誰が為に啼く鐘















 ナルたちは重い機材をバンからベースへと運び込んでいた。
 ラックを設置しモニターを配置していく。
 モニターの設置は麻衣達が測定を終えた後にすることになっていた。
 今のままではこの広い城のどこに設置するべきなのかが見当も付かない。
 重点を絞り要領よくカメラを設置しなければ、時間ばかりが無駄に過ぎていくことになる。
 いくら、本部の機材は日本支部に比べ多くそろえてあるとはいえ、城全体をカバーできるほどの機材が準備できるわけもない。また、長時間の移動により機材にストレスが掛かっていないか、設置する前に一つ一つリンがメンテナンスをし、調整が終わったものから順繰りに設置していくのだが、人手が足りないこともまたネックとなった。
 今回男手は自分を含め、リンとジョンしかいない。
 リンはメンテナンス、調整などに追われており機材の設置をしている余裕はない。
 普段ならば麻衣や綾子も設置に借り出されるのがいかんせん、城の階段などは段差が高く急勾配だ、腕力や体力が乏しい彼女達に重い機材を運ばせ、階段でふらつきでもしたら間違いなく大怪我を追うことになる。
 機材の破損ぐらいならいいが、この人里から離れた山の中で大怪我でも負ったら命に関わりかねない。
 よって、彼女達が運ぶのは必然と肉体的に負担が掛からない、コードやらマイクやらといったもになる・・・・が、階段をなん往復することには変わりなく、重々しい溜息をつきながら設置を繰り返すことになる。
 昨日夕食時間までにスタッフから話を聞いたのだが、総勢15人が働くこの城で話が聞けたのはほんの六人ばかりだ。執事と庭師と掃除などを主にこなしている四人から。
 異常に気が付き始めたのは自分たちがこの城に入って一月後ぐらいのことだと言う。
 誰か判らないが確かに夜中女性の幽霊な者を見たことがあると彼らは言う。
 一人は、階段を昇っている最中に忽然と消えた姿を。
 一人は城搭のてっぺんにある吊り鐘の下に佇む姿を。
 二人は五階の廊下で。
 一人は伯爵の娘の部屋で。
 一人は地下を折りていく姿を見たと言う。
 それがどんな姿をしていたのかは誰もはっきりとしたところは判らないと口をそろえて告げた。
 場所は特にこれと言って定まったところはなく、他に目撃した者達からの話は聞けていないが、この六人の話を聞く限りだと城内のいたるところで、見られていると言う話だ。
 他に共通点といえば、時折夜中になるとすすりなく声がどこからともなく聞こえてくるという点だけだ。それ以外特になにも現象は起きていない。ポルターがイスとが起きたわけでもなければ、それが幽霊だとわかるような現象が一つでも起きたわけではない。
 だが、彼らは一様に声をそろえて『あれは女の幽霊』だといい『有色人種に違いない』と断言する。
 その根拠を聞いても『それ以外ありえない』と口をそろえて言うのだ。
 すべてが曖昧すぎる中、ナルはますますなぜ伯爵が自分たちを招いたのかが判らず、疑問を深めていく。
 もしもこれが日本で依頼された件であり、バックにSPRの重役どもが絡んでなければ興味を覚えることも無く、断ったと断定できるほど根拠が薄すぎる。
 今だこの調査に興味を覚えることができないまま二日目に入り、漸く調査を開始できる状況になった。とはいえ、すぐに機材の設置と言うわけには行かなかった。
 空輸されてきた機材の状態を一つ一つ確認し、さらに外部との連絡を取れるように機材を組み立てていく。
 リンは表で小型のパラボラアンテナを組み立てている。
 電気が通っていないこの城には当然電話などといった外部との連絡手段もなかった。だが、調査には必要不可欠なため、わざわざ衛星を介して交信出来るものを用意しておいたのだ。
 それらのコードは壁に空けられている銃眼を通って室内に配線される。
「状態はどうだ?」
 回線のテストをしながらアンテナの向きを調節しているリンにナルが問いかけると、今のところは良好だと言う返事が帰ってくる。
「外に設置しておく限りは問題は無いと思いますが、室内に設置するのは無理ですね」
 城の壁はただの石ではないのだろう。
 室内に一度は設置したのだがノイズがひどすぎて使えたものではなかった。
 外においておくのは風で倒れたり雨に降られショートする可能性もあり、また誰かがいじってしまう可能性も絶対に無いとはいいきれない。そのため出来ればむやみに外に設置するのは避けたいところなのだが、そうも言ってはいられなかった。
 一番いいのは城塔のてっぺんに設置することだったのだが、コードの長さがたりずベースのすぐ表にあたる場所に設置することに決まっていた。
「使えるのならば一度安原さんに連絡をして、中間報告を貰っておいてくれ、何かわかったことがあるだろう」
「判りました」















 ルイス・マクランは何も言わず部屋の測定をさせてくれた。
 この部屋も特に異常があるようにはみえない。
 数値的に今までの部屋とほとんど同じだった。
 麻衣と綾子は黙々と部屋の測定を済ませる。
 その様子をドア付近の壁に寄りかかりながら、眺めているルイスの視線が痛く感じるほどの沈黙。
 まるで、自分たちがどうやって調査をしているのかその様を漏らさず見届けてやると言わんばかりに視線を感じるのだが、それは深読みのしすぎだといわれれば、そう思ってしまうほど彼が何を考えて見ているのか判らなかった。
 重い沈黙から逃れるようにその部屋を出ると麻衣たちは隣の部屋に移る。
 隣の部屋はミラー・キャリーに割り当てられた部屋だった。
 数回のノックで彼女はドアを開けてくれたのだが、肌が透けるほど薄いネグリジェの上にガウンを羽織った姿に、まだ眠っていたのだと言うことを知る。
 時刻はすでに午前10時になろうとしている時間。けして部屋を訪れるには早い時間とは言い切れないのだが、彼女は朝っぱらから何よといわんばかりのキツイ視線だ。
「朝早くからご苦労様なことね」
 あくびを噛み殺しての言葉に麻衣は何も答えないが、その挑戦的な笑みに綾子顔に険が浮かぶ。
「あたし達は仕事をしにきたんですもの。そうのんびりと朝を迎えてられないのよね」
 嫌味にはもれなく嫌味で返す綾子に、麻衣は疲れたように溜息を漏らす。
「まったく、測定するならもっと前もって言ってよね。不意打ちじゃ困るのよ」
 昨日のうちに言っておいたはずなのだが、伯爵の甥との会話に夢中になっていてどうやら聞いていなかった模様だ。
「それにしても博士の趣味も変わっているわねー。日本人なんかとチーム組んで捗るのかしら?」
「調査に国籍が関係しただなんて初めて耳にしたわ。こういうのって実力主義の世界だと思ったけれど?」
 手を休めずに独り言に独り言で返す綾子。
 麻衣としては余計な波風は建てたくは無いのだから、大人しくしてくんないなぁ・・・と思いつつもこの二人の間に口を挟む気にはなれない。どうも昨日から何かと火花を散らしているように思えるのは、同属嫌悪と言うやつだろうか?
 綾子にしろミラー・キャリーにしろ自分が女だと言うことを最大限に利用出来るタイプだ。
 もちろん、綾子はそれを武器にしても売るような真似はしない。ただ、それも自分の魅力の一つと判りきっている。このミラー・キャリーと言う女性がどういう意味で『女』として魅力のある自分を全面的に出すのかはまだわからないが、感じるものがあるのだろう・・・・・・
 特になんとなく伯爵の甥を挟んで火花を散らしているように思えるのは気のせいだろうか?
 確かに、伯爵の甥ブラットは優しげであり容姿も端麗だった。だが、麻衣は目の色を変えて取り合いにするほど魅力的な人だったかと問われると、あまりお近づきにはなりたくないタイプだとなんとなく思った。
 物腰の柔らかさも、穏やかな雰囲気もなんだかひどく落ち着かないもの・・・・そう、この城の雰囲気とどこか似たようなところがあると思ったのだ。
 それはブラット一人だけではなく伯爵の一人娘ジェニファーにも当てはまることだった。
 いや、それをいてしまえば二人だけではない。この城に住む全ての人が同じような雰囲気を持っていると思え、あまり長い間一緒にはいたくなかった。
 綾子とミラーの嫌味をバックミュージックに測定を済ませる。
 数値は今まで同様特に気になるものはなかった。
 麻衣は一応礼を述べて部屋を出る。
「まったく、いい身分よね。仕事をしに来ていると言う自覚があるのかしら?」
 ぷりぷりと腹立たしげな様子の綾子に麻衣は苦笑で答え、この階最後の部屋に当たるマーク・トエィンの部屋をノックする。こちらはそう待たされることも無くドアが開き、マーク・トエインは自分たちを部屋に招いてくれた。
「朝早くからご苦労だね。この城は寒いから冷えただろう? お茶でも飲んでいかないかい?」
 ニヤニヤとした笑みを相変わらず浮かべながらも、表面的には友好的な態度で麻衣達にお茶を勧めるのだが、二人は仕事中だからと言って断り、測定を始める。
「基礎は守っているんだね・・・・面倒でけっこうやっていないものだと思っていたよ」
 基礎をきちんとやらないで、ちゃんとしたデーターが取れると言うのだろうか?
「君も大変だねぇ。あの博士を婚約者に選ぶだなんて。数多の女性がちょっかいをかけてきてうっとおしくないかい?」
「別に・・・・・」
 なぜそんなことを他人に言われなければいけないのだろうか?
 そう思いながらもうっとおしいとは思っても、相手がナルである。
 目くじらを立てるようなことではない。ゴキブリがゴキブリほいほいにたかってしまうように、あの美貌を持つナルに容姿自慢の女性が集まるのは、特別珍しいことではない。
 ただ、ナルはそれを煩わしいと思っているのが顕著に出ており、浮気の心配をする必要はないと言う事は、この短くはない付き合いの中で熟知しているため、目くじらを立てるようなことではない。
「出来た女性だね。
 そういえば、滞在中博士と同室なの?」
 本当にくだらないことばかりを問いかけてくる男だ。
「いえ、仕事中なので。ミスター・トエインは調査を開始しなくていいのですか?」
 紹介された時、伯爵はこの男のことを博士号付きで呼んではいなかったため、あえて『ドクター』はつけない。恐らくただの研究員どまりでまだ博士号は取っていないのだろう。
 リンもナルもマーク・トエインがチームを持っているとは聞いた事はないと言い、おそらく伯爵が個人的に呼び込んだため、彼らはSPRからの出向者ということはなさそうだと言っていた。
 そもそも、SPRからさらに別チームを派遣しているならば、そのことを事前に知らされているはずなのだから。
「おやおや、連れない博士だ。こんな寂しげな城で婚約者を一人にするなんて気が利かないね。寂しいことがあったら私のところに来ても構わないんだよ?」
 人のことを散々童顔だの、なんだのと言っておきながら他人の婚約者を平気で口説ける・・・それも仕事中に、その無神経さに麻衣も綾子も素直に感心する。
 どうせ、からかっているだけだろうが。
「測定が終わったので失礼します」
 マークの軽口に付き合っているほど暇ではないのだから、さっさと退室するのが利口だろう。
「今度ゆっくりとイロイロと語り合いたいものだね」
 部屋を出る間際そんな戯言が耳に聞こえてくるが、麻衣たちは相手にしない。
「ろくでもない連中ばかりね。伯爵って一体何を考えて調査依頼をしてきたのかしらね」
 それは恐らく綾子だけではなく、日本支部全員が疑問に思っていることだろう。
















「ナル測定終わったよー」
 予定よりも若干早く麻衣と綾子はベースに戻り、細かな数値を書き込んだボードをナルに手渡す。
「五階が空白だが?」
 地下2階から4階の各部屋、等間隔ごとに計った廊下、階段など細かく数値が書かれているのだが、五階部分が全くの空白でとんで、城搭部分が書き込まれている。不機嫌そうなナルに対し麻衣は肩を軽くすくめる。
「しょうがないでしょー、測定しに五階まであがったら門番の人が、今お嬢様とおぼっちゃまはお休み中なので後にしてくださいって言って廊下にすら通してくれなかったんだから。
 伯爵の許しがないと通しちゃ駄目なんだってさ」
「麻衣のど渇いたわ。お茶頂戴」
「ちょっとは休ませてよねー、ナルたちも飲むでしょ?」
 報告は綾子に任せて麻衣は、人数分のお茶の準備を始める。
「それ見てもらえば一目瞭然だけど、特別ここが低いってとこはない見たよ」
「異常を感じた地点は?」
 これは、綾子ではなく麻衣に問いかけているのだろう。麻衣は、イギリスから持ってきた茶葉の蓋を開けながら首をかしげる。
「特にこれと言ってないかなぁ。こういうお城の雰囲気って全体的に妖しすぎて」
「役に立たないヤツだな」
 婚約しようと口の悪さだけは治らん男である。
 が、麻衣の反応も何年経っても変わらない。ふてくされたように頬をぶっすりと膨らませながら、お茶の準備をする。
「そーゆーナルは何してたんだよ」
「調査方針を検討中」
 プリントアウトされたばかりの紙の束をちらつかせながら、至極当たり前のように告げる。
 紅茶を配り終え脇から覗くと、びっしりと英語で書かれている。いくら意思の疎通をする上で問題ないぐらいに英会話が出来るようになったとはいえ、文章はいまだかなり苦手だった。眉間にくっきりと刻みながら文字を数行だけ追って見ると、どうやら安原からの調査報告のようだ。
「安原さんから?」
 今一つ自信がないためたずねて見るとナルは「そう」と頷き返す。
「谷山さん、こちらをどうぞ」
 これから、英文と戦うのかぁ・・・と知らずうちに溜息を漏らした麻衣に、リンが別の紙の束を麻衣と綾子に手渡す。それに視線を落として見るとこちらは、日本語で書かれた調査報告だった。
「リンさん訳してくれたの?」
 メンテナンスで忙しいだろうに、わざわざやってくれたのだろうか?
 喜色満面な笑みを浮かべる麻衣に、リンは苦笑を浮かべながら否定する。
「いえ、安原さんは英語と日本語両方の資料を送ってきてくれました」
「さっすが安原さん!」
「助かったわ〜。あたし英会話も苦手だけど読むのはもっと苦手なのよね」
 うきうきと喜びの声を上げる麻衣と綾子に、ナルは呆れた視線を向ける。
 今の生活ベースは麻衣の母国である日本だが、いずれはイギリスへと生活場が変わるのだから、いつまでも苦手だとは言っていられないのだが、英文をちんたらと時間をかけ読解し、ミスがないか検討しあった上で調査方針を決めていたら時間がいくらあってもそれこそ足りない。
 その点を考えて安原は日本語バージョンも送ってきたのだろう。
「んで? 何かわかったって?」
「何のために安原さんが日本語の調査報告書を用意したと思っているんだ」
「後でちゃんと読むよ。
 ナルはもう読み終わっているんでしょ? ならナルに聞いた方がとりあえず話は早く進むじゃん♪」
 要領がいいと言うべきか・・・・ナルはしばし沈黙した後溜息をついた後、ざっと安原がしたためた内容を簡潔にまとめて告げる。
 結果・・・・・
「イギリスでわかった事は特にない」
「ないの!?」
 伯爵が騒ぎ出すほどのことだ。いくら国が違えど安原ならいくつか有力な情報を掴んでいてもおかしくはないと言うのに、これと言って引っかかるものはなかったと言う。
 麻衣と綾子は思わず顔を見合わせてもとの資料に視線を落とす。
 確かに安原が調べた割には紙の量は少ない。A4サイズの紙にしてざっと5枚程度。いつもならどんなに簡単調べてもこの倍の調査報告書が手渡されると言うのに・・・・・・
「伯爵のバックグラウンドを調べても特に気になる点はなし、この城についてもイギリスでは資料を見つけられなかったらしい。
 資料に書いてあるのは、イギリスでわかった範囲を簡潔にまとめられて書いてあるが、ほとんど伯爵の略歴だな。
「ただ、唯一気になる・・・といえば気になることはあった」
 珍しく曖昧な表現に、思わず麻衣と綾子は顔を見合わせてしまう。
「気になることってなんなのよ?」
「この城の別名だ」
 それは、資料として乗っていた名前ではないらしい。サー・ドリーの紹介でこの近辺にある街の名士と会うことの出来た安原が氏から聞いた話になる。
 いや、話といえるほどでもない。ただ、噂で聞いたことがあるといった程度だというが、簡単に聞き流せなかたったという。
「Schwarz Grab Festung (シュワルツ グラープ フェスタング)」
 聞きなれない発音に麻衣たちは首をかしげる。
「ドイツ語ね・・・それ、シュワルツは黒で・・・・フェスタングが砦だったかしら?」
 ジョンがこの城に来る間に、車の中でドイツでは「城」と言うものをさす言葉がたくさんあると言っていた中での、一つにフェスタングという発音をするものが砦だと言っていたような気がする。
「ナル、グラープってどういう意味よ」
「英語ではgrave(グレイブ)と言うな。意味は墓だ」
 淡々とした口調で告げられた言葉に、麻衣と綾子は思わず凝視してしまう。




 黒い墓の砦・・・・・・そういう意味を持つ城。




 なぜ、その名がついたのか話を聞いた氏は知らなかったため、安原はその点を調べるために今日イギリスを発ちドイツに向かっている。
 逸話も何もその氏は知らなかった。
 ただ、ドイツとオーストリアの国境付近にある幾多もの廃城の一つに、黒い石で築かれた古い砦があり、正式名称はすでに不明。ただ、黒い石から出来ているところから「シュワルツ・フェスタング」と一般的には呼ばれているのだが、「シュワルツ・グラープ・フェスタング」と言う名が地元では一般的だと言う話だ。












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