逢魔ヶ刻





































 ものすごい音が聞こえ振り返ってみれば、乗用車とトラックが出会い頭に衝突したようだ。
 何トントラックなのか判らないが、蛇行したトラックはそのまま道路を塞ぐような形で停車しており、後続車が慌ててブレーキを踏んだのだろう。耳障りな音を立てて停車する。都内ということと一般道路ということもあり、さほどスピードが出ていなかったのだろう。玉突き事故に発展する事もなく、突如起きた事故の割には被害は拡大しなかった。
 だが、果たして乗用車に乗っていた人間は無事なのであろうか? 遠目のためはっきりとは見えないが、トラックの前面下部にボンネットがめり込んでいるような気がする。下手をすれば、乗用車の運転手もトラックの運転手も、車に挟まって即死ということもあり得るかもしれない様子だ。
 どこにこれだけの人がいたのだろうか。と思ってしまうほど、音を聞きつけた人間が野次馬根性を発揮して集まっている。

「うわぁあ、事故だ。
 目の前で事故が起きたのって始めて・・・・なんか、本当心臓に悪いね」
 たまたま寄ったレストランで食事をしていると、すぐ近くの交差点で事故が起きたようだ。急ブレーキを踏み込む音が聞こえたかと思うと鈍い衝突音が聞こえてき、俄かに表が騒がしくなってき、店内も騒然としている。
 そこかしこで、ざわめきが生まれ、誰ともなくうわさ話が始まる。
 けして声高く買わされる会話ではなく、人に聞かれる事を怖れるかのように、小声でのざわめき。
 だが、それでも隣や前後に座っている人間の声が何となく聞こえ、うわさ話に興じるつもりはなくとも、麻衣も以前耳に挟んだ噂をなんとなく思い出す。
「確かここって昔からやたらと事故が多いって聞いた事あったなぁ。
 こっちの車線だけでね、反対車線は事故が無いんだよ。あまりにも頻繁に事故があるから、けっこう有名な心霊スポットになっているらしいよ。
 テレビにも出たことあったかなぁ〜赤い靴を履いた女の子がね、途方に暮れた様子で道路のど真ん中に発って居るんだって。で、慌ててブレーキを踏むと他の車とかバイクとかと衝突しちゃうってのが有名な話。
 っていっても、こんな下らない話、ナルには興味ないかも知れないけどさ。けっこう有名だよ?」
 まっすぐ伸びた直線道路。道幅も充分にあり、歩道も別にある。都内の道路なのだから信号が小刻みに設置されており、スピードなどそれほど出せないにもかかわらず、事故が多発するのは事実だ。
 麻衣が言うには、ここで10年ほど前小学生がダンプカーに轢かれ命を落して以来、事故が多発するようになったため、まだ幼い少女が寂しがって友達を欲しがり、時折事故を起こすのだと言うような話がこの辺りに広がっている様だ。この話しはそれなりに有名らしく、心霊ドキュメンタリーでも取り沙汰されたりしているらしい。
「あそこにね、お花があるでしょ? あれが絶えたことないんだって」
 指差したほうを見ればなるほど。確かに枯れ掛けた花と、最近添えられたばかりだ思われる花が置いてある。その近くには[死亡事故多発地帯。一瞬の気の緩みが事故を招く]等といった薄汚れた看板が立てかけられていた。
「こーゆー話ってよく聞くけど、ナルはぜんぜん興味なし?」
 この手の依頼が来ることもたまにあるのだが、ナルは今まで一度も興味を示したこともなく、当然依頼を受けるはずもなくにべもなく断っていた事を思い出す。
「ないな」
「なんで?」
「理由が簡単に判明する場合が多い」
「そーなの? んじゃここも?」
 こんなにまっすぐで運転しやすそうなのに・・・と呟きながら不思議そうに麻衣は窓の外を見る。
 といっても、麻衣は運転免許をもっていないため、何となく運転しやすそうと思うだけなのだが。
 麻衣の視線につられるようにナルの視線も移動する。
 その目線はゆっくりと信号の数をおった後、美味しくもない紅茶へと戻る。
「ここで事故が多いのは信号の切替間隔が主な原因と考えられる。
 信号機と信号機の距離、信号が変わる秒数。タイミング、それからこの道を走る車の平均的な速度を計算しなければ、正確なことは言えないが、おおむね原因は信号の切り替え間隔が問題に挙げられるだろう。
 都内は地方に比べればかなり信号が多い。それがスピードを制限し事故を少なくもするが渋滞の原因の一つとなる反面、逆に設置間隔や切替間隔を間違えば事故にも繋がりやすくなる。
 ここの道路は直線で道幅もあるが、類にもれず信号も等間隔である。そのため必要以上にスピードは出しにくく事故も起きにくいように見えるが、信号の設置間隔と切替間隔が悪い」
 何がどう悪いのだろうか。麻衣はしばらく信号を眺めているがよく判らない。
「信号はおよそ200メートルほどの長さの間に3ヶ所ある。
 50メートル、50メートル、35メートル間隔だな」
 確かにだいたいそのぐらいの間隔で設置されている。三本目だけ幅が狭いのはそこに十字路があるからだ。
「だけど、別に特別狭い間隔でもないし広すぎる間隔でもないし、けっこうこのぐらいの間隔で信号ってない? 下手したらもっと狭い間隔で信号あるとこあるし」
 ちょっと走ったら直ぐ次の信号で停車するはめになるということはざらにある。何もここだけがたくさん信号があるわけではないのだから。
「ここの信号の場合は設置間隔が問題なんじゃない。切替間隔が問題の一つ」
「切替?」
「一本目と二本目はほぼ信号が同時に切り替わる。一本目が青なら二本目も青。黄色になる時も赤になる時も同時といって言いが、一番奥の三本目は手前ニ本と切り替わるリズムが違うのが、事故の原因の一つと考えられる。
 手前ニ本と奥の一本の信号が、青で重なるのは二回から三回に一回の割合。高い確率で赤にぶつかってしまう可能性が高い。だが、手前ニ本が青だから奥も同じ青だろう・・・そう錯覚してしまい、信号が青だとスピードを緩めることなく車を進めてしまう。逆に、今までが青だったからそろそろ信号が変わるかもしれない。焦りからよりアクセルを踏む者もいるだろう。だが、実際には信号は赤で、その時本来青信号の車線の車が進んでくれば出会い頭に事故が起きやすい」
「なるほどぉ〜〜〜言われてみれば確かにそうかも」
 信号を改めて観察してみると、確かに奥の一本だけがリズムがずれている。ついうっかりさんなら確かに信号を勘違いしても可笑しくないかもしれない。
 なにせ、今まで麻衣もここの信号は三本とも揃って同じリズムで切り替わっていると思いこんでいたのだから。なるほど、この思いこみが事故を産むのか。
「スピードを出し過ぎない様に、あえてリズムを崩したのかもしれないが、それが今のところ事故が起きやすい要因の一つに考えられる。もちろん、それが全ての事故の原因とは言わない。後は運転手の注意力、その時の状況や環境など事故の要因は他にも考えられるがな。
 事故が多いからと言って、すぐに心霊がらみと考えるのは短絡的だと思いますが?」
 馬鹿にしたような・・・ではなく、思いっきり馬鹿にしきっている顔で微笑まれ麻衣はむっつりと頬を膨らませる。
 嘲笑を浮かべていたナルだが、不意に笑みが消え視線が再び事故現場へと戻る。
 あわただしく人が集まり、ざわめいているのがここまで伝わってきそうだ。そして、人混みを縫うようにして救急車が現れるが、すぐに病院へと向かう様子はない。思ったほどのけが人はでなかったのだろうか。
 いや、そんなワケがない。乗用車のボンネットがトラックにめり込んでいるのだ。双方無傷で済むとは思えない。




「いやだ、また事故?」
「本当になんでこんな道路で続くのかしら・・・・・・・・一週間前も死亡事故あったでしょう?」
「ええ、あの時は乗用車と自転車が衝突して、自転車に乗っていた女の子が頭蓋骨陥没で、即死だったんでしょう?」
「あら、おばあさんがバイクにはねられたんじゃなかったかしら?」
「それは、去年の話じゃない?」
「確かバイク同士の事故もあったわよねぇ?」




 背後の座席には、暇をもてあそんでいる主婦がたむろしていたのか、ここ最近起きたという事故を指折りに上げていく。
 必ずしも死亡事故が起きているわけではないが、主婦達の話を聞く限り半数が死亡していることになる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に、死亡事故多いみたいだね」
 黙って、背後に座る主婦達の話に耳を傾けていたが、ポツリ・・・と呟く。
 事故多発地帯には幽霊話はつきものだが、その大半が何らかの原因・・・この場合は物理的・科学的なだ・・・で解明されることは、麻衣も短くはない経験で判っている。だが、数多ある噂の中でごく僅かに、本当に曰く付きの場所があってもおかしくはない。
 この場所は本当はどうなのだろうか?
 確かに、ナルの説明で事故の原因の一つが証される。説明を聞けばきっと誰もが納得をするだろう。実際に、自分もナルに説明されるまで勘違いしていた人間の一人だったのだ。だが、事故の原因全てが解明出来るものなのだろうか?
 耳に聞こえてくる過去の話はあまりにも、バリエーションと数が多く、全てがただの事故とは思えなかった。
 それはナルもそう思っているのだろうか、何かを考え込むように視線を事故現場へと向けているが、麻衣のの呟きに何もコメントを返す事もなく、伝票を手に取ると立ち上がる。
「食事が済んだなら、帰るぞ」
 唐突に切り出された言葉に麻衣は慌てる。
「ちょ・・・まってよぉ!」
 最後のアイスクリームを口にほおばると、ナプキンで周囲を軽く拭い、後を追いかけるように席を立つ。
「もう、もうちょっと食後はゆっくりしたってイイでしょう。後はマンションに戻るだけなんだから」
 アンティークな作りのドアを開くと、少し湿気が帯びた風が流れてくる。
 ナルの眉間に瞬間的に皺が寄った事に気がついた麻衣は、クスッと笑みを浮かべる。
 本当に日本の湿度が苦手なようだ。
 確かに湿度は高くなってきたが、夏の湿度に比べたらまだまだカワイイものである。
 この湿気を帯びた風から逃げるようにナルは、足早に駐車場に止めてある車へと向かい始めた。麻衣も直ぐにその後を追ったのだが、ちらりと背後を振り返り事故現場へと視線を向ける。
 命に関わるような怪我を負っていない事を祈り、今度こそ走り始めたのだが、不意に足を止めて振り返り視線を彷徨わせる。
 トラックと乗用車によって道路が塞がれてしまっているため、警察の手によって閉鎖されていく道路。鳴り響くクラクションに、物見高い人々のざわめき、交通整理を始めた警察官の張り上げられた声、それらに混じって確かに聞こえた気がしたのだ。


「だるま・・・・・さんが・・・・・・こぉろんだ・・・・・」


 小さな掠れるような声。
 気のせいだろうか。
 だが、確かに小さな心細げな声が聞こえた気がしたのだ。
 どこかで子供達が遊んでいるのだろうか?
 この周辺は最近マンションができ、小学生ぐらいの子供をみかけるようになった。だが、交通路が多いせいか、子供達が外で遊んでいる姿は殆ど見ないのだが、路地に入ればいるのだろうか?
 何となく気になり視線を巡らせるが、どこにもそれらしい姿は見えない。
 夏が近付き夕暮れが遅くなってきたとは言え、徐々に辺りに夕闇が迫り視界が聞かなくなってきている。ポツリ・・・ポツリ・・・と外灯がつき始めるが、陽光の下のように全てをはっきりと照らし出すような強い光ではない。例え遊んでいたとしてもそろそろ、自宅へ帰るような時間帯である。
 だからといって、遊びに夢中になっている子供達が素直に帰るとは思えないが。麻衣自身、真っ暗になるまで友達とよく遊んだものだ。
「だるまさんが・・・・・・・・・・・こぉろんだ」
 どこか楽しげな響きを宿す声は聞こえるというのに、それ以外の子供の声が聞こえない。子供が遊んでいるのならば複数の声が聞こえるはずだ。それが引っかかる原因だろうか。普段なら何も気にしないというのに、麻衣はナルとは逆の方へと進み始めた。
 交差点にはレスキュー隊が到着し、救助活動を開始しているのが、人垣の向こうに微かに見えた。
 うわさ話を総合すると、トラックの運転手も乗用車の運転手もそれぞれ、前面部と座席に挟まってしまい身動きが取れない状態らしい。そのため、慎重にかつ早急に救助を始めなければならない自体になっていた。さらに、乗用車のガソリンが漏れているため、引火しないように気を付けねばならず、周辺住民および、野次馬をしている人間達に非難するよう警察官が訴えているが、危機感の乏しい彼らは非難する様子もなく、遠巻きにその光景を見物していた。
 その脇を麻衣は、横目に見ながら通り過ぎる。
 気になる声は、事故現場のさらに向こうから聞こえてくるような気がしたのだ。
 夢の中を歩くような心地で人混みを抜けると、道路の奥から真っ赤になった夕日が目を射抜く。
 思わず瞼を閉じる。
 閉じた瞼越しでも真っ赤な夕日が目を射抜くような感じがする。
 どうやら、この道路はまっすぐ西に向けて造られているようだ。歩いていてこれほど眩しかったら、運転手などたまったものではないだろう。もしかしたらこれも事故原因の一つになるのだろうか? これでは、目を充分に開けておく事も出来ず、信号を見ても色の変化が非常に判りにくいだろう。
「だ・・・・・・・・・・るまぁぁぁぁぁさぁぁぁぁんがっっっっっっっっ転んだぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
 楽しげな声が間近から聞こえ、麻衣は子供の直ぐ近くまで近付いていた事に気がつき、ゆっくりとぼやける視界で歩き出そうとするが、誰かが不意に腕を掴む。
「・・・・・・・・捕まるから、動かないで」
 耳の真横から聞こえてきた声に麻衣は反射的に横を見ようとするが、鋭い声がそれを制止する。
「麻衣、動かないで。動いたら君も捕まっちゃうから」
 眩しくて目を開く事も出来なかったが、聞き慣れたその声に、麻衣はそっと名を呟く。
「ジーン?」
「そう・・・君は、あまり話さないで。
 たとえ、唇でも動いているのを見られたら、君も捕まっちゃうよ?」
 なにに?とは聞けなかった。
 いや、その前に聞かなければならない事はたくさんある。自分は普通に起きて道路を歩いていたというのに、なぜジーンが今横にいるのだろうか。いつの間に彼の居る領域へと足を運んでしまったのか、麻衣にはさっぱりと言っていいほど判らなかった。
「僕も詳しい事は判らない・・・ただ、不意に起きたら麻衣がフラフラと、こっちに近付いてきたから慌てたよ?」
 こっちに近付いてきた・・・・・・・・・・ということは・・・・・・・・・・・・・・・・・
 コクリと思わず唾液を音を立てて飲み込んでしまう。
 その瞬間、声が自分を見たいような気がした。
 しばしじぃっと誰かに見られているのを感じるが、不意に視線がそれ間延びしたゆっくりとした声が空気を震わせる。


「だぁ・・・・るぅ・・・・・・・・・・・まぁ、さぁぁぁんんんんんんんんんんが、こぉぉぉぉぉぉろんだ!」


「声が聞こえる間だけ、動いて平気だけれど、声が止まったら動かないようにね」
 コクリと頷き返す。
「ゆっくりと、目を開けて・・・麻衣」
 促されるがままに麻衣はゆっくりと目を開ける。
 相変わらず目を射抜くほど強い赤が視界いっぱいに広がる。
 そして、この時に漸くおかしいという事に気がつく。いくら、夕刻だからと言ってここまで強烈に夕日が眩しいと感じる事があるだろうか?ましてここは都会であり、沈みゆく夕日が遮蔽されることなくまっすぐに差し混み続けるということは、殆どないはずだ。
 まして、この近辺には高層ビルが多く、時間と共にビルの影に隠れるはずだというのに、夕日の強さは一向に変わる気配がなかった。
 そして・・・・・・・・・眩しさを堪えて目を開けると、麻衣は危うく悲鳴を上げそうになった。
 だが、かろうじて堪える。
 ひしゃげた電柱に、顔を伏せるようにして女の子が立っていた。
 全身が赤く見えるのは夕日のせいだろうか? 何色の服を着ているのか判らないほど、少女は真っ赤に見えた。そう、髪の毛の先から靴の先まで真っ赤なのだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・こぉ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ろんだ」


 最後を一気に叫ぶと、少女を振り返った。
 人としてはあり得ない動き。身体は動かさないで、首だけがぐるりと180度回る。半ば以上飛び出した小さな眼球が、こぼれ落ちないのが不思議な程の勢いで周囲を凝視する。
 左頬部が大きく陥没し、少女の顔は不自然な大きさで左右を見渡す。
 いびつなのは顔だけではなかった。左半身が簡潔に言ってしまえば潰れていると言っていい状態だった。だが、少女は自分の格好にまったく気にせずあたりに目を向ける。麻衣の上にも視線が一度止まったが、直ぐに興味を亡くしたのか、余所へと移るが麻衣は全身が震えるのを止められなかった。
 少女は確かに痛ましい姿だった。だが、そこに佇んでいるのは少女だけではない。
 その横に、さらに横に、その横にも、真横に一列になるようにして人が並んでいる。老人も、子供も、男も女も関係なく、虚ろな眼差しで繋がれている手を見つめていた。
 少女を先頭に、皆が皆手を繋いで横に並んでいるのだ。
 全員が全身を真っ赤に染めて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか、事故の犠牲者?」
 五体が無事な人間は皆無と言ってよかった。
 多少のさはあれど、皆が皆正常な状態とはいえなかった。
「そう・・・・・・・・・・・・・・・・動いちゃった人達。
 麻衣、僕はよく判らないんだけれど・・・・・・・・・・子供のする遊びの一つ?」
「うん。だるまさんが転んだ。
 子供の時、皆でやったよ?
 鬼が、『だるまさんが転んだ』と言っている間は動いて良いの。だけど、言い終わって振り返った時に動くと、鬼に捕まっちゃうんだ。で、捕まった人達は逃げるために手を伸ばすの。それでジリジリと近寄って鬼と、一番最初に捕まった人の間の指を切ることによって、捕まった人達は逃げ出す事が出来る。
 鬼は十数えた後で、逃げた人達を追いかけて・・・・誰かの背中をタッチすると、背中を触られた人が新しい鬼になるっていうゲームなんだけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いったい、私はどうしてこんな所に?」
 訳のわからない事ばかりで、麻衣は途方に暮れたようにジーンを見上げる。
 調査中に、何度も夢を視る。
 意識的に見る事もあれば、偶然見る事もある。
 どんなに唐突に思えても、ここまで途方に暮れる事はなかった。なぜならば、いつも『眠った』もしくは『意識を失ったのだろう』という自覚があったからだ。だが、今回はそんな自覚はない。
 眠っていたわけでもなければ、意識を失ったわけでもない。
 なのに、なぜこちら側に来てしまったのだろうか?
 ジーンはさっき「こっちに近付いてきた」といっていた。と言う事はすなわち、自分は死にかけたというのだろうか?だが、それもなぜ?記憶には残っていないが、車にでも撥ねられたというのだろうか? だが、あの時はすでに道路が封鎖され、車は走っていなかった。ならば、漏れたガソリンに引火し大爆発でも起こしたのだろうか?それに自分は巻き込まれた? なら、あの近くにいた他の人達は? ナルは?!
「落ち着いて・・・・・・・・・・・そういうんじゃないから。
 麻衣は・・・運が悪いけれど、たまたまあの時間にあの子の声を聞いちゃったからだと思う・・・・・・・
 僕も詳しい事はま判らないに。だけど・・・・・・麻衣ならきっと判ると思う・・・・・・・・」
 そんな事を言われても麻衣には何をどうすればいいのかが判らなかった。
 今は調査中ではないのだ。事前情報が皆無と言っていい状況だ。
「焦らないで・・・・・・・大丈夫だから。いつもと同じだよ・・・・・・・・・・・・・・・」
 ジーンは囁く。
 道をそっと示すかのように。
 麻衣は、少女から目を離せないままどうすればいいのか考えを巡らせる。
 楽しげに「だるまさんが転んだ」を呟く少女。
 だが、少女は動く物だけを探そうと、眼球を動かし麻衣の前にいる男の人に視線を定めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・トラックの運転手さん」
 ニタリ・・・・・・・・・・と笑みを浮かべて少女は呟いた。
 麻衣の前にいた、下半身をせんべいのようにぺっしゃんこにして震える足で立っていたが、力尽きたようにその場に座り込む。いや、上半身が耐えられず真後ろにのけぞるように倒れたと言って良いのかもしれない。無数のガラス片が刺さった顔が、麻衣を逆さまに見上げる。
 思わず悲鳴を上げかけたが、麻衣は咄嗟に飲み込む。
 そして、呼ばれた男は・・・・そのままの姿勢で、少女の方に向かって歩き出す。
 一歩、一歩近付く事に、白くなっていく顔。それはもう、生者の顔色ではなく死者の顔色だった。
 顔は知らない。もしかしたら他の人かもしれない。
 だが、彼はきっとあの事故を起こしたトラックの運転手だろう。
 そして、麻衣の隣にもう一人立っている女の人も、必死の様子で足を踏ん張っていた。
 ポタリ・・・・・・・・・・ポタリ・・・・・・・・・・・・・指先から、止まることなく血が流れ落ち、大地を赤く染め上げていく。
 目を眩しく射抜いた赤い光は、夕日ではなく、彼らが流した無数の血なのだろうか?


「どうすればいいの?」


 麻衣は絞り込むような声で、問いかける。
「子供の遊びを終わらせてあげるんだよ」
 こんな事が子供の遊びのワケがない。
 だが、唐突に何も判らないうちに終わらせてしまった、少女にとってはコレは友達とするゲームと同じ。
 毎日毎日陽がしずんで、お母さんが迎えに来るまで続いた、楽しい一時。
「麻衣、必要なのは言葉を巧みに使った説得じゃないよ?」
 そっと、促すように軽く背中を押される。
 子供にたいして、いくら言葉を巧みに使って説得したとしても、半分も理解して貰えるわけがない。
 なら、どうすれば判って貰えるだろうか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 麻衣は一瞬迷うが、意を決してゲームへの参加を決めた。
 

「だーるーまーさーん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・が、ころんだ!」


 一歩一歩、慎重に。
 リズムが変わり、何時彼女が振り向くか判らない。
 握りしめた拳に汗が滲み、足が震えそうになる。
 一分、一秒が、酷く長く感じ、少女までの距離が酷く遠く感じた。
 いったい何回繰り返しただろうか? 途中で麻衣の後を追っていた女性も、少女に捕まり、この場には麻衣一人が残った。
 少女と自分の一対一の勝負。
 少女は麻衣を捕らえるように、拙い声で、リズムを変えながら、たった十文字の言葉を紡いでいく。
 麻衣はたった十文字の言葉が言い終わらないうちに、少女へと近づいていく。


「だぁぁぁぁるぅぅぅぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁぁぁぁさんがころんだ!」


 長くなった言葉の間に、麻衣は一気に奪取をすると、少女と一人目の手を手刀でいっきに切る。
 手を切られいきなり自由になった、彼らは一瞬驚いたものの、ワッとその場から走り去る。中にはそのまま光の欠片となって消えた者も居たが、その場に止まる者、遠くへ駆け出す者、人それぞれだが、麻衣はその場から逃げようとはしなかった。
 一瞬面食らった様子の少女は、ルール通り十数えようとするが、何時までも逃げようとしない麻衣を不思議に思い見上げる。
「おねぇさん・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで、にげないの?」
「もう、遅いから。ゲームはおしまいにしよう?」
「だって、まだ終わってないよ・・・・・・・・・・・?」
「そうだね。まだ終わってないよね。だけど、お母さんと約束しなかった?」
 麻衣は少女と目線を合わせるために、その場にしゃがみ込む。
「やくそく?」
「そう・・・・・・・・・夕方になったら暗くなる前にお家に帰るって」
 麻衣は・・・いや、麻衣だけではなく子供の時、夕方になったら暗くなる前に家に帰りなさい。親や学校の先生に言われた言葉。だが、誰も守る者はいなかった。皆自分の親が迎えに来て初めて、暗くなった事に気が着いて帰るのだ。
「もうじき、夜になっちゃうよ?」
 日が沈み始めたら暗くなるのは早い。
「それに、お母さんが読んでいるよ?」
「オカァ・・・・サ・・・・・・・・・・・・・・・・・ン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
 麻衣はゆっくりと頷く。
「お母さんの声、聞こえない?」
「オカァ・・・・サン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 少女の視線が、母を求めて彷徨う。
「おねさんも・・・・・・・・・・・・・・・一緒?」
 麻衣の服をぎゅっと握りしめて問いかける。
 が、麻衣はゆっくりと首を振る。
「お姉ちゃんのお迎えは、もう来ているの・・・・・・・・・・だから、ここでバイバイかな?」
 一瞬つまらなさそうに顔が歪むが、少女は「また遊んでくれる?」と問いかけ直してきた。
「うん、またいつか・・・遊べるよ」
「じゃぁ、お約束ね」
「うん」
 指切りを交わすと少女は、パッと麻衣から離れ走り出す。
 少女には自分を迎えに来た、母親が居るように見えたのだろう。
 その姿はやがて小さな光の玉になり、夕日にとけ込むように消えていく。いや、夕日がよりいっそう強く輝き、小さな玉がかき消されてしまったのだろうか、あの時同様にまた目を開けていられないほどの強い光に、麻衣はギュッと閉ざすと、ジーンの声が微かに聞こえてきた。
 だが、何を言っているのか聞こえず、聞き返そうとしたその瞬間、今まで聞こえてなかったのが不思議なほど、けたましいサイレン音や、人々のざわめきが怒濤のように押し寄せてきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
 一瞬の目眩が襲うが、今度はなんの苦もなく目を開く事が出来た。
 そこには、何も変わらない光景が視界に入ってくる。
 ものすごい時間が経ったように感じたが、全く時間は経過していないのだろうか。ぼっと立ち尽くしている麻衣を不審に思っているような人間は周囲にはいなかった。皆の視線が事故現場へと向かっている。
「二人とも、救助は間に合わなかったんですって?」
「みたいねぇ。ほとんど即死に近い状態だったらしいわよ?」
 相変わらずうわさ話に花を咲かせている、中年の女性をちらりと見るが、麻衣はそのまま視線を別の場所へと移す。
 歪んだまま直されていない電柱。
 その麓には、古びた小さなお人形と、お菓子が時を忘れたかのように置かれていた。
 少女がずっと止まり続けていた電柱は、あそこで見た形と同じように歪んでいた。
 麻衣はその傍まで行くと、しゃがみ込んで手を合わせる。
 事故にあった事に気が着かず、ずっとこの場所で親が迎えに来るのを待って、遊んでいた少女。
 彼女は動くモノを見ると、呼び込んでいた・・・・・・・・・・そう、赤信号で止まらなかった者を。
 







「こんな所でなにをしている?」








 後を着いてこなかった自分を探していたのだろうか?
 苛立った様子のナルだが、麻衣はその姿を見てふわり・・・・と笑みを浮かべる。
「ありがとう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 唐突に向けられた言葉にナルは眉を潜める。
「なんでもない。ただ、言いたかっただけ」
 変な事を唐突に言うのはいつもの事だ。と思ったのだろうか。しゃがみ込んでいる麻衣を立たせると、待つことなく駐車場へと向かい出す。
 その背中をしばし見つめていたが、軽く地面を蹴って走り出すと、その腕に自分の腕を絡める。
「暑い」
「たまにはいいでしょう?」
「たまにか?」
「たまにだよ」
「冬になるといつもひっついているだろうが」
「冬は冬! 夏はたまにでしょ?」
 麻衣はナルの腕にしがみついて離れるつもりはないらしく、ナルは諦めた要にため息を一つ着く。







「迎えに来てくれて、ありがとう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」















 ゲームの始まりは、唐突に。
 だが、終わりは夕方・・・・・・・・・大好きな人に迎えに来て貰ったら、終わりを告げるのだ。







 ☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆

 うぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あいかわらず、話が訥々と進んでおりまする。本当はもっと遊ばせて、和気藹々と楽しい一時を過ごした後で、お迎えvという風に持って行こうかと思ったりもしたんですが、ちょいと量がかさみそうだったので、あえてカットしちゃいました。
 まぁ、一話で終わらせようとしているので、急展開はお約束・・・というか、どうしてもなってしまうのである。
 そらーもー、じっくりしっかりと書けば、いっっっっっっっくらでも長くできるのだが、途中で力尽きる可能性と(前科有)いつまでたっても、up出来ないという可能性があるため、お題は出来る限りコンパクトにまとめよう、コンセプトの元書き進めていきまする。
 まぁ、そのうちこのネタを元に長編オフ本でも作っているかもしれませんが(笑)
 とりあえず、『幻想と怪奇のお題50」初チャレンジでした♪




                                  2004/05/23日up