姫百合の知らえぬ恋は苦しきものを



「姫様・・・・本当にいいんですか?」
 乳姉妹の多恵が遠慮がちに麻衣に声をかける。
 すでにあたりは夕闇に包まれ始め、室内は茜色から徐々に闇によって暗がり始めている。頼りなげな紙蝋の明かりによって照らされている、彼女の主はぼんやりと脇息の凭れながら整えられている庭を眺めていた。
 明朗活発でおよそ姫君らしくない彼女が、哀愁を帯びているとかえって痛ましく見えてしまう。
「まだ、間に合うと思うんです。
 涼子(すずこ)さまにお願いして、父君の中納言様にお断りをしていただいてはもらっては如何でしょうか?」
「無理だよ・・・もう、そんなに時間もないし。わがままもいえないよ?」
「ですが姫様。衛門の佐(えもんのすけ)様にはすでにご正室もいらして、お子様もいらっしゃるとか。そのような方を背の君に迎えられても姫様がお幸せになれるとは思いませんし、姫様には他に思われる方がおられますのでしょう?」
 さすが十数年一緒に暮らしてきただけあって、多恵は遠慮なく言葉を続ける。
「私みたいに両親がいなくてまともな後見人もいなくて、遠縁の涼子姉さまのお世話になっているような身分で、贅沢は言っていられないし、好きな人はいるけれど・・・・どうせ言っても無駄だしね。
 これ以上涼子姉さまにも、中納言様にもご迷惑はかけられないよ」
 確かに麻衣の言うとおりではある。
 藤原一門とはいえ傍流過ぎて名門とはいえない家柄。さらに両親はなく近しい身内もいない彼女の後見人はいない。ただ、昔から親しく付き合っていた遠縁の藤原の涼子が麻衣を不憫に思い、色々と妹のように可愛がり世話を焼いてくれたから、今まで特別な不自由を感じることもなく生活をしてこれたが、その彼女の父親がめでたく麻衣の婿を選んできたのだ。
 麻衣がその話を断るのはできることではなかった。
 貴族の結婚とはおよそ政略をなく行われるはずがなかった。男は自分より身分も財産もある姫君を娶る。それによって自分の出世が変わるからといっても過言ではない。だが、麻衣は夫となるべく男に出世させるだけの身分も財産もない。まして、栗色の髪をし、鳶色の瞳。ひときわ白い肌・・・なによりも、不思議な力としかおもえない見えざるものの姿を見、声を聞くことのできることから「狐姫」と噂されているような自分である。
 婿の来てなどあるだけましというべきところなのだ。相手を選べるような立場ではない。
 だが、麻衣が思いを寄せる相手がいることを涼子も知っていたため、断ってもいいのよ?と言ってきてくれたのだが麻衣はこの話を引き受けた。
「少し一人にして?」
 麻衣はこれ以上話すことはないというように多恵に告げる。
 多恵はまだ何かいいたそうにしていたが、それ以上言葉を向けることもなく静かに退室することしかできなかった。








「言うだけ無駄だもん」
 誰もいなくなった部屋で一人ポツリと呟く。
 好きな人はいる。その人と一緒にいたくてその人が働く陰陽寮で女房づとめなんてしていた。
 瞼を閉じるだけでその人の姿がはっきりと浮かぶ。光源氏の再来かと宮中の女房を初め姫君たちの間でささやかれるほどの、整った容姿をした青年。帝の覚えもめでたくあの大陰陽師安部晴明の曾孫であり、彼の晴明をしのぐのではないかと噂されるほどの実力の持ち主。冷静沈着でおよそ仕事以外に興味関心がないといったかんじで常に無表情だ。それがよりいっそう美貌を磨き上げているといって女房達の憧れの君といってもいい。
 不思議な縁があって知り合うことができ、自分の力が彼の役に立つと知って助手のような真似事をしてきた。それはもちろん彼のそばにいたいと思ったこととか、少しでもこの力が役に立つと思ったのも事実だし、それによって収入をられ生活のためにもなっていた。
 だが、それももうできない。
 自分は今宵見も知らず男を婿に迎えるのだ。
 今までのように自由に屋敷を出て外出をしたり、彼の助手をしたりする事はできなくなる。
 ただ、ひたすら背の君が訪れてくれることを待っていなければいないのだ・・・・・・そして、貴族の娘ならそれは当たり前の日常。今までが非日常すぎたのだ。これからは、屋敷内だけがすべて自分の世界・・・・ひどく狭く、不自由な世界。
「言うだけ無駄だよ。だって、迷惑にしかならないし・・・何より嫌われたくないもん」
 まるで自分に言い聞かせるかのように呟き続ける。
 彼は誰よりも女房達に人気があり色恋関係の文をもらっているというのに、見向きもしない人だった。誰よりも淡白で人と触れることを嫌がる。それは、彼が持ついくつもの力に由来するところだった。強すぎる力は身を滅ぼすだけといわれ、晴明にそのほとんどを封じられていてもまだ、強い力。
「だけど・・・・本当にいいの?」
 受け入れられるとは思ってもいない。
 だが、この思いをなかったことにしたくはない。
 大切な思い出だ。父がなくなり母がなくなり、一人ぼっちになってしまってからも大切な思い出をたくさんくれた人である。一般的にあふれた恋の思い出なんてない。それでも、自分にとっては何よりも大切で、大切な思い出。
 

        
 夏の野の茂みに咲ける姫百合の
                 知らえぬ恋の苦しきものを



 そんな歌が思わず麻衣の口から漏れる。
 伝えられるモノなら、伝えたい。
 全てを告げてしまって、終わらせてしまいたいと思ったこともおある。
 だが、伝えられなかった。
 無駄だと知っているからではない。
 砕けるのが怖いのではない。
 側にいることが出来なくなるのが、怖いのかったのだ。
 あの人の側にいられればそれだけで良い・・・・・・そう思うようになってからどのくらいの月日が経つのか、初めて会ってからそれほど経っていないと思うのに、雁字搦めに捕らわれてしまっている心。
 だけれど、今宵からもう彼のそばにいる事はできなくなるのだ。
 恐れていた事はもう間近に迫っている。ならば、思いを告げても変わらないのではないだろうか・・・・・・・・・・・・・・・・

「あたって砕けろって言う言葉があったわよね」

 きっと、木っ端微塵に砕け散るかもしれない。いや、しれないじゃなくて砕け散るだろう。
 それでも、このまま思いを引きずるよりは何倍もましかもしれない。
 このままヘンに引きずったまま婿を迎えても自分はその人を愛することができるとも思えない。この恋を吹っ切れれば今は無理でも、婿となる人を愛することができるかもしれない。
 そうすれば、この恋は淡い初恋としてきっと綺麗な思い出になる・・・・・と、思いたい。
 だんだんそう思って来るとなんとしても、彼にあってこの思いを伝えたかった。文などではなくじかに会ってお礼と、気持ちを伝えたい。そう思うと止められるわけがなかった。
 辺りはかなり闇が深まり始め、屋敷はシンと静まり返っている。
 自分の身支度もすでに済まされており、あとは婿となるべく衛門の佐が訪れるのを待つだけの状態だ。だが、まだ訪れるだろうと思われる時間まである。それまでに帰ってくれば大丈夫。彼の屋敷はここからそう遠くないところにあるのだし・・・・・
 あだ名が猪突猛進と言われるだけあって、決断すると周りが見えなくなる麻衣。
 普通なら闇夜を怖がり一人で都の路を歩こうなんて思うはずもないのだろうが、麻衣はある意味闇には慣れていた。本当に怖がるのは闇ではないということを知っている。
 だからこそ、ためらいは産まれなかった。
 白い婚礼衣装の袿を纏ったまま立ち上がると、人目を忍びながら部屋を抜け出したのだった。
 ここが涼子の屋敷だったら抜け出すのは難しかっただろうが、自分のぼろい屋敷である。抜け道はいくつかあった。桂が汚れるのも気にせず抜け道から抜け出すと、麻衣は一路思い人の屋敷に向かったのだった。
 その後姿を見守る人影には気がついてはいない。
「やっと行ったわね」
「涼子様、姫様が出て行かなければどうされたつもりですか?」
「その時は予定通り婿を迎える羽目になっていたけれど、あの麻衣がよ?おとなしく婿を迎えるはずがないじゃない」
「ですが、あの方が姫様を娶ってくださるかどうかわかりませんが?」
「大丈夫よ。自分から動こうとしない愚か者だけれど、自ら飛び込んできたものをみすみす逃すほど馬鹿でもないわ」
 彼女は楽しげな笑みを刻みながら闇の中に消えてしまって、愛しき妹を見送ったのだった。多恵はどうか彼女の想いが彼の君に届きますように・・・と仏に祈ることしかでいなかった。
「お父様に賭けは私の勝ちって言いに行かなきゃ。じゃあ、多恵。明日麻衣は連れて帰ってくるからあらためて準備よろしくね」
 涼子は軽やかに言うと、陰に控えていた牛舎に乗り込む。
 多恵は満面な笑みを浮かべて大きくうなずき返すのだった。
 今日のような暗鬱とした思いで準備を進めなくていいのである。
 主の幸せの為に、動く事はなによりも心が弾むことだった。
 麻衣の世話を焼いてくれるのが自分と同じように、彼女の幸せを願ってくれる人でよかったと本当に思う。


 さて、そんなことを知らない麻衣は息を切らせながら夜道を突っ走り、目的地にたどり着いた時はすでにどっぷりと日は暮れきっており完全に夜の時刻となっていた。
 ひっそりと静まり返っている屋敷の前に無事にたどり着けたものの、急にその足は止まってしまう。
 今まで何度か着たことのある屋敷でもあり、自由に出入りができるのは知ってはいたがなかなか中に入る勇気が出ない。
 だが、ここでもたもたしている時間もないし、このまま何もせず逆戻りすることもまたできず途方にくれていると、背後から声をいきなりかけられた。
「そんなところで何をしている」
「ひゃぁ・・・」
 人の気配もなかったはずの背後からいきなり声をかけられ、思わず腰を抜かすほど驚いてしまうと、力強い腕が自分の腕を引っ張り上げた。
「鳴・・・瀧・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 自分を引っ張り上げた人間を見上げればそこには、無表情な顔でたっている安部鳴瀧がいた。
「何をしているんだ?」
 麻衣を引っ張り上げた鳴滝は白い袿を纏っている麻衣を見てかすかに瞠目したのだが、その微妙な変化に麻衣は気がつかず、あの・・・とか、えっと・・・とかを繰り返している。
「えっと・・・今内裏からの帰り?」
「そうだ。お前は今日は物忌みで休みじゃなかったのか?」
 さらりと言われた内容に麻衣のほうが驚く。
 自分は物忌みで休むなんて一言も伝えていない。それがなぜ彼には物忌みで休むなんて伝わっているのだろう?
「僕に何かようか?」
 物忌みで休んでいると思っている鳴瀧はそれ以上深くは気にしていないようだった。だが、普通ならば物忌みの日に外出をするはずがない。それなのに、わざわざこのような時間に一人でたずねてくるという事はそれなりの理由があると言うことなのだろう。
「鳴瀧に話があるの」
 意を決して麻衣は口を開く。
 麻衣が何を考えているのか鳴瀧には判らないが、どこか思いつめているようにも見える彼女の腕を取ると、屋敷のほうへお足を向ける。
「話があるなら、中で聞く。ついでに白湯でも淹れてくれ」
 いつもと何も変わらないナルの態度に、一人緊張していた麻衣は馬鹿らしくなってき、彼の後に続いて屋敷の中へと向かったのだった。
 すでに何度も出入りしているためにどこに何があるかなんて判っている麻衣は、勝手に厨を借りて頼まれ白湯を入れて戻ると、彼は麻衣の存在など気にせず一人書物に視線を落としていた。彼の邪魔にならないところに白湯を置くと麻衣は、その向かい側に座って彼の顔を見つめる。
 紙蝋に浮き上がる白い顔は本当に麗しいとしか表現できない。
 もう、こうして会えることができなくなると寂しい・・・・
「あのね・・・鳴瀧・・・私、背の君を迎えることが決まったの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 麻衣はおそらく鳴瀧は読書に夢中で聞いていないと思いながらも、言葉を続ける。
 聞いていようと聞いていまいともうどうでも良かった。ただ、このまま彼に対する思いを秘めたままでは自分は身動きができなくなってしまう。すべてを諦めるために、ふんぎるために思いを言葉にしたかっただけなのだから。
 実際に鳴瀧は麻衣の話を聞いていないのだろう。表情一つ帰ることなく同じようなしぐさで本をめくっている。
「今夜が一日目なんだけど・・・・私どうしても鳴瀧に言いたいことがあって、屋敷抜け出してきたの」
 やはり、聞こえていないのだろうか。
 麻衣は聞こえていないことに安堵感を覚えるのと同時に、ひどく寂しく思えた。
 話があるなら中で聞くといって迎え入れてはくれたものの、結局は真剣に聞く気はなかったのだろうと思うと寂しい。自分は彼の中ではその程度の存在だといわれているような気がして、悲しい。
 自分勝手だとは思うのだが。
「私、ずっと鳴瀧が好きだった。今でも好き・・・・ただ、それだけが言いたくて・・・
 鳴瀧にはこんな思い寄せられても迷惑だと思うけれど、でも今だけ言わせてね。どうせ、私はもう鳴瀧の前に姿を現すことできなくなるから・・・もう、こうしてあえる事は二度とないから・・・だから、文じゃなくて言葉で言いたかったの」
 書物に視線を向けたままの鳴瀧に麻衣は、ふわりと笑顔を浮かべる。
「今までありがとう。素敵な思い出と、幸せな気持ち・・・ありがとう。
 ずっと、貴方のことが好きでした・・・・・・・・・・・・・・・」
 麻衣は自分にできる限りの優雅なしぐさで彼に対して頭を下げると、ゆっくりと立ち上がった。
 急いで屋敷に戻らなければ、自分の不在に気がついて大騒ぎになってしまう。
「で?」
 今まで何一つ口を開くことのなかった鳴瀧が突然口を開く。
「言うだけ言って帰るのか?」
 振り返れば鳴瀧は書物から顔を上げて自分を見上げていた。
 闇色の瞳に炎が映り、揺らめいて見える。
「帰るよ・・・」
「返事も聞かずに?」
 鳴瀧の問い返しに麻衣は思わず瞠目する。まさか、彼のほうからそんなことを聞いてくるとは思わなかったからだ。ゆっくりと見開かれる鳶色の双眸に鳴瀧は苦笑をする。
「言うだけ言って何も聞かずに帰るのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何を言ってくれるの?」
 掠れた声が麻衣の唇から漏れる。
 思わず自分が聞きたい返事を返してくれるのかと、期待してしまいそうになる自分がいるのを必死になってなだめる。期待するだけ無駄なのだから。
「はじめ屋敷の前で見たとき、夜這いかと思ったがな」
 返事とは到底思えない言葉に、麻衣は瞬きをし、鳴瀧の視線を追う。
 彼は喉の奥で笑いながら自分の眺めていた。さらに詳しく言うならば婚礼衣装を纏った自分を。
 薄汚れはしているものの今着ている物が婚礼の時に着る装束だという事は彼でもわかるだろう。これを着て屋敷の前で立ち尽くしている人間なんて早々いるわけがない。まして、婚礼が行われる夜屋敷を抜け出しているなんて誰が思うだろうか。
 鳴瀧はこれを着た自分を見て、どうやら押しかけてきたものと思ったらしい。
 そのことに思い当たると麻衣は音がでるほどの勢いで真っ赤になる。
 何も言葉を続けることができず、ただ真っ赤になってうつむいていると鳴瀧はゆっくりと立ち上がる。
「普通は男が女の下に三日通うのが慣わしだが、女が男の下に通うのが今の流行だと思ったな」
 どういう意味合いで彼はその言葉を言ったのだろうか。
 どこか楽しげに見える鳴瀧を麻衣はわけがわからない。判らないが、麻衣は意を決して顔を上げ、挑むように彼を見上げる。
「もしも、私が通いに来たって言ったらどうする?」
 真っ赤な顔で睨まれても迫力なんてあるわけがない。上目がちににらめつけてくる彼女はもともとが愛らしい顔立ちをしているのだが、それがよりいっそう愛らしくなるだけだ。
「さぁ・・・どうするかな」
 どこかのらり・・・くらりとしたところは、まさしくアノ晴明の血筋といっていいかもしれない。
「返事を聞きたいか?」
「当たり前でしょ?」
 いつしか二人は真向かいに立ちあっている。腕を伸ばせば簡単に触れられる距離に互いはいた。
 鳴瀧は余裕たっぷりの態度で、対する麻衣は真っ赤な顔で挑むように。
「返事を聞きたければ、三日間がんばって通ってくるんだな」
「え?」
 聞き返そうと思った瞬間視界が反転する。
 気がつけば天井が視界に映り、自分に覆いかぶさるように彼がいた。
「あ・・・あの、鳴瀧・・・私、かえんになきゃいけないんだけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 今このときに言う台詞とは思えないのだが、麻衣は馬鹿正直にもそういってしまう。
 鳴瀧は鳴瀧で楽しげな笑みを刻んだまま麻衣を離そうとはしない。
「そんな格好で男の元に来たんだ、帰れなくなることも考えてはいたんだろ?」
 そんなつもりも何もないのだが、麻衣は自分が考えもつかなかった展開にめまいを起こしそうだった。そもそも、鳴瀧がそんなことを言うとは思いにもよっらなかっただけ驚きは大きい。だが、このこと事態は多分悪いほうではない。少なくとも自分にとっては。だが、彼はなぜいきなりこんなことをしているのだろう。
 片思いをする相手がいながら婿を迎えなければいけない自分を哀れに思っているのだろうか? いや、鳴瀧はそんなことで情に絆されるほど優しい意性格は持ち合わせていない。では、なぜ彼は今自分を組み敷いているのだろうか。
 もしかしたら・・・・と思ってしまう。
 ありえないことだろうけれど、万が一・・・万が一という可能性もなくはない・・・・・
 麻衣はコクリと喉を鳴らせると震える声を出した。
「・・・・・・・・・・・・・・私が鳴瀧を好きでもいいということ? 迷惑じゃないの? 鳴瀧も私のこと好きって言うこと?」
 自分が戻らなかったら、涼子にも中納言にも多大な迷惑をかけるし、絶縁を言われるかもしれない。
 それでも、この想いが彼に届くというのならばすべてをなくしてもいいと思う。
 だが、これが彼の一時の気まぐれだというのならば、自分はこのまま流れに身を任せていいとは思えなかった。一時の自分の幸せのために、自分を信じてくれていた人たちの信頼を裏ぐる様な真似だけはできない。
「三日間、通って来たら答えてやる」
 あくまでも何も言おうとはしない鳴瀧に麻衣はむっと頬を膨らませると、彼から逃れようと暴れだす。
「私はすべてなくしてもいいと思っているのに、鳴瀧は冗談で済まそうとするの?
 そんな思いならいらない。
 私は真剣だよ。遊びやふざけてなんかいないの。もしも、鳴瀧が一時の気まぐれを起こして哀れみをくれるって言うのなら、私はそんなものいらない。哀れまれたくはないの。鳴瀧を好きな気持ちをそんなことで踏みねじられたくはない。
 帰るからどいて」
 男の力で組み敷かれているのだからいくら麻衣が暴れたところでどうにでもなるものではなかった。だが、思いのほかあっさりと鳴瀧は麻衣を解放してしまう。そうしたらそうしたで、冗談だったということを肯定されたも同然に思い、麻衣は泣きそうな顔で鳴瀧を見上げると、そのまま何も言わず部屋から飛び出そうとするが、微かに聞こえてきた歌に目を見開く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それが答え?」
 震える声での問いかけに鳴瀧は何も言わない。
 ただ、麻衣に腕を差し伸べただけだ。
「帰るも残るも麻衣しだいだ。自分で考えろ」
 どこか、突き放しているようにも聞こえる言葉だが、麻衣は満面な笑みをこぼすとその腕に抱きついた。
 





 夜が開け切る前静まり返っていたはずの屋敷がにわかに騒々しさに包まれる。
 眠りの浅い鳴瀧はすぐにその騒動により目を覚ました。
 そして、その騒動がどこで起きているかを認識する前に、騒動のほうが鳴瀧の寝所へと押し入ってきた。
「朝早くからごめんなさい。麻衣を迎えに来たわよ」
 にっこりとあでやかな笑顔を浮かべて、涼子姫は言い放つ。
 上体を起こしていた鳴瀧は疲れたような溜息をつく。明らかにこれは彼女の策略の元に起きた出来事だろう。といまさらながらに気がつく。
 いまだこの騒動に目覚める様子のない麻衣は、鳴瀧の傍らで幸せそうにまどろんでいる。そんな麻衣を見て涼子は笑みを深くした。
「あんたが麻衣を追い返したら、私は麻衣には最高の男を婿に迎えてあげるつもりだったようだけれど、麻衣が自分にとっての最高の男を見事手に入れることができたと思っていいのかしら?」
 挑むような態度に鳴瀧は軽く肩をすくめるだけ。
「本当、麻衣ってばあんたのどこがいいって言うのかしらね。利点といえば浮気がないというぐらいかしら?」
 それでも鳴瀧は何も言わない。
 涼子もこれ以上言うつもりはなかったのか「まぁいいわ」というといまだに眠っている麻衣を揺り起こす。
「ン・・・・・な、に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 麻衣は眠たそうに瞼をこすって自分を揺り起こした相手を見ると、そのままの姿勢で固まる。
「おはよう麻衣ちゃん、朝早く起こしてごめんなさいね」
「す・・・す・・・・す・・・・す・・・・・・・・・・・・・・・・」
 口をパクパクしたまま目の前の涼子を見るなりがばりと麻衣は体を起こした。そして、自分が一糸纏わぬ姿ということを思い出すと、慌てて袿をひったくる。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」
 まるで言葉を忘れてしまったかのような麻衣に対して、涼子は楽しげな笑みを刻みながら彼女の身支度を慌てて整えると、なすがままの状態の麻衣を立たせる。
「あ、鳴瀧。これで麻衣を自分のものにできたと思わないでね」
 状況がまったく判っていない麻衣をよそに、涼子は楽しげに言い放つ。
「どういうことでしょうか?」
「あら、だって貴方、麻衣に妻問いしてないじゃない。
 麻衣はたとえ血はつながっていなくても私の可愛い妹ですもの。その麻衣を私から欲しかったら、ちゃんと私が納得できる形式を整えてもらわなければ、鳴瀧を麻衣の背の君だなんて私は認めないわよ」
 涼子の勝ち誇ったような笑みに対し、苦虫を噛み潰しているのは鳴瀧。
 確かに昨日の出来事はどう考えても世間一般的に認められる形ではない。
「ちゃーんと用意しておいてあげるから、いらっしゃいませ。鳴瀧様」
 ほ〜ほっほっほっほと、高笑いを残して涼子は麻衣を引きずるようにして立ち去る。
 漸く静寂が戻った室内では、疲れたように溜息を漏らす、美貌の青年の姿があったとか・・・・・・・・・・・・・




 さて、鳴瀧が麻衣の背の君として涼子に認められたか否かの答えは、数日後鳴瀧の屋敷に麻衣が移ったことが答えとなるだろう。







☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
 GHの平安ヴァージョンだったものをオリジナルとして書き直しましたが・・・・何が変わったのでしょう?(笑)
 何も変わっていないように見えても変わっているんです。たぶん・・・・どこかで・・・・・
 そのため、一応似たような話ですが書き直しました。
 時代考証すべて無視(笑)私の好き勝手に書いていますが、これからも好き勝手に書いていきますです。
 とりあえず、今回はこの辺にて・・・・・・・・・・・