誰が為に啼く鐘












 重い・・・重い空気があたりに漂う。
 明かり一つともされない暗い部屋を照らすのは、開けられた窓から差し込む月光だけ。その、青白い月光に照らされ佇むのは、白髪を綺麗に後ろに撫で付けた壮年の紳士だけだ。彼は、先ほどからイスに腰を下ろしたまま微動だにしない。時折、ため息のような重々しい息が漏らされるが、それ以外空気を震わせる音は何一つなかった。
 約束の時期まで迫っているというのに、一向に手がかりが見つからないのだ。ありとあらゆる手を使って捜しているというのに、手がかりらしいもの何一つみつからないのだ。これ以上どうすればいいのか判らなかった。彼に出来る事はこの数ヶ月の間にやりつくしたといっても過言ではないだろう。もしも、これ以上新しい手段を考えるとしたら、長期戦しかない。
  だが、長期戦に出来るほど時間が彼には残されていなかったのだ。
 約束の・・・・タイムリミットまで後一ヶ月ほどしか残されていない。
 もしも、その一ヶ月を過ぎてしまったら、大切な大切な宝物が永久になくなってしまうのだ・・・・・・
「どうすればいいんだ!」
 壮年の紳士は、荒々しく叫ぶとテーブルの上においてあったウィスキーを一気に煽るように飲み干す。
「伯爵、手がかりは見つからないようだね」
 紳士以外誰もいなかったはずの部屋に、気配なくもうひとつの声が響く。
 その声には嘲笑も何もない。ただ、事実を告げる淡々とした声音。だからこそ、よりいっそう伯爵の神経を逆撫でる。
「あの中に、本当に探しているものはいないのか?」
「残念だけど、あの中にはいなかった」
 ブラットの淡々とした声音に、伯爵は舌打ちを漏らす。
「手がかりは本当にあれ以上もないのか?」
 苛立たしげな声音に、ブラットと呼ばれた青年は苦笑を漏らす。
「見つけられるような手がかりがあったら、僕は自分で見つけるよ?」
「だが、顔も国籍も・・・何もわからないという人間をどうやって見つければいいんだ! 唯一の手がかりが『ホーフェン』という名前と誕生日だけだと?そんなもん世界中に五万といるさ。それだけでどうやって見つけろというんだ!」
「僕もわからないんだ。教えようがないよ。
 僕が知っている事は、彼女が「ホーフェン』という存在だって言うことだ。存在の名前なんだよ。だから、今彼女がどんな姿でどこにいるのか、どんなことをしているのか何も判らない。だけど、どんな姿でも彼女は僕がずっと待っている『ホーフェン』に違いない。そして、彼女が生まれた日・・・それだけは間違いようがない」
「生まれた年も判らずよく、生まれた日だけは知っている物だ。だが、そんなあやふやな人間をどうやって探せと君は言うんだ!」
「当然だろ? 君は大切な娘の命を助けてくれと僕に言った。
 君の大切な娘の命は簡単な願いで叶えられるほど安い存在なの? 違うでしょ? 何を失っても守りたい存在なんでしょ?」
 ブラットは足音一つ立てず窓辺に近づくと、上天に輝く月を見上げる。
 冷たい硬質な光に、その漆黒の髪は艶やかな光を放つ。どこまでも澄んだ蒼い瞳はまるでまぶしい物を見るかのように、目を細めて月を眺めていた。
「人の命の寿命なんてそうそう簡単に変えられるものじゃないよ。それ相応の代価が必要だ。
 僕は君が娘を思うように、大事な人がいる。彼女を探して欲しいといっているんだ。
 まぁ、無理にとは言わないよ。今まで誰も出来なかったことだ・・・・・・ただ、君が期限内に見つけられなかったとき、娘の時は予定通り止まるよ」
 にっこりと笑顔で告げられた言葉に、伯爵は表情を強張らせる。
「見つけ出す! 私は必ず君の探している女性を見つけ出すから、娘の・・・ジェニファーを助けてくれ!!」
 ブラットの元に駆け寄りその足に膝間づくようにすがる伯爵を、まるで哀れむかのようにブラットは見下ろす。
「約束さえ守ってくれたら、僕はそれでいいんだ・・・・・そう、助言を一つ上げようか。
 君はある意味いい時代に僕に助けを求めてきたと言っていいかもしれない。
 確か君は、SPRの後援者の一人だったね? そのSPRの研究員の中に過去を見れる能力を持つ人間がいたはずだ・・・名前はなんだったかな?」
「オリバー・ディビスのことか?」
 伯爵の苦虫を噛み潰したかのような表情に頓着せず、ブラットはぽんと手を叩くとにこやかな笑顔でうなずき返す。
「そうそう、確かそんな名前だったね。
 とても優秀な研究者だと聞いたことがあるよ。彼なら、僕の『ホーフェン』を見つけ出す手がかりを探し出してくれるはずだ」
「この私に、日系の小僧に頭を下げろというのか」
「だけど、このまま手がかりを得られず無駄に時間を過ごすよりいいだろ?」
 ぞくっとするほどの低い声に、伯爵は思わず身体を震わせる。
 ブラットを見上げれば今までの柔らかな笑みとは対照的なまでに、酷薄な冷たい笑みがその口元に刻まれている。
「伯爵、勘違いしてはいけないよ? 僕は君に飼われている存在じゃないということを・・・・どちらが、より上の立場なのか、あえて言う必要・・・ないよね?」
 伯爵は身動き一つ出来ず目の前の青年を見上げる。
 伯爵の短くはない記憶の中、一度も姿かたちを変化させたことのない青年・・・・自分は老いていくというのに、何一つ変わらない青年を凝視する。
 何物かなんて彼は知らない。
 ただ、ずっと存在していたことしか知らない。
 代々、彼は伯爵家に存在し続け、糧と共にココにい続ける変わりに伯爵家に富を名誉をもたらしてきた。そして、この青年は願いに同等の代価でもって応えてくれるのだ。いかなる願いだろうとも・・・代価が支払うことが出来れば、叶えられない願いはない・・・・
「君が大の日本嫌いだという事は知っているけれどね、娘のためならどんなことでも出来るのだろう?
 なら、日系人であろうと、チャイナ系であろうと、恥も外聞も捨てて頭を下げ、頼んでみたらどうだい?」
 尊大でプライドが異常なほど高く、白人至上主義の彼にそんなことを言ったところで、黙って聞くような男ではなかった。もしも、今の言葉を言ったのがブラットではなければ、この城から・・・いや、彼の敷地から家族もろとも追い出されても仕方ないほどのことである。事実、伯爵はブラットの言葉に顔は愚か耳までどす黒く怒りに染めている。今にも怒鳴り散らそうとするかのように唇は戦慄いているが、怒声が空気を震わせる事はなかった。
 筋が浮き出るほど握り締められた拳は痙攣しているかのように震えているが、思ったよりも静かな・・・いや、怒りを押し殺した声が漏れる。
「だが、オリバー・ディビスはもう何年も警察の依頼も断り続けている。
 おそらく、私が言ったとしても協力を頼む事は無理だ」
 たとえ、SPRのスポンサーとして名を連ねているとはいえ、今まで自分は彼を避け続け下げすさんでいた側の人間だ。その自分がいまさら頭の一つや二つ下げたところで、かの青年が動くとは思えない。また、上からの圧力もかけにくい。自分が懇意にしている部署と、彼が所属している部署は違うため、そちらに影響がでるほどの圧力はかけられない。
「バカだなぁ・・・君は。何も真正面から行く必要ないだろ?
 彼が、サイコメトリーをしなければいけない状態に持っていけばいいんだ。
 運がいいことに、ココには彼が興味を持ちそうな事は十分にある。違うかい?」
 柔和な態度、人に疑いを持たせる事のない柔らかな笑顔を浮かべながらも、冷たさをどこか漂わせる青年に、伯爵は生まれて始めて得体の知れない恐ろしさを抱いたのだった・・・・・・・・・・・・・・・・
「これだけは、判るんだ・・・・彼女は絶対、今の時代にいる・・・・ずっと、ずっと待ち望んでいたんだ。ぼくは」
 ブラットと呼ばれる青年は、その瞬間まるで枯れ果てた老人のようにひどく疲れたような声で呟いた。だが、その声は伯爵の耳に届くこともなく、冷たい空気に掻き消えてゆく。












※           ※           ※












 柔らかな日差しがカーテンの隙間からさんさんと注がれる。東向きの窓から差し込んできた光は、ベッドの上で眠る顔を直撃しまぶしさのあまり麻衣は、布団を引きずり上げてまぶしいばかりの朝日を遮断し、心地よい眠りを貪る。
 微かに聞こえてくるのは、リズムよく何かを刻む音。ふわり・・・と焼きたてのパンの香りがあたりに漂い始めている。ルエラがキッチンで朝食の仕度をしているのだろう。時々調子が外れたような鼻歌はマーティン。朝の庭の水遣りは彼の日課となっているらしい。
 イギリスに来て一月と半、その間ホテルに滞在するのは不経済だし、何かと不便もあるだろう。そもそも、ナルと婚約しているのだから何の遠慮もいらない。麻衣も自分達の娘になったも同然なのだから・・・・・というわけで、麻衣はこの一月半ディビス家で生活をしていた。
 長年使われていなかったナルの部屋は、長期間無人だったと感じさせないほど綺麗に片付けられており、二人が転がり込んできても何の支障もなかった。
 初めは緊張して、人の気配があたりにしだすと麻衣も起きだしていたのだが、すっかりと慣れていたのかここ数日、朝起きるのが徐々に遅くなっている。
 そのため、彼女を起こすのは日本と同じようにナルの日課となっていた。
 今日もドアを自室だというのに軽くノックした後、ナルが姿を現す。彼はすっかり身支度を整え、寝起きという気配をすでに漂わせてはいなかった。対する、彼の愛する(はずの)婚約者は、いまだにベッドの上で丸まって、スピスピと気持ちよさそうな寝息を立てている。
「麻衣・・・・起きないか」
 ふかふかの毛布に包まって気持ちよく眠っていると、低く艶やかな声が微かに聞こえてくる。軽く肩を叩かれたような気もするのだが、眠気のほうが強くて瞼を開けられない。それに、落ち着いた声で名前を呼ばれるのは好きだ。このまま、まどろみ続けながら彼の声を聞いていたくて、もそもそと布団の中にもぐりこんでしまう。
「いい加減に起きないか。間に合わなくなるぞ」
 そろそろ、起きないといけないと思いつつも、眠い。
 昨日もどこそこの夕食会に呼ばれて、帰りが遅く必然的に眠るのも遅かったのだ。連日の御呼ばれに疲れもピークだし、今日は一日このまま眠っていたい。イギリスに来てからの珍獣生活も、かなり嫌気が差しているのだ。
「麻衣」
 やや、苛立った声。いつもなら、軽く呼んで起きなかったら放って置かれるというのに、今日は麻衣が起きるまで起こすつもりのようだ。
 寝ぼけた頭でもそこまで考え付くと、麻衣はもそり・・・と布団の隙間から顔だけを出して、もごもごと呟く。確かに本当は今日も予定が入っていて、あまり惰眠を貪っていられる時間はないのである。だが、この暖かなベッドの中から起き上がるのは非常に未練があった。
 なにせ、ベッドはふかふかだし、お布団は柔らかで暖かいし、ナルの気配はするし、こうして名前を呼ばれるなんて最高の贅沢な惰眠タイムだ。自分から打ち切るのは非常にもったいなくて出来ない。
 だからこその我侭。
「おはようの、ちゅーしてくれたら起きる」
 くぐもった声音に、続くのは呆れたような溜息。
 何を小さな子供のようなことを言っていると言われるのは百も承知。まぁ、ナルが麻衣の願いどおり行動するとは思ってもいない。ただ、我侭をちょっといってみたかっただけだ。それに、麻衣自身今日もゆっくりしていられない事は重々承知。
 だが、ふいにがばりと布団をはがされる。
 急に暖かな空間から、冷たい空気の中に放り出され、思わず身を縮めてしまう。
 反射的にふとんをさがしてもごもごと動くのを、ナルが片手で簡単に制してしまうと、麻衣の顎に指を絡め上を向かせると、ナルは身を乗り出す。
「ほえ?」
 と思うまもなく、何年たっても見慣れない整った造作が眼前に迫り、柔らかな温もりが唇を優しく包み込む。
 思わず我侭は言ってみるものだ。
 と、思ったのもつかの間、麻衣の目が挙動不審なまでにきょろきょろと動く。
 優しく触れてたおはようのキスは、朝からするものではないほど濃厚なものに変わっていく。するりと口腔内にもぐりこんできたナルの舌が、口蓋を煽るように触れてゆき、戸惑う麻衣の舌を絡める。
「ん!!」
 覆いかぶさるナルをどけようともがくが、それは無駄なことで、麻衣はナルに組みふされたままじたばたじたばたと暴れる。漸く開放された時にはすっかりと息が上がり、朝から運動をしたかのように肩で荒く呼吸を繰り返す。
「いったい、なんなの!?」
「キスをしろと言ってきたのはお前だろ?」
「そ・・・・そうだけど・・・・そうだけど・・・・だけどね、朝っぱらからあんなキスする人間が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」
「朝から、ラブラブねv」
 麻衣の言葉尻は、第三者の声により空気に掻き消えてゆく。
 壊れたロボットのように、ぎ・・・ぎぎぎ・・・・と音がしそうな状態で麻衣は首を回すと、ドアに寄りかかって楽しげにこちらを眺めているルエラとばっちり目が合う。
「ル・・・・ルエラ!? えっと、あの・・・ですね・・・・これには、そのわけが!」
 一人あたふたとする麻衣を、ルエラは楽しげに眺めるとウィンクを一つ麻衣に向ける。
「仲がいい事はいいことよ。 だけど、そろそろ時間を気にしたほうがいいころよ? マイあなた朝食を食べたら美容院に行くんでしょ?朝食を食べている時間がなくなっちゃうわよ? 続きは、今夜にでもすればいいわ」
 ルエラは鼻歌を歌いそうな状態で陽気に部屋を出て行くが・・・実際にはスキップをしながら陽気な足取りで階段を下りていくのが聞こえた・・・・麻衣はまっかなまま涙目でナルを睨みつけている。
「ルエラがいるって知っていたからやったでしょ!?」
 どうりで素直に麻衣のおねだりに・・・・それ以上物だったが・・・・応えたわけだ。でなければ、布団をひっぺがえして終わりである。少なくとも日本でのナルはそうだったし、今日までのイギリス生活でもそうだった。
「人聞きの悪い。お前の要望に応えたまでだ」
「んじゃぁ! これからも我侭言ったら、応えてくれるって言うの!?」
 ベッドの上に仁王立ちになって、サイドに座っているナルを睨み下ろすと、ナルは軽く肩をすくめて立ち上がる。それでも、まだ視線はベッドの上に立っている麻衣のほうが上だ。
「時と場合によるな」
 そのときと場合が問題なんだ!!麻衣の絶叫は軽くナルに無視され、麻衣が起きたということでナルも寝室を後にする。
 うきぃ〜〜〜〜と、ベッドの上で地団太を踏みながらも、麻衣も慌てて身支度を整えて、ナルの後を追う。
 一番最後にダイニングに駆け込むと、すでに朝食の準備は整っており、マーティンとナルはともに新聞を広げていた。
「おはようございます。寝坊しちゃってすみません!」
 麻衣は朝食の仕度を今日も手伝えなかったため、ルエラに向かってペコリと頭を下げる。
 いくら婚約をしたとはいえ、朝からキスをしているところを見られるは、寝坊はするわ、姑になるルエラからみたら不愉快に思われても仕方ないことだったが、ルエラは一向にそんな事は気にしていない様子で朗らかな笑顔を麻衣に向ける。
「いいのよ。マイはココ最近忙しくて疲れが溜まっているんですもの。午後から、サー・ドリーのお茶会が入っていなければ、ゆっくりと休ませてあげたかったのだけれど・・・・・」
 とりあえず今回の渡英最後のパーティーは今日の午後開かれる、ナルの恩師サー・ドリーのお茶会だ。それさえ終われば、食事会もお茶会も、パーティーと名のつくものも一切なく、日本に帰るまでの二週間弱ゆっくりすごせるのだ。
「あまり、顔色はよくないがマイ体調は大丈夫なのかい?」
 マーティンも新聞をたたんで、麻衣に視線を向けたとたん眉を軽くひそめる。
「本当だわ。ナル、貴方が気をつけないと駄目よ。ただでさえ、マイはまだイギリスになれていないんだから」
「あ、大丈夫です! 私体力だけが取り柄ですから」
 慌てて口を挟む麻衣に、ルエラとマーティンは視線を合わせると苦笑を浮かべる。
「そう? でも、油断は禁物よ。女性の身体はデリケートに出来ているんですからね。
 さぁ、マイいっぱい食べて栄養つけてね。そして、元気なベビーを生んでね」
「あ、はい。いただ・・・・・って、ルエラ!? わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わわたし、ま、まだ・・・・!!!」
 さっくりと何気なく続けられて言葉に、麻衣は真っ赤になって思わず勢いよく立ち上がり、慌てて否定する。産むも何もまだ妊娠すらしていないのに、一体彼女は何を言うのか。そんな慌てようが面白いのか、ルエラはクスクスと笑みを零す。
「もちろん、今すぐの話じゃないわ。ただ、栄養をいっぱいつけてその時に備えて欲しいの。それに、私達は今すぐでも構わないのよ?それどころか大歓迎だわv
 入籍が後回しになったて、なんの問題もないもの。ねぇ?マーティン」
 ルエラの気の早い言葉に、マーティンは苦笑を浮かべるが、真っ赤で一人あたふたする息子の婚約者と、義母の言葉などまるで耳に入っていないかのようにいつもどおりの、無表情で新聞に視線を落としている息子を視た後、静かに言葉を続けた。
「二人が幸せなら、私は何も言う事はないさ。むろん新しい家族が増えることは喜ばしいことだ。だけどそればかりは、神からの授かり物だからね」
 夫婦仲むつまじいディビス夫妻は実子に恵まれることがなかった。だからなのか、彼はどこか寂しげに呟いたのだが、対するルエラはあっけらかんとした様子だ。
「あら、私は早くベビーの顔は見たいわv 若い内におばーちゃんになるのが憧れだったのよ。だから、ナルとマイがんばってね♪
 今朝の様子だと二人の仲はばつぐんにいいようだから、きっとそう遠い未来じゃないわねv」
 ウットリと胸の前で手を組みながら呟くルエラに、麻衣は乾いた声で応えることしか出来なかった。


 ・・・・・がんばってね・・・って・・・・・・そーゆことだろうか?


 ポリポリと頬をかきながらちらり・・・と横目でみると、ナルは一向に表情一つ変えず、黙々といつもどおり新聞に目を走らせていたのだが、唐突にポツリと呟く。
「悠長にしていていいのか? もうじき、美容院の予約の時間だぞ」
 一体いつの間に時計を見たのか。その言葉に促されるように時計に目を向けると、確かに家を出ようと思っていた時間まで20分を切っている。
「ああ!! や、やばい!!」
「まぁ、大変。マイ車で送ってあげるから急いで、食べちゃいなさい。
 朝は一日の基本よ。抜いちゃ駄目。こら、ナルもちゃんと食べなさい!」
 目を離すとナルは紅茶いっぱいで朝食を済ませようとするため、すぐさまルエラの叱責が飛ぶ。
 そんな、あわただしいままに優雅なはずの朝食は過ぎていく。







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