誰が為に啼く鐘








「降霊会?」
 ベースにに戻ってくるなり聞いたリンの話しにナルは軽く眉を潜める。
 まだ、調査が始まったばかりでこの城でどんな現象が起きているのかも定かにはなっていない段階での、降霊会というのはナル自身進んでやりたいことではなかった。
「ミス・ミラーは原さんのようなタイプの霊媒師か?」
 真砂子は霊に呼びかけて、自分の中に霊を降ろし言葉を語らせるという口寄せタイプだ。霊の存在しだいでは、情報がなくても呼び寄せることが出来る。
 リンもまた、降霊することは出来るが、降霊をするにその日が向いているか、向いていないか、霊の個人情報・・・名前、生年月日、没年月日など詳細な個人情報が必要となるが故に、安全性は高くても無条件に呼び出せるというものではなかった。
 現在、誰がいったい何のために、なぜこの城で怪現象を起こしているのか、生者か、死者か、自然現象か、怪現象か全く判断付かない中で、降霊会をやるとなればやらせでなければ、真砂子のような口寄せタイプか、もしくは以前に浦戸邸で行った降霊会のようなスタイルになるか・・・
 ナルがなにやら考え込んでいるのをぼんやりと見ながら、麻衣はリンに疑問に思ったことを問いかける。
「リンさん、ナルはミス・ミラーがどんなタイプの霊能者か知らないの?」
 先ほどのナルの口調から考えると、ミラーがどんな霊能者かを知らないような口ぶりだった。同じSPRの人間の能力者ならナルなら把握していそうな気がしたから、知らないことが不思議だった。
「ミス・ミラーは、松崎さんやブラウンさんと同じように協力者という形になっているだけで、SPRの研究員というわけではないんです。
 私も名前を二〜三回聞き及んだことがあるぐらいですが、ナルが目を引くほどの成果を出しているとは聞いていないので、どういったタイプの能力者かは私もナルも知りません。
 元々、ナルはイギリスにいる間はジーンと組んでいましたので、他の能力者のことなど見えていなかったのでしょう。日本に来たら皆さんがおりましたから」
 確かにジーンと組んでいたのならば、他の能力者などどうでもいい物しか見えなかっただろう。未だに稀代の霊能力者としてユージーンの名前は聞くのだから。だからこそ、ナルはジーンを探しに来た時「・・・・がいれば」と漏らしたのを麻衣も何度も聞いている。
 彼が居れば直ぐに判ったことも、判らなかったために・・・・
 今の自分達もあの時に比べれば、かなり能力は上がっているとは思うが、それでもジーンには並ばないだろう。
 彼なら、きっとあの時もっと確かなことをつかめたかも知れない・・・・
 すでに、なにか察する物を感じているかも知れない。
 だが、まだ何も判らないのが現実だ。
 ここで、本当に心霊現象が起きているのか、起きていないのか・・・・それさえも。
「私、出てみたいな・・・・」
 ポツリと呟くと、ナルが麻衣に視線を向ける。
「もしかしたら、何か判るかもしれないでしょ?」
 おそらく先ほどの追体験が気になっているのだろう。しきりに、麻衣は彼女がなぜあそこから落ちたのかを気にする。
 ナルとしては気乗りはしないが、かたくなに反対するつもりもないようだだ。
 とりあえず、参加してみることになり、その旨をジョンが伝えに行った。
「原さんが、いないのはやはり痛いか・・・・」
 ポツリ、と漏れた言葉に麻衣の頬が見る見るうちにふくれていく。
「どーせ、役に立ちませんよ」
 呟いた自覚がなかったのだろう、ぷいっと頬を膨らませたままそっぽを向いている麻衣を見ながらナルは、当たり前のように答えた。
「そう思うなら、善処しろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 普通はこういう時は、そんなことはないとか。役に立っているとかお世辞でも言うはずだというのに。
 麻衣はますます、ぶっすりとふくれたまま上目遣いでナルを睨み付けるのだが、ナルはまったくもって気にした様子もなく、リンに指示を出していたのだった。



















 そこも、他の部屋同様に窓一つない薄暗い部屋だった。特にこれから降霊会を始めるため、さらに明かりは最小限にまで落とされている。霊は明かりを嫌うため、行うときには蝋燭一本の明かりになるのが常だ。
 そうなれば、窓のないこの部屋では真の暗闇がすぐそこまで押し迫ってくるだろう。
 ・・・麻衣は無意識のうちに身震いをする。
 小さな子供のようにむやみやたらと暗闇を怖がったことなどないのだが、どうもこの城に来てからは落ち着かない。
 本調子ではないこともあり、麻衣は壁際で様子を見守ることになっているため、壁に寄りかかりながらその光景を眺めていた。
 談話室の中央部に用意された円卓には、五つの椅子が並んでいる。円卓の上に置かれていはすべて紙が真っ白であることを、ナル、マーク、ブラッドの三人が確認をする。ミラーは神経を統一しているのか、椅子に座ったまま目を閉じており、その両隣にマークとブラットが座る。ブラットの隣には綾子が座り、その隣には城の者を代表して執事、マークミラーという順にぐるりと円を描いている。
 ナルは麻衣の隣に腕を組みながら立ち、リンとスミスはそれぞれがセッティングしたカメラの脇に、ジョンも円卓から少し離れたところに立っていた。
 準備が整ったのだろう、明かりのほとんどが消され残ったのは円卓の中央部に一本だけ置かれた蝋燭だけだ。重くのし掛かるような闇に、麻衣は一瞬身をすくめるが、深く息を吐き出して早くなる鼓動を整える。
 見えるものはほとんどなにもない。隣に立っているはずのナルですらその輪郭は見えない。見えるのは円卓を囲っている5人の人影ぐらいだ。その人影でさえ微かな風に乗って炎がゆらゆらと揺らめき、今にも闇にとけ込みそうなほど頼りない。
「この城に在する者達よ。声が聞こえるならば、この者の手を借りて存在を示せ」
 この時ばかりは、どこか軽い雰囲気のある話し方のマークも厳かな雰囲気をまとう。
 だが、すぐには何も起きない。当然だそう簡単に呼び出せる者ならば苦労はしない。
「この城に在する祖霊達よ。見守りしき者達よ。この者の手を借り、声を聞かせ」
 どれほど、マークは呼びかけているのだろうか。時間の経過がひどくあやふやではっきりと判らない。
 風に揺らめく炎を見ていると意識がだんだんぼんやりとしてくる。聞こえてくるのはマークの霊に呼びかける声だけというのも、現実感覚をあやふやにしていく。
 まるで、催眠誘導にかかったかのように、瞼が重く感じる。身体がふらり・・・ふらり・・・と左右に大きく揺れているような気がするのは気のせいだろうか。寝ている場合ではない。いくら、眠いと言ってもこんな時に眠ったらナルに何を言われるか・・・いや、そんなことよりもマーク達がどんな風に悪評をたてるか判らない。
 ミソッカスなりにナルの足手まといにならないようにしなければいけないと判っていながらも、意識は言うことをきかない。
 不意に冷水のプールに入ったように身体から一瞬のうちに感覚が遠のく。
 おかしいとも、やばいとも感じる暇もない、自覚した時には全ての感覚が酷く遠い物になっていた。




 ただ、判ることは唄が聞こえる。
 舌っ足らずな発音で紡がれる言葉。
 何を言っているのかは判らなかったが、唄が聞こえてくる。
 どこか、遠くから。












































DING DONG DING DONG


鐘が鳴る夜に




































 いくらマークが呼びかけてもミラーに霊が降りる気配はなかった。いっこうに彼女の手が動き出す様子はない。
 この様子ではいくら待っても無駄だ。そう思った時、ナルは隣に立っている麻衣の様子がおかしいことに気が付く。
 麻衣同様、ナルにも麻衣の姿は見えない。
 隣にいる人の気配を感じるだけだ。
 身体がふらついているのか、時折麻衣の頭が肩に触れているのは気が付いてはいた。体調が悪いなら無理に立っていないで、座ればいいのだが今はそう言うことは出来ない。降霊中に私語は厳禁である。いずれ座るだろうと思っていたのだが、麻衣は座る様子がなかった。とりあえずその身体を支えようと手を伸ばしかけたとき、気配が変わったことにいち早くナルが気が付く。
 麻衣の周囲だけやけにヒンヤリとした空気が囲っていたのだ。
 貧血を起こして体温が下がったというわけではない。
 例えるならば、その周囲だけ冷気が包み込んでいるといった表現が正しいかもしれない。
 ナルの腕が麻衣の腰に回ったとたん、彼女の身体から力が抜けその場に座り込んでしまう。それをとっさに抱えると、ナルはリンに麻衣を撮るよう指示を出す。
 リンは今まで円卓に向けていた高感度カメラと感熱カメラを麻衣に向ける。
 初めは銃眼を通る風の音のようにか細い音だった。薄く開いた唇から空気が漏れているような音。それが、呼吸の音ではなく、唄だと気が付いたのはそれから少ししてからだ。
 暗闇故にその表情は判らない。
 だが、小さな子供が歌うよな舌っ足らずなメロディーが聞こえる。何を言っているのかナルにも正確なところは判らない。













DING DONG DING DONG


鐘が鳴る夜に




DING DONG DING DONG


外にでてはいけないよ




DING DONG DING DONG


弔いの鐘が響く夜に


家から出てはいけないよ。


命を亡くした哀しき魂が


彷徨い出る夜だから




DING DONG DING DONG


哀れを亡くした亡者達が


魂を貪るために現れるよ




DING DONG DING DONG


DING DONG DING DONG


明かり灯して 昼にしよう


夜を遠ざけて 神に祈ろう


彷徨いでる哀れな魂が


神の御許へ ゆけるように




DING DONG DING DONG


今宵は、死者の弔いの夜だから




DING DONG DING DONG


生者は息を潜めて 朝を待とう


その命を もってゆかれないように

















 英語ではないとすぐに判った。ドイツ語だと言うことも。
 だが、挨拶や意思の疎通が出来る程度にはドイツ語を理解しているが、それは相手が正式な発音をするドイツ語に限る。日本語のように不便を感じないほどドイツ語を操れるわけではない。
 部分的な意味と、ニュアンスは伝わってくる。
 唄だ。
 イギリスのナーサリライムのような唄。
「Who are you?」
 ナルは試しに英語で問いかけてみるが、返る声はない。
「Koennten Sie mir Ihren Namen sagen?」
 次は、ドイツ語で同じ質問を繰り返してみる。
 だが、麻衣は歌を口ずさんでいるだけで、何も反応を返さない。
「ナル?」
 円卓に座っている5人も麻衣達の様子がおかしいことに気が付いたのだろう。綾子が立ち上がろうとしたとき、ミラーのヒステリックな声が空気を震わせた。
「むやみやたらと立ち上がらないで! 降霊中なのよ!? 円を崩したら呼び出せないことぐらい知っているでしょ!?」
 激高するミラーに対し、綾子は至って冷静である。どのぐらいの間じっと座っていたか判らないが、短くはない時間が経っているはずだ。円卓の中央に置いてある蝋燭が気が付けば半分ほどの長さまで減っている。おそらく1時間以上はこうやっていただろう。
 頭の中で判断すると行動に移るのは早い。
 たとえこのまま座って、霊を呼び続けたとしても無駄だということが今までの経験上綾子にも判ったからだ。
「当然そのぐらい知っているわ。だけど、貴方はいっこうに呼べてないじゃない。
 これ以上やっても無駄よ。結果は変わらないわ。
 偉そうに言うのは、呼べてからにしてよ」
 暗いが故に顔色は見えないが、ミラーは怒りに顔を真っ赤に染めているだろう。事実を言われているだけに、何も言い返せないでいる。
「いや、霊は現れたさ」
 そんなミラーを救うかのように、すっかり元の軽い口調に戻ったマークが二人の間に口を挟む。
 だが、厳密にそれはミラーを救ったとは言えない。
「こっちじゃなくて、博士の婚約者殿に憑依したみたいだけどね」
 あっちに降りたんだから手を離しても大丈夫だろうと言うと、マークは繋いでいた手を離して席を立つ。ミラーが座るように声を荒げるが、マークは円卓の上に乗っていた燭台を手に取ると麻衣に近づく。
「トランス状態か?」
 蝋燭の明かりで麻衣の顔を照らし出し、マークは一人ごとを呟く。
「博士は驚かないね。いや、博士だけじゃない。リンもそちらの神父殿も巫女殿も彼女が憑依されたことを驚いていない。
 彼女は霊媒師?」
 ナルはそれには答えない。ナルだけではなく、リンや綾子やジョンもだ。
 SPRの本部に伝わるうんぬんではなく、今の状況で麻衣が憑依されたことが過去にあるか、霊媒師かどうかなど関係ないからだ。そんなどうでもいい問いに律儀に答えるほど、暇な人間はいないのである。
 彼らの無言をどうとったのかは判らないが、マークは軽く肩をすくめると麻衣へと視線を戻す。
 蝋燭の炎に照らされた麻衣は不思議と幼く見えた。東洋人だから幼く見えるのではない。表情が妙に子供っぽいのだ。
 彼女はまるで覚え立ての唄を忘れないために何度も口ずさんでいるように思えた。
『貴方はこの城に住んでいるゴースト?』
 マークの問いにも麻衣は答えない。バカの一つ覚えのように、唄を口ずさんでいる。
「だめだこりゃ。この霊はどーやら歌を歌うことしかできないようだな」
 マークは早々に諦めたようだが、ナルはなにかを考えながら腕の中にいる麻衣を見下ろしている。一見無邪気な表情で唄を口ずさんでいるが、その唄はとてもじゃないが無邪気な唄とは言えない。
 イギリスに伝わるナーサリライムもそうだが、内容は時にかなり殺伐とし血生臭い唄もある。それは、童謡という子供も親しみやすいものを通しての教訓だったりする場合もあるからだ。
「ジョン」
 ナルがジョンの名を呼ぶと、ジョンは軽く頷き返すとそっと麻衣に近寄った。
「僕の声が聞こえますか?」
 穏やかな笑顔を浮かべながら問いかけるが、麻衣はなんの反応も返さない。周りの声が聞こえないのか、それとも無視をしているのか、それさえも判断が付かない。ジョンは少し困ったような顔をするが、そっと聖書の上に麻衣の手をのせる。
「何か訴えたいことがありましたら聞きます。おっしゃって下さい」
「僕は神父です。貴方をお救いしたいのです」
 ジョンが神父という言葉を言ったとき、麻衣は唄うのをやめて初めて視線を人に合わせた。不思議そうな眼でジョンを見ている。
 まるで、初めて異国の人間を見たように興味津々な様子でジョンを見ていた。
『しんぷさま、この村には、いないよ』
 聞き取りにくい発音だが、それは麻衣が話せるはずのないドイツ語だった。
『しんぷさま いないの おいだされたから いないの』
 意思の疎通が可能になったわけではないようだ。相変わらず麻衣に憑いた霊は一方的に言葉を話す。
 ジョンがいくら神父といっても霊は認識できないのだろう。「いない おいだされた」とだけ答える。
「誰に追い出された?」
 ナルが問いかけると麻衣は首を傾げる。
『おやかたさま』
『おやかたさまに追い出されてしんぷさまはいないの』
 この場合お館様というのはこの城の主・・・領主のことをさすのか、それとも村長を指すのか・・・
 もっと問いただしたいのは山々だったが、一つの答えを選るのにひどく時間がかかった。基本的に人の話を聞かず、独り言のように呟いているのだが、時折会話がかみ合う。それを辛抱強く待ってもいいのだが、いかんせん本調子でなかったところでの憑依である。麻衣にかかる負荷が通常よりも大きいことを考えれば、そろそろ限度だろう。
 案の定体温そのものが低くなってきているのが判る。
「あの唄にタイトルは?」
 これで答えが返ってこなければ、ナルは問いかけを繰り返すつもりはなかった。だが、答えは思いの外あっさりと返ってくる。


「For Whom the Bell Tolls」






   誰が為に鐘は鳴る・・・・・・・・・・・・・・・・
















※ 今回の話の中で使ったドイツ語は、ネットの辞書で引いたものなので、もしかしたら文法や単語、意味が微妙に違うかも知れません・・・が、例え気が付いたとしても、気が付かなかったことにしてください!(笑)
 天華が間違って覚えて居るんじゃないんです・・・知らないだけ。知らないなら使うなって言われそうですが・・・そこは、雰囲気を出す為って事で(バカ)
 ちなみに、「Koennten Sie mir Ihren Namen sagen?」は「どなた」で引きました・・・・・





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