誰が為に啼く鐘








「遠路はるばるようこそ」
 城主であるアルダス・S・アッシュクラフト伯爵は、モノクル(片眼鏡)越しに麻衣達を眺めながら表面上はあくまでもにこやかに迎えた。
 重々しい城門を潜り抜け、殺風景な前庭を眺めながら城内に入ったとたん、執事のドレインは『伯爵様が饗宴の間でお待ちでございます』と慇懃無礼な態度で言い放ち、ナルを先頭に二階にある饗宴の間まで案内したのだった。
 城内に入ったとたん思わず息を詰めてしまう。
 外観から見ただけで窓がない事に違和感を覚えたのだが、そのために、窓一つない城内は闇が重くのしかかっている。一メートル感覚で配置されている蜀台のランプが頼りなげな光を放ち、間近まで迫ろうとしている闇を払っていたが、完全に払拭出来ているとは言いがたい。磨き上げられた大理石のような床に靴音が反響し、必要以上に響き渡っているようだ。
 狭く急勾配な階段を一列に並んで昇り、二階の踊り場で廊下に出る。その廊下もやはり窓一つなく、暗闇が押し迫るような感じだった。等間隔でランプが壁にかかっているものの、心もとない明かりといえる。何百年も昔の人間から見れば、充分な明かりかもしれないが、文明の利器に慣れ親しんでいる現代人から見ると非常に不安を覚えずにはいられないほどの明るさだ。
 口やかましい綾子ですら閉じてしまうような、圧力がそこには存在しているように感じた。
 廊下を中央にし、部屋が左右にあるのだろうか。壮麗な飾り彫りが施されている扉が向かい合う形で配列されている。二階の廊下の中央部を覆うように深紅の毛足の長い絨毯が引かれており、足音を吸収するのだろう。階段のように足音が響き渡る事はなかったが、ランプの中揺らめく炎に照らされた影が、壁に細長く映りまるで珍妙なダンスを踊っているように、ゆらり・・・ゆらり・・・と揺らめく。
 ひどく、息苦しいと思った。
 今までに見たこともない石造りの城。古めかしい装飾に、真の暗闇。慣れないそれらに呑まれているのだろうか。車を降りていらい麻衣はひと時も落ち着くことなく、そわそわと視線を回りに彷徨わせ、泰然としているナルの後姿を見てほんの少し息をつくといったことを繰り返している。
 この城を一目見た時から落ち着かなかった。
 想像していたどの城とも違う外装、どこまでみても深い木々に覆われた森の中に、まるで忘れ去られた過去の遺物のように鎮座する城は、まるで現代から中世の時代にタイムスリップしてしまったかのような錯覚に陥るには充分だった。
 無骨としかいいようのない石を組み立てて築かれた城は全体的に黒っぽいものを使われているのだろう。それがより一艘森の木々の陰に溶け込み、陰鬱たる様相を作っている。石造りの城の玄関口は鉄の扉だった。それは両開きだというのに片側だけが開いており、自分達の存在を快く迎えているとは思えなかった。
 そして、中に入ったとたん夜かと思ってしまうほどの薄暗い闇。
 明かりがあるというのに闇のほうの存在が強かった。それは今も変わらない。すぐ傍までその闇は迫っている。
 麻衣は無意識のうちに城内に入ったときから、両手で腕をさすり続けていた。確かに肌寒く感じるほどの気温しかなかったが、それ以外の何かが寒さを増しているような気がするのだ。
 もしかしたら、それは初めて間近に感じる闇に対しての恐怖だったのかもしれない。
 ちらり・・・とナルの隣を歩くリンを見ると、いつもと変わりない表情で彼がこの城をどう思っているのかは麻衣にはわからない。自分より少し前を歩くジョンは、やや緊張した表情だが特別どうこう思っているようにも感じない。隣を歩く綾子を見るとしかめっ面をして辺りを見渡している。おそらくこの城に対して好感を抱いてはいないだろう。だが、それが自分が抱いているものと同じかは判らない。
 執事は廊下の中央辺りで足を止めると、両開きの扉をゆっくりと左右に開いた。
 その奥からはさすがに廊下よりも明るい光が漏れ、先を歩いていたナル達を照らす。
「伯爵様、皆様をお連れいたしました」
 腰を90度近くまで曲げ老齢の執事は恭しく告げ、ナル達に中に入るよう促す。
 そこはやたらと長方形の形で広い空間だった。
 天井は高くきらびやかなクリスタルのシャンデリアが吊るされており、底に輝く光は電光ではなく正真正銘の炎。その輝きがシャンデリアに反射し室内を明るく照らしていた。だが、その光源では心もとなく感じてしまうほど室内は広かった。部屋の中央部にはトン単位での重量がありそうな重厚な造りのテーブルが座してあり、その上には何本もの蝋燭が燭台にのっており、炎を揺らめかしている。それでも部屋全体が薄暗く感じたのは、窓がないからかもしれない。天井近くに10センチほどの丸い穴が開いているだけで、窓という窓はなく磨き上げられたような石壁が四方を覆っていたが、壁には大きなタペストーリーが飾られてあるため無骨なイメージはない。
 ドアと対面する側の壁には、暖炉が灯されており部屋を暖めていたが、きっとその暖房効果が得られるのはテーブル付近ぐらいだろう。そのテーブルの上には繊細なつくりをしている白いレースのテーブルクロスがかけられ、炎の色に揺らめいているように見える。
 シンと静まり返った空間に麻衣達が入ると、執事は腰を折り曲げたままの姿勢で扉を閉ざす。
「遠路はるばるよく来て下さった。
 今宵はささやかながら歓迎の意を込めて食事会を催すつもりだ。ぜひ、正装をして列席して欲しい」
 主人席に座っていた伯爵は、麻衣達一人一人ゆっくりと見るとにこやかにそう告げたが、ナルはいつもどおりの無表情でもって応じる。
「伯爵、我々は調査をするために来たのであって、パーティーに列席をするために来たのではありません。
 これからすぐに調査に入りたいと思っていますので、機材を設置する部屋へ案内してください。それから、依頼内容に関してもう一度詳しく話を伺いたいと思いますので伯爵には、時間を頂きます。それと、順にこの城に現在いる人間からも話を伺いたいと思いますので、よろしいですか?」
 相手が伯爵という身分のある貴族だろうと、企業家であろうと、一般家庭だろうとナルの態度は何も変わらない。それが気に入らないのか、伯爵は目を一瞬細めるが変わらずにこやかな笑顔を浮かべて言葉を続けた。
「もちろん、博士には思う存分に調査をしていただくつもりだが、あいにくと機材が途中アクシデントにあってこの城に着くのが翌日のことになっている。それまではゆっくりと長旅の疲れを癒してはどうかね?
 なにもそうアリのように慌てて働く必要はないだろう。
 もともと、私は博士とご婚約者殿の婚約も祝いたいと思っていたので、ついでといっては失礼だが囁かな宴の容易も時期に整うのだ。その席で私の家族とこの城を切り盛りしてくれている使用人たちを紹介しよう。それから、ぜひとも博士に紹介したいと思っている客も招いているのだ。彼らもぜひ博士とその後婚約者殿と言葉を交わしたいと言っていてね、親交を深めるためにもぜひとも列席してもらいたい。
 無駄な時間ではないと思うがね?
 私個人、や我が愛しの家族、使用人に対する質問は時間をみてしてくれて構わない。
 私は全面的に博士の調査には協力をするつもりでいるのだ。博士も歩み寄ってくれてもよいと思うのだが?」
 ナルに無理やり調査依頼をするほど切羽詰っている状況なのかと疑いたくなるほど、伯爵の態度は悠然としていた。
 冷たい火花が散っている・・・・その光景を見ていた麻衣や綾子は本気で、火花がスパークしだすのではないかとヒヤヒヤするぐらいだ。
「判りました」
 結局妥協せざるえないのはナルの方だ。
「ですが、その時間まではこちら側も自由にさせていただきます」
「構わない。アレックス、皆さんを部屋へと案内してあげなさい。その後彼らが望むのなら城内を案内してあげるといい」
 主である伯爵の言葉に老執事はうやうやしく頭を下げたのだった。














 伯爵との第一回目の対面はこうして短い間に終わってしまった。
 まだ、なぜ自分たちがこの城に呼ばれるようなことになったのかが、判らない。
 ナルが伯爵に対し問いかけないのに、自分たちが勝手に口を開くわけには行かない。
 失敗は出来ないのだ。
「皆様のお部屋は、3階部分に当たります。それぞれ個室をご用意させていただきましたが、ディヴィス様はご婚約者のお嬢様とご同室のほうがご都合がよろしかったでございましょうか?」
 揶揄っているのでも茶化しているわけでもなく、至極まじめな表情と感情をうかがわせない硬い声で義務的に問いかけてくるものを、ナルは簡単に結構ですという一言で済ませてしまう。
 当然だ。コレがただの旅行というならともかく、調査中で同室という事はまずありえない。
「麻衣の事は僕の婚約者としてではなく、一調査員として扱ってください」
 その言葉に、老執事は何も言わなかったが軽く頷いて了承の意を伝えた。
 饗宴の間を出ると再び元の階段に戻り、狭く圧迫感の感じる長い階段を昇る。この間も誰も口を開かずただ、ひたすら冷たい石を上ってゆく。数段上っては折り曲がり、また数段上っては折り曲がる。まるで螺旋階段のような造りの階段に、眼が回りそうだ。後に安原が言っていたことだが、外敵が万が一にも城内に押し入った時、大挙して階段を昇ってこられないようにわざと狭く作っているという。人一人が通れるほどの幅しかないため、階上から矢を射れば狙いを定めずとも、上ってくるものを射ることが目的とされているからだ。
 現在の地図で見ると国境からはそれなりの距離があるが、昔のドイツは小国が引き締めあってできていた国だ。常にその領地ラインは変動し、外敵がいつ攻めてくるかわからない時代、城はすべての防御策を考えて築城されたという。
 漸く、廊下に出ると二階と同じように、中央部を長い廊下がつっきり、その左右に等間隔の割合でドアが設置されている。天井は高く廊下の幅も余裕を持ってあるのだが、やはり闇が視界の半分近くを隠しているためか、ひどく圧迫感を感じる事は消えなかった。
「お部屋のほうはどれも同じようなつくりになっておりますので、こちらの方にて荷物のほうを搬入させていただきました。
 手前左からリン・コウジョ様。ジョン・ブラウン様、アヤコ・マツザキ様、マイ・タニヤマ様、オリヴァー・ディヴィス様。その奥は空き室となっております。右側のほうも現在空き室となっておりますが、後ほど合流されるというお方たちのお部屋としてご用意させていただいております。
 水周りなどの類は、古い城ゆえ各部屋にご用意は出来ませんでしたので、バスルームとトイレなどは申し訳ありませんが地下一階にあるものをお使いください。そちらにて、ご充分に満足していただけるバスルームをご用意させていただいております。
 ご希望のベースとなる部屋のほうは、一階の控えの間をお使いいただけるよう準備が整っております。機材が明日届きますので、届き次第そちらの部屋に搬入させていただく所存です。城内の見取り図のほうは、すでにそちらにご用意させていただいております。
 伯爵さまご一家は、五階のプライベートルームを使用されておりますので、むやみに近寄らないようお願い申し上げます。伯爵様のご息女様が現在大病を患い臥せっておりますので、ご配慮の程お願い申し上げます。4階には伯爵様がお招きしたお客様がお使いになっておられます。その方達も後ほど開かれる晩餐の席に参りますので、その折りにご紹介いたしますとのことです」
 矢継ぎ早に簡単に説明をする老執事にナルは軽く頷き返すといくつかの質問をしていく。
「電力の供給源は?」
「自家発電として、水力と太陽エネルギーを利用したものをお使いいただけます」
「この後、すぐに城内を案内してもらう事は?」
「わたくしでよろしければ承ります」
「では、お願いします。
 麻衣、松崎さんとブラウンさんと一緒に、城内を一通り調べて来い」
 休む暇もなく命じられた言葉に、三人は顔を見合わせてしまうが、いつもなら文句を言う綾子もさすがに何も言わず頷き返す。
 今のナルに下手に逆らうのは、神様にけんかを売るよりもたちが悪い・・・・・そう察したからに違いない。
 麻衣達は荷物を開くまもなく、再び昇ってきた階段を逆に下りていく。昇るときも大変だったが、降りる時はなお更だ。暗いため足元がよく見えない。城に使われている石が黒っぽいせいもあるのあるのだろう。心もとない明かりだけでは足元まで照らしきれていない。それも狙って、少し高めのところに蜀台を配しているのかもしれないが。
 一度、『控えの間』とやらによって見取り図を手に持って、麻衣達は案内してもらう。本来ならば、このとき温度計や湿度計やらを手に持って案内してもらうついでに、図りたいのだがそれらは全て明日にならないとそろわない。
 なら、今日一日ぐらい長距離の移動の疲れを癒させてくれたって言いのだが、そんなことを言ったらどうんなお言葉を食らう羽目になることやら・・・・・
 麻衣達はあまり一緒にいるのはいやだなぁ・・・と思ってしまうような、老執事の後に付いて一部屋一部屋、案内してもらう。
 まず最初の地下二階からだ。そちらは、ひどく狭く天井も低いつくりになっており、ワイン倉や備品などをしまっている納戸として使われている。
 地下一階は、調理場、洗濯場、使用人たちの部屋、バスルームにトイレといったもの。こんなところに使用人の部屋があるなんて待遇が悪すぎると思ったのだが、この城に関してならばたとえどの部屋でも外光が入るところはないため、階数など関係ないという話だ。
 一階は玄関ロビーを中央に配し、左右に廊下が伸びている形になっている。そして、その両側の奥が城塔になっており、あの狭苦しい階段になっているというのだ。そして、左右の城塔の最上部に問題の鐘が吊るされていると言うが、とりあえず順繰りに見て回ることになった。
 ロビーから見て右側に、控えの間がある。控えの間と一言で言っても2間続きの部屋で、奥の部屋が城主に謁見を求めてきた者たちが待機している部屋。手前のロビーに直結している部屋が側近達が待機している部屋という名目になっていたという。この2間がこの城滞在中でのベースとなる。
 広さは奥の部屋だけでも20畳ほどのスペースがありやたらと広い。上には蝋燭が灯されたシャンデリアが吊るされており、今はくべられていないが暖炉も設置されている。壁にはタペストーリーが飾られており、部屋の中央部にはソファーとテーブルのセットが鎮座しているだけで、何もない。側近の『控えの間』のほうにもなると、広さは同じぐらいあるというのにイスしかない。そのためやたらと広く感じられた。ラックを並べることになるのだから、華美な装飾がないほうが傷つけずにすんでいいのだが。
 向かい側にその奥は『応接の間』と呼ばれる部屋で、覗いて見るとやたらと広さは他の二つの部屋よりやや狭いが置いてあるものは、比べ物にならないぐらいにいいものなのだろう。現在は特に用途を足していないと説明があった。
 向かい側には武器室。中世のあらゆる時代の鎧や武器などが所狭しと並べられている。
 ロビーを挟んで反対側に書斎と図書庫。蔵書は1万冊にものぼり、他種多岐にわたっての蔵書があるというが、当然そこに書いてあるものは英語やら、ドイツ語や分けの判らない見たこともないような文字やら・・・・何の本なのかさっぱりわからない。
 書斎のほうは現在も伯爵が仕事部屋として使っているだけあって立派だった。そもそもこの部屋には電気が通されていたのだ。
「ブラド邸よりかはましってとこかしらねぇ・・・・あそこみたいに複雑怪奇なつくりはしてないもの」
 一階までを案内してもらった時点で、綾子が思わずぼやく。日本語でぼやいているから、老執事に聞かれても困る事はないだろう。多分・・・・理解していなければ。
「広さはこっちのほうが断然だけどね」
 当然だ。屋敷とはいえ個人で建てたものと城を比べるほうがばかげている。
「んで、麻衣何か感じたの?」
「何かって?」
「も〜決まっているでしょ! ブラド邸のときのように入ったとたん血の匂いがしたとか。こう、いやな感じがするとか、せっかく自然溢れる中にある城なんだから、野生の勘を発揮させなさいよ!」
「あやこぉ、私野生の動物じゃないんだけど?」
「似たようなものでしょ」
「失礼だなぁ・・・・・もう」
 ぷんと頬を膨らませるが、多少は能力を使いこなせるようになっても、いまだに『野生児』扱いである。いい加減そこから抜け出してもらいたいと思うのだが、きっと一生言われるに違いない。
「だけど・・・・特に今回はこう感じてないけど。ただ・・・・・ちょっと雰囲気に気おされているとは思う」
 どう表現すればいいのか判らないのだろう。言葉を選ぶように少し考え込んでから麻衣はそう表現した。
「気おされているんでおますか?」
 ジョンは特に感じなかったのだろうか。麻衣の言葉をかみ締めるようにゆっくりと反芻する。
「うん。ほらこんな雰囲気のところって来たことないし、車降りた時点から圧倒されっぱなしって言うのかな。なんかこうずっと落ち着かなくて、そわそわしているって感じかなぁ。期待しているようなのか、それとも逃げ出したいのか・・・・・よく判らない」
 ちょっと困ったような表情の麻衣に、綾子は呆れたような視線を向ける。
「ナルに一人前の認可もらったと思ったら退行?」
「さっきから失礼だね!綾子だってそう思わない?」
「ぜんぜん」
 力いっぱいに応える綾子は満面の笑みを浮かべて、どこか恍惚としたような表情さえも浮かべていた。
「素敵じゃない! 緑がとても素敵だわ。
 城内から見えないところが残念だけれど、分厚い壁を通してでも緑の気配が感じられるだから、相当なものよ。森の国と呼ばれるだけはあるわね」
 どうやら、今回は綾子の出番のほうが多そうだ。
 麻衣とジョンは思わず眼を合わせてクスリと笑ってしまう。
 日本だと綾子が頼れる木の数が激減しており、ほとんどおさんどん以外役立たずなのだ。漸く汚名返上とばかりに活躍できる場を見つけられて、張り切っているのだろう。
 こちらがあっけに取られるほどの浮かれぶりだ。綾子にとってはこの緑溢れる大地が性に合っているのかもしれない。
「だけど、この階段には正直言ってまいるわね」
 再び階段を昇り始めると、綾子は渋面を浮かべる。綾子だけではなく麻衣やジョンだって、確かにこの階段は歓迎されたものではない。まして、これから調査が終わるまで、頻繁に重い機材を持ってこの階段を上り下りするのかと思うと、心底辟易してしまう。
 二階部分は廊下を挟んで右側は『饗宴の間』で占められ、左手側が『貴婦人の間』と『王侯の間』と呼ばれるものに分かれていた。中世の時代食事を終えると、男女が別れて別々の部屋で団欒を楽しんだため、そう呼ばれるらしい。
 四階と五階は伯爵の許しがないため案内できないということで、簡単な城内の案内は終わるのだが最後に階段を天守閣まで昇り、依頼内容ともなった鐘を見に行くことになった。一階分を上るだけでも相当疲れるのだが、それが一気に天守閣・・・・六階部分までともなるとまた、疲労感は倍増どころではなくなる。
 ジョンは軽く息を上がらせ、麻衣と綾子は完全に息が上がった状態で天守閣までたどり着いた。階段の最上段はすぐに扉になっており、扉を押すとゆっくりと部屋側に開く。そこは、今までと違った空間だった。
 いつの間にか日は沈み、城外も薄闇に覆われ始めていた。東側の空は藍色に染まり、西側がほんのりと橙色を見せている。森は暗さをましいまにも多い尽くさんばかりのように見えた。
 ふっき曝しの部屋だったのだ。
 ただ、六本の柱が伸びドーム型の天井を支えているだけで、壁らしい壁はない。
 そして、見上げれば大きな鐘が吊るされている。だが、それは音が鳴らないように中の振り子が取り外されていた。
 ならないはずの鐘・・・・なぜ、それが、鳴り出すのか。
 風が共鳴してそのような音を立てているのか。
 こうして、間近から見ているだけでは判らない。だが、こうしてみている限りでは風が共鳴して立てた音とは思えない。山の上にありさらに城内で一番高いところにあるだけあって、風は強く今も吹き抜けている。それでも、音らしい音は聞こえないのだ。
 ある一定の条件の下に吹いた風が鳴らしているとも考えられない。
「麻衣、何か感じる?」
「ぜんぜん・・・・特に何も感じないかな?」
 古びた鐘は元がどんな色をしていたのかよく判らない。金色に塗られていたのか、銀色だったのか。それとも青銅のままだったのか。ただ、青緑色の苔むした鐘。音を鳴らすことを何年も忘れてしまったような、人々の記憶から消えてしまっていてもおかしくないほどの古びた鐘だった。











 Go to next→