誰が為に啼く鐘








 トントントン・・・・ナルの白い指が不機嫌そうにソファーの肘置きを叩く。綺麗な柳眉は顰められ、眉間にはくっきりと皺が刻み込まれていた。薄い唇は真一文字に結んであり、闇色の双眸は淹れたての紅茶のカップを凝視していて、他を見ようともしない。先ほどから全く微動だにしないナルに、麻衣は首をかしげる。
 一目見て今のナルの機嫌が絶頂的に悪いという事は、誰が見ても瞭然である。
 だが、なぜナルの機嫌が悪いのかというと・・・・・たったいま、外出先から戻ってきた麻衣にはわからない。
 今日は久し振りに勘違い依頼人が来たのであろうか? だが、それだったら今さらナルがココまで不機嫌になることもない。ある意味そのような客が来ることにはなれきっているといい。一時ナルが不機嫌になろうとも、こうも持続する事は珍しいし、所長室ではなくこうしてオフィスにいるという時点でもまた、ただの来客があっての不機嫌とは思えない。
 では、なにか気に進まない以来でも来たのだろうか?
 だが、気が載らなければよほどのことがない限り依頼を受けるようなこともない。
 わけが判らず一人唸り声を上げていると、奥の扉が開く音が聞こえ顔をそちらに向けると、長身の人影が姿を現す前に、小柄な人影がドアの向こうから姿を現す。
「あら、麻衣ちゃんお久し振り♪」
 にっこりとさわやかスマイルを浮かべて、彼女森まどかは陽気に声をかけてきた。
「まどかさん!? お久し振りです!」
 はるかイギリスの空の下にいるはずの、まどかの姿に麻衣は驚きを隠せなかった。
 彼女はいつもいつもいつも、こうして不意打ちに何の知らせもなく来日するのだ。
 そして、麻衣の視線はまどかからナルへと無意識のうちに戻る。
 ナルが不機嫌な理由とは、まどか絡みだろうか?
 彼女がただ遊びに来たという理由だけで日本に来た事は・・・・・・・・・・麻衣の記憶にある限りないと言ってもいいぐらいかもしれない。SPR本部絡みの依頼がたいていワンセットとなるか、ナルに強制帰国を勧めるために戻ってくるといったような感じだ。
 今回のナルの不機嫌の理由もそれだろうか?
 とりあえず、麻衣は自分の疑問を解消する前にまどかとリンの分の紅茶を用意する。
「麻衣ちゃん、婚約おめでとう」
「ありがとうございます。まさか、まどかさんそれだけの為に日本に?」
 ありえないと思ってしまう辺り、彼女の行動力は計り知れないところがあるのだが、まどかは苦笑を浮かべるだけで特別肯定も否定もしなかった。ただ、黙ってカップに手を伸ばし、柔らかな香気の漂うお茶を飲むと、ゆっくりと口を開いた。
「もちろん、それもあるんだけど、これを麻衣ちゃんに渡すために来たの」
 そういって彼女がバッグから取り出したのは、白い封筒。
 上質の白い封筒には、流麗な文字で「ミス・マイ・タニヤマ」と書かれているのが読める。ひっくり返してみてもリターンアドレスもなければ名前も何もない。シンプルな封筒でありながら、かなり高級な紙だと思わせる手触り。封は金色のシールで閉じられているが、まるでどこかの家の家紋のような模様が押されている。
「なんですか・・・・・?これ?」
 結婚式の招待状にも見えるそれを、何度かひっくり返してみた麻衣はきょとんとした視線をまどかに向ける。
 なぜ、自分がこのようなものを、まどかから貰うことになるのか、今一つ・・・いや、今十ぐらいわからない。
「麻衣ちゃんとナルの婚約お披露目パーティー」
 にっこりと告げられた言葉に麻衣は、パチクリと瞬きを何度か繰り返す。
「は?」
 間抜けな声が麻衣から漏れるとまどかはさらに言葉を続ける。
「を口実にした、SPRの親睦会パーティーなのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ぽかんと、口をあんぐりと開けたままの麻衣に思わず同情的な視線を向けてしまうのは、リンである。寝耳に水といってもいい状態だろう。
 そんな麻衣に、まどかは相変わらずの笑みで説明をする。
「まったく、向こうでお披露目も何もなしというわけにはいかないのよ。麻衣ちゃん。
 実はナルを婿にと狙っているスポンサーも多いとは言わないけれど、いないわけじゃなくてね。婚約とは名前や形ばかりじゃないかと疑っている方もいるのよ。そういう疑い深い根性悪の方達が、諦め悪くマーティンやルエラに探りを入れようとする後援者もいて、さすがにほとほと困りはてているの。たぶん、そのうちの何人かは無謀にもナルに面会を求めている人間もいると思うのだけど」
 ちらりとまどかはナルを見るが、ナルの表情は一つも変わらない。
「だからこそ、この際ちゃんとお披露目しておいたほうが綺麗さっぱりして気持ちよくなると思うのよね。。
 私や、ルエラやマーティンが二人の仲がどれほどむつまじいか語っても、今までのナルがナルでしょ? 誰も素直に信じないのよねぇ・・・ほら、どんなに想像力を豊かにしても、研究バカのマッドサイエンティストで、兄ですら研究の為に解剖しようと思っていた人間でしょ? いくら想像力を限界まで発揮しようと思っても、無理な話といえば話なのよねぇ・・・・・
 なにより、ナルが向こうにいた頃まったく女の子に興味を持ったそぶりがなかったものだから、ゲイじゃないのかとまで言われるしまつだし。
 ゲイというのは悪い冗談にしか過ぎないけれど、私だってこうして日本に来てからのナルを見ていなかったら、素直には信じられない話だと思うわ」
 何気に、ぼろくそと言うまどかだが誰もその意見に否を言うものはいない。
 なにせ、それは事実だからだ。
 麻衣ですらフォローのしようがないし、しようとも思えないことだ。
「だけど、貴方達二人を見せれば一発だし。
 ほら、一見は百聞にしかずって言葉もあるでしょ? その辺に関してはあまり、心配する必要ないと思うんだけど・・・・・・まぁ、何人かは腰を抜かしたり夢や幻だと言い張って信じようとしないかもしれないけれど、それはまぁ、現実を認めたくないという心境からだろうし。そんなことを言う連中はほうっておいても平気だと思うのよ。無害かどうかは別だけれど」
 素敵な笑顔を浮かべているというのに、次々と出てくる言葉はなぜ笑顔にそぐわないのだろうか・・・・
 つっこみを入れたいところだが、笑顔に押し切られて口を開くすを見つけられない。
「なにより、これの主催者はナルのスポンサーだから、ぜひともナルとその婚約者殿もと言われると、SPRとしても無碍に断る事は出来ないのよ。
 せめて、式をイギリスで挙げるならその時に紹介するといえるけれど、式は日本で挙げるとナルは言い張って引っ込める気配はないでしょ? 実はそのことが余計向こうの人たちを躍起にさせているのよねぇ・・・・・・
 なら、イギリスで婚約者の紹介ぐらいしろと重鎮連中も駄々をこねているし。
 それに、麻衣ちゃんも正式にSPR登録するにしろ、しないにしろ、ナルの奥さんになるのなら将来的にこういう席には、出なければいけないこともあるから、その前にね・・・・・ようは、これは二人の婚約披露兼麻衣ちゃんの、社交界デビューと思ってもらって欲しいの。
 あ、社交界デビューといってもそんなに心配するようなことじゃないわ。
 本当の意味での社交界とはまたちょっと違うし。SPRの関係者とナルの後援者に顔見せをする程度で充分だから。
 仕事上のつながりがある人たちだと思ってくれれば充分よ。関係ない貴族まで出たりするようなものじゃないから、規模はそれほど大きくならないわ」
 考えても見なかった事態に麻衣は、何度も封筒とまどかを見比べる。
 彼女はたいした事はないと言うが、一体何と比べてたいしたことがないというのだろうか? パーティーと名前がつくようなものは友人達の結婚式やら二次会ぐらいしか知らない麻衣には想像さえできない。
「・・・・・・えっと、ナルって実はそんなにすごい人だったんですか・・・・・・・・・・?」
 ある程度は想像していたが、実はそれ以上の人物だったらしい・・・・・・・話では何度も聞いているから、それなりに想像してみたのだが、日本の一般人である麻衣の想像力ではたかが知れているといっていい。その、貴族やらスポンサーをしている出資者達が、いったいどんな人たちなのか、想像の範囲をはるかに超えている。
 そもそも、社交界だのに縁のない生活を送っているのだ。
 社交界だの、お披露目パーティーだの、一体どんな内容でどんな形式のものなのか、未知の世界といっていい。
「すごいといえばすごいかもしれないけれど・・・・でも、それは限られた狭い世界の話のことだし、今現在が地位がある立場というよりも、その将来を買われているからこそ、皆が注目しているといったところかしら。
 若手の中では一番の注目株といっていいところよね。
 博士号は持っているけれど別に教授というわけでもないから、ナル自身の地位はそれほど高いものじゃないわ」
 地位は高くなくても注目は高く、将来性が非常に高いという時点で、皆が皆ナルから目を放せないでいるということだろうか。
 そこにさらにこの容姿と、破格のPKとサイコメトリーの能力保持者という要素もプラスされているだろう。
 SPRの日本支部で働いてすでに何年もたつが、麻衣はこの世界がどの程度のものなのか全然しらない。
 あくまでも麻衣は、この日本支部しか知らないのだ。
 話ではSPRはイギリスの社交界や経済界とも強いパイプラインを持っていると聞いていたが、それはあくまでも人事であり、間近に感じることのない話だったのだが、にわかに遠い世界の話ではなく、身近に迫ってきている・・・それでも、未知の世界のことでまだその外貌すら見えない世界に、戸惑いを隠しきれず、救いを求めるようにナルに視線を向けるが、不本意気極まりないといった表情のナルは、むっつりと黙ったままだ。
「だから、ナルと麻衣ちゃんには来月からしばらくの間イギリスに来て欲しいのよ。
 いずれ、麻衣ちゃんもナルと一緒に住むことになる国でしょ?って、ナルが帰国することになったら一緒にイギリスに来るのよね?」
 まだ、ナルが帰国するという話は聞いた事はないが、麻衣はナルが日本に永住するとも思ってはいない。いつか判らないがイギリスに戻る日が来るだろう。もちろん、麻衣もその時は一緒に行くつもりだから迷わずうなずき返す。
「なら、結婚する前に少しの間でも、滞在してどんな国かってことを知るいい機会になると思うのよね。
 イギリスには何度か行ったことがあっても、そんなに長い間いた事はないでしょ? 旅行のようなものだったし。
 短期間でもすんでみるとイギリスの日常的なものが見えてくると思うのよ。
 それに、実はパーティってその一軒だけじゃないのよ」
 といって、まどかはさらに三通ほどの封筒をバックから取り出す。
 代わり映えのしないものといったらそれまでだが、封をしてあるシールの印がみなそれぞれ違った。一つ一つ手にとってみる麻衣に、まどかは困ったような笑みを漸く浮かべて言葉を続けた。おそらく、この事態は彼女も予測し切れなかったのかもしれない。いや、予測していてそれが実現したといったところだろうか。
「今麻衣ちゃんに渡したのは、ナルの筆頭のスポンサーで最重要人物といってもいいクレイバー伯爵からの招待状。こちらは、ナルの恩師的存在でSPRの重鎮サー・ドリーから。こちらは、ナルの後援会をしている財閥のサットン会長から、こっちは、SPRのスポンサーの一人のトレッド子爵から」 
 ずらり・・・・とテーブルの上に並べられて、よどみなく招待主の名を告げていくまどかをみる。
 サー・ドリーの名前は聞いた事はあるが、それ以外の誰の名前も顔も知らない。なんだか、とてつもなくすごそうな人物のような気がするのだが、なぜ彼らが自分に興味を覚えるのかが判らない。
「まさか、これ全部に出るんですか・・・・・?」
「本当のことを言うともっと、あったのよ。招待状。
 だけど、これだけは絶対に外せないという人たちだけのを持ってきたの。麻衣ちゃんが、もっと社交界に出てみたいというのなら、第二候補、三候補の招待状も送るけれど? 十通は超えていたと思うから」
「け、結構です!
 だって、私こんなところに出れるような人間じゃないですよ!? ナルに恥じかかせるだけだし、服だって何も持っていないし・・・それに、何をどうすればいいのかだって全然わからないし」
 麻衣はそれらをまどかに付き返そうとするが、当然まどかがそれを受け取るはずがない。
「ナルも麻衣ちゃんも覚悟を決めてね?」
 にっこりと笑ってそういわれても、はいそうですかと言えるわけがない。
 どうりで、ナルの機嫌がこれ以上ないほど悪かったわけだ。
 もともと、学会やらSPRからの呼び出しでイギリスに帰国をしても、ナルはこの手のパーティーに出る事は極力避けるふしがあった。面倒だし時間の無駄だということらしい。なによりも、自分に娘を進めようとする親達の思惑も面倒だったということもあったのだろう。
「ナルも、いつまでも駄々をこねないの。
 麻衣ちゃんをいつまでも自分の腕の中だけで隠して置けるわけないでしょ?
 貴方だっていずれ、イギリスに戻ってくることになるんだし、その時に麻衣ちゃんを妻ですと紹介しても遅いのよ。その前に布石は打っておかないと、つらい思いをするのは麻衣ちゃんなんだからね。
 あなたと違って麻衣ちゃんは、イギリスのバリバリの階級主義の世界を知らないんだから、しっかりとエスコートして守ってあげなさいよ!」
 むっつりと黙り込んでいるナルの不機嫌さなどものともせず、まどかは母親のように説教じみたことを言う。
「でも、まどかさん! どうして、こんなに私たちのことに興味を持つんですか?
 だって、いくらナルが博士号を持っていたとしてもまだ、一研究員なんでしょ? スポンサーをしている人たちって、研究員の婚約や結婚式とかに毎度毎度顔を出すんですか?」
 麻衣の戸惑いもわかるまどかは、麻衣が今にも握り締めてしまいそうな勢いのため、封筒を受け取るとテーブルの上に並べる。そのうちの一つだけは脇に並べて、他の三つを麻衣のまん前に置く。
「クレイバー伯爵には、男の子と女の子が一人ずついるわ。当然、自分の跡を継ぐのは息子ね。
 跡継ぎは息子がいるから、娘の夫には別にどんな仕事を持っていても構わないと思っているのね。で、将来有望でありさらに、彼に一目ぼれをした娘の願いもあって、ナルを娘婿の候補者に入れたというわけ。
 もちろん、この話はあくまでも伯爵がそう考えていたというだけで実際は何も話は進まなかったわ。ただ、今はナルが選んだ相手がどんな女性かぜひともみて見たいとおっしゃるのよ。あ、麻衣ちゃん伯爵は別に麻衣ちゃんを目の敵のように思っているわけではないから、何も心配する事はないわ。
 あまり伯爵はナルと娘のことを本気で取り持とうと思っていた様子はなかったし。
 娘の我が儘に気が済むならとりあえず動いているという程度のものだから、ナルが婚約を正式にしたと聞けば、さっくりと彼は話を引いてくれると思うわ。
 このパーティーは純粋にナルがどんな女性を選んだのかという伯爵の興味からだと思うのよね。面白い方だからそれほど、力む必要はないと思うわ。親日家でも有名なかただから、多分麻衣ちゃんとは仲良く出来ると思うの。私も色々とお世話になっている方でもあるの。
 サー・ドリーは純粋に教え子の婚約を祝したいからよ。
サー・ドリーにとってもこの話は信じられなかったみたいなの。で、ナルの心を奪った功労者を、是非お茶会に招待したいというおしゃっていたわ。ご本人から伺った話だから深く考えなくて大丈夫。こちらは、略式の立食パーティーと思ってもらえれば平気かしらね」
 脇によけた封筒をさして、それほど心配する必要はないとまどかは言うが、その略式の立食パーティーですら経験のした事のない麻衣には、他の招待状と同じ重さで持ってのしかかってくる。
「問題はこちらの二通かしらね。
 サットン会長とトレッド子爵は、本気でナルを婿養子にと望んでいたのよ。今でも諦めきれず無駄な足掻きをしているようね。おそらくこの二人は今もしぶとくナルのところにも連絡をしているんじゃないかしら」
 その言葉に麻衣はナルのほうに視線を向けると、ナルは冷たい視線を封筒に向けている。
「嘘でないなら本物を見せてみろと、まるで子供の駄々っ子のようなことを平気で言っているのよ。
 で、ここぞとばかりに、麻衣ちゃんの品定めをしようとてぐすねを引いているのよ。
 本来ならそんな人たちの招待状は破棄したいところなんだけど、いつまでも避けられる人たちじゃないし、SPRとしても無視できない人たちでね・・・遅かれ早かれ対面することになるから、さっさと済ませた方が楽で良いんじゃないかしら」
 まどかの思ってもいなかった来日理由に麻衣は思わず溜息が出てしまう。
 なんだか、一気に現実が見えてきて、甘い幸せなムードがどこか遠くへ行ってしまったような気がしてくる。
「麻衣、いやなら別に行かなくていい」
 おそらく自分が行きたくないからそういうのだろうが、麻衣はゆっくりと首を振る。
 今たとえ避けられたとしても、一生避けられる問題ではない。これから、一生ナルと付き合っていくという事は、彼の仕事面の付き合いも自ずと一生付き合っていくということになるのだ。なら、早いうちにその世界を知り、ナルの足手まといにならないように、一つ一つ覚えていくしかない。
「でも、まどかさん・・・・私本当に礼儀作法とかなにも知らないし、こういうところに着ていけるような服なんて持っていないんですよ?」
「大丈夫よv
 作法なんて必要な事は教えるし、ナルと一緒にずっといればそんなに心配する必要はないわ。
 服だって、これから何度も必要になるんですもの、ナルが買ってくれるわよ♪
 とりあえず、最低四着は一そろいしておいてね」
 まどかはさらりといいのけるが、思わず麻衣は声を上げてしまう。
「四着って一着じゃ駄目なんですか!? だって、こういうところ出来る服ってすっごく高いですよ!?」
 集まる人たちが人たちなのだ。友達の結婚式に出席するためにするようなドレスアップ程度じゃ、おそらく安物扱いされてしまうだろう。まして、トータルコーディネートするとなると、一組だけで一体いくら使う羽目になるのか判らないというのに、それを四組用意しろとまどかはさらりといいのける。
「あら、だって四つのパーティーがあるのよ?
 そのパーティーに彼ら全員集まるのよ。
 間隔が空くのならともかく、短期間の間に開かれるからなおさら、違う服にしないと。ターゲットにされちゃうわ。
 大丈夫、ナルが全部出してくれるから麻衣ちゃんは何も心配する必要はないわv 奥方になる女性のドレスの一着や二着変えないほど甲斐性ない男じゃないから安心して」
 二人を置き去りにしてまどかはドンドン一人で話を進めていく。
「そうだわ! これから、私と一緒にお買い物に行きましょうv
 私日本でもオーダーメイド出来るお店をいくつか知っているのよ。今から飛びっきりの頼んで、パーティーに間に合うようにイギリスに送ってもらいましょうv
 それがいいわ♪ ナル、麻衣ちゃんこれから借りるわね」
 まどかはぽんっと手を叩くと、さっさと荷物をまとめて立ち上げる。
 もちろん、この間誰も口をはさむ暇を持つものはいない。
「あ・・・ちょ・・ちょっと、まどかさん!」
「膳は急げって言うでしょ♪」
 麻衣の腕を取ると、引きずるようにまどかはオフィスを出て行ってしまい、彼女がいなくなったオフィスには漸くいつもの静けさが戻ってくる。
 思わずどっと溜息をついてしまうナルにリンは苦笑を微かにもらすと、表情を引き締めて口を開いた。
「ナル、谷山さんをSPRに正式に登録するつもりはないのでしょう? なら、勝手に彼らが動かないうちに先手を打ったほうがいいですよ。
 どうやら、谷山さんがかなり優秀な能力者だということにはうすうす気がついているようですから」
 ナルが認めるような能力者は限りなく少ない。それは、イギリス、日本という国を無視して世界的に見ても少ない。
 もちろん、世界中の能力者を把握しているわけではないのだから、探せばナルに感嘆させるような能力者もいるかもしれないが、現実問題としては少ないのだ。
 そして、そのナルが伴侶に選んだ相手がどうやら、ジーンに並ぶような霊媒らしいという噂がSPRで流れ出しているという。そうなれば、SPRは間違いなく麻衣にSPRに入るよう声をかけてくるだろう。そして、彼女の能力を研究しようとするに違いない。自分達が幼いころ研究者達の前にさらされたことがあるように。
 幼かったあのころ、義両親が守ってくれた。
「判っている」
 これ以上この話に関わっているつもりはないと言うようにナルは立ち上がると、無言のまま所長室へと戻っていった。その姿を見送りながらリンも溜息をつく。




 平穏無事に終わるとはなぜか、思えなかったのだ。




 
 









 Go to next→