誰が為に啼く鐘














 成田で待ち合わせた四人・・・リン、安原、ジョン、綾子は出国手続きを済ませると登場口までさっさと足を向ける。アメリカを狙ったテロ事件後、空港の警備は以前より厳しくなり、出国するのが以前よりもさらに時間がかかるようになった。いくら、旅行シーズンではないとはいえ、賑わいを見せている第二ターミナルではあまり、時期は関係ないようだ。
 これから、最低でも13時間狭い機上に閉じ込められるのだが、安原には時間がそれでも足りないと思った。
 詳細な事件がわからない以上、調べることなど範囲が限られている。その中で出来ることといえば、依頼人アッシュクラフト伯爵について、出来る限り調べることぐらいなのだが、本拠地イギリスで調べるのではなく日本からだと限界は自ずと生じてくる。ただ、事前にまどかから送られてきたデーターと、ネットなどを使ってわかった範囲を簡単にまとめておく。
 時間にしておよそ半日以上を費やして日本から、ヨーロッパの島国イギリスのヒースロー空港にたどり着いた。入国手続きを済ませゲートをくぐると、きょろきょろと視線をさまよわせていると、いまだ少女といった風情が残る麻衣が彼らの視界に入る。
「麻衣!」
 綾子が最初に声をかけると、麻衣は客の中で一際異色に見える団体に気がつき、次の瞬間にっこりと晴れやかな笑顔を浮かべた。なにせ、年齢層まちまちの上に黒尽くめのリンに、相変わらず派手な格好の綾子、好青年といった表現がしっくり来る安原に、東洋人団体の中に神父服姿のジョンという組み合わせは、さまざまな人種が集うこの空港でもひときわ目を引くといっても過言ではない。なにせ、一見したところでは何の団体・・・というかグループなのか判別できない。
「お疲れさまぁ〜」
 その笑顔を視た瞬間、今まで大人しかった綾子の愚痴がここぞとばかりに始まる。
 することの何もなかった綾子は、機上内で相変わらずのように愚痴をジョンに聞かせていたのだ。これが買い物や観光目的の渡英ならば、綾子も忙しくて愚痴を言っている暇もなかったのだが、仕事となると彼女には今のところすることがないため、一人暇を弄んでいたといってもいいだろう。
「本当疲れたわよ。まったく、リンじゃ話し相手にならないし、安原君は忙しそうだし、話し相手がジョンだけなんだもの。
 それより、早く麻衣のお茶飲みたいわ。ホテルに着いたら淹れてよ。本場の紅茶も飲みたいし、その前にちょっとリラックスできるようなのが飲みたいわ。麻衣のことだからイロイロいいお店まどかさんやミズ・デイビスラから聞いているんでしょ?」
 さっそくの綾子のわがままに麻衣は苦笑を浮かべながらも、
「もうちょっと我慢してねぇ、あっちでナルが待っているから早くいこ」
 と、わけの判らないことを言う。
「?」
 綾子は麻衣の言葉に首をかしげる。
 当然だ。こうやって麻衣が空港まで迎えに来るのは想像が出来ることだが、ナル自身が迎えに来るとはとてもではないが、誰も素直に思えない。
 そんな無駄なことに時間を費やすような人間ではない。
 仮に麻衣が一人でイギリスに来たというのならば、迎えに来ることもあるかもしれないが、そうでなければ絶対にありえないと言い切れる。
 が、麻衣は喫茶店にいるからといって、さっさか人並みを抜けて歩き始める。
 とりあえず疑問を浮かべながらも、カラカラとスーツケースを引いて麻衣のあとをついていくしかない。
 少し歩くと、空港ではある意味ありふれたファーストフード系の喫茶店の前に、ナルは確かにいた。はっきり言ってそぐわない・・・・四人がそう思ったかどうかはわからないが、少なくとも綾子はそう思った。
 掃き溜めに鶴・・・・とはきっとこのことを言うのだろうとも思う。
 なにせ、ごくありふれた世界的に有名なファーストフードの前で鎮座し、一心不乱に分厚い本を読みふける美青年・・・・絵にならなさ過ぎる。ここが、高級ホテルのラウンジとかバーなら、映画のワンシーンのような絵が期待できるが・・・・雑然とした店内。おしゃれとはとてもではないが言えない、イスとテーブル。そこに長い足を邪魔そうに組んで優雅な動きで、ページをめくる指・・・・・・せめて、どこかのどかな木陰ならまた別の雰囲気が醸し出されたかもしれないが・・・・・・
 どうせなら、もっといい場所で眼福をさせてくれればいいのに。と素直に綾子が思ったかどうかは謎だが非常に目立っていたことだけは間違いない。
 白い美貌をサングラスで隠していようとも、隠しきれていないのだろう。彼の周辺には、ナイス・バディーな金髪の美女と赤毛のこれまた肉感的な美女がナルに向かって声をかけている様子だ。どうみても・・・誰が見ても逆ナンされているのが判るが、ナルは一心不乱に手元の人を撲殺できるような分厚い本に目を向けたきり、彼女達に視線を向ける様子もない。
 リンは無表情に、安原は行く末を見守るといった体で、綾子はどこか楽しげに、ジョンはおろおろとどうすればいいのか判らないといった様子で麻衣とナルを交互に見るが、麻衣は軽くため息をつくと小走りにナルに近寄りながら声をかける。
「ナル〜〜〜皆連れてきたよ」
 その一声に、ナルは顔を上げると麻衣の背後にぞろぞろと付いてくる四人に視線を向け、今まで閉じる気配の無かった本を閉じ颯爽と立ち上がる。
「時間がない行くぞ」
「急がなくてもまだ大丈夫だってばぁ」
 わけのわからない会話を交わす二人に、疑問を問いかけようとしたところで、ナルの背後から逆ナンをしていた美女二人が厳しい表情で麻衣を見下ろす。彼女達のほうが10センチほど麻衣より背が高かったのだ。
『ちょっと、横槍入れないでくれる?』
 どうみても、目の前の青年の知り合いだというのに、難癖をつけてくる美女二人に麻衣はきょとんと視線を向けて、その後ナルに視線を向ける。サングラスに隠されて瞳の色はわからないが、どう見ても不機嫌そのものである。いい加減にしろ、うっとおしいといったところだろうか?どうせ、彼女達が何を言っても脳にまで達していないだろうに、不快には思うらしい。
『えっとですね、私この人の婚約者ですけど、何か御用でも?』
 にっこりと、とびっきりの笑顔を浮かべて問いかけると、美女二人は信じられないといった様子で麻衣とナルを交互に見たまま、金魚のように口をパクパクさせているが、それには麻衣もナルも構わず四人を別のゲートに促す。ナルは頭からの無視でこれは想像がたやすいが、麻衣の反応も非常になれていた。
 おそらく、このような事は日常茶飯事だったのだろう。
 日本ではナルに声をかけてくるツワモノは珍しかったが、さすが積極的な外国人・・・といってもこの国で外国人なのは自分達のほうなのだが・・・過去何回こういうことがあったのかしらないが、すっかり麻衣もなれきってしまい当たり前のように対応していた。
「早くおいでよ。おいてっちゃうよぉ〜」
 一体どこに向かっているのか今の時点ではわからないが、数メートル歩き出したところで麻衣がくるりと振り返って、立ち尽くしている四人に声をかける。わけが判らないがとりあえず場所を移動するのだろう。そう思って彼らの後を着いていくが、綾子は向かっていく方向にだんだん眉をひそめる。
 なぜならばそれは、入国ゲートから出国ゲートに移動されただけに違いなかったからだ・・・・・・・
「はい、これ」
 と、新たに手渡されたチケットを呆然とした様子で見ていた綾子は、次の瞬間顔を上げる。
「ちょ・・・ちょっとなによ! あたし達たった今、日本からイギリスに着いたばかりよ!?」
 声を張り上げる綾子に麻衣は、「そうだよね」と頷き返した後にっこりと続ける。
「だから、これからドイツに行くんだってば。あれ?話聞いていなかった? 私安原さんにそういったよ?」
 本当ならば、ドイツで合流したほうが時間の無駄がなくてよかったのだが、生憎と日本からドイツ行きの便が四枚そろってとれず、今回のような遠回りなコースになったのだが、その事は事前に安原に説明しておいたはずである。が、安原はどうやらあえてそのことを言わなかったらしい。
「安原君?」
 どういうことかしらと? 詰め寄る綾子に安原はこの展開を予想していたのだろう。にっこりと笑顔を浮かべる。
「いえ、こういう事は事前に知らないほうがいいことだと思いまして。行く前から疲れたような気分を味あわなくてすむでしょ?」
 それは、余計な気遣いというのだ。
 実は綾子はイギリスに着いたからってすぐにドイツに向かうとは思ってはいなかったから、短い時間で出来ることを楽しもうとひそかに計画を立てていたのだ。
 行って見たかった喫茶店に、ブティック。一日ぐらい時間はあるだろうと思って、念入りに下調べをしておき、タイムロスを作らないよう計算をしたというのに・・・・首都ロンドンに行く前に、このままドイツへ直行するというのだから、言葉がでない。
「でも、チケットは三枚しかありまへんが?」
 ジョンが手渡されたチケットの枚数を数えて首をかしげる。
「あ、僕はドイツに行く前に調べものがあるので、遅れて単身其方に向かう予定です」
 にっこりと、告げられた言葉に「一人だけずるい」と思ってしまっても仕方ないだろう。
 自分もせめて一日ぐらいイギリスでゆっくりしてから、ドイツに向かいたい。いくら、イギリスからドイツまで日本との距離から考えると近かろうと、また狭い座席に閉じ込められるのはごめんである。
「松崎さん、あなたは観光目的でいらしたのですか? それとも仕事をするために来たのですか?」
 いい加減切れたのだろう。サングラス越しに出さえナルが蔑視を向けているのが伝わってきた。
 当然ここには仕事目的出来た。だからこそ、ココまでの費用も全てSPR持ちで自分には何の負担もこかかっていないのだから、文句を言えた立場ではないのだが・・・・判っていても不満が消えるわけがない。まして、ナル達とは違い自分達は長旅を済ませてきたばかりだし、時差によって体内時計も狂っているのだ。いくら仕事でも休息はとらせてもらいたい。
 不満が口を出ようとした時、麻衣がツンツンと腕を引っ張って綾子の気を自分に向ける。
「疲れているの判るんだけど・・・・ナルあまり機嫌よくないんだ。とりあえず手続きだけしちゃお? 中でお茶も飲めるし・・・・そこで、説明するから。ドイツに着いたらフランクフルトに一泊して、明日依頼主の城に行く予定だから少しはゆっくり出来るし」
 麻衣にそういわれてしまってまで、ダダを言えるわけがない。
 ただでイギリスやドイツまで行けると知り、少し浮かれていた自分も悪かったと言う思いもある。溜息を一つつくとジョンからチケットを一枚受け取る。
「なんで、そんなに急いでいるのか教えてくれるんでしょうね?」
「詳しくは判らないんだけど・・・・私が聞いた限りなら教えられるよ」
 綾子も麻衣から全てが聞きだせるとは思ってもいない。なにせ、彼女の婚約者であり一応上司であるナルは、かなりの秘密主義者で必要に応じられるまで一切情報を公開しないという徹底振りのところがあるのを、この数年の付き合いで綾子もいやというほど知っているからだ。
「安原さん、じゃぁ調査のほうお願いしますね」
「任せてください。出来る限り依頼人のバックグラウンドを調べて、僕もそちらに急行しますから」
 国際線のターミナルで、安原と麻衣達は別れ、安原はそのままロンドン市内に向かい、麻衣達は出国手続きを済ませた後、案内がかかるまで中に設置されている喫茶店で簡単に説明をすることになった。











 

※        ※       ※       ※

















 ことの始まりは、ほんの2日前に行われたサー・ドリーの園遊会上であった。
 穏やかに始まり何の問題もなく進んでいたのだが、一人の壮年の紳士が姿を現したことで、園遊会が今までとは別の意味でざわめき始めた。
 背は高くがっしりとした体躯をタキシードで包み込み、見事な銀髪を丁寧に後ろに撫でた壮年の紳士。
 いくつかのパーティーでイロイロな紳士を見かけたが、麻衣の頼りない記憶の中でこの紳士を見かけた事はないと思った。
 四角い顔立ちのなかに眼光の鋭い冷たい蒼の瞳が、睨みつけるかのように一人の青年・・・ナルを凝視している。唇は愛想のかけらもなくぎゅっと真一文字に結ばれており、さらに片眼鏡(モノクル)をかけているせいか、その表情はよりいっそう硬く見えた。
 足が悪いのか杖をつきゆっくりと近寄ってくる。
 この壮年の紳士がどんな人なのか判らないが、妙な緊迫感に辺りが包まれていると麻衣は思った。
 今まで普通に会話を交わしていた人たちが、とたんにヒソヒソと声を抑えて話し始める。はっきりと聞こえないが途切れ途切れに聞こえてきた言葉から、この紳士がナルにいい感情を持っていないということだけはわかった。
「ご婚約おめでとう。ディビス博士」
 今までのしかめ面が、その瞬間笑顔という名の仮面に取って代わったが、その紳士を包み込む気配が変わったわけではない。まるで、敵とでも対面するかのように尖った気配に、知らず内に麻衣のほうが怯えてしまうが、ナルは相変わらずいつもと変わらない無表情で、その紳士を微かに見上げると、軽く頭を下げて礼とかえる。
「我が家でも博士のご婚約を祝したく思い、パーティーを開こうかと思っているのですが、招待に応じていただけますかな?
 ご婚約者のレディーもぜひ我が城に滞在していただきたいと思っているのですよ」
 壮年の紳士は一見穏やかさな態度でもってナルに接するが、それを額面どおりには受け取れる事は麻衣ですら出来なかった。
 ナルがどう思ったかは知らないが、すでにどの家の招待にも応じるつもりのなかったナルは、出来る限り差しさわりのない言葉でもって招待を辞退したのだが、相手はそうすんなりとナルの辞退を受け入れては繰らなかった。それどころか、半ば脅しというような言葉を並べて、ナルを自分の城へと招待しようとする。
 ナルがそのような一方的な要求を呑むわけがないというのに、目の前の壮年の紳士は作り笑いを浮かべながら、威圧的な態度でナルに命令する。
 そう、あれは明らかに命令だ。
 SPRのスポンサーである自分が、そこで働く研究員に調査をしろと、その要求を高々一研究員が跳ね除けられるのかと無言で言っているようなものだった。
 ナルは軽く眉をひそめ、紳士を見返す。
 険悪な雰囲気が漂い始めると同時に、麻衣の隣にいたサー・ドリーが仲介役を買って出るかのように口を挟んだ。このまま大勢の人目がある場で依頼を引き受ける、断ると押し問答していても、互いに外聞のいい問題ではない。この場にいる全てのものが、ナルに対して好意的な立場の者達ばかりではないのだから。
 場所をサー・ドリーの書斎に四人で移動する。
 四人とは、紳士本人とナル、サー・ドリーに麻衣だ。
 本来麻衣は別に付いてこなくてもいいのだが、下手に一人で残しておくわけにも行かず、ナルがつれてきたのである。そのことを特別紳士もサー・ドリーも気にした様子はなかった。
 完全に第三者の目をシャットアウトし、四人だけで一つのテーブルを囲ってソファーに腰を落とした。進行役を勤めたのは、サー・ドリーである。
 麻衣はこのとき初めて目の前の壮年の紳士の正体を知った。
 アルダス・S・アッシュクラフトという名の壮年の紳士で伯爵号を持っており、領地はそれほど広くはないのだが、莫大な財産を持ち、SPRに多額の出資をしているということを移動中に、サー・ドリーから教えてもらったのだ。彼はイギリス人なのだが現在はドイツですごしており、時折イギリスに戻ってくるだけで、ほとんど社交界に顔を出すこともなく、人嫌いとしても有名であるらしい。
「アッシュクラフト伯爵、依頼の件ですがSPRには?」
 なにも、いきなりナルに直に話を持ちかける必要はないのだ。SPR本部に依頼すれば、依頼内容にあったチームを派遣する。それが、SPRのやり方と言ってもいい。依頼人がどうしても誰々を指名してくる場合もあるが、よほどのことでもない限り依頼人の望んだチームを派遣することもある。
 だが、ナルはその能力に関わる依頼は徹底して引き受けないということが、SPR内では暗黙の了承となっており、スポンサーですらその依頼を持ってくる事はまずありえない。調査ともなれば別にナルでなくてもかまわないのだから、さらに名指しで指定される事は珍しく、その上現状だとナルはイギリスではなく極東の日本に、腰をすえている状態だ。イギリスでの調査に参加する事はもうしばらくの間は考えられないというのだが、何ゆえ目の前の・・・有色人種を毛嫌いしている伯爵が、何ゆえ混血のナルに依頼を持ちかけてきたのか、把握が出来ないでいた。
「私はかねてより心霊研究にかけては、無駄な研究ではないかと思っていた。
 サイキックのように目に見えて現象がわかる事などほとんどがなく、科学的判明がなかなかに難しい。それは、研究するだけ時間と費用の無駄だと私は常々思っており、出資をそちらに流用することをやめるよう持ちかけようと思ったのだが、ふと私が半年ほど前に移り住んだ古城で妙な事が起こり始めた」
「妙なこととは?」
「俗に言うところならば、幽霊が出るといったところだ。
 それと同時に鳴らないはずの鐘が時折、風に揺らめいて音を立てる。その後で死者がでるのだ」
 まるで何か物が壊れたというかのように、簡単な表現に麻衣のほうが思わずひるんでしまう。
「死者はただたんに、事故死の可能性や突然死の可能性もある。
 鳴らない鐘が鳴ったのも何らかの原因があってなったのだろう。心霊現象と結びつける気はないのだが、城内で幽霊の姿を見るものが多い。そのため、病弱な私の娘の様態が悪化している。その解明をこの研究部門で名高いディビス博士に依頼しようと思う。その結果によって私はSPRの理事会に心霊部門の取り潰しを持ちかけるつもりだ。
 むろん、博士がこちらが納得できる結果を出せた時には、私は心霊部門にもサイキック部門と同額の出資をさせてもらおう」
 足を優雅に組んで背もたれに腰掛けながら己の意見のみを通そうと言うその姿は、いかにも貴族特権の意識に凝り固まった態度に見え、麻衣は無性にむかついてはいたのだが、ナルもサー・ドリーも表情一つ変えない。
 もちろん、この伯爵がどれだけ強い発言力を持っているのかわからないが、そうそう簡単に一つの・・・それもSPRのメインとも言える部門を取り潰せるとは思えないのだが、彼がココまで自信を持って言うからには、SPRの理事会は自分を頭から無視できない存在だということを承知しているのだろう。
「鳴らない鐘とは?」
 ココで初めてナルが口を開いた。
「城には二つの城塔がある。その塔の最上階には鐘がついているのだが、もう1世紀ほど前に音が出ないように細工がされたらしいのだが、我々があの城に移ったその日に鳴り響いた。その数日後、村の娘が一人突然死をしている。
 あの村には昔からあの鐘が鳴ると人が死ぬという伝承が残っているため、村人達は鐘が鳴ると必ず人が死ぬという言い伝えを信じており、我々に出て行けと五月蝿くてかなわん。
 一ヶ月以内に結果を出せたら、私は心霊部門およびディビス博士個人に出資する。断るというのならば、私はSPRに協議をもちかけ、受け入れられなかったときには意見の不一致ということで、SPRからは手を引かせてもらう。如何かな?」
 断る事は出来ないだろうといった態度に麻衣はナルがどう出るのかひやひやしながら、ナルとサー・ドリーの反応を固唾を呑んで見守っていたのだった。








※       ※       ※       ※











「それで、ナルが了承したわけ?」
 とてもではないが、頭ごなしの命令にナルがそうやすやすとうなずくとは思えない。
「もちろん、その場では返答しなかったよ。ナルの一存一つで決められることじゃないからって言葉でその場は逃げたって感じになるのかなぁ・・・・・・・その翌日、結局ナルは本部から呼び出しされて、協議した結果とりあえず受けることだけは受けることにしたみたい。
 結果が出せずとも理事会が心霊調査をつぶすなんて事はまずないだろうし、ナルに目をかけている融資者もそれを阻止するだろうしねぇ・・・まぁ、その時アッシュクラフト伯爵が離脱するならそれも仕方ないって感じかな。
 まぁ興味が出るかもしれない調査だし、何か面白いデーターが取れるかもしれないし。
 ナルとしては伯爵がどんな人間だろうとあまり気にはしてないみたいっていうか、気にするだけバカだって感じの態度だし・・・・あ、綾子いつもどおりに振舞っていたらたたき出されるかもしれないから、気をつけてよ。
 今度の依頼人、大の有色人種嫌いで有名なんだから。わがまま言っていたらすぐにたたき出されるからね」
「判っているわよ・・・・それにしても、やりにくいわね」
 麻衣の言葉に苦虫を噛み潰したような綾子にジョンと麻衣は目を合わせて苦笑を漏らす。
「たぶん、純粋に歓迎されるのはジョンだけだと思うけど、まぁ向こうだってそうそう敵愾心むき出してこないでしょ? 自分達で依頼しておきながら粗末に扱ったら、面子に問題が出来そうだしさ」
 内面どう思っているのであれ、表面上は穏やかに接してくるだろう。
 あの時もそうだったのだから。
 だが、あの時表現の仕様がない悪寒が背筋を走った。
 なぜ、あの時あのように感じたのかがわからない。特別彼の態度が変わったということもなかったというのに・・・・・・・・・












 とりあえず話は終わり退出をしようとしたとき、アッシュクラフト伯爵は麻衣に近寄ってきた。
 麻衣はリン並みに背の高い伯爵を首を曲げて見上げてしまう形になる。
 リンとは違った感じの威圧差を覚えるのは、氷のように冷たい色の瞳に見据えられているからか。
「我が城でごゆるりと、滞在してくださいますね? レディー」
 どう反応していいのか判らずおろおろと戸惑っていると、伯爵は麻衣の手を取って膝を曲げると軽くその手の甲にキスをしたのだ。まるで、騎士が姫に忠誠を誓うかのように。
 いきなりのことでどうしていいのか判らず、手を反射的に引っ込めようとしたのだが、思いのほか強く握り締められていて手を引っ込めることが出来なかった。
「城にてお待ちしております。博士、レディー」
 交互に二人を見る瞳に全てを凍りつかされていくようで、怖かったとしか表現できなかった。
 サー・ドリーと共に伯爵が出て行くと、麻衣は思わず身体から緊張が抜けその場に座り込んでしまう。
「麻衣?」
 慣れないことで驚いて腰を抜かしたというよりも、恐怖やあまりの緊張感に糸が切れたといった様子の麻衣に、ナルは近づき麻衣の腕を掴んで立たせる。
「なぜ、震えている?」
 微かに震えている麻衣に気がついたナルは、麻衣を促して近くのソファーに腰掛けさせる。
「判らない・・・・・あの人の目にじっと見られたとき・・・・・・・・・・・怖かっただけ」
 麻衣のいつにない態度にナルは眉をひそめる。麻衣がこのような反応をするときは大概が、調査中のことだからだ。
「厄介な調査になりそうだな」
 ポツリと漏らされた言葉はあまりにも小さくて麻衣の耳には届かなかったのだろう、聞き返すように麻衣はナルを見上げるが、ナルはそれには応えずもう帰るぞといって立ち上がった。
「だけど、まだサー・ドリーにご挨拶してないよ?」
 さっさと、預けてあって荷物を受け取ると、外にでてしまうナルに麻衣は問いかけるのだが、ナルは構わないといって足を止める様子もない。麻衣としてはナルの恩師に失礼な態度はとりたくはないのだが、下手に戻っていたらナルは一人で帰ってしまうだろう。後ろ髪を引かれるような思いで、サー・ドリーの邸宅を後にしたのだった。








「麻衣?何ぼんやりしているのよ。そろそろ時間でしょ?」
 綾子の声に麻衣はふと我にかえ腕時計に視線を落とす。そろそろ飛行機に乗り込む時間が来ていた。麻衣以外すでに立ち上がっている。
「なにしている。さっさと行くぞ」
 婚約しようとなにをしようと、ナルの態度が甘くなるわけもなくいつもどおりの冷たいと言えるような態度に、麻衣は「はぁ〜い」と間延びしたような返事をすると、手荷物を持って立ち上がる。





















 Go to next→