ことん。と、唐突と言って良いほどいきなり目の前に綺麗にラッピングされた小さな箱が置かれた。
 何の脈絡もなくだ。
 すっと目の前にのびてきた腕が引かれるのを追いかけるように、麻衣は顔を上げると、そこには予想を違えることなくナルが無表情で立っている。
 そのナルから視線をおろし、書類の上に置かれた箱へ視線を向け、もう一度ナルを見上げる。
「えっと・・・?」
 これはいったい何なんだろう?
 不思議そうに見上げて小首をかしげる麻衣に、ナルは溜息を一つこぼす。
「誕生日。だったんだろう」
 その言葉にこくりと一つうなずき返す。
 誕生日。そう一週間前が自分の誕生日だった。
 七月は自分と真砂子が誕生日を迎えるから中間・・・といっても明日の日曜日11日に皆がお祝いをしてくれる。といってもその事をナルは知らない。知ったら最後明日はマンションに籠もって絶対に人前に姿を現さない。だから、ナルにはシークレットになっている。
 だから、当日は質素に迎えた。
 といっても、ちゃんと皆当日顔を出してくれて誕生日カードをくれたり、おめでとうと声をかけてくれた。綾子はケーキを持ってきてくれたし、安原はとりあえず前祝いという名の期末試験対策ノートをプレゼントしれくれた・・・素直に喜べないところだが。
 ただ、派手なパーティーは後日というだけで、麻衣にとってはとても楽しい一日だったのだが・・・・・当然といえば当然だが、目の前の男・・・一応コイビトであるナルだけは我関せずをずっと通していた。
 人の誕生日どころか自分の誕生日にも無頓着な人で、合同誕生会(というような事を言う年でもないのだけれど)に参加するのも、強引に引きずられて、上司と部下から恋人という親密な間柄になってもそれは変わらない・・・・と思っていた人だ。
 自主的にプレゼントを用意してくれているとは考えてもいなかったため、麻衣は何度も瞬きをして目の前の小さな箱を凝視する。
 なぜ、三日の当日ではなく一週間もたった今日なのか・・・は、聞かないでおこう。
 どうせ、日にちを気にして生活をしている人ではない。
 今日がいつなのかも意識しなければ判らない人なのだから、忘れていたのか、今日思いついたのか・・・まぁそこらへんはこだわるところではない。
 当日ではないとはいえプレゼントを用意してくれたのだから、嬉しい事には違いない。
 思いにもよらない人からの突然のプレゼントに、一気に鼓動が高まる。
 顔がだらしがないほどにやけているかもしれない。
 好きな人に見せるには少々憚りがあるが、仕方ない。嬉しさを隠すことはどうしても出来ない。
 だってこうしてナルから誕生日プレゼントをもらうのは初めてだ。
 嬉しさを隠す事なんてできるはずがない。
 まして、付き合いだしてから初めて迎える誕生日・・・期待をしてなかったかと聞かれれば、正直まったくしなかったとはいえない。
 案の定誕生日の時にはナルは一切無反応で、例年と変わらない一日。
 素直に言えば判っていても、少し・・・いやかなり寂しいと思ったのも事実だが、それがナルなのだからと諦めていた。
 それが、誰に言われることもなく用意してくれたプレゼントに、嬉しさがさらにジワジワと込み上げてくる。
 頭の中は「どうしよう、どうしよう」と意味もなく同じ言葉がループする。
 この場にナルすら居なくて、自分一人だったらプレゼントの箱を握りしりめて、じたばた訳もなく暴れたに違いない。
 とはいえ、さすがにナルが居るからそこまで我をなくすことがなかったが、内心はもうその状態だ。
 箱をあけたとたん、バネ式の仕掛けが飛び出してきて、指を挟み込む・・・なんて、遙か遠い昔の子供の頃のオモチャのような物だったら、それこそどうしよう・・・と思いながら、いや、さすがにナルがそんな巫山戯たことをするとはまったく思ってもいないが、そもそもそんなオモチャの存在自体知らないだろう・・・・無言で己を見下ろしているナルを見上げる。
「え・・・と、開けていい?」
 おそるおそると言わんばかりの問いかけに、ナルは「どうぞ」と素っ気ない調子で促す。
 何が入っているのか。
 掌サイズの小さな包み。
 手に取ってみるとかなり軽い。
 ドキドキしながら震える指先で、リボンをほどいて、包装紙を綺麗にはがすと中から出てきたのは人差し指程度の小さな箱。
「ナル・・・・これ・・・・・・・・」
 箱を見ればそれがどこのメーカーでなんなのかは一目瞭然。
「欲しかったんじゃないのか?」
 驚いて目を見開く麻衣に、ナルはさも当然とばかりに問いかけて来たため、麻衣は無意識のうちにこくりと頷き返す。
 確かに欲しいと思っていた。
 買えない物では無かったが、必要か不要かとカテゴリーすると必要とはどうしても思えず、手にとってはずっと諦めていた。
 今時、自分ぐらいの年では誰もが持っているけれど、まだ自分には大人すぎるような気もして、無理をして背伸びをしても・・・・と思うと、さらに買えず、手に取っては棚に戻すと言うことを繰り返した事が何度かある。
 そんな姿をどこかで見られていたのだろうか。
「好みの色までは判らないから、適当に選んだ。気に入らなければ捨てとけ」
 淡々と告げられる言葉に、麻衣は頭を勢いよく左右に振る。
「そ、そんなこと無いよ! ありがとう!」
 麻衣が満面の笑みを浮かべ、箱からいそいそと中身を取り出す。
 箱から出てきたのは細長い銀のケース。
 艶消しの加工が施されたケースには、蔓草と薔薇の模様が刻印されている。
 麻衣はドキドキと鼓動が高鳴るのを感じながら、キャップと外して机の上に置くと、下部をきゅっと捻る。
 するとするり・・・と蓋が外された部分から、中身が姿を現した。
 オレンジピンクのルージュ。
「さ、早速付けてもいいかな・・・」
 鮮やかな色にドキドキと胸を高鳴らせて伺うようにナルを見上げると、ナルは何を当たり前なことをと言わんばかりの視線で見下ろしている。
「消耗品を使わないんでどうするんだ?」
 どうみても観賞用ではなく、実用品なのだから使わないでどうする。
 そう言いたいのかもしれないが、麻衣としてはせっかくもらった物を使うのはもったいないと思ってしまう。だが、使うためにプレゼントしてくれたものを使わないのも悪い。
 そんな葛藤に悩まされながらも、いそいそとポーチから鏡を取り出して、恐る恐る唇にあてる。
 ゆっくりと、綾子が引くのを真似てみるが、上手く唇に色が乗らない・・・ついはみ出してして、綺麗に色が乗らない。
 綾子も真砂子も簡単に塗っているから、難しい事ではないと思っていたのに、以外と難しい・・・やっぱり自分にはまだ早いのだろうか・・・
 思わず溜息がこぼれそうになるが、隣で黙っていたナルが無言のまま手を伸ばして、麻衣の手から送ったばかりのルージュを奪う。
「ナル?」
「黙って。唇を少しあけてこっちを見ろ」
 ナルのいきなりの行動に疑問を抱きつつも、言われた通りにすると、ナルは手にしたルージュを唇に当てる。
「な、なる!?」
 いきなり真剣な眼差しで・・・いや、たぶん表情はさっきと何も変わってないはずなのだが・・・唇にルージュを引き始めたナルに思わず麻衣は唇を動かしてしまう。
 そのとたん、ずれたのが感触で判り、ナルが思いっきりしかめ面をする。
「動くな。道化になりたいのか」
「・・・・・・それはいや」
 親指がはみ出した物を拭うのが感触で判る。
 とにかく恥ずかしくて、どうして良いのか判らず顔は真っ赤になっているはずだ。
 鼓動が先よりも早鐘を打ち、今にも壞れてしまいそうだ。
 いっそ逃げ出したい衝動に駆られるが、顎をしっかりと固定されているため、身動きが取れない。
 もちろん、そんなことで逃げられないわけはないのだが、まるで全身が金縛りにあってしまったかのように指先一つ動かすことが出来ず、されるがままになる。


    初めてキスをした以上に、ドキドキしているかも・・・・

 
 ぎゅっと思わず目を閉じて、ただひたすら終わるのを待つ。
 何分も経過したかのように感じたが、時間にしてほんの数秒にしか過ぎない。器用にルージュを引くと、ナルは無言でルージュを引っ込めキャップをしめる。
 ぎゅっと眼を閉じていたため、机の上に置かれる音で眼を見開くと、ナルが無言のまま鏡を差し出してきた。
 それを受け取って鏡に映り混んだ自分を見ると、今までと同じ顔だというのに、どこか少しだけ違う顔が映りこむ。
 けして濃い色ではない。
 本体は鮮やかなオレンジピンクだが、唇に載せると淡い色なのか、ほんのりと鮮やかなオレンジの色が唇に乗っており、肌の色によく映える・・・ように見えた。
 大学生にもなれば、皆当たり前のようにフルメイクをして、色つきリップではなくルージュと呼ばれるような類の物を幾つもみな持っている。
 100均でも売っているし、薬局では1000円以下の安い口紅もたくさん売っているし、けして買えない物ではない。
 だが、何となくまだ早いような気がして買えなかった。
 まして、ブランド物となるとなおさらで・・・
 先までの自分と何一つ変わらない。
 ただ、ルージュを引いたか引いてないかだけの差。
 なのに、少しだけ大人になれたような気がして、照れくさくもあり、それよりも嬉しさのほうがさらに込み上げてくる。
 これを欲しいと思っていたことをナルが知っていたことに。
 それを、わざわざ買ってくれたことに。
 誕生日プレゼントをこうしてもらったという事よりも、その事の方が嬉しくて、嬉しさの余り涙が浮かんでくる。


「ありがとう。これ、大事に使わせてもらうね」


 ルージュ一つで、涙を浮かべて喜ぶ麻衣に、ナルは呆れたような眼差しを向けつつも、身を掲げて頬に口づけを一つ。


「おめでとう」


 一週間遅れだろうと。一ヶ月遅れだろうと。
 今が最高の一時であることには違いない。
 

「ありがとう」


 少し足先を伸ばして、ルージュを引いたばかりの唇で、ナルに口づける。
 色が付いちゃうかな・・・?と心配しながら。



 

 






☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆




 文字通り一週間遅れの麻衣のBD話です。
 落ち無し意味なし何も無し。な感じですが、ものごっつ久しぶりに麻衣のBD話を書きました。
 っていうか、イベント絡めた話を書くこと自体ものすごく久しぶり・・・久しぶりすぎて何年ぶりか判らない・・・( ̄□ ̄;)


 基本的に私自身がイベント事に疎い上に、一通りやってしまったイベントネタを何度もやるのは気が進まず、サイト開設から2〜3年後にはほとんどやらなくなったイベントネタ。
 何となく今年やってみたのは、ほんの数日前に今回のネタが浮かんだから(笑)
 たまには初々しい(ような気がする)話を書いてみるべ。で書いて見ました。
 初々しいかどうか判りませんが、楽しんで頂けたら幸いっす。



 では、初々しいをとうの昔に通り越している二人の話を原稿で頑張ります。










                      2010/0710UP






web掲載日:2010/02/17