誰が為に啼く鐘













 麻衣達が老執事に城内を案内してもらっている間に、ナルとリンは伯爵に詳しい話を聞くべく、再び『饗宴の間』まで足を運んだ。そこで思いにもよらない面々と対面することになる。
「やぁ、ディビス博士。ご婚約おめでとう」
 金髪碧眼の三十代にさし掛かろうとする青年と、その隣には見事な赤毛を背中にたらしボディーラインを強調するような服を着ている女性、分厚い黒眼鏡をかけた茶髪の中年男性の三人が伯爵を取り囲むように座っていた。
 SPRで顔をあわせたことのある顔ぶれだった。
「博士、改めて紹介するまでもないだろうが、私の友人達だ。
 マーク・トェイン。君と同じく心霊現象を調査する専門家だ。こちらのレディーは霊媒師をしている、ミラー・キャリー。こちらの紳士は彼らのチームのメカニック、ルイス・マクラン。君ほど輝かしい経歴はないが、私の友人であり私の悩みを聞いてこうして駆けつけてくれたのだ。ぜひとも、協力し合ってこの件を片付けて欲しいと思っているのだよ」
 有色人種嫌いの伯爵が友人というだけあって、彼らは皆白人だった。
 ナルは彼らに対し軽く頭を下げるだけの挨拶で済ませる。その様子にマークは軽く肩をすくめておしまいだが、ミラーはナルの背後をうかがうように身体を伸ばす。
「あら、博士。可愛いお姫様はご一緒じゃないの?」
 クスクスとからかうような響きを持った声に、『仕事に入っています』とこれまたそっけなく返すだけだ。
「伯爵、改めて話を伺いたいと思っているのですが、よろしいですか?」
「俺も聞きたいな。あまり詳しくは聞いていないんだ」
 どうやら、伯爵のお友達だという面目で来た彼らも、詳しい話はまだ聞いていなかったようだ。好奇心を隠せない様子で身を乗り出して伯爵のほうを見ている。
 伯爵は、ナル達にも座るよう促すと、そこに座っている者たちを順繰りに見ていく。そして、重々しげに口を開いたのだった。












 伯爵が、この城を手に入れたのは今から2年ほど前の話だという。
 伯爵の遠縁がこの城を所有していたというのだが、長い年月の間あまり手入れがされていなかったため、かなり荒れ果ててしまったというのだが、その遠縁が二年ほど前にこの世を去り、伯爵が相続したのがこの城を手に入れたきかっけとなった。
 それまで、伯爵はこの城の存在を知らなかったという。
 それから1年と数ヶ月の歳月をかけて蘇らせたのだ。
「私の甥は先天性の病で全身の色素が欠乏するといういう病に掛かっており、紫外線などを浴びれないのだ。
 そのため、日光の入らない部屋がどうしても必要だった。そのためにもこの城はいいと思った。
 もともと、この城は甥に譲り私は住むつもりはなかったのだが、それからすぐに娘が大病を患って、空気のよく静かな場所で静養せざるえなくなり、我々はこの城に移り住むことを決意した。
 もちろん、空気がよく静かな場所は他にもあるのだが、色々と事情があってね」
 12世紀に築城されたこの城は、当時の主旨どおり砦として使用されていたため、現代人が住むには不便極まりない。住む上で必要な設備を整え、漸く越してきたのが8ヶ月ほど前だという。
「改築中は特に問題はなかっのですか?」
「特にこれといった報告は受けていない。
 滞りなく改築工事は予定通りの日程で終了し、我々が城に移動したその日、どういうわけか鐘が突如鳴り響いた。
 鐘は中の振り子が取り外されておりならないようになっているのを知っていたから、なぜ鐘が鳴り出したのかが判らなかったが、別にこれといった害はなかったため気にはしていなかった。
 おそらく、風が吹き抜けた音でも共鳴して聞こえただけだろう」
「鐘が鳴らないように細工をされた由来はご存知ですか?」
「いや、私は知らない。ただ、鳴らないようにされているということしか。
 村人にでも聞けばわかるだろうが、どうせくだらない伝承だか迷信とやらに過ぎないだろう」
 左右の城塔にある鐘が突如時を同じくしてなり始めたというのだ。寸分の狂いもなく同時に音が鳴り響く。誰も当然鐘などならせるわけもないのに、その音はふもとの村まで響きわたっという。
 その時は何がなんだか判らないままだったのだが、鐘が鳴り響いた数日後からふもとの村に帰郷する予定だった娘の死体が見つかったという。
「死因は?」
「原因不明の突然死だ」
 そう、判断せざるえない死に様だったというのだが。外傷という外傷も特になく、穏やかな死に顔で川に浮いていたのを村人に発見されたという。
 死に顔は穏やかだった。苦悶の表情など一切なく、恍惚としたような表情だったと言ってもおかしくはない。司法解剖に回したのだが特にこれといった原因が見つからなかったため、突然死扱いになったというのだが、娘の親がそれで納得するわけもなかった。
 突然死をするほど体の弱い娘でもなく、またこれといった事件性もないのだ。
 久方ぶりに帰郷した娘にあうまもなく、変わり果てた姿での再会に納得できるわけがなかった。
 それでなくても、よそ者である伯爵一家が城に移り住んだことを快く思ってなかった、村人達は伯爵一家が越してきてすぐにおきた、この変死事件を伯爵達が来たためにおきた災いだと信じて疑わない。
「我々はその後聞いたのだが、村人は我々が死神を連れて来たと言っているらしいな」
「死神?」
「この村にある伝承だ。いや、この村だけではなくヨーロッパならどこへ行っても残っていそうなくだらない伝承だ。
 ペストが大流行した時代のことだろう。
 ペストが疫病だと知らなかった村人は、その死に様を悪魔の仕業だと信じていたようだ。
 その恐ろしさから死神が村に取り付いているのだと。
 そして、その時代の領主が悪辣極まりなかったため、この城の主を総じて死神と言うようになったという説や、その領主が外からペストを持ち込んできたため、死神とも言われるようになったとも言う説もあるが、どちらにしろありきたりなものだ。
 だが、そのぐらいで理由で死神の存在を信じるわけがない。
 そもそも、村人が大量に死んだのは疫病だ。
 現代の科学が進歩した時代で、死神だという架空の存在に怯えることがあるわけがない。
 だが、このような閉鎖的な村では、時代錯誤的な伝承を信じていてもおかしくはないからな。
 それこそ、隙間風の泣き声を女のすすり泣く声だといってもおかしくはない連中だ。
 私とて本気で相手をするつもりはない。
 だが、時を同じくして城内を見覚えのない娘が歩き回るのだ。時折すすり泣く声さえも響く」
「伯爵もご覧になったことがあるのですか?」
「ああ。忌々しい有色人種の娘だ。
 あれは、チャイナ系か? 髪は黒かったが肌の色は黒人のように黒くはなかったが、白人でもない。恐らく中国系か日系だろう。時代が掛かったメイド服のような粗末なボロを纏って城内を好き勝手歩いているのをみた。
 どこからか進入してきた浮浪者かと思い、問い詰めようとしたら目の前で消えおったわ」
 この城内には伯爵の有色人種嫌いが徹底しているため、使用人はすべて白人でそろえられており、一人とて有色人種はいないという。また、村人の嫌がらせと考えるにしても、村人達は生粋のドイツ人で、当然有色人種はいない。
 これが、まだ観光地なら観光で訪れた有色人種を金で雇うという手段もありえるが、外国からの観光客は愚か、国内からも観光に来るものはいない。
 特にこれといった特産がないせいだ。
 この村に生まれたものは、地道に農作業を行うか、町へ出るか、閉鎖された村を嫌って若者が出て行く以外、出入りの極端に少ない村であって、有色人種がいればいやでも人目をひくものだが、この城内以外で有色人種を見たものはいなかった。
「その娘は特に我が娘の近くに現れる。
 そのため、回復に向かっていた娘の病はさらに悪化している。
 もともと心臓が弱っているのだ。これ以上負担をかける事は出来ない」
「お嬢さんをこの城から移されることは考慮されなかったのですか?」
 心労で身体に負担が掛かっているというのならば、この城から出ればすむことだ。
「言っただろう。事情があり娘もこの城に移せざるえなかったと。
 博士、至急にその娘が現実に存在するものなのか、それともこの城に住まう悪霊の類なのかを調査してもらいたい」
「出来る限りのことはいたします。
 では、このあと伯爵令嬢と、甥ごさんにお話を伺いたいと思っているのですが?」
「二人とも今は休んでいる。後ほど紹介しよう」
「判りました。使用人の方に話を伺っても?」
「構わん。だが、台所番は晩餐が終わってからにするように。晩餐の時間がずれ込む」
 長いとは言えない伯爵との会談はここで幕を下ろされてしまう。その間一言も口を開くことのなかったマークが、ミラーを連れて改めて城内を見て回りたいと言い出し、各々が席を立ち始めた。















 廊下に出たナルとリンは麻衣達が戻ってくるのを待つために、ベースとなる控えの間へと足を向けた。
 そこは、すでに暖炉が灯されており柔らかな暖かさが室内広がっている。
 広さの割には何もない部屋だが、中央にあしらえられているソファーに腰を下ろすと、ナルはレポートに眼を落とす。今までの伯爵の言葉を完結にメモっていたのだ。
「我々を呼び寄せた意図が判らない」
 もしも、SPR絡みの件でなければこのぐらいの内容では依頼を引き受けなかっただろう。ただ、古城に見知らぬ女が出、その女が現れはじめたが為に娘の病が重くなったぐらいでは、霊の存在かどうかもわからない。
 村で発見された変死した娘との関連付けるのも強引過ぎる。
 ただ、引っかかるのは振り子がないという鐘がなぜ鳴ったのか。それ以降におきているのだから、鐘が鳴り響くそれに意味があるのか・・・・・・・・そもそも、なぜ鐘が鳴らないように細工が施されているのか。
「貴方の実力を測りたいだけでは?」
「それならば、他のケースでもいいはずだ。それもわざわざ対抗馬を用意してまでか?」
 伯爵が有色人種である自分を嫌いぬいている事は、当然ナルも知っている。
 くだらないことでエネルギーを使うものだと、ナルからしてみれば呆れる以外何物でもない存在だった。だが、わざわざ別のチームを引っ張ってきてまで対抗馬とし、自分に調査を躍起となってさせようとしているのかが判らない。
 それとも、彼らは自分たちの監視役だろうか?
 どちらにしろくだらないことには違いない。
「マーク・トエィン。あまり言い噂を聞きません。ミラー・キャリーも良評よりも悪評のほうが耳に入ってきますね。ルイス・マクランはこれといった噂は耳にしませんが、伯爵が彼らをなぜ呼んだのか理解しかねます」
 学術研究所であるSPRが役に立たないバカを研究員としておいておくわけはないから、それなりに結果を出してはいるものの、それは特別ずば抜けてのものではない。
 そもそも、マーク・トエィンはナルのようにリーダーとして調査に出た事はないはずだ。一調査員として使われる側の人間にしか過ぎなかった。研究者とは名ばかりの実力だ。ミラー・キャリーもその実は一調査員としての実力しかないということを聴いている。霊媒師と言っても軽いトランス状態になったとき、時折何かが見えるといった程度で、ユージン・ディビスのように名実共にそろった霊媒でもなければ、真砂子や麻衣の足元にも及ばないと、ナルは記憶している。
「こういうケースは前にもあった。
 僕たちには彼らが何をするかなど関係ない。いつもどおりやるだけだ」
 その言葉にはリンも何も言わず頷き返す。
 麻衣達が戻ってきたのはそれからしばらくしてのことだった。 

 

















 特別部屋数が多いという事はないのだが、目がまわるほど広いため、移動距離はそれなりにある。
 ナル達がいるベースに戻ると、麻衣達は皆そろってソファーにだらしなく座り込んでしまう。
 長時間狭い空間に座り続けていたかと思ったら、いきなりの運動に心身ともに疲れきってしまっている。だが、明日からの重労働は今日のこれとは比較できないものになるだろう。なにせ、それぞれの部屋の測定、機材の設置などなど、考えただけでもうんざりしてしまう。まして、普通の一軒家でも重労働だというのに、城ともなればいったいどれほどの重労働になることやら。
 想像しただけで地面にもぐりこみそうになるほどの疲労感が、両肩に蓄積されていく。
 だが、休む暇もなく城内見学の報告をボスにし始める。
「っていうような感じの造りのお城。
 どこの部屋を見てもぜ〜〜〜んぶ、窓がないの。ただ、この部屋と同じで高いところに十センチくらいの穴は開いていたけど」
 麻衣達はとりあえずナルに割り当てられた部屋で落ち着くことが決まった。メイドに頼んでお湯を用意してもらうと、早速とばかりにイギリスから持ち込んできた、紅茶をいれメンバーに配る。城のものに言いつければきっと、豪華なお菓子と共に紅茶だろうとコーヒーだろうと飲み放題になるのだろうが、誰一人とてメイドに頼もうと思うものはいなかった。
 綾子など久し振り飲む麻衣のお茶に、満足したかと思うとすぐに二杯目のお変わりだ。
「窓がない理由は判る。外敵からの攻撃に備えてだ。
 十センチほどの穴は銃眼。空気取りの穴だ。城をみて何か感じた事はないか?」
「特にないけど・・・・綾子やジョンにも言ったけれど、非常に私は落ち着かない」
「落ち着かないとはどう落ち着かないんだ?」
 綾子たちに話した時と同じことを麻衣はナルに告げるが、ナルは麻衣の言葉を聴きながら何かを考え込む。
 綾子は対して気にもしなかったことなのだが、ナルは麻衣の言葉に何か気になるところでもあったのだろうか?皆が不思議そうにナルを見るが、確信も何もない、ただ疑問に思ったことをナルが一々口にするわけもなく、それはさらりと流されてしまう。
 次に、綾子に同じ質問をする。
「あたしは、けっこう気分いいわよ。
 そりゃー、この暗さはうんざりするけれど、何も見えないってわけでもないし、まぁこういう造りの城じゃ電気を使われてはっきりみえるより、こう蝋燭の明かりで過ごしたほうがムードがあっていいと思うし。
 何よりも、この緑の濃い気配があたしには最高ね」
 麻衣とまったくと言っていいほどの対照的な回答をナルはただ黙って聞いたあと、最後にジョンへと向き直る。
「ブラウンさんは何か気になった事は?」
「たいした事はありまへんが・・・・ただ、一つだけおかしいなと思うたことがあります。
 まだ、建物の中だけをみただけさかい、確信を持って言えるわけではおまへんが、よろしゅうどすか?」
 ジョンらしい控えめな言葉に、ナルは頷いて先を促す。
「礼拝堂がないんいうんがおかしいと思ったんどす。
 絶対あるもんやともいいきれまへんが、カトリックに支配されていた時代で、礼拝堂がないゆうのはおかしいとおもうんどす。僕も古城に関して詳しい事は何も知りまへんが、たいてい城内から礼拝堂へ続く廊下や扉があるもんどす。が、執事さんに案内してもろうた時にはそんな感じのドアはありまへんでしたさかい。気になっていたんどす。
 ただ、一度城から外にでて庭や森の中とかにあるんいうこともあると思うんどすが、城塔の最上階から見渡した限りでは、礼拝堂らしいものはなかったさかい。へんやなと思うたんです」
 神父らしいジョンの着眼点だ。
 麻衣や綾子など同じものを見てきたというのに、全く気が付かなかったのだから。
 それが、また事件に関わってくるのか、それともタダ単に老朽化していたために、改築時に取り壊されたのか判らない。
「改築時に取り壊されたのなら、礼拝堂のあった跡があるだろうし、聞けば判ることだ。
 今日はもうくらい。全ては明日だな。
 この後、食事の時間になるまでメイドたちの話を聞く。今日の予定はそのぐらいだろう」
 ナルに今後の指示をもらうと、各々がそれに従って動く。
 といっても、今出来る事はほとんどないため、麻衣が順番に手の空いているメイドたちを呼び、ナルが話を聞くといったことを繰り返すことぐらいしか出来なかった。

















「ねぇ・・・・伯爵。君は人を見る眼があるのかもしれないね」
「どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。うん、実に興味深い人が三人もいる・・・・・可能性がなくはないよ」
「なら、あのこの命は助かるのか?」
 ナルたちの前に尊大な態度を見せていた伯爵とは思えないほどのへりくだった態度で、青年にすがり付いている。
「たぶん・・・・ね。
 うん、期間ギリギリだけど、約束や約束だ。
 だけど、いい・・・・?裏切りは許さないよ?」
 にこやかな笑顔で囁かれた言葉は、伯爵の心に突き刺さる。
「君達一族には一度裏切られているからね・・・・・念には念を押しておかないと。
 僕が望みのものを手に入れられたら、彼女は助けてあげる。
 それまで、お預けだよ」
 耳元で囁かれた言葉は、ひどく柔らかな物言いだというのに、まるで氷の刃のような冷たさと鋭さをもって、伯爵に届く。
「裏切る事は絶対にない!」
「まぁ、すべてはこれからのことだよ。さて、移動しようか?
 そろそろ、素敵なマスカレードが開かれる時間だ」
 軽快な足取りで部屋を出て行く後ろを、従者のように伯爵は付いていく。


























 誰もいなくなった部屋で、闇がゆっくりと揺らめく。
 まるで、霞やもやのようにそれはゆっくりと現れ、形となす。
 はっきりとしないおぼろげな姿のそれは、形をなさぬ前に闇に溶け込むように霧散する。






誰カ 気ガ付イテ












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