コンセキ














「ねぇ・・・・・・・・・・・ナルすっごい変な質問していい?」
 まだ移ろう視線での問いかけに、ナルは視線を腕の中の少女に落とす。
 白い頬がうっすらと紅潮し、鳶色の双眸は水面に映る月の如く潤んでいる。まだ幾分、せわしない呼吸を落ち着かせるように深呼吸しながらの問いに、ナルは上体を起こしたままの姿勢で軽く肩をすくめる。
「お前が、変な質問をしなかった時があるのか?」
 あまりな言い方に麻衣の唇がむっと尖るが、それで止める気はないのだろう。ナルもまたそれで麻衣が止めるとは思ってはいない、先を促すように見下ろすと、麻衣は赤く色づいた唇を動かす。
「そんなに変な質問じゃないよ。
 あのさ、もし私がね。いきなり自分の腕とか太股とかに、カッターとかでナルの名前刻んだりしたらどう思う?」
 あらかじめ、そういうぐらいなのだから麻衣自身、変な質問をしている自覚はあるのだろうが、予想以上に下らない質問に、ナルはため息を一つ漏らすと麻衣から離れ、身体を起こすして汗でしめっている髪を無造作にかき上げる。
 無駄なぐらい整っている容貌が、ルームライトに照らされ、一瞬見とれてしまうが、ナルの次の言葉にムスッと頬を膨らませる。
「自虐行為がしたいなら止めないが、当てつけのように僕の名前は使うな」
「自虐行為じゃないやい!」
「自分で自分の身体を傷つける事を自虐行為と言わないのなら、なんて言うんだ?」
 至極まっとうな返答に、麻衣はなんて言えばいいのか判らず窮する。
 確かに普通に考えれば、自分で自分を傷つけるのは異常行動であり、自虐以外他ならない。
「いや、私だってそんなこと痛い事やだよ。
 ただね、今日学校でさ・・・・・・・・・・・・・・・・・」









 


 夏休み中、何処の学校も登校日というものはあるだろう。
 いったい、何のために有るのか判らない登校日。行くのは面倒だが、久しぶりにクラスメートに会うのは楽しみの一つである。
 友達の中には予備校などで会ったり、たまぁに息抜きもかねて遊びに行ったりしているようだが、勤労女子高生である麻衣には、夏休みはかき入れ時である。エアコンがガンガンに効いて涼しいオフィスで、日本最高学府の学生である安原に勉強を見て貰うのが、夏休みの過ごし方になっていたため、終業式を終えてから、皆と会うのは実に一月ぶりであった。
 さすがに、受験生だけあって真っ黒な子はいなかったが、ほどよく焼けている友人達も何人かおり、当然何処へ行った、何をしただのという話になる。
 その中で、この暑い中長袖のブラウスを着ている友人がおり、自然と目を引く。
「真理子って、寒がりだっけ?」
 恵子の問いかけに、真理子と呼ばれた生徒は軽く肩をすくめると、ブラウスの袖を捲る。
「日に焼けたのは良いんだけど、ちょっと失敗して〜〜〜〜〜」
「なに・・・・・・これ」
 腕も顔同様こんがりとほどよく小麦に日に焼けていたのだが、腕の内側の一部・・・皮膚の柔らかいところが、引き連れて白く残っている。
「なんか、変な傷跡だけど・・・・こんな痕、自然に出来るの?」
 何か釘か何かに引っかけたような引き連れた傷跡は、日焼けすることなく白く残り、さらに肉が盛り上がっているせいかよりいっそう目立つ。何より目を引いたのは、それがどう見ててうっかり何かに引っかけて出来た傷とは思えない歪な形をしていた。
「ああ、カッターでやったの」
 けろん。と真理子の発言に、恵子や麻衣の目が思わず見開く。
「なに、真理子自分でやったの?」
「なんでこんなこと・・・・・・・・・・・・・・・」
 あっけらかんとしており、物事にくよくよしない真理子が、自分で自分を傷つける事がすぐには信じられなかった。
「自分でやったというかぁ・・・・・・・・・・・・彼氏がさぁ〜」
 夏休みに入る前に彼氏が出来た真理子は、勉強の合間を縫ってデートを重ねていたのだが、何かの会話の弾みで、彼氏の友達カップルの話になったのだ。
 その友達カップルは互いの腕や足とかに、互いの名前を刻んでいるという話を聞き、なんだか面白そうで自分達もやってみたのだという。
 実際にクラスにも彼氏の名前や、好きな芸能人の名前を自分の肌に書いている子が何人かいたため、真理子もつい、自分にも彼氏がやっと出来たんだ。という思いから、深く考えず安直に実行してしまったのだった。
「痛いのは判っていたんだけど・・・・・・・・・・まさか、こんな風になるとは思わなくてサー」
 向きを変えてみれば、その傷は「ケンジ」と読めなくもない。のだが・・・・・・・・
「でも、これ・・・目立つよ?」
 クラスに肌にわざと名前を彫っている子がいる事は、恵子も麻衣も知っていたが、皆小さく目立たない所だ。例え目に付くところでも一〜二週間で消えてしまうようなモノだというのに・・・・・・・・・
「下手したら一生残るんじゃない?」
「かなり痛かったでしょう・・・・・・・」
 立て続けに二人に言われ、真理子もコクリと頷き返す。
「血もスッゴイいっぱいでたし、直ぐに止めてっていったんだけど、自分の名前があると本当に自分の彼女って言う気がして安心する。虫除け。
 とか言われて、あまり強くイヤって言えなかったんだよねぇ・・・・・」
「なにそれ、まるで真理子の事自分の所有物あつかいじゃん!」
 カッターの刃が皮膚に食い込んだ時点で、実は真理子は痛みに怖じ気つき止めようとしたのだが、彼氏が「男がいると思われたくないのか?」の質問に、拒みきれなかったという。
「男ってすぐ、そういうよね!
 麻衣も言われたりしない?」
 同意を得てくれる、友人達に真理子は勢いづき、彼氏持ちである麻衣に話を振る。
「いや・・・・・・・・別にまぁ・・・似たようなニュアンスはあるような・・・・いや、ないか・・・・・・・・・・・?
 あったけぇ・・・・・・・・? あれ、どっちだろう・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 首を傾げてウンウン唸りだしている麻衣に、二人は呆れた視線を向けると、恵子はポンポンと麻衣の肩を軽く叩く。
「悩まなくて宜し。特に引っかかることがないってことは、麻衣は渋谷さんの発言を、所有物扱いされているとは思っていないってことなんだよ」
「だねぇ。何こいつ。人をモノ扱いにして。って思うとなかなか忘れられないよー」
 まぁ、確かにカチンと来る事はかなり言われているため、指では数え切れないほど出てくるが・・・・・・・・一応、その中に所有物扱いされたってことで憤りを感じた事はないだろう。
 そもそも、あの男がそんなストレートに行動してくれるとも思えないのだが。
 それから、話題は真理子の彼氏の独占欲の話題に話が移っていく。付き合いだして一月。今がある意味ラブラブで一番萌えがっている時期だろうに、真理子はちょっと辟易している様子だ。最初のきっかけは間違いなく、その腕の傷だろう。
 それからというもの、やたらと真理子を自分のモノ扱いするようになったというのだ。
 確かに幼稚園にでも入れば、自分の物には名前を書きましょう。と教わるものだが・・・・・・・・・・
 彼女にまで自分の名前を付けるとは呆れて物も言えなかった麻衣である。
 その話を聞いていたナルもばからしいと言わんばかりだ。
「他にも多くはないけど、自分の彼氏とかの名前の傷跡作っている子とか居るけどさ・・・なんで、彼氏の名前の傷を付けたがるのかが、私には判らないよ。
 ただ痛いだけだし、別に名前掘ったからって何がどうなるってものでもないし。
 ナルはどう思う?」
 麻衣はピアスを開ける事に抵抗はない。学校が禁止のため開けてはいないが、卒業したら左右に一つずつぐらいはピアスホールを開けてみようと思っていたりするため、親から貰った大切な身体に〜云々なんて、言うつもりはないのだが、さすがにそう言った行為は行き過ぎな気がする。
 それに、はっきり言って引き連れたその傷跡は、端から見ていると醜い。
 それが、事故や猫、精神的な病によって自ら傷つけてしまった傷だというならともかく、ただ楽しそうだから、好きだからと言う理由だけで、やるのは愚かなようにしか思えない。
「どう思うとは?」
「え?」
「質問の意図が不明だ。
 付き合っているもしくは、思いを寄せている人間の名前を自分の身体に刻みたいと僕が思うか、ということか、それとも相手に自分の名前を傷つけたいと思うか?と聞きたいのか。
 それとも、ただ単に第三者としてそう言った行為がどう見えるかが、聞きたいのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・全部?」
 なぜ、疑問系なのか麻衣にも判らないが、ナルの意見を聞けるならば、どれか一つではなく全部だ。
「お前が勝手に僕の名を刻んだ場合、良い迷惑。
 第三者として言うならば、愚かな行為だな。
 精神的な問題があるならば、医者に行く事を進めるが、興味だけでやるのは先の事を考えていない愚かな行動だ。そう言った傷を持つ事で、これから先に考えられるリスクを全く視野に入れていない行動だ。
 僕が自分を傷つけたいかという質問なら、答えはNO。
 あいにくと僕は自虐行為を好む性癖を持ってはいない。
 相手に自分の痕を残したいといかという質問なら、この場合はNO」
「この場合・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
 他の場合などないように思うのだが?
「どうせつけるなら」
 ナルは身体の向きを変えると、再び麻衣を組み敷く。
「ナル?」
 自分の上に覆い被さるナルを麻衣は、不思議そうに見上げる。
 お互い裸身でいるにかかわらず、まるっきり警戒心のない瞳で。
 警戒せずいられるのは、すでに身体を交じ合わせたあとだからか、それとも自分が彼女の苦痛になる事をしないと判っている信頼感からなのか、それとも害意ある者でない限り警戒を抱く事がないのか、端から見ているだけでは判らないが、ナルは気にせず行動に移す。
 先ほど丹念に味わった細い首筋に顔を寄せ、脈絡の音が意味にも聞こえそうな位置に唇を寄せれば、漸く腕の中の身体が抗うように動く。
 だが、遅い。
 体重と両腕足をうまく使って、麻衣の身体に負担が掛からないように押さえ込む。
 本人も本気で抵抗する気がないのだから、押さえ込むのは簡単だ。
 汗で若干しめっている肌に唇を寄せれば、舌先に塩っ気を感じる。
 そして、それさえも凌駕するのは彼女が宿す熱さだろう。
 人として正常な体温でありながら、唇が火傷しそうな錯覚を起こすほど熱く感じるのは、脈拍が急に早くなったからだろうか。
 本気で歯を立てれば簡単に食いちぎれそうなほど、柔らかな首筋に唇を押し当てる。舌先で脈絡を探れば、頬を擽る暖かな吐息。
 香水の類などつけていないにもかかわらず、甘く感じる柔肌に夢中になればなるほど、蜜が似合う深紅の花が咲く。丹念に飽きることなく、甘く感じる肌を堪能すれば、自ずと刻まれる痕跡。
 パッとみには自虐行為にしか見えない傷など、なんの意味があるのだろうか。
 言われなければソレと読めない名前など刻む必要なく、一目瞭然のキズアト。
 これも一種のキズアトと言えるだろう。
 皮下にある毛細血管に傷が付き、皮下の下に溜まった血溜まり。
 腕の中で陶酔に微睡みながら、与える事の出来るコンセキ。
 唇を離して少し身体を起こせば、先ほどより潤み飲ました双眸が自分を睨み付ける。
「・・・・・・・・・・・・・・・・夏に、アト残さないでよ・・・・・・・・
 着れる服がかぎれちゃうじゃん」
 唾液に濡れた肌が、ルームライトによって微かな光沢を放つ有様は、まさに華にたっぷりと含まれた蜜のように見える。
 麻衣は不満をまだブツブツと呟いていたが、ナルは封じるようにその唇を軽く啄み、至近距離で囁く。
「所有痕が欲しいんだろう?」
 その言葉に麻衣はカッと頬を染めると、プイッと顔を背ける。
 痛い思いをしたいわけではない。
 ただ、『お前は自分の物』誰の目にもはっきりと判る、所有痕を見て少しだけ羨ましいと思ってしまったのは事実。
 ナルは滅多に言葉では言ってくれないから、せめて態度で示して欲しいと、ささやかに思ってしまったのだ。
 だからと言って、肌にナルの名前を書くつもりは毛頭無いが、ナルが『諾』と答えたとしたら、複雑だったらどうが、嬉しくもあっただろう。
 ナルが出した答えは、麻衣が考えていた者とは違うが、これも一種の「コンセキ」には違いない。






 麻衣は首筋に。
 ナルはその背に。


 コンセキを刻まれ
 




 ナルはその首筋に
 麻衣はその背に


 コンセキを刻む。












                                2004/07/30
                             Sincerely yours,tenca





☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
ものすごくお久しぶりな更新。
いやん、最近同じでダシばっかだわ(笑)
このネタは夏コミ原稿に明け暮れている最中にわき出たネタでした(笑)
といっても、とある日の通勤途中、腕に名前にも見えるような引きつった傷を持ったお嬢さんを見かけた時に、思い浮かんだお話ー。
その傷を見た時に、高校時代自分の腕に好きな芸能人の名前を彫っている子がいたよなーとか思い出してね(笑)
さて、その子の腕の傷はどうなっているのかなー。卒業してから会ってないから現在どうなっているのか知らないけれど。アト、太股にカッターで名前入れていた事かも居たなぁ。見ている方が痛かったですよ。
ちなみに、私はそんな行動が理解出来なかった人間なので、やったことございません(笑)
当時夢中になっていた芸能人も居なかったしー
2時間弱で書いたお話。まぁ、つっこみ所は色々あるかもしれませんが、サイト復帰第一弾ということで、お見逃しアレー(笑)





ウィンドウを閉じて下さい。