誰が為に啼く鐘








 犬の遠吠えが耳につく。
 それとも狼の遠吠えだろうか?
 細く…長く…かすかに聞こえる声。
 風に乗りどこからか聞こえてくる・…・…








 麻衣は何度目か判らない寝返りを打つ。
 身体は長時間の移動で疲れ、睡眠を欲していると言うのに意識だけがやたらと冴えて、眠りをもたらせてくれない。寝付きが人一倍いいという自覚が有るだけに、寝たいというのに寝れないと言うのは苦痛以外何物でもなかった。
 思わずため息をつきながら視線をあたりに向ける。
 窓一つない室内には月明かりはおろか星明かりすら入ってはこない。
 眠る為にランプの明かりも吹き消してしまい、たった一本残された蝋燭の炎だけが、ゆらり…ゆらり…と時折風に揺らめくのが見えるだけで、一本の蝋燭の明かりだけでは、部屋の輪郭さえも照らしきれない。
 柔らかなベッドに身を静め、毛布を口元までずりあげながら、麻衣は挙動不審なまでにあたりに視線を向ける。
 何も見えないと言う事がこれほど怖いとは思わなかった。
 まるで、今にも部屋の隅から何かが飛び出してきそうなきがする。
 もちろんそんなことは空想にしか過ぎないことも判っている。幼い子供でもないのに、そんな事を考えてしまう自分に苦笑が漏れるが、だからといって萎縮し緊張する身体を落ち着かせることは出来ないでいた。
 銃眼を吹き抜ける風以外何も聞こえない。
 この城には大勢の人間がいると言うのに、分厚すぎる石の壁のせいか人の気配というものをまったく感じさせなかった。そのことが余計想像力を駆り立てるのだろう。また、古い城に徘徊する幽霊。いわく付きの鐘・…想像するなというほうが無理なほど、シュチュエーションは揃っており、麻衣は想像力を働かせてしまう。
 なぜ、幽霊は城を徘徊するのか…なぜ、この城の鐘は鳴らないようにされたのか…なぜ、なぜなぜ…滞在一日目にしか過ぎないというのに、疑問ばかりが頭にこびりつく。
 まだ、調査らしいものは何一つしていない。
 明日からその《なぜ》を解明するべく汗水流して働くのだ。
 何も判っていない状況だからこそ、イロイロと想像してしまう。
 この城で過去どんなことがあったのかを。
 悲恋に破れた姫の逸話だろうか。それとも、戦に破れた哀れな城主の最後の叫びか、それとも政略結婚の末の不幸せな一生を送った者の魂がさすらっている? もしくは、血まみれの伯爵夫人として有名な、エリザベート・バートリーのような陰惨極まりない事件でもあったのだろうか?
 眠ろうとすればするほど、やたらと思考をめぐらしてしまうことに、疲れたように溜息を漏らす。
 一人で眠るには広すぎるベッドが、余計そう感じさせるのだろうか。
 考えてみれば、一人で眠るのは久しぶりのような気がする。
 イギリスに来てからは常にナルと同じ寝室、同じベッドで休んでおり、婚約する前からナルのマンションに引っ越していた為、一人で眠るのは本当に久しぶりだった。
 ベッドに入る時間は違っても、夜中にふと目がさめればナルの温もりが傍らにあり、朝起きる時にはその腕に抱きこまれていることもたびたびあった。ちょっと前までふと目が覚めたとき傍らに温もりがあることが、奇跡のように思えていたのだが、今ではすっかりとなれ日常とかし、傍にナルがいるのが当たり前と思うようになっていたことに、今更だが初めて気が付く。
 贅沢な日常だ・・・・と思いつつも、こうして一人で眠るには広すぎるベッドで一人で眠るのはなんだか、寂しい・…と思ってしまうのも正直な感想だ。
 前まで一人で眠るのが寂しいだなんて思ったことはないと言うのに・・・・慣れと言うものは恐ろしいものだと麻衣は思いつつも、寂しいものは寂しいんだいと呟いてしまう。別に誰も聞いていないから多少の呟きぐらい漏れても構わないだろう。
 ごろり…と寝返りをうち、毛布を頭までひっかぶり目をつぶっても中々寝つけず、無駄な時間を過ごすばかり。
 このままでは下手をすれば一睡もせず夜明けを迎えてしまうことになりかねない。
 早々にベッドに入っておきながら、実は一人寝が寂しくて眠れませんでしたなんていったら最後、嘲笑と皮肉を朝っぱらからありがたく貰うことになり、綾子には思いっきりからかわれるのが目に見えている・・・・・・だから、ちゃんと寝ないと。
 それに眠れば何か夢を見れるかもしれない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、思ったからと言ってそう簡単に睡魔が訪れてくれるなら、早々に眠りについているわけである。
 さて・・・・羊の数でも数えるか、どうしようか・・・・としばし無駄なことに思考をめぐらせていたのだが、諦めの溜息をつくとよいせっと反動をつけて置きあがり、手探りで枕もとに置いて置いた懐中電灯を探るとパチンと電源をつけ、上着を羽織って枕を一つ抱えもつと部屋を出て行く。







































「で?」
 夜中二時近くの突然の訪問に憮然とした表情で問い掛けられ、麻衣は「えへへへへへ」と作り笑いを浮かべてごまかす。
「一人で眠るのが寂しくて怖いからって、気持ち良く眠っている人間をたたき起こしたというわけ?」
「ゴメン…だって、眠れないんだもん・・…」
「あんたねぇ。子供じゃあるまいし何言っているのよ」
 呆れたような言葉に麻衣はぽりぽりと頬をかきながら、視線をずらす。
 自分でも子供っぽいとは思うのだが・・・・・・思うのだが、今更言いつくろっても無駄である。
 ぶつぶつ文句を言いながらも部屋に入れてくれた綾子に、礼を述べていそいそと部屋の中に入り込む。
 綾子も眠っていたのだろう。暖炉の火は消えて室内の空気は廊下と同様に冷え切っていた。
 二人して暖かなベッドに潜り込む。二人が横になってもまだ十分なスペースがあった。
「なんで、このあたしが女とWベッドで寝なきゃいけないの。
 だいたい一人寝が寂しいなら、あたしん所じゃなくてナルん所に行けばいいじゃないよの」
「今は仕事中だもん」
 ここを選んだからには絶対に言われると思っていたため、麻衣はうろたえることもなく答えられるが、綾子は「何を今更」と呆れた口調で呟く。
 何事も無い時は仕事は仕事、プライベートはプライベートとしっかりとライン引きをしているが、いざ何かがあるとそう簡単に区別は出来ないものであり、あのナルでさえ麻衣に何かあれば公私を区別し切れているとは言いがたいところがあった。
 まして、ナルに何かあった場合麻衣は仕事も何も関係なくなる。
 とはいえ麻衣の場合は、相手がナル一人に限られないが。
 それでも、公私混同を避けて動く彼らに対し、微笑ましく感じる反面じれったくさえも感じるのが正直な感想だ。
 これが、完全に仕事のみの付き合いならば、公私混同は絶対に避けて欲しいところなのだが、彼らとは付き合いがそれなりに長いのだ。今更、そのぐらいのことでどうこう思うような付き合い方はしていない。
 二人が常軌を逸したことをしないと言う信頼感もあるのだが、なにより今更パカップル振りを見せられたところで、驚きを感じる事はなくなったからだと言うのが正解だろうか。
 慣れというものは恐ろしいものである・・・・・思わず綾子の視線が遠くを見てしまっても誰も何も言わないだろう。麻衣は綾子が視線を遠くに飛ばしていることに気がつくこともなく、唇を尖らせながらぼやく。
「それにさ、私がこの時間に寝れないからってナルの部屋に行ったからって、ナルが一緒に寝てくれるわけ無いじゃん。仕事中だって言われて追い出されるのが落ちだよ」
「まぁ、確かにねぇ・・・・あんたの身に危険が迫っている状況で、目が離せないならともかく、子供のわがままにあのナルが付き合うわけ無いわよね」
「子供、言うな」
 ぷっくりと頬を膨らませて上目遣いに睨みつける麻衣に、綾子はフフンと鼻で笑う。
「あら、暗いのが怖くて一人で眠るのが寂しいって言いながら、人のベッドに潜り込んでくるのは、子供の常套句じゃない?」
「うぅ・・・・・・・・」
 言われるまでも無く自分でも子供のようだと思うのだが、寝付けなかったのだから言い訳のしようがない。
「それにしても、あんた珍しくない? 眠かったのに寝付けないなんて」
「まるで、横になったらすぐ寝ちゃう人間のように言うのやめてくんない?」
 まるで、それでは、あの有名なアニメの主人公であるの○た君ではないか。
「あら、違うの?」
 何を今更言うのといわんばかりのその表情にがっくしとうなだれてしまう麻衣。
 そ、そんなに自分は普段寝付きが良いのだろうか・・・・
「冗談は置いておくとしても、やっぱりナルに言ったほうがいいんじゃないの?」
「くどいよ」
「今度は冗談じゃないわよ。あんた、それ本当に子供みたいに一人が寂しいなんて感じるものなのかしら?
 いつものヤツなんじゃないの?」
 綾子に言われ改めて考えて見るのだが、麻衣は首を傾げるだけだ。
 特にこれと言っていやな感じがするわけではない。
 いや、一人が寂しいとか、暗闇が怖いとか思っている時点で、いやな感じがすると言うのかもしれないが、はっきり言ってしまえば慣れない環境におかれたとき、それは自然と沸き起こる感情だ。
 慣れ親しんでいる温もりが無ければとうぜん、その存在の不在に心細さを覚える。
 暗闇の中では視界の利かない人間は、無意識のうちに暗闇を恐れ避けるように明かりを灯す。
 別段特筆するような感情ではない。
 これが、一人では片時もいられないぐらいに感じるのならば、異常かも知れないが、一人でいようと思えばいられるものである。綾子が言うようにいつものヤツとは思えないでいた。
「でも、一応ナルには話して来たほうがいいわよ」
「明日ね。今行ってもどうせ、邪険に扱われるだけだって」
「そんなことは無いと思うんだけど・・・・・・・・・・・」
 麻衣がそれなりに振舞えばナルとて懸念を抱き、そうそう邪険には扱わないはずだ。
「綾子さ、私がナルにばれないように出来ると思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理ね」
 妙に長い沈黙が非常に引っかかるが、あえて無視をする。
 自分で言うのも情けないが、あのナルにうまく都合のいい方向に思い込ませることが出来るわけもないし、今の状況でそうしようとは思わない。下手な行動をとりナルに何かを思い込ませてしまったら、取り返しの付かないことになりかねないのだ。あのナルが、そうそう簡単にこちらの思うとおりに思い込んでくれるとは思わないし、たった一つの考えによって全ての方針をそれ一本で絞り込むと言うタイプでもない事は判っているが、どこでどう足を引っ張る結果になるか判らないのだ。
 間違った情報は出来る限り告げない。
 それは、ナルの手足となって働く麻衣や、綾子達が無意識のうちに覚えたルールの一つである。
 もちろん、何が必要で不必要かを考えるのがナルなのだから、掴んだ情報は出来る限り私見を混ぜないようにして伝える事は伝えるのだ。
「まぁ、今すぐじゃなくても明日には一応伝えておいたほうがいいわよ?」
「うん、そーする・・・・ふぁ・・・・・」
 眠れない、眠れないと言っていたわりには麻衣の口からあくびが漏れる。こうして、他人の傍で人とのんびりと話しながら横になっていたため、萎縮していたからだから余計な力が抜け、緊張が解けてきたのだろう。もともと疲労は蓄積されていたのだから、そうなった時点で睡魔が訪れても不思議ではない。
「明日から忙しいんだから、寝ようか」
「うん・・・・お休み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 語尾は掠れ呼吸はすぐに寝息に変わる。
 なんだかんだ言いながらも眠りに落ちる時は唐突な麻衣に、綾子は苦笑を浮かべながら瞼を下ろす。そして、なんだかんだ言いながら麻衣に負けないほどの速さで綾子も眠りに落ちたのだった。






















 ピターン



 何かが滴り落ちる音が聞こえる。






 ピターン


 どこから、聞こえるのか判らない。
















 分厚い壁に囲まれ、外の音など何一つ聞こえないと言うのに・・・・・・・




 ピターン・・・・ピターン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・













 高いところから滴り落ちる音。


 ヒタリ・・・ヒタリ・・・ヒタリ


 その音に重なるように、素足で床を歩くような音が聞こえる。






















 冷たくないのかな?
 思わずそう思ってしまう。
 こんなに冷える夜、素足で石の上を直接歩いたりしたら、足が冷たくなってしまうと言うのに。






 ヒタリ・・・・・ヒタリ・・・・・ヒタリ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヒタリ








 足音は唐突に聞こえなくなった。
 ドアの前で立ち尽くす。
 ノックする様子もなく、ドアノブに手を伸ばす様子もない。
 ただ、ドアの前に立ち尽くしていた。
 何をしたいのだろうか。判らない。
 そのままどのぐらいの間立ち尽くしていただろうか、細い腕を伸ばしてドアにそっと触れる。ノックするためでもなければドアを開けるために伸ばされたわけでもない。
 まるで愛しい人の胸に凭れかかる様に、ドアにそっと身体を寄せていた・・・





















 時計のアラームがなって目が覚めた麻衣は、目を開けても夜のようにくらい室内に瞬きを繰り返し、目を擦ってしまう。
 セットの時間を間違えたか・・・・・ぼんやりとそんなことを考えていると、綾子が置きだして蝋燭に火を灯していく。
 そうか・・・・窓が無いから室内は朝だろうと夜だろうと暗いのか。
 唐突に、自分がいる場所のことを思い出し納得する。
 落ち着いて周囲を見渡してみれば、天井近くに開けられている銃眼が僅かに光を通しているのが見えた。
 どうやら、外は日が昇っているらしい。
 なんか、調子が狂ってしまいそうだなぁ・・・・・と思いながら、麻衣は綾子の部屋を出て自分の部屋に戻り着替える。
 最初にベースに行って今日の予定を聞かないといけないなぁ・・・・と思いながら身支度を整えると、ふと何か夢を視たような気がすると思った。
 どんな夢か、そもそも夢を視たのかも定かではないのだが・・・・・・
「夢・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・視たっけ?」
 ポツリと呟いて見るが、断片は愚か視たか視なかったのかさえ定かではない。
 記憶に残っていないなら定かではないのだろう。そう思いながらベースへと向かうべく、部屋を出たのだった。










 朝食を食べ終わると届いた機材の設置組みと、温度や湿度傾斜等を計る組に分かれて動くことが決まっていた。体力のない麻衣と綾子は後者組み、ナルやリン、ジョンは機材の設置組みに分かれて午前中を費やすことになった。
 見取り図にそれぞれの数値を記入しながら、一部屋一部屋計っていく。
「浦戸邸の時みたいに隠し部屋なんて無いでしょうね」
 メジャーで各部屋のサイズを測りながら呟く綾子に、麻衣はなさそうだなぁと呟く。ボードに書き込んだ数字を見る限り、ずれは今のところ見られない。どの部屋も壁の厚さと部屋の大きさは外観と一致しているようだ。だが、この城の壁は厚さが1・5m程あり、知らずうちに惑わされないとも限らないのだが。
「今のところこれといった数字の異常はなしと」
 どの部屋も平均的に9度から10.5度の間で、特別数値が低いのはワイン倉庫と貯蔵庫ぐらいである。だが、これは綾子に言わせるとおかしいことではないと言う。ワインセラーからみると平均的な数値であるらしいから、特別低い部屋は今のところ無いということになる。
「四階と五階って測定していいのかな?」
 2時間ほどかけて地下二階から自分たちに割り当てられている三階までの測定は終えたのだが、四階と五階はまだである。無断で上がって測定していいのか、それとも主の了承が必要なのか迷うところだ。二人がどうしようと迷っていると、古臭いメイド服・・・紺色のゆったりとした長いワンピースに白いエプロン。まるで大正時代を彷彿としていしまいそうな、レトロな服だ。・・・・ドイツにいながらなんで大正時代を髣髴するのかは、きっと知識が足りないからだろう。そんなを着た一人の白人女性が通りかかる。
「あの・・・・・四階と五階も調査したいんですがいいですか?」
 この城で働くスタッフは、全て伯爵がイギリスから連れてきた者たちだと言うから英語が通用するはずである。麻衣が問いかけるとその女性は眉一つ動かすことなく、自分では判りかねると完結に答える。
「伯爵様にお聞きください」
「その伯爵はどちらに?」
 下の部屋を測定している間伯爵には一度も会っていない。考えられるのは五階にあるプライベートエリアーにいるということだろうが、自分たちがかってにずかずか行ってもいいものかが謎だ。なにせ、五階と四階に立ち寄る時は事前に一言声をかけて欲しいということが言われているからだ。
「わたくしは存じません。執事様にお聞きくださいませ」
 眉一つ動かさない彼女はまるで能面か鉄仮面そのものだ。ナルの無表情とも違うような気がする。まるで機械でも相手にしているような気がするのだ。とにかく、この城に働く人間達は意思と言うものを感じさせない。
「その執事さんはどちらに?」
 綾子がいらいらしながら聞き返す。その二人の姿を見つけることが出来ないから、聞いていると言うのだ。
「執事様はいつも伯爵様のお傍にお仕えしております」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 らちが明かないと言うべきだろうか。伯爵に聞けといい、その伯爵の場所はどこかと聞けば執事に聞けと言う。そして、執事の場所を聞けば伯爵のそばにいると言う・・・・・どうやって見つけて聞き出せと言うのだ。
 麻衣達が黙り込んでしまうと、メイドはさっさと一礼をして歩いて行ってしまう。
「やっぱりさぁ・・・・」
「使用人も有色人種嫌いなのかしらねぇ?」
 ポツリと漏れた声に二人とも同時に溜息を漏らしてしまうが、だからと言ってここでUターンが出来るわけが無い。ちゃんと隅々まで測定をしておかないと、ベースに戻った時何を言われるか判ったものではない。せっかく重い機材をえっちらおっちら運ぶ作業が免れているのだ。測定ぐらいちゃんとやっておかないと、戻ったとたん重労働にまわされるに決まっている。
 あの、マッドサイエンティストはレディーに対する礼儀と言うものが欠如しているのだ。紳士の国といわれるイギリス人でありながら。
 とりあえず狭苦しい圧迫感を覚える階段をさらに昇って四階に進む。自分たちに割り当てられた部屋と何一つ変わった様子は無い。中央にはまっすぐに伸びた廊下を中心に、左右に均一にドアがある。この階を使っているのはおそらく、昨日紹介された三人だけだろう。勝手に部屋に入るわけには行かないから、ノックをして部屋の主が了承をしたら測定をさせてもらうことに決めた。
 右側から順繰りに進んでいく。
 一つ目は空振り。ノックをしても返事がなく、ノブに手を伸ばしても鍵が開かない。保留扱いで老執事が見つかったら鍵を借りて測定することにして、次の部屋に移る。だがその部屋も鍵が掛かっており一通り試して見ると右側は全て未使用状態なのだろう。ノックをしても反応は無く、鍵が全て掛かっていた。
 左側に移るも奥二つは未使用のようだった。真ん中のドアをノックした時に漸く反応がある。
 ルイス・マクランと言う名の中年男性だ。さえない表情をしたままドアの前にいる自分たちを見下ろしている。
「すみません、測定したいのですが構わないですか?」
 彼もSPRの職員なら多くを説明する必要は無いだろう。彼もその事は承知しているのかドアを大きく開けて招いてくれた。



 Go to next→