ぽすん。


 まだ、夜が明けきらない未明、体の上に今までなかった圧力を感じ、ナルはまぶたを開き圧力の原因へと視線を向けると、そこには、息子がまるでコアラが木にしがみつくように、己の腹の上にへばりついてい眠っていた。
 反射的に眉間にしわが寄る。
 自室のベッドでしっかりと眠りについたはずだ。
 見た目は自分によく似ているが、隣でくーくー気持ちよさそうに眠っている妻の性質を受け継ぎ、おやすみのびたくん。と言わんばかりに寝付きがいい。
 寝付けなくてぐずったということは、赤ん坊の頃からなく、手がその点に関してはまったくかからない。
 むろん、全く手がかからない乳幼児がいるわけがなく、起きていればそれなりに手がかかってはいるが、聞き分けはいいほうだろう。というのが、もっぱら周りにいる人間の反応だ。
 ナルからしてみれば、十分すぎるほど手がかかっているとしか思えないが。


 さて、一人息子の真生。当年とってまだ三つ。
 物事の分別が付いているとは言い難い年だが、おむつ離れは非常によく、早期のうちにトイレで用を足すようになっていた。
 三つになった今では、お漏らしをすることなく、もよおせば自らトイレに行き大も小も自力で行う。
 それは、夜中に不意に尿意を感じたときも同様。
 目を覚まして必ずトイレに行く。
 世間一般ではまだおむつをして眠っている幼児も多く、時には寝ている間におむつを脱ぎとばし、ふとんの上に世界地図をこさえる子供もいるというが、真生に限ってはまだない。
 子育てに疎いナルでも、息子が世間一般的から見たら手はかからない方なのだろう。とは、何となくはわかってはいた。
 道ばたでひっくり返ってだだをこねることはない。
 奇声を発することもなければ、好き嫌いをするわけでもなく、人見知りをするわけでもない。
 かといって、己の子供時代のように子供らしからぬ振る舞いがあるわけでもない。
 若干おとなしい感じはするが、それは大人に常に囲まれて生活をしているからだろうと考えれば不思議はない。
 しかし、さすが幼児と言うべきなのだろうか。
 ナルは己の腹の上ですぴすぴと、気持ちよさそうに眠り続ける息子を見て、不可解そうに眉をひそめる。
 寝ぼけて自分や妻のベッドに潜り込んでくることはたまにあることだ。
 わざとやっているのか、無意識なのか、わからないがそのぐらいは別にかまわない。
 時折豪快な寝相で見事に入るけりぐらいを我慢すれば、問題はない。


 だが、一つ理解できないことがあった。


 なぜ、息子はいま素っ裸なのだろうか。
 当然入浴以外は必ず服を着ている。
 今夜はナルが風呂に入れ、きちんとパジャマを着せた。
 むろん下着もだ。
 だが、なぜか今己にしがみついて眠っている息子は素っ裸でパンツすらはいておらず、ぷりっとしたおしりを見事にさらしているのだろうか。
 理解不能だが、妻が困ったようにぼやいていた言葉を思い出す。


「真生、トイレで用を足すとすっぱだかになるんだよねぇ」


 ズボンとパンツをおろすだけではなく、なぜか、上もすべて脱いで素っ裸になって用を足す癖があるとぼやいていた。
 家の中でならまだいいが、外でも同じように脱ごうとするから大変だという。
 いつだったか、デパートで一人でできるからといって、男子トイレに入ったものの、出てきたときは素っ裸で両手に服を抱えて出てきたときには、思わずこの癖直るんだろうか・・・と遠いお空を・・・いや天井を見つめてしまったほどだ。
 子供の中にはなぜか、トイレをするときにパンツだけではなく全部脱いで用を足す子供がいると話には聞いているから珍しい事ではないのかもしれないが、いつまでも放置しているわけにはいかない。
 幼稚園に入るまでには直さなければならないため、用を足すときはパンツだけを脱いで、服は上は脱がないようにと言い聞かせているが、寝ぼけて癖がでてしまったのだろう。
 まぁそこまでは判る。
 無意識の行動のうえに、まだ相手は三歳児だ。
 大人ですら、寝ている間になぜか服を全て脱ぎ去って、朝起きたら真っ裸になっていたという話も聞くほどだ。大人でそれなら幼児でやっても何らおかしくはない。
 で、寝ぼけたまま服を脱いで用を足した物の、寝ぼけながらでは服を着る事ができず、真っ裸のまま潜り込んできた。


 というのが、大方の流れだろう。


 さて、答えは出たはいいが、起こして着せるか。
 今は真冬。
 一年で一番寒いと言われる二月。
 裸で寝れば風邪を引くだろう。
 だが、息子は自分にひっついて羽毛の中に埋もれて寝ている。
 寒くはない。というか、高体温の幼児にひっつかれてナルにとっては何げに暑いぐらいだ。
 己の体温も麻衣よりかは高い。
 世間一般的に女性より男性の方が平熱は高く、ナルも類に漏れず麻衣より平熱が高かく、十分にカイロの役割は果たすだろう。
 ナルは安易に考える。
 寒がっている様子はなく、気持ちよさげに寝ている。
 このままひっついて寝ているのなら問題はないだろう。


 ナルは、安易に判断しそのまま寝ることにした。






 翌朝、深く後悔をすることを知らずに。






 そろそろ起床時間を迎える頃、アラームが鳴るよりもナルは先に目を覚ます。
 時計へ視線を向ければ、6時5分前。
 若干眠気が頭に残っているが、寝直すような時間ではないため、ナルは起きようとするが、布団の中で何かが呻いているような声が聞こえてくる。
 羽毛布団をはがしてみれば、潜り込んだ時のまま素っ裸の息子が眉間にしわを寄せて、呻いていた。
「真生?」
 名を呼ぶと真生は小さな眉をしかめて眉間に深いしわを刻んだまま顔を上げる。
「おなか・・・いたい・・・」
 目尻に涙を浮かべて訴えてきた息子にナルはため息を一つつく。
 素っ裸のまま寝かせたから、風邪でも引いたか腹でもこわしたか。
「下しそうか?」
 それならばさっさとトイレに連れて行かねばならないが、何より先に服を着せるべきだろう。
 完全空調が効いているとはいえ、素っ裸でいても寒くないと言うほど暖房は効かせてはいない。
 布団をはいだとたん真生は寒さにぶるりと身を震わせ、そして・・・・



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




 ナルはなんとコメントすればいいのかわからなかった。
 真生は未だ自分の上にへばりついたまま、眉間に「ん」と皺を深く刻んでそして、トイレでもないのに力んでいた。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・な、なに!?このにおい!!」




 隣で平和にほげほげと寝こけていた妻も、寝室にあるまじき臭いに飛び起き、そして、あんぐりと口を開いたままフリーズする。






「パパ、もうおなかいたくないよ」


 舌っ足らずな口調でにっこりと息子はナルにへばりついたまま言うが、ナルはそれに答えようがないまま、無傷ともいえるべき手で額を抑える。


「まま、おはよう」


 ひょいと立ち上がって、そのままベッドから降りようとする真生だが、麻衣はあわてて「ストップ!」と声をかける。

「おはよう。真生、でも今は動かないでね?」

 動いたらそりゃもう、被害が拡大すること間違い無しだ。
 珍しく未だ茫然自失状態の夫を横目で見つつ、麻衣はすぐに状況を把握する。
 素っ裸の息子がナルになぜへばりついているのかも。
 おそらく、夜中にトイレに起きて服を脱いだまま潜り込んだんだろうと言うことも。
 そして、そのまま寝こけておなかを冷やして、下してしまったのだろうということも。


 そう、その通りのことで真生は腹を冷やして下してしまったのだ。


 いつもならトイレへすぐに駆け込んだんだろうが、腹痛が下痢からくるものとは思わずその場でずっと我慢していたのだろう。
 そして、限界点を迎えてしまったに違いない。
 ナルの上にへばりついたまま・・・・




「麻衣、笑ってないで真生をどうにかしろ」




 むろん、笑い事ではない。
 真生は出すものを出してすっきりしたのかもしれないが、ベッドの上は悲惨きわまりない。
 とうぜん、ベッドの上よりもナルの方が悲惨きわまりないのだが・・・・
「ああ、ごめんごめん。んじゃ、ナルも汚れたパジャマをその場で脱いで、真生と一緒にお風呂行ってきて。その間にかたしておくから」
 汚れたまま動いたらぼたぼた落ちて、被害がさらに拡大する。
 だから、この場で脱ぐしかない。
 それは当然だ。
 だが、パジャマはおろか下着までも汚れていた。
 ナルは臭いと、己の惨状にため息一つつくことできず、乱雑に服を脱いでいく。
「もう、ナル。そんな不機嫌な顔しないの〜。真生がおびえているじゃん」
 麻衣がめっと幼児をしかるようにナルに言うと、ナルはさらに眉間に皺を刻む。
「この状態でご機嫌になれと?」
「まぁ、同情に値するけれど。パジャマを着せて寝かせないからおなか壊しちゃったんだし。ナルの自業自得? 真生が忍び込んだ時点でナルなら起きたんでしょう?」
 確かにそれを言われると自分に責任がないとはいえないが・・・
「真生、これからはパジャマを脱がずに用を足せ」
 父親の堅い口調に、真生はコクコクと無言でうなずき返すと、ベソッと涙を浮かべて父親に抱きつこうとするが、それを寸前のところで麻衣が叫んで止める。


「真生!すとっぷ! ナル、今うんちまみれだから抱きついちゃだめv」


 その言い方はやめてほしい。
 だが、実際にそうなのだから仕方ない。
 ナルは着ていたものをすべて脱ぎ捨てる。
 パジャマの上下だけではなく下着もだ。


「な、なんでナルも素っ裸になるかな!?」


 突然の暴挙と言いようがない行動に麻衣は目を白黒させて叫ぶ。
「汚れたものをすべて脱げと言ったのはおまえだろう。それに何を今更叫ぶ」
 そう、何を今更だ。
 だが、いくら子供も生まれて、何もかもが今更だと言われるような関係になったとしても、朝っぱらから素っ裸なナルを見ても平常心でいられない。


「期待しているなら、風呂から出た後で相手にしてやる」


 にやりと底意地の悪い笑みを浮かべてささやく夫に、麻衣は枕を投げつける。
「子供の前で何を言うかな!? さっさと風呂に入ってこないとナルもおなか壊すからね!」
 投げつけられた枕を片手で受け止め、麻衣に放り返すと、ナルはのどの奥で笑みをこぼしながら真生を抱きかかえて風呂場に向かう。
「ま、まったくもう・・・」
 なんだかどっと疲れた。
 そう思った時、アラームの音がピヨヨヨヨヨ ピヨヨヨヨヨと鳴り響き始めるが、気分はもう一日が終わったような気がしてならない。
 このまま何事もなかったかのように寝直したい・・・・
 そう思っても、このまま惨状を放置するわけにはいかず、麻衣は洗濯をすべく立ち上がる。
「洗濯するより捨てて買い直した方が楽そうだなぁ・・・・・・・・・・・」
 その前に、いくら洗濯してもナルが同じ布団を使うとは思えないのであった。

 



 



 









☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆


この話は、実話です(笑)
本日、職場の上司から聞いた話でした(大笑)
いや、笑い事じゃないけれど。
おこちゃまが自分の上で寝ていたらしいんだけれど、そのまま、ぶりぶりぶりとやってしまったらしい・・・それも、なぜか半端におむつを脱いだまま。その上なぜか歩きながら・・・・・いや、うん。なんでそこでおむつ脱ぐか!?って思ったらしいけれど。
その後始末で本日遅刻してきた上司。


お疲れ様です。


そして、よっしゃ、ネタ頂き!と思い、昼休みにペチペチ打ったのでした(笑)





web掲載日:2010/02/17