因果










  
 女は欲しい者を長きあいだ求めていた。
 一度はこの腕に得たもの。
 だが、至福の時は長くは続かなかった。
 自然の摂理に逆らい得た者は、自然の流れに逆らい続ける事が出来ず、狂って壊れてしまった。
 最後の瞬間には己が何物かも、自分が誰かも判らず、腕の中で崩れるように消えてしまった。
 それから、ずっと探し続けている。
 自分のけして暖まる事のないこの身体を温めてくれる者を。
 けして塞がる事のない、胸の内に空いてしまった暗き穴を。
 埋めて満たしてくれる者の存在を求め、夜の街を彷徨う。
 だが、どれほどの時間、いかほどの街をさまよい歩こうとも、彼女の求める者が見つかることはなかった。
 ただ、むやみな者ができあがっていく。
 残骸が築かれ、その中央で一人佇んでいると、笑みが身体の奥からこみ上げてくる。
 けして解き放たれる事のない、永劫に続くこの苛みから逃れる統べはないと知りながらも、求めずにはいられない己に呆れ、嘲笑する。
 酷く乾いた笑い声が、不意に止まると空へと視線を向ける。
 暗い空に燦然と輝く月をバックにした、一人の人間が宙に浮いていた。
 全身を黒衣に包み込み、金の髪を風になびかせて。
 宙に人が浮いているなどとあり得ないという事だが、女は驚く事もなくその人影を視野におさめ、嬉しげな笑みを口元に浮かべると、優雅な仕草で一礼をする。
「待っていたわ・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ほぅ・・・とため息を1つ着くと、彼女は視線を上から下へと降ろした。
 人影が、フワリと石畳の上に降りてきたからだ。
 足音1つ立てず、それが降り立った瞬間、月日狩りは途絶え辺りは一瞬にして闇に満ちる。
 一寸先も見えないような、深淵の闇に唐突に包まれようとも女は狼狽えることなく、それが降り立った場所を見つめる。
 深い闇に閉ざされた街。全てを包み隠すかのように、街を覆い尽くす闇。だが人々は寝静まり、この暗闇に気がつくものは誰もいない。
 気配に敏感な獣たちも、本能を忘れたかのように深い眠りの世界を漂っている。
 月明かりさえ、届かない街で、異光が二つ輝いている。
 深紅の輝きを放つ女と、
 紫の輝き。
 どちらも、それ自身が発光する如く輝きを放つ。
 

「お前は、何を望んでいる?」


 感情を伺わせない声が、闇夜に響き渡る。
 低くもなく高くもない、その声音は男のモノ。


「・・・・・・を・・・いえ、伴侶を探しているだけだわ」


 柔らかな女の声が問いに答える。
 最初に何を言ったのかはっきりとは聞こえなかったが、女は直ぐにそれを否定するかのように言葉を続けるが、男はたいして拘ることなく問いを続ける。


「伴侶? だが、お前の周りに居るモノはただの生きる屍ではないか?」
 紫が一瞬強い輝きを放ち、女の周囲に鋭い眼差しを向ける。
「しょうがないわ。だってなってしまったんだもの」
 女はゆっくりとした動作で己の口の周りをぬぐい取る。
 白い腕に赤くねっとりとした液体が絡みつくのを、男はこの暗闇の中はっきりと見る事が出来たが、眉1つしかめることなく女の動作を静観する。
 その女の周りには、首から多量の血を流している幾人もの男達が、女を囲みこむように立っている。虚ろな眼差しは濁ったガラスのようで、何を見つめる事もなく虚空を眺めている。青白い肌には生気というモノは見あたらず、土気色にさえ見える。弛んだ口元からは白い泡を浮かべた涎が垂れ流し状態になり、顎を伝い地面の上に落ちていく。身体全体が弛緩したように猫背気味になり、腕がだらりと前のめりに垂らされ、ジッと立っている事ができないのだろう。身体が微かに左右に揺れていた。
 一人ではなく、五人ほどの男達が異様な様子だが二人の男女は異常を訴えるような事はなかった。
「そういう、貴方はなぜここへ?」
「私が答える必要があることか?」
 男の問いに女は今度こそはっきりと笑みを刻む。
「確かに愚問かもしれないけれど。だけれど、いきなり貴方が出てきたら誰もが驚くと思うわよ?
 いくらただの、御前使(ごぜんし)では、私を狩る事が出来ないからってとうとう、貴方がご出馬する事になったのかしら?
 神に愛された《光り輝く者》さん?」
 からかうような問いかけに、男は表情1つ変えない。
「私も偉くなった者ね。《光り輝く者》を動かすなんて。
 流離人(さすらいびと)では私ぐらいかしら?」
「お前は、御前使を殺しすぎた」
 淡々とした声音に対し、女は軽く肩をすくめる。
「だって、邪魔をするんですもの。それに、御前使ともあろうものが弱すぎるのが問題よ。
 私のいた頃にはあんな弱い御前使なんて存在しなかったものよ?
 と言っても、3000年も前の話だから、貴方は知らないかもしれないけれど・・・・・・・・・って、そんな事ないか。
 私は貴方のその器には初対面だけれど、以前の・・・・3000年前の《光り輝く者》は知っているもの。
 神に愛されし者は永遠と同じ魂が、器を変えているだけと伝え聞いた事があるわ。
 実際どうなのか知らないけれど、もしも本当なら私の事を貴方は知っているのでしょう?」
 女の問いに男は初めて、ため息を漏らす。
「記憶はある。知っているかどうかと聞かれれば、私は闇に落ちる前のお前の事を知っている。
 だが、私はお前を狩る者。記憶に左右されると思っているのならば、淡い期待を抱かない方がいい。
 私は、お前の息の根を止める事の出来るものだ。どう、あがこうとお前はもう免れる事は出来ない」
「免れようなどと最初から思ってもいないわ。
 もちろん、貴方がかつての私を知っているからと言って、情けに縋るつもりもないわ。
 こんなモノを作り続けていれば、狩られるのは判っていた事だもの。判っていても大人しく狩られるつもりはなかったから、思いのほか御前使を殺す事になってしまったけれど・・・・・・・・・貴方は、少しは私を楽しませてくれるかしら?
 神に愛されし者の、実力・・・・・・・・・・・・・・・見せて貰える?」
 女は艶やかな笑みを浮かべる。
 何を考えているのかは誰にも理解出来ない。
 女はかつて、神に仕える御前使・・・それも、高位に位置する者の一人であった。生まれた時から高い能力を保持し、闇に堕ちた者、闇から生まれし者を狩る側で居た。
 だが、彼女は闇に堕ちた。
 闇に堕ちし者を狩っている最中に、その身をキエラと呼ばれる毒に犯され、地上に住まう人の生き血を吸わねば正気を保てない身へと堕ちてしまったのだった。
 結果、神の子である御前使達に同じ仲間として受け居られるわけが亡く、彼女は未来永劫天人界と呼ばれる御前使達の住まう世界を追放されたのだ。
 御前使達の寿命は、地上に住まう者とは比べ者にならないほど長い。
 だが、それでも3000年の時は長すぎる。
 地上でそれほどの時を過ごした彼女の昔を知るものは、今の天人界にはいない。
 いるとすれば、神と神に愛されし者の魂を持つ者だけである。
「1つ聞いても構わないか?」
「どうぞ?」
「なぜ、お前は解毒をすると言った、前代の言葉を受け入れなかった?」
「・・・・・・・・・・さぁ、なぜだったかしら?
 昔すぎて覚えてないわ。だけど、そうね・・・・こうなるのも面白いかしらとでも思ったのかしら?
 こうして、まさか3000年ぶりに旧知と再会するとは思わなかったもの」
 だが、女が知り合いと言葉を口に乗せた時、男の眉が潜められる。
 苦虫を噛み潰したかの表情に、女は苦笑を浮かべる。
 記憶に残る彼と、目の前にいる彼とは違う人間であるというのに、同じ人間のように思えた。
「私はお前の知り合いではない」
「そうだったわね」
 









 二人はしばらく無言のまま見つめあう。
 どちらが最初に動いただろうか?
 定かではない。
 だが、ほぼ同時に二人は動いただろう。
【我が血を授かりし我が僕 我が敵を葬れ】
 女の血塗られた深紅の瞳がよりいっそう強きを放った瞬間、彼女の周りにただ立っている事しか出来なかった、数人の男達が、まるで野生の獣のように俊敏な動きで、男に襲いかかる。
 男は、腕を簡単に一降り一文字に振るう。
 無造作な身振りだが、圧縮された空気が大気を切り五人の男達を胴体からまっぷたつに切り裂く。
 上半身がずるり・・・・と音を立てて、石畳の上に堕ちる。
 だが、その身体の一部が石畳に触れた瞬間、まるで水が弾けたかのように身体が灰と化し崩れる散る。
 垂直に立っていた下半身も、ゆっくりと倒れながら細かな粒子となって弾け散った。
 その間1秒あっただろうか。
 一瞬の出来事だが、女は表情1つ変えずに塵となって消えた男達を見ていた。
「聖なる力は別格なのね・・・神文(しんもん)も唱えてないのに・・・・・・・・だけど、私は舐めないでね。
 これでも齢3000年以上生きた、流離人よ?」
 女は長く伸びた己の爪で、自分の左腕を一気に切り裂く。
 溢れ出る赤い血が、まるで1つの意志を持つかのように、女の掌へと凝縮していく。
 細長くたなびき、ただの液体は姿を変える。
 女の瞳同様深紅の輝きを放つ、新月刀へと。
 それを一降りすれば、先ほど男が放ったように圧縮された空気がまっすぐに男へと伸びる。だが、それは男の身まで届くことなく、その眼前でガラスが砕け散るような音を立てて周囲へと飛び散る。
「流離人ごときに、力を振るうつもりはないのかしら?
 だけど、あまり私を甘く見ないでね・・・・・・・・・・私は、ただの流離い人ではないのよ?」
 女は勢いよく石畳をけりつけると一瞬の間に、男の眼前へと踊りで新月刀をなぎ払う。
 キン!っと何か見えない壁に刃が当たった感触と、耳に突き刺さるような高い音が響き渡る。一瞬の痺れが柄から掌、腕へと抜けたが女は力を緩めることなく、見えない壁を刃で切り裂く。
 だが、刃が男の身を傷つける前に、男はふわり・・・と一歩背後に移動すると、指先で小さな円を描く。
 紫色の光を放つ円が空中に描かれると、鏡のように一瞬乱反射し、中心部に光がぎゅっと集う。それが、何であるかを悟った女は、再び地面を蹴る事によって身体の向きを無理矢理変えると、剣を目の前にかざし口早に何かを唱える。
 短い言葉の最後を口にした瞬間、光の矢が飛び出しまっすぐに飛来する。
 空気を巻き込み、渦のように大気を歪めながら飛来してくる矢を見た瞬間、自分が作った盾ごときでこの矢は防げる事がないことが瞬時に判った。
 彼は何も言葉を発してはいない。
 だが、それが彼と自分の能力差なのだ。
 そんな事ぐらい対面した時から、肌で判っていた。
 かつての自分は御前使のなかでもトップレベルだったが、過去の・・・前代の彼に勝てた事は一度もない。存在そのものが違うのだ・・・・・・・・・
 だが、そう。これで眠れる。
 長き流離いから漸く解放されるのだ。
 無意識のうちに瞳と閉ざす。
 赤の光と紫の光が、闇の中ぶつかり合い、火花を散らせる。
 それを瞼の裏で見ながら、その矢が己の身体を貫くのを待ったのだが、その瞬間は訪れない。
 それどころか、身体を突如捕縛され、女は閉ざした瞼を反射的に開いた。
「なっ!」
 矢は自分の身を貫くために放たれたものではなかった。
 捕縛するためだけに放たれた、害のない矢だったのだ。
 両腕を背後で拘束し、左右の手首を同時に縛り付けられ、そのまま胴と両腕を拘束される。がっちりと施されたそれは、掌を開いて剣を手から放す事さえ出来ないほどだ。光のロープが腕に食い込み、関節が悲鳴を上げるような痛みが、全身の至る箇所から生まれる。
 その場に立っている事さえ出来ず、膝をつきたくても、足の方も同様に拘束されているため曲げる事さえ出来なかった。
「私は殺す価値もないということ?」
「私はお前を狩る者だ」
 狩る者=捕らえる者だ。殺さず生きたまま捕らえ、天人界へと連れて行く。そして、その後光届かない腐界と呼ばれる異界へと追放されるのだ。
 その世界は、光はおろか本来ならば命ある者は何もない世界である。
 だが、そこには蠢き彷徨う者達が、数多いる。
 人間界に追放された流離人が秩序を乱した場合、また闇から生まれた者が御前使達に捕縛された者達が、最終的にたどり着くさき。
 未来永劫けして救いのない世界。
 狂い、己の同胞を喰らいつくし、己を喰らって生きながらえる世界。
 それが、血に狂った者達が最後に堕ちる世界。その先はもうなにもない。
 だが、対外の御前使達は生きたまま捕らえる事が出来ず、この地上で対象者を塵に返す。
 それも、またもう一つの最後。
 魂そのものの終わり。
 だが、自分にはその終わりは訪れないのだ・・・・・・・・・・・・・世界は変われど自分は生きていく事しかできない。
 腐界に堕ちようとも、自分は死なない・・・・・・・・・死ねない。
 それが判るからこそ、女は笑みを漏らす。
 狂ったような笑い声が、その唇から漏れるが、不意に近付いてきた男はその指を女の目尻へと伸ばす。
 すっと離れた指先には、透明な雫が乗っていた。
 男はそれをしばし見た後で、もう一度問いかける。
「お前は何を望んでいる?」
 その言葉に、女は笑い声を止める。
「お前は何に、涙を流している?」
 男の言うとおり女は涙を流していた。
 なぜ、涙が溢れ出て止まらないのか、女にも判らない。
 ただ、胸の奥にぽっかりと空いた暗い穴から後から後から滲み出てくるのだ。
「何を言わせたいの?」
 自分を捕らえたのならば、男の役目はもう終わりだ。
 後はこのまま天人界へと連れて行き、別の御前使へと渡せば、この任務は終了を迎えるはずだ。
「お前が望んでいる事を、知りたがっている・・・・・・・・・・・」
 男の言葉に、女は顔をくしゃりと歪ませる。
 この場に第三者はいないが、彼の中には居るのだ。
 もう一人の己が。過去の自分が。見知らぬ人間の記憶が。
「言えば叶えてくれるわけ?」
「内容にもよるがな」
 必ずしも叶えてくれるつもりはないだろうに、問いただす彼の口調はどこか困っているようにも感じられた。
 大人びた表情、無機質な声音によって判断出来ないが、彼の実年齢はまだ恐ろしく若いに違いない。外見年齢=実年齢といかないのが、年齢を定かには出来ないのが御前使の特徴だ。
「私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 願いを口にして叶えて貰えるかどうかは、どうでも良い事だった。
 おそらく、もう二度と彼と会う事はないのだから。






「もう、眠りたいわ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





 それに返ってくる言葉はなかった。
 だが、静かに男が近付いてくる。
 感情の機敏を伺わせないその表情。
 さっ・・・・と闇が退き、月がその姿を現す。
 初め彼が現れた時は、月の逆光によってその顔は見えなかったが、月が姿を見せた瞬間彼の容貌がはっきりと彼女の眼前に晒される。
 月の光をより集めたかのような金の髪。神に愛されし者の証である紫の双眸は、至宝の宝石のように燦然とした輝きを放ち、無機質ささえ感じさせるその冷然と整い過ぎた容貌は、自分の記憶の中にある【彼】と何一つ変わらなかった。
「リュシフェル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 口にするつもりのなかった名が漏れるが、彼は何の反応を返す事もなく、無言のまま女の額に手をかざす。


【目覚めよ 我が血に潜みし力よ
 遙かなる過去から 未来へと繋がりし罪の証を解き放て】


 男の言葉に女の目が驚きによって見開かれる。
 自分は眠りたいといった。
 だが、解き放たれたいとは言っていない。
 男は・・・自分を、キエラの毒から解き放とうとしているのだ。
 それは望んでいないと、告げようと口を開くが、言葉が出てくる事ができなかった。
 この場の支配者は、目の前の男であり、男の了解なくしては一応たりとも発する事の出来ない状態へとなっていたのだ。
 男の言葉に従うかのように、双眸の光が増していき、手をかざされている額がじんわりと熱を帯びてくる。
 それは、己の鼓動に合わせて脈打っていき、目を開けていられないほどの光量と、思考が溶かされていくほどの熱に晒されていく。
 自分の耳に聞こえてくる声が、徐々に小さくなっていき、意識が霞んでいく。
 だが、朧気になっていく意識の中で、はっきりと聞こえてきた言葉に、女は問いかけたかった。


【我が名 リュシフェル に従いて 女 マリーシアンヌ を 永き眠りへと導け】


 神の愛し子として生まれ落ちた彼らの名が代々同じなのか、その都度変わるのか女にも判らない。
 だが、前代と彼が呼んでいた名と、今の彼の名が同じ事は偶然なのだろうか・・・・・・・・・・
 それとも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 薄れゆく女はその問いを口に出来る事はなかった。
 紫色の光に満たされ、女の身体はゆっくりと塵になっていく。
 これほどの永き時を彷徨わなければ、彼女はキエラから解放された事によって、御前使に戻っていただろう。
 だが、御前使としても超えた時間を生きてきた彼女は、キエラから解放された事によって、進むことなく止まっていた時が一気に流れ出し、有るべき姿へと戻っていったのだった。


 その最後の姿まで見送っていた男は、不意に瞼を閉ざすと直ぐに開く。
 感情1つ浮かぶことなく無表情きわまりなかった顔に、ヤレヤレと言ったような浮かび上がると、肩に手を回し軽く首を振る。
 行く年も経て落ち着きを持った瞳には、活力にみなぎった光が浮かび上がり、彼を包み込む全体的なイメージが、静から動へと一瞬のうちに変わり果てる。
「これで気は済んだんだろう?」
 誰に向かって話しかけているのか定かではないが、まるで誰かが居るかのように話しかけるが、先ほどまで彼の唇から漏れていた声とは似てもにつかない声。
【手間をかけた・・・・・・・・・・】
 空気を震わせた声は、先ほどまで女と交わされていた声だった。
「まぁ、いつまでもあんたにウジウジされるのも迷惑だから、これで整理付けてくれるならかまわんさ」
 その言葉には苦笑を漏らす事しか【前代】には出来なかった。
 今の生は確かに【彼】の者だが、記憶がある以上すっきりと割り切れる者ではないと言う事を、経験上知っていた。
【私の意識が出てくる事はもうないよ】
「そうであって欲しいねぇ」
 彼は大げさなため息をつくと、手を軽く振り払う。
 ソレによって街を覆っていた、異常な闇が完全に払拭し、辺りはいつもと同じ夜が訪れる。
 とん・・・と軽く石畳を蹴って宙に浮かび上がった【彼】は、不意に思い出したように先ほどまで彼女が居た辺りへと視線を向ける。
「【リュシフェル】は身体の名前じゃなく、魂に与えられた名だよ。
 それを呼ぶ事を許されていたのに、惜しい事をしたよねぇ・・・・・・・・・・・・・・・」
 そこが彼女らしいと言うべきであり、前代の自分が惹かれて止まなかった存在だったのだろうか?
 だが、その感情は自分の者ではない。
 男は意識を切り替えると、完全にその時の思いを排除し、すっと溶けるように闇の中へと消えていく。






 その場に残されたのは、不可解なほどの多量の血と・・・・・・・・・・・・・
 赤みを帯びた、僅かな灰のみ。
 それさえも、やがて風によって消えていく。

 






















☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
久しぶりのお題UP。
そして、久しぶりのご新規UP・・・・・・・・・・・・・
なんか、最近UPするたびに同じ文句から始まっているのは気のせいではないだろう(爆)
すっかりと更新ペースが遅くなっている上に、今回はオリジナルである。
その上なんだか、やたらと説明臭いってのは・・・・・・・まぁ、気が着かなかったことにしてください(笑)
最後の最後まで個別名出てこないし。というか、今回は以下に個体名を出さずに話を進めていくか。に拘ってみました。
寝ても覚めてもGHだけ書いているのってのは結構ツライものがあるので、こうして息抜きはさせてくださいなv
さすがに3年以上同じ物だけをやり続けるというのは、息が上がるものなんです(笑)
たぶん、同人誌という一点集中というワザをやらかすようになったからかなぁ・・・とも思いつつ、まぁしばらくはこうしてお題をポウツポツとやっていきたいなーなんて思っています♪


ではでは、本日はこれにて閉幕!



                                     Sincerely yours,tenca
                                      2004/06/20