※ 一部グロイ表現(スプラッタもどき?)がありますので、苦手な方はご遠慮下さいませ。











誘惑





























 夕暮れ時、赤い夕日に照らされたその家を見た瞬間、3人は何とも言えない間隔に囚われる。
 木の扉を軽くノックし、中の住人が姿を現した時、ほっと安堵したようにも、見知らぬ人間に対する警戒心が沸き立つような気もしたが、3人は訪れたワケを話すと室内に案内して貰う。
















 ある日、年老いた男はしわがれた声で昔語りを始める。
 天井の高い古い日本家屋。天井や柱は煤によって深い色合いを醸し出す黒色をし、長い年月がこの家に流れている事を、何も知らない都会の人間に知らしめる。
 板張りの床に、囲炉裏。炉端には塩をまぶした鮎が串刺しになり、暖かな熱を孕む火に炙られ油をしたたり落としている。天井からつるされている鍋には、煮込まれている具材がほどよい音を立てながら煮え、若者達の空腹をほどよく刺激していた。
 一人暮らしの老人を囲んで、数人の若者達が老人に昔話を強請る。
 東京から来た彼らは、日本の古い昔話を収集して、研究材料にしたいと言ってきた大学生の男女3人だった。
「ワシが知っている事なんて面白い事なんか、ありゃしませんよ?」
 鍋を木勺で混ぜながらポツリと呟く。
 そういう話ならば自分よりも、村に住んでいる老婆達の方が知っているはずだと言っていたのだが、村から外れ一人山の中で世捨て人のように生活をする、彼に大学生達は興味を持ち、だめもとで押しかけたのだった。
 玄関で追い返されると思いきや、老人は3人を快く招き入れる。
 人里離れて生活はしている物の、人間嫌いではないらしい・・・3人は、ぼそりと呟きながら、居間へと足を踏み込む。
 合掌造りの外観を見れば想像できたが、室内も昔の日本家屋といった作りで、3人はキョロキョロと興味深げに周囲を見渡すが、料理の支度が出来たのか、老人から鍋と焼き魚という素朴ながら満足のいく夕飯をごちそうになっる。
 焼き魚は至って普通の塩焼きなのだが、鍋の方は見た目には普通の味噌仕立ての煮込み鍋といった感じにしか見えない。白菜、キノコ類、ナルト、豚肉。特筆するようなものは入っているようには見えないというのに、深いコクのある味わいに、3人が3人とも夢中になって鍋を平らげていく。
 一通り食事を終えると、当初の目的であった昔語りを強請ると、老人は「つまらない話なんだけどね」と、一つ前置きをしてこの地方に伝わる昔話を学生達に語り始めた。
 それは、現代から何百年も昔の話だという。実際どれほど前の話なのかは定かではないが、現代のように物溢れた時代ではなく、その日その日を生き延びていくのが精一杯の時代。
「お若い方もご存じだと思いますが、東北地方は過去何度も大きな大飢饉に見舞われ、その日生きていく事さえもままならない時代があったのですよ」
 民謡を収集し、研究している彼らは直ぐにいくつかの大飢饉を思い出す。
 飢饉などが絡んだ話が、収集した話の中にいくつもあったからだ。
「わしが知るのもありふれた話ですが・・・まぁ、テレビもないこんな山奥での、暇つぶしに聞いて貰いましょうかねぇ。聞いていてあまり気持ちの良い話じゃないんだけど」
 お茶をゆっくりと口に含み、疲れたようなため息を一つつくと、火を見つめながら続きを語り出す。










 この村は豊かな村とは言い難いが、汗水垂らして働ければ、飢える事のない生活が出来る村だった。むろん、だからと言って余裕が有るわけではないが、噂に聞く余所の村と比較すれば、餓死者がでるわけでもなく、口減らしのために親が娘を売る事もなければ、老いた親を山に捨てに行く子もいない村だった。
 誰もが現在の状況に満足し、毎日毎日汗水流して働いていたが、ある年とうとうこの村にも暗雲が近付きつつあった。
 春の雪解け水がなま暖かい水になり始めた頃。山々は青々と生い茂り、獣が野山を駆けめぐり、川には日の光を弾く鱗をもった魚が幾匹も泳ぎ回り、植えたばかりの苗は緑の葉を風邪になびかせ、今年もまずまずの一年が続くだろうと誰もが思っていた。
 だが、やがて心地よい初夏の季節がすぎ、梅雨が差し迫ってきたにもかかわらず、いっこうに振る気配のない雨。空は曇るどころか雲一つない晴天。太陽は真夏の日差しのようにキツイ陽を大地に注ぎ、全ての水分を気化させるかのごとく、存在を主張していた。
 誰の額にも汗が浮かび、埃まみれになっていく。
 人が歩けば立ち上る砂煙。川の水はやせ細り、何時の頃からか魚の姿を見なくなり、獣は力弱く横たわり、青々とした葉は力無く頭を垂れ初め、土に日々が入り始める。
 誰もが、この先続くであろう飢饉に怯えを感じ始めていた。
「お笛、すまんのう・・・・今日も獲物が捕れなかった」
 ある日、狩人の夫はトボトボと帰宅するなり、妻にすまなそうに声をかける。
 山の中で獣の姿を見つける事も出来ず、何とか見つけてきた少ない木の実を妻に差し出す。
「おつとめご苦労様です。
 私が丈夫な身体でしたら、働く事も出来るのですが・・・・・・・・」
 何処の家の妻も内職をして小金を稼ぎ、生活の足しにしているのだが、お笛は身体が弱くムリが聞かない身体のため、内職をする事も出来なければ、野良仕事も当然出来ないで居た。
「お前は心配するでねぇ。
 おらがもっとしっかりと頑張れば、夫婦二人生きていく事は出来る。
 こんな変な天気が長続きするわけねーべ。少しの間がまんしてけろ」
 夫の言葉に妻はもちろん文句を言う事はなかった。
 ただ、朝早くから夜遅くまで働きづめの夫に申し訳なく思う心でいっぱいだったのだ。
「おらは、お前のようなめんこい子を女房に出来ただけで幸せだ。
 お前には苦労かけたかねーが、少しの間辛抱してけろ。な?」
 自分が我慢する事は辛くはなかった。だが、自分のように身体の弱い女ではなく、丈夫な女を妻にしていれば、夫の手助けをする事も出来ただろうし、何よりも子を授かる事が出来ただろう。
 夫婦の契りを結んで早五年の月日が流れるが、自分に夫の子を孕む気配はない。
 産まず女なのだろう・・・・ということは、近所のおしゃべり好きどもがさえずって居た言葉だが、お笛は言い返す事が出来なかった。
 そんな後ろめたさもあり、こんなに大変な時ぐらいは何とかして役に立ちたい。どうにかして自分に何か出来ないかと思案に暮れる日々が、幾日も幾日も過ぎていった。
 夫はこの天候を一過性の物だろうと言ったが、一月を過ぎ、二月を過ぎようとも雨が降る気配がない。時折パラパラと降っても大地を潤すほど降る事もなく、村人達は飲み水を確保するためだけに、並べられるだけの桶を外に並べ、溜まった雨水を井戸へと溜めていくことしか出来ないで居た。
 誰もが、自分達の明日に怯えを感じ始めた頃、妻に転機が訪れる。
 自分でもやれそうな仕事が見つかったのだ。だが、それを受ける事には迷いがあった。できれば、そんな仕事はしたくはない。だが、このままでは自分よりも先に、働きづめの夫の方が参ってしまう。
 妻は幾日も幾日もさらに迷い、やせ細っていく夫を見守りながら決意を固め、ある日夫に告げたのだった。
「自分でも出来そうな仕事が見つかりました」
 このような小さな村で、いったいどんな仕事があるのだろうか?
 疑問に思い、問いかけると妻は首を振って答えようとはしなかった。
「お役人さまより頂いたお仕事ですので、夫といえども打ち明ける事が出来ないのです」
 猟師の女房にいったいお役人がどんな仕事を頼むか判らなかったが、妻が懐から大切そうに出した布を広げるのを見ると、夫はこれ以上ムリに聞く事が出来なかった。
 その布の家紋はここら一体を管理しているお役人の家のものだったからだ。
「奥の開いている部屋を私の仕事部屋にしたいと思っています。
 お役人様からは、機織りを頂きました・・・・これから、そちらでお前様が山に行かれている間、仕事をしたいと思っておりますが、帰ってきた時に、あちらの扉が閉まっていた場合はけして、お開けにならないでくださいませね」
 指し示された方を見れば、この家には似つかわしくないほど立派な機織り樹と、色鮮やかな糸が置かれていたことに気が付き、夫はほっと一安心をする。
 内緒のお役目だと言うからどんな仕事かと思えば、機織りのようだ。
 おそらく内密に作ってもらいたい物でも、ここで作るのだろう。
 そう答えを出すと、夫はそれ以上妻に問いかける事は止めたのだった。
 そして、翌日から二人三脚の生活が始まるのである。
 夫は日が昇る前に山に登り、どっぷりと暮れ始めた頃に戻ってくる。
 妻は夫のいない間、ずっと奥に篭もり機を織り続けるのだった。
 何を折っているのか判らないまま、夫はこの日も山へと登り始める。だが、その日はいつもより山にはいるのが少し遅かったが為に、見慣れない光景を目にする事になる。
 数人のお侍が、馬に乗って人目を忍ぶように村のはずれを選びながらが通り抜けていくのだ。いったいどこにいくのだろうか?
 向こうからは見えない事を良い事に、夫は彼らの行く先を目で追っていく。
「うちか?」
 村はずれにある家は自分の家しかなく、それ以上の先は深い山のみだ。それ以降は山しかない。
 妻の折った織物でも受け取りにきたのだろうか?
 不思議に思いながらも、それ以上その場に止まり続けておく事も出来ず、山の中深く上っていく。
 だが、その日は狩りに集中する事がどうしてもできなかった。
 いったい妻は何をやっているのだろうか?
 いったい、何処で手に入れてくるのか判らないが、今の時分手に入る事などまず不可能な白米を食卓に出る事もあった。むろんそれは滅多になく、対外が雑穀だがそれでも周囲の家から見れば贅沢な食事だ。近所には木の皮を煮て食べている家もあるぐらいなのだから。
 少し余分にあるのならば、分けようと持ちかけると、心優しいはずの妻は頑なにそれを拒む。
 自分がやっている仕事は、極秘の仕事なのだから、周りに疑問に思われるのは困ると言って。
 周囲に自分の仕事がばれたら、妻は愚か夫である自分さえも打ち首に合うからと泣きつかれ、近所の家に食べ物を分ける事も出来ず、密かな食卓を毎日過ごさざる得なかった。
 何かがおかしいと思いつつも、今にも泣き崩れそうな妻に頼まれると、それ以上問いつめる事も出来ないまま、さらに一月がたった時の事だ。
 その日はあまりにも熱くて熱くて、風邪の通り抜けが悪いせいか、山の中は蒸し風呂状態になり夫は、いつもより早めに山を下りる事をきめたのだった。
 日が落ちる前に家に戻る事は滅多にないため、未だ仕事をしているだろうが、奥の部屋をのぞき見なければ良いだけである。
 別に困るような事は何もないだろう。
 そう思い、夫はいつもよりも早い時間に帰路についたのだった。
 山を下り、家に近付くほど違和感が大きく膨らむ。
 閉ざされている扉。雨戸まできっちりと閉まり、まるで廃屋のようなたたずまい。人気もなくひっそりと静まり帰ってしまっているような家に不安を抱く。
 妻はいったい何処へ行ったのだろうか?
 身体の弱い妻は、真夏の日差しがキツイ日中出歩ける体力はないのだ。
 もしも、おつとめのためとはいえこの日差しのキツイ中、遠出までさせられていたら倒れているかもモしrない。不安にせかされるかのように走るように山を下り、扉に手をかけた時微かな声が聞こえてきた。
 扉は閉まっているが中にいるのだろうか?
 だが、真夏に締め切ってしまえば家の中は、耐えられないほど熱くなっているはずだ。
 気のせいかと思いつつも、声は確かに聞こえてくる。
 伸ばした手を引っ込めると、夫は音源を探るようにぐるりと家の周りを歩き始める。
 なぜか、自分の気配を悟られてはイケナイ・・・・そんな気がし、夫は息を殺して周囲を巡る。
 常に山の中で野生の獣を狙うことをやっていたのだ、獣よりも鈍い人間に気が付かれないように動く事は、夫に取って造作もない事だった。
 後少しで、家の周りを巡り終えるといった状態になって、夫は足を止める。
 家の一番奥・・・今は妻の機織り部屋と化している場所から、聞こえて来るのだ。
 初めは機でも織っているのだろうと思い、その場から離れようとしたが、背を向けたとたん夫は足を止める。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・っ」


 機を織るにしてはなんとも艶めかしい声が聞こえたような気がしたのだ。
 むろん、気のせいだろう。
 だが、そう思おうとするほど身体は素直に動かず、近付いていく。
 障子まできっちりと締められているためのぞき見る事は出来ないが、ぼろ屋の壁には隙間が多く空いており、その中の一つにそっと顔を寄せ中をのぞき見る。
 中は薄暗くてはっきりとは見えなかった。
 うっすらと埃が舞い、それが余計視界を悪くさせる。
 壁に張り付くようにして顔を近づけ、目をぎょろぎょろと左右に動かす。
 妻が機を織っていない事は、中を見なくても夫には判っていた。
 なぜならば、機を織る音が聞こえないのだ。
 考えてみれば、一日やそこらで折り終わるわけがないというのに、毎日毎日山から帰ってみると機は片づけられた状態で、織りかけのものは機に掛かっている事はなかった。今まで、半日で終わるような仕事なのだろうと思いこんできたが、ソレも限界である。
 なぜならば、
 彼の妻は、白い肌を晒していた。
 一糸まとわぬ姿で、身をよがらせ、うっすらと開いた唇からは、夫である自分しか聞く事のない声が漏れていた。
「・・・・・・・・・・・・・ふぅ・・・・・・・・・・・・・・・っ」
 歪んだ顔が、
 揺れる乳房が、
 漏れる声が、
 夫の中の何かを壊していく。
 そんな、妻の上にまたがる見知らぬ獣。
 自分しか触れた事のない、赤い唇を、
 自分しか見る事のない、白い身体を、
 自分しか触れた事のない、その身体を、
 むさぼり喰う見模試rなあい男を、視野に収めた瞬間、夫の中を滅茶苦茶に荒らしていく。
 なぜ、毎日ちゃんとした食事が食卓に並んでいたのかがこれで理解出来た。
 働く事の出来ない妻はその身を売る事によって、得ていたのだ。
 自分達が生きていくために仕方なく売ったのだろう。
 あのままでは生き延びていく事は絶望的だった。
 この村には確実に死が近寄り初め、誰もが骨と皮だけになり、木の皮や根を食べることによって食いつないできた中で、自分達だけが例外で居られるわけがない。
 居られるとしたならば、それなりの理由が必要なのだ。
 農婦にしては美しかった妻を、役人がどこかで見初め、女郎のように金で買い取ったのだろう。
 妻は女郎の如く身を落とす事と、命ながら得る事を天秤にかけて、己の身体よりも二人の命を取ったに過ぎない。
 妻を責める事は自分には出来ない。
 何も取れず、ただ妻に喰わされてきたこの数ヶ月のことを思えば、今更妻を非難する事は出来ない。
 だが、しかし・・・・・・・・男は脳裏に焼き付いてしまった光景を忘れる事ができなかった。
 仕方なく。
 イヤイヤながら、役人に抱かれていたのならばこの焦燥を消し止める事は出来たのだろう。
 だが、快楽によい、自ら男の身体に足を絡め、腕を伸ばしていた妻を見て、己の中を焼き尽くさんばかりに燃え立つ黒い炎を消す事は出来なかった。
 猟の時に使う銃と、斧を手に持つと勢いよく扉を蹴飛ばした。
 薄暗い室内で、絡み合う男女をにらみ据える。
 男の目にそれは、ただの男女でしかなかった。
 男が役人であると言う事も、女が自分の妻であるという事実も何もない。
 嫉妬に狂った男は、狙いを定めると引き金を躊躇なく引いた。
 二人があまりの事実に声を荒げる事も出来ないまま、乱入してきた夫を凝視していると、妻の頭の上で役人の頭がトマトのように簡単に飛び散る。
 白濁した塊と赤い血がはじけ飛び、女の上に降り注ぐ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!」
 女が悲鳴を上げ、己の身体の上に落ちてきた男の身体を脇に避けると、全裸のまま這い蹲るようにして家の中から逃げ出そうとするが、夫は無表情のまま手に持っていた斧を振り上げる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」
 耳を覆いたくなるような悲鳴が女の口から漏れるよりも早く、赤い軌跡を描きながら白い足が宙を飛ぶ。
「・・・・・・・・・ぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!」
 全身を苛む痛みに、女は涙を流しながら呻き声を上げる。
 床の上で藻掻き暴れる女を男は恍惚の眼差しで見下ろす。
「おらを騙して、楽しかったか?」
 女は何も言う事が出来ない。
 ただ、涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔で、夫を必死な目で見つめる。
「おらは、もう騙されねぇ」
 そう言って、再び振り上がった斧は勢いよく振り下ろされ、絶叫が響き渡る。
 両足を失った女は、夫から逃げようと両腕で張ってでも逃げだそうとするが、背中に鈍い衝撃と痛みが女をその場に縫いつけてしまう。
「暑い中必死で走り回っていたオラをお前はずっと嘲り笑っていたのか!?」
 斧を振り上げ勢いよく降ろす。
 ゴツっと、音を立てて女の首は身体から離れる。
 物言わぬ身体になろうとも、夫は理解出来ず、恨み言を口にしながら斧をふるい続ける。
 やがて、女は人の形をとどめておらず、原型がなんであったのか判別出来ない状態にまでなっていた。当然男も室内も血まみれになっていたのだが、辺りはすでに日がどっぷりと暮れ暗闇に支配されており、色という色を視認する事は難しかった。
 疲れ果てたのかその場でぼんやりと突っ立て居たのだが、不意に腹の虫が啼く。
 自分だけではない。
 村中の誰もが腹を空かせているに違いない。
 男は釜に火をおこすと、水を湧かし、残っていた味噌や、醤油などで味付けをし、役人が持ってきたであろう野菜をざっくりざっくり切っていく。
 そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







































「まさか、食べたんじゃ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 黙って話を聞いていた大学生の一人が、喉をゴクリと音を立てる。
「さぁ、食べたとも言うし、どこかに埋めたともいう。
 夫は結局その場で己の首も切り落としたとも、吊ったともイロイロ残っておる。
 まぁ、なんて事はない。この村から古くから伝わる話じゃ」
 老人は話し疲れたのかそれだけ言うと、お茶をゆっくりと飲み干す。
「もう、この辺でお開きにしてかまわんですかの。
 なにせ、老人の一人ぐらしをしているものだから、夜が早いんですよ」
 時刻はいつの間にか十時を過ぎていた物の、大学生である彼らにはまだまだ宵の口であるが、老人には確かに遅いのかもしれない。
 眠たそうに欠伸をかみ殺していた。
「いえ、突然押しかけてしまった上に、お話まで聞かせてくださってありがとうございました」
 代表の一人が丁寧に頭を下げると、好々爺風の笑みを浮かべながら、老人も楽しかったですよと答える。
「部屋は向こうの二間を使って下さい。
 それから、奥の部屋は物置になっているので、開けないようにして下さいな。
 なにぶんもう、ずっと開けておらんので、へたに開けると中の物がなだれて落ちてくる危険があるんで」
 老人が指さした所は、部屋の一番奥。そこはきっちりと扉が閉められ、中を伺えるような所は何もなかった。
 むろん、一室を潰して物置にすると言う事は、ままあることであり、3人の誰もが疑問に思う事もなかった。
 老人は立ち上がり、自分の寝室に引き上げようとした時、不意に思い出したのか言葉を続けた。
「今日の夕飯に出した鍋は、この村の名物でしてな。
 考案したのは妻殺しをした夫だとも言われているんですよ」
 人のよさげな笑みが、不意に歪んだ笑みを築き、3人が問いかける間も作らぬまま、老人は自室へと消えてしまう。
 何とも言えない表情をしたまま、老人の消えた扉を見つめていた3人は、示し合わせたように同時に囲炉裏の上の鍋に視線を注ぐ。
 味噌仕立ての普通の鍋にしか思えないソレ。
 だが、食べた瞬間何とも言えない深いこくのある味わい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・普通の味噌鍋よね?」
 女子の一人が恐る恐る口を開く。
「どうせ、作り話だろうよ」
 民話を調べている彼らだが、所詮は作り話と思って話を聞いている。
 時には何らかの警告を篭めた、話や事実が潜まれていたりもするが、対外が何かの元になるような事があり、時と共にそれが大げさになったり、現実味を帯びなくなったりしてきているのが多い。
 それらを統計的に調べて、地域的なものや、土地の歴史などを照らし合わせて、検証していくのが彼らのテーマだったのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・肉、豚だろう?」
「もしくは、イノシシとかシカだろう」
「だけど・・・・・・・・・・・・・この家とか、あの奥の部屋とか、お話に出来た家と似ていない?」
 村から少し離れた家。
「偶然だろう。別に特別特徴ある家とか村じゃなかったしなぁ。
 東北地方なら何処でも当てはまるような家、多そうだぞ」
「気のせいだよ、寝るぞ。
 明日は別の村に行くんだから、さっさと寝ちまおうぜ」
 何らかの衝動に突き動かされる如く、3人は同じ部屋に布団を置き、布団をひっかぶる。
 闇が怖くて、明かりを灯し。
 家の軋みが聞こえるたびに、目が覚めてしまう。
 なぜ、こんなにも恐怖を感じるのか。
 判らないまま夜を過ごす。
 そして、朝日が顔を照らした明かりによって、漸く夜が明けた事に気が付いた3人は目を見開く。
 古いがキレイだった合掌造りの家は、壁も床もぼろぼろな廃屋に変わっていたのだ。
 ただ、全てがボロボロの中で、奥の部屋だけが傷み一つなく、完全に外界から隔離されていたが。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っっっっっっっ!!!!!」


 3人は声も出す事すら出来ず、荷物をまとめるとその家を飛び出す。
 我先へと山を駆け下りようとするが、そのうちの一人が不意に足を止める。
「俺、忘れ物したから戻る!」
 少女は二人の青年の制止も聞かず、走り抜けた山道を元に戻る。
 狐か狸にバカされたのか。
 それとも、幽霊が出たのか判らないが、確かに自分達はこの家で夕飯をごちそうになり、一晩の宿を借りたはずだ。
 今では朽ちるに任せたぼろやにしか見えない家の中に一歩足を踏み入れる。
 よく見ればいくつもの足跡が部屋中に残っていた。
 まるで、家捜ししたみたいに・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 記憶のフラッシュバック。
 そう、確かに自分達は家捜しをした。
 昨日の昼間、この家に始めてきた時は確かに、朽ちた家だったのだ。
 それが、陽がしずみかけた頃にはきちんとしたたたずまいの家になり、驚いた物の瞬きをした瞬間には、その時初めて訪れた家のような錯覚に囚われたのだ。
「開けちゃイケナイって言われると気になるのが人間よね」
 これだけ、荒れ放題に荒れ、朽ち果てている家屋内で、なぜか時の風化から逃れられている奥の部屋の前までたどり着くと、少女は扉に手を伸ばす。
 だが、引っかかっているのかうまく開かない。
 ガタガタと音を立てるだけだ。
 だが、何度も何度も揺さぶっていると、扉が向こう側に押し倒される。
 埃を舞い上がれながら、扉の向こうに開けてはイケナイと言われていた部屋があった。
 納戸と化しているはずの、室内には何一つ物はなく、ただ、壁中の壁が真っ赤に塗りつぶされていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんなの?」
 むわっと立ちこめる臭気に少女は口を覆う。
 胃の奥からせり上がってくる吐き気を、堪えつつ室内に一歩足を踏み入れてみれば、まるで水たまりでも踏んでしまったかのように、ピチャっと聞こえた音。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘、でしょう?
 だって、アレはただの昔語りで・・・・」
 目がおかしくなったとしか思えないほど、赤しか視界に入ってこない部屋から、逃げだそうと身を翻した所で、少女は固まる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見ちゃ如何というたでしょうに」
 いつの間にか、老人が背後に立っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だって、なんで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 涙声になる少女に老人は優しい笑みを浮かべる。
「見るなと言われると見たくなるのが人。
 だが、見なければ幸せになれたはずなんですよ・・・・・・・・・・・・・・・・・お嬢さん」
 















 振り上げられた、斧がどこに落ちたのか、少女は自覚する事は出来なかった。

 

 

 
 

 


















「おーい、みちるぅ〜」
 山に戻ったきり戻ってこない事に痺れを切らし、青年達は怯える心を宥めて、昼間の日の高い内に少女を捜して連れ戻そうと山へと戻っていった。
 だが、呼べど叫べど、少女が姿を現す事はない。
 一通り探し尽くした青年達は、不意に足を止める。
 後は見ていないのは、きっちりと閉ざされている納戸だけだ。
 時の風化から逃れている部屋は、なぜか気持ちが悪くて中をわざわざ確認してはいない。
 このまま見るべきか、それとも行きちがいになった可能性を考慮し、村へと戻るべきか・・・・・・・・・・・


 答えを出せないまま、時間だけが過ぎていく。









☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆


このお話は、以前東流さんから聞いた「鶴の恩返し」をモチーフにしております。
鶴の恩返しがなぜ、こんなブラックなネタになるのかって?
きっと、誰もが不思議に思う事でしょう。
かいつまんでお話をすると、とある貧しい農村にいる夫婦がおりました。その日その日を生きていく事は大変な時代。妻は身を売る事によって生計を助けたのでした。
夫にはこの部屋は消して除かないで下さいと約束をし、妻はどこから途もなくお金や衣を夫に手渡していたのです。
夫は不思議でなりません。
いったい、妻は何をしているのだろう・・・・・・・・・・開けてはイケナイと言われている部屋が気になって気になって仕方有りませんでした。
そして、こっそりと除いてしまったのです。
そうしたら、なんと妻はその部屋で見知らぬ男達に身を預けていて居たのでした・・・・・・・・・


と言うお話をメッセンで聞いた時に、浮かんだのが今回書いた昔話の部分(笑)
それを、ありがたく使わせて頂いたのでしたーv


シリアスと言うよりも、スプラッタ色が強くてゴメンナサイ(爆)