休息の夜














 サー・ドリー宅を後にしたナルと麻衣は、呼んでもらったハイヤーに乗り込む。
 一目がなくなりナルはセットしたあった髪に無造作に指を通すと、崩してしまう。眺めの前髪がさらり・・・と静かな音を立てて不穏な色をいまだ残している闇色の双眸を隠してしまうが、それでも剣呑とした気配は消えない。
 この日は、つつがなくパーティーが終わると思っていたのに、最後の最後で思いにもよらなかった人物の登場で、平穏に終わることがなかった。結局、その場ですぐに返事を返さなかったものの、この依頼を引き受けることにはなるのだろうと、麻衣は思った。
 一言もナルは口を開くことなく、背もたれに背を預け軽く目を閉じてしまう。麻衣も今のナルにあれこれ問いかけるつもりはなく、深く座りなおすと背もたれによりかかり、なんとなく外の景色に視線を向ける。
 夜の帳が下りた街はひどく静かで、流れるように消えてゆく光景をどことなくみていると、瞼がだんだん重くなってゆく。慣れない生活から来る疲れと、微かな振動が心地よくて、瞼を開けることがだんだん出来ないぐらいに睡魔が広がってゆく。


 


 ナルはふと肩にかかった重みに、閉じていた瞼を開いて視線をちらりと横に向ける。案の定静かな寝息を零して眠っている麻衣が軽く頭を肩に寄りかからせていた。どうやら、転寝といったレベルではなく、本気で寝込んでいるようだ。だらり・・・と力なく腕がたれている。
 顔色も優れているとは言えない。流れゆく街頭や、すれ違う車のヘッドライトの影響もあるだろうが、微かに青ざめているようにも見え、化粧で隠されているもののその目の下にはうっすらと隈が出来ていることも知っている。
 ナルでさえも、ここ数週間のパーティーやらなんやらで疲れを覚えているのだ。初めての国、いくら会話には不自由していないとはいえ使い慣れていない言葉、日本とはまるで違う生活習慣、連日のように会う初対面の人間達。まして、大半が好奇で中には日本人というだけで、孤児というだけで麻衣を差別している人間が居ることも当然、ナル自身気が付いている。今まで受けたこともない差別やそれらに、精神的なストレスを感じないわけがない。
 いくら麻衣が体力に自身があろうとも蓄積されている疲れは、今までに感じたことのないほど溜まっているだろう。それも、あと少しの辛抱かと思えば、思いにもよらない人間からの依頼。いくら、サー・ドリーがこちらの好きにしていいとは言ったとしても、SPR全体から見れば無視は出来ないだろう。
 なんだかんだ言っても引き受ける羽目になる。
 麻衣を同伴させるのは気が重いが、おいていくには後ろ髪がひかれすぎ、今のナルには麻衣を含めSPRの部下達以外に、調査のメンバーは考えられない。
 当分、ストレスのかかる生活が続くな・・・と思う反面、今の時点で根を上げていれば、自分と共にイギリスでは生活していく事は無理であり、そのことを考えればいい機会かもしれないとも思う。
 せめて、休ませられるときにはゆっくりと休ませようと、麻衣が起きている時にはけして言葉にしないことを、つらつらと考えていると、ハイヤーは自宅前に静かに止まる。
 ドアを開けると麻衣を起こさないように静かに抱きかかえて車を出る。数段の階段を昇り、ベルに指を伸ばすとドアがゆっくりと開かれた。
「お帰りなさい。あら? マイは眠ってしまったの?」
 ハイヤーが止まる音を聞きつけたのだろう。満面の笑顔でルエラが扉を開けてくれた。
「疲れているのでしょう」
 そっけない言葉ながらも、麻衣を抱きかかえるナルはまるで、大切な宝物を誰にも渡さないように抱きしめている、小さな子供のようにも見えルエラはクスクスと小さな声で笑みを零す。
 その、笑いの意味はナルにもわからなかったが、そこにからかいの響きを見つけて微かに眉をしかめるが、ルエラは同時もせず大きくドアを開くとナルを室内に招き入れる。
「そうね、そろそろ体調を崩してもおかしくないころですもの。
 日本に帰国するまでもう少しあるんだから、ゆっくりと休ませてあげましょう・・・・ナル?」
 そうするつもりだったのだが、そうもいかなくなったために、ナルは軽く溜息をつく。
 息子の様子がいつもとは違うことにルエラはすぐに気がつき、問いたげな視線を向けるがナルに、麻衣を寝かせてから放すといわれ、質問する事はしなかった。
 静かに階段を昇ってゆく姿を見て、何かあったのかしら?と首をかしげる。




「麻衣・・・おきろ」
 ベッドの上に麻衣を下ろすと麻衣を起こす。このまま寝かせてもいいのだが、麻衣が着ているのはチャイナドレスだ。眠るには窮屈すぎるし、明日の朝皺だらけのドレスを見て、麻衣が騒ぐことが容易に想像できるためナルは、さっさと起こす。
 だが、麻衣の眠りは深く、ナルが呼んだぐらいでは目を覚まさない。
「麻衣、着替えないと皺になるぞ」
 麻衣のふっくらとした頬を軽く叩きながら、呼びかけると漸くうっすらと瞼を開ける。
「ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 だが、意識の9.9割がたは眠っているようで、再び瞼を閉ざそうとする。
「麻衣」
 やや声を強めにして呼ぶが、ぼんやりとした視線はナルを見定めると、ほにゃり・・・・と気が抜けるような笑みを浮かべて再び瞼を閉ざしてしまう。
「皺だらけになっても騒ぐなよ」
 と言っても無駄で、ナルは深く溜息をもらすと、麻衣の身体を支えて、パンプスを脱がす。それだけでもうこのまま寝かせようとも思ったのだが、身体にぴったりとしたチャイナドレスを着たまま眠っても、疲れが取れるわけもなく・・・・・・・・ナルは、仕方なくその背に回し服を脱がしていく。
 深緑のドレスに、麻衣の白い肌は際立って生え、眼が奪われる。
 スリットから伸びたほっそりとした足は、グラマラスな女に見慣れているイギリスの紳士達の眼も奪うことがしばしばあった。小柄で華奢な麻衣は、大柄な西洋人から見れば、見慣れない体形だ。たしかに、小柄な女性も居るが、麻衣のように全体のつくりが細い女性は少ない。
 そのため、ものめずらしさもあり、さらに東洋人としての色の白さが眼を奪う要因にもなっていたことに、ナルは密かに眉をひそめる。
 独占欲のあるなしにかかわらず、自分の恋人・・・・まして婚約者を色眼鏡でみられてなんとも思わない男が居るわけがない。いるとしたら、割り切った付き合いをしている男女か、そこに甘い睦言めいたものがない関係の男女ぐらいであろう。
 肩から服を脱がせ、白い背中にナルは無意識のうちに口付けを落とす。
「ん・・・・・・」
 くすぐったかったのか、麻衣は軽く肩をすくめるものの眼を覚ます気配はない。
 そのまま背筋をさかのぼり、髪をかきあげて首筋に口付ける。白い肌に存在を誇示させるような朱痕を一つ刻むと、ナルは身を起こしてドレスを脱がせると、代わりに麻衣が来ているパジャマを羽織らせ、毛布をかけてあげる。
 身体を包み込む温もりが心地よいのか、麻衣はもぐりこむように毛布をずり上げると、麻衣は心地よさそうな寝息を立てる。
 いまだ付けたままの髪飾りとついでに外すと、それをベッドサイドにおく。
「おやすみ・・・・」
 いつもと変わらない平穏な寝顔に、知らずうちにナルは苦笑を漏らし、前髪を軽くかきあげるとその額にそっと口付けを落とすと、ナルは身を起こして寝室をあとにする。



 パチン・・・・・・


 音を立てて電気は消され、麻衣は疲れを癒すように深い眠りの世界に落ちてゆく・・・・・・・・・・・・・






 
 



第五話へ



☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆

 宮内 稟子さまから、素敵なイラストを頂きましたvvv
 『誰が為に啼く鐘』にて麻衣が着たチャイナドレスを描いて下さったんですvvvv メールを頂いて視た瞬間、『もろイメージ!! 皆さんこれを見て!読まなくてもどんなドレスを着たのか想像できる!!』と狂喜乱舞した人間がココに(笑)
 今回のお話は、稟子さまが考えたシュチュエーションを基にSSを書いてみました。4話の直後でございます。今回の連載の中で限りなく平穏なシーンでございます(笑)調査が始まったら、平穏なシーンなんてあるのだろうか?(笑)
 素敵なイラストどうもありがとうございましたv


※ 現在この話の主軸となっていた「誰が為に啼く鐘」は未完のままサイトから削除しています。再掲載の予定はありませんが、この話は単独でも読めますのでこのままサイト上に残しています。
 

 宮内 稟子さんのHPは↓から。当サイトのリンクページからも遊びに伺えますv

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