誰が為に啼く鐘








「ミラー、何か感じるかい?」
 麻衣達が塔から城の中に戻ってから、ほんの数分後あたりに視線を向けていたマークはミラーへと問いかける。どこかやゆるような軽薄な笑みを浮かべているマークを見ると、ミラーの能力に期待をしているようには見えない。その笑みの意味が判るのか、ミラーは不快さを隠す様子もなく眉をひそめる。
「あたし、あなたなんかに指図される覚えないんだけど?」
 胸の前で腕を組みながらそりかえるように胸を反らして、マークを見上げる。
「おやおや、お姫様はご機嫌ななめの様子だね。
 俺たちは、三人でチームを組んだ。ルイスはメカニック。おまえさんが霊視、でもって頭脳派の俺がまとめやく。当然な配置だろう。この役割以外に適切な配置があるかい?」
 確かにこの三人で組むならば、マークがリーダー的立場になるのは判るのだが、どうしてもムシがすかなかった。もちろん、最初に話は聞いていたのだから、今更意義を立てるつもりはなかったのだが、話は変わってきた。
 マークはどうやら事前から知っていたようだが、競争相手があの『ディビス博士』だとはこの城に来るまで聞いていなかったのだ。ただ、もう一チームが到着すれば判るとだけ言って、教えてはくれなかった。
 どうりで、妙にこの男が息こんでいただけはあると、博士達を見たとたん合点がいった。
 ディビス博士よりもより早く、結果が出せたとなればこの世界での注目度が変わる。当然そうなれば、今までの態度がガラリと変わり、今まで厄介者扱いしていた人間達も、手のひらをコロリと変えることは想像がたやすい。
 もちろん、相手がディビス博士ならばミラーとしても、不足はない。たとえ、この勝負の行方が博士達に負けたとしても、あの「オリヴァー・デイヴィス」に実力を認めてもらえることがあれば、SPRの自分に対する対応もかなり変わるはずだ。
 だからこそ、競争相手があのデイヴィス博士と知っても、この仕事から降りようとも思わなかったのだが、いっこうにやる気を見せようとしないこの男を見ていると、自分の実力を発揮できることさえないまま、この調査が終わりを迎えてしまうような気がしてならなかった。
「心配することは何もない。俺は俺のやり方で調査をやっていくつもりだ。
 もちろん、そのやり方はディビス博士と同じというわけじゃない。同じ調査機関に属しているからと言って、何もかも同じやり方だとは思わないでもらいたいな。
 それとも、君には自信がないのかい? あの東洋のお嬢さん方に勝つ自信が。書類には何も記述が載ってなかったけど、どうやら博士やリン以外にも能力者がいるみたいだしね。自信がないなら降りてもらっても俺はいっこうに構わないよ。あの神父もただの神父と言うよりもエクソシストのようだし、まぁ人数が多い分向こう側が有利に越したことはないが、俺としては自信もやる来もない人間と共同作業をする気はないからね」
 ニヤリと人が悪い挑発するような笑みとともに向けられた言葉に、ミラーはカッと頬を赤らめる。
「自信はあるわよ! ただ、今まであたしがあたったケースに本物がなかっただけよ!」
 調査依頼は山ほどあろうとも、本物だと考えられる依頼はほんの一握りほどしかなかった。その中で、ディビス博士が本物に当たる確率は非常に高く、そのため日本に支部を設立するのが認められたのだった。
 彼女達が霊能者にしろ、ただのアシスタントにしろ、その実力が認められるのはたまたま運がいいだけに違いないのだ。自分だって、本物の調査に遭遇さえしていれば、霊能者として名が売れているに決まっていた。それだけの、自信は自分にはあるのだ。
 怒りに体を震わせながら、低い声で宣言するミラーに、マークはそうこなくちゃとニヤリと口を歪める。
 ミラーはもうこれ以上マークとこの場に居残っていることが我慢できず、城塔に戻ろうと体を翻すのだが、鐘に視線が止まってしまう。
 マークもつられるように視線を、鐘に向ける。
 振り子のない鐘は、いくら風に揺られたとしても音を立てることはあり得ないはずだ。
 だが、ほんの十数分前にこの鐘は、低い音を響かせた。
 そう、厚い壁すら関係なく鐘の音は空気をふるわせて、城内の至る所にいても聞こえたのだった。
「あたしにはあの鐘は、本物の音に聞こえたわ。あんたにはどう聞こえたの?」
「俺にも鐘の音に聞こえたな」
 先ほどまでのいがみ合いが嘘のように、静かな声で問いかけ、今度はやゆることがない声が返ってくる。
「この城にこれ以外に鐘があった? あたしは見かけてないわよ」
「俺も見かけてはいない。
 まぁ、おおかた村の教会の鐘の音が、ここまで風に乗って流れてきたんだろう」
 マークは鐘が鳴った瞬間、この場所に設置しているカメラが一斉に、画像を乱したことを知らないからこそのんきに勝手なことを言えた。
 鐘にさわったり周りを見ていたり、軽く青銅の鐘をたたいたりしていたのだが、いたってごく普通の鐘でありこれといって何かが発見できるものがないと判ると飽きたのか、マークは一人城の中に戻っていった。
 ミラーは、日が完全に沈み夜の暗闇の中さらに濃い影を浮かべる鐘を凝視する。
 村で鳴らされた鐘の音がここまで聞こえてきたと、あの男は言うのだろうか?
 歩いてでも行ける距離にあり、村がここからも見える距離ならばいざ知らず、車でなければ行き来するのは不可能なほど離れており、その影も形もこの城からは伺うことは出来ないほど離れているというのに?
 確かに風に乗って、音は遠距離まで届くこともある。だが、この地は遠距離まで音を運ぶにはある意味不向きだ。障害物となる木がうっそうと生い茂り、また急勾配の山が村からの音を遮断するだろう。
 だからといって、この城には城塔の鐘以外鐘はない。少なくとも目で見える範囲にはないのだ・・・・あの、音を響かせたのはこの鐘としか思えなかった。
 ミラーはじっと鐘を凝視すると、決意を込めて城塔へと戻る。
 自分に対する評価を周りはちゃんとしてはくれない。たまたま、依頼されるケースが偽物だけであって、自分は本当に視えるのだ・・・・だが、依頼者にここでは心霊現象は起きていないと言ったからって、信じるわけがない。だからこそ、自分は依頼人の求める答えを与えてきたのだ・・・・望む答えを告げただけなのに、いないことがはっきりしたとき自分のことを似非と非難する。
 こちらの言葉を聞こうともしなかったくせに・・・・
 まやかしでもなければ、嘘でもない。自分は本当に存在が見えるのだ。
 そのことを立証させ、自分の実力を認めさせるには、それなりのことをしなければ行けないのだ。今回の依頼はまさに絶好の機会に恵まれたと言ってもいい。あの、大の有色人種嫌いの伯爵が、毛嫌いしている「ディビス博士」に依頼したというだけでも、協会の興味は集中している。ここで、成果を上げればこれからの厚遇は間違いない。それに、あの博士に能力を注目されれば・・・・・・ミラーの口元に笑みが浮かぶ。











※    ※    ※    ※    ※    ※











 その日の夕食の場にナルと麻衣の姿はなかった。二人ともベースに残っているのだ。
 麻衣はまだ身体に酷い倦怠感が残り、ほぼ脱力状態と言っていいため今はベースのカウチ(寝椅子)で身体を休めている。
 なんの心構えもなく、深いトランス状態に陥ったため身体が未だに驚いているのだろう。実害的な外傷がないのは幸運であると言えた。
 塔から落ちたとき意識がすぅーと消えていくような感覚があったと言っていたため、落ちた衝撃がどこか遠いものと感じられたのだろう。
 今は無理をせず休んでいた方がいいと言うことで、食事はベースまで運んで貰うことになった。
 ゆっくり休むなら、割り当てられた部屋で休めばいいのだが、麻衣曰くあんな広いベッド一人で寝ているのは落ち着かないから、ベースに残ると言い張って譲らなかった。さらに、ナルまでベースに残っているのは名目上麻衣の付き添いと言う形だが、それはただ単にだしにされたに過ぎない。狸と狐の化かし合いではないが、ダイニングで和気藹々と食事をナルが楽しむわけでもなく、これ幸いとばかりにベースに残ることを決めていた。
 今頃は、文献を読んでいるか、先ほどのデーターを解析しているか、どちらかに一つだろう。
 さて、ナルと麻衣以外にも不在はいた。伯爵令嬢と伯爵だ。
 麻衣と綾子の二人をお茶に招いた後、疲れが出たのか今は伏せっていると執事が告げたのは、食事が始まる直前のことである。その際、綾子がにらまれたと後ほど愚痴を漏らしていた。
 別に自分たちが押しかけたわけでもないのに、自分たちの制にしているような視線だったと、かなり腹立たしげに漏らしていたのだ。
 伯爵と伯爵令嬢が席を外していたため、甥のブラットが主として接待役を務めていたため、雰囲気はそう悪くはなかった。この青年は特別人種差別の概念を持っていないようで、綾子にもなんの抵抗も構えもなく話しかけてくる。
「ミス・マツザキはどのような役目を持っていらっしゃるんですか?」
 リンはメカニック。ジョンは服装を見れば神父と判るが、綾子は一見したところでは判らない。霊能者か何かかと思ったのだが、それらしい動きは何もしていないため端から見ていると全く判らない。
「あたしは、巫女です」
「ジャパニーズ・シャーマン?」
「ええ。自己流ですけれど」
「あら、ならシャーマンって言うのは自称ってことかしら?」
 今まで黙っていたミラーが会話に加わる。綾子を嘲笑するかのような笑みを浮かべている。一瞬眉をひそめた綾子だが、すぐにその顔に婉然とした笑みが浮かぶ。
「SPRが誇るオリヴァー・デイビスが自称ごときを、わざわざドイツまで呼びつけるものかしら?」
 優雅にワイングラスをもてあそびながら言う態度は、余裕が伺える。
 へたに自分の能力がどういうものかを説明するよりも、相手を黙らせるには十分だった。使い慣れない英語を使っているため、言葉遣いが丁寧なのも余裕差をこの場合はみせていた。
 綾子としてはナルの名前を出すのは、虎の威を借りる狐のようで格好のいい話ではなかったが、宗教色が強くなってしまう、巫女の話をしても理解できないだろうから、詳しくは触れることはしない。最初からあざけるためだけに触れてきたのだから。
「ジャパニーズ・シャーマンとは、いったいどんなものなんですか?」
 純粋な興味からか、ブラットが訪ねてくるが、実は綾子としても説明することは難しかった。巫女についての説明は難しくはない。日本語でならば。そう、英語で説明することが正直に白状するならば出来ないのだ。
 いや、おそらくどんなに英語が堪能でも難しいだろう。神道独自の単語などの意味合いの説明などが難しいのだ。ミラーにそれを素直に言うことは出来なくても、聞いてきた相手は伯爵の甥。美形に弱い綾子はポロリと白状してしまう。
 下手に格好をつけて後でぼろが出るよりよほどマシだ。
「ごめんなさ。ご説明したいんですけれど、あたし英語がそこまでわからないんですの。
 今度お会いできる機会があったら、その時までに勉強しておきますわ」
 どこか困ったような表情で素直に告げる綾子に、ブラットの方が逆に謝る。
「いえ、こちらこそぶしつけに訪ねて失礼致しました。使い慣れない言葉で専門的な説明をするのはとても難しいですから。
 でも、ミス・マツザキもミス・タニヤマもとても綺麗な英語を使われますね。
 伯父から日本人は母国語以外全く使えない人種だと聞いていたので、こうして他人を介さず意思の疎通が出来て僕はとても嬉しいです」
 ナルほどはないがほどほどの美形に微笑まれながら言われて、よろめかない女が居るだろうか? 居るとしたらすでに絶対的な美貌を恋人に持つ麻衣ぐらいだろう。綾子は見事に頬を赤く染めながら視線を下に伏せている。
 滝川あたりが見たら、特大級の化け猫が綾子の上に住み着いている・・・・・・と漏らしたかもしれないが、あいにくとこの場には滝川はおらず、ジョンもリンも女性に対してそんな失礼なことを言うような無神経さは持っていなかった。
 もっとも、リンはどんな会話が展開されようとも、よほどのことがない限り口は挟まないだろうが。
 ほんわかぁ〜〜〜とそこはかとなくいい空気が流れ始めていたのだが、ミラーが邪魔をするように口を開いた。おもしろくなさそうな仏頂面で、綾子をにらみつけた後、気を取り直したかのように笑顔を浮かべてブラッドを見つめる。
「ミスター・ブラット。食後に降霊会をしたいと思っているんですの。よろしいかしら?」
 その視線はそのまま滑るように綾子に向けられる。挑戦的な笑みを浮かべながら。
「もちろん。構いません。
 調査に関して皆さんのお好きなようにしてくださいと、伯父から話を聞いていますので」
「ディビス博士のチームの皆様も、ご一緒にどう?
 もちろん、怖かったら遠慮なくそういってくれていいのよ。無理にとは言わないから」
 ナルが不在の今、決定権はリンにあるのだが、リンが口を開く前に綾子が負けじと笑みを浮かべながら答える。
「もちろん、参加させてもらうわ。
 慣れているもの。怖いなんてことはないわ」





 火花が散っている・・・・・・





 綾子の隣に身を縮めて座っていたジョンは、綾子とミラーの間に見えない火花が散っているのを確かに感じた。
 リンも女の不毛な対立に口を挟む気は起きなかったのか、綾子を止めるようなそぶりは見せない。
「ドクター・デイビスはどうなさるかしら?」
 リンにまで愛想を振りまくつもりらしい。首をかしげながら問いかけるが、リンは眉一つ動かさず即答を避ける。
「ベースに戻り次第、降霊会のことは話しておきますが、ナルが参加するかどうかはまだ判りません。
 時間と場所を伺ってよろしいですか?」
 無難な回答にミラーもこくりとうなずき返すと、降霊会を開始する時間と場所を告げた。
「あたしはこれから、準備を始めるから先に失礼させて貰うわ」
 ミラーは白いナプキンをテーブルの上に置くと、ヒールを高らかに鳴らせながらダイニングルームを出て行く。今までずっと黙って成り行きを見ていたマークもその後を追うように出て行った。
『すっごい感じの悪い女ね』
 ブラットやメイド達の目を気にしてか、綾子は日本語で文句を漏らす。
 その声が聞こえたのは再度に座っている、リンとジョンぐらいだったが。
『松崎さんに、えろうライバル意識を持っているんとちゃいますか?』
 苦笑を浮かべながら答えるジョンに綾子はフンっと鼻を鳴らす。
『人のこと自称とか言っているけど、あの女こそ自称なんじゃないの? あのグループおかしいわよ。
 いつ見ても優雅にお茶とかのんでいて全然調査してないんだもん。いったい何しに来ているのかしら。いい気なモンよね』
 一度漏らしたら止まらなくなってきたのか、綾子はジョン相手に愚痴り続けるが、ブラットの声にぴたりと不満は止め、にっこりと笑顔を浮かべる。
「ミス・マツザキ。先ほどの質問が途中で終わってしまったんですが、日本の巫女は神の声を聞くと聞いたことがあります。ミス・マツザキも神の声を聞けるんですか?」
 どうやら、ブラットの興味は降霊会よりも異国の神職に携わるほうらしい。綾子は気を良くしたのか作り物ではない笑顔を浮かべる。
「神の声を聞く巫女もいますが、あたしは木に宿った精霊に願いを奉じて力を貸して貰うんです。
 だから、生きた樹・・・・あたしは、精霊の宿る樹のことを生きた樹と表現しているんですが、その樹がないとあたしは、簡単な退魔法ぐらいしかできないんです」
「生きた樹にだけ精霊が宿る?」
「今は色々な宗教が入ってきていますが、日本は古来から自然崇拝をしてきた国です。その際、信仰の対象となったものや神聖視されている樹には精霊が宿りやすいんです。あとは、自然あふれる大地の木々には精霊達が宿っていたりします。
 今の世の中は精霊の宿る樹を見つけるのは難しいですけど」
 宗教概念が薄くなり、自然破壊が進んだ昨今では、都内近県では精霊の宿る樹を見つけるのは至難の業だ。世界が便利になるのは綾子とて願ったりかなったりなのだが、できればもっとうまく自然の中にとけ込んでいってほしかったと思うのが本音だったりする。
「ドイツ・・・・この城の周囲をおおう森には精霊は宿っていますか?」
 身を乗り出すように問いかけてくるブラットに綾子は苦笑を浮かべる。
「それが、勝手がわからなくてよく判らないんです。
 ナルにも聞かれたんですけど・・・・まるで、萎縮して居るみたいになりを潜めているような感じがして、はっきりとは判りません」
 昨日のウチにナルにはすでにこの質問を受けていた。
 すなわちドイツでも精霊の宿る樹はあるのかないのか。その気配を感じるか、言葉は判るか、通じるかとか言ったことだ。
 正式に精霊に願いを奉じた訳ではないから、はっきりとは言えないが・・・と断った上でなおかつ、判らないと答えたのだ。
 ざわめいている故に個々の気配が感じないのか、それとも全ての個々が気配を奥に潜めて隠しているが故に感じないのか、それとも本当にここには存在しないのか。それさえもつかめなかった。
 だからこそ曖昧なことは言わずはっきりとナルに言ったのだ。
 よけいな見栄を張ったあげく、いざというときに時分が使えなかったら、どんな事態になるか判らないのだから。ナルも元々すぐに綾子の返事を期待しては居なかったのだろう。何か変化があったら報告してくれと言われただけで、すぐにナルの気はそれたのだから、今すぐ綾子の能力について調べるつもりはないようだった。
「ミス・マツザキは素敵な女性ですね」
「は?」
「いえ、見栄を張って自分を繕ったりしない。判らないことを判らないと言えることは素敵なことですよ」
「あ・・・・・・ありがとうございます・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ストレートに褒められ慣れない綾子は年甲斐もなく、恥ずかしそうに俯いたのだった。
 数年前・・・・まだ、麻衣達と知り合った頃の自分なら、この青年を前にして見栄を張らずに済んだか判らなかったが。
「では、後ほどミス・ミラーが主催する降霊会で」
 にっこりと笑顔で告げるとブラットも席を外す。綾子は思わずぽ〜っとブラットが出て行くのを見送っていた。
「松崎さん、我々もベースに戻りますが、貴方はどうしますか?」
 どのぐらいの間ブラットが出て行ったドアを見ていたのか判らないが、リンの声に我に返ると淹れられていたコーヒーがすっかりと冷たくなっていた。飲み直す気になれずに、綾子もリン達の後について席を立ったのだった。














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