春来は未だ遠く 1 






薄桜鬼同人誌再UP 春来は未だ遠く第1話目になります。


※注意※
本日の内容には全体的にR15程度の性描写を含みます。
苦手な方は回避なさってください。



































 冷たく凍てついた空気が揺らぐ。
 暦上はとうの昔に春になり、今は東京と名を変えた江戸の地は百花繚乱と言わんばかりに、競うように桜が花開き空を淡く彩っている頃だろう。
 だが、遠く隔たった北の大地にはまだ春の息吹は遠い。
 桜が開くどころかまだ蕾すらついておらず、枝ばかりを広げ、大地を白く染める雪の方が幅をきかせ、大気にはまだまだ凍てつく寒さを宿している。
 山を生きる獣達はそろそろ春の到来に目を覚まし始め、腹を空かせながら野山の徘徊を始めたと聞くが、まだまだ人の肌には春は遠すぎ、春来(しゅんらい)を実感するには至らなかった。
 夜陰も深まり里に住まう誰もが各々の粗末な家屋に籠もり、囲炉裏の火を絶やすことなく、身を寄せ合って暖を取り、眠りについているさなか、甘い・・・甘すぎる響きを持つ声音が、凍てついた大気を微かに震わせる。


「   っ・・・・」


 今宵は満ちた月夜なのか、まばゆいばかりに光り輝く月光(つきひか)りが、真白き雪を皓々と輝かせ、闇の中を照らす灯火のように室内までも照らす。
 本来なら暗闇に閉ざされ視認することなどできないだろう。
 だが、雪明かりに照らされ浮かび上がるように、女は白い背を大きくそらす。
 陽に当たることがないからだろうか。
 透き通るように白い背に、男は誘われるように顔をよせると、綺麗に浮き上がった背骨に唇をよせ背筋をなぞる。
 愛撫というには優しすぎる接触。
 だが、それでも消えかけた灯火はゆらゆらと大きく揺らめく。
 わき上がってくる何かを堪えようとして、堪えきれず唇の隙間から漏れるような吐息が凍てついた大気に消えてゆく。
 瞼はぎゅっと閉ざしてはいるものの、微かな震えに耐えきれなかったように眦に浮かんだ涙が、緩やかに滑らかな頬を滑り落ちてゆく。
 互いに向き合っていたはずだったが知らずうちに体勢が代わり、思わず我に返って身を起こしかるが、背後から覆い被さってきた温もりがそれを阻む。
 荒々しい熱に翻弄されたわけではないのに、全身を駆けめぐる熱に息を呑み、こみ上げて来る物を必死に堪えるが、それはすぐに無駄な努力に終わる。
 瞬く間に身体は・・・いや、意識ごと抗いようが無い荒熱の海に放り出される。
 ただ、熱に翻弄され、奔流に押し流されて恥ずかしいと思う理性など欠片も残されてはいない。
 脳髄を・・・思考を麻痺するような、嵐のような快楽を貪るように、受け入れる事しかできず、徐々に高みへと追いやられ、やがて一時は忘れていた疲労がどっと押し寄せてくる。
 薄いふとんの上に四肢を投げ出すように倒れると、すぐに熱を逃さないように上掛けと共に、夫が覆い被さる。
 身を別ってからその間はほんの僅かにしか過ぎないのだが、その一瞬の隙に千鶴は己の身が冷えた事に気がつき、再び訪れた温もりに安堵のため息を知らずうちに漏らす。
 本州最北の地にある斗南の冬は厳しい。
 例え、春になったといっても、この地に訪れる新の春はまだ遠く、情交により熱を孕んだ空気は、まるで何もなかったかのように瞬く間に、凍てついた空気へと戻ってしまう。
 その冷たさには余韻に浸る暇などない。
 汗ばむほどの熱を孕めば、凍てついた空気に体温を奪われるのも早いため、熱が逃げないようにすることが先決だった。
「無理をさせたか?」
 いつもの淡々とした声音とは違い、熱を孕み微かに掠れた声が静寂を震わせる。
 千鶴の横に身を横たえ、背中越しに包み込むように腰に腕を回し、力なく横たわる千鶴の身を引き寄せる。
「・・・・いえ、大丈夫です  
 しっかりと千鶴は答えたつもりだが、掠れた声には力がなく、今にも眠りの縁に落ちてしまいそうなほどか細い声だった。
 今宵も無理をさせてしまったか・・・その声音に斎藤は苦笑を漏らす。
 男と女の体力差を考えれば、もう少し早い段階で千鶴を解放すべきだと理性では判っているのだが、いつも抱き始めるとその理性がかき消えてしまう。
 常に理性と隣り合わせに生きてきた自負があるだけに、加減のきかなさに当初は戸惑いもした。
 女の身を覚え始めた年端もいかぬ若造でもあるまいし、薹(とう)がたった男の所行ではないと思うのだが、愛しいと想う女の肌の温もりや、甘すぎる声音、熱すぎる胎内は自分を狂わす。
 その麻薬の如き誘惑に抗えるすべは斎藤も持っていなかった。
 千鶴が冷えないようにその身を胸にしっかり抱き寄せると、居心地の良い体勢になるかのように千鶴は微かに身を動かし、収まりの良い状態になると、華奢な手が優しく重ね合わせられる。
「寒くはないか?」
 気遣いの言葉に千鶴は微かに頷く。
「一さんは、とても暖かいので大丈夫です」
 どんな凍てついた空気だろうと、千鶴は寒いと思うことはなかった。
 背中越しに感じる温もりと、守るように回された腕に包まれ、寒さを感じることはない。
 なにより今だ身のうちを巡る熱は治まることはなく、頬に触れる凍てついた空気が気持ちよく感じる程だった。
 だが、斎藤は千鶴の肩が冷えないように上掛けをしっかりとひきずりあげ、白い肩が上掛けの中におさまるようにすると、腕に力を込めてよりいっそう引き寄せる。
 それ以上の会話は無いが、千鶴はこの瞬間が一番好きだった。
 抱かれると翻弄されわけが判らなくなってしまうが、こうやって素肌で熱を分かち合うように身を寄せ合っている時間はなによりも心地良い。
 けして分厚い上掛けではない。一人でくるまれば寒さに震えてまともに寝付けないだろう。
 だが、二人でくるまると寒さなど本当に気にならず、浸透するような熱に身体の力がどんどん抜けてゆく。
 ジワジワと押し寄せてくる睡魔に促されるように千鶴は重くなってきた瞼を閉じながら、無意識に手をそっと下腹部に重ね、そっと撫でる。
 今宵も無意識のうちにしているその行為に斎藤は気がつき、華奢な掌を包むように手を重ねる。
 彼女の願いを叶えられるものなら叶えてやりたい。
 そう祈りながら、ゆるゆると訪れた眠りに誘われるように斎藤も瞼を降ろす。






  


  

 朝、千鶴が寒気で目を覚ました時には傍らで共に休んでいた斎藤の姿はない。
 毎日の習わしである居合いの型を外でさらっているのだろう。
 いつも、夏であろうと冬であろうと関係なく、毎朝目覚めるときに寒気を覚えるのは、独り寝が寂しいからだろうか。
 気がつけば傍らに斎藤がいないと熟睡できなくなっている自分に思わず苦笑が漏れるが、いつまでものんびりと布団の中にいるわけにはいかない。
 斎藤が戻ってくるまでに朝餉(あさげ)の支度をしなければならないのだから。
 重く感じる身体を起こすと、昨夜の名残が身体の奥から溢れてくる。
 この瞬間は幾度迎えても羞恥に全身が朱に染まる思いになる。
 だが、これが身体の奥深くに根を下ろせば時と共に芽吹き、新しい命が花開くのだ。
 そう思うととても愛しく、できれば全てを胎内に留めておきたいと願ってしまうが、まるで留まりたくないと言わんばかりに、己の胎内から流れてゆく。
 今度こそ、実ってくれるだろうか・・・
 祈りにも似た思いがわき起こる。
 所帯を持って幾度となく・・・それこそ、数えられないほど抱かれているが、今だその気配はなく不安に囚われる。
 以前それとなくその話をした時、斎藤は全く気にしているそぶりもなく、出来るも出来ないも時の運。気にするようなことではないと言っていたが、千鶴としては一日でも早くと願ってしまう。
 今度こそ・・・・そんな思いを抱きながら、無意識のうちに下腹部をそっと一撫でし、残滓を拭おうと布に手を伸ばしかけたが、太ももをゆっくりと流れ落ちてゆく、生暖かい液体を見て千鶴の顔はこれ以上ないほどこわばり、力が抜けたようにその場に座り込んでしまう。








                                   続く 



Sincerely yours,Tenca
初出:2011/02/14