、不覚にも安原は返事に詰まってしまいました。
正直に言えば気になるのですが、是と言えば厄介な事になるのが目に見えているからです。
多少の厄介事なら喜んで首をつっこむことですが、ほら昔から言うではありませんか。
人の恋路に首をつっこむヤツは馬に蹴られて死んじまえと。
そう、人の恋路に首をつっこんで良いことなど何もありません。
ええ、そりゃぁ、狸・・・もといい安原でもそう思うのですから、当然・・・
「そんなに気になるのでしたら、自分で確認すればいいじゃないですか。僕は止めませんから」
「いやぁよ、そんなことナルに聞けるわけないじゃない」
「つーか、あいつが素直に白状すると思うか?」
「相手にされないのがオチですわ」
そこでなぜ、所長の名前しか出ないのでしょうか。
この件に関して質問するのに適した人物がいるというのに。
「デリケートな問題を麻衣に聞けるわけないでしょう」
「幾ら図太くても麻衣とて一応年頃の女の子ですのよ。不躾な質問できませんわ」
「ムスメにこんな話聞けるかっっっ!」
三者三様の反応ありがとうございます。
と、言うべきでしょうか。
まぁ、皆様の好奇心はよぉーく理解できますが。
「好奇心なんて人聞き悪いこと言わないでくれない?」
「そうですわ。あたくし達麻衣のことが心配で心配でしかたないんですのよ」
「麻衣が、不幸になることだけはユルセン」
そう思われるのも事実かもしれませんが・・・いえいえ、深くつっこむのはやめておきましょう。
「確かにデリケートな問題で不躾な質問になりますから、周りはそうっと見守っていた方がいいのではないですか?」
にっこり穏やかに言えば、三人ともそうなんだけどーとものすごく不満そうな顔で呟かれます。
渦中の二人・・・もとい、元気いっぱい勤労高校生たるお元気ムスメ麻衣と天上天下唯我独尊、我らが美貌の所長さまが最近どうやら良い雰囲気なのです。
元々二人はナチュラルに接していましたので、今の雰囲気が二人の仲の特別なのか・・・それとも親しい友人、もといい歯に衣着せぬだけの関係なのかが、ひじょーに気になって仕方ないのでございます。
むろん彼らが気がついているのですから、常に一緒に仕事をしている安原はかなり前から気がついていました。
が、幾ら安原とて己の疑問をぶつけることは出来ませんでした。
何せ少女のお相手として気になっているのは、泣く子も思わず見とれてしまいそうな美貌の所長様・・・というよりも、少女にとって色々と複雑な過去がある所長さま(思いっきり勘違いされる言い方かもしれませんが)です。
かつて、双子とは知らず夢の中で会話を交わした双子の兄に恋慕を抱き、その事実を知った時には現世ではけして結ばれることのない相手(なにせ、相手は死体となって発見・・・失礼、霊魂としか存在していないのですから結ばれる事は叶いません)、幾度も悲しい涙を流していたという事実を皆が皆知っております。
それゆえ、うり二つの容貌を持つ弟の所長さまと、恋仲になっているかどうか・・・そんな繊細な話題口にできないまま、きなりつつも時間だけが過ぎていったのでございます。
ここで押し問答をしていても答えはでません。
安原が言えることは、ナチュラルに良い雰囲気を持っているが、果たしてそれが恋仲故なのか、二人の性格故なのか、非常に迷うところなのでございます。
麻衣嬢に聞けないのならば、ナルに聞け! ということで、先ほどから押し問答を繰り返しているのですが、答えはいっこうに出ないまま、
チチチチチチチチチチチ
と、秒針だけが小刻み良く進んでいったのでございます。
「あれぇ〜三人とも来ていたんだ」
学業を終えた我らが谷山麻衣嬢がひょっこりと姿を現した時点で、この押し問答はとりあえずナリを顰めます。
その事に内心、安原一人安堵したことは言うまでもございません。
「お邪魔しているわよ〜」
「お久しぶりですわ」
「麻衣ちゃん、アイスコーヒーよろぴく」
ささささと三人は慌ててソファーの定位置に腰を下ろすと何事もなかったように麻衣嬢に声をかけます。
「?」
わざとらしく見えたのですが、迂闊に首をつっこむとやぶ蛇になりかねません。
今までの経験上、多少の疑問は無かったことにしてしまうのが最良と言うことを学んでいた麻衣嬢は、は〜い。とテッテテケテと給湯室に足を運びます。
「麻衣、シュークリームがあるわよ」
その背中に向かって綾子嬢が声を掛けると、お子様のような歓声があがります。
「綾子ありがとー」
早速とばかりに、滝川氏のみアイスコーヒーで他はセイロンティを用意するとシュークリームと共にテーブルの上に並べます。
リンは不在でしたがナルに声を掛けて、さっそく大振りのシュークリームを大きな口でぱくつきます。
とろ〜りとした甘いカスタードクリームが、むにゅっとはみ出してきます。
美味しいのですがシュークリームの難点でもあります。
「麻衣、もう少し綺麗にたべなさいよ」
呆れたような眼差しを綾子嬢はしますが、麻衣嬢は気にしません。
「みんなの前でお上品ぶっても仕方ないじゃん。こういうのはかぶりつくのが一番♪
後で拭けば問題ナッシングー」
激しく何か間違っているような気がするのは気のせいでしょうか。
まぁそれだけ彼女が心を許していると言うことなのでしょう。
「ですけれど、鼻にまでクリームをつけるのはどうかと思いますわよ」
「え?」
さすがに鼻の頭にカスタードクリームを付けるのはいささかかっこ悪いです。というか口の周りに着いている時点で十分にかっこ悪いのですが。
「んにゃ?」
拭きますがすると他の所に、ビッと伸びてしまいます。
「しかたありませんわね」
真砂子嬢が苦笑を浮かべながらティッシュに手を伸ばしたとき、所長室の扉が開き所長様が姿を現しました。
「あ、お茶こっちに置いてあるよー」
クリームを鼻の上に付けたまま気にせず振り返った麻衣嬢は、クリームまみれの指でテーブルを示します。
その状態に思わず所長様の眉間に、皺が入った後呆れたようなため息を漏らしました。
「麻衣、クリームが鼻と頬に付いている」
手で拭ったため、逆に伸びただけでした。
「落ちた?」
クリームが指先に付いた手で拭ったせいか、さらに着いてます。
まるで幼児のような反応・・・・
「余計に付けてどうする」
さらにため息を一つ着くと、所長様は何の気概もなく、男性にしては節のない綺麗な白い指を伸ばして麻衣嬢の頬に着いたクリームを親指で拭ったのでした。
それだけでも驚きだというのに、所長様は己の指に着いたクリームを舐め取ったのです!!!
あの所長様がですよ!
己の目で見ていても信じられませんっっっっっっっっっっっ
「・・・・・・・・・・・・・・・甘い」
「そりゃー、カスタードクリームだからね♪ナルの分もあるよー」
食べないと判っていても、松崎綾子嬢は人数分買ってきたのでした。
箱の中の数に気がついた所長様は、眉間にぐぐっと深い皺を刻みます。
「いらない」
コレが食事なら食べろ攻撃が入るのですが、お菓子は別です。
へにゃん。と表情を崩した麻衣嬢は所長様を見上げて小首を傾げます。
「ナルの分食べていい?」
おねだりモードです。
誰がどう見てもおねだりしているとしか見えません。
「好きにすれば」
それに対し所長様は表情一つ崩しませんが、本当にナチュラルに恋人同士に見えるのです!!!!
「わーい。ありがとー♪ 今日午後が体育だったからお腹すいているんだ♪」
大きな口を開けて己の分をぺろりと食べると、二つめに手を伸ばします。
「少年、もういいわ」
綾子嬢がポツリと呟きました。
「ええ、もう十分ですわ」
真砂子嬢も辟易した表情で答えます。
そんな二人の言っている言葉の意味が判らない麻衣嬢はきょとんとしていますが、今はシュークリームを食べることに夢中なのか、首を傾げつつもどうでもよくなったかのように目を輝かせてシュークリームにぱくつきます。
「麻衣・・・そんなに好きなら、俺の分もたべろや」
ハハハハハ・・・・と乾いた笑い声を漏らす滝川をこれまた不思議そうに見上げますが、もらえるものはもらっとく主義の麻衣嬢です。断るわけがなくありがたく頂戴しておりました。
「出来ているとしか思えないわよねーアレやったのがボーズなら違和感ないんだけど」
「やったのはナルですのよ。特別な感情がなければナルがあんな事するとは思えませんわ」
「はぁ、心配したのがバカみたいだわ」
「でも、これで気兼ねをする必要が無くなったということですわよね?」
二人の女性は顔を寄せてひそひそと話しあったかと思うと、それはそれは綺麗な笑顔を浮かべました。
ええ、それはそれは綺麗な作り物めいた笑顔です。
「麻衣、あたしの分もあげるわよ」
「あたくしの分もさしあげますわ」
作り物めいた笑顔で差し出されても、さすがに麻衣嬢は受け取れません。
というか、受け取ったら最後というようなきがしてならないのでしょう。
そりゃ、安原ですら思うのですから。
「えー、さすがにそんなにシュークリームは・・・・・・・」
辞退しようとしますが、左右を二人に固められてしまい逃げ場がありません。
「そんな遠慮しないのよ」
「食べきれなければ持ち帰って食べればよろしいですわ」
にっこりと左右から詰め寄られると身動きが取れません。
まるで、蛇に睨まれたがまがエルの如く麻衣嬢は脂汗をダラダラ流しております。
「麻衣、白状して貰うわよ?」
艶やかな笑顔を浮かべた美女と美少女に絡まれるのは、男から見ると非常に羨ましい物なのですが・・・・・・・
あーめん。
と、思わず十字架を切ってしまった僕には何の罪もないはずです。
☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
久しぶりにWeb拍手更新。
仕事中に唐突に思いついた話でした。
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