空気が澄んだ、晴れた朝













 
 ふわりと。暖かな風が通りすぎてゆく。
 心地良い優しさを含んだ風。
 人によっては、小さな目に見えない黄色い悪魔を運んでいる。と言うかも知れないけれど。
 花粉症というものと無縁の麻衣は、春の風を心地良く感じる。
 だけれど、一抹の寂しさもあった。


 春風は、冬の終わりを告げるとともに、一年の終わりも告げ、新しい一年の始まりも告げる。


 暦の上での一年の終わりは12月31日で、一年の始まりは1月一日だけれど。
 3月31日で年度末を迎え、4月1日で新年度を迎える日本では3月はお別れの月でもある。
 麻衣は、三年間過ごした校舎から校庭を眺める。
 この校舎に初めて足を踏みいれた時には、ごく平凡な高校生活を過ごすものと思っていた。だけれど、それから数日後の出会いがその後三年間を大きく変えた。
 年齢も育って来た環境も、生活環境も何もかも違う人達との出会いが・・・

「まぁ、まさか年齢だけじゃなくて国籍さえもばらばらな人達と出会うなんて三年前思わなかったけれど」

 色々な事があった。
 楽しいことも、嬉しい事も、哀しいことも・・・
 だけれど、それは全て大切な想い出で一生忘れることはできない。
 そして、想い出は増えていくことはあってもけして減ることはない。
 
「いち、に、さん、し・・・・」

 目を閉じてゆっくりと呟く。
 三年前のあの時のように。

 この場には自分一人しかいない。
 だから、自分が声を出すのを止めればそこで止まるはずだった。

「ご」

 だが、しかたない。と言わんばかりに溜息混じりにその声が聞こえたとき、麻衣はあの時とは違いゆっくりと笑みを浮かべて振り返る。

「来てくれたんだ」
「呼び出したのはお前だろう?」

 確かにその通り呼び出したのは自分だが、それを無視する事はいくらでも出来たはずだ。
 だが、ナルはあの時と同じようにドアの前に立って室内を見ていた。
 ただ違うのは、あの時とは違い仮面のような笑顔を貼り付けているのではなく、あきれ果てた顔。
 
「そーだけど。でも来てくれてアリガト」

 麻衣はくるりと身を回して窓の外に視線を戻す。
 空は何処までも青くて、そよそよと吹き抜ける風は暖かく心地よい。
 もうじき・・・あと、一時間もすれば大勢の生徒達が登校し始めて校内は姦しいぐらいに賑やかになるだろう。

「で? こんな時間に人を呼び出して置いてなんだ?」

 時刻は七時。
 校舎は開いていたがまだ登校するには早い時間で、そしてナルは完全に部外者だ。
 その部外者をなぜ麻衣は卒業をする学校へ呼び出したのか。
 それも卒業式の日に。

「この学校でナルと出会ったから、最後の日もナルと居たくて」

 麻衣の返答にナルの溜息が重なる。
 そんな下らないことに人を付き合わせるなと言いたいのだろうか?
 だが、たいした理由が無い事ぐらいナルは判っているだろう。
 いや、ナルにはたいした事なくても麻衣にはナルを呼び出した理由がほかないももう一つあった。
 
 来るか来ないか。
 まず最初の賭けには勝てた。
 もし、ナルが今日この時間この教室に来てくれなければ、最初の一歩すら踏み出せずに終わっていただろう。
 だけれど、とりあえず第一歩を踏み出せる機会を持てたのだから、この機会を無駄には出来ない。

 心臓が壊れそうなほど早鐘を打つ。

 麻衣は澄んだ空気を思いっきり吸って、再びナルと向き合う。
 ドアの所に立っていたナルはいつの間にか、目の前に立って麻衣を見下ろしていた。

 何を考えて居るのか正直に言えば判らない。
 整いすぎた表情には感情らしき感情は浮かんでいない。
 ナルが本気で表情を消すと麻衣には、ナルが何を思って考えて居るのかさっぱり判らない。

 この想いが届くのか、玉砕するのか・・・それとも玉砕する前に取り合ってさえくれないのか。
 どんな結果にたどり突くのか予測することさえ不可能だ。

 だが、それでもダメだと最初から諦めて一歩を踏み出すことさえ諦めてしまうことはできなかった。

 だから、麻衣は意を決して口を開く。

「ナルが、好き」

 心臓が壊れそうなほど早鐘を打っているのに、それはあっけないほど簡単に口から漏れた。

「ずっと・・・・ジーンじゃなくて、ナルが好き」

 だった。というべきか。です。というべきか。
 迷って途中で言葉を句切る。
 それ以上、言い様が無くて。

 真砂子が告白をしたとき、ナルは溜息を一つついて「迷惑です」と無情にも言い切ったと言う。
 泣き笑いを浮かべながら、真砂子は麻衣の背中を押してくれた。
 自分も真砂子のように、取り合って貰えないだろう。

 そう思いながら、断罪者のように俯く麻衣の頭上に溜息が一つ。

 やっぱり、そうか・・・・

 この思いは、学校を卒業すると同時に想い出に変えるベキか。

 急に喉の奥がつまって息がしにくくなる。
 でも、絶対にナルの前では泣いてやらない。
 卒業式のどさくさに紛れるまで、絶対に泣かない。

 そう意を決して唇を噛みしめる。

 だが、ナルはなかなか断罪をくれず、この場から離れもしない。
 
 その時間がどれほどの事だったのか、俯いていた麻衣には時間感覚がわからない。
 だが、おそらくさほどの時間は流れてないのだろう。
 ぽつりと、溜息の後に続いて声が聞こえて来た。

「知っている」

 ナルの返答の意味が判らず思わず顔を上げると、呆れたような、苦笑を浮かべているようないつもと違う表情を浮かべるナルがそこに居て、麻衣は戸惑いを隠しきれない。

「ナル?」

 自分は告白をした。
 それが困っているのだろうか。

「えっと、振るなら判りやすく振って?でないと気持ちの整理がつか・・・・」

 麻衣の言葉の続きを止めるようにナルの人差し指が唇に触れる。

「ナル・・・・?」

 囁くようにナルの名を呼ぶと、ナルは少しだけ目を細めて見下ろして来る。

「知っている  ずっと、見ていたから」
「え? それってどういう意    」

 問いかけは今度は優しく封じられる。
 唇に触れた優しい感触に寄って。

 至近距離にある漆黒の双眸を信じられないような目で見開きながら麻衣は見続ける。

「み・・・・・・・・・・」

「コレが答えだ」


 そういって、彼は微かに穏やかな笑みを浮かべてその場に座り混んでしまった麻衣を抱き寄せた。











 空気が澄んだ 晴れた朝。
 別れの季節は出会いの季節になり。
 そして、終わりの季節は始まりの季節になった。


















☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆

 基本的にナル麻衣成立後の話しか書かない私ですが、ある意味初の告白話!(大笑)



 10周年企画にてUPした話になります。






Sincerely yours,tenca
初掲載:2011/03/19
再UP:2012/05/29




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