祈りの言葉















 うとうとと微睡む。
 睡眠はいつも十分なほど取っているというのに、どうしてこんなに眠いのだろうか。
「眠いなら寝室に行け」
 すぐ傍から、低い声が聞こえてくる。
 その声に空気が漏れるような声で答えるのだが、言うとおりに動く気にはなれなっかった。
 ここは暖かくて居心地がとてもよく、対照的に、寝室の空気は冷え切っていてベッドも冷たいのだ。うたた寝するのならば居心地の良い方が良いに決まっている。それになにより・・・・・・
「麻衣、重い」
 女に向かって言って良い単語とはけして言えないものも、彼は平気で言う。
 別に今更そのぐらいで傷ついたりしないからいいけど。
 だってねぇ・・・? 
 くふふふふ・・・と笑みがこぼれるが、きっと端から見たら夢でも見て笑っているように見えたのだろう。
 反応がないことに諦めたのか、かすかなため息が漏れる音。それから、肩の上に暖かな温もり。
 なんだかんだ文句は言うけれど、優しいことは優しいのだ。
 そして、こんな優しさがとても心地よくて好きだな。と思う。
 なんだか、とても甘やかされているような気分になって・・・ああ、綾子からはお手軽女って言われそうだけど、でもね、こういう穏やかな時間はとても居心地が良くて、惰眠を貪るのにとても快適なんだ。
 ・・・・・・・・・・今度は寝穢いって言われそうだけど。
 寝やすい姿勢を求めて少しだけ身じろぐ。
 ちょっと堅いけれど、暖かくて心地よい寝場所。
 どうせ、起きていても話し相手になってくれないのだから、このぐらいしてくれてもいいと思うしね。
 別にどけと言われたわけではないけれど、少しだけ言い訳じみたことを思ってしまったりするけれど、おそらくまったく気にしてなんだろう。止んでいたページをめくる音が頭の上から聞こえてくる。そして、ゆっくりと指先が髪をなでていく感触。
 これって、癖だよね・・・・こうやって居眠りをしていると、無意識のうちに私の髪をすき始める。
 指先に髪を絡め、軽く動かし頭皮を触れるか触れないかの感じで滑っていく。
 そして、また指に髪を絡め・・・・これが、まためちゃくちゃ気持ちいいんだなぁ。
 起きる気なんてまったくなくなっちゃうよ。
 うとうとだった眠気は本格的に訪れてきて、あらがうすべがなければもうこのまま本気の居眠りモードに突入になってしまうわけだ。
 もともと、起きる気もないけれど。






















 ふわぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・
 小さな泣き声に目を開けると、真っ黒な髪と双眸をしたそっくりの赤ちゃんが二人、小さなベッドに横になって泣いていた。鏡あわせのようにそっくりなところをみると、双子なのだろう。透けるような肌を真っ赤にして、小さな小さな手足をかすかに動かせながら、精一杯の声で泣くが、その声に駆け寄る母親の姿はなかった。
 赤ん坊だというのに、このまますぐにでも赤ちゃんタレントができてしまえそうなほど、目鼻立ちが恐ろしいほど整った顔立ち。こんな子が自分の子だったらかわいくてかわいくて、ひとときも目なんてはなせないだろう。だが、肝心の母親は姿を現さない。
 どうにかして、泣きやませたい・・・・
 そう思うのだが、自分にはどうすることもできない。
 そもそも、ここはどこなのだろうか?
 辺りを見渡すと、見覚えのない空間。
 元がどんな色なのか推察するのが難しいぐらいに汚れた壁。窓は小さくそこから差し込む日差しは申し訳程度。そのためか、この室内はやたらと寒い気がした。少しだけ身震いして辺りへとさらに視線を巡らせる。窓から見えるのは向かいに建つ煉瓦造りの建物。外壁がやたらと汚れており、饐えた臭いが鼻先をつく。窓から外を見下ろすと、ロープが張り巡らされ、洗濯物が旗のようにぶら下がっている。
 狭い室内に、必要な分だけ置かれた家具。備え付けなのだろうか。色あせた食器棚にテーブル、イス。所狭しと酒瓶や食べっぱなしの食器が山積み状態で放置され、板張りの床にはうっすらと積もるほこりの上に、無造作に放り出されているシーツや、食べこぼし。割れた食器やグラス。さらにおむつまで。潔癖な人間でなくても身体のあっちこっちが痒くなってしまいそうな場所に、赤ん坊二人が放置されていた・・・・そう、これはまさしく放置だ。
 母親は何をしているのだろうか。
 まだ、目を離せるような年ではない。
 自分一人の力では身体を起こすこともままならないほど、小さな小さな存在。
 それなのに、なぜ母親は平気でこんな所に放置しているのだろう。
 何も出来ないことは判ってはいるが、放ってはおけず近寄る。
 赤ん坊の泣き声はますます大きくなり、そして背後で唐突に何かが砕ける音。
 驚いて振り返ってみれば、テーブルの上に乗っていたお皿がふわりと浮き上がり、あり得ないスピードで壁にぶつかり粉々に砕け散る。ドアがバンバン!!っと耳を覆いたくなるような音をたてて繰り返し行われる自動開閉。
 この子は・・・・・・・・・・・・
 驚いて立ち止まってしまったが、慌てて駆け寄り改めてベッドの上に二人の赤ん坊を凝視する。
 小さな小さな存在。
 写真は7歳以前のものはないと言っていたので、想像するしかない。
 だが、将来が楽しみなほど整った顔立ち。
 漆黒の双眸と髪・・・・・・・・泣き叫ぶ赤ん坊と、じっと瞬き一つせず天井を凝視している赤ん坊・・・・鏡あわせのような二人。


「ナルとジーン・・・・?」


 双子などこの世に数え切れないほどいるが、麻衣はこの二人がなぜかナルとジーンにしか思えなかった。
「そうだよ」
 そして、それを肯定するかのように背後から聞こえてきた声に、驚いた麻衣は勢いよく振り返る。
 そこには、出会った頃のナルと寸分違わぬ姿をした少年・・・・時を永遠に止めてしまったジーンが静かな笑みを浮かべて立っていた。
 自分よりも年下になってしまった少年姿のままのジーンを見て、麻衣は一瞬言葉に詰まるが、ふわりと笑みを浮かべると「久しぶりだね」と呟く。
「そうなのかな? 僕にはよく判らないんだけど・・・・」
 ジーンは少し戸惑ったような顔をして自分を見下ろす。
 ナルがしない表情を見るのはものすごく久し振りで、感慨深い物を感じる。そして、変わらぬその姿を見て切なさがわき起こる・・・・時間の概念のないこの空間で、ジーンはずっと一人で居たのだ。そう思うと、胸の奥から何かが熱くこみ上げてくるが、麻衣は意識して笑顔を浮かべた。
「ものすごく、久しぶりだよ・・・・何年ぶりだろ。気がついたら夢でもジーンに合わなくなって、何年もたっているんだよ?」
「そんなに、たったんだ・・・・でもそうみたいだね。
 麻衣、すっごく綺麗になったよ」
 眩しそうに目を細めながら言われるが、麻衣にはよく判らない。
「変わった?」
 いくら自分の方が年を取ったとはいえ、当然背はジーンの方が高く、麻衣は彼を見上げながら首を傾げる。
「とても、綺麗になったよ。今幸せでしょう?」
 その問いには麻衣は、はにかんだような微笑みを浮かべて肯き返す。
「ナルと上手くいっているようで、良かった」
 その微笑みをみれば、二人がどれだけ上手くいっているのか推察することはたやすい。
 そして、麻衣がこれだけ幸せそうな顔をするということは、ナルもきっと幸せなんだろうとジーンは推察する。
 暖かく自分を見つめる目を見上げて、麻衣はでも少しだけ頬を膨らませた。
「でもね、ナルってば相変わらず仕事バカなんだよ?」
「そこが好きなんでしょう?」
 クスクスとジーンをこぼしながらさらりと言いのける。
 文句を言いながらも、麻衣の言葉に思い詰めたような響きはない。
 案の定、
「あ〜〜〜〜〜まぁ〜〜〜〜〜そうなるのかなぁ?」
 麻衣はよく判らないや。とあっけらかんと答えたのだから。
 そんな麻衣を見ていたジーンだが、ふいに視線をその後ろへとそらす。 
 そこには、二人の赤ん坊がさっきと同じように小さなベッドに横になっていた。
 一人が顔を真っ赤にして大泣きをし、もう一人は赤ん坊でありながら無表情に虚空を見つめている。その視線がどこか虚ろのようにさえ見える。そして、その泣き声に答えるかのように飛び交う食器。耳障りな音と赤ん坊の泣き声しか聞こえてこない空間に、麻衣はたまらなくなって駆け寄る。
 手を伸ばして抱き上げたいのだが、麻衣の手は二人に触れることは出来ない。
 当然だ、自分は彼らにとって存在していないのだから。
「何で・・・・どうして・・・・・・・・お母さんは?」
 声をからさんばかりになくジーンが、虚ろな視線を虚空に向けるナルが切なくて、麻衣は救いを求めるように背後を振り返る。
「どこかにいるのかもしれないし。出かけているのかもしれない」
「そんなぁ! だって、まだこんなに小さいんだよ?」
「うん・・・・だけど、僕たちはこうやって育った」
 その言葉に麻衣は息を飲み、再び視線を双子達へと戻す。
「もちろん、僕のもナルにもこのときの記憶なんてないよ。
 今はちょっと麻衣の能力を利用させて貰って、過去を視ているだけだから」
「何・・・・で、どうして・・・・・・・・?」
 ナルとジーンの母親がニグレストだったことは、話で聞いてはいる。
 ナルは話さないかもしれないからと言って、ルエラが教えてくれた。双子を引き取った時の様子を。大人を信じず、この世で信じられるのは半身だけしかいないと言葉ではなく態度で示していた幼子達。目にはけして見えない傷を負い、毛をさかなでた野生の動物のように警戒心をむき出しにしていたと。
 無邪気で一番かわいい子ども時代に、既に冷めた大人のような顔をしていたナルがかわいそうで仕方なかったと。涙を浮かべて話してくれたルエラの事を思い出す。
 もしかしたら、この子達は人を愛することも、信用することも出来ないかもしれないと思ったことも教えてくれた。まともな対人関係が築けなかったとしても、おかしくはない幼少期時代を過ごしていたのだと。自分たちに出来たことは、人の温かさを・・・家族の温もりをできるだけ、知って貰うことだった。それが出来たかどうかは判らない。
 だが、今ではあの時の心配はなくなり、ナルが麻衣を愛したことを、麻衣がナルを愛してくれたことを、何よりも嬉しいと笑顔を浮かべながら教えてくれた。
 だから、ナルがどんな幼少期を過ごしたかは、ルエラから聞いている。なのに、ジーンがなぜ今更こんな過去をみせるのかが判らない。
「僕は麻衣が好きだよ」
「ジーン?」
 唐突な言葉にジーンが何を言いたいのか判らず、麻衣はとまどった声で名を呼ぶ。
「そして、ナルも大切なんだ・・・・ナルには幸せになって貰いたい。
 ただの、エゴかもしれないけれど、僕の分もナルには幸せになって貰いたいんだ。そのためには麻衣が麻衣で居続けることが必要条件なんだ」
「さっきからジーンの言いたいことが判らないよ」
 麻衣のとまどいに、ジーンは表現しがたい笑みを浮かべながら答える。
 本当に笑っているのか判らない・・・・温度を感じさせない、作られた笑みに麻衣は知らず内に一歩後ずさってしまう。
「麻衣が僕たちの母親と同じにならないことを祈っているんだよ」
「・・・・ジーン?」
 麻衣ではなく過去の・・・・遠い昔の、記憶に残っていないほど昔の自分たちを見つめながら、訥々と話し出す。
「生まれてくる子には、ナルと同じ力が宿っているかもしれない。
 能力が遺伝するのかどうか判らないけれど、二人とも能力者だからね・・・確率的には高いと思う。
 赤ん坊の内はコントロールが出来なくて、あのナルのようにむやみやたらと物を壊すよ」
 今もなお、グラスやお皿が中に浮かび、原型をとどめないほど粉々になっていく。
 どこかで、静かにしろと叫ぶ声や、奇声じみた悲鳴のような声もどこからか聞こえてくる。
「初めは僕たちの母親も必死で愛そうと思ったらしい。
 でも、彼女は壊れた・・・・・・・・自分の理解を超えた我が子を目の前にして、心を保っていられなくなってアルコールに逃げた・・・・まぁ、仕方ないかもしれないけれど。
 当時、僕たちが住んでいた場所はね、貧しい階層が住む閉鎖的な場所でね、保守的な人達が多かったんだ。だから、僕たちは「悪魔」にされ、母親は「悪魔を産んだ女」にされた」
 目の前の時が瞬く勢いですぎていく。
 自分の力では起きあがることさえ出来なかった赤子は、幼児になり少年へと育っていく。
 そして、そんな鏡あわせの美しい子らを、不思議な物を見るかのような目で見る女性。表情は虚ろで目はぼやけ、あやしげな足取りで歩く彼女の手には常に酒の瓶が握られていた。
 彼女は双子に触れることはなかった。
 ただ、遠巻きにみていた。
 育てるわけでもなく、ただ、同じ空間にいただけの存在。
 そして、そんな彼女をやはり同じように物を見るかのような目で見る、酷く痩せこけた少年達。
 感情のまったく宿らないガラス玉のような双眸を見ているだけで、涙があふれてくる。
 自分の知る彼の双眸とは思えないほど、空虚な瞳に。
 今すぐ近寄って抱きしめたいと思ってしまうほど、やせこけたその身体に・・・・・・・・知らず内に視界が滲み、唇をぎゅっと噛みしめる。
 このぐらいの自分には父親はすでにいなかった。だが、母親が常にいてくれた。一生懸命働いていたから確かに他の子達に比べて一緒にいられる時間は短かったが、その分よりいっそう愛してくれた。
「ねぇ、麻衣・・・・その子を愛せる? 口で言うのは簡単だよ?
 だけどね、現実問題として考えてみて? あんな子が生まれるんだよ? ナルと同じようにやっかいな能力を持って生まれた我が子を愛せる? 言葉も通じない意思の疎通の出来ない赤ん坊相手に、愛情を持って接せられる?
 ナルはたまたま頭が良かったから、早い内に感情をコントロールすることを覚えた。だけど、生まれてくる子がナルと同じように頭の回転が良いとは限らない。感情を上手くコントロール出来るようになるとも限らない。そうしたら、破壊力はナルより増すよ。
 初めは愛情を持って接せられても、次第に疎ましくなるよ・・・・そして、そう感じる自分を麻衣は責めるでしょう?
 我が子を愛せない自分を。抱きしめられないことを、そうなったら麻衣は壊れる。僕たちの母親と同じようにね。
 そうなったら、ナルが傷つく。
 やっとナルも人並みの感情を手に入れることが出来たんだから、僕はそれを守ってあげたい。そのためなら僕はきっと何でもする。それが例え麻衣を悲しませることでも、僕が憎まれることでも・・・・・・・・」
 いつも穏やかな口調で語りかけてくれたジーンの口調が、ナルのように・・・・いや、ナルとは違い底の見えない冷たさを見せる。その顔からは表情がなくなり何を考えているのか判らなくなり、麻衣は無意識のうちに下腹部を押さえながら後ずさる。
「ダメだよ・・・・ジーン。
 この子は私とナルの子だもん。
 ジーンの好き勝手にはさせないよ」
「今の平穏な二人の時を壊す存在になっても? 悪魔や魔物のような子だとしても?」
 ジーンの言葉に麻衣は悲しそうな顔をしながら、ゆっくりと頭を振る。
「違うよ。この子は普通の子だよ。確かに能力を引き継いで生まれてくる可能性の方が高いかもしれない。
 初めはいろいろ壊しちゃうかもしれない。だけど、普通の子だよ・・・・だって、ナルの子なんだよ?そりゃーただの子とは思えないけれど、きっと男の子でも女の子でもきっとめちゃくちゃ美人だよね。男の子だったらお嫁さんにきっと妬いちゃうだろうなぁ。ナルそっくりの子だったら、お嫁さんにナル取られちゃうみたいだし。
 女の子だったらナルでもお嫁さんに出すのいやがるかなぁ・・・・ちょっと、想像できないけれど。きっと無表情に不機嫌そうだよね」
 想像して楽しいのだろう。クスクスと麻衣は笑みをこぼす。
 ジーンはそれを不思議そうな目で見つめる。
「頭もいいよね。あ、でもやっぱり出来れば性格はもうちょっと普通がいいかなぁ。やんちゃならなおオッケイ!子どもの内からナルみたいな性格だとちょっとかわいげないし。無表情の女の子って言うのもねぇ・・・・やっぱり、女の子だったら笑顔の方がいいし。でも、冷笑は却下だけど! ああ、ナル似の女の子だったらもう傾国の美女間違い無しだよね!・・・・ってこれって親ばかになっちゃうのかなぁ。ぼーさんのこと笑えないかも。
 ね、ジーン・・・・ナルだって普通の人なんだよ?普通の人からは普通の子しか生まれないんだよ。
 そりゃー、私の血も混じっているからおっちょこちょいで早とちりでそそっかしい・・・・あれ、全部同じ意味?まぁ、いいか。落ち着きないかもしれないけどさ。でも、顔が綺麗で頭がいいだけで普通の子なんだよ。きっとね。って私に似ちゃったらそれこそごくごく普通の子だろうけど。ナルに似てくれたらいいなぁ。
 ねぇ、ジーン。ジーンはナルが悪魔だとか魔物だとか思うの?
 違うよね・・・・誰が思ったってジーンはそんなこと思わないよね。
 私もそう。この子がどんな力を持っていてもそれはただの一つのチャームポイントだよ。
 初めはとまどうかもしれないし、そりゃー私だって人間だからいつでもご機嫌って訳じゃないし、不機嫌になることだってあるけれど。でもね、そのぐらいは許してほしいな。
 それに、なんかジーン大切なこと忘れてない?
 私にはナルがついているんだよ? 私一人がこの子の親じゃないんだよ。ナルだって、この子のお父さんになるんだよ。
 だから、大丈夫。何があってもナルが傍にいてくれれば、ジーンが恐れているような事にはならないよ。
 それに、ナルがみすみすこの子を危険な目に遭わせると思う?
 経験を生かして、ナルも守ってくれるよ・・・・私もこの子を全力で守るから」
 満面の笑顔を浮かべて言い切った麻衣を見つめ、ジーンは一瞬泣きそうに顔を歪めるが、肩の力を抜いて笑みを浮かべると、そっと腕を伸ばして麻衣の肩を抱き寄せると耳元にそっと囁きかける。
「元気で丈夫な子を産んでね」
「うん」
「慣れるまで大変だと思うけれど頑張ってね」
「うん」
「僕の分も・・・・この子達を愛してあげてね」
「うん」
「ナルと・・・・・・・・いつまでも幸せにね・・・・・・・・・・・・」
「うん」
 自分の身体を抱きしめる感覚が遠くなってゆく。
 ジーンが再び眠りにつき始めたのか、それとも自分がジーンから遠ざかっているのか、判らないが最後にジーンの祝福が意識をかすめてゆく。


「きっと、元気でかわいい子達が生まれるよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
























「・・・・あ、老けたナルだぁ・・・・・・・・・・・・」
 目を覚ますなり麻衣はへにゃら。と笑いながら、気が抜けた声で呟く。
「何を寝ぼけている」
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 頭の上にある顔をしばらくぼけっと見ていたが、視線がふいに辺りをさまよい、やがてゆっくりと身体を起こすと肩に掛かっていた上着がパサリと小さな音を立てて床の上に落ちる。それを拾おうと身をかがめた時やっと気がつく。
 気がつけば陽はだいぶ西に傾き、赤い日差しが室内を照らしていた。かなり長い間居眠りをしてしまったようだ。
「ごめんね、足痺れちゃったでしょう?」
 麻衣の問いかけにナルは軽く肩をすくめるだけで、何も言わず手元の本に視線を落とす。
「もう、電気つけないで読んでいたら目が悪くなっちゃうよ〜」
「重石になっていたのは、どこのどちら様で?」
「ごっめーん。私が原因か」
 麻衣は舌を出して肩をすくめるがくるりと身体の向きを変えると背後から、ナルを抱きしめる。
「今度はなんだ?」
「別に、ただ抱きしめたかっただけ」
 あの時、貧弱だった男の子は自分の腕には余るほど成長した男性になっている。
 空虚だった双眸には知的な光がやどり、強い意志を灯している・・・
 だけれど、彼の中にも今だあるであろうあの小さな幼子を抱きしめるように、麻衣はぎゅっと抱きしめる。
「邪魔」
「ひっど〜」
 クスクス笑みをこぼすだけで離れようとしない。そればかりかよりいっそう強く抱きつく。
「だから、何なんだ?」
「だから、別になんでもないってば、ただね」
「ただ?」
「ジーンに会ったよ」
「ジーンに?」
 微かにナルが瞠目する。
「うん・・・・子どもを愛してあげてって言ってた」
「あいつは、何を馬鹿なことを言っているんだ?」
 心底呆れたような口調に麻衣は「ね?」と笑みをこぼす。
「どんな子どもが生まれても愛してだって」
「僕にか?」
「違う。私に」
「麻衣に? あいつは寝過ぎて脳が溶けたのか?」
 ジーンの言いたいことが判らないのだろう、ナルは不可解そうに眉を寄せながら呟く。
「相変わらず言うことがきついなぁ。ナルは」
「本当のことだろうが。で、お前はなんて答えたんだ?」
「例え、どんな能力を持っていても私は大丈夫って。
 だって、ナルとの子だもーん。早く生まれてこないか楽しみなぐらい」
 ナルは微かに目を細める。
 麻衣が何を言いたいか、ジーンが何を心配したのか判ったのだろう。
 手元の本から視線をはずして、肩に懐いている麻衣へと視線を向ければ、彼女は実に楽しそうな笑みを零しながらナルを見ていた。
「私は、大丈夫だよ?」
「心配した覚えはない」
「だよねー」
「脳天気なお前のことだから、なんだかんだ言って上手くやるだろう」
「ちょっと、それ無責任。ナルの子でもあるんだからね」
「判ってる」
「本当かなぁ〜ちゃんと、一緒に子育てしてくれるよね」
「努力はする」
「怪しいなぁ・・・・まぁ、いいけどさ。期待なんか最初からしてないし」
「なら言うな」
「うわ、それって責任放棄してない!? ダメだからね! 子育ては二人でする。これ今の世の中ジョーシキ」
「いつ出来たんだ?」
「ここでそんなこと言うかなー。
 そもそも、ジーン言う相手絶対に間違っている。そう思うよね」
「さぁね。
 お前がおっちょこちょいすぎて、赤ん坊を落とさないか心配だったんだろう」
「うーわー、私だってそこまでドジじゃないよ!!」
「どうだか」
「もう、最低!!
 ジーン絶対に言う相手間違っている!
 一人握り拳を作って叫ぶ麻衣をナルはちらりと見上げるが、すぐに興味を無くしたのだろう。麻衣におきまりの台詞を告げて洋書へと視線を戻す。
 麻衣はまだ言い足りなかったが、一応お茶を入れるべくキッチンへと向かう。
 慣れた手つきで準備をしながら、そっと下腹部を撫でる。
 そこは存在を主張するほど大きく膨らんでいた。臨月までもう少し時間はあるが、確実に育っている命がある。
 それも二つも・・・・・・・
 これは何かの巡り合わせなのだろうか?
 麻衣は笑みを深めて祈るように、呟く。




 




 ねぇ、ジーン大丈夫だよ?
 何も知らない訳じゃないんだから。
 なによりも、天下のオリヴァー・ディビスが一緒にいるんだから、なーんにも心配しないで見守っていて。
 そして、またいつか会える日が来たら子ども達の名前を教えてあげる。


 唯一度の人生を、幸せに生きてくれるように。
 二度とない人生を華やかに咲かせてくれるように。


 ・・・・・・・・願いを込めて付けた名を。






 
























 

 

 

 







☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
 んふふふ・・・なにやら、またもや久し振りの更新となってしまいました(爆)
 もうねぇ、さすがに昔のように定期的更新はできません・・・というより、昔はよく定期的に更新ができたものだ・・・(遠い目)


閑話休題


 今回は、お題としては結婚後の二人。パート2です。まだお子達はいないけれど(笑)
 ナルはほとんど出て無くて、ジーンとのやりとりをメインにしてみましたです。
 麻衣とジーンの久し振りの再会。
 きっと、麻衣がある程度能力をコントロール出来るようになるにつれて、ジーンとの接触がなくなってくると思うのである。
 実際に、悪夢の棲む家では、ナルが帰国していた間ジーンとの接触はなかったしね。きっと、すこーしずつ距離が開いていくんだろうなぁって。麻衣も能力的に安定してくれば、ジーンを頼りにするという心理も働きにくくなるだろうし。
 ってことで、今回の話は数年ぶりの再会ってパターンにしてみました。
 それも、ちょっと心配性なジーン君です(笑)
 幼児期の事に関してはナルよりもジーンの方が引きずっているような感じがするし。なにせ、16才の若さで儚くも散ってしまったジーンとは違って、ナルはたくましくその後も生きてきて、麻衣という猪突猛進なイノシシ娘をお嫁さんにしているぐらいだし(笑)
ナルと麻衣は+と-で丁度良く釣り合っていそうだけど、ジーンはねぇ・・・・
 なーんて、珍しく考察らしい後書きなんぞにしてみちゃいましたが、きっとジーン一人だけがぐるぐるしちゃったって感じでしょうかね?
 ナルはぐるぐるする前に、「麻衣の子だから落ち着きがないのは仕方ない」ってかんじで、麻衣は麻衣で「ナルの子だし」で終わってしまうような気がする私である。ちなみに、my設定ではね(笑)


 ってなところで、書くことがつきたので今回はここまでってことで!
 次はまたしばらく更新できなさそうだけれど・・・・なにせ、GWのイベントが終わったら通販作業地獄がへいかもん♪って感じで待っているし(笑)
 それが終わったら、夏の原稿にかかり初め?(笑)
 いやーん。常に原稿に追われてる〜〜〜〜ってわけでもないけれど(笑)気分的にはそんな感じです。
 ボチボチとやっていくので、よろしくでーす。


 

                                  





2005/04/30 UP
Sincerely yours,Tenca






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