「助けてくれ! このままでは、ジェニファーは死んでしまう!」
 一目見て高級仕立てと判るスーツを着た壮年の紳士が、一人の青年にすがりつく。
 地位も富みも名誉もあると思われる壮年の紳士が、自分の息子よりも若いと思える青年に我をなくしてすがる姿はこっけいといえよう。だが、この場にそれを指摘するものはいない。
 暖炉にくべられた火のみがこの部屋の唯一の光源といっていいだろう。この部屋の広さがいかほどあるのか判らないが、どんな内装をしているのか、その光だけでは心もとなく、全貌を見せる事はなかったが、その光が届く範囲だけでも充分に、豪奢な内装をしていると思わせる。
 石造りの壁にゆらゆらと、炎に照らされた影が揺らめく。姿形大きさを変え、まるで影だけを見れば人ではないようにさえ見えた。
「いいよ。僕は君の願いを今なら叶えて上げられる。
 君の大切な、ジェニファーはまだ死んでないからね。僕でも助けて上げられるよ。
 だけど、交換条件が必要だよ」
 我をなくし、必死にすがりつく壮年とは対照的に、青年は柔らかな微笑を浮かべて自分よりはるかに年上の男を見下ろす。
「判っている。もちろん、君には相応の報酬を渡す」
「違うんだ。僕が望んでいるのは今までもらってきた報酬じゃない。もっと別の報酬だ。
 それが用意できたとき、僕は君の大切なジェニファーを助けてあげる。それまでは、タイムリミットつきの仮の命だと思っていてね。
 機嫌はそうだなぁ・・・・今から半年にしておこうか?
 半年以内に、僕が言うことが出来なかったときは、君もジェニファーとは永遠とお別れしてもらうことになるよ?
 それが、約束だ。
 守ってもらえるかなぁ・・・・・・」
「守る! ジェニファーを助けてくれるというのなら、私はどんなことでもしよう!!。
 条件をいってくれ・・・・どんなことでもするから!」
「そんなに絶望的になる事はないよ。条件はねすごく簡単なんだ・・・・・・僕の恋人を探して欲しいんだ。ずっと・・・ずっと探している。
 僕が愛してやまない・・・・ただ一人の人を。彼女を見つけ出してくれれば、いいんだ・・・簡単だろ?」
 寂しげに・・・愛しげに囁く言葉に、壮年の紳士は力いっぱいうなずき返す。
「探し出せばいいんだな!? そうすれば、ジェニファーは助かるんだな!?」
「期限以内に見つけられたらね・・・・・何処にいるか判らない、僕の恋人を見つけ出せたら、君の勝ちだ」
 青年の言葉に、紳士は自分の財産を全て投げ出してでも、探して見せると強く言い切った。
















誰が為に啼く鐘














 どこまでも続く緑あふれる大地。黄金色に輝く小麦が重く頭をたらし、風にゆらり・・・ゆらり・・・とゆれる。
 音という音はほとんどしない。
 ただ、さくり・・・さくり・・・実った小麦を刈り取る音だけが、唯一の音とかす。
 誰一人口を開かず、まるで言葉を忘れたかのように黙々と刈り取っていた。
 だが、彼らは唐突にその手を止めて、曲げていた腰を伸ばすと顔を上げて遠くを見る。
 どこからか、聞きなれた音が風にのって流れてきたのだ。
 静かに鐘が鳴り響く・・・・重々しい音が全てを飲み込むように。
 空気を重く沈める音だ。
「・・・・・・またか」
 誰かが呟く。
 風に乗って聞こえてきた鐘の音は13回。それは、祝意をもたらすものではなく弔意があったことを知らしめる音。
「今度は誰が死んだんだ?」
「さぁ・・・どうせ、ご城主がどこからか買い入れてきた奴隷だろう」
「奴隷如きで弔いの鐘がなるわけがないだろう」
「なら、御身内か家臣の誰かの弔いだろ・・・・いまさら珍しいことじゃないさ。
 あの城のなかっだけ奇妙な病が流行っているんだからな」
「めったなことを言うのはおよし、どこで誰が聞いているか判らないよ」
「旅人に聞かれてみろ、下手をしたらこの村は城もろとも焼き捨てられない」
 人々は声を潜めてぼそぼそと言葉を交わす。
 どこで、一体何が狂ってしまったのか誰も判らないし、知ろうともしない。
 ただ、ここ数年の間で一体何階聞いたかわからない音を、今日も聞く。
 この村ではけして珍しいことではなくなってしまった、慣れ親しんだ日常。
 だが、それは明らかに異常だということを皆は知っていた。知っていたがた彼らに何かが出来るわけがない。
 まるで、城内だけが別の世界のように、奇病が流行っている・・・・・・・それが、どんな奇病なのか誰も知らない。ただ、時折城主の命令で城のものが新しい使用人を村から雇い入れ、奴隷を何処からか買ってくる。
 けして、よその土地からの人間が使用人として雇われる事はない。そして、奴隷となったものが土地の外にでることもない。
 閉ざされた世界。
 誰も外にでる事は出来ず、外のものは誰も中に入ることが出来ない。
 物理的に行き来はあろうとも、精神的に深い交流を持つ事はけしてなかった・・・・

 哀しい慟哭のように、今日も鳴り響く。
 まるで、神に慈悲を請うかのように・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その鐘がなぜなるのか、誰も知らない・・・・・・・




 それは、どれほど月日が流れようとも変わらない。
 城の主が何代にわたろうとも・・・・・・・・
 世界がどれほど移ろい行こうとも、声なき声のように鐘は鳴り響くのだ。















 静かに・・・・果てしなく、重い音となって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

















「どうか・・・・たすけてくれ・・・・・・・」



















 いつの時代か、誰のものかわからないが、掠れた力弱い救いを求める声が鐘の音にかき消される。































「麻衣、婚約おめでとうございます」
 この日久し振りに、真砂子とウインドウショッピングを楽しんだ後入った喫茶店で、改めて真砂子に祝いを述べられる。
「今更のような気もしますけれど、はっきりとした形を取ってもらえてよかったですわね」
 運ばれてきたロイヤルミルクティーを一口飲むと、麻衣は思わず苦笑を浮かべてしまう。
 真砂子のいうとおり確かにいまさらだと言うような感じはある。
 ナルと恋人同士というような関係になって早数年という月日が流れ、ナルのマンションで同棲という形ってからもそれなりの月日が経過し、それなりの日々をすごしてきた。周りから見ればほとんど結婚しているのと変わりないだろう。
 プロポーズされたことは確かに嬉しかったが、その後何か変わったのかと聴かれれば、変化など何一つない。新婚さんのような甘いムードなどどこにもなく、いつもと変わりない日常がそこにあるのだ。
 ただ、籍が変わるだけの話だと判っていても、やはり嬉しいことには変わりない。
 麻衣はいつもよりもいっそう晴れやかな笑顔を浮かべ実に幸せそうであり、幸濃いとは言い切れない彼女の生い立ちに、漸く本当の意味での家族と呼べるべき存在が出来るのだ。麻衣のことを知る誰もが二人の婚約を喜んだ。
 そして、いつしかにぎやかな家族が増えていくことを、皆が皆待ち望んでいるといってもいい。
 だが、それはもう少し先のことだ。
 その前にしなければならない事はたくさんあるのだから。
「入籍とお式はいつごろになりますの?」
「ん〜〜〜、実はまだ何も決まってなんだよね。
 籍を入れるといってもそうすぐに入れるわけじゃないし。
 手続きには時間と根気が必要みたいだしさ。だから、式はとりあえず籍が入ってから改めて考えるつもり。それからでも充分だし・・・確かに結婚式って憧れるけれど焦ってすることじゃないでしょ?
 時間はたっぷりあるんだし、一つ一つゆっくりと進めていけばいいんだ」
 確かに麻衣の言うことには一理あるため、真砂子も確かにと同意する。
 焦って何か事を進めてもろくな事にはならない。一つ一つ足下を踏み固め確かめて行くように進むことも大切だ。
 だが・・・そんな事よりも真砂子は驚きを隠しきれなかった。
「あたくしは、あのナルが先の話とはいえ式を挙げることに特別異論しなかったということには、驚きましたわ。
 ナルのことだからてっきり籍を入れて終わりにするかと思いましたもの。麻衣がドレスを着たいと我侭を言いましたの?」
 ナルの性格を考えれば、麻衣があげたいと意見を述べても、ナルは必要ないと一刀両断したとしか思えない。だが、それで麻衣が素直に自分の意見を引くとは思えなかった。押しに押した結果、麻衣に押されてナルが渋々承諾したといった風に取られてもしかたない。
 実際に麻衣とナルが婚約をし、いずれ式を挙げると告げられたときまず皆がそういう過程を踏んだんだろうと当たり前のように思い込んだ。
 麻衣は頭からそう思い込まれていると知るとと思わずむっとしてしまう。
「違うよ。ナルから言ってきた」
「ナルからですの!?」
 真砂子は思わずポカ〜んと口を開けてあっけに取られる。
 ナルがプロポーズをしたというよりも驚きを隠せない。
 ある意味ナルが麻衣にプロポーズをしたと聞いても、皆漸く来る時が着たんだなとしか思わなかった。いずれ、ナルは正式に麻衣にプロポーズをするだろうと誰もが思っていたからだ。
 イギリスの彼を知る人間がどう思うかは知らないが、ナルの麻衣に対する想いは底が知れないことを知っている。
 なによりも、ナルは無責任な男ではない。
 古風な言い方をすれば、麻衣に手をだした以上、それなりの責任は追々取るだろうと皆当たり前のようにこれも思っていた。
 だからこそ、二人が婚約をしたと聞いても日本の知人達は誰も驚かなかったし、素直に祝辞を述べた。
 だが、式となれば別である。
 式はあくまでも形式であり、結婚したという披露にしか過ぎないのだから。だからこそ、ナルは必要を感じるとは思えず、ひそかに麻衣はウェディングドレスを着る事は出来ないのではないだろうか?と危惧を抱いたのも事実である。
 真砂子の驚きようは大げさではけしてなかった。
 ナルをしる人物なら彼女でなくても同じような反応を皆するだろう。
 さすがのナルも、麻衣のウエディングドレス姿は見たいと思ったのだろうか?
 思わず少しは甘い考えに走りそうになるが、麻衣の言葉にそれはつかの間の幻想にしか過ぎないことを教えられる。
 そこには、甘い夢や幻想ではなく、現実的な理由があったに過ぎなかった。
「日本にいるとつい忘れがちになるけど、ナルってばイギリスだと一応それなりの立場にいるじゃない? 立場って言ってもちょっと、特殊な世界での立場だけど、将来を嘱望されている博士でもあるし、まぁあることには違いないでしょ。ナル個人にスポンサーしている人もいるぐらいだし。
 だから、一応式を挙げて招待をしないと、対面的に問題が起きて後が大変なんだって。
 下手すれば向こうで勝手に大げさな式を準備されかねないらしいし。
 だから周りにあれこれ言われないうちにさっさと自分達で準備をしてしまえば、自分の都合のいいようにコトを進めていくことが出来るから、余計なことに煩わされなくて済むって言うんだもん。
 まぁ、ナルらしい理由だけどね」
 理由を聞けば夢も減った暮れもないが、麻衣はそのことに不満は感じていないようだ。
「それに、ルエラ・・・ナルのお父さんとお母さんには安心して貰いたいという思いも多少はあるみたい。
 親孝行しているようには欠片も見えないし、態度とかには表さないけれど、二人のことを大切に思っているし、引き取ってくれたことにきっと感謝しているだろうし。
 今のナルがあるのはディビス夫妻がナルとジーンを引き取ってくれたからでしょう? あの二人がナル達の手を取ってくれなかったらどうなっていたか判らないし・・・だから、とても大切な二人に感謝の意を込めているんと思うんだ・・・これは、私の想像だけれど。
 これはナルが言っていたんだけれど・・・二人にとっても私はこれから身内になるのだから、二人の対面を保つためになーんてもっともらしいこと言っていたけれどね」
 理由はどうであれ、結婚式が出来ることには変わりないからだろう。
「じゃぁ、あちらでなさいますの? イギリスでのお式も素敵ですわね」
「ううん。日本でやる予定だよ。
 向こうでやった日には、それこそ無尽蔵に招待者が増えかねないから、日本でするって。
 来たいと思う人間だけがわざわざ日本に来ればいい。自分達が式だけのために渡英するまでないって言ってた。
 それに、招待客の数もね・・・新婦と新郎がつりあわなくなっちゃうから」
 基本的に式には新婦新郎共に招待客の数をあわせる。だが、どう考えてもナルのほうが圧倒的に多くなってしまうのだ。だから、その釣り合いを取るためにも、ナルは日本で質素にあげればいいと言ったという。それにもう一つの問題として、ナルの招待せねばならない人物達は、その世界の著名人であり、恩師であり、スポンサーである。皆が皆それなりの地位と財産を持つものだが、麻衣が招待する友人は、いわゆる一般のOLである。いくら、仲のよい友人の結婚式とはいえ、そう簡単に渡英できるほどの金銭的余裕と、時間にゆとりのあるものはいない。
 それらを考慮した結果が、日本だということになるのだろう。
「どこでお式を挙げるかは候補とかありますの?」
「まだ、これからのんびりと探すよ。時間はまだまだあるんだし。籍入れてももう少しの間は日本に拠点を置いて、仕事をするってナルは言ってたし。
 別に焦ってするようなことは何もないでしょ?」
 確かに式は今すぐにしなければいけないという理由はなにもなかった。
 イギリスでの式も憧れるが、真砂子としても日本で式を行って貰えると確かに助かる。
 旅費云々は問題ないが、どうしても仕事を考えると国内で行って貰えた方が都合を付けやすかった。
 むろん、イギリスでやるとなれば、仕事などどうでも都合を付けて駆けつけるつもりではいたが。
「でも、良かったですわね。ウェディングドレスを着ることが出来て。下手したら一生着ることもなく、籍だけ入れて終わりになっていたかもしれませんわよ? あのナルでしたら」
「だよねぇ。私もすっごく驚いたもん」
 ケラケラと婚約したといっても何一つ変わることなく、麻衣は陽気に笑う。
「これで麻衣も人妻ですわね」
「まだまだ、先だけどねぇ〜〜〜〜」
 婚約をしたからといって二人の関係が変わるわけもなく、そして、結婚したからといっても変わらないだろう。
 二人は何も変わらず、ゆっくりと時を重ねてゆくに違いない。
「でも、あまりのんびりしすぎていると、子供を抱えて式を挙げることになるかもしれませんわよ?」
 真砂子がクスクスと意地悪げに笑いながら、麻衣を茶化すと、さすがの麻衣も頬を赤らめながらも、それもいいかもと冗談を呟く。
「想像できないけど、子供が出来て、ある程度大きくなってからの式もいいかもね。
 ベールは自分の子供に持ってもらうの」
「ナルそっくりの男の子にですの?」
「それなら、将来が楽しみだ。両手に花だね・・・・私って幸せ者だ〜美形家族に囲まれて過ごせるなんて・・・・」
 うっとりと呟く麻衣に真砂子は確かに羨ましいかもしれない・・・と思わず呟いてしまう。
「性格は似せないほうがいいですわよ?」
「もっちろん、あんなナルシストになんかさせないもん♪」
 麻衣の陽気な発言に、思わず真砂子は声を立てて笑い声を漏らす。









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