パタン…… かすかに聞こえた音に意識が深い眠りの底から引き上げられる。 そんな、感覚はあったが瞼は鉛のように重く意識ほど簡単に上がってはくれない。 その意識もすぐに眠りの世界へ戻ってしまいそうだ。 シーツや毛布の肌触りがとてもよく寝心地の良い世界から抜け出したくはない。 身体を胎児のように丸め惰眠をむさぼれることに幸せを感じながら、緩やかにだが無視をするには至難な誘惑を持って訪れる睡魔に意識を委ねようとした。だが、そこでふっと疑問に思う。 自分の寝床はいつからこんなに寝心地が良い物になったのだろうか? お世辞を言おうにも自分の布団はごまかしようがないほど真っ平らな煎餅布団だ。 日中帯はバイトと学校があるため布団を干すことも正直に言えばままならない。 かろうじて休みの日の午前中に少しだけ干せるぐらいだ。その時は少しだけふかふかな布団になるがそれでも、ほんの少しにしかすぎない。 毛布もこんなに肌触りが良くなかったはずだし、シーツだって普通の安い綿のシーツかタオル生地のシーツで、何度も何度も洗っているため毛羽立っている。 だが、今自分の肌に触れる物はかなり上質なものだと言うことがわかる。 何かがおかしい。 調査中だったか? いや、最近は泊まりがけの調査はなかったはずだ。 そもそも、依頼自体入った覚えがない。 眠気の方がまだかなり強かったが、違和感に勝てず麻衣はようやく瞼を開け、思いっきり瞬く。 「…………ここ、どこ?」 その瞬間でた第一声。 肌で感じてたとおりの高そうなシーツと毛布がまず視界に映り込んだ。 世界はまだ薄闇に包まれていたが、滑らかなシーツは絹か?と聞きたくなるほど滑らかな肌触りと光沢を持っているのが判る。毛布も同様だ。薄くて軽いのに暖かい。 そして、なにより一人で寝るのには広すぎるベッド。 今まで調査で利用したことのあるベッドの倍の広さはある。 俗に言うところのダブルベッドというやつと思われる。 その中央部にどうやら寝ていたようだ。 室内を見渡せば見覚えが全くない部屋。 薄闇の中浮かび上がる影で部屋のレイアウトは判る。 まるでモデルルームで寝こけてしまったか?と聞きたくなるほどSimple is the Bestを体現したような部屋だ。 「ここど………はぎゃぁぁぁぁぁ!? な、な、な、なんで服着てないの!?」 クローゼットの扉に取り付けられている鏡に映り込んだ己の姿に麻衣は思わず絶叫し、毛布をがばりとかぶる。 何で!?何で!?何で!? さっきからそんな言葉しか思い浮かばない。 ここはどこで自分がなぜ真っ裸なのか。 昨日なにがあったのか、思い出そうとした瞬間浮かんだのは耳元をくすぐる熱のこもった吐息と声。 年中聞いている慣れ親しんだ声だ。 だが、麻衣が知るその声は普段は温度や感情というものをいっさい感じさせない。 なのに、いま耳に残るその声は今まで聞いたことがないぐらいに、熱がこもっていた。 ような気がする。 と、いうより名を紡ぎながら唇が耳朶を含み甘噛みし、首筋を這って…這って… そこまで思い出したとたん、ぷしゅーと湯気が頭から発しそうなほど真っ赤になり、言葉になってないうめき声を上げて頭から毛布をひっかぶり、端から見ると蓑虫状態になる。 思い出した。 なぜ、ココに自分がいるのか。 いや、ココがどこなのかを。 そして、なぜ自分が真っ裸で寝ていたのかも。 身体の奥に今まで経験したことのない違和感を感じるのも、酷く億劫に感じるのも。 全て思い出した。 思い出したが故にオーバーヒートを起こした。と、言うべきか。 顔と言わず首と言わず全身が一気に真っ赤に染まる。 その様を見る者がいれば、タコが茹だってゆく様を連想しただろう。 文字通りゆでだこの如く。もしくは熟れたトマトのように真っ赤になって、訳もなくじたばたじたばたする。 ど、どんな顔でナルと会えばいいのだろうか!? おつきあいなるものをしてはいた。確かに。一緒にご飯を食べてキスもたまにした。だが、そのキスもまるで挨拶のような軽いキスの方が多くて、曰く深いキスはほとんど数えられる程しかしたことがない。 いずれ、こーなる日が来るのかもしれないとは思ってはいたが、実際はどうもぴんとこなかった。 ナルとどうも結び着かなかったからかも知れない・・・・ なら、どうしてこうなってしまったのか。 いや、別に後悔をしているわけではない。 ただ、そう。ただ恥ずかしいだけだ。というかどうすれば良いのか判らないだけだ。 だって、今まで他人に見られたことの無いところまで見られた。 それこそ、オムツを変えたであろう両親以外自分だって良く判らないところまで触れられて・・・・・ そこまで考えた所で、昨日のあれやこれやをさらに具体的に思いだし、ぷしゅーと頭から煙が出て機能停止を起こしそうになったところで、頭上から聞き慣れた無機質な声が響く。 「いつから人間を止めて蓑虫に転職したんだ?」 聞き慣れた無機質な声。と思ったが、若干違うような気がするのは気のせいか。 「いっそ、このまま蓑虫になりたい・・・・」 毛布をひっかぶったまま、もごもごと呟くとベッドがぎしりとなった。 その意味を考える前に麻衣は反射的に、毛布をさらに引き寄せて身体を丸める。 その様子に呆れたような溜息と共に、何かを伺うような声がかけられる。 「イヤだったのか?」 それは、少しナルにしてはらしくなく弱気な声に聞こえ、麻衣は反射的に「違う!」と叫んで身を一気に起こし、ナルと目が合う。 スエットのズボンを履いて居るが上半身は裸。いや、別に男の上半身を見るのは初めてではない。滝川も夏場になると調査先で似たような格好をよくする。そもそも、学校に行けば夏場の男子はみなこんなものだし、海へ行けばみな海パンいっちょ。別に目のやり場に困るようなことではない。 にもかかわらず、なぜ目のやり場に困るのだろうか。 ずるい。ずるすぎる。 シャワーを浴びたのか髪が水気を含み、水滴が毛先から垂れて素肌の肩に滴り落ちていた。 どこかいつもとは違い、気怠げな様子があるところは昨夜の名残がナルにもあるようにもみえ妙に無駄な色気が漂っている。女の自分にはないというのに・・・・・・・そこで麻衣は自分を見下ろし、「はぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」とまた、毛布を頭から被って身を縮める。 何も着ていないというのに今思いっきりナルと正面から向き合ってしまった。 すでに意味を成さない言葉を呻きながら毛布にくるまる麻衣に、ナルは手を伸ばし宥めるように軽くポンポンと毛布の上から叩く。 「身体の調子は?」 そう言う事は聞かないで欲しい・・・と思いつつも「ダイジョウブデス」と答えて、少しだけ勇気を出してちょろんと顔だけを毛布の中から出すと、楽しげな様子で見下ろすナルと目があい思わずまた反射的に毛布の中に顔を引っ込めてしまう。 先のらしくない弱気なナルなんて何処にもない。 この状況を楽しんでいるのが判り、麻衣はむっと唇をとがらせる。 嫌なわけではない。 ただ、とにかく恥ずかしいのだ。 初めはこういう日はお互いベッドの中で目が覚めて〜なんて言うのを想像していたが、現実は色気も食い気も何もない。 昨夜には確かにあった甘く濃密な空気は己が見事に吹き飛ばしてしまった。 色気も何もないわめき声と蓑虫行動によって。 だが、そう長くその状態を保っていることが出来なかった。 なぜか、いたたまれなくて恐る恐る毛布から顔を出すと、何も言わないでただそこに座っているナルと目が合い、へにゃりと情けない顔をして笑みを浮かべるととりあえず、人として正しい言葉を口にする。 「お、おはよう?」 で、いいのだろうか。 正直にいえば時間が良く判らない。 だが、とりあえず目が覚めたら言う言葉はこれ以外思い浮かばなかった。 麻衣のそんな様子にナルは一瞬面食らったようだが、直ぐに微苦笑を浮かべて、麻衣の頬に口づけを一つ落とした。 そして今までろくすっぽ交わされた事のない言葉が、ナルから漏れる。 「Morning」 自分ではけして真似出来ない流暢なイントネーションの単語に麻衣は擽ったそうに首を竦め嬉しそうに微笑を浮かべる。 「もう少し寝ていれば? まだ、早い」 夜は白み始めている。 だが、まだ起き出すには早い時間。 なにより夕べは寝たのがかなりおそく、疲労は蓄積されているはずだ。 正確に言えばまだ寝入ってから実はさほど時間は経っていない。せいぜい、2時間か3時間かそこらだろう。 「な、ナルはもう寝、寝ないの?」 なんか、こんな状態で普通に会話をするのが恥ずかしい気もするが、ナルが平然としているせいか、少しずついつもの自分が戻ってくる。 いや、いつもの自分ともやはりちょっと違う。 そう、同じようでいてやはり昨日とは変わっている。 それは、麻衣だけではなくナルも。 目に見える変化ではなく、目に見えない変化。 「お前が蓑虫から人間に戻るならもう一眠りする」 そもそも、ナルはまだ一睡もしていない。 何となく寝付けずずっと麻衣の寝顔を見ていた。と言ってみたら麻衣はどんなリアクションをするか? 考えるまでもなく再び蓑虫に逆戻りもしくは、口を閉ざした貝状態の引きこもりになるのが目に見えている。 「え・・・・えっと・・・・服、着てないんだけど・・・・」 服というかパジャマ・・・とぽつりと顔を真っ赤にしながら呟く麻衣にナルは肩を竦めて、一言言い放つ。 「今さらだ」 「い、今さらなんて言わないで!!」 恥ずかしいから! 顔を真っ赤にしながらも、今度は蓑虫にも貝にもならない麻衣にナルは喉の奥で笑みを零すと、むっと唇をとがらせている麻衣の唇に軽い口づけをする。 いきなりの事に麻衣は思わず反射的に身を引き、両手で唇を抑えるという行動に出る。その結果毛布ははらりと広がり、蓑虫の蓑はただの毛布へと変わる。 慌てて麻衣は毛布に手を伸ばすが、その腕をナルが掴みぐいっと引き寄せると、丸まった毛布を器用に片腕と足で広げ二人の身を包み込む。 「これで、満足?」 そう問いかけられるが、引き寄せられ・・・というより真っ裸で抱き寄せられていて平常心を保てるわけがない。 昨日も心臓が壊れそうなぐらいに鼓動を刻んだが、今日の方がさらに早鐘を打っているような気がする。 それこそ、そのうち血圧が上がりすぎて脳の血管が次々と破れてしまいそうなほどの勢いだ。 怖いほど心臓はどきどき言っている。 なのに、ナルの腕の中はこれ以上無いほど暖かく、居心地がよくもあった。 そろり・・・と近づいて、肌の奥から響く心音に耳を傾けていると、一度は遠のきかけていた睡魔が再び両腕を広げて麻衣を包み込んでゆく。 「起きたら・・・一緒にお茶、飲もうね・・・・・」 そう、幸せそうに麻衣は呟くと、重力に従うように瞼を下ろし、呼吸は寝息へと変わる。 安心してすっかりと身を委ねている麻衣に、ナルは苦笑のような微笑を漏らすと、毛布を肩まで引きずりあげて麻衣を見下ろし、次に目が覚めたときのリアクションを思い描く。 今のやりとりを果たして麻衣が覚えて居るか。 目が覚めたとき、今度は麻衣がどんなリアクションをするのか、おそらくきっと予想通りに腕の中で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナルも何時の頃か瞼を下ろして睡魔の世界に自身も落ち、穏やかな時間が静かに部屋を満たしてゆく。 |
☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆ ただたんに、この話の冒頭部分が浮かんだのでとりあえずSSに書き起こしてみたので、終着点がなかなか見つかりませんでした。 しっとりとしたムードではなく、パニックを起こしてみたというタイプの朝にしてみましたですよ(笑) なので、どうやってここまで至ったのかとかまったく考えておりません(笑) きっと、二人の中でムードが盛りあがったに違いない! どうやって盛りあがったのかは企業秘密です(笑) いっそ、ナルに「morning darling」と言わせても見たいようなきもしたけれど・・・さすがに、言わんだろうなぁ。 前に言わせるSS書いた事あったけれど。 あれもかなり端折った話だったから、改めて「darling」と言わせるネタを書いて見たいものだ。いつかそのうちきっと私自身忘れた頃に(笑) この手の乗りの話を書いたのは思い返すと随分久しぶりかも? 少しでも楽しんで頂けたら幸いですv |
2012/06/02
Sincerely yours,Tenca
|